「ぷはーっ、食べたねえ。もう動けないよ」
「寛ぐのは良いが、せめて食器を片付けるの手伝ってくれないか?」
「部活の練習で疲れちゃってさ〜」
「……やれやれ」
ソファーで薄いキャミソール姿で横になる凪沙に條士は半目になって言った。雪菜の歓迎会は無事終了し、雪菜と浅葱はそれぞれ家に帰宅している。條士は浅葱をモノレール駅まで送ろうと考えていたが、浅葱は"1人で帰れる"と言ってマンションを出た。歓迎会が始まって序盤は雪菜と浅葱は互いに少し警戒していたが次第に打ち解けて最終的に仲良くなった事に條士は内心安堵する。凪沙は持ち前の明るい性格でグイグイ距離を詰めていく姿勢に雪菜は少し戸惑っていたが、そこも何とか落ち着いた。
結局、1人で食器を片付けた條士はハンガーに掛けていたパーカーを羽織る。
「あれ?條士くん出掛けるの?」
「ノートを切らしてたから今からコンビニまで買いに行く」
條士がそう答えると、凪沙はうつ伏せのまま起き上がる。
「あー、だったらアイス買って来て。この間のと同じやつ」
「さっきプリン食べただろ?浅葱と一緒におかわりまでしてよお」
「それとこれとは別だよ」
食べ盛りと言っても年頃の中学生なら少しは遠慮して欲しいと思うが、口にしても無駄だと思った條士は小さく溜め息を吐く。
「まったく、バニラ味で良かったか?」
「うん、お願いねー」
條士は財布をズボンのポケットに入れて玄関を出る。すると、目の前に雪菜が立っていた。
「こんな時間に何処へ行くつもりですか、先輩?」
雪菜は警戒する様に目を細めて、冷ややかに睨む。よく見ると髪が濡れており、素肌に制服のブラウスを着込んだ格好であった。おそらく入浴から直ぐに出て来たのだろう。
「少しコンビニに行ってくるだけだ。別に着いて来なくて良い」
「いえ、監視役なので同行します」
「その格好でか?……せめて乾かしてから来い。それまで待っててやる」
「本当ですか?」
「騙してどうするんだ。早くしてくれ。俺は同じ事を2度言うのは嫌いなんだ」
「……分かりました。少し待って下さい」
そう言い残して、雪菜は自分の部屋に戻って行った。條士は壁に背を預けるとスマートフォンでネットニュースを適当に読み漁り始める。スポーツ、エンタメ、政治関係、少し読んでは別の記事を読んでいると、條士は気になるニュースの記事を観て操作する指を止める。
「コイツは……」
内容は絃神島でここ最近に起きた通り魔事件である。内容を読んでいくと被害者は吸血鬼で死亡、しかも犯人は正体不明と記載されていた。吸血鬼を殺せるとなると犯人は魔族、又は雪菜の様な攻魔師と言った怪物退治の専門家だろう。
「お待たせしました」
すると姫柊が今度はきちんと制服に着替えて部屋から出て来た。しかも武器が入ったギターケースを背負っている。
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもない。行くぞ」
條士はスマートフォンをポケットに入れるとエレベーターに乗り込む。
「今日はすまなかったな」
「え?」
「歓迎会だ。凪沙や浅葱の相手は少し疲れたんじゃあないか?」
「いえ、楽しかったです。料理も美味しかったですし」
少し照れながら微笑む雪菜を見て、條士は小さく笑う。
「昨日も料理も美味しかったですが、先輩って料理上手なんですね」
「主にお袋と婆さんに叩き込まれた。親父と爺さんはからっきしでな」
「そう言えば、先輩は何で凪沙ちゃんと同居しているのですか?」
雪菜は気になっていた事を質問する。
「同居じゃあ無く、居候だ。俺の爺さんと凪沙の親父さんが旧知の仲でな。それでよく家族同士で集まったりしたんだ。それと凪沙の両親は共働きで、しかも親父さんは海外出張にもよく行くし、お袋さんは仕事場に付きっきりになりがちだから、凪沙を1人にする訳にはいかないと言う事で俺が居候する事になった」
