私は2部のシーザー・アントニオ・ツェペリです。
一見キザなイタリア男ですが、その内面は熱く生涯の友であるジョセフと共に柱の男たちと立ち向かうもう1人の主人公感が凄く良いです。
特に、ワムウ戦で代々伝わるツェペリ魂とジョセフに全ての波紋エネルギーを託したシーンは今も泣いてしまいます。
立場もジョセフと対等且つ互いに高め合える良きライバルキャラで好きなキャラです。次点はブチャラティです。
来訪者
特区警備隊強襲班が、港湾地区にある古い倉庫を襲撃したのは、その日、深夜のことだった。密入国の犯罪者集団が、武器の闇取引を行っているという情報があったのだ。
爆薬が倉庫の扉を吹き飛ばし、ボディーアーマーを着込んだ隊員たちが正面から突入する。
錆びた鉄柱。積み上げられた木箱。薄暗い水銀灯の明かりの下で、倉庫内にいた男たちが、一斉に立ち上がる。カードゲームに興じていたらしい彼らの足元で、投擲された音響閃光弾が炸裂する。視界を奪われた男たちを薙ぎ払ったのは、サブマシンガンの弾丸だ。
強襲班が使用する弾丸は聖別された琥珀金弾。魔族の肉体再生能力を封じる、対獣人用特殊弾頭である。倉庫裏側の壁を破って、強襲班の第二分隊が突入する。窓から逃げ出そうとした容疑者は、周囲の建物に潜んだ狙撃班が撃ち抜いていく。
戦闘は二分足らずで終了した。完全武装の特区警備隊二個分隊の前に、不意を討たれた容疑者たちはなす術も無く制圧された。催涙ガスの霧が晴れた倉庫内には、折り重なる様に倒れた彼らの姿があった。
男が七人。全員が魔族。それも登録証を持たない不法入国魔族たちだ。 銃弾を浴びた血まみれの姿で、彼らは床の上に倒れている。
並外れた生命力を持つ獣人を、この程度のダメージで殺す事は出来ないが、獣化を阻止して行動不能にする程度の成果はあったらしい。
全員を拘束する様にと、強襲班の分隊長が部下たちに指示を出す。
だが、その時に彼はふと思い出す。突入直前の作戦会議で聞かされた情報。倉庫に潜伏している容疑者たちは全部で8人。どこかにもう1人居る筈だ。
咄嗟に銃を構え直した分隊長の眼前で、倒れていた獣人たちの身体が、勢い良く撥ね飛んだ。その下から現れたのは、殆ど無傷の魔族だった。しなやかな巨軀と、黒い毛並みを持つ豹頭の獣人だ。仲間たちを楯にして自分の身を守り、気配を殺して隠れていたのだろう。
完全な獣化を終えた魔族の手の中には、リモコンの様な小さな装置が握られている。
恐ろしくシンプルなその機械が、倉庫中に仕掛けられた爆弾の起爆スイッチだと気づいて、分隊長は息を呑んだ。
「退避しろ!」
分隊長が怒鳴る。だが彼のその声は、巻き起こった轟音に掻き消される。
積み上げられた木箱を衝撃波が粉砕し、渦巻く熱風が倉庫の内部を一瞬にして焼き尽くした。
炎が、夜空を紅く染めていく。
「糞っ、糞っ、糞っ、糞っ……やってくれたな、人間ども!」
嗄れた声で口汚く罵りながら、豹頭の男は深夜の街を疾走する。
銃撃で受けた傷がズキズキと疼いた。目や鼻の痛みは催涙ガスの影響だろう。呪力を込めた武器による攻撃は、獣人の再生能力を阻害し、苦痛を酷く長引かせる。
だが、男の苛立ちの原因はそれだけではない。
爆発に紛れて倉庫を脱出したのは良いが、同志を失い、武器の取引も潰された。計画に支障が出るほどの損失ではないが、失態なのは間違いない。このままでは組織内における彼の権威は失墜し、少佐からの信頼も失うことになるだろう。
「許さんぞ、やつら……必ず後悔させてやる」
未だ炎に包まれている背後の倉庫を、男は憎悪の眼差しで睨みつけた。
そして月明かりに照らされた夜の街並みへと目を向ける。
東京都絃神市──太平洋上に浮かぶ巨大な人工島。人類と魔族が共存する、聖域条約の申し子。忌まわしき〝魔族特区〟である。
豹頭の男は欧州〝戦王領域〟の出身だ。絃神市の人間に特別の恨みはない。
