うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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見上げやがって アグネスデジタルの分際でよ

 

 

 

「なぁ、ダーヤマってあだ名なのか?」

 

 現在俺たちは京都にあるレース場の付近で撮影会をしているウマ娘たちを眺めながら、ベンチに座ってお豆腐ソフトに舌鼓を打っている。お゛っ♡ うま。

 普段は訪れない土地で行われる特別な撮影会を生で見学する──こういう修学旅行もまぁ悪くない。

 ちなみに山田はもう三つ目を完食しそうな勢いだ。緊張しすぎて食べる速度が明らかにバグってしまっているらしい。

 

「えぇと……SNS上での名前だよ。デジたんさんもそう」

「本名は?」

「一応お互いに知っちゃってる。何せ向こうは撮影会のスケジュールが組まれる程の有名なウマ娘だし、中央の生徒だし……僕のダーヤマも普通に山田ってわかるもん」

 

 聞きながらスマホで試しに“デジたん”検索をするとヒットした。

 どうやらあの少女の名はアグネスデジタルと言うらしい。

 確かに優秀な成績を残しているウマ娘だが、なぜ山田はそんな相手と繋がりを持っているのだろうか。

 

「一年前だったかな……以前からネット上では知り合いだったんだけど、オフ会をやる事になって──そこで正体を知ったんだ」

 

 お、自然と口角が吊り上がってる。好きな子の話をすると楽しくなってしまうのだな。変態め。

 

「ふおおおおぉぉッ!! お二人とも素晴らしいですッ! ありがとうございますありがとうございますぅぅぅぅッ!!」

「ほらカフェ、もっと寄りたまえよ~」

「冗談はやめてください……」

 

 アグネスデジタルの正体は優秀な中央のウマ娘……のはずだが、彼女は現在写真を撮られているのではなく自分がカメラを持って他のウマ娘を撮影してしまっている。あいつカメラマン側なのだろうか。

 

「スゲェなあの子」

「ふふ……デジたんさんのウマ娘愛には敵わないよ。中央の生徒を間近で観察するために入学までしちゃうんだから」

 

 それはもうオタクというより変態と呼んだ方がいい気がするのだがここは黙っておこう。親友の想い人に文句を言う男にはなりたくない。

 そのまま二人の馴れ初めを聞きながら時間を潰していると、いつの間にか陽が落ち始めていた。そろそろ一旦ホテルに戻らなければならない。

 

「ほら山田。撮影もひと段落済んだみたいだし、あのファンサに紛れて少し話してこいよ。俺はここで待ってっから」

「えっ? ……う、うん!」

 

 通行人に握手を求められているアグネスデジタルのもとへ駆け寄っていく山田を見送り、スマホで帰りのバスを検索した。目的のホテルに戻るのであればあと十分ほどだ。二人が軽く話すには丁度いい時間だろう。

 

「──やぁやぁキミが秋川葉月君だねぇ!? ちょっとカフェの事で色々と質問したいことがあるのだが!」

「うおっ」

 

 なんか来た。ふわふわな栗毛のショートヘアが特徴的な白衣のウマ娘だ。どっかで見た事がある。

 ……ドーベルより少し大きいくらいだろうか。生意気な女だ。

 

「むっ? キミはカフェのような体型の女性が好みだと予想していたのだが……ふぅむ、判断材料が不足しているな」

「あ、いやっ、あの……」

「ふふふ、実のところはどうなのかな。私の胸部を凝視してどういった感想を抱いたのか言ってみてくれたまえよ。……なに、カフェには言わないさ。こう見えても口は堅いほうでね。プライバシーの漏洩に繋がるような発言は慎むとも」

 

 物凄く一方的に喋られている。もちろん無意識に乳をガン見してしまった俺が十割悪いのは当然だが、せめて自己紹介くらいはしてくれないとこちらも自然と身構えてしまうというものだ。

 マンハッタンと同じくらいの年齢に見えるし敬語は不要だろうか。

 

「あの、変なとこ見てゴメン。……きみは?」

「おっと名乗るのが遅れたね、コレは失敬。──私はアグネスタキオン。今はカフェのサポーターとでも思ってくれればいい」

 

