翌日のメディアは、絃神市で発生した謎の爆発事件のニュース一色に染まっていた。 新聞には破壊された倉庫街の写真が一面に掲載され、テレビや動画サイトでは目撃者の談話が延々と再生されている。
被害に遭ったのは、大手食品会社の倉庫ばかり。爆発による被害は100億を超える程だと言われている。
「うーわー、恐いねー。これって原因不明なんだよね」
制服にエプロン姿の凪沙が、朝食の後片づけをしながらのんびりと話しかけてくる。
「一部の話では、落雷で爆発したとか言われてるな」
淹れたてのコーヒーを飲みながら、條士はそう答えた。
あの後、雪菜と共に事故現場を脱出し、匿名で警察に電話したり、瀕死の〝旧き世代〟を応急処置した後に病院に運び込んでいた。
「落雷なんて、そんなの誰も信じてないよー。爆弾テロとか輸送中のロケット燃料の誤爆とか。皆色々言ってるけど、凪沙は隕石が怪しいと思ってるんだよね。ツングースカ大爆発だっけ? 昔これによく似た事件がロシアであったんだって、スドーさんが言ってた」
「隕石か、可能性としてはあるのかもな」
條士は何食わぬ顔でそう呟いた。ちなみに凪沙の言うスドーという人物は、絃神市ローカルの芸人兼ラジオ・パーソナリティの名前である。
「それじゃあ。あたしチア部のミーティングがあるから、先に行くね」
「ああ。気をつけろよ」
部屋の中を走り回りながら、凪沙が言う。條士は先に登校する凪沙にそう言った。
「戸締まりよろしくね。條士くんも遅刻しないでね。コーヒー飲み終わったら、マグカップは洗って乾かしといてね」
「分かってる。早く行かないと遅れるぞ」
「はーい」
凪沙が最後まで騒々しく出て行くのを確認して、條士はコーヒーを飲む。今日は9月1日。夏休みが終わって最初の登校日だ。彩海学園は2学期制で、始業式等の特別な行事は特に無い。長めのホームルームが終わったら、後は通常授業の予定である。
「昨夜の2人組について、財団が何か掴んでくれると良いんだが」
條士は昨夜出会った2人組の素性ついてSW財団に調べて貰っており、何か手掛かりが見つかるか考えていると、突然玄関のチャイムが鳴った。インターホンのモニターに映っていたのは、制服姿にギターケースを背負った雪菜だった。
「お早う、姫柊。どうしたんだ、随分と早いな」
條士が訊くと、雪菜はいつもの冷静な口調で答える。
『お迎えに来ました。先輩、そろそろ出ないと遅刻しますよ』
「一緒に登校するつもりなのか?」
『無理に一緒でなくても構いませんから、隠れて監視した方が良ければそうしますけど』
「(どちらにしても監視はするのか)分かった。少し待ってくれ」
條士はインターホンを切ると、通学用のバッグを持って玄関へと向かった。ドアを開けて外に出ると、通路に立っていた雪菜が礼儀正しく頭を下げてくる。
「お早うございます、先輩」
「ああ、お早う」
お互いに挨拶をしエレベーターに乗り込む。
「昨夜の事、獅子王機関に報告したのか?」
雪菜は條士の監視役である為、條士は昨夜の2人組との戦闘について報告したのか確認する。
「……本来なら報告しなければいけないんですけど、少し迷っています」
「迷っている?何故だ」
雪菜は困ったように顔を伏せながら答える。
「昨夜の件は私にも責任がありますし、先輩が戦闘したのも私に原因がありますから。それに……私の事も助けてくれましたし……あの、ありがとうございました」
消え入りそうな小さな声で、彼女は最後のひと言を告げる。
「そうか。だが、あの2人はその辺の小悪党とは違う。ただ吸血鬼を襲っただけとは思えないしな。そこん所を調べて貰う事も兼ねて報告すべきだと俺は思うぞ」
「はい、分かりました。しかし……彼らの目的は一体」
