ブラッド・オブ・ジョジョ   作:けーやん

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皆さんの好きな遠距離操縦型のスタンドは何ですか?

私は4部の岸辺露伴の『ヘブンズ・ドアー』です。

対象を本にして情報を読めたり、書き込む事で攻撃行為を封じたりと物語が進むに連れて能力の幅が広がって最早何でもありになったスタンド能力。現実世界で欲しいスタンド能力ダントツ1位と言っても過言じゃあないと私は思います。

次点はジョニィ・ジョースターの『タスク』です。


獅子王機関の舞威媛、煌坂紗矢華

「良い加減機嫌を直してくれないか、姫柊」

 

高等部の中庭で條士が雪菜に呼び掛ける。

 

すると雪菜が、ゆっくりと振り向いて條士を見た。深い湖の様な彼女の瞳には、出会ったばかりの頃に見た冷ややかな光が浮かんでいる。

 

「なんでしょうか?私を外で待たせて、クラスメイトの女子といちゃついていた空城先輩?」

 

雪菜が機械的な声で淡々と訊き返す。

 

「いちゃつき?さっきから何に対して怒っているんだ?」

 

「すみません。失礼しました、朝からクラスメイトの女子と仲良く身支度していた空城先輩」

 

「アレに関して俺を怒るのは筋違いだろ。それと、浅葱には寝癖直すのを手伝って貰っただけだ」  

 

「藍羽先輩に寝癖を直すのを手伝って貰っただけ……ですか」  

 

雪菜が溜息の様な声を出す。

 

「それはそうだと思ってました。悪巫山戯かどうかはともかく、ですけど」

 

「なんだ。分かってるじゃあないか」

 

漸くいつもの口調に戻った雪菜を見て、條士は溜め息を吐く。

 

「先輩がクラスメイトの女子を相手にいかがわしい行為をする様な人では無い、と言う程度には信用してます」

 

「……一先ず、信用されている事に喜ぶべきなのか?」

 

條士は話を切り換える。

 

「それよりも姫柊、これからどうするつもりだ?」

 

「黒死皇派の捜索の事ですね」  

 

直ぐに雪菜が察し良く訊き返してくる。

 

「ああ。前回のオイスタッハの時とは状況が違うからな。手掛かりが無いのにテロリストを見つけるってのは、流石に無理があると思うが」

 

「そうですね。ですから、最初は話を聞きに行くつもりです。情報を持っている方の所に」

 

「……まさか、南宮の事か?」

 

「はい。アルデアル公が言ってましたよね。絃神島の攻魔官も、黒死皇派を捕まえようとしてるって」

 

「それは聞いたが、あの子ども先生が素直に情報を提供してくれるとは思えないがな」 

 

クセの強い幼児体型の女教師を思い浮かべながら、條士は再び溜め息を吐く。

 

 

◾️◾️◾️◾️

 

 

彩海学園高等部の職員室棟校舎──  

 

何故か学園長室よりも偉そうな見晴らしの良い最上階に、南宮那月の執務室はあった。  

 

分厚い絨毯と天鵞絨のカーテン。年代物のアンティークの家具。天蓋付きのベッド。まるで何処ぞの王宮の様だと突っこみたくなる様な気品溢れる部屋である。

 

「南宮。悪い、少し教えて貰いたい事がある──」  

 

分厚い木製の扉を開けて、條士は扉をノックして部屋に入り込む。

 

そして次の瞬間──

 

「っと」

 

條士は突然自分の頭蓋骨目掛けて飛んで来る物体を咄嗟に掴み取る。

 

「せ、先輩!?」

 

條士の後ろを歩いていた雪菜が慌てて駆け寄る。 

 

そんな2人を、部屋の奥から冷ややかに見つめていたのは、黒いドレスを着た南宮那月だ。  

 

幼女にしか見えない童顔の小柄な女性だが、自称26歳の歴とした英語教師。そして現役の国家攻魔官でもある。絃神市内の教育施設は、生徒の安全確保のために一定数の攻魔官を配置する事が義務づけられている。那月もその1人と言う訳だ。  

 

彼女は高価そうなアンティークチェアに深々ともたれて、黒いレースの扇子を開く。

 

「教師である私の事を呼び捨てで呼ぶなと言っているだろう。良い加減に学習しろ、空城條士」  

 

そう言いながら、じろりと雪菜を睨む。

 

「お前も居たのか、中等部の転校生。それで質問と言うのは何だ?子どもの作り方でも訊きに来たのか?」

 

「は、はい?」 

 

一瞬何を言われたのか解らず啞然として、それから雪菜はぶるぶると首を振った。

 

「交際相手も居ない独身が何を言ってんだ?いや、それ以前にアンタみたいな幼児体型な女に好意を寄せる様な特殊性癖を持つ奴がそうそう居ないか」

 

「次に同じ事を言ったら命は無いと思えよ」

 

條士のナイフよりも鋭い一言に、那月は嘗て無い程の冷たい視線で睨み付ける。しかし、條士は気にせず那月に訊き直す。

 

「クリストフ・ガルドシュと言う男を捜してる。何か手掛かりがあったら教えて欲しい」  

 

その瞬間、那月の雰囲気が一変した。身長150センチにも満たない小柄な身体から、息苦しいほどの圧迫感が滲み出す。

 

「お前たち、何処でその名前を聞いた?」  

 

西洋人形の様な美しい瞳を細めて、那月が訊いた。  

 

やはり知っていたんだな、と條士は思う。副業でやっているにも関わらず、那月は絃神市内にいる攻魔官の中でも五指に入る実力者らしい。ガルドシュほどの大物犯罪者が現れたのなら、確実に彼女の元に情報が回っている筈だと、條士たちは予想したのだ。

 

「ディミトリエ・ヴァトラーは知ってるな。絃神港に停泊してる、大型クルーズ船の持ち主。あの男は戦王領域から、ガルドシュを始末する為に来たそうだ」 

 

條士の説明を聞いた那月が、ちっ、と腹立たしげに舌打ちする。

 

