うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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親友ばっかズルくない? 順番こな

 

 

 雨で冷えた体をシャワーで温めると、すぐ夕食の時間になった。

 暖色の明かりが広がるホテルの大広間に移動し、バイキングで肉類の料理ばかり取って席へ戻ると、山田が椅子ごとひっくり返っていた。愉快な男だ。

 

「どうした?」

「……ウマッターを見てたんだけど……雨の影響で撮影が一日延びたから、中央のウマ娘さんたちも明日観光するんだって……」

「ほーん」

 

 特に気にする事もなく隣に座ると、山田が持ってきた飯の量に驚愕した。軽く俺の五倍は持ってきている。一人でバイキングの食い物を枯らすつもりなのだろうか。いやしんぼさんめ♡

 というかひっくり返るほどの内容だっただろうか。ウマ娘たちが遊ぶから何なんだ、という話だ。

 

「そ、その、デジたんさんが行く予定の場所が……僕らの見学コースと被ってて……マンハッタンカフェさんたちなんかも来られるらしく……」

 

 いそいそと体勢を立て直し、ばくばくモグモグとご飯たちをかっ食らいながら動揺した面持ちで語る。

 あの俺とアグネスデジタルが直撃をくらった夕方の雨で予定が変更になり、山田と回る予定の場所で彼女と会える可能性が出てきたとあれば、それは偶然ではなく運命だ。どうやら恋のキューピッドになるときが来たようだな。

 

「ラッキーじゃね。せっかくだし街で見つけたらアタックしようぜ」

「んうぇっ!?」

「俺も協力するから。中央のエリートウマ娘にこんな合法的に近づける機会、中々無いだろ」

「で、で、でもぉ……」

 

 迷いがある様子──しかしこれを逃しては勿体ない。

 確かに告白したら友達や同志という関係性をそのまま継続することは難しくなるかもしれない。それでも好きなら指をくわえて待っている場合じゃないだろう。恋はいつだってダービーなのだ。向こうには優秀かつ身近なトレーナーという、真っ向から対立するには強すぎる相手がいるのだし、それと比べられる前に自分の虜にしなければゲームオーバーだ。──などと一度フラれた男が申しております。俺の無念を晴らしてくれ。

 

「あっ。そういえば外でさっきデジタルさんと会ったぞ」

 

 その言葉を聞いた瞬間また山田がひっくり返った。持ちネタ?

 

「なっ、ぁ、えっ……?」

「マジでちょっと話しただけなんだけどな。予想通り会話は全然弾まなかったわ」

「そ、そうなの……」

 

 俺と彼女が交わしたのは前半の内容空っぽな会話と、後半のデジタルによるシリアスっぽい語りだけで、よく考えたら会話という会話はしていない。

 山田の友人という事を考慮して、多少近い距離感での呼び方はしていいよという事でデジタル呼びは許可されたが、俺自身はとても彼女の友人と言えるような関係性には至っていないのだ。

 

「だからこそだよ山田。デジタルさんはお前となら楽しく会話できるだろ? 俺のカスみたいな対応がギャップになって、よりお前が魅力的に映ると思うんだよな。やっぱりダーヤマさんは違うなってさ」

「た、確かに会話の為の持ちネタはそこそこあるけど、でも──」

「自信持てって。お前ってお前自身が考えてる以上に良いヤツなんだぜ。俺もクラスのみんなもそこら辺は分かってる」

 

 恋に悩んで自己肯定感が低くなりがちな相手に対しては過剰に褒めるくらいが丁度いい。実際こいつが良いヤツなのは事実だし、明日うまくエスコートができればデジタルといえど山田にそれっぽい感情が生まれるはずだ。普段からイベントで交流してる相手と修学旅行で向かった先でも偶然出会ったら運命を感じずにはいられないだろう。式場は任せてね。

 

「……うん、ありがとう秋川。僕、ちょっと頑張ってみる……っ!」

 

 いい調子だ。俺も彼をサポートするためにデートスポット等を下調べしておこう。い、いよいよなのね……っ♡

 

 

 

 

 ──などと意気込んだその翌日。

 

「見て秋川、デカい木彫りの男性器が飾ってあるよ」

 

 そろそろ午後のおやつ時に差し掛かろうとしている時間帯に、俺たちは()()()人気のない地味な神社を巡っていた。

 

「立て看板もある。普通に結構神聖なものみたいだね。えーと……お、子宝に恵まれるとかも書いてある」

「……そりゃスゲェな」

 

