うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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むほ~♡ 出走

 

 

 とりあえず買い物するか、と軽い気持ちで外出したら友人の想い人と友人ご本人に出会すというイベントに遭遇して、少しの時が流れた。

 いきなりデジタルの隣に座らせるのは山田が緊張しすぎて可哀想だと判断して、一旦彼女の正面に誘導してから会話もそこそこに昼食を終えてから、俺たちはもう一度ウマ娘のグッズコーナーに立ち寄っている。お客さんどうしましょう。

 

「あ、見て秋川。この店舗ウマデュエルレーサーの新弾まだ残ってるよ」

「おー……これ、ウチのクラスでも何人かやってるやついたな。デジタルさんもこれ集めてるの?」

「もちろんです! 今回の新弾はスゴく人気なので一箱しか確保できませんでしたが……」

 

 ショップで見つけたのはいわゆるトレーディングカードゲームのパックだ。

 古今東西の人気ウマ娘をカード化したゲームで、数年前からちょくちょく話題になっているらしい。

 カードの種類は多岐に渡り、それこそ海外のウマ娘モチーフも登場しているため、ガチプレイヤー以外のコレクターなんかも欲しがる話題の商品として人気を博している。

 教室で遊んでるクラスメイトのデッキを貸してもらった時くらいしか触れた経験はないが、いい機会だし買ってみるのもありかもしれない。デカ乳ウマ娘のカードが出たらペンダントにして首からかけよう。

 この三人の中で一番レアリティが高いカードを出したヤツが勝ちという勝負を提案し、購入制限いっぱいの三パックをそれぞれ購入して付近のベンチに腰を下ろした。ワクワク。

 

「なははー、あたしは字レアしか出ませんでした! まあどんなカードでも眼福なのですが……」

「俺もレアリティは最低保証の字レアかパラレルくらいしか出なかったな。山田は?」

「………………ぼく、今日死ぬかも」

「は。なに言ってんだ──って、お前ッ!?」

「ぎゃヒェぇッ!!? だっだだダーヤマさんのそれ、赤シクじゃないですかァッ!?」

「で、で、出ちゃいました……」

「ちょっ、しかもお前それ、サイン入りじゃねえか……? ちょっと待て封入率が相当低いはずだから調べる。赤シクのサイン入りメジロマックイーンは…………えっ、買取15万……?」

「ウワッ、わッ、アァわあっ!!」

「おおっお落ち着いてくださいダーヤマさんっ! とりあえず傷をつけないよう早急にスリーブとローダーを買いましょうッ!」

「あばばばばばば手汗でカードがダメになっちゃうあわわわ」

「しっかりしろ山田……デジタルさん!」

「はいっ、ホビーコーナーこっちです!」

 

 

 ──なんというか、俺たち三人は意外と相性が良かったらしい。

 

 デジタルと山田は友人で、俺と山田も友人だが、俺とデジタルは友達の友達であるため、三人が揃うとそれぞれが気を遣いすぎて気まずい空気になる可能性も十二分に存在していた。

 こうして上手くいっているのは山田のさりげない誘導と、デジタルの自然な態度と優しさのおかげだ。

 この状況に関して俺はほとんど何もしていないに等しく、やってる事といえば少し緊張して俺にばかり話しかけている山田との話題を、デジタルにもそれとなく繋げてることくらいだ。

 そもそも山田が緊張してるのは、ここに俺がいることでいつもデジタルと二人で交わしているコミュニケーションのペースが乱れているからであって、どこかで俺がいなくなって二人きりになれば"いつも通り"に戻れるはずだ。

 ──そのはず、なのだが。

 

「ままま待ってよ秋川ぁ……! なんで帰るなんて言うんだ……っ」

「なんでも何も、俺がいたら邪魔だからだろ……」

「そ、そんな事ないって! 秋川がいないと間が持たないよ……!」

「いやそれこそそんな事なくないか? 今日のお前ちょっと弱気すぎるぞ」

 

 困ったことに、応援するべき友達本人に引き留められてしまっている。コレではデジタルとの距離が遠のくばかり……♡ チップとデール。

 今は有名ウマ娘のぬいぐるみが景品のクレーンゲームに張り付いてるデジタルのため、二人で飲み物を買いに付近の自販機へ寄っているところなのだが、いなくなるならこのタイミングだと思って山田に話したら待ったをかけられて壁ドンされてるのが現状だ。はわわ。壁ドンはマジでドキドキするから他の人には絶対やるなよ。

 ──正直意外だった。

 きっと山田なら『ありがとう! 後は自分でなんとかするよ!』とか言って頑張ってくれると思っていたのに、蓋を開けてみれば一人じゃ無理だと弱音吐きまくりの純情男の子が目の前にいて、思わず面食らってしまった。しっかりイけ。オラッ天高くいななけ。

 

「お、お願い、今日はずっと一緒にいて……」

「待て待て。なんでそんなに緊張してるんだよお前? 別に今日すぐ告白するわけでもないんだし、いつも通り二人で遊べばいいだけ──」

「ふっ二人きりで遊んだことなんてないよ!? いつも近くには他の同志とかファンの方がいたから僕らはいつも三人以上だったんだ!」

「わ、わかった。分かったから一旦落ち着けって」

 

 まいった。

 好きな女子と二人きりになったらバチクソに緊張してしまう気持ちはめちゃくちゃ分かるけども、彼がここまで俺のことを頼るのは想定外だ。ここで俺からの好感度を上げても意味ねーんだよバカ♡

 もしこれでデジタルと山田と俺で“いつもの三人”みたいな関係になってしまったら、関係の進展は望めないしそれでは困る。

 ここは心を鬼にしてでも一旦突き放すべきだろう。周りのお節介はきっかけだけに留まるべきで、二人の関係性は()()()()()()()見つけるべきものなのだと、夏のイベント時のやよいとの再会で学んだのだ。間に挟まる誰かが必須ではならない。