「そうか……あの蛇遣いの軽薄男が、お前を呼び出す可能性は予想しておくべきだったな。まったく、余計な真似をしてくれる」  

 

那月が、まるで知り合いのようにヴァトラーを罵った。蛇と言うのはおそらくヴァトラーの眷獣を指しているのだろう。あの灼熱の光を纏った眷獣は、一瞬だけだが條士も見ている。

 

「戦王領域のテロリストが、絃神島に来てるって話は本当なのか?」

 

「ヴァトラーの奴がそう言うのなら、そうなんだろうな」  

 

那月が投げやりな口調で言った。隠しても無駄だと判断したのだろう。

 

「それでガルドシュの居場所を聞いてどうする?」

 

「捕まえます。彼がアルデアル公と接触する前に」  

 

那月の質問に、雪菜が即答する。その一言で、那月は大凡の事情を理解したらしかった。黒死皇派の残党との戦闘になれば、ヴァトラーは嬉々として自分の眷獣を解放する。そうなれば絃神島には甚大な被害が出るのは間違いない。雪菜はそれを止める、と言っているのだ。  

 

だが、那月の返答は素っ気ないものだった。

 

「無駄だ。やめておけ。ああ、アスタルテ──そいつらに茶なんか出してやる必要は無いぞ。勿体無い。それよりも私に新しい紅茶を頼む」

 

「──命令受諾(アクセプト)」  

 

麦茶を運んできたメイド服の少女に、那月がぞんざいに命令する。何処か奇妙な響きを持つ少女の声に、條士と雪菜は驚いて顔を上げた。  

 

銀色のトレイを抱いて立っていたのは、藍色の髪の少女だった。  

 

左右対称の人工的な顔立ちに、感情のない淡い水色の瞳。ほっそりとした未成熟な身体を、露出度高めのエプロンドレスに包んでいる。

 

「お前は、オイスタッハが連れてた眷獣憑きの──」

 

「アスタルテ……さん!?」

 

「ああ。そう言えば、お前たちは顔見知りなんだったな」  

 

那月が表情も変えずに言う。條士は彼女に詰め寄りながら小声で訊く。

 

「何故この子が学校に居る?それよりもあの服は何だ?」

 

「この間の事件に荷担した人工生命体アスタルテは、3年間の保護観察処分中だ」  

 

那月が、面倒くさそうに條士を押し返しながら説明する。

 

「国家攻魔官で、しかも教育者でもある私が彼女の身元引受人になるのは、理に適っているだろう。丁度忠実なメイドも1人欲しかったところだしな」

 

「明らかに最後の一言が本音だと思うが、まあ……アンタなら彼女を悪い様にはしないか」  

 

條士は溜め息を吐きながらそう言った。  

 

メイド服のアスタルテは、那月に命令された通りに紅茶の準備を始めていた。妖精めいた顔立ちに表情の変化は無いが、何処となくやり甲斐らしきものを感じている様にも見える。  

 

ケープコート1枚しか与えられずに魔族狩りをやらされていた頃に比べれば、確かに今の彼女は、それなりに幸せなのかもしれない。

 

「南宮先生。ガルドシュを捕まえても無駄と言うのは、どう言う事ですか?」

 

漸く驚きから立ち直った雪菜が、思い出した様に話を戻す。

 

「捕まえても無駄とは言ってない。お前たちがそんな事をする必要は無いと言ってるんだ」

 

「え?」

 

「黒死皇派どもはどうせ何も出来ん。少なくともヴァトラーが相手ではな。やつはあれでも〝真祖にもっとも近い存在〟と云われている怪物だ」

 

「でも」

 

雪菜は生真面目な口調で食い下がる。

 

「黒死皇派の悲願は、第一真祖の抹殺だと聞いてます。彼らはそれを実現する手段を求めて、絃神島に来たのではないのですか?」  

 

もしも黒死皇派が第一真祖を殺せる力を手に入れたのなら、それはつまり〝真祖に近い戦闘力〟を持つヴァトラーをも殺せるということになる。だが、それを理解してなお、那月は退屈そうに首を振った。

 

「そうだな。だから無駄なのさ。ガルドシュの目的はナラクヴェーラだ」

 

「ナラクヴェーラ……?」  

 

聞き慣れない言葉に、雪菜が眉を寄せると、條士が訊く。

 

「確か南アジア、第9メヘルガル遺跡から発掘された先史文明の遺産だったか?嘗て存在した無数の都市や文明を滅ぼしたと言う、神々の兵器とまで云われた」

 

「そうだが、お前は知っていたのか。まあ、学校をサボってSW財団の手伝いをしていたら知っているか。少しはその熱心さを私の授業でも見せて欲しいんだがな」

 

「生憎、英語よりも歴史が好きなんでね。まさか、そいつが絃神島にあるって言い出すんじゃあないだろうな」

 

「表向きには、勿論ある筈の無い物だが、実はカノウ・アルケミカルと言う会社が、遺跡から出土したサンプルの1体を非合法に輸入していたらしい。最も、そいつは少し前にテロリストどもに強奪されてるんだがな」

 

「奪われただと?」

 

「9,000年も前に造られた骨董品の事を、何故お前が気にする?」

 

疑問を抱く條士を眺めて、那月が蔑むように言う。

 

「奪われたのは遺跡からの出土品だと言っただろう。とっくに干からびたガラクタだぞ。仮にまだ動いたとしても、それをどうやって制御する気だ?」

 

「……制御する方法に心当たりがあったから、黒死皇派は、その古代兵器に目をつけたのではありませんか?」  

 

雪菜が冷静に指摘した。那月は少し愉快そうに口角を上げる。

 

「ふん、流石に良いカンをしているな、転校生。確かにナラクヴェーラを制御する為の呪文だか術式だかを刻んだ石板が、最近になって発見されたらしい」

 

「もし、黒死皇派がその石板を所持しているなら、奴らはソイツを使ってナラクヴェーラを起動させるんじゃあないか?」

 

「世界中の言語学者や魔術機関が寄ってたかって研究しても、解読の糸口すら掴めていない難解なブツだぞ。テロリスト如きが、無い知恵を振り絞ったところでどうにもならんよ」

