私は3部のDIOです。
ジョナサンの肉体を奪って100年間の眠りから復活し、承太郎やジョセフがスタンド能力に目覚めるキッカケを生み出し、ホリィや幼い頃の仗助が50日間生死を彷徨う事になった元凶。
吸血鬼の不老不死に加え、『時を停止する』強力なスタンド『ザ・ワールド』を宿したDIOの姿は正しく世界を支配する存在そのものと言っても過言ではない存在感が原作やアニメでも充分に出ていて、承太郎たち一行を最後まで苦しめたのが印象的です。
次点は7部のヴァレンタイン大統領です。
「──今の気配、それがスタンドと言うやつだね……ふゥん、人間が第四真祖を殺したって噂、態々確かめに来たのも、案外無駄じゃなかった訳だ」
條士にいきなり攻撃を仕掛けておきながら、戦王領域の貴族は悪びれもせずにそう言った。
クルーズ船〝オシアナス・グレイヴ〟の広大な上甲板。夜風にコートの裾を遊ばせながら、彼は愉しげな表情で笑っている。
「何故俺の能力を知ってる?」
無邪気にすら思えるヴァトラーの笑顔を、條士は探りを入れる様な表情で睨みつけた。
見た目は20代前半の若者だが、相手は紛れもない〝旧き世代〟の吸血鬼。外見から想像するよりも何倍もの長い時間を生きている怪物だ。一瞬でも隙を見せたら、首元を喰い千切られる。
「吸血鬼と因縁の歴史を持つジョースター家の血を引く君の事は、ボクたちの間でも話題になっているんだよ。確かスタンド以外にも波紋と呼ばれる仙術も使えるそうだね。彼女を殺す事が出来たのはそれらの力によるものなのかい?」
「さあ。それをアンタに教える義理は、俺には無いね」
淡々と告げられたヴァトラーの言葉に、條士は冷たく返答しながらで彼を睨む。そして、彼女を思い出す。
過去に出会った、
「アンタはアイツと……アヴローラとはどう言う関係なんだ?」
條士が訊くと、ヴァトラーは芝居がかった仕草で自分の胸に掌を当て、懐かしげに目を細める。
「最初に言わなかったっけ?ボクは彼女を愛してるんだ。永遠の愛を誓ったんだよ」
「愛を誓っただと?アンタは第一真祖の一族なんじゃあないのか?」
「まあね。でもうちの真祖は、そう言うのをあまり気にしない吸血鬼だからね」
そう言ってヴァトラーは、ニヤリと白い犬歯を剝いた。
「要は〝血〟が強ければ良いのさ。相手が誰だろうが無関係に、強い血族が生き残る。吸血鬼ってのはそう言うものだろ?そんな訳で、仲良く愛を語らおうじゃないか、空城條士。いや、"ジョジョ"と呼ばせて貰うよ。君たちジョースター家の人間はそう言う愛称で呼ばれているんだろう?」
「待ちな、何故そうなる?」
近づいて来るヴァトラーを、條士が制止する。
「ん?」
「俺を憎んでいるんじゃあないのか?それにアンタは俺の事を恋敵と言っていた筈だが」
「だけど彼女はもう居ない。君が彼女を殺したからだろう?」
目の前に愛を誓った相手を殺した男が立っているにも関わらず、ヴァトラーの声音には條士を責める様な響きは無かった。寧ろ彼は條士を賞賛する様に微笑んで、歪めた唇の端をちらりと舐める。
「ボクが愛した彼女を殺した君は、彼女自身が殺されても良いと値すると認めた男だ。なら、そんな君をボクが愛するのは当然の事だ」
「どんな掌返しだ。おかしいだろ、その理屈……あと、俺は同性愛者じゃあない」
「勿論それだけじゃない。君の力の事や、ジョースター家の事も知りたいんだよ。それらに比べたら、憎しみや性別なんてものは些細な事さ」
「些細じゃあねえ。あと、その舌舐めずり止めろ」
挑発する様に舌先をちらつかせる青年貴族に、條士が警告する。
今にも『ウーバー・ワールド』を繰り出しそうな條士を押し退け、楽器ケースを提げた雪菜が前に出る。