 

「落ち着け山田。ほらコーラ飲んで一息ついて」

「う、うん。……ふぅ」

「大丈夫か?」

「……たぶん」

 

 俺は山田の友人だ。

 だから余計な事はしたくない。

 他の男子なら彼らの恋路を俯瞰できる立場を面白がって、恋のキューピットにでもなってやろうかと雑な計画を考えるのかもしれないが、俺は山田の魅力的な部分を知ってるし俺なんかいなくても上手くやれると信じてる。

 

「……俺も彼女いない歴イコール年齢の男だから、あんま偉そうなことは言えないよ。経験がないヤツの適当なアドバイスほど不毛なモンはないからな」

 

 だが、そんな俺でも知っていることがある。

 

「山田。どういう経緯であれあのアグネスデジタルと縁を繋いだのはお前自身だ。きっと向こうも()()()()()のお前でいてほしいと思ってるはずだろ。緊張するようなエスコートを考えるのはまた今度にして、今日は普段のお前が思いつくようなコースで遊べばいいだけだと思わないか」

「……そ、それ、マズくない?」

 

 何がマズいってんだい純情ボーイ。

 

「だって……ゲーセンでウマ娘グッズ取って、ウマ娘ショップでウロウロして、推しが出てる映画とか広告を見に行ったり……そういう事しかしないんだよ、僕……?」

 

 ……まぁ問題無いだろう。というか慄きすぎ。生徒会役員の風上にも置けないわ。ちゃんと恋愛して! 責務でしょ。

 

「いけるぜ」

「ほんと……?」

「おう。いけるいける」

 

 今までの様子からして多分アグネスデジタルも似たような感じだ。それこそ似た者同士ってことでめちゃくちゃ相性良いじゃないか。心配して損したぜ。

 下手に普通ぶるよりオタク同士の距離感でいた方がいいのは間違いない。向こうが求めてるのはカッコいい男子ではなく同志ダーヤマなのだ。笑顔と同じくらい優しい触り心地のお腹ぽよぽよ抱擁感バツグンのヤーマダ♡

 山田が今回やるべきなのは、今日のような偶然の出会いに期待するのではなく、これからも定期的に遊ぼうと誘えるような"距離感"をゲットすることだ。

 今までは複数人でいたから言えなかっただけで、二人きりで逃げ場がない状態であれば緊張感からのバグりも期待できる。バグれ山田。世界を救え。

 

「あー……なんか最近、中央ウマ娘たちの中で話題になってるスイーツとかないのか?」

「ウマスタで話題になってるパフェはあったけど……デカ盛りのやつ……」

「それそれ。そういうのを途中で挟めばちょうどいい時間で解散できるだろ。ウマ娘たちの中で話題だから、って理由でさりげなく誘えるし」

「……そう、だね。それは確かに」

 

 よーし山田も乗り気になってきたな。そろそろ秋川ワゴンはクールに去るぜ。

 

「じゃあもう行くわ。デジタルさんには急用ができたとか適当なこと言っとい──」

 

 と、そう言いかけた瞬間。

 

「──あっ! お二人とも~ッ!」

 

 間の悪い事に、自販機前で話してる俺たちをデジタルが見つけてしまった。

 彼女の腕には見覚えのあるウマ娘のぬいぐるみが抱かれており、どうやら狙っていたものを無事に確保できたようだ。にしても早すぎる。流星のロックマン。

 

「ふへへ、お飲み物を買ってきていただく前に取れちゃいましたぁ……」

「す、凄いなデジタルさん」

「それほどでも……! えと、こちらアストンマーチャンさんのぬいぐるみでして」

「いいなそれ。俺もバージョン違いのやつ持ってるよ」

「ヴぇッ!!? あっ、アストンマーチャンさんの立体化グッズはこれが初の商品のはずでは……!?」

「あー……えーと、本人に試作品を貰って」

「ギョえーッ!! みっ見てみたいですぅ! プロトタイプぅっ!」

 

 やばいやばい、咄嗟に返事を返したのが俺だったせいで会話が二人だけになってしまっている。おい山田! お前も勝負に乗れ! べらぼうめ。

 モゴモゴしたまま視線を右往左往させる山田に構わず、デジタルは興奮した様子で会話を続ける。

 

「あっ、あのっ、そういえば先週に公開された恋愛映画なんですけど、中央のゴールドシチーさんがご出演されてるそうですよ! 恋はダービー、っていう作品で……」

「あー、それCMで聞いたことある。なぁ山田」

「う、うん。主演女優さんがみんなウマ娘のやつだよね」

「それです~! 実はここの映画館でもやってて、そろそろ上映開始らしいんですけど……よければ三人で観に行きませんか?」

 

 自分のリュックにぬいぐるみをしまい込み、改めて背負い直してからふんすっと鼻息を荒くして提案してくるデジタル。なんておおらかな笑顔なのだ……♡

 中央のウマ娘が何らかの役で出演している映画──気にならないと言えばウソになる。

 それにゴールドシチーというウマ娘は、世間の情報に疎い俺でも知ってる有名人だ。

 唯一購読してるウマ娘の雑誌で度々その姿を確認しているモデルのウマ娘──とはいえ、映画の公開期間は長いのだし今わざわざ彼女の勇姿を観に行く必要はない。

 早いとこ山田とデジタルを二人きりにしたいのだが……。

 

「……いいですね、映画……はは」

 

 この普段はコミュ力強くて陽キャとも対等に渡り合えて生徒会役員でもあるとかいう最強オタクのくせに、好きな女子の前だと固まってしまう友人を放っておくわけにはいかない。

 ずっと付き添うわけにはいかないが、少なくとも緊張が解けるまでは見といてやらないと最悪逃げる恐れがある。

 それにわざと二人きりにしようとして、こういうタイミングでニヤニヤしながら『邪魔者は消えるから二人で観てきなよ~w』とか言いながら消えたら逆に白けること間違いなしだ。映画までは付き合おう。

