うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ 作:珍鎮
父親から連絡があった。
二度寝しようにも目が冴えて上手くいかず、俺のシャツの上にエプロンを着るというまるで同棲中の恋人気取りのサンデーが朝食を作っている後ろ姿を眺めていたところで、スマホが彼からのメッセージを着信した。
フリフリ動く尻尾とケツを観察して笑顔になる以外にやる事がなかった俺はすぐさま応答し、間もなく電話で用件を聞くと、電話口から聞こえたのは少々自信がなさげな声だった。
結論だけ先に述べる。
俺は親父にバイクを買ってもらった。
誕生日の当日には日本にいないから、だそうだ。
昔は事あるごとに『秋川の人間なのだから』と口にしながら指導していた厳しい父が、今になって俺との距離感を図りながら父親らしい事を
数年前。
秋川の本家の人間たちとウチの家族が揃っていたある行事の最中、本家の跡取りである従妹のやよいが親族たちの前でめちゃくちゃにブチ切れた事があった。
彼女の怒りは自分のためであり、俺のためでもあった。
秋川家はいわゆる厳格な家柄だ。
日本のウマ娘育成機関の根幹をなす存在──なのだが、俺の親の世代は特に厳しい性格の人間たちで構成されていたようで、重大な責務を担う運命にある秋川家の子供に遊びの暇を与えるほどの心の余裕は持っていなかった。
毎日が勉強と叱責の繰り返し。
週に一度だけ実際に対面で指導をするウマ娘との交流くらいしか楽しみがない日々だった。
ちなみに巨乳狂いになったのはこの時指導していた年上のウマ娘たちがどいつもこいつもショタコンで俺に構いまくっていたところに起因するがそれは一旦置いておく。彼女たちは夢も胸もデカかった。
直接的な指導を体験する期間が終わってからは、机と向き合う毎日に逆戻りした。
クソみたいな日々──それに嫌気が差した俺は預けられていた本家から飛び出し、とにかく
隠れて購入した漫画本に書いてあったのだ。
ヒトには心の余裕が必要なのだ、と。
だからそれに従い、俺はやよいを連れ出して“子供”をした。
唯一寄り添ってくれていた祖父が死去して以降、死んだ魚の様な茫々とした目でロボットの如く親に対して従順に振る舞っていたやよいを連れ、とにかく同年代たちの感性を取り入れようと努力をした。
そんな時だ。
樫本先輩に出会ったのは。
以降人生で最も尊敬することになるその人と繋がりを持ち、そこでようやく俺とやよいは人間性を獲得することが出来たのだった。
で、俺たちが人間らしく成長したその姿を、秋川家の人間は自分たちの成果だと思い込んでしまった。
やはり自分たちの教育は間違っていなかった、と。
──そこで遂にやよいの我慢が限界に達した。
大人たちが取り仕切る荘厳な空気をブチ壊し、自分が感じていた事と俺が言いたかった事を全て彼らの前でぶちまけたのだ。
迫力も説得力も大人顔負けだった。
そこでやよいが母親に当主の素質を見出されたのと同時に、俺の親を含め秋川家の大人たちが意識を改めるきっかけが生まれたのであった。
……とまぁ何やかんやあって、両親とは多少コミュニケーションが取れる関係性に落ち着いた、という話だ。
とはいえ今日までに何か特別な交流をしたわけでもなかったため、父親からの連絡には素直に驚いた。
家まで車でやってきて俺を拾い、バイクショップに向かい色々と手続きを終え、付近のファミレスに寄って近況報告をし──既に解散直前だ。
親父はマンハッタンの実家兼俺のバイト先でもある喫茶店のあの店長と知り合いだったらしく、友人が増え順調な高校生活を送っていると告げても、別段そこまで驚きはしなかった。
その代わりなのか、少しだけ安心したように微笑んでいたような気がする。笑ってるとこ久しぶりに見た。
「……葉月」
会計を終えて外に出ると父親から声をかけられた。
「なに?」
「母さんからの伝言……身体に良いものを食べてください、と」
「……あぁ、そう」
世間一般で言うところの母親の距離感ではなくない? 他人行儀ここに極まれりって感じだ。
「お前にあぁだこうだと言っていた私だが、学生の頃はヤンチャしていたものだ。……だから、その、無理にトレーナーを目指すことはない。先のことは自分の好きに決めるといい」
秋川の人間なのだからせめて優秀なトレーナーになれ~、と必死だった昔の態度が嘘のように丸くなっているのに驚いた。
これもやよいのおかげだろうか。
まぁ、この人も親というだけあって大人だし、悔いるべきだと考えた部分はしっかり改めるつもりなのだろう。
全てを忘れて仲良しこよし、というのは難しいが、せめて俺からも歩み寄るべきだ。
「……次はいつ帰ってくるんだ?」
「葉月が進級する前までには戻るよ」
「マジで? 驚いたな、卒業までには帰るとかそれくらいだと思ってた」
「す、すまん」
ちなみに親父はすぐ謝る人になった。流石に反省し過ぎ。
「もう帰ろうか、葉月」
「なぁ、バイクを荷台から降ろしてもいいか?」
「ん? あ、あぁ」
軽トラからバイクを下ろし、収納スペースから手袋とヘルメットを取り出した。
「乗って帰るのか? 送ってもいいが……」
「いや、乗り心地を確かめたいんだよ。生まれて初めての親父からの誕生日プレゼントだしな」
「すまん……」
「謝りすぎだって」
苦笑しつつ出発の準備をする──その最中。
今にも荷物が散乱しそうなパンパンのボストンバッグを持って、付近に停車しているバスへ急ぐウマ娘が二人見えた。
「ちょっと急ぎなさいよウオッカ!」
「わ、分かってるって! 荷物が多いんだよ!」
──ッ!!!??!!!!?!??!?!?
