うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ 作:珍鎮
──浮かれていた。
自分の置かれている状況が俯瞰できない人間ではない。
友人に恵まれ、家族と距離を縮め、幼い頃から欲していたものを次々と手に入れた事に関しては自覚があった。
勿論だがあのウマ娘の少女たち三人との関係性もただのファンではあり得ない距離感だという事は分かっている。
俯瞰して思い至ったのだ。
今の自分はまるで物語の主人公にでもなっているのではないかと。
だが、その考えは甘かったとしか言いようがない。甘すぎて虫歯になるわ。
本当に俯瞰できていれば目下の危機に対して焦燥感を覚えて然るべきだったはずだ。
しかし油断しきっていた俺は反応が一瞬遅れてしまい、危うく大切な友人を危険な事態に巻き込んでしまうところだった。間に合ったのは単なる奇跡だ。
怪異だ。
あのカラスだ。
道路の先にいたコイツの標的は呪いが薄まった俺ではなく、新たに呪いが押印できる別の人間だった。
ワゴン車の上に降り立ち、中に搭乗している人間を狙っていた。
気づいた瞬間に焦ってバイクの速度を上げ、車まで近づくと助手席に乗っていたのが友人の山田だったことに気がついた。
他の搭乗者は以前ドーベルが一着をもぎ取ったレースで、山田と共にヲタ芸を披露していた男性たちと、頭にデカいリボンを付けてる知らないウマ娘。
山田だけでなく見知らぬ人々にも被害が及ぶことを恐れ、俺は変質者と断定されることを覚悟で車の上のカラスに喧嘩を売った。
主役は遅れて登場。気持ちのいい勝負を期待しているぞ。
『おい、レースしろよ』
窓側の席にいたリボンのウマ娘には存在を気づかれてしまったが気にせず手を伸ばし、カラスをとっ捕まえた俺はライディングレース・アクセラレーションといった感じで真っ白な謎の空間に突入した。
「ここは怪異が形成した固有フィールド。ハヅキのレースしろって挑発に乗ったみたい」
「じゃあここでコイツをやっつければ解決ってわけだな」
「……本当にやるの?」
車通りの多い道路から一変して、全面真っ白で目が痛くなるような空間に入った俺たちは、バイクを止めてカラスの横に並んだ。
すると、程なくして周囲の景色が草原に切り替わり、それと同時にカラスもヒト型に近い形に変身した。遠くにはゴールの目印らしき白線も引かれている。
──戦わなければならない。
俺はその事を忘れていたのだ。
友人関係以外の理由であのウマ娘三人を自分の近くで繋ぎ止めることが出来ていたのはコイツの存在があったからだ。
宿敵であり、向き合わなければならない運命の相手でもある。
俺の呪いが消えて無くなる前に、二度と人間にちょっかいをかけられないようさっさと心をバキバキにへし折らなければならない敵。
主人公だなんだと浮かれている場合ではなかったのだ。
解呪の儀式の内容でいささか脳がバグっていたが、本来人間に仇なすこいつらには早急に対処するべきであり、ダラダラと青春に一喜一憂している暇などありはしない。
「サンデーいくぞ、ユナイトだ」
「う、うん」
ポコポコに叩きのめしてやるぞ鳥畜生め。
◆
勝負には勝った。
誰がどう見ても圧勝のレースではあった。
カラスは悔しそうな雄叫びを上げてどこかへ飛び去っていき、あと二、三回ほど打ち負かせば懲りて諦めるだろう事も読めた。無駄だよ死ね。
向かい側から石や木の枝が飛んでくるというあからさまな妨害があったうえでの大勝で、ユナイト状態の俺──ひいてはサンデーの能力が文字通り
その走力は現在のレース界隈を席巻する第一線級の強豪ウマ娘たちとも余裕でタメを張れるもので、走っている間は心の底から『人間を辞めた』という感覚に陥っていた。
