うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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ほら癒しのアフター握手 忘れずに

 

 

 三人のウマ娘を何とか宥めて帰し、翌日訪れたやよいにはバイクで軽く事故ったと説明したところ『禁止ッ!怪我が治るまで乗ってはダメ!!』と念押しついでに泣かれてから数日後。

 多少の傷は残っているものの体調は全快したため、俺は晴れやかな気持ちで登校日を迎えた。

 

「……今夜でいいの」

「あぁ。流石にお互い、もう限界だろ」

「……わかった。夢のセットアップ、夜までには終わらせておく」

 

 制服に着替えながら片手間でサンデーと約束を取り付けた。着替え終わったらそそくさと家を出て歩いて高校へ向かっていく。

 結局のところ増幅した三大欲求の内、食欲と睡眠欲は何とか誤魔化してきたが残り一個は今日まで保留にしていたのだ。

 三大欲求とは言うが性欲なんてものはその気になれば我慢できるものであり、ペンダントや生命力の減少などの特別な事情が無ければこの通り、今朝まで何も問題は起きていない。

 今回に関して言えば想像以上にユナイトによる欲望の刺激が強すぎた、というだけの話だ。

 俺もサンデーもあり得ない程ムラムラしっぱなしなので一度夢で解消して、以降は我慢し続ければいい。ユナイトなどそう何度もおこなう行為ではないのだから。今夜が楽しみ♡

 

「ふうぅー……」

 

 深呼吸。

 やっぱ結構ムラムラする。俺の葉月君がバベルの塔事件で最後まで隠し通せて本当に偉かったと思う、俺。マジでよく頑張った。お前は凄い男だ。

 朝の生理現象は何度もサンデーに目撃されていて、互いに冷静を欠く一歩手前の状態なためこの数日間は艱難辛苦の極みだったが、互いに事情を理解しているため間違いは起きなかった。後でイチャイチャしろ。上司命令だぞ。

 

「おー、秋川。イベントぶり」

「山田っ」

 

 とてて、と駆け寄った。コイツのそばに居れば安心だ。山田の隣にいることで性的興奮が煽られる事象と遭遇する確率が百億分の一に減少する。

 

「へへ、おはよっ」

「……? 秋川、なんかテンション高いね」

「ヤバく見える?」

「うん、朝からこれはちょっとキモい」

「このやろっ」

「あいたっ! もうー、今朝から叩かないでよ。野蛮だなぁ」

 

 変なやり取りをしている間に我が校に到着した。

 駄弁りながら下駄箱で履き替えて、気がつけば教室。久しぶりの登校だが意外と新鮮さは皆無だった。

 授業もつつがなく進行し、少しばかり気の抜けたヤツが居眠りを注意されるくらいで特に変わった事は何も無かった。

 いつも通りの高校生活だ。俺の後ろに幽霊モドキがいることを除けば。

 

「幽霊じゃない」

 

 黙ってろ思わず返事しそうになっちゃったじゃねえか。忍耐と美脚と美貌といつも見惚れているよ。心技体と鍛えているだけあるよね。

 

「つんつん」

 

 おい授業中に脇腹つっつくな。アダルト向け幽霊モドキめが。人間様にドエロく歯向かうというのか。

 思い返せばコイツとは夏休みの頭に出会ったばかりで、一緒に高校へ訪れた事は無かった。二人で学び舎に足を踏み入れたという点で言えばトレセンが一応当てはまるか。どうでもいいが。

 ……本当に激動の夏休みだったな。これまでの人生で一番濃い一ヵ月半だった。

 大変だった分いろいろな繋がりを得たし家族とも再会できたから、一概にキツかっただけとも言えない。とにかく一言で言うとただただ忙しかった。

 去年はどうしてたんだったかな。

 確か、夏休みの早いうちから文化祭の出し物の準備をしようって山田に誘われてたっけ。

 ──あぁ、そういや文化祭か、この季節は。

 

「秋川は何がいいと思う?」

 

 昼休み。

 ササっと飯を食い終わってから、山田とスマホゲームで協力プレイしながら暇を潰している。

 

「あー、今日の六限で出し物を決めるのか」

「そうそう。去年の文化祭はお化け屋敷をやったから、僕はそれがいいんだけど」

「いんじゃね。めっちゃパワーアップさせてお客さんチビらせようぜ」

「デスボイスの練習しようかな……」

「お前は声が高いんだから雑に悲鳴でいいよ」

 

 いろいろ言ってるが極論どうでもいい。ウチの文化祭はとにかく全てが普通なのだ。規模も集客もめちゃめちゃ一般的で平均的で可もなく不可もなく。まぁそれくらいがちょうど良く楽しいのだが。