2人は話しながら学校方面へ向かうモノレールに乗る。車窓からは、破壊された倉庫街の姿がよく見えた。そして、いつもに比べてモノレールの車内が混んでいるのは、運行ダイヤが乱れているせいだろう。
暑苦しく混み合った車両に詰めこまれて、雪菜も少し不機嫌な顔になっている。
「先輩、聞きたい事があります」
「何だ、改まって」
雪菜は真剣な表情で條士に訊く。
「昨夜の戦闘の時、先輩が使っていた力の事です。殲教師が言っていた波紋の事もそうですが、
「……やれやれ、やはり聞いてくるか」
昨夜の戦闘の時に條士が使用していた波紋、そして『ウーバー・ワールド』について雪菜は気になっていた事に、條士は溜め息を吐く。條士は少し考えると、覚悟を決めた表情で雪菜を見る。
(確かに、いつまでも隠し続ける訳にはいかないか……それに、奴らを止める為には姫柊の力も必要になるかもしれない)
「分かった。俺の力については教える。今日の放課後、時間作れるか?」
「はい」
「おぃーっす、ジョジョ」
背後からの衝撃が、いきなり條士を襲う。そして條士の首に馴れ馴れしく腕が巻きついて、聞き覚えのある声がする。
「お前さん、何見知らぬ美少女と一緒に登校してんのよ」
「基樹か」
朝っぱらからテンション高めの口調で声をかけてきたのは、首にヘッドフォンをぶら下げた基樹だった。如何やら同じモノレールに乗っていたらしい。
「おう。それで、この子誰だ? うちの中等部にこんな子居たか?」
基樹は條士と肩を組んだまま改札機を潜ると、隣を歩いている雪菜に気づいて條士の顔を見る。條士は基樹の腕を解きながら答える。
「転校生だ。凪沙と同じクラスの」
「ほー、それはそれは……なんでまたジョジョが、その転校生ちゃんと一緒に登校してるんだ?」
「家が近所だから来る途中に会っただけだ」
條士は表情変えずに答えた。
「姫柊雪菜です。矢瀬基樹先輩ですね?」
礼儀正しく頭を下げて、雪菜が言う。基樹は不意にご機嫌な表情になる。
「あれ、なに? 俺の話もしてくれてたわけ?」
「いえ。空城先輩の報告書に、矢瀬先輩の情報も載っていたので」
「は? 報告書?」
疑問符の浮かんだ表情の基樹に見つめられて、雪菜は自分のミスを悟ったらしい。かすかに引き攣った無表情で首を振った。
「いえ、なんでもありません。冗談です」
「お、おう。まあ、よろしくな」
基樹はフレンドリーな笑顔で親指を立てる。
「そういや、あんたバンド少女なのか?どういうジャンル演奏ってんの?」
「バンド……ですか。いえ、私は音楽にはあまり詳しくないので」
「え?いや、だって、その背中のってギターっしょ?ベースの方?」
「あ……そうですね。そうでした」
背負ったギグケースの存在を思い出して、雪菜が慌てて言い繕う。
「悪い、基樹。姫柊は人見知りでな。あまり詮索しないでくれないか?」
「あー、了解。ごめんな」
「あ、いえ……」
困っている雪菜をフォローする様に、條士は基樹にそう言った。基樹も察したのか、雪菜に謝罪する。
「あの、すみません、先輩方。私は此処で」
「ああ。またな」
條士に会釈して、雪菜はそのまま中等部の校舎へと走り去っていった。そんな彼女の後ろ姿を、基樹は暫く黙って眺めていた。
「なあ、ジョジョ。あの子って、不思議ちゃんなのか?」
「転校して間も無いからな。慌てているんじゃあないか?」
「そうなのか……ふうん。なんか、面倒な事にならなきゃ良いけどな」
妙に深刻ぶった口調で呟く基樹に、條士は訝しげな顔で友人を見返す。
「面倒な事だと?」
「ああ。俺のピースフルでラブリーなスクールライフを乱さない為にも、せいぜい上手い事やってくれよ、ジョジョ、あんなんでも、一応、俺の大事な幼馴染みだからな」
「……善処する」
基樹が見ていたのは高等部校舎の2階にある條士たちの教室だ。窓際に座っていた浅葱が、丁度登校してきた條士たちに気づいて手を振っていた。