 事の顛末は……いや、まぁ、実に簡単なことなのだが。

 ──山田がアグネスデジタルに会おうとしなかった。

 ただ本当にそれだけのことだ。

 

 事件が起きたのは午前中、俺たちが出発してから一時間後くらいの時だった。

 マンハッタンカフェのウマスタにとある写真が投稿された。

 それはアカウント主である彼女と、サポーターであるアグネスタキオン──そしてアグネスデジタルの三人で、仲良く食べ歩きをしている写真であった。イチャイチャを永久に繰り返して永久凍土ツンドラのその向こう……百万人の子供たちが!

 そのウマ娘三人で仲睦まじく旅行を謳歌する写真を目の当たりにして山田はこう言った。

 

『鉄則……触れない・求めない・遮らない。ウマ娘さんたちが楽しく尊い日常を過ごされている所に僕なんかが割り込むなんて言語道断だ……僕は推しの邪魔にはなりたくない!』

 

 と言って今日の予定を全て破棄してしまった。写真やウマッターの呟きから彼女たちの現在地を割り出せば会いに行けるものを、鉄の掟があるからの一点張りで中断してしまったのだ。

 ……何とも言えない。

 俺としては普通に自分の青春を優先すればいいと思うのだが、彼には彼なりにファンとしての守るべき矜持があるらしく、そこを打ち砕いてまでアグネスデジタルの前に連れ出すほどの説得力のある言葉を俺は持ち合わせていなかった。ゆえにこうなっている。何が悲しくて恋路に盛り上がっていた翌日に男二人で子宝に恵まれる神社を観光しなきゃならんのだ。お前俺と結婚する気か?

 

「なになに……おっ、秋川。(しも)の病にご加護在り、だって」

「え、マジ? 珍棒無敵バリアじゃん。賽銭投げようぜ」

 

 まぁ楽しいから別にいいか。むしろやるべき事が無くなって安心した気持ちで残りの時間を楽しめるというものだ。

 

「僕は五円玉にしとこうかな」

「なら俺は五十円だ。これで効力は十倍……更に追加効果でバリアが五重に重なるぜ! ターンエンドだ」

「いいよターン回さなくて」

 

 くだらないやり取りをしながら賽銭をぶち込み、俺たちはその神社を後にした。無敵バリアはもちろんだが子宝に恵まれる効力も楽しみだ。三人くらい欲しい。

 

「じー……」

 

 横に並んだサンデーがジッとこっちを見ている。なんだよどうした。

 

「ハヅキは最初男の子と女の子、どっちがいい」

 

 別にどっちでも変わらず愛すと思うのでどうでもいいかな。

 そんな勘違いを誘発しそうな生意気すぎる質問をしてるとまず先にお前を愛すぞ? 名前を考えておけ。

 

「……」

 

 ちょっとだけ頬が赤くなったサンデーにポコッと軽く叩かれた。冗談だって。友達と修学旅行を満喫しててテンション上がってるんだわ。ゆるして。嫁の作法を徹底的にたたき込む必要がありそうだ。

 

 ──少し経って大通りに出た。

 お土産屋や軽食に丁度いい店が立ち並んでおり、ベンチもあるためここで少し休憩するのもありかもしれない。

 ご当地限定のウマ娘グッズなどを一通り見終えたあと、ふへぇ僕もう無理ぃ、と歩き疲れた山田を一旦ベンチに残し、付近のウマスタ映えしそうなソフトクリーム屋に並んでみた。山田ならいっぱい食いそうだけど何個買おうかな。

 どうやら味が三つあるようだが──

 

「ん、カフェの気配」

 

 サンデーは何味がいいのかを聞く直前に呟かれた。姿が見えたとかでもなく気配で察知できるってお前マンハッタンのこと好きすぎな。悪辣な女め。俺以外の男にそういうとこは見せないでね。

 仮に彼女が近くに居るとしたら、彼女の分も買って持っていったほうがいいのだろうかと考えたが、山田の鉄の掟を考慮するなら、たとえ俺でも彼女たちの邪魔をしてはいけないような気もする。

 とりあえず辺りを見渡してみると、俺の後ろに見覚えのある人物が並んでいる事に気がついた。

 

「むっ? ──おやおや、秋川葉月君じゃあないか。奇遇だねぇ」

「君は確か……サポーターさん?」

 

