「ガハハハ!最高だぜ!人間の尻子玉は最高だァァ!」
人里から離れた川のほとりに下卑た笑い声が響いていた。人間が妖怪に襲われている──この幻想郷では珍しくない光景だった。
「ひいいい!命だけは!娘の命だけは助けてくれよ!」
「ヘェ…なかなか面白いこと言うじゃないか」
子供を抱きかかえた父親が懇願していた。その哀れな姿を見ていて爆笑しているのは幻想郷の技術者集団である、河童達だった。
「じゃあ娘は殺さないでおいてやるよ。アンタを喰い殺した後で知り合いの奴隷商人に売り渡してやる。最終的には変態のロリコンの手に渡っていいように弄ばれた後死ぬんだろうなァ」
そう言ってケラケラ笑っているのは幻想郷の便利屋さん、河城にとりである。
「ちくしょう…なんでそんなことするんだよ…河童と人間は盟友なんじゃねェのかよ…」
父親は絶望のあまり涙を流し娘を抱きしめていた。
「それはそれ、これはこれさ。アンタらだって豚を食う癖に犬は可愛がるじゃないか。私達だって愛玩用の人間と食用にする人間がいるんだよ」
にとりの言葉に他の河童達から哄笑が上がった。人間を食う以外にもいかに怯えさせられるかが河童のレクリエーションの一つであった。
こうして絶望のドン底に突き落とされた後、この親子はなすすべもなく食い殺される。繰り返すが、こうした光景はこの幻想郷の日常であり、なにも珍しいことではない。…しかし、この河童達は不幸なことに、宮本明の通り道にいた。
「どけ」
「あ!?なんだコイツ人間じゃねェか!やっちまうぞ!」
河童の伸びる手が首筋を掴もうとしてくる。それをかわすと同時に右腕の仕込み刀を抜き首を切り落とした。真っ赤な鮮血が勢いよく噴き出し辺りを赤く染めた。
「てめェ!クソ人間!」
「ふざけやがって人間のクセに!尻子玉ぶち抜いてやるぜ!」
「ひいい!殺さないで…助けてよ…」
先程までは元気に動いていた肉片が辺りに散らばっていた。十数人いた河童連中はにとりだけを残し全員殺された。
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
「礼などべつにいい。進行の邪魔をする奴を殺しただけだ」
泣いて感謝する父親を明は冷たくあしらった。まだ小さい娘は目の前の惨劇に怯えて泣いていた。
「すまないな。小さい子供にショックを与えちまった」
「いえ、そんなことは…」
「…おじさん」
「ん?なんだ娘?」
「ありがとうおじさん…助けてくれて」
娘は涙で顔をくしゃくしゃにしていたが、笑顔でそう言った。
「ハッ …気をつけて帰るんだぞ」
明は笑いながらそう言った。親子の姿が見えなくなったあたりで「さて…」と呟いた。
「俺は紅魔館という館まで行きたい。案内できるか?」
「えっ?あっうん!できるよ!なんでもするから命だけは…」
「よし。なら早く立て」
明はにとりをこづいて立ち上がらせた。もとは臆病な性格のにとりは完全に屈服していた。
「館まではどれくらいかかるんだ?」
「ここから一時間くらいで行けると思うよ」
川の水面が雨で揺れていた。遠くから甲高い鳥の鳴き声が聞こえていた。しばらく川の上流に向かい歩いていると辺りに霧がかかり出した。
「霧が出てきたな」
「ここら辺は山の裾でもあるからね。盆地になっていて霧が出やすいんだ…ここから先は川の流れが強くて落ちたら死ぬから気をつけなよ」
もう鳥の鳴き声はしなかった。川な流れの音がうるさく響いていた。霧はどんどん濃くなり、もはや1m先も危ういほどだった。
「こんな状況で邪鬼オニに会ったら最悪だな」
「オニ?そりゃいつ会っても最悪だけど」
にとりは幻想郷の鬼である萃香を思い浮かべた。
「そうか、幻想郷には吸血鬼ウイルスが存在しないんだったな。なら大丈夫か」
(おかしなことばかり言う人間だなあ…そもそも紅魔館なんかに行ってなにするつもりなんだろう)
にとりはそう思いながら明を見やった。顔には大きな傷があり、右足を引き摺りながら歩く義手の彼は得体の知れない恐ろしさがあった。
突如、霧の中から巨大な手が伸びてきてにとりの身体を掴んだ。
「え?手?」
姿を見せたのは邪鬼だった。最も一般的な痩身型だ。
「ひいいいい!」
「なぜここに邪鬼がいるんだ!?」
邪鬼は騒がしい叫び声をあげながら片手でにとりを握りしめた。嫌な破裂音と共ににとりの悲鳴が響いた。
「ふざけやがって!クソ邪鬼め」
明が邪鬼に飛びかかった。
「口を塞げ!感染するぞ!」
その声と同時に邪鬼の右手を切り離した。返り血が辺りに飛び散った。
「女!大丈夫か!」
邪鬼の手と共に落下したにとりだが、幸い命はあるようだった。何度も苦しそうに血の混ざった咳をしていた。
邪鬼は怒り狂って明に襲いかかってきた。もう片方の手での張り手を身をひき素早くかわすとすぐさま手首を切り落とした。
「グエエエエエ!!」
義手刀を邪鬼の身体に引っ掛け首のあたりまで登った。刀を勢いよく降り下ろした。刃は邪鬼の首筋に豆腐のように滑り込んだ。
にとりが目を覚ますと、目の前には首が切り離された邪鬼の死骸があった。
「うわっ!なんだ死体か」
「お、生きてたか、女。なかなか頑丈だな」
明が義手を装着しながら言った。
「ま、妖怪だからね…それよりアンタ、やっぱりメチャクチャ強いね。今更だけど名前教えてよ」
「宮本明だ」
「私は河童のにとりだよ。よろしく明」
「フン 河童か…」
「なに笑ってるの?気持ち悪いよ」
「いや、少し昔の親友を思い出してな」
「ヘェ…アンタ友達なんているんだね」
「ああ。敵だけどな」
「え?敵なのに親友?」
「そうだ。だから殺したよ」
「…そう、なの?」
(この人間の言うことはよく分からないなあ。話半分に聞いておこう)
「時間を無駄にしちまったな。早く出発するぞ」
「そうだね。あと少し歩けば見えてくるよ」
霧はいつのまにか晴れていた。眼前には大きな湖が広がっていた。
「ほら、向こう岸にあるよ。見えるかい?」
確かにそこにはいくつもの尖塔が突き出た西洋風の館があった。レンガのせいだろか、全体的に赤い印象を受ける、どこか禍々しい館だった。
「ハ なるほど、紅魔館か」