「おはよ、條士。朝っぱらから仏頂面してるわねー。ああ、いつもか」
ホームルーム開始直前の教室。自分の席に着いた條士に、前に座る浅葱が声をかけてくる。
相変わらずの華やかな服装と髪型だが、今日に限っては普段の快活さが影を潜めて、何処となくアンニュイな雰囲気を漂わせている。
「余計なお世話だ。そう言うお前は随分眠そうだな」
「そーなのよ。おかげで化粧のノリが悪くてさ……あんたもニュース見たでしょ、昨日の爆発」
目の下のくすみを気にして手鏡をのぞきながら、浅葱が言う。
「ああ。知ってる」
「あの後直ぐに人工島管理公社の偉い人が電話で泣きついて来てさ。災害対策用のメインフレームがぶっ飛んだとかで、代替システムをイチから組まされたわよ。コストをケチって冗長性の低いしょぼいハード買ったりするから、そういうことになるのよね。チューニングもなってないし、インバウンドのフィルタリングもザルだし」
「専門用語を呼吸する様にスラスラ言われてもよく解らんが、大変だったんだな」
素人には意味不明な浅葱の発言を適当に聞流しながら、條士は自分が戦っていた裏で身内が苦労していたの事を知る。
「つまり、こうして何とか生活出来ているのは浅葱のお陰と言う事だな。お疲れ」
「そ、そんな大袈裟な話じゃないけどさ」
浅葱が少し照れたように早口で言う。そしていつものニヤニヤ笑いを浮かべ、
「でもまあ、そういうことなら感謝を形にして貰おうかな。ちょうどキーストーンゲートのレストランで、ケーキバイキングやってるんだー」
「この間ファミレスで奢った様な気がするが……まあ、良いぜ」
キーストーンゲートは4基の人工島の連結部の事で、文字どおり絃神島の中心に位置する巨大な建物だ。そして高級ブランドや専門店が集まる、島内1番のオシャレスポットでもある。
「そ、そういえば條士、あの後どうしたのかなー……なんて」
「あの後?」
浅葱が頰杖をつきながら、何故か横目でちらちらと條士を見ながらわざとらしく無関心な口調で呟く。
「ほら、昨日のあの子の歓迎会。あたしが帰った後、あの子と何かあったのかなーって」
「ああ」
流石に倉庫街の件を話す訳にはいかないので、條士は誤魔化しながら答える。
「特に無いも無かったぞ。姫柊も疲れてただろうしな」
「そ、そうなんだ。ふーん……そっか」
浅葱が表情を明るくして顔を上げた。そのとき教室の隅っこで、小さなどよめきが起こった。教室の隅っこに集まった男子が数人、1台の携帯電話を囲んで盛り上がっており、浅葱が丁度近くを通りかかった友人の築島倫を呼び止める。
「ね、お倫。あれ何? 男子共はなんで盛り上がってるわけ」
「ああ、あれ? なんかね、中等部に女の子の転校生が来たらしいよ」
築島倫はこのクラスの学級委員で、長身且つスタイル抜群の大人びた生徒だ。愛想に乏しく物言いも少々キツめだが、そこが良いと言う男子も意外に多い。高等部1年男子の間では、踏まれたい女子ランキング堂々の1位に輝き、その結果を知って本人は地味にショックを受けていたそうである。
「凄く可愛い子だって噂になってて、部活の後輩に命令して写真を送らせたんですって」
浅葱が眉間にしわを刻みながら、條士に顔を寄せて来た。
「ねえ、その転校生ってもしかして凪沙ちゃんのクラスの?」
「だろうな」
間違いなく雪菜の事だろうと、條士は頷く。そんな條士と浅葱のやりとりを、倫は少し面白そうに眺めながら訊く。
「空城くんは見に行かなくて良いの?」
落ち着いた口調で訊いてくる。
「興味無いからな」
條士がそう答えると、倫は満足そうに頷く。
「そうね。空城くんには浅葱がいるものね」
「ん?」
條士は倫の言葉に首を傾げる中、浅葱は頰を赤らめながらも平静を装った態度で倫を見上げる。