しかし彼には、この街を破壊する理由があった。〝魔族特区〟の崩壊は、彼ら黒死皇派の健在を世に知らしめ、魔族の地位を貶めた呪わしき僭王への反逆の狼煙となるだろう。
既に計画は動き出している。特区警備隊ごときが今さら何をしようとも、この街の運命が変わることはない。
少しばかり段取りは狂ったが、連中の注意を自分が惹きつけていると考えれば、寧ろ好都合ですらあった。彼が囮となって特区警備隊を混乱させれば、それだけ計画の成功率が上がる事になる。或いは彼がそう考えることすら、少佐の計画の一部なのかもしれない。
いずれにせよ、彼から同志を奪った特区警備隊への復讐の機会は、直ぐに巡って来るだろう。繁華街に爆弾の1つでも仕掛けて、連中を困らせてやるのも良い。
市民が何人か巻き添えになったところで、どうと言う事もない。死ぬ順番が、少しばかり早まったというだけの話だ。そう、この街はどのみち滅びる運命なのだから。
「ふははっ」
頰まで裂けた唇を吊り上げて、男は笑う。
獣人化形態を保ったまま跳躍して、彼は5階建てのビルの屋上へと一気に躍り出た。人豹は、L種と呼ばれる獣人族の中でも、特に身軽さと敏捷性に秀でた種族だ。夜の市街地を逃走する彼を、追跡出来る者など居る筈も無い。
せいぜい今は何処かに身を隠し、傷が癒えるのを待たせてもらおう── だがその前に、と男は握っていたリモコン起爆装置のスイッチに指を掛ける。
彼らが前もって仕掛けておいた爆弾は2つ。最初の1つは倉庫で使ってしまったが、もう1つ、港湾地区の地下通路に仕掛けた物が残っている。
負傷者の救助の為に呼ばれた特区警備隊の増援部隊が、丁度その辺りを通過している頃合いだ。最初の爆発で敵の仲間を引き寄せ、第二の爆弾で彼らを殲滅する。戦場では広く使われる手口である。
「同志の仇だ。思い知れ──!」
男が、リモコンを握る手に力を入れた。
だが、確かに触れた筈のスイッチからは、なんの手応えも返って来なかった。
その強烈な違和感に、男は自分の右手を見つめた。そして呆然と息を呑む。
握りしめていた筈のリモコンが、跡形も無く消えていた。
代わりに彼の腕に巻きついていたのは、鎖だった。何処からともなく伸びてきた銀色の鎖が、手錠の様に彼の手首を縛りつけている。
「なんだ……こいつは!?」
鎖を引き千切ろうとして、豹頭の男は腕に力を込めた。しかし獣人の腕力を持ってしても、銀色の鎖は解けない。逆に鎖に引きずられ、男はその場から動けなくなる。
その直後、彼の背後から聞こえて来たのは、何処か笑いを含んだ舌足らずな声だった。
「──曲がりなりにも神々の鍛えた〝戒めの鎖〟だ。貴様如きの力では千切れんよ」
「何っ!?」
思いがけないその声に、男は低く唸りながら振り返る。
声の主は若い女。ビルの屋上。給水塔の上に、女が1人で立っていた。 幼女と見まがうばかりの小柄な女だ。馬鹿馬鹿しい程豪華なドレスを身に纏い、真夜中だと言うのに日傘を差している。あどけなくも整った顔立ちは、愛くるしい人形を見ている様だ。あまりにも場違いなその姿に、男は訳もなく恐怖を覚える。
「今ドキ、暗号化処理もされてないアナログ無線式起爆装置か。安物だな。よくもまあ、これまで暴発しなかったものだ」
リモコン状の小さな機械を掌の上で転がしながら、女が嘲るように呟いた。
それを見て、男が表情を引き攣らせる。日傘の女が弄んでいるその機械は、彼が持っていたはずの爆弾の起爆装置だった。どんな手品を使ったのか、この女は、獣人である彼に気配すら感じさせずに近づき、起爆装置を奪ってみせたのだ。
「攻魔師か。どうやって俺に追いついた?」
豹頭の男が、金色の目を細めて女を睨んだ。女が、口元を覆って笑う。
「貴様こそ、この私から逃げ切れるつもりだったのか? 思い上がりも甚だしいな、野良猫が」
「……調子に乗るなよ、小娘!」