 

 とりあえず館内まで移動して、空いてる席を確認──こ、これはっ。

 

「空いてる席……真ん中の二つと前列のいくつかしかないな」

「う、うん……」

 

 デジタルはポップコーンを買いに並んでいて、俺たちがチケットを取ろうとしているところなのだが、これはまたとないチャンスだ。

 予想以上に席の空きが少なかったが好都合。さりげなく山田とデジタルを隣同士にして、俺は前列で映画鑑賞。

 上映終了後に感想を言い合い、別れを惜しみつつ『別の用事があってそろそろ時間だから』と建前を作ってここを出ていけば、とても自然に彼らを二人きりにできる。

 隣同士で映画を観た二人はテンション高めのままこの日を最後まで過ごせるし、二時間弱とはいえ近くにいなかった()()()()()が消えたところで名残惜しくもなければ無理に引き止めようとする気持ちも湧かないはずなので、この作戦ならば間違いない。

 

「お待たせしましたッ!」

「うおっ。……早いな、デジタルさん」

「いえいえ。それで、どうかされました? この時間の席の状況は……あっ、なるほど。空いてる席がバラけているんですね」

 

 また予想以上に早くデジタルが戻ってきてしまった。せっかちさん♡

 これでは内緒話しながら鑑賞席を操作することができない。どうする家康。

 

「お二人とも真ん中で観たいですよね……? では、このルーレットアプリを使いましょうっ。映画鑑賞の席は恨みっこなしで。それがオタクの鉄則です、ふふ」

「おー……そうだな。山田もそれでいいか?」

「も、もちろん。僕も真ん中の席で観たいな」

 

 おぉ、前列に逃げようとしなかったな。それだけで偉い。心も体もあったかいよ。

 

「デジタルさん、止めるボタンは俺が押していいか?」

「ええ、どうぞ!」

「よし……」

 

 彼女からスマホを受け取り、ルーレットの回転をスタートした。

 

 ──説明しよう! 実はこのアプリ、うちのクラスの連中も使ってるほど使いやすいルーレットとして広く普及しているものだ。

 ゆえにその仕様は把握している。コイツはめちゃくちゃに回転が速いものの実は『目押し』が可能で、タップしてから減速して二秒後に止まるのだが、言ってしまうとタップした瞬間に矢印の部分にあった名前の()()()()対象が選択されるのだ。

 クラスメイトたちと昼休みの時間に、ルーレットで負けたやつが走ってパンを買いに行くとかいうカスみたいな賭け事を何度もやってたおかげで発見できたこのアプリの穴だ。

 つまりはタップする際に反射神経と計算に集中すればいい。

 ルーレットに選ばれた人間が前列の一つ空いてる席に座ることになるため、山田・デジタル・俺の順番で並んでいるなら、押すべきは『デジタル』が矢印に被った瞬間だ。そうすれば選ばれる対象が俺になって山田とデジタルが隣同士の席になれる。

 一瞬でも遅れたらルーレットの仕様上、なんとデジタルと俺が隣になってしまう。それだけは避けなければならない。俺と山田が真ん中になるよりヤバい最悪の展開だ。

 なので。

 

(いくぞサンデー。今すぐユナイトだ)

(ん……集中力を研ぎ澄ませた場合の反動、ちょっと大きいけどいいの)

(必要経費だよ、この際しょうがない)

(わかった)

 

 そう、常人には難しい目押しでもユナイトした状態なら十分に可能なのだ。注意するとしたら強く握りすぎてスマホを破壊しないよう気をつける事くらいだろう。

 よし来いデジタル。デジタルデジタルデジタルデジタル──ッ!

 

「っ……! ……おっ」

「秋川……?」

「……っあー、マジか。俺だわ。今回はついてなかったな」

「あれま。本当ですね……残念。こればかりはルーレットなので致し方なし、です」

「おう、真ん中で見たかったが残念だ。ってことで中央の席は山田とデジタルさんだな」

「ぁ……っ! ──そ、そうだね!」

「ダーヤマさんはポップコーン、どっちの味がいいですか?」

「あっ、で、デジたんさんが先に選んでどうぞ……!」

 

 やったぁ~! 作戦は成功です。これも俺と相棒だからこそ成せる愛の技ってワケ。帰ったらベロチューで労ってあげような。貴様をな。

 

(ばーか)

 

 その相棒にはまともに相手にされなかったが気にせず館内へ入っていく。

 上映される一番大きなシアター内の人数は凄まじく、また席についている他の客の手荷物にゴールドシチーの小さいぬいぐるみなどが付いている辺り『恋はダービー』という映画自体の良評判もさる事ながら、彼女の出演情報による集客パワーもなかなか侮れないようだ。

 かく言う俺たちも出演してるウマ娘目当て。

 ユナイト状態で神経を研ぎ澄ませたせいか現在クソ眠いしムラムラし始めてきたが、映画を観終わった後のプチ感想会でしっかり話題に乗るためにも、せめて全体の大まかな流れとゴールドシチーが登場してる場面は死んでも脳に焼き付けよう。

 

 

 

 

「っスゥー……あ゛ー……ハァ。……ずびっ」

「……秋川、ちょっと泣きすぎじゃない?」

「あ、あはは。確かにウルっと来る場面はありましたからね……」

 

 ──とんでもなく良い映画だった。

 評論家が語るような作品としての良し悪しは抜きにして、とにかく俺自身の感性にブッ刺さりまくった映画だった。恥ずかしげもなく号泣してしまったくらいだ。やっぱ映画館(ナマ)は最高だわ。

 映画は複数のヒロインたちと一人の少年が織りなす恋愛モノで、肝心のゴールドシチーはサイドストーリーで主人公にフラれる損な役回りだったのだが、逆にそこが果てしない高評価ポイントだった。