 最後尾に並んだのはマンハッタンカフェのサポーターを名乗っていたあの白衣のウマ娘の少女こと、アグネスタキオンだった。もうおっぱいは見ない。

 ウマスタの写真の情報から考えれば、彼女はマンハッタンとデジタルの二人と一緒に行動しているはずだ。彼女がいるという事はマンハッタンたちもいるのだろう。サンデーのカフェちゃんサーチレーダー凄い。

 まさか自由行動時間の最後辺りでウマ娘たちとコースが被るとは思わなかったが、山田を応援している俺からすればまたとないチャンスに感じる。

 

「んー、確かに私はカフェのサポーターではあるのだが、常にそう呼ばれるのはなんとも……」

「……アグネスさん、でいいかな」

「まぁいいだろう。それより君は今ひとりなのかな」

「連れが一人いるよ」

「ほう。それは今デジタル君とカフェに挟まれてるあそこの彼の事かい?」

「えっ──」

 

 言われて振り返った。山田が座っているベンチの方角を。

 そこには疲れていたはずなのにベンチから立ち上がって焦りながら姿勢を正している山田と、彼に近づいていくデジタルとマンハッタンの姿があった。俺の嫁がいる。

 

「デジタルさん、あそこにいらっしゃるのは……」

「へ? ──あっ、ダーヤマさーん! 奇遇ですねっ!」

「ででででっでデジたんさんっ!? マンハッタンカフェさんまで……あわわわわわ」

 

 神がかった巡り合わせだ。会わせたくても本人が『会うわけにはいかない』と意地を張っているところに相手から来てくれるなんて運命以外の何物でもない。

 あの神社にお賽銭をぶち込んだおかげで山田の運命力が上がっているのだろうか。とにかくアイスクリームを買ったとてすぐ戻るわけにはいかなくなった。

 がんばれ、今しかないぞ山田……ッ! イけ……っ!

 

「時に秋川君。今のトレセン内における君はちょっとした有名人なわけだが、具体的には何者なんだい? 彼女たちに何をした?」

「……何かしたというか……別に何もしてないというか」

「ふむ……?」

 

 首を傾げられたが俺も上手く状況を掴めていない。

 あの夏のイベントの際に、怪異に『悪夢のような何か』を見せられていると自覚できたウマ娘にのみ、その怪異と戦っていた俺の姿が朧気ながら記憶に残っている──らしいが詳しくは分からない。

 そもそもドーベルが言うにあの三人以外のウマ娘はなんとなく覚えているだけで、俺も直接彼女たちに手を差し伸べたわけではないから何とも言えないのだ。

 

「とにかく、どんな噂が流れているのかは分からないけど、俺はあくまでマンハッタンさんたちと一緒に怪異と戦ってるだけだよ」

「……怪異という非科学的な存在が実際にいる、という部分は最近飲み込めたが……それを差し引いてもやはり君は少々特異な存在だ。是非とも検証に協力してもらいたいね」

 

 検証? えっちな実験でもするのだろうか。そんなに俺と子作りしたかったの?

 

「カフェを守る事に繋がる、と言ったら手を貸してくれるのかな?」

「……まぁ、協力するだけなら別に」

「ほうっ! 意外に状況判断能力に長けているようだ、ますます興味深い」

 

 彼女の言う検証の内容がなんであれ、身を挺してでも俺を助けようとしてくれているマンハッタンを守る事に繋がるなら何だってやるつもりだ。それに昨日今日の様子を見るにアグネスタキオンはデジタルとも繋がりが深いようだし、彼女を経由して親友の想い人のことをリサーチできれば今後のサポートにもつながるし、相手から協力を申し出てくれるなら願ったり叶ったりだ。

 

「協力の受諾、感謝しよう秋川君。さっそくで申し訳ないがまず君の遺伝子を少々頂きたいのだが」

 

 こうるさい! エロ漫画出身女♡ 実験の為とか言って俺の遺伝子を根こそぎ試験管に保存するつもりなんだろ? 手ぬるいわ。徹底指導が必要だな。

 

「そういうのは後で。今は友達が大事なイベントに挑戦してる最中なんだ。……あっ、バニラとイチゴで」

「イベント。ふむ……あの体脂肪率が多そうな彼がねぇ。あっ、チョコで」

 

 ソフトクリームを受け取り、何とかギリギリ声が聞こえて且つ姿を隠したまま観察できる場所へ移動した。サンデーはバニラ味ね。

 