嘲る様に笑う女の姿に、豹頭の男が声を荒らげた。腰のベルトからナイフを引き抜いて、彼はそれを自分自身の右腕へと叩きつける。鎖につながれた手首を斬り落とし、身体の自由を取り戻そうとしたのだ。日傘の女が、ほう、と感心したように息を吐く。
「ふん、野良猫にしては見上げた根性だな。察するにクリストフ・ガルドシュの部下といったところか。黒死皇派の死に損ないが、態々海を渡ってご苦労なことだ」
「……殺す!」
右腕から鮮血を撒き散らしながら、男が吼えた。
高い治癒能力を持つ獣人と言えども、斬り落とした腕を完全に回復させるのは容易ではない。だが、それだけの犠牲を払ってでも、この得体の知れない女は、此処で倒しておく必要があった。彼らの計画を成功させるためにも、少佐──クリストフ・ガルドシュの名前を知る人間を放置して置く訳にはいかないのだ。
自分自身の手首を引きちぎり、獣人特有の爆発的な加速で、男は日傘の女へと突進する。
もはやナイフに頼るまでもなかった。獣人の筋力は、魔族の中でも突出している。非力な人間の女など、素手でもずたずたに引き裂くことができるのだ。
しかしそれを知りながら、日傘の女は優雅に笑ってみせた。
「無理だよ。貴様にはな──」
鉤爪を伸ばした男の指先が、彼女の細い肩に触れる。そう思われた瞬間、女の姿は、まるで水面に沈むように、美しい波紋を残して虚空へと溶けこんだ。
「なんだ……と!?」
驚愕の表情を浮かべて、豹頭の男が振り返る。
女は、優雅に日傘を掲げたまま、10数mも離れた隣のビルの屋上へと移動している。音もなく、気配もなく、髪の毛の一筋すら動かさないままに。全ては一瞬の出来事だ。
砂漠の蜃気楼を思わせる光景だが、その女の存在は決して幻などではない。
心臓の鼓動。息づかい。体温。匂い。常人の数百倍の精度を誇る獣人の感覚器官が、女の実在を伝えてくる。彼女は間違いなく実体を持った普通の人間だ。
「言っただろう、貴様には私は殺せないと……」
揶揄う様に笑って、日傘の女は指を鳴らした。
男の周囲の空間に、大きな波紋が広がった。波紋の様に見えたそれらが、高密度の魔法陣だと気づいたときには手遅れだった。虚空から出現した無数の銀鎖が、意思を持つ蛇の様に男を襲って、その全身を搦め捕る。
「空間制御の魔術だと……!?馬鹿な!そんな芸当が出来るのは、練達者級の高位魔法使いだけだぞ!おまえの様な小娘が何故……!?」
鎖に全身を拘束されて倒れた男が、愕然と声を震わせた。
しかし女は無言のまま、日傘を畳んで、つまらなそうに息を吐く。月光に照らし出された彼女の横顔を見上げて、豹頭の男は低くうめいた。
「そうか……お前、南宮那月か!?何故お前がこんな所に居る!?まだ魔族を殺し足りないのか、〝空隙の魔女〟め……!」
「やれやれ……野良猫がよく喋る」
日傘の女が、冷ややかに告げた。彼女が軽く手を振ると、千切る筈の豹頭の男の手首が虚空から出現し、無理やり縫い合わせた様に彼の腕へと接合された。
なんの真似だ、と男が憎々しげに那月を睨め上げる。那月は無表情にそれを見返した。
「心配するな。親切で治してやった訳じゃない。出血を抑えるための間に合わせの処置だ。必要な情報を聞き出す前に、貴様に死なれては困るからな」
「……俺がお前たちに、仲間の情報を喋るとでも思っているのか?」
「あのクリストフ・ガルドシュが、貴様ごときに本当の計画を伝えているとも思わないがな」
「どういう意味だ……?」
動揺する男になにも答えず、那月は彼に背を向けた。
「〝戦王領域〟のテロリスト共が、こんな極東の〝魔族特区〟で何をする気だったのか興味はあるが、尋問は特区警備隊の連中に任せるさ。私はこう見えて忙しい。明日の授業の支度があるからな」
「授業の支度……?」
酷く場違いな那月の言葉に、豹頭の男が困惑する。"空隙の魔女〟の異名で欧州の魔族を震え上がらせた彼女の本業が、高校の英語教師だとは、流石に想像も出来なかったのだろう。