「いつからなんですか?」
「暁家が絃神島に引っ越す事になってからだ。俺と凪沙は元々小学校も同じで、夏休みとか長期休暇の時はよく凪沙を爺さんたちが居るニューヨークに連れて行ったりしていたな。そうしている内に懐かれた」
「良いですね、まるで本当の兄妹みたいで。私には家族が居ないので、憧れます」
「そうなのか?」
「はい」
條士は雪菜の方を見る。雪菜は微塵も感傷も見せずに頷く。
「高神の杜に居るのは全員孤児です。全国から素質のある子どもたちを集めて攻魔師を養成する組織ですから。でも、あの、家族が居なくて寂しいとかそう言う事じゃないです。高神の杜のスタッフは皆優しくしてくれましたし、剣巫の修行も嫌いではなかったので」
「そうか……」
雪菜の身の上話を聞いて、條士はそう呟いた。
話をしている内に目的地であるコンビニに近づいていた。住宅地を中心とした人工島で夜の人通りはあまり多くないが、駅前近くはファーストフード店やコーヒーショップ、漫画喫茶にゲームセンター等でそれなりに賑わっていた。
「あ……」
ゲームセンター前を通りかかった時、雪菜が唐突に足を止めた。
「どうかしたか?」
「あ、すみません。何でも無いです」
そうは言っているが、雪菜は店前に置かれたクレーンゲームの筐体を凝視していた。
「そのクレーンゲームがどうかしたか?」
「クレーンゲーム……と言うのですか。ネコマたんが入っているのは……」
「ネコマたん?そのマスコットキャラの事か?」
「はい。あの……前の学校で人気があって」
條士も筐体を見ると、中には尻尾が2つに分かれた招き猫みたいな2頭身のキャラクターが入っていた。普段は真面目で硬派な性格の雪菜だが、その瞳はキラキラと輝かせてマスコットを見つめていた。
「……この筐体ならいけるか」
「先輩?」
條士はそう言って筐体にコインを投入し、ボタン操作でアームを動かす。そして中にある人形から1番取りやすい個体に狙いを定めてアームを降下させる。アームはマスコットを挟み込んで元の位置に戻り人形を取り出し口に落下させる。
その時
「そこの2人、彩海学園の生徒だな。こんな時間に何をしている?」
背後から聞こえた声に、條士と雪菜は硬直する。筐体のガラスに映り込んで居たのは南宮那月だった。
「そこの男。どっかで見た事ある後ろ姿だが、ゆっくりとこっちに振り返って貰おうか」
那月は何処か楽しそうな口調で言う。時刻は深夜0時近く。こんな夜遅くに学生が2人出歩くのは立派な条例違反だ。しかも中学生も同伴なら尚更である。隣の雪菜は顔を青ざめていた。なまじ優等生である故にこう言った状況には打たれ弱いみたいだ。
「どうした?早く振り向け。此方に応じないのなら、私にも考えがあるぞ」
(やれやれ……仕方ない)
獲物を嬲る様な口調をする那月に腹を括った條士は、自身の身体から人型の
その直後、鈍い振動が島全体を揺るがし、一瞬遅れて爆発音が鳴り響く。
「南宮」
「分かっている」
條士は那月の名を呼びながら振り返る。那月が爆発音の発生源へと目を向け、雪菜も異常事態に意識を向ける。
爆発音は未だに止むことなく続いている。それどころか常人でも感知出来るレベルの魔力の波動までもが伝わって来る。
「眷獣か……」
「その様だ。魔力を見るに宿主も相当な吸血鬼だろう。……空城」
「分かっている。一般人の避難は任せるぜ。行くぞ、姫柊」
「えっ」
條士は雪菜の手を掴んで駆け出した。
「言ってはおくが、明日私の所に呼び出すからな」
こんな時でも教員として指導する那月に條士は走りながら苦笑する。
◾️◾️◾️◾️
「先輩、さっきのは……」
「ああ、眷獣だ。しかもこの間のチンピラが出そうとしたモノとは比べ物にならない程のな」
