條士は『ウーバー・ワールド』が変身した黄金の
『無駄ァッ!』
それに対して、『ゴールド・エクスペリエンス』は拳を眷獣にではなく、アスファルトの床に向かって拳を叩き込む。一見、無駄な事に見えるその行為は、『ゴールド・エクスペリエンス』だからこそ意味のある行為である。
「産まれろ……生命よ。産まれろ、新しい命よ」
ドクン ドクン ドクン ドクン
すると、『ゴールド・エクスペリエンス』が殴った床のアスファルトが姿を変え、條士の目の前に高さ2m程の若木が生える。『ゴールド・エクスペリエンス』の能力は、殴るか触れるかした物質に生命を与え、動物や植物に変える。その能力によって、殴った床の一部に生命を与えてた事で若木へと変えたのだ。
突然若木が生えた事にアスタルテは一瞬躊躇うも、直ぐに思考を切り換え、巨大な爪で若木ごと條士へ攻撃を繰り出す。たった1本の若木では、強力な眷獣の攻撃の前では防ぐ盾にすらならないと誰もが思うだろう。
しかし、攻撃によって切り裂かれたのは、若木でも、條士でもない。
「何だと!?」
雪菜と戦っているオイスタッハは有り得ない光景に、思わず驚愕の表情と共に叫んだ。雪菜も声には出さなかったが、強固である筈の眷獣の体に大きな傷が負われた事に驚いていた。
これも『ゴールド・エクスペリエンス』の能力であり、生み出された植物・生物は物理攻撃に対して無敵であり、産み出された生命自体に一切のダメージが入らないばかりからその衝撃が反射されて攻撃を仕掛けた者に返す強力なカウンターである。
予想外なダメージに、眷獣は膝を着いた。
「
條士の言葉を聞いた雪菜はハッとした顔をする。そして、條士の言葉を理解すると、雪菜はオイスタッハから離れ、倒れ崩れた眷獣の方へと駆ける。それに続く様に、條士もオイスタッハ目掛けて走った。途中、交差した條士と雪菜は互いの顔を見て、何かを確認したかの様に頷く。
そして、條士はオイスタッハに。雪菜はアスタルテと眷獣の前に立つ。スイッチ。即ち、條士と雪菜は状況を考慮して戦う相手を変えたのである。
「──獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」
銀色の槍と共に、雪菜が舞う。神に勝利を祈願する剣士の様に。或いは勝利の預言を授ける巫女の様に。
「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」
粛々とした祝詞と共に、雪菜の槍が輝きを放ち始める。仄白いその光は、あらゆる結界を切り裂く神格振動波。その形は細く、鋭く、まるで光り輝く牙の様だった。
そして、雪菜が駆けた。しなやかな純白の雌狼の様に、彼女は音もなく宙を舞う。雪菜の速度にアスタルテの反応が遅れる。互いに刻印しているのは、同じ神格振動波駆動術式。
だが、巨大な眷獣の全身を結界で覆うアスタルテに対して、雪菜の槍は、その力をただ一点に集中していた。ただ細く、鋭く、相手の結界を貫く為だけに。
「雪霞狼!」
次の瞬間、銀色の槍が、アスタルテの防御結界を突き破って、顔の無い人型の眷獣の頭部に深々と突き刺さる。
先程のダメージに加え、槍の神格振動波駆動術式による一撃によって、アスタルテを覆っていた眷獣は消滅した。
「アスタルテ……ッ!?」
眷獣の鎧を失った人工生命体の少女が、ゆっくりとその場に倒れ込む光景を、オイスタッハは呆然とそれを見つめて呻く。眷獣の消滅はオイスタッハの野望が崩れ去る事に直結しているからだ。
「よそ見をしている場合か?」
呆然とするオイスタッハに、條士の『ゴールド・エクスペリエンス』が容赦無く攻撃を叩き込む。