カラスもそこそこ速かったが、今回のことを踏まえれば何度と戦っても負けることはあり得ないと容易に想像がつくというものだ。
問題はレースが
謎空間の時間の流れは現実世界と異なっていたようで、草原から現実世界に切り替わった頃には既に二十二時を過ぎていた。
夕方にケーキを持っていくというサイレンスたちとの約束を反故にした形となったため、彼女たちも呆れて帰っただろう──が、問題はそれだけではない。
俺とサンデーが“故障”したのだ。
「ダートならもっと楽に勝てた」
「……あぁ、そう」
場所は駐車場がある公園のベンチ。
俺は鼻血の止血でティッシュを丸めた栓を鼻に詰めたマヌケ面で、割れるように激痛が走り続ける全身を動かすことが出来ずベンチに横たわっている。
「なぁ、サンデー」
「ごめんなさい。多分今はちょっと気性が荒くなってるから、まだ話しかけないで。顔を蹴っ飛ばしちゃいそう」
「……分かった」
サンデーは頭のてっぺんから毛先まで色素が抜け落ちたかのように真っ白だった髪が、前髪の一部を除いて艶やかな漆黒に染まっている。黒髪のサンデーちゃん新鮮でかわいい。いよいよマンハッタンと見分けがつかなくなってきたわ。
曰く、ユナイト状態で俺が本気を出してしまった影響らしい。
本気になったら髪の色が変わるなんて超サイヤ人みたいだ。略してSSってところですね。
──彼女が怪異とのレースや俺との長時間のユナイトを渋っていた理由が、今日の出来事でようやく理解できた。
あの状態で本気を出すと、俺の肉体がボロボロのへにゃへにゃのクタクタになる。
そしてサンデーも髪が黒くなって性質が変化し、走りたがりで下手に声をかけると目力だけでヒトを殺せそうな視線で睨みつける怖いクールっ娘に変わってしまう。生意気ながら可憐。
なるほど確かにコレは受け入れ難い。
普段温厚なサンデーが嫌がるのも当然の流れだ。
「疼きが抜けるまで、ちょっと走ってくる」
サンデーはそのまま公園を出ていき、目にも止まらぬ疾さで視界の外へ駆けていった。
どうして離れてしまうのだろうか。俺がボロボロなんだから助けて。貞淑なメイドとして所作。それが女らしさを作るんだよ。
公園にボロカスの俺だけが残り、数分。
「──あれ、秋川? ……うわっ、ほっぺから血ぃ出てるじゃないか!」
偶然にも公園の近くを通りがかったのは、感覚的には数十分前に道路で見かけたばかりの友人──山田であった。
……
…………
「ジッとして。絆創膏を貼るから」
「いいって自分でやる……」
「黙ってなさいよ怪我人は。……誕生日の夜に不良に絡まれるなんて、秋川もついてないね」
少し経ち、付近のコンビニで何やら急いで買い物を済ませて戻ってきた山田が、レース中の妨害で負った擦り傷などを手当てし始めた。
一応はヤンキーに絡まれて怪我をしたという事にしたため、打撲などがないかしつこく質問されている。心配し過ぎです。
「これでよし、と。他にケガは?」
「無い、大丈夫。……サンキュな」
「別にいいけど、大丈夫では無くない……? 全然動けそうにないじゃん、どんだけボコボコにされたの」
ボコボコにしたのは俺の方なのだが。
山田は洋画のような大げさな挙動でやれやれと呆れ返っている。何じゃい。
「逃げなかったのかい? 別に喧嘩が強いわけじゃないでしょ」
「いや、俺から喧嘩を売った。勝ったんだぜ」
「勝ち負けの問題じゃないよ……」
ゴミをまとめると、山田はレジ袋の中から缶コーヒーを取り出して渡してくれた。
何とか上体を起こしてプルタブを開けると同時に、彼もベンチに座って飲み物を取り出した。乾杯。
「……ま、キミから喧嘩を売ったんなら、相手は相当悪い輩だったんだろうね」