人工島の岸壁まで走った條士は爆発するアイランド・イーストの倉庫街から浮かび上がる漆黒の妖鳥を見てそう言った。未だに爆発音が鳴り続けている状態を見て、眷獣の宿主である吸血鬼は何者かと戦闘をしている様だ。その光景に、條士はスマートフォンで見たネットニュースを思い出していた。
「先輩、すみません。此処でお別れです。先輩は先に自宅へ戻って下さい」
そう言って雪菜は條士に握られた手を振り解いた。
「姫柊はどうするんだ?まさか……」
「私は何が起きているのか調べて来ます。安全が確認出来たら、直ぐに戻りますから」
「吸血鬼の方は相当の力を持っている。それにソイツと戦っている相手も普通じゃあなさそうだ」
「はい。ですが、私にはこれがありますから」
雪菜は背中に背負ったギターケースから武器を抜いた。小気味良い金属音と共に、銀色の槍が刃を展開する。
「獅子王機関から与えられた装備です。あの程度の眷獣、真祖とも渡り合えるこの"雪霞狼"の敵ではありません」
そう言って、雪菜は勢い良く駆け出した。最初からタイミングを見計らっていたのか、飛び降りた彼女の足元には貨物運搬用のモノレールの姿があった。雪菜は車両の上に難なく着地し、モノレールに乗って現場の倉庫街へ向かった。
「……やれやれ。面倒臭い事になったな」
條士は溜め息を吐くと、一呼吸する。
コオオォォォォォ
独特の呼吸音と共に、
◾️◾️◾️◾️
倉庫街のあちこちで、大規模な火災が起きていた。
街灯の消えた街を、燃えさかる炎が紅く照らしている。自動消火装置も動いていたが、火の勢いが衰える気配はない。
幸いにも、街の中に人の気配は無く、元々人口の少ない地区で倉庫街の管理をしていた人々も避難を終えているらしい。爆発に巻きこまれて、送電が停止したのだろう。アイランド・イーストに到着した直後に、モノレールが停止した。
雪菜は、動かなくなった車両の屋根から飛び降りて、眷獣が暴れている現場へと向かう。
戦闘中の眷獣は、巨大なワタリガラスに似た漆黒の妖鳥だった。翼長は余裕で10mを超えている。闇を固めたような巨体は、時折、溶岩に似た琥珀色に輝き、吐き出す火球が周囲に凄まじい爆発を巻き起こす。その全身を包みこんでいるのは暴風だ。どうやらあの眷獣は、爆発そのものを象徴しているらしい。
ビルの屋上に立って眷獣を操っているのは、上品な背広に身を包んだ長身の吸血鬼だった。年齢は30歳前後に見えるが、この魔力の凄まじさを見る限り、おそらくその数倍は生きているに違いない。〝旧き世代〟の名にふさわしい、圧倒的な存在感と迫力である。絃神市内の企業に雇われた幹部社員か傭兵、あるいは夜の帝国から派遣されてきた軍の高官クラスいずれにしても相当な大物だろう。
だが、それほどの力を持つ吸血鬼が攻撃を繰り返しているにもかかわらず、いっこうに戦闘が終わる気配はない。それどころか男の顔には、くっきりと焦りと疲労の色が浮かんでいた。〝旧き世代〟が、圧倒されているのだ。
「あれは……」
闇を裂いて伸びた閃光に気づいて、雪菜が困惑の声を出す。それは虹のような色に輝く、半透明の巨大な腕だった。生身の肉体ではない。眷獣と同じように実体化した魔力の塊だ。だが、雪菜の知っている眷獣とはどこか気配が違っている。数m近い長さのその腕が、漆黒の妖鳥と空中で接触する。そして次の瞬間、妖鳥が苦悶の咆吼を上げた。妖鳥の翼が根本からちぎれて、溶岩のような灼熱の鮮血が飛び散った。
そして体勢を崩した妖鳥の巨体を、虹色の腕が貪るようにして引き裂いていく。実体化を保てなくなった妖鳥が、単なる魔力の塊へと変わって地上に落ちる。しかし虹色の腕は攻撃をやめない。屍肉を漁る獣のように、破壊された眷獣の身体を蹂躙する。
「魔力を……喰ってる!?」
その異様な光景に、雪菜は戦慄した。倒した他の眷獣の魔力を喰らう。雪菜が知る限り、そんな眷獣の存在は聞いたことがない。そして、その眷獣を操っている宿主の姿を見て、雪菜はさらに動揺した。虹色の腕の宿主は、雪菜よりもさらに小柄な少女だったからだ。素肌にケープコートをまとった藍色の髪の娘である。人工的な美しい顔立ち。そして薄水色の無感情な瞳。