「グホッ!?」
苦悶の呻きと共に、オイスタッハの長身が折れ曲がった。すると、『ゴールド・エクスペリエンス』の拳に叩き込まれたオイスタッハの装甲強化服が、蔓植物へと変貌する。
「こ、コレはッ!?」
驚愕するオイスタッハを他所に、蔓植物はみるみる成長し、その全身を螺旋状に巻き付く。
「蔓植物ってのは、自らの剛性で体を支えるのではなく、他の樹木や物体を支えにする事で高い所へ茎を伸ばす。その中には全長10mにまで蔓を伸ばす植物も存在そうだ」
全身を蔓植物に覆われたオイスタッハに、條士は学者の様に説明する。
「そして、植物の体組織の殆どが水分で構成されている。細胞1つ1つが水分を蓄えているからだ………つまり、水分を多く含む植物には、波紋エネルギーが流れやすいと言う事!!」
條士は伸びた蔓植物の一部を掴むと、掴んだ蔓から波紋を流し込む。波紋エネルギーは蔓植物を駆け巡り、巻き付かれたオイスタッハに伝達する。波紋が駆け巡らされたオイスタッハは、
「な、何ィィィィィィィィィィィィィッ!?」
オイスタッハは自分が跳んだ事に、驚愕の声を上げた。自らの意思とは関係無く、勝手に跳び上がったからだ。その理由は、波紋エネルギーが蔓植物を伝わり、オイスタッハの身体に駆け巡った事で、血液の流れを操作されたからである。血液を流れを操られた事で、高々と跳び上がったのである。
「
「ッ!?」
條士は跳び上がったオイスタッハを見上げながら、『ゴールド・エクスペリエンス』を構える。
そして──
『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!』
「うぐええっ!!」
『ゴールド・エクスペリエンス』の目にも留まらぬラッシュ攻撃がオイスタッハの全身に叩き込まれる。
『無駄ァァ!!』
最後の一撃がオイスタッハの顔面に直撃し、オイスタッハは吹き飛んだ。そして壁に衝突し、遂に倒れる。オイスタッハは野望を達成させる事も無く力尽き、沈黙した。
オイスタッハ【ロタリンギア殲教師】
アスタルテ【
◾️◾️◾️◾️
オイスタッハは動かない。例え意識を取り戻したとしても、彼にはもう戦闘を続ける意志は無いだろう。條士たちがアスタルテを倒した時点で、彼の敗北は決まった。オイスタッハの聖戦は終わったのだ。それでも雪菜は、一応彼の反撃を警戒したように身構えている。
「……」
條士は床に倒れているアスタルテを見る。気を失ってはいるものの、彼女は生きている。主であるオイスタッハに使い捨てと同然の扱いを受け、それに従っていた彼女。そして今回は眷獣の一部ではなく、完全に顕現した。2週間しか無い彼女の寿命は更に削られているだろう。持って1週間。最悪の場合、数日も保たないのかもしれない。
「やれやれ。ダメ元でもやってみるか」
「先輩?」
條士の言葉に雪菜が反応する。しかし、條士はそんな雪菜を無視してアスタルテの隣へ屈み込み、小さく華奢な彼女の体を抱き上げる。傷ついた彼女を見つめる條士の瞳には、生命への慈愛と覚悟の意志が宿っていた。
「『ゴールド・エクスペリエンス!!』」
條士は、『ゴールド・エクスペリエンス』をアスタルテの体に優しく触れさせる。すると、『ゴールド・エクスペリエンス』の手から生命エネルギーが彼女に流し込まれる。
長い長い沈黙の後、條士は『ゴールド・エクスペリエンス』を解除する。倒れているアスタルテの姿には戦闘で負った傷が綺麗に消えていた事以外、目立った変化は見られない。だが、やるべき事は全てやった條士は半裸のアスタルテを抱き抱える。
「先輩、何をやってるんですか?」