 

「はァ゛ー……」

「……えと、やっぱり凄かったねゴールドシチーさん。映画も面白かったけど、すごく自然な演技だったというか」

「ですねっ。あたしも途中から見入っちゃいました」

「あぁ……本当にゴールドシチーがやばかった。マジで中央のウマ娘がどうとか一ミリも関係なく、完全にはまり役だった。あいつモデルというか役者だろ。何であんなフラれた時の『あっそ、別に分かってたけど。……ほら、グズグズしてないでさっさとあの子ん所へ行っちゃいなさいよ』って我慢しながら強がる演技上手いんだよマジで泣く……」

「ほ、ほわ……」

「秋川ちょっと落ち着いて……?」

 

 マズいめちゃくちゃ早口ポタクになってた。小生反省。

 本当にいい映画だったのだ。

 今回ばかりはあの映画に誘ってくれたデジタルには感謝してもし足りないしもう愛してるまで言っていいレベルだ。それほどまでに感情が揺さぶられてしまった。

 そうだよな。

 勇気を振り絞って告白したにもかかわらず想い届かずフラれると心底きついけど、その場で落ち込んで相手に気を遣わせたりするのは嫌だから、たとえ空元気だろうと強がっちゃうんだよな。

 苦いだけの中学の頃の失恋の思い出が今日だけは美しい一つの経験だと思えたぜ。ありがとう新作映画。ありがとうゴールドシチー。あとでファンレター書いて送ろう。

 

「恋はダービー……まさにタイトル通りの映画だったな」

「そうだね……ぁ、あの、ごめん二人とも。僕ちょっとお手洗いに……」

「はいっ。デジたんたちはここのベンチで待ってますので」

「行ってこい……俺は余韻に浸ってる……」

 

 いつの間にか俺たちはまた自然とウマ娘グッズストアの付近まで来ていたらしく、山田がトイレに行ったあと休憩がてら二人でベンチに腰かけた。

 

「いやはや、本当に心揺さぶられるいい映画でしたねぇ」

「デジタルさんはどこら辺が良かった?」

「それはもちろん失恋後のシチーさんがお姉さんに抱きしめてもらいながら慰めてもらってるとこですね! しかもあそこ何気にお互いの尻尾がちょっと触れ合ってて……ひゅうわっ! 思い出したらっ、あっ! ウマ娘ちゃん姉妹の絆っ、はォっ、尊い……無理……」

 

 再び感情の沼に沈んでいるデジタルと同様に、思わず映画には感動してしまったが、もちろん本来の目的を忘れたわけではない。

 俺の目的は山田とデジタルの仲を縮めるためのサポートであって、三人グループの中の一人としてここに留まることではないのだ。

 映画の感想についてホテルで朝までじっくり語り明かしたい欲をグッと堪え、早急にこの場を立ち去らねば。立つ鳥跡を濁さず。

 

「あ゛ッ! パンフレットを買うの忘れてました! なんという失態……」

「デジタルさんがポップコーンの列に並んでいるときに買っといた。はいこれ」

「わわわっあぁありがとうございますぅ! いくらでしたか!?」

「八百円でいいよ」

「お納めください! ──おぉぉ、表紙から既に! 輝きが! お°ッ」

 

 荒ぶるな! 急いては事を仕損じる。

 とても盛り上がっているところに帰る旨を伝えるのは水を差すようで心苦しいが、これも今後の為だ。

 あの修学旅行の時に山田を見つけた際の嬉しそうな態度や、これまでのウマ娘オタク同士としての付き合いの長さを鑑みれば、担当トレーナーさんがスパダリ無敵マンでもない限りデジタル側からも少なからず山田を異性として意識しているはずだ。

 あとは頑張れ親友。今度こそ秋川葉月はクールに去る。

 

「……ん?」

 

 さっさと戻ってこないかなあいつ、と一瞬黙る時間があった。

 そして、その時にふと声が聞こえた。

 もう一度耳を澄ませながら辺りを見回して音の発生源を探すと、該当するであろう正体を発見した。

 

『今度の新カードはスッゲェんだぜ!』

 

 グッズストアに設置された小さいテレビ画面からだ。ゴールドシップの声が聞こえる。

 ちょっと音質が悪いものの、あそこで今日俺たちが買ったカードゲームのCMが流れていたようだ。

 

『ここからはメジロの独壇場ですわっ! これが私の新たな力、戦術(タクティクス)カード──“貴顕の使命”ッ! さらに──!』

『わわっ!? もしやこのカードたちはッ!』

『人気投票で上位だったカードたちも再収録だァッ!』

TCG(トレーディングカードゲーム)・ウマデュエルレーサー! ロード・オブ・ザ・クイーン、発売ッ!』

『キャンペーンで特別なゴールドシップさんをゲットです!』

 

 ……おぉ。

 フル尺であのCMを見たのは今回が初めてだ。ナレーションが意外と豪華なんだな。

 目立つ部分がゴールドシップとメジロマックイーン、途中でもしやと再録カードに驚くのと一番最後のキャンペーンの告知が──隣にいるこの少女の声だった。

 

「すごいなデジタルさん。ウマデュエのCMにまで抜擢されてたんだ」

「えっ……」

「……?」

 

 あれ。

 何か変なこと言っただろうか。

 

「──あっ、いえ。なんと言いますか……あの、今のでよくあたしだと分かったなぁ、と……」

 

 隣にいる相手の声なんだからそりゃ分かるだろう。生ASMR♡

 

「えと、ほら、画面にデジたんのカードは出てませんでしたし……音質ガビガビだったし……」

「いや、さすがにデジタルさんの声ならアレくらいでも一発で気づくよ」

「……は、はぁ。……そう、ですか……」

 

 明確な縁を繋いだ相手の声であればあまり忘れることは無いし、ハチャメチャな美少女で友人の想い人でもあるデジタルとなれば尚更だ。あまりボクチンを揶揄うなよ?