「吸血鬼……じゃない!?そんな……どうして、人工生命体が眷獣を!?」
呆然と立ち尽くす雪菜の背後で、重い何かが投げ落とされたような音がした。驚いて振り返った雪菜が見たのは、重傷を負って倒れた長身の吸血鬼の姿だった。
肩口から深々と斬り裂かれた傷は、心臓にまで届きかけている。人間ならばもちろん即死。並の吸血鬼でも同じだろう。未だに息があるだけでも、〝旧き世代〟の肉体の強靭さが窺える。
だが、普通なら即座に再生を開始するはずの彼の肉体には変化がない。眷獣を失い、弱っているというだけではないだろう。なにか強力な呪力のこもった攻撃を受けたのだ。その種の攻撃ができるのは人間の攻魔師、それも祓魔師などと呼ばれる高位技能の使い手だけである。だが、それは決してあり得ないことだった。
祓魔師とはすなわち高位の聖職者。地位のある司祭や僧侶なのである。彼らが、自ら市街地での私闘を行うはずがない。そんなことが許されるはずがないのだ。
「──ふむ。目撃者ですか。想定外でしたね」
聞こえてきた低い男の声に、雪菜がハッと顔を上げた。燃えさかる炎を背にして立っていたのは、身長190cmを超える巨軀の男だった。
右手に提げた半月斧の刃と、装甲強化服の上にまとった法衣が、鮮血で紅く濡れている。吸血鬼の返り血だ。
「戦闘を止めて下さい」
雪菜は法衣の男を睨んで警告するも、男はそんな雪菜を蔑むように眺める。
「若いですね。この国の攻魔師ですか……見たところ魔族の仲間ではないようですが」
値踏みするような表情で淡々と言う。男の身体から滲み出る殺気を感じて、雪菜は重心を低くした。
「行動不能の魔族に対する虐殺行為は、攻魔特別措置法違反です」
「魔族におもねる背教者たちが定めた法に、この私が従う道理があるとでも?」
男は無造作に言い捨てて、巨大な戦斧を振り上げる。
「くっ、雪霞狼──!」
槍を構えて、雪菜が疾走った。負傷した吸血鬼を目がけて振り下ろされた戦斧を、ぎりぎりで受け止める。
「ほう……!」
戦斧を弾き飛ばされた男が、愉快そうに呟いた。巨体からは想像もできないほどの敏捷さで後方に飛び退き、男は雪菜へと向き直る。
「なんと、その槍、
男の口元に、歓喜の笑みが浮いた。眼帯のような片眼鏡が、紅く発光を繰り返す。男の視界に直接情報を投影しているらしい。
「良いでしょう、獅子王機関の剣巫ならば相手に不足なし。娘よ、ロタリンギア殲教師、ルードルフ・オイスタッハが手合わせを願います。この魔族の命、見事救ってみせなさい!」
「ロタリンギアの殲教師!? なぜ西欧教会の祓魔師が、吸血鬼狩りを──!?」
「我に答える義務はなし!」
男の巨体が、大地を蹴って猛然と加速した。振り下ろされた戦斧が、断頭台のごとき勢いで雪菜を襲う。強化鎧によってアシストされたその斬撃の威力は、装甲車すら容易に引き裂くレベルだ。
しかし雪菜は、それを完全に見切って紙一重ですり抜けると、攻撃を終えた直後のオイスタッハの右腕へと、旋回した雪菜の槍が伸びる。オイスタッハは、回避不能のその攻撃を、鎧に覆われた左腕で受け止めた。魔力を帯びた武器と鎧の激突が、青白い閃光を撒き散らす。
「ぬううん!」
男の左腕の装甲が砕け散り、雪菜はその隙に離れて距離を稼いだ。あの屈強な大男が相手では、格闘戦はいかにも分が悪い。一撃離脱で仕留めるべきだと判断したのだ。
「我が聖別装甲の防護結界を一撃で打ち破りますか! さすがは
破壊された左腕の鎧を眺めて、オイスタッハが満足そうに舌なめずりをする。彼の片眼鏡が、せわしなく点滅を繰り返している。
そんなオイスタッハの姿に禍々しい気配を感じて、雪菜が表情を険しくした。彼は此処で倒さなければならないと、剣巫としての直感が告げていた。