 

起こりうる可能性を口にする條士を、那月がやる気の無い声で突き放す。

 

「石板の解読に協力していた研究員は捕まえた。黒死皇派の残党が見つかるのも時間の問題だ。 密入国した国際指名手配犯たちが、馬鹿でかい骨董品を抱えて潜伏できる場所は限られているからな。特区警備隊は今日明日にもガルドシュを狩り出すつもりだそうだ」

 

「狩り出す……と言う事は、まさかアンタが助っ人に行くのか?」  

 

條士が訊く。ガルドシュの協力者を捕まえた、と言う事は、那月は既に今回の事件に深く関わっているのだろう。獲物を横取りされることを恐れて、雪菜に関わらなと警告している訳ではないだろうが──

 

「とにかく、あの蛇遣いが何を言ったところで、お前たちの出る幕は無い。強いて言えば、追い詰められた獣人どもの自爆テロに気をつける事くらいだな」

 

「自爆テロ……」 

 

思いがけない那月の警告に、條士は懸念する。確かに自爆は、戦力で劣るテロリストたちがヴァトラーにダメージを与え得る数少ない手段だ。絃神島の住人が、それに巻きこまれる可能性は決して低くないだろう。

 

「それからもう1つ忠告してやる。空城條士、ディミトリエ・ヴァトラーには気をつけろ」  

 

「何?」

 

運ばれてきた紅茶を啜りながら、那月がぼそりと呟いた。

 

「奴は自分よりも格上の〝長老〟──真祖に次ぐ第二世代の吸血鬼を、これまでに2人も喰っている」

 

「同族の吸血鬼を喰っただと?」

 

昨夜会った青年貴族の姿を思い出しながら、條士は眉を吊り上げた。雪菜もさすがに驚愕の相を浮かべている。

 

「奴が〝真祖に最も近い存在〟と云われる所以だよ。せいぜいお前も喰われない様にするんだな。吸血鬼にとって、ジョースターの血統は天敵そのものだからな」 

 

「……やれやれ、警告感謝する」

 

那月が不敵に笑いながら言う。そのさり気無い口調に逆にリアリティを覚えて、條士は溜め息を吐きながら頷く。

 

「南宮先生の話、本当でしょうか」  

 

那月の部屋を出た條士たちは、重い足取りで自分たちの教室へと向かうと、その途中で立ち止まって、雪菜が訊いた。

 

「人格的に少し問題はあるが、基本的に噓は吐かない人だ」

 

「それは、何となく分かります」

 

條士は曖昧に感想を洩らす。雪菜も微苦笑を浮かべた。  

 

雪菜が所属する獅子王機関と、那月たち国家攻魔官は仲が悪い。だから那月が雪菜に対して、虚偽の情報を流すと言う可能性は、当然考えられる事だ。しかし那月の性格を知る者としては、彼女がそんな面倒な事をするとは思えない。  

 

基本的に噓や駆け引きは、弱者が生き残る為の手段である。圧倒的な強者である那月にはそれらはいずれも無用のものだ。彼女を欺く者がいれば実力をもって報復し、行く手を阻む者がいれば敵味方関係なく粉砕する。それが那月のやり方であり、彼女のカリスマ性の源なのである。 

 

だからこそ彼女の言葉は、それがどんなに突飛な内容でも信用出来る。ヴァトラーが同族を喰ったと言う情報も含めてだ。

 

「〝長老〟ってのは、第二世代の吸血鬼だって言ってたな」  

 

「はい」

 

條士は雪菜に確認すると、雪菜が硬い表情で頷いた。

 

「真祖に認められて彼の〝血〟を分け与えられた者たちです。必ずしも真祖の実の娘や息子と言う訳ではないんですけど」

 

「弟子や後継者と言ったところか」

 

嘗て神の子と呼ばれた男と、その弟子たちの関係を連想しながら、條士は呟く。真祖から直接〝血〟を与えられた〝最も旧き世代〟の吸血鬼たち。その能力は、当然、普通の吸血鬼とは比べものにならないはずだ。

 

「ヴァトラーは、そう言う意味では第一真祖と直接繋がってる訳じゃあないんだな」

 

「そうですね。純血の貴族とは言っても、所詮は〝長老〟たちの遠い子孫ですから」  

 

そう言って雪菜は表情を曇らせた。

 

「ですから、もしアルデアル公が、〝長老〟たちを本当に捕食したのだとしたら、彼は何か特殊な能力を持っているのかもしれません。何か血の濃さを覆す様な特殊な能力を──」  

 

不老不死の吸血鬼にとって、〝血〟とは魔力の源であり、眷獣を召喚するための媒体であり、そして存在基盤そのものでもある。長く生きた吸血鬼は、より多くの血を吸うことによって、より強大な魔力をその血の中に蓄える。〝旧き世代〟の吸血鬼が、若い世代よりも強い力を持つのはそのためだ。それが〝長老〟と呼ばれる吸血鬼たちならば尚更だろう。  

 

だが、若い世代の吸血鬼が、手っ取り早く強い力を手に入れる方法が、実は存在しないわけではない。強力な吸血鬼の血から直接、彼らの魔力を奪えば良いのだ。  

 

吸血鬼が、他の吸血鬼の存在そのものである〝血〟を奪う──  

 

所謂〝同族喰らい〟である。  

 

しかし通常、自分よりも強力な吸血鬼を喰う事は出来ないとも言われている。

 

例え相手の血を吸い尽くしたとしても、身体の内側から肉体と意識を乗っ取られるからだ。  

 

喰った筈の相手に、逆に自分が喰われてしまう。それが〝同族喰らい〟の危険性であり、若い世代が、格上の吸血鬼を倒せない理由だ。  

 

ヴァトラーが〝長老〟を倒したと言うのは、普通ではあり得ない事なのだ。

 

「そう言えば、あいつは矢鱈〝血〟に拘っていたな」

 

昨夜のヴァトラーの発言を思い出して、條士が言う。

 