 結局、今年の出し物もお化け屋敷に決定した。クラスの連中の『何か売るだけじゃつまらない』という主張に保守派の担任が負けた形で。

 あぁ、平和だった。

 本当に変わった事が何もなかった。

 改めて自分が普通の高校生だったことを実感した。今は多少性欲がアレだが、驚くこともドキドキさせられることもない平坦な日常を過ごせて素直に嬉しい。怪異くんもう二度と現れなくていいよ。

 

「──え゛ッ!!?」

 

 放課後。

 教室から出ようとしたところ、後ろから大きな声が聞こえてビビった。

 振り返ってみると、窓に張り付いた男子が慌てている。何だアレ。

 

「えっ、えぇっ!? ちょっ、お前ら見ろマジあれ!!」

「どしたの~」

「おい秋川もっ! マジでヤベェぞッ!」

 

 何なんだ一体。

 とりあえず呼ばれたので教室の窓まで移動してみる。

 そうして気がついた。

 この教室の窓からは校門が見えるのだが、クラスの連中が湧いて当然ともいうべき人物がそこにいる。

 

「あっ、あれっ、サイレンススズカじゃね!? やべぇっ! やばい本物ッ!!」

「ウソっ、ガチじゃん! え、ウチらの高校で何か撮影するのかな……? やばいやばい、ちょ、みんな行こッ!」

 

 興奮しまくったクラスメイト達に連れられるようにして教室を後にする。

 その最中、俺の脳内では困惑の嵐が渦巻いていた。

 ──校門の前にサイレンススズカがいた。

 明らかに誰かを待っている様子で、既に人だかりができてしまっている。

 どうしてアイツが俺の通っている高校に襲来したのかが分からない。

 サイレンスのやつ自分の知名度をちゃんと理解しているのだろうか。変装もしないで人が多い場所へ赴いたらどうなるかなんて、新しい蹄鉄を見に行ったあの時身に染みて理解できたはずだ。

 それでもなおあのまま来なければならないほど切羽詰まった事情があるのだろうか。

 

 ……仮に怪異が現れたのだとしたら、学校の連中に関係がバレるだなんて事を気にしている場合ではない。メッセージすら送っていない現状を鑑みるに緊急事態という可能性も大いにある。

 急がねば。事態が悪化してからでは遅いのだ。

 

「へへ……あ、あの、また会えて光栄です……まさかウチの高校に来てくださるとは……」

「あ、山田さん。お久しぶりです。あの日はありがとうございました」

「ととととんでもない! スタッフとして当然の事をしたまでといいますか……!」

 

 ようやく人混みになっている校門前まで辿り着くと、山田が緊張しながらサイレンスと話している事に気がついた。

 山田は今朝からクラスのみんなに『イベントでスズカさんと話したんだ! スタッフ万歳!』と自慢していた為、面識があること自体はクラスメイト達は知っていたが、この光景を見て半信半疑だった気持ちが確信に変わったらしく、数名は山田に対して羨望の眼差しまで向けている。

 いつもなら絶対に割って入ったりはしない。

 大切な友人が憧れの人物と会話していて、あまつさえ複数の生徒から憧れられている状況──だが、誰かの命が危険に晒されているかもしれない状況となれば話は別だ。

 サイレンス自身は怪異を視認することは出来ないため、少なくとも事の発端にはマンハッタンが関わっていると見て間違いない。無論、彼女自身が襲われている可能性も──ダメだ急がないと。

 

「悪いっ、ちょっと通してくれ……むぐっ」

 

 何とか人混みをかき分けて進み、山田とサイレンスが二人で話しているところまで到達できた。急げ急げ。

 

「あの、それで、良かったら連絡先を──」

「サイレンスッ」

 

 会話に乱入してしまった。マジですまん山田。後でバイト先にサイレンスがよく来るって話をそれとなく教えるから許してほしい! 心からの願い。

 

「っ! 秋川くん……!」

「……へっ?」

「悪い山田、ちょっと借りる」

「え……ぁ、あぁ。……えっ?」

「サイレンス、行くぞ」

「うんっ」

 

 もう目立つとかどうとか気にしてられん。こっちは命に関わる状況なのだ。

 困惑したりキャアと盛り上がったりする集団から何とか抜け、一旦駅の方へ小走りで向かう。

 

「何があった。今起きてることだけ簡潔に教えてくれ」

「えっ? ……あー、えっと……迎えに来たら秋川くんが来てくれた……?」

 

 何を言ってるんだこの女は。今さっきの事はどうでもいいんじゃ。

 

「そうじゃなくて、何かあったんだろ? 怪異が出たとか……」

「……? 別に何も起きてないけれど……あっ、ごめんなさい。学校に来ること、メッセージで事前に連絡するの忘れてた……」

「は……?」

 

 ピタッ、とつい足が止まった。

 今コイツとんでもない事を言いやがった気がする。

 

「……ちょっと待ってくれるか」

「ええ」

 

 連絡も寄こさず、人目も気にせずわざわざウチの高校に来たってことは、急を要する事態が発生しているからだと思っていた。

 というかそうでないとあり得ない。高校までやってくる理由がない。

 ……何が起きているんだ。

 サイレンスはどうして俺を迎えにきた。

 

「あっ、一つ言わないといけない事があったんだった」

 

 それだよ! 一番大事なこと!

