うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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下品な怪異! 神さまにどう言い訳するおつもりだ?

 

 

 ──ケツを目撃した。

 夏休みが目前に迫り、今日も今日とてバイト先の喫茶店へ向かおうとしていた矢先の事であった。

 なぜか仲を深めることが出来たサイレンススズカがあの店へ頻繁に訪れるようになり、柄にもなく浮かれた気分でいつもの歩道を進んでいたそんな時に、視界の端に映り込んできたのだ。

 

 女子高生のケツが、そこにはあった。

 道路の歩道によくある植樹帯に頭から突っ込み、明らかに何かを探している様子だったが、フリフリと揺れるケツと同じくらい気になったのはどう見ても中央トレセンの生徒にしか見えない彼女の制服だ。

 電車で一駅とはいえ学園から離れたこんな場所でトレセンの生徒が何をしているのだろうか。

 

「ない……無い……」

 

 視姦するが如く眺めて五分か十分か、突然ハッと正気に戻った俺はなるべく下半身から視線を外しつつ、後ろから中央の生徒であろう少女に声をかけた。

 

「あの、なんかお探しですか」

「……お構いなく」

 

 植樹帯の茂みから顔を出した黒髪の少女は、こちらを一瞥すると再度辺りを見回し始めた。

 知らない男から声をかけられたのだから当然の反応だ。

 しかしこちらは後ろから彼女の臀部と尻尾を観察し続けていた変態のカスなので、このまま場を離れるとカスを超えて下衆になってしまうため引き下がれない。

 あまりにも自己中心的な理由にはなるが、せめて彼女の探し物を見つけてからでないと離れられないのだ。

 

「流石にこんな人目の付く場所で物を探し続けるのも……えと、俺も探すんで」

「……ありがとうございます」

 

 しつこく声をかけるともう一度こちらを見てくれたが、少女はなかなか感情の読めない筋金入りの無表情をしていた。

 真夏の猛暑に当てられて汗だくになってはいるものの、眉間に皺を寄せることもなく黙々と周囲を漁るその姿は感服の一言に尽きる。

 中央トレセンの女子ともなると我慢強さも異次元なのかもしれない。精神の締まりが良すぎるぞ? 称賛に値する。

 

「ラバーストラップがついた鍵です……お願いします」

 

 そんなこんなで少女との物探しがスタートした。

 しかし探している間も強い日差しは容赦無く降り注ぎ、肌から汗が滲んで止まらない。

 彼女がどれほどの時間ここにいるのかは定かではないが、流石にこの炎天下で何十分も陽にさらされ続けていては体調の変化が心配だ。

 さっさと落とし物を見つけるのもそうだが、場合によっては日陰で休んでもらうことも視野に入れておくべきだろう。

 

「あっちぃな……。──んっ」

 

 案外目に付く場所に落ちてたりするんじゃないか、と思い一旦茂みから顔を出して辺りを見渡してみた。

 

 

「──」

 

 

 すると、すぐ近くで立ったままこちらを見つめている少女がいる事に気がついた。

 ウマ娘たちの中でよく見る葦毛とも異なって見える、まるで色素が全て抜け落ちてしまったかのような不気味な白髪の少女だ。

 

「……? あの、何か──」

 

 パッと見だと探し物をしている少女にとてもよく似た容姿だが──とそれ以上考える前に、いつの間にかその少女が俺の目の前まで迫っており、一瞬思考が固まってしまった。

 なんだなんだ突然何事だ。

 急な出来事に狼狽し声も出せずにいると、ひとつわかったことがあった。

 距離を詰めてきたこの少女、こんなクソ暑い真夏日であるにもかかわらず黒いロングジャケットを着こんでタイツまで履いているのだが、奇妙なことに()()()()()()()()()

 

「な、なんすか……?」

「…………」

 

 困惑しながらも近づいた理由を問うたが、白い少女は一瞬目を見開いただけで、質問には答えてくれない。

 意味が分からない。

 何だ、コイツは。

 この上なく美少女然とした整いすぎている顔面が間近にあるだけでも緊張してしまうというのに、そこへ不思議っ娘染みた謎の雰囲気と無言の圧力が加わって大変手ごわい相手と化している。俺はどう対応するのが正解なんだろうか。

 

「あの子の友達ですか」

「…………」

 

 視線を逸らしたくなるくらい真っすぐ俺の目を見つめているくせに全然喋らん。マジで何なんだコイツ。

 白紙を思わせるような淀みない白髪とミスマッチな漆黒のロングジャケットと、一見すればコスプレに見えなくもない特徴的な格好をしていて、且つ歩道に突っ立って何をするでもなくジッと男子を見つめているにもかかわらず、道行く人々はまるでそのウマ娘を気にしていない。

 彼女の浮世離れした独特の雰囲気は不気味の一言に尽きる。

 