 

「っ…………」

 

 なんかチラチラとこちらの様子を窺ってる。何だよどうした美しくつつがない女。

 

「どしたの」

「……お、怒らないで聞いてもらえますか?」

「怒るわけないでしょ……」

 

 安心して話してね♡ 何があったらそんな展開になるというんだ。おマヌケさんめ。

 

「その……秋川さん、メジロドーベルさんたちお三方と同じお店でバイトされてますよね」

「えっ? あぁ……まあ、うん」

 

 一時期"有名ウマ娘のバイト先"とトレンド入りするくらい話題になった喫茶店だ。唯一の男子のアルバイトが俺であることを知っててもそこまで不思議ではない。

 

「それから……学園側が主催の大きなイベントにもスタッフとして参加してたと聞きました。高校生のスタッフ募集はしてないはずのイベントにもいて、新しく学園に来たトレーナーさんとも面識があるって話が上がって皆さん驚かれてましたし……」

「……そ、そうね」

 

 たしかに夏のイベントの時は理事長秘書補佐代理という立場で多少いろいろなウマ娘と交流はしたが、樫本先輩との関係が噂として流れているのは初耳だ。そもそも何で学園で俺の話が話題に上がるんだろうか。

 

「何より……アストンマーチャンさんのぬいぐるみの件といい、あのお三方以外にもウマ娘ちゃんのお知り合い……たくさんいらっしゃいますよね……?」

 

 そうだね。そうだわ。

 なんかいざ自分の状況を改めて言語化してもらったら、結構変わったルートを進んでることに気がついた。友達と言われてパッと思いつくのは山田くらいだけど、俺って案外知り合いが多いんだな。

 ──で、だからなんなんじゃい!

 お前は何が言いたいんじゃい。

 

「ですから……ですから、えぇと……音質があんまり良くない古めなデバイスから流れてる音声だけでもあたしの声が判別できるほど、あたしの事を認識してくださっているとは……思わなくて」

 

 はぁ。

 確かにここのウマ娘グッズストアの広告用のディスプレイはだいぶ年季が入ってるが、聴き取れないほどだろうか。トランシーバーよりはマシくらいだ。

 

「ほ、ほら、ウマ娘ちゃんたちってすっごくかわいくて尊いじゃないですか! そんな天使ちゃんたちとたくさん仲良くしていらっしゃるのに、秋川さんが修学旅行中に()()()()()会っただけのあたしなんかを覚えててくれるなんて……なんと言いますか、その、何だろう、えっと……」

 

 口ごもるアグネスデジタル。マシンガントークするかこっちに振るかハッキリしなさいね。そのままだと焦って言いたいことも言えないよ。心の底から愛おしい。

 とりあえずそろそろこっちも言いたいことを言わせてもらおう。

 デジタルはまず今日この状態に至ることになった大前提を忘れている。

 

「なぁ、デジタルさん。覚えていてくれたのは君の方だろ」

「えっ──」

 

 そもそもこのショッピングモールに訪れてから、最初に声をかけてくれたのはデジタルの方だ。

 彼女が話しかけてきて、この目の前にあるグッズコーナーでクジを回すことになったからこそ、二人で昼食を取ることになってそこで山田と合流できたわけだし、三人で面白い映画を観ることもできたのだ。全部デジタルのおかげである。

 あと自分のことを“なんか”って卑下するのもう禁止な。もし次言ったら鳴かせてしまうよ? 壮絶アクメ・ボイスを。

 

「一度会っただけって言うけど、そうだよ。ファン間の繋がりがある山田と違って、俺はデジタルさんにとって数あるうちの一つに過ぎない撮影会の日に()()()()()、一緒に雨宿りをしただけのただの男子高校生だ。それなのに……きみは俺のことを覚えていてくれた」

「それは……」

 

 これに関しては本当に意外だった。

 本当にたった一度雨宿りを一緒にしただけの仲であり、山田経由で話すようなこともしなかったから。

 

「俺からすればデジタルさんはとんでもない有名人だ。忙しい人だってことも何となく分かるから、こっちが覚えてても君には忘れられてる……ってなってても全然おかしくはなかったし、むしろ立場的にはその方が自然だよな」

 

 間違いなく、それが普通の流れであるはずだ。

 だというのに。

 

「でも今日はデジタルさんの方から声をかけてくれて──すげえ嬉しかったんだ。本当だよ」

「……秋川、さん」

「改めてありがとうな。今日、わざわざ俺に声をかけてくれて」

「……っ!」

 

 デジタルに声をかけられて歓喜したのはマジだ。もちろん山田の事もあるが、特別な繋がりを持っていないにもかかわらず俺を覚えていてくれたことが純粋に嬉しかった。デジタルはカード化されるレベルの有名人なので、ミーハーと言われてしまえばそれまでだが。

 

「あ、あのっあの! あたしもですっ! とっても嬉しかったって、あたしも言いたかったんです!」

 

 うおっ急にスゲェ食いつきっぷり。急くな! 犬も歩けば棒に当たる。淑女の嗜みを大切にね。

 

「はは……似た者同士かもな、俺たち」

 

 そう、似た者同士なので二人とも山田に惹かれたのかも。これも運命ってやつ。

 

「そ、そうですね。なんかお互い言ってること一緒ですし……えへへ」

 

 は? かわいすぎ笑顔は禁止っつったよな。メスはいかなる際も笑顔! 困った態度を取ってくれるものだ。深く憂慮する。

 マジで危うく恋しちゃうところだったんだが。それ以上距離を詰めてきたらヒロインにしちまうからな? 引き際を見誤るなよな。

 こちとらユナイトで中途半端に神経使ったせいでムラついてるんだわ。あんまイライラさせんなし。ままァ♡ ママっ♡ まんまっままんまっ!