「血統に拘るのは、アルデアル公に限らず吸血鬼全体の種族的な傾向ですけど」

 

雪菜は前置きしながらも、條士の言葉に同意する。

 

「確かに、あの方の先輩に対する執着はちょっと異常でしたね」

 

「俺への執着……と言うよりも、あいつが拘っているのは、ジョースターの〝血〟だろうな」

 

條士は呆れた様な顔で訂正する。

 

アヴローラに愛を誓った、と言いながら、條士が彼女を殺したと知るとあっさり乗り換える。軽薄といえば軽薄な態度だが、それ程までに彼は強い〝血〟に執着しているのだとも言えた。

 

「あの、先輩」

 

「何だ、姫柊」

 

「南宮先生や昨夜のアルデアル公も言ってましたが、ジョースターの血統とは何なんですか?先輩がその家系の人なのは分かってますが」

 

素朴な質問を雪菜に、條士はまだ説明していなかった事に気づいた。

 

「そうか、まだ話していなかったな。と言うより、何で監視役なのに俺の家系の事知らないんだ?」

 

「うっ」

 

痛い所を突かれて、雪菜は苦虫を噛んだ様な顔をする。

 

「まあ、別に教えても良いが……ジョースターは前に話した俺の爺さんの家系で、元々はイギリスの貴族だったんだよ。かなり昔だけどな」

 

「イギリスの貴族、ですか」

 

「ああ。だが、俺の先祖であるジョナサン・ジョースター石仮面と呼ばれる人間を吸血鬼に変える道具を見つけた事で、奇妙な因縁が始まったんだ」

 

「人間を吸血鬼に変える!?そんな物があったんですか!」

 

驚愕する雪菜に、條士は頷いた。

 

「ああ。石仮面で生み出された吸血鬼を倒す為に、ジョナサンは波紋を身に付けて戦い、勝利した。だが、石仮面との因縁は俺の爺さんのジョセフ・ジョースターまで続いたんだ」

 

「どう言う事ですか?」

 

「石仮面はジョナサンが見つけた物以外にもあったらしい。そして、その石仮面を生み出した柱の男と呼ばれる吸血鬼を超える魔物が存在していた」

 

「吸血鬼を超える魔物……」

 

信じられないと言った表情をする雪菜に、條士は説明を続ける。

 

「柱の男はジョセフ爺さんと爺さんの仲間が協力して倒したらしいが、爺さん曰く、柱の男の力は真祖に匹敵する力を持っていたそうだ」

 

「真相に匹敵する相手を先輩のお爺さんが倒したって、先輩のお爺さんは世界でも有数な実力者だったんですね」

 

「今はニューヨークで不動産屋を営んでいるがな」

 

「え?不動産屋……ですか?そんな偉大な方が?」

 

あまりのギャップに雪菜が困惑の表情をする。それ程の魔族退治の専門家が不動産を営んでいたら、誰でも疑問に思うだろう。

 

「まあ、ジョースターの血統についてはそんな感じだ」

 

「でしたら、やはり南宮先生の助言は当たっていたのかもしれませんね。あの方に捕食られない様に注意しろ、と言うあの言葉は」  

 

條士をじっと見上げて雪菜が言った。ヴァトラーは自分よりも格上の〝長老〟を既に2人も喰っている。それは、ヴァトラー自身が"長老"以上の力を持っている事でもある。

 

「あいつが本気で俺を殺そうとしたら、流石に骨が折れそうだ。まあ、()()()()()()()()()()()()()

 

「それってどう言う──」

 

雪菜が訊こうとするも、條士は話を切り換える。

 

「ヴァトラーの事は後で考えるとして、当面の問題はテロリストの方だな。南宮は気にしなくて良いって言ってはいたが……」

 

「今の段階では情報が少な過ぎて、判断に困りますね」

 

「情報か……」  

 

條士は考える。確かに情報不足は深刻だった。那月が噓を吐くとは思わないが、彼女の忠告を鵜呑みにして、何もしないと言うのも不安だ。

 

「そう言えば、ナラクヴェーラを密輸したのは絃神市内の企業だって言っていたな」  

 

條士は那月に言われた事を思い出す。

 

「カノウ・アルケミカル・インダストリー社ですね。錬金素材関係の準大手だった筈です」

 

「そっち方面から何か調べられるかもしれない。悪いが、姫柊は中等部の方に戻ってくれないか。後でまた連絡する」

 

「前回みたいに、SW財団に情報を集めて貰うんですか?」

 

「いや、それだと少し時間が掛かる。近くにその手に強い人物が居てな。ソイツに頼んでみようと思う」

 

「……ちなみにですが、その人物と言うのは?」

 

「浅葱だが」

 

「藍羽先輩……ですか」

 

條士が浅葱の名前を出した途端、何処となく拗ねた様な表情で、雪菜が呟く。

 

すると雪菜はハッとした表情をして辺りを見回す。感覚を研ぎ澄ます様に沈黙する雪菜に、條士は問い掛ける。

 

「……姫柊、どうかしたか?」

 

「いえ」  

 

やがて雪菜は静かに息を吐き、何事も無かったかの様に首を振った。

 

「誰かに見られていた様な気がしたんですけど、気のせいだったみたいです」

 

「……そうか」

 

 

◾️◾️◾️◾️

 

 

條士が教室に辿り着いたのは、授業前の予鈴が鳴り終わった直後の、遅刻ギリギリのタイミングだった。教室には既にクラスメイトたちの殆どが揃っている。その中には勿論浅葱の姿もあった。

 

「浅葱」

 

「遅いかったわね。時間ギリギリよ」

 

足早に近づいてくる條士に気づいて、浅葱がのんびりと手を振ってくる。今朝の出来事が嘘かの様な、まったくいつも通りの彼女の態度だ。

 

「何で一緒に登校したのに教室に来るのが遅いのよ」

 

「一緒に登校?何だそりゃ?」

 

浅葱に宿題を教わっていた矢瀬が、耳聡く彼女の言葉に気づく。近くにいた築島倫も、へえ、と意味ありげに條士を見る。

 