ゆらり、と空間に波紋を残して、那月の姿がかき消えた。その後には、鎖で雁字搦めに縛り上げられた獣人が、1人取り残されて倒れている。
「糞ッ」
悪態をつきながらも、男は低く笑い出す。
そう、何も変わってはいないのだ。此処で自分が捕らえられても、状況は何1つ変わらない。既に計画は動き出している。たとえ〝空隙の魔女〟の力を持ってしても、この街の未来が変わる事はない。いずれにせよ、この都市は、滅びる運命なのだから。
銀鎖に縛られた豹頭の男は、暗く笑い続けている。
何も知らずに眠る街を、真夏の月が、今夜も静かに照らしている。
◾️◾️◾️◾️
夜明け前──
東京の南方海上330km付近を、1隻の船が悠然と航行っていた。
船名は〝オシアナス・グレイヴ〟。全長約400フィート。俗にメガヨット等と呼ばれる、外洋クルーズ船である。軍用駆逐艦に匹敵する大型の船体を、豪華客船すら足元にも及ばない程壮麗に飾り立てた美しい船だ。その姿は、まさに洋上の宮殿とでも呼ぶべき威容である。
だが、〝オシアナス・グレイヴ〟は、あくまでも個人の所有物だった。たった1人の船主の為に造られた、恐ろしく贅沢な城なのだ。
およそ非現実的な事実だが、船主の名前を聞けば、誰もが納得するに違いない。〝オシアナス・グレイヴ〟の所有者はアルデアル公ディミトリエ・ヴァトラー──〝戦王領域〟の貴族なのだから。
その船主は、愛船の屋上デッキで月光浴を楽しんでいた。豪華なサマーベッドに横たわり、のんびりとカシス酒のグラスを傾けている。
金髪碧眼の美しい男だ。外見の年齢は、20代の半ばと言ったところだろうか。
しかし彼の肩書きは、貴族。それは即ち、彼が〝旧き世代〟と呼ばれる破格の力を持った吸血鬼である事を示している。〝戦王領域〟にある広大な彼の領土には、西欧諸国の軍隊にも匹敵する強大な戦力が常備され、彼自身もまた、大都市を瞬く間に壊滅させるほどの巨大な権能を持った怪物だ。
そんな青年貴族の傍らへと、ほっそりとした人影が近づいていく。
年若い日本人の少女である。すらりとした長身に、華やかさと優美さを感じさせる顔立ち。肌は白く、髪の色素も薄い。そのせいか咲き誇る桜を連想させる美しい少女だった。
ポニーテールの長い髪が、海風に吹かれて音もなく舞っている。
彼女が身に着けているのは、関西地区にある名門女子校の制服だ。
そして彼女の右手には、キーボード用の黒い楽器ケースが握られている。
「こちらでしたか、閣下」
長い髪の少女は、立ち止まって恭しく礼をした。
折しも彼らを乗せた船の前に、目的地が見えてきたところだった。洋上にぽつりと浮かぶ、絶海の孤島。超大型浮体式構造物によって構築された人工島。
龍脈を制御するという目的のために造られ、今は魔族の生態や能力についての研究を行う学究都市。絃神島〝魔族特区〟である。
「クズ鉄と魔術で生み出された紛い物の大地か。随分とまあ大仕掛けなガラクタを造ったものだね。これだから人間は面白い」
貶しているとも褒めているともつかない態度で、青年が独り言のように呟いた。
そんな彼の言葉を冷ややかな微笑で受け流し、少女は1通の書状を差し出した。
「日本政府からの回答書をお持ち致しました」
「……ん?」
初めて少女の存在に気づいた、とでも言う風に、貴族の青年がゆっくりと振り返る。人懐こく微笑む彼の表情に、強大な力を秘めた吸血鬼特有の威圧感はない。
何処か皮肉っぽい彼の視線を正面から受け止め、少女は淡々と言葉を続ける。
「本日午前零時を以って、閣下の絃神島〝魔族特区〟への訪問を承認。以後は閣下を聖域条約に基づく〝戦王領域〟からの外交特使として扱う──との事です」
「それは結構。まあ妥当な結論だね。来るなと言われても勝手に上がりこむつもりだったけど、いくらか手間が省けたかな」
サマーベッドに寝転んだまま、ディミトリエ・ヴァトラーは無邪気に笑う。
