うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ 作:珍鎮
数日後にバレンタインというイベントを控えた少女たちは忙しない。
チョコでいいのか、クッキーにしようか、大福とかキャンディーとか一周回ってアレなんてどうか──少女たちは当日に向けてあぁでもないこうでもないとアイデアを出し合いながら材料調達に四苦八苦している。
それはハヅキが通う高校の女子生徒たちも例外ではなく、何気なくイベントなどで活躍している彼に何かを渡したいと考える女の子は少なくない。
「ライスさん。こちらの型などはいかがでしょう」
「わっ……それかわいいね、ブルボンさん! ……で、でもライス、ちゃんと渡せるかなぁ……」
「心配いりません。私も彼の分を作って一緒に渡します。二人ならば恐れることは何もありません」
「……っ! い、いいの?」
レースで苛烈な戦いを繰り広げている彼女たちも、この時期は一人の恋する乙女だ。
プレゼントの内容を知られたくないのか、彼を見かけたウマ娘はその誰もが焦って身を隠している。
「わっ、せ、先輩だ……っ!」
「別にウオッカのほうなんて見てなかったわよ?」
「スカーレットだって隠れてんじゃねえか!」
「う、うっさいわね!」
どこを見ても見覚えのある顔ぶればかりだ。
遠くの方には以前ゴールドシップと名乗っていたウマ娘を盾にして焦って隠れている芦毛の少女がいるし、ウマ娘のオタクを自称していた少女や他にもちらほら。
いろいろなイベントを経て認知度を高めた彼は、どうやら街を出歩くだけでも目立つ存在へと昇華してしまっていたらしい。
それで、当の本人は何を考えているのかというと。
『バレンタインの当日は放課後にバイトがあるが、あの帰りのタイミングなどで期待してしまってもいいのだろうか。さっきデパートでお菓子の材料っぽいの買ってるドーベルとか見たし。俺たちそういうのを渡し合ってもいい関係性ではあるはずだよな。ね、俺たちマジで付き合わない?』
いつも通り、期待と懊悩で周りが見えていない。
「へへっ──痛ッ!」
だから電柱にもぶつかる。
「いってぇ……くそ……っ」
「ハヅキ。前を見て歩いたほうがいい」
「わかってるよ……」
頭を押さえながら再び歩き始めるハヅキ。さすがに危ないと思ったのか、スマホもポケットにしまい込んだ。
こんなだらしない彼でも、無視できない女の子たちがいるのだから世の中不思議だ。
『帰ったらチョコ受け取った時のセリフ考えておこうかしら。……いや、キザったらしいこと言ったら逆にキモいか? さりげない方がいいのかな』
逡巡している彼のスマホに着信がきた。取り出すと、画面にはサイレンススズカと表示されている。
『なになに──バイトが終わったあと家まで行っていいか、だと。何? 待ちくたびれちゃった? かわいい子猫ちゃんだ。でもその日は交尾しないでおこっかな~』
あ、鼻の下が伸びてる。思考が混乱すると本当にすぐ顔に出るタイプだ。
「……チョコ、たくさん貰えるといいね」
「お、おう。何だかんだで知り合いは多くなったし、さすがにちょっと期待しちまうな……──いだっ!」
そう言って、たくさんの少女たちと縁を結んでいる妖怪縁結び男は、歩きスマホでまた電柱にぶつかるのであった。
◆
「サンデー。準備はできたか?」
「ん。いまいく」
翌日の土曜日。
あの少女たちからのプレゼントへの期待しか考えていなかった昨日とは異なり、この日の彼は比較的落ち着いていた。
バイクに跨り、私を後ろに乗せて午前中に家を出立。
小一時間ほど風とドライブした先で到着した場所は、見た事のない林道だった。
まったく人気のない、静寂に包まれた砂利道だ。
都会から外れた辺鄙な場所にやってきた彼は付近にバイクを駐車し、すぐ近くにあった倉庫の中から何やら掃除用具を一式手に取って、その道を進み始めた。
「……あ、そういえば誰の墓かまだ言ってなかったな」
ザッザッと小石を踏みしめながら、彼は気がついたように声を上げた。
事前に聞いたのは『お墓参りに行く』という話だけで、確かに誰がそこで眠っているのかは聞いていなかった。
「
あの従妹である少女は仕事で忙しそうだから、という理由で呼ばなかったらしい。自分が声をかけたら彼女は無理をしてでも時間を作ろうとすると気づいていたようだ。
──彼の祖父の話はあまり聞いたことがない。
概要として知っているのは、厳しい家系である秋川家の中で唯一自分たちに親身に寄り添ってくれていた相手だった、という事だけだ。
彼が自分から話す事でもなければ、わざわざ私から質問するような内容でもなく、今までずっと保留になっていた。
「秋川家の人間が埋葬される墓地ってのは別の場所にあってな。変わり者のじいさんだけ生前の要望でこんな辺鄙な場所に一人で埋葬されてんだ。おかげで墓を掃除するのが俺ぐらいしかいないんだよ」