「またお倫は、直ぐそう言う事を言う……あたしと條士はそんなんじゃないわよ。中等部の頃からの友達ってだけ。ねえ」
「そうだな。基樹とも連んでいる内に今に至っている。ただそれだけだ」
條士もそう告げると、倫はなぜかそれを聞いて残念そうな顔になる。
「じゃあ結局、今年の夏も進展なかったのかな? 矢瀬くんは、年上の彼女と上手くいってるみたいだけど?」
「基樹のところの先輩も少し変わり者だからな」
基樹が彼女持ちだというのは事実だ。高等部に進級して直ぐの4月に、2学年上の3年生に一目惚れ。まるでラブコメのような熱烈なアタックを繰り返し、夏休み直前、ついに交際にまで持ちこんだのだった。
倫は意味ありげな視線を條士に送る。
「確かに私もあの先輩は変わってると思うけど。でも、空城くんに変わり者なんて言われたくはないかもね。あなたにも、随分面白い秘密がありそうな気がしてるんだけどな」
「さあ、どうだろうな」
彼女の祖父は有名な魔族生態学者だったらしく、そのせいか倫も魔族の特徴に詳しい。そのためか、條士が普通の人間ではない事に気づいているような素振りを見せる。単に観察対象として見られているだけだが。
「あら? 那月ちゃん、どうしたのかしら?」
そのとき、倫がぼそりと呟いた。ホームルームの時間にはまだ早かったが、漆黒の暑苦しいドレスをまとったクラス担任が、不機嫌そうな表情で教室に入ってきたのだ。
「空城條士、居るか?」
幼女にしか見えない小柄なカリスマ担任教師が、教室の入り口に仁王立ちして條士を呼ぶ。
「何だ?」
「昼休みに生徒指導室に来い。話がある」
那月が冷たく言い放つ。ちなみに今日の彼女の衣装は、ミニスカートのゴスロリ風ドレスに白黒のボーダーニーソックス。相変わらず暑苦しさ全開だが、それでも彼女の普段着の中ではわりと涼しげな方である。
「話?」
「それから中等部の転校生も一緒に連れてこい」
條士は那月の一言で昨夜の件絡みである事を察した。そして、思いがけず噂の転校生の名前が出た事で生徒たちの間に、ざわっと動揺が広がった。静まり返った教室で、那月は生徒たちの視線を一身に集める。
「ああ、分かった」
「今度は逃げるなよ」
それだけ言い残すと、那月は去っていく。
「ねえ、條士。あんた、私には"あの後何も無かった"って言ってたけど、嘘なの?」
浅葱が鬼気迫る表情で條士を問い詰める。そして、倫が條士の方を見ながらニヤニヤと笑みを零していた。
「……やれやれだぜ」
條士は気疲れした様な声で呟いた。
◾️◾️◾️◾️
昼休みが始まると同時に教室を抜け出し、條士は職員室前の廊下で雪菜と合流すると、雪菜がだいぶ弱っているように見えた。例のギターケースを持ってくるのも忘れている程だった。クラスメイトたちの興奮した様子を見ればだいたい想像出来るが、学校中の注目を浴びて彼女も大変だったのだろう。
雪菜は携帯電話を持っていなかったので、條士は凪沙経由で呼び出したのだ。お陰で凪沙にあれこれしつこく詮索されてしまったが。
ともあれ條士たちは、生徒指導室に到着し、ドアをノックして中に入ると、既に那月は先にソファに座って待っていた。
「来たか、空城」
偉そうに脚を組んでふんぞり返ったまま、那月が言う。そして彼女は、條士の背後に立っている雪菜に気づいて、唇の端を吊り上げた。
「お前が岬のクラスの転校生か」
「はい……中等部3年の姫柊です」
「ようこそ、彩海学園へ。歓迎するぞ。余計な揉め事を起こさないでくれるなら、特にな」
「は、はい」
雪菜はぎこちない返事を返す。
「さて、お前たち。昨日、アイランド・イーストで派手な事故が起きたのは知ってるな?」
「ああ」
