魔神の為に鐘は鳴る   作:ミミルの泉

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正午

薄々こうなることは予見していた。

上条の住むアパートは道中に施設はほとんどないような、通学路のためだけの道路しかない。

だからその道を使うのも近所に住んでいる学生しかいない。あまり頻繁に人の通る道ではないのだ。

 

それなのに、あの盛り上がりようだった。

これがモールという、その学区に住むほぼ全ての人間が来る可能性のある場所になれば言わずもがな。

 

「やっば! なにあれ、アイドルなのかな?」

「絶対違う。テレビで見てたら一発で覚えるもん」

「てことは普通の学生? 生きる自信無くすわー」

「彼氏連れて服選びとかめっちゃ憧れるなぁ。ウチもしてみてぇ」

 

レディースのコーナーで手際よく物色しているオティヌスを遠巻きで噂する女生徒たち。そして物のついでに傍にいる上条を見遣る。

中には携帯でこっそり写真を撮りSNSにアップロードする輩もいた。

ネットデリカシーの欠片もない行為はやめようね。

 

手汗を搔いてきたという理由でモールに着く前には手を放していた上条たちだったが、これが続いていたらどうなっていたことやら。

 

オティヌスの姿を認めたものは皆一様に彼女の往く道の脇に避ける様はレッドカーペットのよう。

当の本人は当然とばかりに用意された道を歩み、その隣にいる上条は針の筵に晒されていた。こればっかりは上条を尊重しようもない。

 

サイズの合わない靴を履き続けるのは苦痛だろうということで最初は靴屋に行ったのだが、入った瞬間に「あれで良い」と今履いているスニーカーとほとんど差のない安物の靴を選び、サイズだけ合わせて購入して履き替えた。

 

「足元なんぞ誰も見てない。変じゃなければ誰も気にしないさ」

 

言われてみれば行き交う人達の服はある程度覚えていても、靴なんて全く覚えていない。インデックスならばそれも可能なのだろうが、一般人の靴への印象なんてそんなものなのかもしれない。

 

そんなこんなで、服屋に着くまで実はLVやヘ〇メスといった化物ブランド店に行くんじゃなかろうかと心配していたが、オティヌスはちゃんと言葉通りの意味の安価な店を選んだ。

 

「ほとんど着ないとわかりきっている服に金をかけても仕方ないだろう。見栄えと日持ちが良ければ何でも良い」

 

ちゃっちゃかと目ぼしい服を見つけては近くにある鏡で見比べて次に行く。

魔神のお目にかかれなかった悲しき服たちが上条の腕に軽い山ができるくらいに積まれていった。

トップスだけで、だ。時間こそほとんど掛かっていないが、凄まじい数を見ている。

この店の服全てを総なめするつもりなのだろうか。

 

「オッティ? かなりの数を見てますけど気に入るものは見つからないのかい??」

「オッティ言うな。デザインはともかく、着てやる気にならん」

 

服にも上から目線を欠かさない。

ファッションに頓着しない上条は首をひねった。

 

「これとか似合ってると思うけど」

 

いったん山を傍のベンチに置いて、見てて良いなと思っていた服をラックから取り出す。

外は黒で、内が赤の下地に黄土色のチェック柄の入った上着だ。着崩す前提のデザインのようで、襟から胸元までが大きく捲れるようになっている。

 

オティヌスはシャツのシリーズを見ていたので、上着はまだ見ていなかったのだ。

さっと今手にしてたシャツ、上条が勧めた上着、そしてなぜか今彼女が借りて着ている上条のパーカーの順で鏡で見比べた。

そして一連の動作をなぜか上条を見ながらリピートした。

所要時間は五秒にも満たなかった。

 

「こういうのが良いのか。うん。こっちも悪くないな。これにしよう」

「即決!? 他にも色々あるぞ」

「こういうのは大体一回目で気に入ったものに帰結するものさ。初頭効果とか言ったかな。少し違う気もするが」

「よくそんなもん知ってるな」

「魔術にもそれを利用した暗示があるからな。まぁ、私は本当にこれが良いと思ったから選んだだけだ。私の琴線に触れるとは、お前の審美感も捨てたものじゃない」

「お褒めにあずかり光栄ですよ」

「コレに合わせるシャツはこんなもんでいいだろ。どうだ当麻。似合ってるか?」

 

先ほどの上着の内側にそこらへんにあった変哲もないTシャツを滑り込ませて、それを自分の首から下に掲げてオティヌスは聞く。

少女の口からは聞きなれない自分の名前の響きを感じながら答える。

 

「あ、あぁ。良いと思う」

「よし。次はズボンだな」

 