「おう、わるわるの悪だったぞ。やっつけてやったがな」
「はいはい、凄い凄い」
珈琲を流し込みながら今日を思い返す。
バイクを手に入れたり女子と話したりで浮かれていた所を、お前調子に乗るんじゃねぇぞと後ろから冷水を浴びせられたような気分だ。
何もなかった例年と比べて、良くなったのか悪くなったのか絶妙に分からない誕生日になってしまった。
昨日の俺に教えてやりたいくらいだ。
盛り上がってるとこ悪いがお前の誕生日はロクなもんじゃないぞ、と。
まぁ、ここで山田が通りがかってくれたのは僥倖だった。
こいつがいなかったら恐らくもっと拗ねていたところだ。サンキュー親友。
「ねぇ、秋川」
「ん?」
「もし次も何かあったら、その時は連絡するなりしてよ。一緒にボコボコにされるくらいは出来るからさ」
「えっ……」
お前そんな友情に厚いキャラしてたっけ。器量よし。
「どした山田おまえ風邪でも引いた?」
「人が心配してるんだから素直に受け取りなよ……」
「いや絶対裏があるね。何があったオイ、お前今日は何してたんだ?」
述べよ! 正直に述べよう。
「……合宿の最終日だったんだよ。いろんな場所から集まった同志たちとミーティングしたり、地方限定のグッズを交換したり振り付けの練習したり……それで、皆いい人たちばっかりだったから。ちょっとは影響されてるかもだけど、裏なんか無いよ」
「そ、そう……お前普通に良い奴だよな。さすが生徒会役員」
「やめてよ恥ずかしいな」
他人に影響された程度で、急に手当てだの相手を慮って飲み物を買ってきたりなんかできないだろう。
これは元から彼が秘めていた善性だ。
お前のそういうとこ好きなんだよ。困ってるとこに颯爽と現れて助けてくれるなんて主人公みたいだね。
「僕はもう行くけど……大丈夫? 一人で帰れる? お母さん呼ぶ?」
「ウザいウザい」
身体的な事はともかく精神的にはもう立ち直っている事を察しているようで、山田も若干いつも通りのテンションに戻ってきた。
「山田、とりあえず荷物とバイクと俺本人を家まで送ってくれ」
「ヤバすぎ」
「他力本願寺の住職です」
言いながら何とか立ち上がり、停車しているバイクの方へ向かっていく。
正直に言うとこの間も全身を激痛が襲っているが、友人の前でこれ以上ダサいところは見せられない。
さすがに乗って帰るのは無理なので押して行くことにした。
「あ、これ持っていきなよ。絆創膏の他にも適当なお菓子買っといたから。あとめっちゃ甘いパン」
「細胞にカロリーが染み渡りそうなラインナップだな……ありがと」
「んじゃ気をつけてね」
「あぁ、またな」
そんなこんなで別の方向へ帰っていく山田を見送り、俺も公園を後にした。
ちなみに途中で合流したサンデーはまだ気性が荒かったが、こうるさい! いい加減ウザいのでほっぺを揉み揉みしてやったら髪の毛が漆黒から純白へと戻っていった。クオリティコントロール。
◆
「葉月さん……ッ!」
自宅付近に着いた頃には身体的な限界を迎え、俺もサンデーも死にかけていたところで、家の近くでキョロキョロと誰かを探している素振りのマンハッタンと出くわした。魅力的すぎるよ……今生で一番の女かも。結婚しよう。
倒れかけたその瞬間彼女に支えられ、次第に身体から力が抜けていく。
「だっ、大丈夫ですか……二人ともこんなボロボロに……」
「……マンハッタンさん、こんなところで何を……?」
「連絡も繋がらず自宅にバイクも無いので、イヤな予感がして……とにかく戻ってこられてよかった。まずは一旦自宅へ戻りましょう」
駐車と玄関の解錠をテキパキとこなし、俺とサンデーをまとめて部屋に寝かせたマンハッタンはスマホを取り出した。撮影はご遠慮ください。
