うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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押しかけるな! 淑女の嗜みを知らないのかよ

 

 

 早朝、インターホンの音で俺を起こした客人の正体はマンハッタンカフェだった。

 

 つい先日彼女とは呪いを吸い出すための儀式の約束を取り付けたわけだが、まさか朝からいらっしゃるとは夢にも思わず油断した格好で玄関に出てしまい、それが原因で『ぁ……鎖骨……いっ、いえ……下着が見え……』と彼女を赤面させてしまったのは素直に反省点だ。

 

「とりあえず、上がって」

「お邪魔します……」

 

 一旦家に上げ、顔を洗ってからリビングに戻ると彼女は行儀よくテーブルの前で正座しており、何だかいつにも増して緊張しているような雰囲気が感じ取れた。原因に心当たりはないが可愛いので一旦良しとする。こっちも寝起きであまり頭が回っていない。

 

「マンハッタンさん、今日は随分早いな」

「……すみません。早朝から押しかけてしまって……」

「いや別に迷惑ってわけじゃなくて……ただ、何かあったのかなって」

 

 朝練とかをほぼ毎日やっているであろうスーパーアスリートの彼女と違って、特に早起きでもない俺にこの時間帯からの活動は少々辛い。本家にいた頃は子供ながら四時起きが得意だったがアレも過去の話だ。

 マンハッタンはそこら辺の気遣いが上手な少女だと知っているため、この突撃隣の朝ごはんが不思議に思えてしまったのだ。

 

「いえ……その、大荷物を抱えてトレセンを出ていくところを見つかってしまうと、質問攻めに遭ってしまうので……早い時間帯に出立するしかなく……」

「──あぁ、なるほど」

 

 俯きながら語るマンハッタンの言葉で思い出した。

 そういえばドーベル曰く今のトレセンは異性に対して敏感になっているらしいし、やむにやまれぬ事情があるとはいえ男子の自宅へ赴くことが同級生たちに知られたらマンハッタンも相当困るに違いない。

 それにその事情は口外できないタイプのものであるため、大勢から質問攻めをくらったらマンハッタンに逃げ場はない──そう考えれば確かに納得だ。

 

「ごめんなさい……」

「いや、気にしないで。多めの荷物を持ってたらしょうがない……」

 

 ……ん?

 

「あれ、何でそんなに荷物をたくさん持ってきたんだ?」

「ぇっ」

 

 解呪の儀式に必要なのは白と黒のペンダント二つだけだ。リュックにボストンバッグまで携えている今のマンハッタンは、まるで一泊二日でどこかの宿泊施設にでも泊まりに行くような装備に見える。

 

「あ……ぇと、その……っ」

 

 どうしてそこで照れて言葉を詰まらせてしまうのだよ。愛おしい。

 ……よく考えたら初めて解呪の儀式をやってもらった日もマンハッタンは大荷物を持ってウチに来てたっけか。

 儀式中は理性が外れかかって危険になる関係上、仮に俺が外へ逃げてしまっても目撃者が出づらくなる夜に儀式をやるのが好ましい、とかそんなんだった気がする。

 そして深夜に儀式を終えてもトレセンは閉まっているから帰れない──だからあの時はウチに泊まった。なるほど合理的だ、今回もそういう事なんだろう。

 

「わ、私は……えぇと……」

「……っ」

 

 まぁ、それはそれとして女子が家にいるこの状況は非常に緊張するのだが。きみ俺のこと絶対に手を出してこない理性の鉄人か何かだと思ってる? 普通にマンハッタンのこと好きな男子の一人だという事を思い出してほしい。種付けされたいのであれば話は別だがな。

 

「あぁ、悪いマンハッタンさん。儀式は深夜にやるからこっちに泊まるしかないんだったな。久しぶりだから忘れてた」

「へっ? ──ぁ、は、はい。そうです。なので……はい……お泊りの荷物を……」

 

 なんか今日はずっとモジモジしてるな。そろそろ襲ってもいいのかしら。このマゾメスっ!

 ここ最近は野良怪異とのバトルばかりで()()()()()がなかなか姿を現さず、協力してくれるウマ娘三人が少し忙しい事もあって解呪の儀式が疎かになっていたのだ。それで俺はいろいろと忘れてしまっていたのに、マンハッタンさんはしっかりと準備してきた辺り彼女の真面目さがより実感できた。僕のお嫁さんにピッタリ♡ 隙間なし。

 

「そういえばマンハッタンさん、朝飯は?」

「いえ……急いで学園を出てきたので、まだ……」

「じゃあ一緒に食べよう。サンデーもきっと喜ぶしさ」

「……ありがとうございます」

 

 そのまま朝食の準備に取り掛かると、間もなく寝坊助さんも起床した。かわいいね♡ 抱擁不可避。

 

「ん……あ、カフェがいるぅ……」

「きゃっ……」

 

 そしてマンハッタンにふわっと抱きついた。旅行前から平気そうに振る舞ってはいたが、実は相当我慢していたらしい。今なら誰もいないから存分に甘えるといい。

 