 

「…………恋はダービー、か。……うん、受け身のままじゃダメだ。あたしも出走しないと……っ」

 

 小声で先ほどの映画を思い返すデジタル。どうやら余程気に入った作品だったようだ。一緒にゴールドシチーへのファンレター書かない?

 

「秋川さんっ」

「ん?」

 

 結構トイレが長引いてる山田に『早く戻ってこい』というメッセージを送るべくスマホをポケットから出した瞬間、横のデジタルから声をかけられた。

 何というか、真剣な眼差しだ。緊張しているようにも見える。

 まるでデジタルに対面した時の山田と同じように表情が強張っている……が、どこか腹を括っているような、固い決心も瞳の奥に見受けられる。

 

「……」

「あの、ですね」

「……っ!」

 

 ──表情から相手の精神状態を読み取れるのは、幼い頃から本家で様々な年上のウマ娘たちから話を聞いていた経験からいつの間にか身についた能力だ。

 年齢を気にすることなく素直に俺を指導者として見ていたウマ娘や、相手が子供だからと話の半分もまともに聞かなかった選手に、それから子供だからこそ本家の過酷な教育体制から救うことができないかと思い悩む優しい少女など、様々な種類の表情の揺れや感情の機微などをこれでもかというほど見せられてきたからこそ、デジタルの心境の末端くらいなら俺でも把握することができる。

 まして彼女はウマ娘だ。

 俺からすればデジタルたちウマ娘のほうが感情を読みやすい。こう見えてもメンタリストの免許はゴールドなんですよ♡

 

「こ、今週の土曜日なんですけど……」

 

 ピクリとも耳が動かず、尻尾が若干上向きになる。

 これは緊張しつつ、思いきって大事な事柄を伝えてこようとしてくるときの特徴だ。ライ……ライト……名前は忘れたが、年上として放っておけなくなってしまったウマ娘が、一時の気の迷いで俺を連れ出そうとした際にこのような兆候を見せていた。

 つまり、告白だ。

 もちろん色恋沙汰におけるあの告白ではないだろう。ただ、おそらくこの場で、今この瞬間に置いて口にするには少々憚られるような内容の事柄を、彼女は告白しようとしている。

 これは俺の脳が出した危険信号。

 流されるまま話を聞いてはいけないという警告だ。

 

「あっ、デジタルさん」

「っ……? は、はい」

「そういえばデジタルさんの連絡先、まだ貰ってなかったよな。今のうちに友達登録しとかないか?」

「えっ……あ、そっ、そうですねっ。あたしとしたことが忘れてました。うっかり……」

 

 聞き分けがいいなぁ。かわいらしいなぁ。舐めてんの?

 スマホのコードを読み取らせ、連絡先を交換した。最悪の場合、言いたいことはコレで言ってもらえればいい。ファンレターお待ちしてます。

 

「また山田と一緒に三人で遊びたいしさ。今度は俺のタイミングで二人を誘ってもいいかな? ……あっ、デジタルさんは結構忙しいか」

「いえっ、あの……この時期は比較的落ち着いてるので大丈夫です! 秋川さんとダーヤマさんさえよければ、また──」

 

 そこで彼女の声を遮るように、スマホが着信音を通知した。

 

「あ、ごめんなさい、ちょっと電話出ますね。──うぇアっ、た、タキオンさん!? もしもし! どどどうかされましたかッ……! ……はぇ。実験の余波で髪が伸びすぎて身動きが取れない……? わっ分かりました! 今すぐ救援に向かいます!」

 

 事情をこちらにも分かるよう復唱してくれたデジタルのおかげで大体は把握できた。

 同じアグネス繋がりで、修学旅行の際に見たように普段から仲良くしてる友人のピンチとあれば、ウマ娘ちゃん第一のデジタルは直行するしかないだろう。

 

「あの、そういう事でして……」

「こっちは大丈夫だよ。山田にも俺から伝えとくから」

「ごめんなさいごめんなさい! 今日はあたしから誘ったのに……あのっ、今度またいっし──さっ、三人で遊びましょう。ではっ! ごめんなさ~いっ!」

 

 焦りながら謝り倒して風のように去っていくデジタル。ワタワタしてる♡

 

「あっ、あのっ!」

 

 と思ったら一回立ち止まって振り返った。見返り美人。

 

「あたしもちゃんと()()()()っ! ……と、ということでっ!」

 

 そう言って意味深な発言を残したアグネスデジタルは、今度こそモールを飛び出し俺たちの前から姿を消したのであった。

 今日このあと彼女と山田が過ごすはずだった時間を考えると残念だが、彼女の中から妙な雰囲気を察知してわざと発言を遮った事を考えると、今回ばかりは電話でデジタルをこの場から引き離してくれたあのマンハッタンのサポーターさんには感謝しておくべきかもしれない。

 

 今週の土曜日……その後に続く言葉はなんだったのだろうか。

 

「…………秋川、おまたせ」

 

 デジタルを見送ったあと、すぐに山田がトイレから出てきた。

 

「おう。腹、大丈夫か?」

「うん……平気」

「それならよかったが……デジタルさん、タキオンってウマ娘に呼ばれて帰っちゃったぞ」

「そ、そっか」

 

 チラチラと俺の様子を窺う山田。どうしたのかな。心配しなくても俺は逃げないよ。

 

「その、デジたんさんのことはいいんだ。ちょっと歩きながら二人で話そう」

「……? おう」

 

 

 

 

 少し経って、俺たちは外にある噴水広場へやってきた。

 今は山田が付近のソフトクリーム屋に並んでくれており、俺は噴水近くのベンチで一休みしている。

 ……話ってなんだろうか。

 デジタルだけでなく先ほどの山田からも真剣な雰囲気を感じ取れてしまった。

 彼の真剣な話と言えばデジタルへの告白以外にないと思うが、デジたんさんのことはいいんだって言ってたし見当がつかん。

 こわい……ドキドキ……。

 