「もしもし……はい、今帰ってこられました。恐らく怪異と交戦したのか、かなり疲弊されてます。ドーベルさんには私から電話するので、スズカさんも戻ってきていただけますか」
頭がフワフワする。あのペンダントを装着した時とはまた異なる、何だか全ての気力を削がれた廃人のような感覚だ。
例えるならクッッッソ眠くて寝る前のあの状態に近い。けど身体が痛すぎて意識が落ちないんだわ。困ったね。
「葉月さん。もしかしてお友だちと長時間の一体化を?」
「そうです」
「……なるほど。葉月さん、彼女との一体化中は活動量に応じて魂の生命力が消費されます。見た限り今は人として活動できるだけのエネルギーがほとんど残っていないので、とにかく動かないでジッとしていてください。後の事は私たちで何とかします」
そうなんだ。
でも人肌恋しいよ。いかないで。
「はむ」
「ワひゃっ!?」
「
「待っ、は、葉月さん、一旦離してください。私はどこにも行きませんから……」
もう遅い! 先っぽがかくれんぼしてしまったよ。無味無臭。
すげぇ尻尾……やっと巡り合えたね。
「ハヅキ、ズルい。私も……」
「ひぇェッ、ふっ、二人ともやめて……っ」
マンハッタンの語った“魂の生命力”とやらは、どうにも活力だとかそういった単純なエネルギーではないらしい事を何となく察した。
肉体の活動だけでなく思考するにもそれが必要なのだろう。
いつもならマンハッタンの尻尾を甘噛みしたいという考えは考えのままで終わるが、今はそれをストップさせる為の理性を働かせるエネルギーそのものが足りていない。
だが、ペンダント装着時と異なり肉体が限界である為、行動自体はしょぼい範囲だ。
「マンハッタンさん、抱きしめさせてくれ」
「そ、それは……ぁっ、わわ」
死に物狂いで上体を起こし、倒れ掛かるようにマンハッタンを抱擁した。俺の見立て通り超絶美少女だ……。
何というか、欲望の解放とは異なるような気がする。不思議と性欲が湧き上がってこない。
肉体が他人の温もりを求めている。本能的に生命力の充填をするための行動を取っているのかもしれない。絶対俺のモンにしてやる。
「はぁ……温かい」
「葉月、さん……」
愛が欲しいね。心から。
ていうかマンハッタン腰ほっっそ……。総攻撃だ!
感動で涙が出てきちゃった。ぼくちんカフェちゃんの匂いじゃないと安心できなくなっちゃったんだよ? 全身淫猥警報。
「な、泣いて……? 葉月さん、お気を確かに……」
「何でそんな優しくしてくれんの。ほんとに好き……抱きしめ足りねえよ」
「ひゃっ、わ……──えっ。い、今なんて……?」
あったけぇ~~~~体温高いですね。
ペンダントの時とはまた違う。
押し倒す力も強く求める気力もなく、ただ流れるように相手に温もりを求めているだけなのが何となく分かる。ほれほれほれほれ、ほ~れほれ。
もっと言えばマンハッタンを抱きしめる為の力などほとんど込めていない。込められない。俺と彼女が今こうして抱擁を続けていられるのは、ひとえに彼女が俺を抱き支えてくれているからだ。ここで抱き合うまでに幾星霜を要しましたよ。
──もし、いま、ここで相手に拒否をされたとしたら。
俺は悲しむことも悔しがることもできず、茫漠とした思考の海を彷徨いながら暗い部屋の中でただ絶望に伏すであろうことは想像に難くない。
何となくだが、この不足している魂の生命力とやらは、休息と睡眠を取るだけではほとんど回復しないような気がする。
例えるならバイクのガソリンの様なものだ。
動くために必要なエネルギーだが決して自然に回復するものではない。
理屈ではなく本能で察した。負けないお~~♡
俺には今──他人の温もりが必要なのだ。俺が安心するまで耐え抜くのだ! ジッ……と留まれ!