 マンハッタンカフェのサポーター……あぁ、俺がカラスにチケットを奪われた時、そういえばマンハッタンの近くで慌ててたウマ娘がいたな。あの少女だったか。

 

「で、どうなのかな。私の胸を見た感想は」

「いや本当にごめんそういうつもりじゃなかったんだ、マジでごめんなさい……っ!」

「おいおい、落ち着きたまえ、別に謝ってほしいわけではないのだよ。ただ君の意見が欲しくて……あ、なんならもう一度見てみてはどうかな? 新鮮かつ正確な答えが欲しいところなんだ」

「うわっ、ちょ、ちょっと待って……!」

 

 服の上からとはいえおっぱいを見ていいとか正気かこの女。うほぉ~たまんねぇ。マンハッタンのサポーターとかいうほぼ他人と言ってもいい関係性の相手にこうも簡単にありつけるとはな。漁夫の利。

 

「──タキオンさん」

 

 ベンチの上で迫られ慌てふためいていると、彼女の後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 途端に汗を滲ませたアグネスタキオンが振り返る。

 そこにいたのは俺の友人こと、マンハッタンカフェ本人であった。ママにしたい。淫乱なママに。

 

「あなたの分の飲み物を取りにいっている間に、なにやら楽しそうな事をしてますね。私も混ぜていただけませんか」

「い、いや、待ってくれカフェ。私は今簡単な意見調査を実施していただけ──ァひンッ!?♡」

 

 現れた漆黒の少女は栗毛の変人の尻尾を掴み、脱力した彼女をそのまま待機しているバスの方へと引きずっていく。

 そしてスマホがメッセージを着信した。送信主は目と鼻の先にいる友人からだ。

 

《すみませんでした葉月さん 彼女には自重するよう強く言って聞かせますので》

《いや俺のほうに非があったんだ》

《葉月さんが考えているほど深刻ではないと思います タキオンさんに関しては気になさらないでください》

 

 マンハッタン、何となくあのアグネスタキオンという少女に対しては少しばかり厳しい気がする。彼女は優しい性格のはずだが、それでも看過できないほど相性が悪いのだろうか。それともアグネスタキオン本人に何か問題があったりするのか。普通にサポーターを名乗っていたが──とにかく胸の事に関しては後でもう一度謝っておこう。

 それから少し経って山田も戻ってきた。特に別れを惜しむ様子はなく、今夜にでも連絡を取り合ったりするのかもしれない。俺を差し置いて青春しやがってふざけるな。こっちは変人に絡まれただけですよホント♡

 

 

 

 

 夜。ホテルの外にある公園で皆がはしゃぐ中、喉が渇いた俺は一人でコンビニまで来ていた。

 少し距離があったし、もう一度来るのが絶妙に面倒くさくなる位置だ。山田たちの分のお菓子も適当に買い漁ってから帰ろうか──そう考えながらなんとなく雑誌コーナーに立ち寄ると、見覚えのある人物が立っていた。

 

「……アグネスデジタルさん?」

「ひょわっ!」

 

 俺を見て驚いた彼女が読んでいたのは、人気ウマ娘のあれこれを特集したウマ談という週刊誌だ。俺も爆乳ウマ娘リサーチのためによく読む。最近はメディア出演が増えてきたメイショウドトウが特に熱い。ぶち込みたくてたまらないんだよね。

 

「あ、あなたは……ダーヤマさんのご友人の……?」

「顔を覚えてくれてたのか。秋川葉月って言うんだ、よろしく」

「えぇはい! こちらこそ名前を知って頂けていて光栄です!」

 

 実に礼儀正しい子だ。根が真面目な山田が好きになるのも頷ける。

 

「立ち読み?」

「あっ、これはもう買ったやつです。どうしてもすぐ読みたくなってしまって……えへへ」

 

 え……めっちゃ可愛いんだが近くで見ると。

 