「おっ? なぁ、もしかしてあそこにいんの、前にトレンドに上がってた喫茶店の高校生じゃね?」

「マジじゃん! ねぇ君っ!」

「えっ……」

 

 そわそわしながら待っていると、制服を着た他校の男子二人組に絡まれた。やばい人生初のナンパだ。

 

「な、な、今ちょっといい?」

「何でしょうか……」

 

 同い年くらいなのについ敬語使っちゃう。街中で声かけられたの初めてでド緊張状態。

 

「あのさ、もしかして君サイレンススズカがいるバイト先で働いてたりする?」

「い、一応……」

「ほら! やっぱ本物じゃん!」

「やべー……! あ、あのさ、オレらマジで怪しいモンとかじゃなくて」

 

 目の前で勝手に盛り上がられてると怪しいモンにしか見えないのだが。

 もちろん気持ちは分かる。俺も似たような事をしない自信はない。

 仮にこの男子たちがサイレンススズカの熱烈なファンであるなら、少しでも本人と近い距離にいる相手であれば話を聞きたくなるのも、心境としては理解できるのだ。

 しかし、まさか俺自身が質問される側になるとは思っていなかったので。

 何というかめちゃ焦ってる。どうしよう。

 

「ちょっとあそこでのバイト中の話が聞きたいっつーか……その、ぶっちゃけアルバイト以外でもスズカとの付き合いってあったりすんの?」

「もしかして連絡先とか知ってたり──」

 

 まるで遠慮する様子のないもう一人の少年がそう言いかけた、その時だった。

 どう対応したものかと狼狽していると、彼らの横から割って入って俺の手首を掴み、()がベンチから立ち上がらせてくれた。

 

「ちょっとごめんね、僕たち先を急いでるから」

 

 現れたのは少し太った眼鏡の彼。

 はわわとこまったときに山田くん参上。

 二つのアイスクリームを器用に片手だけで持っている姿がやけに様になっている。

 

「行こう、秋川」

「あっ……う、うん」

 

 そのまま俺の手を引いて噴水広場を離れていく山田。

 さすがに今回は心の底から助かったと感謝の握手を求めたいレベルだ。なんでナンパ風の通行人と絡まれてる人とそれを助ける相手が全員男なんだよ。全然嬉しくねーぞ。ドキドキ……。

 

「はい、アイス」

「お、おう。サンキュ……」

 

 で、横を見たら気づいた。

 やっぱり山田もさっきのデジタルに似た表情の強張り方をしている。なんというか一周回って落ち着いてる感じだ。

 デジタルの時は危険予測のアラームが脳内に響いたが、不思議な事に今回は大人しいままだ。話を聞いた方がいい、という事なのかもしれない。マジで本能的な直感に過ぎないが。

 

「…………恋は、ダービー……だもんね」

 

 なんか呟いてる。聞き覚えのある単語だったがデジタルといい山田といい、二人ともそんなにあの作品にハマったんだろうか。やっぱり三人でファンレター書かない?

 

「秋川、あのさ」

 

 歩きながら、ソフトクリームを味わいながら。 

 山田は普段より少し重みのある──しかし明るい声音で話しかけてきた。

 

「君のおかげで目が覚めたよ。いつまでも支えてもらってばかりの自分じゃダメだってこと」

 

 突然何を言い出すかと思えば。お前のことなんざいつでもいつまでも支えてやる所存だが。

 

「今日の僕、徹頭徹尾カッコ悪かったよね。なのに秋川にばかり頼って……だからきっと、僕は出走ゲートに入る資格すら持ってなかったんだ」

 

 そんなに自分のこと悪く言わんでも。デジタルもそうだったけど、きみたち自分を過小評価し過ぎな。

 ていうかさっきから言い回しが気になるんだけども。出走ゲートって何のことだ。ダイエット?

 

「だから僕も──走るよ。ウマ娘さんたちだっていつもレースの中で自分を磨いてるんだ。指をくわえて待ってるだけじゃ……観客席にいたら勝つどころか、戦う舞台に立つことすら出来やしない」

 

 ちょっとよく分からないが真面目な雰囲気は感じ取ってるよ。できればもうちょっと明確に何が何なのか話してほしいなとは思ってるけど。恭賀新年。

 

「だから、お礼。そのアイスクリームはソレを僕に気づかせてくれた君への礼なんだ」

「え……奢りってこと?」

「そうなるね」

「いやいや、それは良くないって。いくらだった? ちゃんと返す」

「だ、だからお礼だってば」

「いやでも」

「わっ、分かった。分かったよ。じゃあ今度何か別のことで手を貸してくれたらそれでいいから」

「そうか? ならそうするわ」

 

 抽象的でシリアスっぽい雰囲気で誤魔化せると思ったら大間違いだぞ。俺が明確にお前の何を助けたのかもハッキリしてないのに奢られても困るんじゃい。そこら辺しっかりね。

 

「……とりあえずダイエットはする」

「えぇッ!!?」

「……そんなに驚くことかな」

 

 いや、だってお前……あぁ、いや、止めるわけじゃないんだけどさ。

 やりたいならやるべきだろう。ただちょっとたまに山田のお腹をぽよっと触るのが楽しかった俺が個人的に名残惜しいだけだ。さらば癒しのお肉たち。

 

「じゃ、今日のところは帰るよ。また学校でね」

「またな」

 

 そんな感じでぬるっと解散したわけだが──困った事がある。

 

 デジタルと山田が二人して言っていた『走る』とはどういう事なのか、という謎についてである。

 最初はデジタルが個人的に自分の出走レースを頑張るという話だと思っていたが、山田も似たような事を言い出してワケが分からなくなってしまった。

 あの二人が何かを強く決心した──分かっているのはそれだけだ。

 とはいえ分からないままでは今後何かしらで俺が二人に迷惑をかけてしまう場合が考えられる。

 だからなんとか今日の会話の中からヒントを見つけ出して、あの二人の決意の真相を見抜かねばならないのだ。

 