 

「私とドーベルもあの喫茶店でバイトすることになったの。秋川くんと同じ時間に」

「えっ」

「もちろんカフェさんも実家の手伝いって形で。……怪異をやっつけるまでは少しでも秋川くんのそばに居ようって、みんなで決めたのよ」

「何それ……」

 

 思わず全身の力が抜けそうになった。

 めちゃくちゃに切羽詰まってシリアス顔してた俺がただのアホになった瞬間だ。

 まじで全部勘違いだった。恥ずかしすぎる。

 この際、サイレンスたちが俺と同じバイト先で働くことになった話はいい。先日の一件でとんでもなく心配をかけてしまった自覚はあるのでしょうがないと思える。もし俺の立場が山田だったら俺もそうしていた。

 問題は俺が大衆の前でサイレンススズカというスーパースターを連れ出したこと──何より意を決して話していた山田から彼女を引き剝がしたことがヤバい。大した事情も無かったのに。終わった。

 

「……一人にしないって、一緒に闘うって言ったでしょ」

「それはそうだが……ちょっ、往来で手を繋ぐのは……」

「怪異との闘いがレースなら私でも何とかできる。……いえ、絶対に私の方が速いわ。負けるなんてあり得ない」

 

 本当にヤバい。普通に人通りの多い交差点付近で正面から手を握って迫られてる光景がマジで危うい。写真を取られたら大スクープ間違いなしだ。気持ちいい握り方を教えてみろ。うおっ♡ ふにふに♡ スベスベ♡ 変態め。

 

「サンデーさんと一緒に闘うのは負担が大きいのよね? 二人がもう無茶をしないでも済むように、私たちが怪異に勝つから。……だからせめて、下校時とバイトの時は隣にいさせて……?」

 

 その上目遣い交尾の催促かよ。精気を全て吸い尽くされる懸念があるわ。

 というか、思いのほかウマ娘たちが本気で対策を練っている事に驚いた。確か中央でバイトの許可を貰うのは結構大変なはずなのだが、既にそれを突破して俺を守るために行動してくれている。

 なんと美しい友情だろうか。俺のことをそこまで大切に思ってくれる事実につい涙腺が緩む。もう四人で結婚しよう。みんなで子作りしよう。

 

「……分かった。ありがとな、サイレンス」

「っ! ……ううん、お礼を言うのはこっち。私たちを守ってくれてありがとう……葉月くん」

「…………」

 

 ちょっと待って。

 聞こえなかったフリをしようとしたがそうは問屋が卸さなかった。ばっちりハッキリ俺の耳に届いてしまった。

 今、名前で呼んだ? 俺の女になる準備は万端という事かよ。薬局に行ってくるからちょっと待っててね。

 

「……あら? ……ふふっ、もしかして恥ずかしがってる?」

 

 は! 別に恥ずかしくなんかねーし! お前の事が好きなだけだし! 恋人どおしみたいだね♡ しかし公私混同はダメだ! あくまで友達同士。

 

「おかしな事なんてないでしょ。カフェさんも名前で呼んでるし……ドーベルなんてあだ名なんだから」

 

 マンハッタンのアレに関してはペンダント時の暴走なので不可抗力に限りなく近いのだが俺の責任という事に変わりはないので黙っておきます。ベルに関してはアイツの距離の詰め方がおかしいだけ。

 

「……良かったら、秋川くんも私のこと……」

「戻ってるぞ、呼び方」

「えっ。……あっ、いや、そう、葉月くん。葉月くん葉月くん……」

「慣れないなら別に戻しても……」

「そういうわけにはいかないわ! 私だって……」

 

 私だって、何ですか。その言葉の後ろに付く言葉、好きだからとかではない? 俺の名推理どおりムッツリマゾだったな。

 あの幻覚で俺の男らしさたらしめる部分は壊滅状態なのだ。もう二度と勘違いで告白したりなんかしない。お前とは恋人になりたいがな。やっぱり告白しようかな……。

 

「と、とりあえず喫茶店に向かいましょ! まだ怪我してるから、秋川くんのサポートは私がやるわ」

「ありがとな。じゃあ急ぐか」

 

 まぁ今日はシフト入ってないのだが。焦りすぎだぞプリティーガール。立てば芍薬座れば牡丹。

 というわけでバイト先に訪れたところ、路地裏にひっそり佇んでいるにもかかわらず、メジロドーベルとマンハッタンカフェとサイレンススズカが働いているという噂が広まった事で客入りがとんでもない数になっている現状を知ったのであった。大繁盛! 俺の出番なし。

 

 


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