しかし少女は、彼を戒める様に表情を硬くする。
「ただし、条件が1つ」
「へえ。何だい?」
「日本政府が派遣した監視者の帯同を受け入れて、その勧告に従っていただきたいのです」
「お目付役と言う訳か。面白い」
ヴァトラーは面白そうに頷いてみせた。
「で、その監視者ってのは誰なのかな?」
「僭越ながら、私がその役目を果たさせていただきます」
静かな口調とは裏腹の挑発的な表情で、少女が答える。
監視者を名乗る以上、彼女の任務は、ただの案内役ではない。ヴァトラーの存在が日本政府の脅威と見なされた場合には、最悪、彼を抹殺する、と彼女は宣言しているのだ。それは彼女が〝旧き世代〟の吸血鬼を滅ぼす程の力を持っている、と言う事でもある。
そんな少女を、不思議そうに見返してヴァトラーは訊いた。
「ああ、そう。そういえば、キミって誰だっけ?」
見事な無関心さを滲ませた青年貴族の言葉に、少女は薄く溜息を洩らす。
「煌坂紗矢華と申します。獅子王機関より、舞威媛の肩書きを名乗ることを許された者です」
「獅子王機関か。何処かで聞き覚えのある名前だなァ」
緊張感の無い声でヴァトラーが呟いた。少女は苛々と呆れた様に首を振る。
「魔導テロ対策を担当する日本政府の特務機関です」
「……魔導テロ?」
「この度の閣下の絃神市訪問は、機関の監視対象となりますので、私たちが随伴を担当させていただきます。どうかご承知を」
「ふうん。まァ、なんでも良いよ」
青年貴族はあっさりと受諾した。そして彼は笑顔で目を眇め、
「それにしてもお目付役がキミみたいな可愛い女の子とはね。日本政府も中々粋な計らいをしてくれるじゃァないか。可愛い男の子だったらもっと良かったたんだけどサ」
独りごちるヴァトラーへと、紗矢華はさすがに不愉快そうな視線を向けた。
「お言葉ですが、閣下。これでも私は、
恫喝のような紗矢華の言葉に機嫌を損ねるかと思いきや、意外にもヴァトラーは愉快そうに声を上げて笑い出した。
「ははは、良いね。キミ、中々面白い。気に入ったよ。そうそう、ボクのことは、ディマでもヴァトラーでも、好きに呼んでくれたまえ。閣下なんて堅苦しいのはやめにしてサ」
「……承知しました、アルデアル公」
紗矢華は他人行儀な態度を崩さない。ヴァトラーは拗ねた様にかぶりを振ると、上体を起こして紗矢華を見た。彼の両眼が、うっすらと紅く陽炎のように揺らめく。
「それで、ボクのもう1つのお願いごとの方はどうなってるのかなァ」
「お願いごと……ですか」
ヴァトラーの放つ冷ややかな気配に、紗矢華が表情を硬くする。
「今更とぼけるのは無しにしてくれないかな。キミたちはとっくに彼を見つけ出して、今も監視中なんだろ。あの世界最強の吸血鬼を殺したと噂されている彼だよ」
「空城條士の事を仰っているのでしたら、あえて否定はしない、と申し上げておきましょう」
平然と告げる紗矢華の態度に、ヴァトラーは微かに歯を剝いて笑った。
「ぜひ紹介してもらいたいね。キミたちが彼を匿いたい気持ちは分かるけどサ」
青年貴族は人懐こい笑顔のままだが、今や彼の全身からは、物理的な圧力にも似た凄まじい呪力が放たれている。猛り狂う感情が、そのまま形になったかの様な光景だ。攻魔師ならぬ普通の人間であれば、この場にいるだけで意識を失いかねないほどの強烈な邪気。
しかし紗矢華は、無表情のまま静かに首を振った。
「いえ。彼を庇う理由はありません」
そう言って彼女は、1枚の写真を取り出した。制服を着た男子高校生の写真である。何処か雰囲気を漂う少年、空城條士。それが彼の名前だった。
水平線が微かに白く輝き始めていた。間もなく夜が明けようとしているのだ。
「空城條士は私たちの敵ですから──」
そう呟いた紗矢華の手の中で、少年の写真がぐしゃりと潰れた。
青年貴族と少女を乗せた船は、ゆっくりと絃神島に近づいていく。