獅子王機関から派遣された雪菜と出会った翌日、條士は追試会場の教室で英語の追試験を受けていた。教室にはエアコンが稼働されておらず、外からの熱気と太陽の光が容赦なく室温を上げる。
「書き終わったぜ。採点頼む、南宮」
「南宮
『後期原始人の神話の型の研究』と言う訳の分からない英文の翻訳を書き終えた條士は担任教師監督の女性教員に解答用紙を提出する。條士の前で採点を開始するのは南宮那月。條士が通う彩海学園高等部の英語教師であり、実年齢26歳とは反した幼い容姿に黒を基調としたゴスロリファッションの服装を身に纏うと言った奇妙な人物である。その見た目により一部の生徒から"那月ちゃん"と呼ばれている。
「ふん、まあ、良いだろう。さっさと帰れ」
「どうも」
返事をした條士は机の上の荷物を片付け始める。
「そうだ、空城。昨日の夕方頃、アイランド・ウエストのショッピングモールで眷獣をぶっ放そうとした馬鹿な
「さあ、俺は知らないが」
條士は何食わぬ顔で返答する。そんな條士に那月はふん、と息を吐く。
「そうか。知らないならいい。私はてっきりお前の事を勘付いて尾け回していた攻魔師が、そこらの野良吸血鬼と遭遇して揉めたんじゃないかと心配してたんだ」
まるで現場を実際に見たかの様な推理をする那月に、條士は少し笑みを浮かべて答える。
「アンタが心配するとは、天変地異でも起きるんじゃあないか?それとも世界の終末が近づいているのか」
「私を何だと思っている、馬鹿者が」
那月が睨むも、條士は涼しい顔を維持し続ける。
「そうだ、南宮。獅子王機関と呼ばれる組織を知ってるか?」
「何?」
那月はピクリと眉を吊り上げる。
「何故お前がその名を知っている?」
「風の噂で……冗談だ。扇子をこっちに向けて狙いを定めるんじゃあない」
「さっさと答えろ」
今にも扇子を眉間に向かって投げてきそうな那月に條士はほんの少し間を空けて
「
「財団から?」
「何か分かったら知らせる。アンタには
「……そうか。せいぜい気をつけろよ」
「ああ」
会話を終えると條士は鞄を持って教室から立ち去る。
◾️◾️◾️◾️
「先輩」
校舎から出ると、目の前には雪菜が立っていた。
「姫柊か。まさか、追試が終わるまで待っていたのか?」
「監視役ですから」
呆れながら訊くと、雪菜はキッパリと答えた。
「そうか……。待たせて悪かったな」
「いえ、これからお家に帰られるのですか?」
「いや、少し寄り道をする。来るか?」
「はい、私は先輩の監視役ですから」
雪菜も同行する事になり、條士は彼女を連れて目的地へ移動を始める。途中モノレールに十数分乗って徒歩で向かった先は普段條士がよく行くスーパーである。
「先輩、何でスーパーに来たんですか?」
「今日の夕飯当番が俺だからな。食材を買いに来たんだ」
雪菜に説明をしながらスーパーの入り口近くに置かれた籠を持った條士は凪沙のご希望のカチャトーラを作る為に必要なトマト、タマネギ、ハーブ、ピーマン、そして鶏肉を次々に入れる。
「先輩、普段から料理されてるんですね」
「これでも居候の身なんでな。出来るだけ家事はやる様にしているだけだ」
手慣れた動きを見て関心する雪菜に條士が答える。その時、條士は雪菜に質問する。
「そう言えば姫柊。君は何処に住んでいるんだ?監視役を務めている以上、拠点が必要じゃあないのか?」
「今はホテルに泊まってますが、明日引っ越しをする事になりました」
「……まさかと思うが、俺が住んでいる所の近辺か?」
「近辺と言うか、先輩が住んでるマンションです」
そう答える雪菜に、條士は一瞬膠着する。
「……部屋は?」
「705号室です」
705号室は條士と凪沙が住んでいる704号室の隣の部屋である。予想していた返答に、條士は頭を抱える。
「……やれやれ、そこまでやるか」
「当然です。監視ですから」
徹底して監視するつもりの雪菜に、條士は呆れた。そして少し考え、雪菜に提案をする。
「それなら、姫柊。今日夕飯食って行くか?」
「え?ですが……」
「態々買い物まで付き合わせてしまったんだ。それぐらいさせてくれ」
そう言う事で條士は凪沙に"知り合いを食事に招待する"と連絡し、雪菜を連れて家に帰宅。その日は珍しく客人を招いての食事をしたのであった。
◾️◾️◾️◾️
翌日。夏休み最終日の日となり、條士は朝食後のコーヒーを飲んでいた。
「それじゃあ、條士くん。行ってきます!」
「ああ、帰りは遅くなりそうか?」
制服に着替えた凪沙に條士は帰宅時間を訊いた。凪沙はチアリーリング部に所属しており、今日も部活の準備を済ませていた。
「今日はそんなに遅くならないよ」
「そうか。分かった」
「條士くんも雪菜ちゃんの手伝いちゃんとしてね」
昨日で補習を終えた條士は今日1日時間がある為、雪菜が日用品の買い物に付き合う事になった。主に荷物持ちの役割として。
「分かっている。……それより、時間は大丈夫なのか?」
「え?……あ!?もうこんな時間!行ってくるね!」
「やれやれ……」
壁時計の針を見て凪沙は慌てて家を出る。條士はコーヒーを飲み干すと食器を洗い始め、その後に部屋に掃除機を掛ける。暫く時間を潰し、約束の時間が近づいたのでマンションの正面玄関へ向かう。到着すると既に1人先客が目の前に立っていた。制服を着た雪菜だ。