「アルデアル公──恐れながらお尋ねします」
意外な邪魔者の乱入に、ヴァトラーが不思議そうな表情を浮かべた。これまで雪菜の存在を、石ころ程にも意識していなかったらしい。
「君は?」
「獅子王機関の剣巫、姫柊雪菜と申します。今夜は空城條士の監視役として参上致しました」
「ふゥん……なるほど。紗矢華嬢のご同輩か」
恭しい言葉遣いで名乗る雪菜を、ヴァトラーは退屈そうに見下ろして呟いた。
「ところでジョジョの身体から、君と同じ匂いがするんだが……もしかして彼と一つ屋根の下で生活しているのかい?」
「……っ!?」
思いがけないヴァトラーの指摘に、雪菜の全身がぎこちなく硬直する。
雪菜は條士の監視役として、日常生活のレベルで共に過ごしている。食事や登下校、條士の趣味である映画鑑賞も同行する程である。
すると、條士は背後から突き刺さる様な視線を感じる。振り返るまでもなく原因は分かっていた。煌坂紗矢華が憎しみに満ちた目つきで條士を睨んでいるのだ。
吹きつけてくる凄烈な殺気に、條士は少し面倒臭そうな表情をする。これだけの殺気なら人の1人や2人、簡単に呪い殺せそうだ。
「嘘だろ」
「うん。嘘だよ。けど反応を見る限り、本当っぽいね」
條士が嘘を看破するも、顔に出ていた雪菜の動揺を愉しむかの様に、ヴァトラーが満足そうな笑顔で言う。
「でもまあ、君がジョジョの〝伴侶〟候補だと言うのなら、ボクにとっては恋敵って事になる。それに敬意を表して特別に質問を受けつけてあげるよ。何が聞きたい?」
雪菜は重々しく息を吐き、険しい表情でヴァトラーを真っ直ぐに見据えた。
「貴公が絃神市を来訪された目的についてお聞かせ下さい。そうやって先輩といかがわしい縁を結ぶ事が目的なのですか?」
咎める様な雪菜の発言にも、ヴァトラーは笑顔を崩さない。寧ろ愉快そうに眉を上げる。
「ああ、そうか、忘れていたな。本題は別にある。勿論そっちもあるんだけどね」
雪菜は、攻撃的な気配を漂わせながら、威嚇する様にヴァトラーを睨む。
「本題というのは……?」
「ちょっとした根回しってやつだよ。この魔族特区がジョジョの拠点であると言うやら、まずは挨拶しておこうと思ってね。もしかしたら迷惑を掛ける事になるかもしれないからねェ」
そう言いながらヴァトラーは優雅に指を鳴らす。それが合図になって、船内からぞろぞろと大勢の使用人たちが現れた。彼らが運んできたワゴンの上には、料理の皿が満載されている。パーティ会場に出されていた食事が、みすぼらしく思えてくる程の豪華料理たちだ。
「──迷惑とは、どう言う事ですか?」
出された料理には目もくれずに雪菜が訊く。
ヴァトラーは、生ハムを一切れ、行儀悪くつまみ上げながら笑った。
「クリストフ・ガルドシュという名前を知っているかい、ジョジョ?」
「確か、随分前に欧州で話題になっていたテロリストだったか?」
答える條士に、ヴァトラーの執事らしき男がワイングラスを手渡してくる。男の顔を見て、條士はグラスを受け取る。物腰は静かで知性的だが、凄まじい威圧感を備えた強面の老人だ。頰に残された大きな古傷が、彼の苛烈な人生を想像させる。
ヴァトラーも同じ様に執事からグラスを受け取って、乾杯、と條士の前に掲げてみせた。絵になる光景だ。
「そう。戦王領域出身の元軍人で、黒死皇派と言う過激派グループの幹部さ。10年程前のプラハ国立劇場占拠事件では民間人に400人以上の死傷者を出した」
「だが、黒死皇派名前は前に壊滅したんじゃあなかったか?指導者が暗殺されて──」