「カフェ……ハヅキに生命力を充填するための方法、分かる……?」
「……魂の共鳴、よね。一定量を下回ると自然回復が出来なくなるから、他人から直接生命力を分け与えないといけない……」
「そう。カフェ一人だと負担が大きいだろうから……あの二人とも協力して。私はちょっと概念の再構築をしてくるから……後はお願い……」
「えぇ、あなたもゆっくり休んで」
マンハッタンに何やら言い残したサンデーは蝋燭の灯が消えるかのようにフッと姿を消した。またな相棒。
「ドーベルこっち! 急いでっ!」
「分かってるってば! ツッキーだいじょう──ぶえェェッ!?」
あ、サイレンスとドーベルも来た。
え!? 二人も僕と赤ちゃんづくりしたいの!? 夢があるね。
「お二人とも、実は──」
「……なるほど。ドーベル、タオルとお湯を持ってきてくれる? 私は救急箱を用意するから」
「えっ。う、うん」
気がつけば解呪の儀式よりも淫猥な体勢になっていた。おいラブラブしろ! 命令ですよ。
両サイドにサイレンスとドーベル、膝の上にマンハッタン。はしたない! 美しい。
この状況非常に落ち着く。くつろいだわ。ぐうぅぅぅっ、許せん……!
「カフェさんは秋川くんを支えてあげて。……ドーベル、秋川くんのシャツを脱がすわよ」
「待って待って待って、スズカちょっと覚悟が決まりすぎてるってぇ……!」
「わ、私だって緊張してる。でもやれる事からやらないと……とりあえず怪我の手当てからやりましょう」
「葉月さん、お洋服を脱がせるのでバンザイしてください」
ばんざ~い。わお肢体とき放たれしもの。恥ずかしいからあまり見るなよ。
この距離感は普通に友人としてどうなの!? こりゃお仕置する以外の選択肢は無いな。
「ツッキー、打撲の痕がこんなに……」
妨害で向かい側から石とかめっちゃ飛んできたからな。
まぁ男の子なので痛くありませんが。心配せずともよい。けれどありがとう♡
「秋川くん……痛かったわよね……」
うわぁお顔が近いサイレンス。子供を何人作ればいいか見当もつかないよ。だがお下劣だな。
何やかんやで応急処置が終わり、ついでに汗も拭いてもらってひと段落付いた俺は、汚れた制服から部屋着にフォームチェンジして布団の上に寝転がった。新番組夫婦の営みごっこ朝八時からスタート!