この殲教師をこのまま放置すれば、巨大な災厄をこの地に呼び込む事になると。
「──獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る。破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」
「む……これは……」
雪菜が厳かに祝詞を唱え、少女の体内で練り上げられた呪力を、七式突撃降魔機槍が増幅。槍から放たれた強大な呪力の波動に、オイスタッハが表情を歪める。
直後、雪菜はオイスタッハに猛然と攻撃を仕掛けた。
「ぬお……!」
閃光のように放たれた銀の槍を、殲教師の戦斧が受け止める。その腕に伝わる衝撃に、彼は驚愕の相を浮かべた。獣人の攻撃すら易々と受け止めた強化鎧が、小柄な少女の攻撃に耐えきれずに数m近くも後退。過負荷によって各部の関節が火花を散らす。しかも雪菜の攻撃はそれだけでは終わらない。至近距離からの嵐のような連撃に、オイスタッハは防戦一方になる。
その事実に殲教師は驚愕する。実は単純な速さでは、人間である雪菜は、獣人や吸血鬼に遠く及ばない。だが霊視によって一瞬先の未来を視ることで、雪菜は結果的に誰よりも速く動く事になる。
更に様々なフェイントを含む高度な武技と組み合わせる事で、雪菜は装甲強化服の人工知能ですら回避できない攻撃速度を得ているのだった。幼い頃からの絶え間ない修練のみが可能とする、剣巫特有の超人的な技能である。
「ふむ、なんと言うパワー……それにこの速度! これが獅子王機関の剣巫ですか!」
雪菜の実力にオイスタッハが賞賛する。雪霞狼の攻撃を受け止めきれずに、半月斧がひび割れ、音を立てて砕け散った。
その瞬間、雪菜の攻撃が僅かに止まる。人間であるオイスタッハを直接攻撃する事に、一瞬だけ躊躇してしまったのだ。
その一瞬の隙を、オイスタッハは見逃さなかった。
「良いでしょう、獅子王機関の秘呪、確かに見せてもらいました──やりなさい、アスタルテ!」
強化鎧の筋力を全開にして、殲教師が背後へと跳躍する。彼の代わりに雪菜の前に飛び出してきたのは、ケープコートを羽織った藍色の髪の少女だ。
「
少女のコートを突き破って現れたのは、巨大な腕。それは虹色の輝きを放ちながら、雪菜を襲う。雪菜は雪霞狼でこれを迎撃。巨大な魔力と呪力の激突に、大気が耳障りな音を立てた。
「ぐっ!」
「ああ……っ!」
かろうじて激突に打ち勝ったのは、雪菜だった。〝薔薇の指先〟と呼ばれた眷獣を、銀の槍がじりじりと引き裂いていく。
眷獣の受けたダメージが逆流しているのか、アスタルテと呼ばれた少女が弱々しく苦悶の息を吐く。
そして──
「あああああああああああっ!」
少女が絶叫した。彼女の細い背中を引き裂くようにして、もう1本の腕が現れる。眷獣が2体と言う訳では無く、左右一対で1つの眷獣なのだろう。しかしそれは、独立した別の生き物のように頭上から雪菜を襲って来る。
「しまっ──」
雪菜の表情が凍りついた。雪霞狼の穂先は、眷獣の右腕に突き刺さったままだった。もし一瞬でも雪菜が力を抜けば、手負いの右腕が槍ごと雪菜を押し潰すだろう。
そしてその状態では、雪菜は、左腕の攻撃を避けられない。"旧き世代"の眷獣をも凌駕するその攻撃に、脆弱な人間の肉体が耐えられる筈も無い。
雪菜を待っているのは確実な死だ。
優れた剣巫であるがゆえに、その結末を雪菜は一瞬で理解した。死を覚悟する程の時間は無かった。
ただ最後に一瞬だけ、見知った少年の姿が脳裏をよぎる。ほんの数日前に出会ったばかりの、いつも仏頂面をした少年の面影が。
自分が死ねば、きっと彼は悲しむだろう。
"だから死にたくない"と雪菜は思った。そう思った自分自身に雪菜はひどく驚いた。
その時──
「
思いがけない程近い距離から、その少年の声が聞こえてきた。
條士は