「お早う、姫柊」
「お早うございます、先輩」
條士が挨拶すると、雪菜は一礼して挨拶を返す。背中にはいつものギターケースを背負っていた。
「今日はすみません」
「いや、良い。……まさか監視役の仕事のせいで日用品を買いに行けていなかった事には少し驚いたが」
監視役の任務を優先にしている為、雪菜は必要な日用品をまだ揃えずにいたのだ。
「だって、任務が最優先ですから……」
「まあ、たらればを言っても仕方ないか。それで、荷物はそろそろ届くのか?」
「はい。もうすぐ来ると思います」
少し経つと引っ越し業者が到着し、雪菜の荷物を7階の705号室に運び始める。條士も引っ越しの手伝い、一通り荷造りが終わる。家族用の3LDKの為、元々荷物も少ない上にこれから一人暮らしをする雪菜には広過ぎた印象だ。
「それじゃあ、行くか。此処からだと近場にホームセンターがある。そこで一通り揃うだろう」
「分かりました」
そう言って雪菜は再びギターケースを背負い直す。やはり所持したまま買い物に行く気らしい。
「一応聞くが、ソイツは必要なのか?」
「はい。これは獅子王機関から支給された武器ですから」
「やれやれ。銃刀法違反で捕まらないと良いがな……」
條士は呆れながら言って、雪菜の日用品の買い物に行くのであった。
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近場のホームセンターに到着すると、條士たちは店内を見回る。本土から遠く離れた都市である絃神島には一部の怪しげな物を売る店はあるが、それを除けば至って普通の商品が売られている。一般の人にとっては当たり前の事ではあるが、雪菜にとっては例外であった。
「先輩、これはどう言う武器なんですか?
「ゴルフクラブだ。スポーツ用品であって武器じゃあ無い。まあ、使い方次第では武器にはなるか」
「そうですか。ならあの火炎放射器に似た重装備は?」
「高圧洗浄機だ。車や家の外壁を洗う」
「これらは間違いなく武器ですね。映画で観た事あります」
「チェーンソーだ。ホラー映画なら確かに武器の1つだな」
「あ、これも獅子王機関で習いました。こんな物まで販売してるなんて」
「洗剤だが?」
「確か毒ガスを発生させる為に使う物ですね。酸性の薬剤と塩素系の薬剤を混ぜる事で……」
「獅子王機関はマクガイバーでも量産しているのか?」
「マクガイバー?」
「80年代に放送された【冒険野郎マクガイバー】と言う海外ドラマの主人公だ。リブート版も確かシーズン5までシリーズ化されていたな」
雪菜の真面目にも常識外れな発言をツッコミを入れながら必要な物を買い揃えて行く。買い揃えた頃にはかなりの金額になったが、全て雪菜のポケットマネーで支払った。なんでも、獅子王機関から1,000万の支度金を受け取っているそうだ。
「すみません、先輩。荷物を持たせてしまって」
「気にするな。元からその為に来てるからな」
條士は雪菜が買った日用品と今日の夕飯の材料で両手が塞がった状態になっていた。ちなみに、今日の夕飯当番も條士である。凪沙の提案で雪菜の歓迎会をする事になり、業務用スーパーに行って食材を買っていたのである。
今日の夕食のメニューは、
◾️トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ
◾️赤唐辛子のパスタ(娼婦風スパゲティ)
◾️子羊背肉のリンゴソースかけ
◾️カスタードプディング(プリン)
となっている。
かなりの重量の荷物を持っている條士だが、涼しい顔で運んでモノレール乗り場へ辿り着く。
「條士?」
すると突然聞き慣れた声がしたので振り返ると、浅葱が居た。
「浅葱か。バイト帰りか?」
「うん。そうだけど……」
普段通りに会話をする條士とは真逆で、浅葱は條士が持っている日用品の入った買い物袋と、條士の隣に居る雪菜に視線を注いでいた。
「その子、誰?」
「ああ……。彼女は姫柊。うちの中等部に入ってくる転校生で、2学期から凪沙のクラスメイトになる。それと、隣の部屋に引っ越して来た」
「…………はい?」
大量の情報量に、才女の浅葱が珍しく混乱する。そんな浅葱を見て、條士は昨日と同じ様な提案を持ちかける。
「浅葱。混乱しているところ悪いが、この後時間あるか?」
「え?う、うん。あるけど……」
「お前が良ければ俺の家で夕飯食って行くか?凪沙の考案で姫柊の歓迎会をする事になってな」
條士が浅葱を招待しようとする理由としては、浅葱に雪菜の事で変な誤解をして有る事無い事話されて学校内に噂が出る事を防ぐ為である。
「え?あ、あたしも?でも良いの?部外者だけど」
「こう言うホームパーティーは人数が多い方が良い。姫柊は構わないか?」
雪菜は浅葱の顔を見て小さく頷く。
「はい。私は構いません」
「分かった。凪沙には俺から言っておく。それで、どうする?」
「うーん。それじゃあ、お邪魔しようかな」
悩んだ結果、浅葱は承諾する。こうして、途中参加の浅葱を加えた條士一同は家に帰宅する。