「そこ」

「えっ?」

 

 此方の困惑を知ってか知らずか、白い少女は俺の左後ろの茂みを指差した。

 何だと思って振り返ると、なにやらラバーストラップの付いた鍵が落ちている。

 

「カフェの共有スペースの鍵」

「……? あ、あぁ、ありがとう」

 

 礼もそこそこに鍵を拾い上げて黒いほうの女子に手渡した。

 

「──あれっ。……どこ行ったんだ」

 

 だが、落ちている場所を教えてくれたそのウマ娘はいつの間にか忽然と姿を消しており、黒い女子との関係性や肝心の名前を聞くことは終ぞ叶わなかったのであった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 

「チケット?」

 

 バイトが終わり、サイレンスと並んで帰路に就く道中。

 彼女から質感の良い紙のチケットをプレゼントされた。

 

「えぇ。私のルームメイトが来週のレースに出るのだけど、そのライブ鑑賞の特別席のチケット」

「貰えるのは嬉しいが……え、いやそんなあっさり渡しちゃっていい物なのか?」

「もちろん。秋川くんにもあの子の活躍を見てもらいたいから」

「お、おう……サンキュな」

 

 こんなやり取りが起きるほど親密になった覚えはないのだが、やはり不思議なことにサイレンススズカにとっての俺という存在は、ただの知り合いというにはいささか近すぎるものになっているようだった。

 

 あの握手洗いとかいう人生最大のスケベイベントから一週間が経過した現在。

 直近のレースでドタバタして喫茶店に来られなくなっているどぼめじろう漫画作家先生と代わるかのように、俺がアルバイトに入る日はほぼ確実にサイレンススズカが来店する、という妙な状況が生まれていた。

 先日の一件以降サイレンスは頻繁に連絡をくれるようになっていて、今現在のスマホの通知の半分は彼女からのメッセージで埋まっている。

 喫茶店にもお忍びで来ているらしく、少しだけトレーニングの時間を削って俺に会いに来ているらしい事も判明し、罪悪感と優越感が半々になっていた。

 

 彼女にとって大切なターニングポイントであったらしいあのレースにおけるベストアドバイスを投げかけた立場だからこその状況だという事は理解しているものの、こうも分かりやすく距離を詰められると『あれコイツ俺のこと好きなんじゃね?』と思春期の中学生みたいな勘違いを抱きそうになってしまう。

 女子高の連中ってみんなこんな感じなのだろうか。

 同級生と同じ感覚で接されると困りますね、こちとら男子なので。距離感を保て。

 

「……なぁ、サイレンス」

「うん?」

 

 ぐぅ、この清廉な笑顔は俺を喜ばすつもり? これぞ和。

 

「流れで一緒に帰ってるけど、こういうのって誰かに見られたらマズいんじゃないのか?」

「えっ……どうして?」

「いや、だってサイレンスってめちゃくちゃファン多いだろ。担当のトレーナーならまだしも、誰だか分からん男子と並んで歩いてたら変な噂を立てられるんじゃないか、って思って」

 

 俺自身は周囲にどう勘違いされようがダメージはゼロで、寧ろ精神的には優越感でプラスになる。

 だがサイレンスの方は違うだろう。

 平たく言えばスーパー有名人だ。日常の一挙手一投足が特別なものとして扱われる。

 そんなつもりは無いのに友人の男子との仲を学園だけでなくSNSなんかでも茶化されたら良い気分はしないはずだ。もしかしたらレースにも悪影響が出るかもしれない。

 

「……ふふっ。そんなの、全然気にしてないわ」

 

 いろいろと危惧した上での発言だったのだが、意外にもサイレンスは涼しい顔をしていた。

 

「隣に居たい人と一緒に歩いているだけだもの。おかしなところなんて一つも無いでしょう」

「……そ、そうすか」

 

 ワードの選び方が意図的に勘違いを誘発させる仕組みになってしまっているよ。虚を突かれる思いだぜ。

 友達と一緒にいるところを茶化されたところで別に気にしない、という意味の言葉をよくもまあそんな個別ルート入りたてのヒロインみたいな言い回しにできるわね。めっちゃ可愛いな……余情残心。

 

「──あっ」

 

 分かれ道だ。

 サイレンスは信号の向こうにある駅方面へ向かい、俺はここを左に曲がってボロい四畳半神話大系賃貸に帰還する。

 名残惜しい気持ちはあるが、この先からは人通りが多くなる為隣を歩くわけにはいかない。ここまでだ。

 

「それじゃ、またな」

「あ、待って……秋川くん、ちょっといい?」

「どした」

 

 軽く手を振ってそのまま解散しようとすると引き留められた。

 あのハンドソープ握手をしてから彼女の手を見ると興奮する体質に変貌してしまったので、なるべく早く退散したいのだが。

 