光を纏った條士の拳により虹色に輝く眷獣の左腕が、ダンプトラックと激突したような勢いで吹き飛んだ。そして眷獣の宿主である少女も、その衝撃に引きずられて転倒し、雪菜と戦っていた右腕が消滅する。
「なっ……」
雪菜は呆然と目を見張って、その光景を眺めていた。
「何をやってるんですか先輩!?こんな所で!?」
どうにか気を取り直した様子で、雪菜が訊いてくる。條士はそんな雪菜を見て呆れた表情をして答える。
「やれやれ、それはこっちの台詞だ。猪みたいに猪突猛進しやがって」
「い、猪!?」
「様子を見に行くだけじゃあなかったのか?なんで戦ってんだ」
「そ、それは……」
うー、と雪菜が物言いたげに口籠る。
2基の人工島を連結する長さ16kmの連絡橋を、條士は特殊な呼吸をしながら疲労する事無く走破したのだ。そして追いついた時には、最初に暴れていた眷獣は既に倒され、雪菜は謎の法衣の男と戦闘の真っ最中だったのだ。
「それで、コイツらが吸血鬼を襲っていた通り魔か?」
「はい。あの男は、ロタリンギアの殲教師だそうですが……」
武器を失った法衣の男を睨んで、雪菜が答える。
「ロタリンギア?ヨーロッパの人間が何で暴れているんだ?」
「先輩、気をつけて下さい。彼らはまだ……」
雪菜の警告が終わるよりも先に、ケープコートを着た少女が立ち上がった。彼女の背後には、虹色の眷獣が実体化したままだ。條士に殴られたダメージは、眷獣本体には及んでいないらしい。
「先ほどの光……もしや波紋?少年、貴方は波紋使いですか」
「ほお、知っているのか。波紋を」
破壊された戦斧を投げ捨てて、殲教師が言う。その殲教師を庇うように、前に出たのは藍色の髪の少女だった。少女の無表情な瞳から、殺意は読み取れない。ただ、その唇が静かに言葉を紡ぐ。
「
彼女の言葉に従って、巨大な腕が鎌首をもたげる蛇の様に伸びた。
「待ちなさい、アスタルテ!」
殲教師が叫ぶと、少女が困惑したように瞳を揺らした。しかし、既に宿主の命令を受けた眷獣は止まらない。虹色の鉤爪を鈍く煌めかせ、猛禽のように條士を狙って降下する。
「先輩、下がって下さい!」
槍を構えた雪菜が、條士を突き飛ばす様にして飛び出した。だが、まるでその雪菜の動きを予期していたかのように、もう1本の腕が少女の足元から、放たれた。地面を抉る様にして飛来するその右腕の不意打ちに、流石の雪菜も反応が遅れた。そんな雪菜を庇う様に、條士は割って入る。
「『ウーバー・ワールド!!』」
條士がそう叫ぶと同時に、條士の背後から人型の
『ドラァッ!!』
人型の
『ドララァッ!!』
その隙に人型の
「アスタルテ!?」
1人でに吹き飛んだ少女を見て殲教師は驚愕する。
「今のは……あの時の」
見覚えのある現象に、雪菜は呟く。そうしている間に殲教師は少女を抱き抱えると條士の方を警戒する様に睨む。
「少年。如何やら唯の人間では無い様ですね」
「さあな。それで、まだやるか?それとも降参するか?」
條士は
「如何やら、
「命令受諾」
殲教師が指示すると、少女は2本の眷獣の腕を地面に強く叩き付ける。激しい衝撃と土煙により條士の動きを止めた。
「チッ……逃げたか」
視界が晴れた頃には、既に2人の姿は無く、今から追うにも距離は離れていた。
「やれやれ。してやられたと言ったところか」
「先輩ッ」
溜め息を吐く條士の元へ雪菜が慌てて駆け付けて来る。周囲を見回すと、倉庫街は戦闘により激しく損傷しており、戦いの爪痕がくっきりと残されていた。
スタンド能力
『ウーバー・ワールド』
破壊力-A
スピード-A
射程距離-D(約2m)
持続力-A
精密動作性-A
成長性-A
能力『????』
詳細
空城條士のスタンド。外見は屈強な肉体にプロテクターを装着した人型。顔にマスクの様な物を被っており、タイプは近距離パワー型。
カラーリングは白色。
名前の由来は日本のロックバンド『UVERworld』より。