「それは聞き捨てならないわね」

 

「聞き捨てといてくれ。突然家に来たんだよ」

 

彼らを適当にあしらいながら、條士は浅葱の隣に屈み込んだ。そして彼女の耳元に顔を寄せる。

 

「それよりも浅葱、少し良いか?」

 

「え? 何よ、いきなり。授業始まるわよ」  

 

口では文句を言いながらも、條士が強引に掴んだ腕を、浅葱は振り払おうとはしなかった。  

 

浅葱の手を引いて教室を出て行く條士を、クラスメイトたちが興味深そうに眺めていた。が、下手に言い訳するのは逆効果だろうと、何も言わない事にする。取り敢えず教師たちと鉢合わせないようにと、條士は人気の無い非常階段に浅葱を連れ出す。

 

「悪い。どうしても浅葱に頼みたい事があってな」

 

「何それ。嫌な予感しかしないんだけど」  

 

浅葱が胡乱げな表情で條士を睨んでくる。流石に長い付き合いだけあって、條士の事を理解しているらしい。

 

「カノウ・アルケミカルと言う会社の事を調べてくれないか。特に絃神市内の支社とか研究所、その辺りの情報を」

 

「はあ?なんであたしが授業をサボって、そんな事しなきゃなんない訳さ?」

 

浅葱の当然の質問に、條士は頭を下げる。

 

「頼む。あまり時間を掛けられないんだ」

 

「嫌よ。どうせあの姫柊って子に頼まれたんでしょ。そんなのの手伝いなんて絶対イヤ」  

 

浅葱が、いーっ、と歯を剝いて言った。  

 

以前から薄々気づいていたのだが、浅葱と雪菜は、どうも相性がよくないらしい。原因は解らないが、やたらと関係がギスギスしているのだ。

 

「無理な事を言っているのは分かる。彼らが輸入したナラクヴェーラの事だけで良いんだ」

 

「……ナラクヴェーラ?」 

 

何故か意外な単語に浅葱は反応すると、條士の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 

「それって何?知ってるの?」

 

「南アジアの遺跡から発掘された古代遺産らしい」

 

「古代遺産……ねえ。それがカノウ・アルケミカルと関係してる訳?」

 

「ああ。おそらく」  

 

頷く條士を睨みつけて、浅葱が息を吐いた。少し思案するように彼女は視線を虚空に向ける。

 

「良いわ。ちょっとだけ気が向いたから付き合ってあげる」  

 

そう言って浅葱はニヤリと笑う。

 

「すまない、助かる。それで、どうすれば良い?」

 

「取り敢えずネットに繋がってるパソコンが要るわね。この時間だったら生徒会室かしら」

 

「生徒会室?そう言えば学校サイトの運営や事務作業に使っているやつが何台かあったな。だが鍵が掛かっているだろ?警備会社に繋がっているICカード式が」

 

「大丈夫よ。任せなさいって」  

 

頼もしい言葉を口にしながら、浅葱は弾むような足取りで生徒会室へと歩き出した。  

 

そろそろ授業の始まる時間だが、特にそれを気にしている様子はない。寧ろ條士と2人でいるこの状況を愉しんでいるらしいが、彼女の気まぐれに慣れている條士は、それを特に奇妙だとも思わなかった。

 

「この程度の暗号化が通用するのは幼稚園児までだっての……ほらね」

 

浅葱が携帯電話を取り出して、それを生徒会室のドアにあてる。と、もの凄い勢いで画面上を数字が流れて、5秒も経たないうちに鍵が開く気配がした。電話機に内蔵された電子マネー端末を利用して、警備会社製の電子ロックをハッキングしたらしい。どうやればそんな事が出来るのか、條士には分からなかった。

 

「……今更になるが、お前って実は凄かったんだな」

 

「こ、こんなの感心される様な事じゃないってば。やめてよね、恥ずかしい」  

 

浅葱が顔を赤くして、怒った様な口調でそう言った。そして不満そうに唇を歪めて條士を睨む。

 

「て言うか、他にもっと褒める所があるでしょうが」

 

「ん?」

 

「ナニその意外そうな顔!?」

 

「そうだな……前髪がいつもより少し短い様な──」

 

「悪かったわね、切り過ぎたのよ! そこは見て見ぬふりしなさいよ!」

 

浅葱が眉を逆立てながら、條士の脇腹を右フックで殴る。しかし條士の鍛えた肉体にはあまりダメージは無い。

 

「それでカノウ・アルケミカルの何が知りたいわけ?」 

 

部屋の奥に置かれていたパソコンを起動して、浅葱が訊いた。

 

「連中が密輸入したナラクヴェーラの事を知りたい。黒死皇派と呼ばれるテロリストの残党に強奪されたらしいんだが」

 

「ナラクヴェーラ……ね。條士が言ってるのは、多分これの事だと思うわ」  

 

数字だらけの画面に見たこともないコマンドを打ちこんでいた浅葱が、やがて大きな画像ファイルをいくつか表示してみせた。そこに映っていたのは、ずんぐりした卵型の石の塊だった。丁度身体を丸めた昆虫の姿に似ている。あるいは分厚い装甲で身を固めた戦車にも。

 

「20世紀末に休眠状態で発掘された出土品……と言うか一種の無機生命体。生物兵器ね」

 

「生物兵器?」

 

「現代風にいうところの無人戦闘機って感じかしらね。多数の武装と飛行能力を持っていたと推定され、インド神話の〝天翔る戦車〟や、道教で崇められている人造神〝哪吒太子〟のモデルになったと考えられるみたい」

 

「成る程な」 

 

條士は画像を見ながら、ふむ、と頷いた。神話に描かれるレベルの兵器だとしたら、途轍もない力を秘めているのは間違いないだろう。〝神々の兵器〟と言う言葉も、あながち誇張ではないのかもしれない。

 

「確かにそれなら第一真祖相手でも戦えそうだな……黒死皇派が目をつける訳だ」

 

「第一真祖?あんたさっきからなんの話をしてるのよ?」

 

「いや、何でもない」 

 

浅葱が訝しげに目を細めて條士を見つめる。

 