「ごめんなさい乗ります~!」
「マズいスカーレット、荷物爆発する……」
「もうっ、バッグはちゃんと閉めなさいよ……っ!」
乗り込んでいく二人のウマ娘たち──否。
俺の目に映ったのはたった一人であった。
緋色髪のツインテールが特徴的なあのウマ娘の、一瞬だけ見えたあの……何だ、あの、アレは何だ?
──デカすぎる。
大きすぎる。
あまりにも常軌を逸していた。
ちょっと目を引くレベルではなかった。
あの領域はもはや違法建築の域に達している。
雷に打たれたような衝撃が全身を襲った。
「むっ……あの黒髪の方のウマ娘、バッグからスマートフォンを落としたな。バスも出てしまった。……葉月?」
あわわ。
は、はわわ……。
「どうした?」
「ヤバかった」
「な、何?」
「あのウマ娘、ヤバかった」
「……あぁ、なるほど。お前の観察眼は相変わらずだな。黒髪の方……ウオッカと言ったか。データベースに登録されていたが、確か先月デビューしたばかりのウマ娘だったはずだ。……まさか今の一瞬で彼女の資質を見抜くとはな」
スカーレットと呼ばれていたか? 彼女の胸がウルトラでかでかデッカーだった。
親父が何やらごちゃごちゃ言っているがよく分からんそれどころではない。
知りたい。
何としてもあのウマ娘を知りたい。
この辺じゃ滅多にお目にかかれないぜ。あんまイライラさせんなし。
「親父、俺あのスマホ届けてくる」
「それはいいが……行き先は分かるのか?」
「この時期は確か先行の合宿組が帰ってくるはずだろ。制服だったしどうせ中央に戻るとこだ」
八月の中頃に合宿へ赴く連中は観光バスで揃って帰ってくるが、先行組は解散のタイミングがバラバラだから移動費は学園持ちでそれぞれ別ルートで戻ってくる。デカい荷物を携えてたし彼女たちも合宿帰りと見て間違いない。
「葉月お前、中央の行事年表を覚えてるのか……」
アンタらの教育のおかげでね! 今だけはあの時間に感謝するよパパ。
「じゃあまた来年な!」
「う、うむ」
バス停まで向かってスマホを拾い上げ、ヘルメットと手袋を装着してバイクに跨る。
急ごう急ごう。
「あっ、親父」
「……?」
一応出発前に一言。
「バイク、ありがとうな。大切にする」
「……身体に気をつけてな」
「あぁ。じゃ」
家族と少しだけ距離が縮まったような空気を嬉しく思いつつ、俺を待つデカ乳のもとへ急ぐべくバイクを走らせてファミレスを後にした。
◆
おお……ッバイクって最高だ風がスッゲ気持ちいい……。
学園の裏口付近に到着した。
予想通りそこにはバッグの中を漁って紛失物の所在を涙目で探る黒髪のウマ娘の姿が──あれ。
あのデッッッカい方のウマ娘は……?
「うぅ、スマホどこだ……。やっぱり隠さないでスカーレットにも言うべきだったかな……いや、それは恥ずい……」
まさかもう敷地内に……?