「おいしい」

「ッ!? そ、ソフトクリームが空中に浮遊している……ッ!?」

「ちょっとアグネスさん静かに。あとで説明するから」

 

 息を潜め三人で物陰から聞き耳を立てる。

 大丈夫か山田。うまくいっているのか山田。お前のトークスキルを炸裂させてデジタルを喜ばせることができているのか、山田。

 ──あっ、マンハッタンがこっちに気づいた。こっそり小さくウィンクを返してくれたところを見るに、俺の代わりにあの二人の間の緩衝材になるよう頑張ってくれているようだ。さすが俺の惚れた女といったところ。

 

「つ、つまりダーヤマさんは今日までほとんど秋川さんとお二人で……?」

「そうなりますかね、せっかくの修学旅行のはずなんですけど……あはは。ほら、この野良猫とのツーショットとかはアイツが撮ってくれたやつで……」

 

 アホなのかあいつは。

 なんでデジタルさんとの折角の会話イベントなのに俺の話をしてんだよ。旅行中のクラスメイト達とやった面白い事とか、ご当地限定のウマ娘グッズとかもっとあったろ。マンハッタンも会話の内容のせいで困惑しちゃってるよ。

 

「さっきも神社に行ったんですけどアイツ、無敵バリアだー、とか言って賽銭に五十円玉を投げてて……」

「ほへぇ……ふふ。秋川さんって結構かわいいところがあるんですねぇ」

 

 何やってんだマジで俺の話なんかどうでもいいんだよ他のネタ使えよ他のネタをよ。マンハッタンさんも山田が話す俺の秘密を聞き入ってないで別の話題を振るとかしてほしい。状況判断が大切だと教えたはずだ。

 

「ほう……あの太ってる彼、随分と君のことが好きだねぇ。見たまえよ、あの楽しそうに話す彼の表情。ははっ」

「山田のやつ、いま話す事じゃないだろ……」

「まぁまぁ、内容はともかく秋川君の言う“会話イベント”とやらは成功しているんじゃないか? 話自体は盛り上がっているじゃないか」

「それはそうかもしれないけど……」

 

 アグネスの言う事も分かるが、二人は何よりウマ娘好きで繋がっている関係のはずだ。それで盛り上がるのが一番だと思うのだが、もしや俺たちが見に来る前に話題を使い切ってしまったのだろうか。それなら苦し紛れに俺の話題を出したのもしょうがないと思えるが──

 

「ところで秋川君。あの太っている彼と君はどれくらいの付き合いなんだい? 随分と肩入れしているようだが」

「……高校生になってからだよ。別に昔馴染みってわけじゃない」

 

 確かに一番仲のいい友人ではあるが、別段なにか劇的な出会いをしたわけでもなければ、互いに強く惹かれ合う要素があったわけでもない。

 

 ──山田は気のいい男だ。

 いかにもオタク然とした態度を公言してはいるが、コミュニケーション能力に関しては普通の陽キャのそれよりも高いように思う。

 人付き合いが上手く、また頭も回る証拠に彼は生徒会の役員を務めており、他学年にも名前と人柄を知っている生徒がそこそこいるくらいだ。校内ではちょっとした有名人と言って差し支えない。

 そんな彼との出会いは──正直よく覚えていない。

 体育の授業だったか、調理実習だったか、とにかく一人だった俺に声をかけてくれたのがきっかけだった……ような気がする。

 なんかダラダラとつるんで、たまにアイツのウマ娘の推し活に付き合わされて、いつの間にかこんなになってる。

 

 アイツが良いヤツなのは間違いない。

 他の人との付き合い方がよく分かっていない俺にアイツが近づいてくれたこそ、今の関係性が構築できたのだ。

 まだ本家にいた頃の俺はきっと、一般人から見れば変なところが結構あったのだろうし、それを鑑みると中学の頃にフラれたのも今なら納得できる。

 実家から飛び出して一人暮らしを始め、右も左も分からない状態の俺に、初めて声をかけてくれたのが山田だった──ただそれだけの話だ。

 

「面白いやつなんですよ、昼休みなんか自販機でいちごオレを三本くらい──」

 

 思えば俺の好物を知っている唯一の人間かもしれない。学校以外でいちごオレを飲んだ記憶はあまりないし。

 でもやっぱりその話を自分の好きな子に話すのは違うと思うよ。デジタルは退屈じゃなさそうだけど、アレって単に彼女が聞き上手なだけじゃない? ほんとにその話題で大丈夫?