「実は、その現場近くで〝旧き世代〟の吸血鬼が1匹、確保されたそうだ。重傷を負って死にかけていると、誰かが匿名で消防署に通報したらしい。マスコミにはまだ伏せられているそうだがな。なにか心当たりはあるか?」
「特には」
條士は首を横に振る。その隣では、雪菜が彫像のように硬直していた。
「その〝旧き世代〟は、表向きは貿易会社の役員だが、密輸組織の幹部ではないかと以前から警察に疑われていたらしい。どうやら昨日の倉庫街は、その取引によく使われていた場所らしくてな。組織の下っ端は、取り引き相手についてなにも知らないと言ってるそうだが」
「そうなのか」
條士は表情を変えずに那月を見る。
「爆発事故が起きる少し前、そのあたりで眷獣が暴れている姿が目撃されている。つまり死にかけで発見された男は、何者かと戦っていた、というわけだ。〝旧き世代〟の吸血鬼を、半死半生の状態にまで追い詰めた敵。こいつが爆発事故に絡んでいる可能性は極めて高いと私は思うわけだが……何者だろうな?」
「さあ、俺たちはよく分からないな」
何食わぬ顔で答える條士をつまらなそうに見つめながら、那月が何気ない口調で続ける。
「ふむ……ところでな、この島で死にかけの吸血鬼が発見されたのは、実は昨日が初めてではなくてな」
「他にも被害者が出てると?」
「そうだ。ここ2ヶ月ばかりの間に、警察が把握しているだけでも6件ばかり、似たような事件が起きている。今回のやつで7件目だ。流石に〝旧き世代〟が巻きこまれたのは初めてだが」
那月はそう言って、分厚い資料の束をテーブルの上に乱暴に投げ出した。どうやって手に入れたのかは知りたくもないが、警察の捜査資料のコピーらしい。街の監視カメラの映像を拡大した、目の粗い写真が貼りつけられている。
「これは……今回の被害者リストか?」
「その通りだ。そこに写っているのは6件目の被害者。発見されたのは2日前だそうだが……知り合いか?」
「いや、知り合いって訳じゃあないが……」
條士は隣に居る雪菜の横顔を見ると、雪菜は顔色を蒼白にして、無言で拳を握りしめていた。写真に写っていたのは、獣人と吸血鬼の2人組。條士が雪菜と初めて出会った日に、條士が自分の髪を侮辱した事で打ちのめした、あの2人だ。
どうやら彼らは、何者かに襲われて瀕死の重傷を負わされた。もしそれが昨夜の倉庫街での戦闘と無関係では無いというのなら、彼ら2人を襲った犯人が、あの殲教師たちである可能性は高い。いずれにしても條士たちは、知らないうちにこの事件と深く関わっていたと言う事になる。
「それで、コイツらはどうなった?」
「入院中だ。一命は取り留めたそうだが、今も意識は戻っていない。生命力が取り柄の獣人と、不老不死の吸血鬼を相手に、どうやったらそんなことが出来るのかは知らないが」
目つきが鋭くなった條士を眺めて、那月は優雅に頰杖をついた。
「というわけで、この事件が片づくまでは、暫く昨日の様な夜遊びは控えるんだな」
「別に夜遊びじゃあないんだが」
「ふん、まあいい。とにかく警告はしたからな。話は終わりだ。出て行け」
那月はつまらなそうにそう言って條士たちを追い払うように手を振った。條士と雪菜は立ち上がって、言われた通りに生徒指導室から立ち去ろうとする。
「ああ、そうだ。ちょっと待て、そこの中学生」
その時、不意に那月が雪菜を呼び止めた。雪菜が警戒したように振り返って那月を見る。那月は黒いドレスの胸元からなにかを取り出して、それを雪菜へと軽く放った。掌にすっぽりと収まる程度の、小さなマスコット人形だった。反射的にそれを受け取って、雪菜は思わずその人形の名前を口にする。
「……ネコマたん……」
ハッと口元を押さえる雪菜を見上げて、那月はニヤリと不敵に笑った。
「忘れ物だ。そいつはお前のだろう?」