「ふーん……」
彼の家系の事情は詳しく知らない──心を読んでしまっているので知らないワケではないか。ともかく詮索しないように気をつけてはいたのだが、いつの間にかハヅキの方から話すようになっている。
「……まぁ、じいさんの墓なんて教えるのはサンデーが最初で最後かな。悪かったな、休みの日にまでこんなところへ連れ出して」
「別に、いい」
いろいろな事情は重なっているが、彼と一緒にいるのはカフェの為であり、自分自身の意志でもある。
今さら文句などあるわけがないのに、それを当たり前にしないでハヅキは気を遣ってくれている。
いつでもこっちの事を考えてくれているとなれば、なるほど男子にあまり免疫がない中央の少女たちにとって気になる存在になるのも頷けるというものだ。
少し経って、掃除やら諸々を済ませて墓の前で手を合わせると、意外なほどハヅキはさっさとその墓地から離れていった。
他人の前で墓に向かって何か喋るというのは憚られるものなのだろうか。別に私は気にしないのだが。
──そのまま帰りはハンバーガーを買って、ピクニックみたいに公園のベンチで二人で昼食をとったあと、何事もなく帰宅した。
◆
「うぅ゛ー……」
そしてバレンタイン当日──ハヅキは風邪をひいて寝込んでいた。
昨日の夜、コンビニの帰りに通り雨に降られたのが原因だと思われる。
学校やバイト先にも休みの連絡を入れて、本来であればイベント尽くしだった今日の予定はすべてキャンセル。
クラスの男子たちの中で誰よりもチョコを貰えるはずが一気に最下位に落ちて『無意識に優越感に浸っていた罰か……』と自嘲しつつ、彼は布団から動かない。動けない。
「サンデー……わるいんだが、お茶をとってくれ……」
「はい」
お茶を注いだコップを持っていくと、彼は一気にそれを飲み干してため息をついた。熱は下がってきているようだが今日のところは絶対安静だ。
「くっそう……なんで俺ってこう、間が悪いんだろうな……」
まぁ、確かに。
夏のイベントの時も怪異に邪魔をされたし、意中の女の子と出かければファンに出くわして予定が狂うし、いろいろとタイミングが悪いと言われたら否定できない。
本来なら関わりようがない相手と縁を結ぶための流れは作れても、その分の対価として王道なラブコメ展開には持っていけないというのが、彼の持つ運命力の特徴なのかもしれない。
何はともあれ、風邪は普通に可哀想だ。
「うぅ……」
熱が出て動けないときは、平気だと考える自分の意志とは裏腹に人恋しくなるものだ、というのを聞いたことがある。
普段はクールなカフェも風邪をひくとよく私を探していたし、本能的に誰かに対して助けを求めたくなるものなのだろう。
「ハヅキ、だいじょうぶ?」
「だめだ……腹も減った……」
「ん、お粥を作るから待ってて」
ハヅキは一人暮らしだ。家族は海外にいて、こういう時は誰にも頼れないし心細くもなると思う。
そこにバレンタインの予定を全部壊されて落ち込んでいるとなれば、彼の心境は計り知れない。
……。
お見舞いに来る人はそこそこいるだろう。
あの三人はもちろんのこと、たぶん山田君だって学校のプリントとかを持ってきてくれるに違いない。
けれど、やっぱりそれは『お見舞い』であって、家に長居することもなければ看病なんてもってのほか。そっとしといた方がいいと考えてみんな彼とは一定の距離を取ろうとするはずだ。
そうして欲しいとハヅキも言うだろう。
となると、じゃあ、少なくとも
風邪をひいて心細くなっているのだろうし、今日くらいはチョコレートくらい甘すぎる対応がちょうどいい。
「お粥、食べられそう?」
「んん……食う……」
「はい、あーん」
第一、ハヅキはまだ高校生だし。
弱った時は誰かに甘えていいはずだ。誰もいないなら、今は私がそれになろう。
「汗かいたでしょ。体を拭くから、上を脱いで」
「……なんか情けなくなってきた」
「別に、私の前でまで格好つける必要はない。治ったら貰いそびれたチョコを受け取りに行くんだろうから、かっこつけパワーはその時まで取っておいた方がいい」
「……そうだな……うん……」
普段の彼なら食って掛かりそうな発言もスルーとは、本格的に病人らしい。なるべくキツイことは言わないようにしようかな。
「チョコ……」
「今はないから、ココアでいい?」
「食べたい……チョコ……」
「どうせみんなから貰える。今は安静にして」
「……わかった。……ココア、頼む」
「んっ」
「…………ありがとな、サンデー」
そんなこんなで、結局バレンタイン当日に彼に甘いものを渡せたのは私一人だけになってしまった。あげるつもりがなかった自分だけがそうなってしまったのは何だか妙な気分だ。
それから後日。
ハヅキが普通にムカつくくらい大量のチョコを貰ったため、半分くらい私が食べることになったのであった。もうチョコいらない。