颯爽とスマホを送り届けてかっこいいバイクのお兄さんとして印象付ける作戦だったのに全てがご破算だ。
一瞬で高まったあの性欲が急激に減退していくのを感じる。
うわ、俺、さっきまで本当に下半身だけで思考してたんだな。最低だ。
こうも簡単にありつけないとはな。漁夫の利ならず。
触れたい、あの男好きのするBODY……。
キキッと黒髪ちゃんの前でバイクを止め、ポケットからスマホを取り出した。大人しく渡して帰ろう。
「わっ。……ば、バイク?」
ヘルメットは取るまでもないか。
突然絡まれたら向こうも怖いだろうから、余計な挨拶も省こう。
「忘れ物だぞ」
「うぇっ……わっ、とと……!」
無理なく受け取れるよう予備動作を大げさに見せ、放物線を描くように優しくスマホを投げた。
手渡しをしなかったのは先ほどまで格好つけようとしていた感情の残滓だ。危ないし普通に手で返せばよかったと投げてから後悔した。ごめんなさい。
「今度は落とさない場所に入れときな。じゃ」
「えっ。待っ、あ……あのっ、ありがとう……ございますっ!」
軽く手を振ってその場を走り去っていく。
あの子どっかで見覚えがあったような気がするがデカ乳スカーレットちゃんの衝撃でまともな思考が働かない。
もうあの違法建築っぷりは雄を惑わす魔女だよ。スカーレットウィッチ。
……
…………
翌日。
もう暫くはトレセンへ来ることも無いだろうと高を括っていたら、午前のバイトが終わった辺りで、学園理事長の秘書を務めている駿川たづなさんから電話で呼び出しをくらった。
何でもやよいには秘密で渡しておきたい資料があるらしく、これからイベント準備のために学園を離れる都合で今日しか渡せる日がないとのことだった。
失礼がないようすぐ高校の制服に着替えバイクで学園へ向かうと、夏でも暑そうなジャケットを着こなす社会人の鑑みたいな女性が待っていた。感服。
「こんにちは葉月君。暑い中ありがとうございます」
「お久しぶりです、駿川さん。理事長は……」
「今はいらっしゃらないので、このまま理事長室まで行きましょう」
案内されながらトレセンの中を進んでいく──かなり緊張するな。ここが女子高か……。
「……ふふ。葉月君も随分と背が伸びましたね」
「そ、そうすかね……?」
ちなみに駿川さんとは二年前からの付き合いだ。
学園外で俺と会うときは敬語を外してお姉ちゃんぶる変わった人なのだが、そこを差し引けばやよいを支えてくれている大恩人である。
「学園、結構生徒が残ってますね」
「今月のイベントが理由でスケジュールがちょっとズレたんです。合宿の後発組も今年は学園に残ってます」
「へぇ……大丈夫ですかね、俺ここにいて」
「アハハ。平気ですよ、ちゃんとしたお客さんなんですから」
話しながら理事長室に到着すると、駿川さんに封筒とUSBメモリーを手渡された。
逐一腕時計を確認している辺りあまり時間の余裕があるわけではなさそうなので、早いとこ退散した方がいいか。
「葉月君。理事長のこと……よろしくお願いしますね」
「えぇ、任せてください」
「頼もしいです。……イベント当日、時間があったら一緒に出店でも見て回りましょうか」
「へっ? ……あ、あぁ、そうですね。その時はぜひ」
突然の提案だったが多分駿川さんなりに気を遣ってくれているのだろう。親族とはいえ俺個人はあくまで学園の関係者ではないため、彼女にも思うところがあるのかもしれない。
この流れだと恐らくイベント当日は『奢ります』とか言って飯を買ってくれる可能性が高い。少々気が引けるがここは素直に甘えておくことにしよう。その方が彼女としても助かるはずだ。
「……ん?」
かかってきた電話の対応で理事長室に残る事になった駿川さんに軽く会釈だけしてその場を後にし校舎を出ると、向かい側からこちらへ歩いてくる存在に気がついた。
「全くゴールドシップは……合宿なのだからもう少し厳しめに叱責するべきでしたわね……ブツブツ」
見えたのは缶ジュースを両手で持ちながら俯いてぶつくさ呟いている、紫がかった芦毛が特徴的な制服姿のウマ娘だった。
相当考え込んでいるのか俺に気づく様子もない。
「もはやロープで括り付けてでも──キャッ!?」
そのまま横を素通りしようとした瞬間、足がもつれて少女が転倒しかけた。
気づいて瞬時にサンデーと
運よく中身はこぼれていない。よかった。
どうやらサンデーとのユナイトは想像以上に人外染みたパフォーマンスを発揮できるようだ。それに一瞬派手に動く程度なら身体へのダメージもあまり無いらしい。
「大丈夫……?」
腕の中にいる少女は目を丸くしている。
一連の流れがあまりにも一瞬すぎて理解が追い付いていないのかもしれない。