「秋川さんは修学旅行中なのですよね? ダーヤマさんに聞きました」

「あぁ、ちょっと買い出しでここまで。アグネスさんは……あ、撮影会か」

「はい! 明日レース風景を撮影したらトレセンに戻る予定です! いやはや、ウマ娘ちゃんたちのあんな姿やこんな姿を見られる撮影会に参加できただけでなく、出先でお友だちにも会えるとは僥倖でした……」

 

 会えた事自体を喜ぶ辺り、彼女から見た山田の好感度もそこそこ高そうで安心した。

 あいつはウマ娘に対して『触れない・求めない・遮らない』という鉄則を掲げていたが、百兆分の一の確率でもしあり得るなら中央のウマ娘と──そういつか語っていたアイツの夢も、アグネスデジタルを見ていると案外ありえる未来なのではないかと思えてきた。

 それにしても、先ほどの“ウマ娘ちゃんたち”という主語デカめな呼び方が気になる。推しに会えたとは言わない辺り──そうか、あれだ。

 

「もしかしてアグネスさん、箱推し?」

「あ、はい。もう全てのウマ娘ちゃんを愛し応援する所存ですとも」

 

 なるほど。これは山田が好きになるわけだ。

 俺ですら山田の熱に対してちょっと引くときがあるのに、あのバイト先の三人を推す山田よりも更に熱い想いで中央全体を推している彼女が、山田の憧れの人になるのに違和感はない。ましてや異性となればその感情は恋慕になって当然だ。まっすぐにアグネスデジタルを想えるあいつがちょっと羨ましくなってきた。もう遅い。のろまめが。

 

「──おや?」

「げっ……雨降ってきたな」

 

 軽く挨拶をしてそのまま出ていくはずが、突然のどしゃ降りで足止めをくらってしまった。スマホの天気予報が晴れのままな辺り、本当にただめっちゃ強い通り雨みたいだ。

 であれば待つのが定石。ほんの十数分程度ですぐ止むに違いない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 ──全然止まない。もう三十分以上足止めをくらっている。

 そろそろ生徒は全員ホテルの中へ戻る時間になってしまうし、点呼に間に合わないと先生から雷が落ちる。

 背に腹は代えられない。コンビニのクソ高い傘を買って帰らなくては。状況判断が大切だ。

 

「はい、もしもし。……あ、え、えと、コンビニに居たら雨に降られてしまって……いぃいえっ! 大丈夫です! すぐに戻りますのでっ!」

 

 傘を買っている間にアグネスが電話をしていたらしく、なにやら慌てている。

 

「戻ってこいって?」

「あ、はい……ですが大人の方々に迷惑をかけるわけにはいきませんし……アタシも傘を──あっ」

「ごめん、俺ので売り切れだ……」

 

 非常にタイミングが悪かった。このコンビニに置いてある傘は俺が買ったものが最後の一本だ。

 忘れ物の傘も無く、また在庫も切らしているらしく正真正銘この傘一本しかない。

 

「あはは、お気になさらず。あの、アタシなら大丈夫です! ウマ娘なので走ったらびゅーんとひとっ飛びですし!」

 

 そういう問題ではない。小雨ならともかく今降っている雨の強さは相当なものだ。どれだけ速く走っても全身がびしょ濡れマックスになるのは想像に難くない。

 ここは男の見せ所だろう。俺が山田ならきっとこうするだろうし、彼女を濡らして俺だけ安全に帰ったらあいつに顔向けできなくなる。

 

「──宿泊先まで送るよ。アグネスさん、明日はレースの撮影もあるんだろ。体調を崩したらマズい」

「えっ。……で、ですが」

「お互いに急ぎだししょうがないって。ほら、行こう」

「あ、は、はい……」

 

 好きでもない男と相合傘なぞ鳥肌が立つだろう。しかしこの場合はマジで致し方ないのだ。あとで電話で山田に愚痴って発散してくれ。

 というわけで二人で傘を使いながらコンビニを後にした。バシャバシャと雨音が傘を叩くたびに不安な気持ちが湧いてくる。果たして自由時間の終わりまでに間に合うだろうか。

 まるでバケツをひっくり返したかのような大雨の中、お互い大変ですね、などと空っぽな会話をしながら進んでいく。

 京都にやってきたウマ娘の宿泊先はウチのホテルからすぐ近くの場所にあるらしく、やはり二人で傘を使って正解だった。

 アグネスデジタルが心配なのはもちろんだが、彼女に傘を渡して帰った結果俺が風邪をひくのも避けたかったのだ。普段からワケのわからん化け物と戦っているのだし、修学旅行くらいは頭を空っぽにして楽しみたい思いがあった。