そこにある服の山を片付けといてくれ、と通りすがりの店員に申し付けたオティヌスは流れるようにズボンのエリアに行く。

ほんと傍若無人だなと呆れる上条に、山を押し付けられた女性店員がくすりと微笑む。

 

「彼氏さん、信頼されてるんですね。彼女さんに」

「そうなんですかね?」

 

どちらかと言うと飼い犬に向けるような感情なのではないだろうか。

ほーれお前の好きなビーフジャーキーだぞ。嬉しいか? そうか嬉しいか。良かった良かった。

大体こんな感じな気がする上条だった。

 

ちなみに彼氏彼女というワードを否定しようにも否定できない状況なのでスルーする。

面倒なことには関わらない。社会に入ったら大事なスキルの一つだ。

 

「女の子は少しでも良く見せたいと思うものです。例え万人が似合っていると言っても、自分で納得できなければ選びはしません」

「それはアイツが早く決めたいからですよ。この後もやりたいことがたくさん残ってるはずですから時間があまりないんです」

 

もともと服を買うのは予定外のスケジュールだ。

本来の目的は行ったことのない場所に行くことなのだから、服選びなんかに時間をかけている暇などないのだ。

今のオティヌスに残された時間は、それを許してくれるほど多くないはずだ。

 

上条の反論に、店員は何も答えなかった。

ただ、無造作に積まれていた服をまとめ終わったときにぽろりと言った。

 

「女の子は、男の子が思っているほど理屈っぽくないものですよ?」

 

頑張ってくださいね、といたずら気にウィンクをして去っていった店員に、上条は思う。

 

女の子は女の子でも、オティヌスは特別な女の子だ。

魔術という科学と同等の水準の論理性を求められる学問において、『魔神』と呼ばれ畏れられるほど極まったオティヌス。

緻密極まる智慧。緻密極まる精度。緻密極まる力。その全てを奮って世界を作り直してきた少女。

これほどの傑人が論理の根幹となる理屈より感情を優先することなどまずないだろう。

 

「当麻! 何をしている。決められんだろう。早く来てくれ」

「今行きますよーっと」

 

見れども聞けども見えぬも聞こえぬ。

少女の感情の機微に関してはどこまでも暗い少年はただ、盲目的に彼女を『理解』していた。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

ズボン以降の見繕いもとんとん拍子で進み、時計の針が真上を指す前には買い揃えた。

買った服をその場で着たオティヌスは、ついさっきまでとはまた別人のようになっていた。

 

パッとする要素のなかったパーカーから、どこか学生服チックな色彩と模様のデザインをする上着へ。ごてっとよれたジーンズから、すらりと長い美脚をむき出しにするホットパンツへ。

 

絶世の美少女に辛うじて収まっていたものが、我が物顔で暴れまわっていた。

どこを見ても異常に魅力的なのは一種の暴力と言っても過言ではない。会計をした女性店員ですらタジタジになるほどだ。

 

お洒落とは魔法のようだ。

自分が貸した服はオティヌスにとって悉くデバフだったんだなと思い知った。

むしろあれだけのデバフを食らっていながらよくあれだけ注目を集められたなと恐ろしく思うレベルだ。

 

魔性というのは、オティヌスを指して言うものなのだろう。

 

「どうだ当麻。これを揃えるのに二万ちょっとで済んだぞ。そして私の魅力を存分に生かしたコーディネート。我ながら中々の辣腕ぶりだろう」

「あぁ。すげぇよ本当に。俺には勿体ないくらい可愛いよ」

「ふふん。今更すぎるが、悪くない賛辞だ。わざわざ足を運んだ甲斐があったな」

 

当麻の気持ちを当然に受け取ったオティヌスは、徐に自分の両頬をパンの生地にするかのように両手でむにむにとこね回した。

 

「……なにやってんだ? オティヌス」

「何でもない。さて、時間も良いし遊園地に行く前に腹ごしらえをしておくか」

「それは良いけどオティヌス、お前飯食えるのか?」

 

ミニマムオティヌスのときは魔神の性質を残していたためか、空腹は感じず、また食事等による栄養摂取も必要としていなかった。

なので共に過ごしてから上条はオティヌスが食事をしているところを見たことがなかった。

その性質は身体が戻った今も変わらないようだ。

 

「食う必要がないだけで、食えないわけじゃないぞ。味覚は依然として残っているから食事は楽しめるはずだ。だが、やはり食べたいとは思わんな。お前だけで食ってくれ」

「そっか。じゃあ悪いけどフードコートで適当なものを食べようかな」

 