條士は過去に観たニュースを思い出して呟いた。当時小学生だった條士ですら覚えている程、かなりの大事件だった。
「そう。彼はボクが殺した。少々厄介な特技を持った獣人の爺さんだったけどね」
ワイングラスを傾けながら、ヴァトラーは悠然と笑って答える。條士は黙って目の前の青年貴族を凝視した。今更ながらこの軽薄そうな男が、世界的な重要人物なのだと実感する。
「ガルドシュは、その黒死皇派の生き残りだ。正確に言えば、黒死皇派の残党たちが、新たな指導者としてガルドシュを雇ったんだ。テロリストとして圧倒的な実績を持つ彼をね」
「待ちな。アンタが絃神島に来た理由に、そのガルドシュって男が関係しているのか?」
唐突に嫌な予感を覚えて、條士が訊いた。ヴァトラーは感心した様に頷いた。
「察しが良くて助かるよ、ジョジョ。その通りだ。ガルドシュが、黒死皇派の部下たちを連れて、この島に潜入したという情報があった」
「黒死皇派は差別的な獣人優位主義者たちの集団。奴らの目的は聖域条約の完全破棄と、戦王領域の支配権を第一真祖から奪う事……だから絃神島に来たと?」
「正解」
ヴァトラーも悪戯っぽく片目を瞑る。
「絃神島は魔族特区──聖域条約によって成立している街だ。彼らが、この街で事件を起こす事には意義があるのサ。黒死皇派の健在を印象づけるという程度の自己満足だけどねェ。とは言え、魔族特区がある国は日本だけじゃない。彼らが絃神島に来たことには、他にも何か理由があると考えるのが妥当だろうねェ」
「何かとは?」
「そんな事は知らないよ」
ヴァトラーがぞんざいに首を振った。そして奇妙に浮き立つ様な声で話す。
「考えられるとすれば、そうだな、真祖を倒す手段を手に入れる為、と言うのはどうかなァ。なにしろ彼らの最終目的は第一真祖を殺す事だからねェ」
「……アンタはそれで良いのか?」
條士はヴァトラーに訊いた。
真祖とは、もっとも古く、もっとも強大な力を持つ吸血鬼だ。その真祖を倒す手段を手に入れる、ということは、ほかのすべての吸血鬼にとっても黒死皇派の存在が脅威になるということを意味している。危険なのは、ヴァトラーも同様のはずなのだ。
「別に構わないよ……と、あの真祖なら言いそうだけどねェ。ボクにも色々と立場ってものがあってサ、そうも言ってられない訳だ」
他人事のような態度で両腕を広げて、ヴァトラーは意味ありげな含み笑いを洩らす。
そんな得体の知れない青年貴族を、雪菜が生真面目な表情で睨めつけた。
「クリストフ・ガルドシュを、暗殺なさるつもりなのですか?」
「まさか。そんな面倒な事はしないよ。そもそもボクの眷獣たちは、そういう細かい作業に向いてないんだ。街ごと焼き払うとか、そう言うのは得意なんだけどねェ」
ヴァトラーが、のらりくらりと雪菜の詰問をはぐらかす。
「でもサ、もし仮にガルドシュの方からボクを殺そうと仕掛けて来たら、応戦しない訳にはいかないよねェ。自衛権の行使ってやつだよ。そうだろ?」
警戒する條士を嘲笑うかの様に、ヴァトラーはそう言って同意を求めてくる。
それを見て、條士は改めて彼の目的を理解した。
ヴァトラーは、黒死皇派と呼ばれる過激派グループの指導者を殺した、いわば彼らの仇敵だ。黒死皇派の残党たちは、ヴァトラーに復讐する機会を、今も待ちわびていることだろう。
もしもガルドシュが本当に真祖を殺す力を手に入れたなら、彼は真っ先にヴァトラーを狙う。 それこそがヴァトラーの狙いでもあるのだ。
「アンタが絃神島に来たのは、テロリストを挑発して誘き出すのが目的か。こんな目立つ船で乗りつけたのも」
「いやいや……どちらかと言えば、愛しい君に会うのが目的なんだが」