「──っ!」  

 

その直後、浅葱が猛然と條士の首筋に両手を回し、床の上に引きづり倒した。抱き抱えられる形になった條士は、突然の浅葱との密着状態に困惑する。

 

「おい、どうした?」

 

「しっ!黙って!」

 

浅葱は小声でそう言うと、パソコンデスクの下に自分と古城の身体を無理やり押しこんだ。  

 

彼女が睨んでいたのは、生徒会室入り口のドア。内側から閉めておいたはずの鍵を開けて、誰かが入ってくる気配がある。

 

「誰だ?」

 

「マツイ先生かしら。生徒会の顧問の。意外に仕事熱心なのね」  

 

むう、と親指の爪を嚙んで呟く浅葱。  

 

生徒会室に入ってきた中年男性教師は、パイプ椅子に座って書類整理を始めていた。彼に気づかれずに生徒会室から出るのは、どう考えても不可能に近い。  

 

浅葱の機転でパソコンの画面は消えていたが、もしもマツイ教師が近くに来たら、條士たちが隠れていることは一発でバレるだろう。

 

「感心してる場合か?」

 

「だから静かにしてなさいってば!ちょっ……どさくさに紛れて何処触ってんのよ!?」

 

「お前が押し付けて来るからだろ」

 

「せ、狭いんだから仕方ないでしょ!」  

 

小声で囁く浅葱の吐息が、條士の耳に吹きかけられる。  

 

接触しているのはそこだけではなく、條士の腕には浅葱の胸の膨らみが当たっていたし、條士の手首はいつの間にか彼女の太腿の付け根に挟みこまれる形になっていた。條士が身動きする度に、浅葱が敏感に反応するのが気になって仕方ない。  

 

しかし相手を突き放す訳にもいかず、2人は密着したまま息を潜めている。  

浅葱もどちらかと言えばスリムな方だが、凪沙や雪菜とは胸元のボリューム感が違う。それに香水かシャンプーだかの仄かな匂いも漂って来た。 

 

なるべく身動きをしない様にジッとしていると、條士は浅葱の耳元に気づく。

 

「浅葱、そのピアスは……」 

 

小さな石の嵌った金色のピアス。それは彼女の誕生日に條士が贈った──と言うよりも、無理やり買わされた物だった。石の色は緑がかった薄い藍色。所謂、浅葱色である。  

 

買わされたのは條士だが、浅葱がそれを使っているのを見たのは今日が初めてだ。

 

「気づくのが遅いのよ、バカ……似合ってる?」

 

「……そうだな、プレゼントした甲斐はあったよ」

 

浅葱がニヤリと微笑んで、少し潤んだ目で條士を見上げた。條士は、そんな彼女の顔を見てピアスの感想を言った。

 

その時、丁度生徒会室からマツイ教師が出て行く気配がして、2人は溜めていた息を吐き出す。

 

「やれやれ、間一髪だったな」

 

「ほんとよ、まったく……」

 

 

◾️◾️◾️◾️

 

 

「助かった、浅葱。お陰で知りたい情報が手に入った」

 

「良いわよ別に」 

 

生徒会室を抜け出して條士たちが向かったのは、屋上庭園だった。敷地不足気味の彩海学園では、緑化した屋上に花壇やベンチを置いて、中庭代わりに生徒に開放しているのだ。  

 

「悪かったな、授業サボらせてしまって」

 

「そうねえ。まあ、あたしは良いんだけどさ……成績優秀だし、出席日数もヨユーだし」

 

「流石だな」 

 

学業では優等生な浅葱に、條士は感心する。

 

逆に條士は無断で授業を休んだ事で、おそらく明日あたりに那月にこっぴどく叱られる事になるだろう。  

 

浅葱には感謝しているが、條士が求めていた情報だったのかと言えば微妙だ。ナラクヴェーラの正体は解ったが、密輸されたサンプルはやはり何者かに奪い去られていたらしい。現在のサンプルの所在地は不明。おそらくガルドシュたちの手元に置かれているのだろう。  

 

勿論那月の言う様に、制御用の呪文が解読されない限り、彼らがサンプルを持っていても警戒する必要はないのかもしれない。だが、條士の心は不安を訴えていた。自分たちが何か重大な事を見落としている。そんな気がしてならないのだ。

 

「ねえ……條士」 

 

考え込む條士の横顔を見つめて、浅葱が唐突に質問した。

 

「さっきのナラクヴェーラってやつ、変な石板もセットで密輸されたのよね?」

 

「ああ。その辺の記録も残っていたんだよな?」

 

「そこに書かれてた呪文ってさ、もしかして……解読されたらまずかったりするのかしらね」

 

「そうだな。まともな持ち主が管理してくれてるのなら良いが……それより、なんでお前がそんな事気にしているんだ?」

 

「え!?ううん、別に気にしてないけどさ」  

 

浅葱がそう言って不自然に目を逸らす。條士は彼女を問い詰めようと考えるも、踏み留まる。話を変えようと、周囲を見回す。

 

「うちの学校にこんな場所があったんだな」

 

「基樹が例の彼女に教えて貰ったらしいわよ。あたしも来たのは初めてだけどさ。昼休みに此処でご飯食べてるのはカップルばっかって噂だし──」  

 

そこまで言いかけて、浅葱が突然沈黙した。  

 

不意に自分たちの置かれている状況を自覚したらしい。授業を抜け出して2人で屋上庭園に居るこの状況は客観的に見て、仲の良いカップル以外の何物でもないだろう。

 

「あ、あたし、飲み物買ってくるわね。コーヒーで良いわよね!」

 

「あ、ああ」  

 

そう言って、浅葱がもの凄い勢いで走り去って行った。今更彼女があんな風に照れる理由を詮索する気は條士には無いが、そんな気分の日もあるだろう、と深く考えない事にする。  

 

そんな事よりナラクヴェーラの情報をどうやって雪菜に伝えようかと、條士は考え様としたその時、條士が座っていたコンクリート製のベンチが、轟音とともに砕け散ったのはその直後だった。

