宮本明は一人で人里を歩いていた。うららかな陽光が辺りを照らしていた。金木犀の香りが漂っていた。
明とすれ違う人間は必ずと言っていいほど振り返り彼を二度見した。幻想郷では外来人はそこまで珍しい存在ではない。しかし彼の放つ尋常ではない雰囲気が自然と周囲を威圧していた。
彼は昨日助けた少年達の話を思い出していた。どうやらここは幻想郷という場所らしい。歩いて行っても外の世界には…明が元いた世界には出れない。山の上の博麗神社の巫女に頼めば帰してもらえるという。
明は歯噛みした。またクソ雅まで遠のいてしまった。それにはぐれてしまった鮫島や勝次、ユカポンのことも心配だった。
神社に通じているという苔むした石段まで辿り着いた。上を見上げるがゴールは見えない。まだまだ遠そうだ。右足を引き摺りながら石段を登り続ける。
アマルガム…あれはアマルガムだったのだろうか。凄まじい力を持つ、少女の姿をした個体だった。奴が傘を一振りすると得体の知れない落下感に包まれ、気がついたらこの幻想郷にいた。パーティのみんなもここにいるのか気がかりだった。
ふと上を向くと、立派な鳥居が見えた。どうやらやっと着いたようだ。鳥居をくぐると大きな少し古びた神社があった。石畳を歩きながらこの神社にいるはずの巫女を探した。正面にはいなかったので裏手に周った。すると、日陰になった縁台に二人の少女が腰掛けていた。一人は赤と白の巫女装束で、もう一人はやけに目につく白黒の帽子をかぶっていた。博麗霊夢と霧雨魔理沙である。
「ハ まさに巫女だな」
「あー?なによアンタ」
霊夢は興味無さげに振り向いた。
「アンタが外の世界まで帰してくれる巫女か?」
「あー外来人か…よくここまで来れたわね」
そう言うと彼女は明のことを見回した。
「アンタ…右腕は義手なのか?」
魔理沙が興味深そうな顔をして尋ねた。
「ああ。そんなことより早く元の世界に帰してくれ」
「無理よ。紫がいないもの」
「紫?なんだそいつは」
「アイツがいないと帰れないの。いつ現れるか分からないような奴だから気長に待つことね」
明はため息をつきながら義手を抜き霊夢に突きつけた。
「俺は急いでいる。今すぐその紫とやらを呼んでこい」
霊夢は冷静だった。冷めた目で明を見つめていた。
「言ってるでしょ、神出鬼没な奴だって。こっちから呼ぶことなんでできないのよ。分かったらその物騒なもの仕舞いなさい」
明は無言で義手を付けた。もとより脅しのために抜いただけで争うつもりは無かった。
「凄いな!仕込み刀になっているのか!」
険悪な雰囲気の中で魔理沙だけ楽しそうにしていた。
「霊夢にケンカを売るのはやめといた方がいいぞ。コイツに勝てる人間なんてまず存在しないからな」
「フン それは結構なことだ」
明は縁台に腰掛けた。日差しが照っているからか日陰は思っていたより涼しかった。
「俺は雅という吸血鬼を追っている。何か知っていることはないか?」
「吸血鬼?吸血鬼を探してるの?」
「まァな。あのバカだけは俺が殺さなきゃならねェ」
「…人里を出て北に行くと紅魔館っていう館があるの。そこに吸血鬼が住んでるから何か知ってるかもね」
「そうか」
明は立ち上がりまた歩き始めた。その姿が見えなくなった辺りで魔理沙が口を開いた。
「行かせてよかったのか?多少やるみたいだけど普通の人間だろ?絶対死ぬと思うけどな」
「そう?」
霊夢は大きなあくびをしながら眠そうに言った。
「あんな外来人が…どうなったところで別にどうでもいいのよ」
ポツポツ、と雨が降り始めた。先程までは晴れ渡っていた空が雲に覆われていた。
「さ、中に入って昼寝でもしましょう」
明は人里から出て北に向かっていた。雨に全身を打たれていた。
「紅魔館か…」