ヴァトラーはそう言って、しつこく條士に色目を使ってくる。
「巫山戯てる場合か。戦争がしたけば自分の領地でやれ。他の国に問題を持ち込むな」
「勿論ボクはそう願ってるよ。この都市の攻魔官たちがガルドシュを捕まえてくれれば文句はない。手間が省けていいよねェ。彼らがガルドシュを捕えられるなら、の話だけどサ」
やれやれと肩をすくめて、ヴァトラーが大げさに息を吐く。そして彼は、ゾッとする様な美しい笑顔を條士に向けた。
「だが、ボクが従えている9体の眷獣──こいつらは宿主であるボクの身に危険が迫ったら、何をしでかすかわからない。この島を沈めるくらいの事は平気でやるヨ。だから、君には最初に謝っておこうと思ったのサ」
條士は今度こそ表情を強張らせる。
ヴァトラーは、絃神島を沈める気があると言ったのだ。彼の命を狙う、せいぜい数十人のテロリストを始末する為に、絃神島ごと纏めて滅ぼすと。
そして、それを條士の前で宣言した。それはつまり、條士が止めようとしても無駄だという彼の意思表示でもある。もしも邪魔をするなら條士も倒す──それが、軽薄そうな彼の言葉に隠された、ディミトリエ・ヴァトラーの本心だ。
腹が立たない訳ではない。だが、事実、條士にはヴァトラーを止めるすべがない。力ずくで彼を止めようにも、條士とヴァトラーが戦えば結果的に絃神島には甚大な被害が出るからだ。
ヴァトラーが正当防衛を主張する限り、雪菜たち獅子王機関も彼には手が出せない。正式な外交使節であるヴァトラーを、テロリストに狙われていると言うだけの理由で絃神島から追い出す事も不可能だ。
八方塞がりの状況に、條士が何か策を考える。
その時──
「折角ですが、その様なお気遣いは無用でしょう、アルデアル公」
冷たく澄んだ声で献言したのは雪菜だった。
「姫柊?」
「……どう言う事かな?まさかジョジョが、ボクの代わりにガルドシュを始末してくれるとでも?だけど彼は一応一般人だから、テロリストを相手する理由は無いと思うけど」
條士とヴァトラーが、それぞれ意外そうな表情で訊き返す。
端整な面立ちに、静かな決意を浮かべて雪菜は首肯し、
「そうですね。ですから、わたしが先輩の代わりに、黒死皇派の残党を確保します」
「──雪菜!?」
紗矢華が悲鳴の様な声を洩らした。有能ぶっている彼女も、雪菜の事になるとそんな余裕は吹き飛ぶらしい。
「待て、姫柊。相手がテロリストなら絃神島の攻魔官たちに任せるべきだろう」
「先輩たちは黙っていて下さい。監視役として当然の判断です。監視対象をテロリストと接触させる訳にはいきませんから」
條士が静止するも、抑揚の無い硬い声で雪菜が言う。傍目には冷静そうに見えるが、これは半ば意地になっている時の彼女の特徴である。なまじ生真面目な性格だけに、1度思い込んだら頑固なのだ。
そしてヴァトラーは、そんな雪菜を何故か警戒した様に見つめる。
「ふゥん……なるほど。面白い……流石にボクの恋敵になろうと言うだけの事はあるな」
「え?いえ、別にそう言う訳では……」
雪菜が強張っていた表情を緩めて、戸惑った様な声を出す。
しかし青年貴族は愉快そうに、そして何処か酷薄そうに微笑んで宣告した。
「ならば、まずは獅子王機関の剣巫の実力、見せて貰おうか。ジョジョの伴侶に相応しいか、見極めさせて貰うよ」
ふと見れば紗矢華は軽い放心状態で、絶句したまま固まっていた。黙っていろと雪菜に言われた事が相当にショックだったらしい。
挑発的に微笑む青年貴族に向かって、雪菜が静かに頷いてみせる。
それが昨夜のヴァトラーとの遭遇の顚末。第一真祖の使者と條士たちの深夜の会談は、こうして終わりを告げたのだった。