エスカレーターで階を移動して目的地に移動する。

そんな他愛もないことでも凡人たちには眩しく見えてしまうらしい。

モールに入ってきたときよりも騒ぎが大規模になっている気がするが、お昼時だからなのかはたまた違う理由があるのか。

やはりオティヌスは下々の民など眼中にないみたいだ。

 

「うんざりするくらい混んでいるな……む、ちょうど席が空いたぞ。さっさと取ってしまおう」

 

違う。思いっきりお前を見て席を譲っていた。

オティヌスは最初から誰もいなかったかのように我が物顔で腰を下ろし、上条は譲ってくれた人たちに会釈で何度も感謝を伝えた。

 

善意で与えられたものか、畏敬で捧げられたものか。

魔神の少女にとってはどちらも等しく無価値なのかもしれない。

 

「ここで席を確保しといてやるから、お前は好きな物でも買ってこい。最近ろくなものを食べてなかっただろ」

「うぅ……オティちゃん……! 本当にありがとうな……!」

「オティちゃん言うな」

 

ひらひらとぞんざいに手を振り、少女は適当な所をぼんやりと眺める作業にとりかかかった。

一人にして大丈夫だろうかと心配になりチラチラと確認するが、まるで見えないバリアが張られているかのように、オティヌスを中心に綺麗に円を描いて人が寄ってきていない。

彼女の心の壁は分厚いようだ。

 

しかしバリアの圏外であれば人々は何とか活動できるらしい。

ひそひそと話し合ったり、携帯を向けたり、中にはスケッチブックを取り出して筆を走らせる者すらいた。

 

デンマークではそこら中にオーディン像──オティヌス像ではなく、オーディン像だ──が建てられていたくらいには彼女は広く畏れられていた。

善行か悪行か、ともかく何かしらのアクションを起こしては人々の注目を浴びていたのだろうと思っていたのだが、もしかしたら何をせずとも勝手に人が群がってきて、勝手に魅入られて、勝手に怖れられていたのかもしれない。

 

そこに在るだけで力を感じさせる。

人々はそこに何か意味を見出して崇め拝する。

それこそが宗教信仰の始まり、つまり神の誕生だったのではないか。

 

ハンバーグ定食という、何か月ぶりかの贅沢な食事にありつけた上条が席に戻ると、オティヌスは呆れたように周囲を一瞥した。

 

「神そのものを直接崇拝できるとは幸運なヤツらだ」

「目に見えるものを崇拝って、神様たちの忌み嫌う偶像崇拝って行為なんじゃなかったのか?」

「詳しいな。確かにその通りだが、私の見解ではそうはならない。ここは解釈の分かれるところで、実際に宗教戦争の火種にもなった厄ネタだから話半分に聞け」

 

今日という素晴らしい一日が始まってからというもの、オティヌスの蘊蓄を聞くことがなかったので、ついに始まったかと上条は安堵した。

長い話は半分に聞き流す自分の悪癖にオティヌスは度々苦言を呈しており、どことなく長話を持ちかけることを避けるようにしていたように感じていた。

 

説明好きなのにまともに取り合ってくれない。

それは趣味の一つを封殺しているのと同じではないのか。

 

せっかくオティヌスが話を持ち出してくれたのだから、ちゃんと聞いてあげたかった。

上条はハンバーグを切り分けながら、努めて話を聞く。

 

「偶像崇拝は三大宗教はもちろん、ほとんどの宗教で禁忌とされている行為だ。理由は複雑に絡み合っているが、単純に均すと権威の唯一性を確立することにある。

偶像とは人間が作ったただの物に過ぎない。虚しい物で、恐れるに足らない物だ。

口があっても語ることができない。

目があっても見ることができない。

耳があっても聞くことができない。

鼻があってもかぐことができない。

手があっても取ることができない。

足があっても歩くことができない。

のどから声を出すことができない。

そんな物を神と同等に崇めるとは何事か。そういう理論だな」

「仏教はどうなんだ? 仏像とか作って思いっきり拝み倒してるぞ」

「他の宗教とはニュアンスが少し違うんだ。

唯一神を信ずるのが第一にあって、その唯一神が教えたもうことなのだから絶対というのが他宗教の根底だ。

仏教の場合教えが一番大事であって、それを説いた者が誰であるかは二の次なんだ」

「お釈迦様が教えたからみんな信じたんじゃないのか?」

「宗教の起こりはその通りだったのかもしれんが、少なくとも開祖は教えが重要だと思っていたようだな。

『法を依りどころとし、自らを依りどころとせよ』と遺言を残しているくらいだ。

仏教は本質を大切にする宗教だ。信仰を喚起するための一つの手段に仏像があるだけ。

仏像が良いか悪いか、物を持つことが良いか悪いかに拘るのではなく、信者自身がより良く生きるための道具としてあるに過ぎない。

だから偶像そのものを崇拝するな、ということだ」

「へぇ~」

 