 だからコレはウィンウィンな判断のはずだ。あとで山田にもちゃんと言っておこう。

 

「……あの、秋川さん。肩……」

「ん? ……あぁ、気にしなくていいよ。全然寒くないし」

 

 傘は彼女の方に寄せ続けており、傘からはみ出て濡れている肩が少々寒くなってきた辺りで話しかけられたが、こういうのは男子の役割なので任せてほしい。俺はこの程度だが山田ならきっと傘を十割アグネスのほうに傾けていたはずだ。今の俺は山田の代わりなのでこの少女の事は絶対に濡らさないと決めている。

 

「……実はアタシ、以前から秋川さんの顔に見覚えがある気がするんです」

 

 濡れた肩に気がついたアグネスは少しだけ距離を詰めながら、ポツリと呟いた。

 

「同志の方々と遠征に行ったとき、移動中の車の上に何かが降りたことには気づいていました。なんとなく悪い予感もしていて……でも雰囲気を壊しちゃいけないと思って黙ってました」

 

 急に語り始めたが彼女の中ではシリアスなシーンに突入しているのだろうか。そんなに知らない男子と相合傘するのキツイ? 俺の方が泣きそうだよ美人な女め。

 

「その時、バイクが車に近づいてきて──黒い小動物みたいなのを掴んだ後、消えました。……それから皆さんが夏祭りの時に見た悪夢から助けてくれたっていう人が乗っているバイクと、あの時見たソレが全く一緒で、ヘルメットから見えた目元も──あ、あのっ」

 

 彼女がこちらを向いた。何を隠そうそれの正体は俺なわけだがどう説明したものか。そもそも説明する必要はあるのだろうか。怪異の事なんてあまり話さないほうがいい気がする。

 

「もしかしてあなたは」

 

 ──その時、明らかにスピードを出し過ぎているトラックが道路を駆け、そのタイヤが勢いよく水たまりを踏んだ。

 

「きゃっ!」

「あぶねっ!」

 

 咄嗟に彼女を抱きしめて庇った。おっおおおお全身柔らかッ♡

 間に合ったが、それと引き換えに俺の背中はびしょ濡れだ。終わった。

 

「あ、秋川さん……」

「濡れてないか、アグネスさん」

「……は、はい。おかげさまで……」

 

 よかった。危うく彼女と山田の二人に土下座しなければならない案件に突入するとこだった。俺でなければだがな。

 とりあえず『気にしないでいい』の一点張りで俺の背中に対する言及はさせず、さっさと目的地へ向かって歩を進めると意外に早く到着した。スマホを見ると、外出禁止の時間まではあと五分ある。どうやらギリギリで間に合ったようだ。

 

「じゃ、俺はここで」

「た、助かりました! 本当にありがとうございます!」

 

 大袈裟な感謝だが気持ちが良いのでよしとする。

 そのまま手を振って別れようとしたのも束の間。

 いつの間にか目の前に駆け寄ってきていたアグネスが上目遣いで俺のことを覗き込んできた。うあぁ美人過ぎて制御不能だよぉ!

 

「……あの、今度からはデジタルって呼んでくださってかまわないので……」

 

 上目遣いがバチクソに可愛いプラス男子を勘違いさせてもおかしくない発言で逆にマイナスポイントが入った。いや~一目見たときから一目惚れだったんですよ。ムッツリ女っぽくて。あんまイライラさせんなし。

 

「でっ、では!」

 

 とててとホテルの中へ戻っていくアグネスデジタルを見送り、俺も自分の部屋へと戻っていった。ちなみに背中がびしょ濡れな事は山田が心配してくれた。お前♡

 

 


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