「生命力の充填は素肌に直接触れることです……葉月さんのほうが極端に枯渇しているので、触れていれば肉体が勝手に私たちから生命力を吸ってくれるかと」
マンハッタンとサイレンスが両手を握ってくれている。猛省せよ。
ドーベルはいつの間にか膝枕をしてくれていた。下乳を眺められるこの眺望、日本の名勝。
あんなに誘惑するなと言ったのに。忸怩たる思いだよ。
「……ツッキー、アタシの漫画の主人公よりも、全然もっと非日常な体験をしてたんだね」
「すげーだろ」
「うん、凄いよツッキー。本当に偉い……」
うるち米。膝枕をされながら頬を優しく撫でられている。そうやって俺の好感度上昇を促す気か? そうは問屋がおろさんぞ。コレは油断するとコトだな。
「ドーベルさん、漫画を描かれているんですか」
「あっ。……まぁ、一応。いつもツッキーに読んでもらって、感想を聞かせてもらってたんだ」
「そうですか……私は、道端で紛失した鍵を一緒に探してもらって……」
「ふふっ、そういうの放っておけないタイプよね、秋川くん。私も足を怪我して動けなかったところを──」
「……ちなみになんだけど、何でスズカのフィギュアだけ飾られてるの?」
「ご友人に誕生日だからとプレゼントされたそうです」
「えへへ……」
「む、むぅ。アタシだってこの前フィギュア化の話を貰ったけど……」
「私もですので、三人お揃いですね」
「ウソでしょ、三人分ここに飾るの……?」
眠れないが眠いので黙っている間、ウマ娘たち三人の会話が広がっていく。
不思議と居心地は悪くない。
友達と友達が話をしている空間に、当たり前のように自分が居ていい事実にまた感涙しそうになった。あらゆる手段で俺を喜ばせる女たち。
お前たちは最高の女だ。尻がデカすぎることを除いてはな。
彼女たちに囲まれているこの状況、幸福すぎて正視に耐えないよ。ボクちん好みのえっちな身体……♡
「……ありがとう、三人とも。本当に……」
痛みを疲弊が上回った。これなら気絶するように眠れるはずだ。
睡魔に抗って感謝の言葉だけなんとか絞り出すと、安堵からか急激に全身から力が抜け落ちていく。
困憊が極まり、次第に思考に靄がかかり始めた。
「葉月さん……眠くなったら、そのまま眠ってくださって構いませんので」
お姉さん美人だね。言わずもがなといったところか。面白い。
「……いいのかな。こんな──」
「いいのよ秋川くん。それだけの事を貴方はしてきた。それに……」
「うん、ツッキーは今日誕生日なんだから。もっとワガママを言ったっていいくらいだよ」
感動。もう涙が暴発してしまいそうですお……♡
『──誕生日、おめでとう』
誰の声だったか分からない。
けれどずっとこれまで言われたかったその言葉を耳にした瞬間、俺の意識はブツリと落ち、泥のように眠ってしまうのであった。
◆
──あれ?
「すぅ、すぅ」
何だ?
隣にマンハッタン。
「ぅ……ん」
どういう状況だ。
マンハッタンの隣にサイレンス。
「つっきぃ……だめ、まんがのさんこーしりょうにするには、ちょっとやりすぎ……」
俺の左側にはドーベルがいた。お前はもう起きてるだろそれ。
何だろうか、この状態は。
普段俺が使っている布団と、来客用のもう一つを床に敷いて、仲良く四人で寝転がっている。
昨晩の記憶が曖昧だ。
全くすべてを忘れたわけではないが、家の前でマンハッタンに声をかけられて以降、まどろむようなフワフワした感覚がずっと続いていた。
何をしたんだったか。膝枕と両手にぎにぎのちょっとしたハーレムプレイ紛いな事をしたのだけ覚えてる。ダメじゃない?
全員の服装が特に乱れていないことから、少なくとも道を踏み外したわけではなさそうだが、この状況だけを切り取ったら十分間違えてしまっている。予想以上の眺めだ……ルール違反目前そのもの。
何もしてないよな俺? もしかして何かやった? 突然の男女比ぶっ壊れお泊り会にさすがのボクチンも驚きを隠せないよ。
う~~ん、よしキマリだ! 決定だ! とりあえず四人分の朝食を準備するゾイ♡
わっせ、わっせ。これが旦那の仕事だよな。嫁が三人で随分と馴染んできた。
「んんっ……ぁ、朝……?」
「おはよう、サイレンス」
「────」
一番初めに起きたサイレンスに向かって、フライパンを揺らしながら振り向いて早朝の爽やかスマイルで声をかけた。爽やかな感じでいけば昨日の痴態を誤魔化せないかな、という非常に甘い考えだ。
「……ぇ、えぇ、おはよう……秋川くん……」
何で顔が赤いの? もしかして昨晩本当に一線超えちゃった? 責任取るから子供の名前を考えておいてね。心の底からすいませんでした。