素直に関心する。日本ではポピュラーな仏教──厳密には神道だが──や仏像参りにそんな意味が込められているとは思わなかった。

一般男子高校生を代表する上条さんがこうなのだから日本国民の大部分が似たようなアバウトさで捉えているのではないだろうか。

 

「日本くらいだぞ。宗教に対してここまで明け透けな国は。

キリスト教の幼稚園に通い、初詣に神社へ行き、ハロウィーンやクリスマスを祝い、豚肉や牛肉の焼肉を食い、教会で結婚式を挙げ、死後は仏壇に捧げられる。

挙句に救世主と覚者がコラボする漫画を見た時は腹を抱えて笑ったぞ。

ここまでぶっちぎって好き放題している国は他に無い。ある意味で最も仏教の教えを忠実に守っている国なのかもしれんな」

「…………確かに滅茶苦茶やってるわ、日本人」

 

宗教の良いとこどりをしてハッピーに暮らしたいという欲望が目に見える生活ぶりだ。

一つのものに拘らず、自分の意志を拠り所にして生きていく。その解答例の一つであると言える。

 

これには釈迦様もにっこりしてくださっていることだろう。

他の神様からはブチぎれられていること必至だが。

 

「話が脱線してしまったな。翻ってここにいる有象無象が抱く畏敬の念は、他ならぬ私に捧げられている。世界を壊し、作り直してみせたこの私をだ。

偶像は話すことも歩くこともできぬ物だが、魔神たる私は当然にできる。

ゆえにヤツらは偶像を崇拝しているのではなく、私という神を崇拝する敬虔な信仰の持ち主ということになるな。

まぁ、信仰に篤い者に言わせれば神は『見えざる者、触れざる者』であるからお前は悪魔だと糾弾してくるのだろうが、私は本物の神なんだから戯言に過ぎん」

「最後凄まじい自己肯定でゴリ押した……」

「だから当麻、この世で最も私を『理解』しているお前には、特別に神へ直接貢物を捧げられる栄誉をくれてやろう」

 

合いの手を入れながらパクパク食べていたハンバーグを指してオティヌスが言う。

 

「お腹減ったのか?」

「いや。あまりにも美味そうに食うから気になっただけだ」

「だって本当に美味いんだもん」

「月末のお前の食事と比べたら、囚人の食う臭い飯ですら高級品に感じるだろうさ。それで? 貢ぐのか貢がないのかどっちなんだ?」

「貢がせていただきますよっと。この飯にありつけてるのは貴女様のお陰です」

「うむ、よかろう。では一口よこせ」

 

そうして向かい側からぐいっと乗り出したオティヌスが小さく口を開けた。

親鳥から餌をもらおうとアピールする雛鳥のような姿に、上条が冷や汗をかく。

 

「あの、オティちゃん? ご自分の手で食べられたらいかがです??」

「手づかみで食えと言うのか」

「違う! フォーク貸してやるからそれで食えよ!」

「手を使うのが煩わしい。お前が今刺している肉を私に差し出せば良い話だ」

 

我儘お嬢さんですこと。

きっと彼女の食事には常に食べさせ係と調理係と片付け係が完備されていたのだろう。

 

オティヌスの口に合うように小さく切り分けて、それを開けられた口の前に持っていく。

運ばれたそれにパクっと食いつき、少女は満足気に背もたれに身を預けた。

 

馬に餌を与える場合、直接口に運ぶのではなく、ある程度近づかせて馬から食いつくのを待つのだそうだ。

馬の噛む力はかなり強く、うっかり指を巻き込まれると普通に骨を嚙み砕かれるらしい。

 

つまりオティヌスは馬だったのだ。

これは馬に餌をやっているだけで、別に何ともないことなのだ。

 

そう思っていないとやってられなかった。

 

「肉が熱いぞ当麻。冷まさせてから食わせろよ。だが味は悪くない」

 

恥ずかしさで顔を俯かせている上条は、パタパタと手団扇で顔を扇ぐオティヌスの顔を見ることはなかった。

 

今の一連のイベントを撮ってSNSにアップロードされた動画が、他ユーザーから莫大な回数の引用をされ出回った。

そのスレッドの一番上にその場にたまたま居合わせた有名イラストレーターによってスケッチされた絵が貼られており、それが最も多くのハートを獲得していた。

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