「お別れの握手」

「はい?」

「こうして……こう」

「────」

 

 握手ではない。

 それは全然全くもって九分九厘ほぼ間違いなく握手ではなかった。

 少なくとも向かい合ってお互いの手と指を正面から絡め合う俗に言うところの恋人繋ぎを“握手”と呼称する文化は俺の中には備わっていない。

 

「ふふ。今日はお互い綺麗な手だから、石鹸はいらないかな」

「……………………そっすね」

 

 ギャルゲーもかくやといったそのイベントを前にした俺は、口数を少なくしポーカーフェイスで乗り切るのがやっとだった。

 この仮称お別れの握手と男子に対する態度としてはやりすぎな激近距離感、犯罪ではないんですか? 淑女の嗜みという言葉を知らないのかよ。

 もしかするとサイレンスは同級生の女子に対して毎回コレをやっているのかもしれないが、流石に俺が男だという事はもう少々考慮して頂きたい。このままだと告白してフラれるまでの確定した滅びの未来を実行に移してしまうところだ。

 

 ……この際ちょっとぐらいワガママ言っても許されるのではないだろうか、と邪な感情がひょっこり顔を出してきた。こんにちは。

 

「サイレンス。……次も()()、やっていいか?」

「っ! ──う、うんっ」

 

 勘違いした男子にありがちな女子に引かれるタイプの距離の詰め方を実行してしまったと、心の中で瞬時に後悔したのも束の間。

 サイレンスは露骨に嬉しそうな表情になって、握っている手の力をほんの少しだけ強めてきた。何だおまえ俺のこと好きなのか? あまりこっちの自制心を試さないでね。

 

 そんなこんなでようやっと解散。手フェチに転向一歩寸前。

 彼女の温かい手のひらの感触を思い出しながら、もし彼女の胸部が凶悪な大きさを誇っていたら今頃死んでいただろうなと小さく笑うのであった。たぶんすごくキモい笑みをしていた。

 

 

 

 

 

 一週間後、手渡されたチケットの該当レースが行われる日。

 ちょうど夏休みに入って一日目ということもあってか少々寝坊してしまい、遅れて家を出た俺は何とかレース開始の時間ギリギリで会場のすぐ付近まで辿り着いていた。

 サイレンスのルームメイトが出走するとのことだったが、俺の興味は同じレースに出るヒシアケボノというウマ娘にあった。何もかもがデカすぎるのもあるが、そもそもルームメイトが誰なのか知らない。

 などと、そんな事を考えながら急いでいた──矢先の事だった。

 

「うおっ!?」

 

 道順の都合上裏口から正面に回らなければならなかったのだが、逸る気持ちを抑えきれずポケットからチケットを取り出したのが運の尽きだった。

 

「か、カラス……? お、ちょ待てっ!」

 

 何故か背後から迫っていた謎のカラスの集団の内の一羽にチケットを奪われてしまったのだ。

 焦って追いかければ追いかけるほど、会場の正面入り口から離れていってしまう。

 あれはサイレンスから貰った大切なチケットだ。たとえボロボロになって入場に使えなくなったとしても、奪い返さないわけにはいかなかった。

 何でこんな人が多く表にゴミ捨て場もないところでカラスが大量発生しているのかは分からないが、とにかくチケットを咥えて低空飛行を続けるカラスを追いかけていく。

 

「こんな所で何してるんだいカフェっ!? もう出走だぞッ!」

「っ、ですがトレーナーさんが“彼ら”の差し向けたカラスに狙われていて──」

 

 うおおお何かカラスの集団に突っつかれてる成人男性の姿が。

 特に彼を攻撃している一羽が俺のチケットを嘴で咥えているのも目視で確認した。節操のない野生動物たちだな。良識というものはねぇのかよ。

 男性を助けるわけではないが、あのカラスだけは絶対に焼き鳥にして屠ると心に決めて、背負っていたリュックサックを武器代わりにと手に持ち替える。

 

「んのやろッ!」

 

 結果だけで言えば、それは無謀な吶喊であった。

 運よく一番デカいカラスを叩き落とすことは出来たものの、代わりにそこにいた集団のカラス全員が標的を成人男性から俺へとシフトしてしまったのだ。よっぽど俺のこと嫌いなんだね♡ お下劣野鳥め! 悪霊退散!

 

「……トレーナーさんからターゲットを外して、自分に差し向けた……?」

「あの光景は興味深いが後にしたまえ! あと二分だぞっ!」

 

 付近にいたウマ娘がなにやら騒いでいるが羽音で全く耳に入らない。

 結局まるでギャグ漫画かのように涙目で鳥の大群から逃げる羽目になり、その日サイレンスからプレゼントされた折角のチケットを受付に渡すことは最後まで叶わないのであった。このカラス共は傾奇者だね。堪忍袋の尾があるよ?

 

 


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