うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ 作:珍鎮
「他校との合同イベント?」
いつの間にか紅葉も終わり、そろそろ本格的に冬を迎えようとしているある日の放課後。
バイトが休みのため直で家に帰ろうと昇降口へ向かっていたところで山田に声をかけられ、気がつけば俺は生徒会室でなにやら新しい行事の内容を、生徒会長ご本人から聞かされていた。
つい数ヵ月前に後を引き継いだ彼らは文化祭などで大いに活躍してくれた期待の新生生徒会だ。
在籍校をより良いものにする方法を色々な角度から探っている事は知っていたが、まさか他校と協力して開催するイベントまで用意してしまうとは思わなかった。
「あぁ! 映画研究部や演劇部、吹奏楽部なんかとも協力して盛大にやるつもりなんだ!」
「そ、そう。いいね……」
熱く語る同学年の生徒会長に若干気圧されつつ苦笑いして肯定する。
もちろん俺としては応援するつもりだ。
素直に感心したしイベントの詳細も気になる。
ただ、問題が一つあった。
「……で、どうして俺が呼ばれたのかな」
怪訝な雰囲気を隠さずに言うと、なぜか絶賛目を輝かせている生徒会長である男子や他の生徒会メンバーとは異なり、奥の方の席で黙っている山田だけは気まずそうな表情で小さく手を合わせて謝罪の意をこっそり伝えてきた。なんだってんだい。
まず大前提として俺は生徒会役員ではない。
なんの役職にもついていない一般生徒だ。学校主催のイベントなど、告知こそされても事前に詳細を聞かされる理由が無さすぎる。ウマ娘の旦那であり王ではあるのだが。困ったものだ。
「……秋川君。実はキミにお願いがあって来てもらったんだ」
「俺に……?」
「うん! ウチの今年の文化祭はSNSで話題になるくらい盛り上がっただろう? もちろん生徒たちが一丸となって協力したから大成功したのは間違いないのだが……何よりキミが中央トレセンのウマ娘を呼んでくれた部分が成功の一番大きな要因だったと思うんだ」
えへへ。実はたった一人すら呼んでないんだな、これが。
彼女たちが平然と文化祭に訪れて一番度肝を抜かされたのはこの俺なのだ。何で呼んでないのにあんなたくさん来たんだろう。仮に誘ってもあんなに襲来してこないだろ。
そんな偶然運がよかっただけの自分にお願いとはいったい。そこはかとなくイヤな予感はする。
「──合同イベントに呼べないかなっ!? キミの知り合いのウマ娘をさッ!」
◆
「ほんっっとにゴメン秋川……! 多数決には抗えなくて……」
「いいって別に。来てもらえなかったらそれまでって話だろ?」
「う、うん……」
ちょっと時間が経って帰り道。
ようやく今朝クローゼットから引っ張り出してきたコートとマフラーを身につけて、寒風に震えながら歩いて山田と話をしている。実質デート。
「……実は前もクリスマス辺りで似たような行事はやったらしいんだ。その時は来た人がだいぶ少なくて、去年も役員だった今の会長はそれが心残りでさ。あのイベントには引退したたくさんの三年生を応援して送り出すって意味もあるから……盛り上げたい会長の気持ちもよく分かるんだけど……」
もちろん山田が難しい立ち位置にいることは理解している。役職を考えれば生徒会側の肩を持つのが自然だろうに、それでも俺を慮ってくれて……LOVE……♡
まあ俺としてはバイト先のウマ娘たち三人に
ウマ娘の彼女たちは多忙な身ゆえに恐らく断るだろうし、優しさで無理をして手を貸してくれる事態にならないよう俺と山田で口裏を合わせて、あまりスケジュールに余裕がない風に装って向こうが断りやすい雰囲気で話をする予定だ。