 

 

 

 

 山田とデジタルの会話イベントは内容を除けば概ね成功し、二人はまたひとつ距離が縮まったように見えた。

 結局俺がサポートすることはほとんど無かったわけだが、ここから先は二人で何やかんや上手くやっていける事だろう。親友に幸あれといった感じだ。

 

 で、帰りの新幹線を降りてから。

 いつものように現れた怪異に巻き込まれ、空間転移でどこかの多目的トイレに閉じ込められてしまったのが現状だ。猛省せよ。

 この場にいるのは俺とサンデー、それから──

 

「うううぅううううウマ娘ちゃんと多目的トイレに閉じ込められるなんて前世のアタシは一体何を……っ!!?」

「落ち着いてくださいデジタルさん、心配せずともすぐに出られますので」

 

 アグネスデジタルと、マンハッタンカフェがいる。これは油断するとコトだな。

 肝心の怪異自体はユナイトした俺が凄んだだけでビビって逃げたため既にここにはおらず、ヤツの残したこの空間の鍵が時間経過で開くのを待っているところだ。雑魚め。時間にしてあと十数分といったところだろうか。

 デジタルは困惑と興奮で混乱してしまっているようで、鏡を見ながら自分自身と問答を繰り返している。俺の存在にも気がついていない辺り、推しと密室空間に閉じ込められた衝撃がよほど強烈だったのだろう。まったくファンの鑑である。

 

「……災難でしたね、葉月さん。せっかくの修学旅行が……終わった直後に……」

「いや、むしろ旅行中は何もなくてよかったよ。こっちで怪異と出くわす分にはもう慣れたしさ」

 

 マンハッタンと話しながら、逐一ドアの施錠が外れてないかの確認を続ける。

 俺を気遣ってくれてはいるが、災難なのはむしろそっち二人の方だろう。特にデジタルは夏のイベントを除けば初めてまともに怪異に襲われた形になるし、出先で山田と仲を深めたあとだ。帰りはゆっくり物思いに耽る時間が欲しかったに違いない。

 

「マンハッタンさんから見てどうだった? 山田とデジタルの二人は」

「とても……仲の良い友人関係を築けている……そう思いました」

 

 間近で会話を見ていた本人が言うなら間違いない。あの会話の内容から来る不安も杞憂に終わってよかった。

 

「ただ、デジタルさんは……山田さんのことが羨ましい、とも言っていました」

「えっ?」

 

 デジタルから見て山田が羨ましいと思う要素などあるだろうか。彼女はスレンダーだし、単純に肉付きとか──いや山田までいくと太りすぎな気がする。一体あいつのどこを羨ましがっているんだ。

 

「……実は私もデジタルさんと同じく、山田さんが羨ましいと思ってしまいまして」

 

 マンハッタンまで。あいつまた何かやっちゃいました? 無害なファンは仮の姿でその実態はウマ娘の関心を一手に引き受けるラブコメ主人公だったのかよ。

 

「同じ高校に通い……隣で昼食を共にして、それから……外部の者では知る由もない学校での癖まで把握していて……とても羨ましいと」

「……??」

 

 どこがどう羨ましいって?

 ちょっとマジでマンハッタンが何を言いたいのか理解できてない。こういう時に出会った当初の不思議っ子属性を出してこられると困る。

 

「……ふふ。クラスメイトで親友とは、いささかズルい立場ですね。こればかりは……妬いてしまいます」

「そ、そうなの……」

 

 分からない──が、思考を放棄してはいけない。もしかしたら今マンハッタンはめちゃくちゃ重要な事を喋っている可能性があるのだ。すぐにでも言葉の意味を理解しないと勿体ない。

 どういうことなのか頭を捻って考えていると、マンハッタンは鏡の前にいるデジタルを一瞥した後、改めて隣から俺を見つめた。

 

「葉月さん」

 

 何でしょうか。顔が近い。子供を何人作ればいいか見当もつかないよ。

 

「私は……トレセン学園が好きです。競い合うライバルであり、仲間でもあるウマ娘の方たちと一緒に学び、トレーナーさんやたくさんの方々と夢を追う今の状況は……きっととても恵まれている。──けれど」

 