転んだと思ったらいつの間にか知らない男に助けられていたのだ。困惑するのも無理はない。
え……めっちゃ可愛いんだが近くで見ると。一目惚れ。
「立てる?」
年下っぽいし敬語は控えたが大丈夫だろうか。
この風貌で俺より年上という事は無さそうだが。
「──ハッ。……は、はい、ありがとうございます……どうも……ほんと、えと……」
「気にしないで、通りがかっただけだから。それじゃ」
有無を言わさずその場を去っていった。
今の俺ちょっとカッコよかったのではないだろうか。そんな事ないかな。
とりあえず駐車場まで戻り、バイクを押して裏口から出ようとすると──
「あれ? ……ツッキー?」
後ろから聞き馴染みのある声に呼び止められた。
振り返るとそこにいたのは当然の如くドーベルちゃん。結婚のスタンバイは完璧ってワケだ。
どうやらバスで帰ってくる残りの合宿組を迎えにきたりなどで、多くの生徒が寮の外に出てきているらしい。
「ほらカフェさん、やっぱり秋川くんだわ!」
「そうですね……お友だちも一緒みたいです……」
ついでと言わんばかりにサイレンスとマンハッタンも現れた。君たち俺を索敵するレーダーでも付けてるの。
いや学園に俺がいる事の方がおかしいのか。
みんな首筋に汗が伝っててセクシー♡ 暑いね。
「わっ。スズカに……カフェさん?」
「あら、ドーベル? ……もしやこのパターン、もしかしてドーベルも秋川くんと面識が……」
「う、うん。一応」
「嘘でしょ……」
「葉月さん、そのバイクは? 後ろにお友だちが……」
何だか気まずい雰囲気のサイレンスとドーベル、特に意に介さないマンハッタンと、既にバイクの後ろに跨っている無表情のサンデー。
情報量の多い状況だ。いつもならここで彼女たちとどう会話をこなすのかを熟考するところだろう。三人で囲んで童貞の心を弄びやがって。いかがなさるおつもりか?
しかしここは中央トレセン学園。
既に彼女たちの後ろの、遠く離れた位置から興味深そうにこちらを観察している他の生徒や、恐らくサイレンスたちの知り合いであろう複数のウマ娘がこちらへ向かって来ている。
なのでこの場で行う行動はただ一つ──逃走だ。
トレセンは俺にはちょっとアウェーな空間すぎる。質問攻めにあったら誤魔化せる気がしない。
うおっ女子の匂いが充満してきた。こんなん我慢できないよ!
「三人とも、俺のことはうまく誤魔化しておいてくれ」
「え。ツッキー、もう行っちゃうの」
「どっ、ドーベル? ツッキーって……?」
ヤバいヤバい三人くらい知らないウマ娘が来てる来てる。
このままだと女の子の前で鼻を伸ばす本性が溢れそう。それは粗相。ちょっと失礼ッ。
「……葉月さん。ドーベルさんには呪いの事は……」
「まだ。一応共有した方がいいと思うから、マンハッタンさんから説明してくれるか?」
「はい……分かりました」
「秋川くんちょっと待って、話を……」
「ツッキー!」
「悪いあとで! もう帰るから後で連絡してくれ!」
一方的に告げてヘルメットを装着しバイクに跨った。もう出発するからサンデーも早く掴まって。さもなくばお布団になってもらうから。
「あの一つだけ! 秋川くん、今日の夕方空いてる……?」
「何も無いけど」
「よかった、ケーキ持っていくね」
何言ってんだ大胆女。美しすぎる可憐な女。
ふぅッふぅ、サイレンスちゃんが悪いんだい! いい加減付き合ってくれ。
「えぇッ!? す、スズカ……っ!? カフェさんこれどういう……!」
「葉月さんは今日が誕生日なんです……私も行きます」
「っ!? ……っ!?? つ、ツッキー! アタシも行っていい!?」
「好きにしてください!!!」
三人家に来るじゃん。文殊の知恵? みんな傾奇者だね。
情報の上に情報を上乗せされて混沌に陥ったその場から走り出し、学園を去っていった。
何かとんでもない約束を結んだ気がするが気にしてられん。とにかく逃げる。
「くっ、行ってしまったか……! カフェ、先程の男子高校生について色々と質問させてもらいたいのだが? あれ前に変なカラスの集団に突っ込んでった男の子だよねぇ! 何者なんだい彼!」
「実家の喫茶店でアルバイトしてくれている友人というだけです……」
「スススススズカちゃん!? さっ、さっきの人もしかして彼氏!?うううウマドルは恋愛厳禁──」
「ち、違うから! ほんとにただの友達……ッ!」
「ドーベル……先程の殿方と面識が……? 少々詳しく話を…………」
「ちょっと待ってマックイーン……! 何でそんな怖い顔して──」
一緒に話しているところを目撃されてあの三人の担当トレーナーから『ウチの担当にちょっかい出すのはやめてくれ』とか言われたら俺の人間関係がその日をもって終焉を迎えてしまうのだ。うわぁぁぁッ、制御不能だよぉッ!