 

「──またこれか」 

 

一瞬遅れて、爆風が巻き起こる。  

 

條士は咄嗟に回避してベンチがあった所を見る。  

 

ベンチが爆発したのかと思ったが、勿論そんな筈はない。先程までベンチがあった筈の場所には、半径一メートルほどのクレーターが穿たれている。  

 

まるで手榴弾でも投げ込まれたかの様なダメージだが、火薬の臭いは感じない。代わりに漂ってくるのは呪力の残滓。雪菜の得意な発勁の技に似ている。呪術を応用した物理攻撃だ。

 

「──授業をサボってクラスメイトと逢い引きとは、随分良いご身分なのね、空城條士」

 

仰向けに倒れた條士の頭上から、蔑む様な声が聞こえてくる。  

 

振り仰いだ條士が見たのは、ほっそりと背の高い少女の姿だった。身に着けているのは、短いプリーツスカートにサマーベスト。それだけなら普通の女子高生で通用しそうだが、彼女が左手に提げている巨大な剣が明らかに場違いだ。  

 

戦闘機の主翼を思わせる、流麗な長剣である。刃渡りは120cm程。刀身は分厚く、直線的な接合ラインが模様の様に浮き上がっている。陽光を反射して銀色に輝くその姿は、雪菜の〝雪霞狼〟によく似ていた。

 

「お前は昨日の」

 

條士は彼女の名前を知っていた。ポニーテールに束ねた栗色の長い髪。咲き誇る桜のような、清楚にして艶やかな美貌。そして條士を見据える攻撃的な眼差し──

 

獅子王機関の舞威媛、煌坂紗矢華である。

 

「何故お前が此処に居る。ヴァトラーの監視はどうした?」

 

條士は紗矢華を睨み返して訊くと、紗矢華は表情も動かさず答える。

 

「〝オシアナス・グレイヴ〟は、日本の領海外の沖合に停泊しているの。ディミトリエ・ヴァトラーは就寝中。私の監視任務は一時中断よ」

 

「で?それと俺の座ってたベンチを爆破した事はなんの関係がある?」

 

「……これまでの貴方の行動を監視させて貰ったわ、空城條士」

 

紗矢華は、そう言って剣先を條士に向けた。

 

「(さっきから感じてた視線はコイツか……)お前も監視か、獅子王機関の人間ってのは皆そんな連中ばっかりなのか?」

 

「黙りなさい、犯罪者!」

 

「犯罪者?」 

 

予期せぬ紗矢華の叱責に、條士は首を傾げる。  

 

そんな條士の反応に、紗矢華はますます眦を吊り上げる。

 

「とぼけても無駄よ、貴方が監視役の雪菜に馴れ馴れしくしている事よ」

 

「は?」

 

意味の解らない事に條士は口を開ける。

 

「馴れ馴れしくした覚えはねえが」

 

「ふざけないで!仲良く買い物してた事はともかく、雪菜と1つ屋根の下で暮らしてるくせに!」

 

「マンションだから仕方ないだろ。それと隣の部屋に引っ越して来たのは姫柊の方だ」

 

冷静にツッコむ條士だが、紗矢華は剣を握りしめた両手を怒りに震わせる。

 

「それなのに貴方ときたら、他の女とイチャイチャと──」  

 

「待て、それは何の話だ?」

 

「はぐらかそうとしても無駄よ。貴方が朝から同級生を部屋に連れ込み、雪菜の目を盗んで生徒会室で密着、更には人気のない屋上で2人仲良く話す始末、全て見せて貰ったわ。破廉恥なっ!」 

 

自分で條士の罪状を並べ立てながら、紗矢華は勝手に憤激した。  

 

彼女が振り上げた剣の輝きを見て、條士は反論する。

 

「待ちな、俺と浅葱は疚しい事は何も──」

 

「浮気する男はいつもそう言うのよっ!〝煌華麟〟!

 

「チッ、訊く耳持たずかよ」

 

條士は思わず舌打ちをする。

 

「雪菜がこの島に来たのは、貴方を監視する為。貴方が死ねば、此処に留まる理由もなくなるわ。あの子が貴方に泣かされる様な事も──!」

 

「言ってる事が滅茶苦茶過ぎるだろッ」 

 

あまりにも強引な紗矢華の論理展開に、條士は苛立ちを覚える。しかし紗矢華は問答無用とばかりに、容赦なく剣を振り下ろしてくる。  

 

條士の動体視力でも、何とか見切れる程の神速の斬撃だ。長年の戦闘経験を活かして條士はその直撃を回避する。

 

「どうして避けるの!」

 

「死ぬからだろうが」

 

「大人しく死ねって言ってるのよ、女の敵っ!」

 

理不尽な要求を突きつけながら、紗矢華が剣を振り回す。條士は反撃する事なく避け続けた。  

 

実力的には、紗矢華の剣技は雪菜と同等かそれ以上。しかし怒りのせいで無駄に力が入って、本来の技のキレが失われている事もあり、條士は攻撃を回避出来ている。

 

「貴方がいなければ、あの子が危険な目に遭う事もないのよ。あの子にはロタリンギアの殲教師や、黒死皇派の残党と戦う理由なんて無いのに!」

 

「ッ」

 

怒りに我を忘れた紗矢華の言葉が、條士の触れられたくなかった部分を正確に抉った。雪菜が條士の監視に生活の殆どを費やしているのも、彼女が危険な戦闘に巻き込まれたのも、條士の存在が原因なのだ。條士が雪菜に監視され続けている様に、雪菜もまた條士の存在に縛られている。どんなにしつこく付き纏われても、口煩く説教されても、條士が彼女を嫌いになれないのはそれが理由だった。

 

「あの藍羽って子だけじゃない。貴方には妹さんや両親や学校の友人も大勢いるじゃない!それなのに私から雪菜を奪う気なの!?私のたった1人の友達を──!」  

 

「………お前が姫柊を大事にしている事は解った。悪い」

 

紗矢華の叫びに、條士は呟いた。

 

「けどな、悪いが死ぬつもりは毛頭ねえんだよ」

 