 言葉を続けながらマンハッタンはそっと手を握ってきた。あのサンデーを連れ戻した時と同様、こちらに焦る暇すら与えないほどの自然な所作で距離を詰めてくる。

 こちらが深く思考するよりも早く彼女は告白する。

 自らの感情の──昂りを。

 

 

「もし許されるなら……私は貴方と同じ学び舎に通いたい。同じ教室で学び、同じ場所で昼食を食べて……テストや行事で同じ苦労を味わいたい──少しだけ、そんな邪な想いを抱いてしまったんです」

 

 

 耳元でそう囁き、マンハッタンは手を離してゆっくりと距離を取った。

 

「だから、貴方との思い出を語れる山田さんが少し羨ましい。デジタルさんも……きっと同じなんだと思います」

 

 それは──それは、何というか。

 つまり、ええと……マンハッタンカフェは俺とクラスメイトになりたくて、現在クラスメイトである山田が羨ましい、と。

 それは要するにアレか。

 マンハッタンはつまり俺のことが好きという事でいいんだろうか。お前いま自分が告白紛いの発言をしたことに気づいてる? 急激に結婚したくなってきた。恋心持っていかれないよう注意。

 

 ──まずい、照れる。動揺する。狼狽してしまう。

 こんなでは駄目だ。詳しく冷静に分析するのは後にするとして、好きな相手に照れさせられてそのまま引き下がるような男にはなりたくない。鈍感も朴念仁も願い下げだ。

 俺がなりたいのはラブコメ主人公ではなくお前の旦那だということを分からせなければならないようだ。けだものか!? はたまたマゾメスか!? そんなに交尾したいならいいけど……。

 耳元で囁かれたら骨抜きにされるところだ。俺でなければだがな。負けないお~♡

 

「……俺も思ったことがあるよ。トレセンに通って、マンハッタンさんのクラスメイトになれたら、って」

「えっ──」

 

 今度は逆に手を握り返してやった。デジタルが現実逃避していなければできなかった芸当だ。彼女に見られながらだったら厳しかったかもしれない。

 しかし結果としては成功したから俺の勝ちだ。堕ちろッ! まんじりともせず受け入れろ。かわいいお嫁さん♡

 

「でも、今は離れていてよかったって思ってる」

「……それは、どういう……」

「マンハッタンさんが本当に凄いんだって事をより実感できるから。俺の親友が推しにするくらい、みんなを魅了してるカッコいいウマ娘なんだってさ」

 

 外からしか見えない景色もあるのだ。彼女と関わるうえで、それを知っていて良かったと感じる機会は少なくない。

 

「そんな凄い子から『同じ学校に通いたかった』って言われて……本当に嬉しいんだ。俺にとって一番の誇りだよ。……それに山田ばかり羨ましがってるけど」

「あっ……」

 

 そのまま握った手を引き寄せ、彼女の腰に腕を回して密着寸前までいった。こういう大胆さはドーベルの少女漫画ロールプレイの時に鍛えられました。

 何がしたいのかというとつまり、彼女が耳元で囁いたように、俺も耳元で囁いてやろうという話だ。負けっぱなしは性に合わないのだ。

 

「──マンハッタンさんしか知らない秘密もあるだろ」

「……そ、それは」

()()()()()、久しぶりに付き合ってくれないか」

「っ……、──……ッ♡」

 

 もはや一周回って羞恥心なぞ彼方に消えた。素面で頬にキスとかもっと恥ずかしいことをマンハッタンはやっているのだ。俺だって負けてられないと言ったところ。

 とりあえず一旦彼女の手を離し、もう一度ドアを動かすと鍵が開いている事に気がついた。そろそろこのいかがわしい密室空間からオサラバするときだ。

 

「おーい、デジタルさん。もう出られるよ」

「ふぁいっ? ──うええええぇぇぇっ!? かっかかカフェさんの次は秋川さんがァ!? きゅう──」

「あぶねっ」

 

 気絶したデジタルは何とか倒れる前に支えた。謎の空間とはいえトイレの床に倒れ込むのはいろいろとマズい。

 とりあえずそんなこんなで修学旅行は無事に終わり、解呪の儀式の約束だけ取り付けてその日は解散となった。

 

 楽しかった思い出に浸りながら眠りにつき、翌朝インターホンで目を覚まして玄関へ赴くと、約束通り解呪の儀式のためにマンハッタンが訪れた。しかし歯ブラシや着替えなども持ってきたのは謎だ。泊まるの? お世継ぎを作る儀式を始めるんですか♡

 

 


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