那月の質問に、雪菜はなにも答えない。意味不明の緊張感で睨み合う那月と雪菜を、條士は溜め息を吐きながら眺める。やがて雪菜は静かに会釈し、そのまま部屋を出て行った。那月はそんな雪菜の後ろ姿を、どこか愉快そうに最後まで眺めていた。
「やっぱり南宮先生は知ってたんですね」
渡り廊下の隅っこを、人目を避けるようにして歩きながら雪菜が言った。那月から受け取った人形を妙に嬉しそうに眺めている。
「昨夜の2人組の事か」
「はい。それにあの
「ああ、だろうな」
那月が持っていた写真のことを思い出して、條士は頷いた。襲われた魔族の映像があったということは、同じ監視カメラにオイスタッハたちの姿が映っていてもおかしくない。警察はおそらく彼らの存在を知っている筈だ。
「ですが、彼らの素性までは、まだ把握してないのだと思います」
「被害者は全員意識不明の重体だからな。相手の片割れがロタリンギア人である事もまだ知らない様だ」
「はい。今のところ、彼らと直接戦って無事だったのは、私たちだけですから」
「奴らの犯行が此処で終わればの話だがな」
まだ被害者が増えるだろうと予想しながら、條士は呟いた。
「それにどのみち警察の装備では、あのロタリンギア殲教師に対抗するのは不可能です。無駄な犠牲が出るだけだと思います」
雪霞狼という切り札を持つ雪菜が、勝ち誇るでもなく淡々と告げた。攻魔師として冷静に分析した事実だけを告げている口調だった。
「これ以上被害を出さない為にも、早く奴らを見つけなくちゃあならないな」
「そうですね。犯人がロタリンギア殲教師という情報を持っているのは私たちだけですし。それに彼らの外見は特徴的ですから、潜伏できる場所は限られる筈です」
「まあ、あの身なりで街中を徘徊していたら嫌でも目立つだろうしな」
身長2m近い中年外国人と半裸の少女。それだけでも充分奇妙である。
「実はそう思って今朝のうちに資料を取り寄せておきました」
「資料だと?」
「この島にある西欧教会の施設の一覧です」
そう言って雪菜は、ポケットからメモ帳を取り出した。ネコマたんが描かれたファンシーなメモ帳だ。しかし書かれているのは、味気ない教会名と住所の羅列である。
「ロタリンギア正教の教会は1箇所。それ以外の宗派の施設は7箇所でした。彼らはおそらくこの中の何処かに、協力者と一緒に潜伏しているはずです」
「……いや、違うな」
雪菜の仮説を聞いた條士はポツリと呟く。反論されるとは思っていなかったのか、驚いた様に目を瞬いた。
「何か間違ってましたか?」
「例えロタリンギアの情報を知らなくても、奴らの外見程度は分かってるんじゃあじゃないか。あと、男の方が法衣を着てた事にも」
「そうですね……そうかもしれません……」
「それなら、警察側も西欧教会を最優先に調べる筈だ」
「あ……」
雪菜が小さく息を呑んだ。彼女は少し混乱したように首を振る。
「で、でも、だとしたら彼らは今何処に?」
「ロタリンギアに本社がある企業、だろうな」
「はい?」
雪菜は首を傾げる。
「男が殲教師だからと言って、教会以外の場所に居ないとは限らないと言っているんだ。それに、奴が連れている
「な、なるほど……」
困惑の表情を浮かべながらも、雪菜は素直に納得した。
「つまり、奴らの潜伏先はロタリンギア人が居ても怪しまれず、
條士の言葉を聞いた雪菜は真剣な表情で考え込む。
「先輩……凄いです」
「ん?」
「驚きました。限られた情報だけでそこまで分析出来るなんて」
きらきらとした瞳で條士を見上げた。
「コイツは受け売りだが、大事なのは見るんじゃあなく、"観る"事。聞くんじゃあなく、"聴く"事だそうだ」
「なるほど……だけど、絃神市内にある企業の本社所在地なんて、どうやって調べれば良いんでしょうか」
すぐに真面目な表情に戻って、雪菜が言う。
「いや、
「え?」