條士は『ウーバー・ワールド』を出現させると、その姿を変え始める。2m程の屈強な戦士はみるみる小さくなり、白を基調とした服に、ハット帽を被った少年へと変身した。

 

 

「『ヘブンズ・ドアー!!』」

 

 

少年の姿をした幽波紋(スタンド)、『ヘブンズ・ドアー』は紗矢華の顔に触れる。すると、紗矢華の顔が左右に薄く剥がれる様に開かれた。開かれた顔にはまるで本のページが出現する。

 

「な、何よこれ!?」

 

突然自分に起きた現象に、紗矢華は驚愕する。

 

「悪いが、安全装置(セーフティロック)を掛けさせて貰う」

 

條士がそう言うと、『ヘブンズ・ドアー』は開かれた紗矢華の顔のページに文字を書き込む。

 

"煌坂紗矢華は空城條士を攻撃出来ない"

 

文字を書き込むと、條士は『ヘブンズ・ドアー』を自身の中へ戻す。幽波紋(スタンド)が消えた事で、紗矢華の顔は元通りになった。

 

「もうお前は、俺に攻撃する事は出来ない。剣を下ろしてくれ」

 

「何を言って──」

 

紗矢華は構わず剣を振り下ろそうとする。しかし、剣の軌道は突然変わり、條士が立つ方向とは別の方へと空振りした。

 

「嘘、どうして!」

 

「言った筈だ、お前はもう俺を攻撃出来ない。何度やっても同じ事の繰り返しになるぞ」

 

何が起きたのか理解出来ない紗矢華に、條士は再度忠告する。『ヘブンズ・ドアー』に書き込まれた内容は幽波紋(スタンド)使いの條士にしか干渉する事が出来ない。つまり、紗矢華にはどうする事も出来ないのである。

 

決着が着いたその時──

 

「條士!?」 

 

條士の耳に、少女の悲鳴が聞こえてくる。悲鳴の主は、買い出しを終えて戻って来た浅葱。

 

「ちょっとあんた、何やってるのよ!?その剣、まさか本物──!?」 

 

條士と対峙する紗矢華に気づいて、浅葱が走り寄って来る。浅葱の気の強さが思い切り裏目に出た恰好だ。立て続けに起きた予想外の事態に、紗矢華も対応出来ずにいる。

 

 

「悪い、浅葱。『ヘブンズ・ドアー!!』」

 

 

條士は再度『ヘブンズ・ドアー』を出現させ、浅葱に触れる。すると、浅葱の手の表皮が剥がれる。そして、條士は『ヘブンズ・ドアー』で浅葱のページに文字を書き込んだ。

 

"先程目撃した事に関する記憶を忘れる" 

 

文字を書き込まれた浅葱は意識を失ったかの様にその場にがっくりと倒れ込もうとなる。その寸前で、條士が浅葱を抱き止めた。

 

「やれやれ……面倒な事になったな」

 

條士は溜め息を吐きながら紗矢華を睨み付ける。紗矢華は怯える様にビクッと体を震えさせた。

 

「2人ともこんな所で、何をやってるんですか?」

 

すると次に現れたのは、雪菜であった。彼女の手には〝雪霞狼〟が握られていた。

 

條士と紗矢華の戦闘の気配を感知して、教室を飛び出して来たのだろう。雪菜の細い肩は、呼吸の度に、弾む様に小さく上下している。

 

「悪い、姫柊。少し面倒になった」

 

「ち、違うの。そこの変質者が雪菜を裏切る様な破廉恥な事をするから──」  

 

條士は冷静に謝罪する中、紗矢華は叱られた小さな子どもの様に條士を指さして言った。  

 

雪菜は自分の腰に手を当てて、まるで年の離れた姉のような口調で咎める。

 

「何があったのか、大体の事情は想像出来ますけど──紗矢華さん」

 

「は、はい」

 

「先輩の監視は、私の任務です。それを妨害する事が紗矢華さんの望みですか?そんなにわたしが信用できないということですか?」 

 

怯えた子猫のように背中を震わせて、紗矢華が激しく首を振る。  

 

雪菜は深々と息を吐き、今度は條士の方を見る。

 

「それで、どうして先輩は屋上に居るんですか?それに、何で藍羽先輩が倒れているんですか?」

 

「浅葱とナラクヴェーラについて情報を調べ終えて此処で休んでいたところに彼女に襲われた。浅葱は俺の能力で気を失っている」

 

條士は先程の事を雪菜に説明した。

 

「雪菜ちゃん! 何か凄い勢いで飛び出して行ったけど大丈夫?」 

 

忙しない足音が階段の方から聞こえてきて、中等部の制服を着た女子生徒が顔を出す。耳慣れた凪沙の声だった。凪沙は屋上に倒れた浅葱、そして反省中の條士たちを、びっくりした様に見回した。

 

「何があったの。わっ、何これ。って、浅葱ちゃん!?倒れてる!?どうしよう!?

 

「……2人とも、暫く一緒に反省していて下さい。私と凪沙ちゃんで、藍羽先輩を保健室に連れて行きますから。〝雪霞狼〟の事もお願いします」

 

雪菜は小声でそう言って、格納状態に折り畳んだ槍を條士に差し出した。

 

確かに倒れた浅葱をこのまま放っておく訳にはいかないし、かと言って槍を抱えて保健室には行けない。意識の無い浅葱を條士が手当てする訳にもいかないから、保健室には雪菜と凪沙の2人で連れて行く。雪菜の提案は実に合理的なもので、條士も特に異議はなかった。  

 

「分かった。浅葱を頼む」

 

「ど、ど、どうして私がこの破廉恥男と!?」  

 

頭を下げる條士とは他所に、紗矢華が條士を罵りながら激しく抗議する。  

雪菜は澄んだ永久氷壁のような瞳で見下ろす。

 

「何か文句があるんですか?」 

 

紗矢華は無言でふるふると首を振り、反省の意を表す為に2人でその場に正座した。

 

「やれやれだ……」

 

條士は正座しながら、深く溜め息を吐いた。

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