一連の行動に疑問を抱く雪菜は條士に訊くと、條士は振り返る。
「今、彼女に生命エネルギーを流し込んだ。本来なら生命力を過剰に注入すると感覚が暴走してしまうが、彼女は
「それじゃあ、この子はまだ生きられると言う事ですか?」
「ああ」
「良かった……」
それを聞いた雪菜はホッとした表情をする。アスタルテの事で1番怒りを露わにしていたのは彼女だったからだ。すると雪菜は複雑な表情をしながら、條士を見る。
「……先輩は何も聞かないんですか?」
「何をだ?」
雪菜の雰囲気に條士は首を傾げる。今の雪菜の姿は、アスタルテに似ていた。
「あの殲教師が言ってた事は本当です。私は使い捨ての道具です。ずっと前から気づいていたけど、認めたくなかっただけなんです。私は実の両親からお金で売られて、ただ魔族と戦う為の道具として育てられてきたんです……」
僅か14歳で、ロタリンギアの殲教師をも圧倒する戦闘能力を持つ、獅子王機関の剣巫。降魔の槍を操り、魔族と戦うためだけに育てられた戦闘のエキスパート。だからこそ、同じ様に戦いの道具として造られたアスタルテに、雪菜は自分の姿を重ねてしまったのだ。オイスタッハの言葉は、そんな雪菜の苦悩を的確に言い当ててみせた。それが彼女の動揺の原因だ。
そんな彼女に、條士は呟く。
「獅子王機関については当人の姫柊より詳しくないが、俺は姫柊は道具では無いと思う」
「え?」
予想外な返答に、雪菜は呆気に取られる。
「本当に使い捨ての道具だと言うのなら、感情を持ち合わせていないだろう?それこそロボットみたいに感情が無かった方が、道具としては合理的の筈だ」
「ですけど……」
「それなら、どうしてこの子に同情する事が出来た?それは姫柊が人間としての感情を持っているからだ。 確かに姫柊を育てたのは本当の両親じゃあなかったのかもしれないが、高神の杜の人たちが君の事を大切にしていたのは見れば分かる。剣巫の修行は楽しかったって姫柊自身で言ってたじゃあないか」
條士の言葉を雪菜はただ聞いていた。そんな雪菜を見て、條士は冗談混じりに言う。
「まあ、後は一般常識を覚える事と、その猪突猛進な性格を直せればもう少し可愛げが増すと思うがな」
「先輩ッ!」
失礼な事を言う條士に雪菜は声を上げる。條士は立ち上がり、雪菜の頭に手を置いた。
「俺から見れば、姫柊は道具なんかじゃあない。人間だ。それは紛れもない事実だ」
「………はい」
父親に優しく言い聞かされた様に、雪菜は小さく頷く。俯いているため顔はよく見えないが、先程の様な機械的な表情はしていない事は確かだと條士は思った。
◾️◾️◾️◾️
絃神島南地区の住宅街。9階建てのマンションの窓辺に、1人の少女の姿があった。少し未発達な印象を残した10代前半の少女、暁凪沙である。茜色の夕陽が彼女が着る制服の布地を透かして、ほっそりとした彼女の肢体を浮き上がらせている。
しかし、いつもの活発な雰囲気とは異なり、あどけない顔つきに大人びた静けさが漂っている。彼女が見ているのは、條士たちが居る研究所街の方向である。そして何かを感じ取ったのか、その表情は大人びておりながら、何処か愉しそうであった。
「また面倒事に巻き込まれているな。相変わらずの様だな……
細めた瞳を、悪戯っぽく獰猛な光が彩る。ゆらめく焰に似た光が。けれど開いた窓から風が吹き抜けた時、少女の身体からは大人びた静けさも猛々しさも消えていた。自分がそこにいた理由を忘れたように窓を閉め、彼女はキッチンに戻る。
「さてと、今日は何作ろかなー」
そこにあったのは、いつもの彼女と同じ、無邪気な少女の笑顔であった。