「悪いが、姫柊。転校して早々で申し訳無いが、午後の授業休んでくれ」
「どうしてですか?」
疑問を抱く雪菜を、條士は見つめながら答える。
「奴らを追跡する」
◾️◾️◾️◾️
学食で昼食を済ませた後、條士と雪菜は午後の授業を抜け出し、街のコーヒーショップに居た。
「あの、先輩。どうやって追跡するつもりですか?」
「追跡する前に、姫柊に俺の力の事を説明しておく」
條士はそう言って、先程購入したアイスコーヒーの入ったグラスを持つと、そのまま逆さにする。
「先輩ッ」
條士の突然な行動に雪菜が声を上げる。しかし、逆さになったグラスからはコーヒーは1滴も流れ落ちていない。
「どうして……」
「よく見てみろ」
グラスを持つ條士の手を見てみると、指先がオレンジ色の光を発しており、コーヒーの表面にも光が覆っていた。
「これは波紋。特殊な呼吸法により、体に流れる血液の流れをコントロールして血液に波紋を起こし、太陽光の波と同じ波長の生命エネルギーを生み出す秘法だ。仙道の1つであり、チベットが発祥したと言われている。そして、波紋は生物や水と言った自然の物質に伝わりやすく、訓練すればこの様な事も出来る」
「これが、波紋……」
「波紋は本来医学に連なる技術だが、攻撃にも転じる事が可能だ。特に吸血鬼相手に致命的なダメージを与えられる」
條士はそう説明すると、グラスをテーブルに置く。
「先輩はいつから波紋を?」
「元々生まれ持った才能もあるが、爺さんも波紋が使えてな。ガキの頃から叩き込まれた……と言うより、しごかれたと言うべきか」
「それでは、波紋を使って追跡すると?」
「いや、波紋で奴らを探す事は出来ない。
條士はそう言うと、背後から『ウーバー・ワールド』を出現させる。そして、條士は『ウーバー・ワールド』にグラスを持ち上げさせる。
「グラスが勝手に!」
雪菜の目には『ウーバー・ワールド』が映っていない事により、グラスが宙に浮いている様に視えているのだ。
「俺は5年前、エジプトで爺さんの発掘調査を手伝っていた。その時に見つけた
「先輩の傍に?」
「超能力と呼ばれる現象があるだろう。物を浮かせたり、火を出したり。俺の場合、
「つまり、ショッピングモールの時や昨夜の件は、先輩の傍にいる何かが攻撃をしていたと言う事ですか?」
條士の言葉を聞いた雪菜は意味を理解する。
「そうだ。常に
「
「そして、俺の
すると、『ウーバー・ワールド』は條士の体へと戻り、
「状況に応じて姿を変える事が出来る。更に変化した姿に応じた能力を発動出来る」
そう言って條士はスマートフォンを取り出し、写真を撮る。スマートフォンが向けられた先には向かい側に座った雪菜が居るので、本来なら写真には雪菜が映し出される筈だが、スマートフォンの画面には雪菜ではなく、
「この写真は?」
「さっき俺は、ロタリンギア殲教師と
條士はそう言うと、スマートフォンで電話を掛ける。何回かコールが鳴ると、相手に繋がった。
『はい。こちら、
「もしもし、俺だ。空城條士だ」
『條士さん!すみません、こちらから連絡するとお伝えしてましたのに』
條士の電話の相手は、
「いや。頼んでいたものは調べてくれたか?」
『はい。ロタリンギア殲教師と
「助かる。それともう1つ、調べて欲しい事がある。今から送信する写真の建物について大至急調べてくれ。住所もだ。ロタリンギアに本社がある企業の施設だ」
『分かりました』
條士は早速写真を送信する。すると、僅か1分で結果が届いた。
『写真の建物はスヘルデ製薬の研究所。本社はロタリンギアにあります。主な研究内容は
「ありがとう。2人組の情報もメールで送ってくれ」
『了解です』
條士は電話を切ると、スマートフォンをポケットに入れる。
「場所が分かった。行くぞ」
「はい」
條士の言葉に、雪菜は頷く。