「もう……あなた、葉月さんよりも遅く起きているのね……」

「これは稀……いつもは私の方が早起き……」

 

 サラッと嘘をつくんじゃない。同時か俺が先に起きるかのどっちかだろ。おかげで無防備なお前の姿に毎朝ムラムラだな……うむ♡

 

「しかし、ねむねむ……」

「……ふふっ。おいで、髪を梳いてあげるから」

 

 ぽけーっと固まったサンデーの後ろに移動し、甲斐甲斐しくクシで髪を整えてあげているマンハッタン。こうしてみると二人が姉妹に見えてくる。いつもは特異な存在らしくしっかりした態度を貫いているサンデーも、彼女の前ではただのひとりのウマ娘でいられるらしい。相棒のリラックスの為にもマンハッタンには定期的にウチへ来てもらったほうがいい気がしてきた。

 というか、この際だから頼んでみようか。

 

「なぁ、マンハッタンさん」

 

 フライパンで目玉焼きの面倒を見ながら声をかける。火元から目を離すのだけはダメ、とは樫本先輩の教えだ。

 

「はい、何でしょうか……?」

「ちょっとした提案なんだけどさ。解呪の儀式が関係ない日でも、たまにはこっちに顔を出しに来てくれないか」

「……っ!」

 

 中央の生徒──ましてやフィギュア化されたり雑誌等のメディアに引っ張りだこな有名人であるため、多忙の身であるのは重々承知だ。俺個人が会いたいだけなら無限に我慢する所存だし、こんな提案をしようなどとは考えもしないだろう。彼女のことは好きだが身の程知らずではない。

 ただ、いまの俺の傍にはサンデーがいる。

 彼女はもともと俺ではなくマンハッタンを守るために日々怪異たちに睨みを利かせてくれていた存在だ。見て分かる通りサンデーは彼女のことが大好きで、出来る事なら俺ではなくマンハッタンの傍に居たいであろうことは間違いない。

 

「サンデーはさ、顔にも言葉にも出さないけどいつもマンハッタンさんに会いたがってるんだ。気配を察知するレーダーまで搭載してるし……俺の想像の十倍はきみのことが好きなんだって事はさすがに分かる」

 

 マンハッタンの忙しさは想像もできない。こういったお願いがかなりの失礼に当たるであろう事は理解している。

 それでも、いつも頑張ってくれている相棒のためにもう少しだけ歩み寄ってほしいと思ってしまった。

 元を辿ればサンデーは俺の為ではなく、俺を怪異の呪いから守りたいマンハッタンの為に、自ら俺の元へ訪れてくれたのだ。もっとマンハッタンに褒めてもらいたいだろうし、離れてる分彼女に会いたい気持ちもきっと日々強くなっているはずだ。

 

「その、本当にたまにでいいから──」

「いえ」

 

 マンハッタンは俺の声を遮った。

 

「たまにではなく……もっと来られるようにします。その為に昨日トレーナーさんと、予めスケジュールを見直しておいたんです……他のお仕事の予定も組み直したので、以前ほど忙しくはありませんし──」

 

 火を止めて振り返ると、彼女はサンデーの髪を優しく撫でていた。窓から差す陽の光がまるで後光のようになっている。聖母?

 俺が要求するよりも先にスケジュールを調整していたあたり、マンハッタンにもサンデーに対して思うところがあったのだろう。

 

「カフェ、別に無理しなくても」

「ふふ……無理なんてしてないわ。私にとっても……あなたとの時間が大切なの」

「なんと。カフェ、結婚して」

「しなくてもずっと一緒にいるでしょ……まったく」

 

 突然の告白に流石のボクチンも驚きを隠せない。

 美しい友情と愛情を感じておじさん泣いてしまいそうですお……♡

 

「……この子の事を考えてくれてありがとうございます、葉月さん」

「別に礼を言われるような事じゃ……あ、ほら、朝飯出来た。サンデーも顔洗ってきて」

「はい」

「マンハッタンさん、麦茶でよかった?」

「ありがとうございます……いただきます」

 

 そんなこんなで三人で食卓を囲み、至って平和な朝が過ぎていくのであった。俺たちいつの間に付き合ってたんだっけ。

 

 

 

 

 朝食からそのまま家を出ることは無く、怪異の能力パターンや出現する時間帯などを話し合っていると、ちょうどお昼を迎える頃にインターホンが鳴った。

 

「はいはーい」

 

 ドアを開けるとそこには世界一見慣れた少女がいた。

 

「──葉月ッ! 合鍵を受け取りに来たッ!」

「うぇっ……や、やよい……?」

「お昼まだでしょ? 良いお弁当買ってきたから一緒に食べよっ♪ 上がるねぇ」

「わっ、ちょっ、待っ……ッ!」

 

 家の中にはくつろいでいるマンハッタンが──やよいの学園の生徒がいる。

 というわけで完全に休日モードで油断していた俺に史上最大のピンチが突如として訪れてしまったのであった。死んだ。

 

 


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