 思い出そう。今日は何があった? 記憶が鮮明な順に掘り返していこう。ムラムラして記憶の足腰が小鹿のようです♡

 さっきはアイスを食ったがその時点で山田は決意を固めていた。ならもう少し前だろう。

 じゃあデジタルと俺が話していた時か? だがその時点ではデジタルも”走る”と覚悟を決めていた。

 それから遡るとなると映画を鑑賞したくらいだ。それより前といったら──

 

「あっ」

 

 ──そうか。

 それだ。

 この日の三人での始まりにおこなったこと。

 デジタルと俺と山田でウマデュエルレーサーの新弾のパックを剥いたじゃないか。

 あの時に何が起こったかと振り返ってみれば一つしか思い当たらない。

 メジロマックイーンのめちゃくちゃ特別なレアリティのカード。あの買い取り額が十五万を超える神のカードを出した事件だ。

 更にあのときデジタルは『新弾は一箱しか確保できなかった』と発言していた。

 あのメジロマックイーンのカードは一カートン……つまり二十四ボックス開封して一枚出るか出ないかの激レアカードだ。賞賛の気持ちはもちろんだがそれはそれとしてデジタルもきっと悔しかったに違いない。

 

 ウマデュエルレーサー。

 あの数多のカードを操るプレイヤーのことを人々は『出走者(デュエレーサー)』と呼び、また出走者同士が高みを目指してバトルすることを『決闘(レース)』と言う。

 そして、あの二人は()()と。

 そうか。つまり。

 

「今週の土曜日って……」

 

 スマホでとあるワードを検索にかけたが見事にヒットした。

 人気店舗での公式大会が開催されるらしく、また試験的に試合状況によって変わる3Dのアニメーション技術が使われるとのことで、出走者ならば見逃せないイベントになっている。当日の抽選を突破すれば俺でも出場が可能だ。

 これか。デジタルが言っていた『今週の土曜日』の後に続く言葉の真実は。危うくデートにでも誘われるんじゃないかとカスみたいな妄想をするところだったぜ。危なかった、気づけてよかった。

 

「……? ハヅキ、電車でどこに行くの」

「秋葉原だ! 大会まで時間がねぇから調べながらあそこでカードを揃えるッ!」

 

 わかったよ山田、デジタル。俺も腹を括る……もとい──(デュエ)るぜ。

 

 

 

 

 

 

「あ、いたいた。秋川~」

「お待たせしましたー!」

「来たな、二人とも。さっそく受付で出場登録をしようぜ」

 

 そして土曜日。

 俺は万全の準備を整えてカードショップに訪れていた。ちょうど山田とデジタルも来たようだ。

 

 この二人に誠意を見せるため、俺は今日まで死に物狂いでウマデュエルレーサーの勉強を重ねてきた。

 環境のリサーチや使用デッキの分布を徹底的におこない、過去の大会の動画や現プレイヤーのSNSなんかを漁ってプレイングをなるべく学びつつ、昼休みやバイトが無い放課後を使ってクラスメイトのデュエレーサーにアドバイスを貰いながら何度も何度も戦いまくった。

 通話を繋いで夜中までやっていたくらいだ。デッキ構築も助言を貰いながら、他の人のレシピを参考にしつつ夜通しサンデーと相談しながら組み上げた。お前の意見、マジで参考になったよ。

 

(ふんすっ)

 

 かわいい♡ いい加減にしろ。あとで肩を揉んであげるね。

 新弾が発売されてからの上位入賞はほとんどがマックイーンコンボだが、そこそこ分布が多く専用カウンター戦術カードが環境上位に刺さりまくる狂眼の叡智時空龍(マッドアイズ・アグネスタキオン・ドラゴン)を主体としたビートダウンデッキとしてまとめた。かなりの自信作だ。

 ド素人の付け焼刃ではあるが、一矢報いるだけの最低限のプレイヤーとしての常識と戦い方だけは脳みそに叩き込んできたつもりだ。まず目指すは一回戦の突破である。

 

 見果てぬ先まで続く俺たちの闘いのロード──それを踏みしめる第一歩となるのだ!

 

「……? 僕、デッキなんて持ってきてないけど」

「えっ」

 

 ん?

 

「何で?」

「へ……だって、試合で動くウマ娘さんたちの3Dアニメーションを見にきたんでしょ? 大丈夫だよ、出場しなくても観戦用のスペースあるし」

「…………」

 

 ……。

 

「秋川……? あっ、もしかして出場するの? すごいね、デッキ組んできたんだ」

 

 ……。

 …………ん。

 ……。

 ………………………………ん?

 

「あれ、山田。やんないの?」

「え、うん」

「あのメジロマックイーンのカードは?」

「アレはちゃんと大切に自分の部屋で保管してあるよ。怖くて外には持ち出せないね」

「………………そう、なんだ」

 

 

 ────俺はなにか勘違いをしていたのかもしれない。

 

 

「……受付してくるわ」

「がんばって~」

 

 とほほのほ。

 ……ちょっと普通に泣きそうになってきた。

 

「──ッ! ダーヤマさん! 下の階のショップで比較的値段が低い構築済みデッキが販売されてます! どれでもいいから買ってきてください! 受付はあと五分で終わりますので急いでッ!」

「えっ、え……?」

「デッキ一応持ってきててよかった……デジたんも出場登録してきます!」

「あれっ……カード持ってきてないの僕だけ……?」

「秋川さんをあの状態のままにしてはいけませんっ! 早く!!」

「わっぁあっ、は、はいッ!!」

 

 気落ちしながら受付を終えてデュエルスペースに移動して待機していると、時間ギリギリでデジタルと山田が滑り込んできた。お前たち……♡ 愛してる……♡

 

 


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