もし来られないという流れになったら俺が合同イベントを手伝う。十中八九ウマ娘たちの参加は望めないに決まっているから、今回は俺という雑用が一人プラスされるというだけの話だ。
「とりあえず明日の打ち合わせに来てくれる? 市民センターで他校の生徒と話すときに資料を配るからさ」
「今くれないのか?」
「まだ残り5ページくらい終わってなくて……会長と相談しながらウチで明日の朝までに終わらせて、先生にも見せないと……ふふ……」
「そ、そうか。がんばれ……」
どうやら山田もかなりギリギリの状態で頑張っているらしい。急かすのは酷だろうし、すぐに予定を確認したいところだが今日は我慢だ。がんばれダーヤマくん。フレーフレー……♡
「てか一緒にやる高校ってどこなんだ?」
「西校だよ」
「……あぁ、あそこね」
「秋川も通学路であそこの生徒とすれ違うから知ってるでしょ?」
そりゃ多少は知っている。
俺たちが東で向こうが西。部活に精を出してる連中も他の高校に比べて西校との合同練習や練習試合をおこなう機会が多く、休みの日にウチの高校の近くに寄るといつも彼らを見かける。それくらい馴染み深い別の高校だ。
──俺個人はそれとは別の理由で西校を覚えていたのだが、山田には関係ないことなので今は黙っておこう。
「んじゃね」
「おう、また明日」
ちょうど十字路に差し掛かった辺りで彼と別れ、特に何を考えたわけでもなくフラッと付近の100円ショップに足を運んだ。
これといって買うべき物はないが、折角なのでゴールドシチーへ送るファンレター用のレターセットでも選んでおこう。豪奢なやつにしてオラが恋に落としてやろ。
そう思って気になった商品に手を伸ばし──別の誰かと手が重なった。
「あっ、すいません」
「いえいえ。こちらこそ……──って、あれ?」
同じ品を取ろうとして手が重なるなんて今時の恋愛ドラマでも無いようなベタすぎる展開だ。
内心苦笑いしつつ、現実だと気まずいだけなんだなと考えながら謝ってその場を離れようとすると、奇遇にも俺と同じレターセットを選ぼうとしていたその女子高生が何かに気がついて声を上げた。
「えっ……秋川? ちょ、待って待って、秋川じゃない?」
無遠慮に顔を覗き込まれ、思わず仰け反った。
ふわりと彼女の髪から香った甘い匂いに動揺して何も喋れないでいると、改めて顔を見て確信を持った
「ぁほらやっぱ秋川だ! うわ~、久しぶり……めっちゃ普通に中学の卒業式以来じゃんっ」
「…………赤坂?」
俺が秋川葉月だと分かった途端に馴れた態度で接してきたその少女は──バッグに付けた派手なアクセサリーや、極端に短いスカートなどの着崩した制服のせいで一瞬判断に迷ったが、その顔と俺自身を知っているという事実が少し遅れて俺に『この女子高生が誰なのか』を教えてくれた。
この少女の名は赤坂美咲。
中学時代、未熟さから出た勘違いによって無謀にも告白してきた俺を、それはもうものの見事にフッたことで人生初の失恋を与えてくれた──元クラスメイトだ。
「あはは。その制服ってことは秋川って東に行ってんだ。知らなかった~」
「……そう、だな。俺も赤坂が西校に通ってんの初めて知ったわ」
ウソをついた。
本当は赤坂美咲が西校に通っている事実は知っていた。
つい咄嗟に『自分だけ進学先の情報を把握していたら気色悪いと思われるのでは』──そう脳裏に過って反射的に出てきた言葉だった。
「……あー、赤坂も手紙を買いに来たのか?」
「そだよ。この前観た映画で推しが名演技し過ぎててさ。もうファンレター送って感情ぶつけるしかないよねって感じ」
「そ、そうか」
「……?」
まったく普段通りのコミュニケーションが取れていない。自分でそう感じてしまうほど緊張しているのは確かだ。
赤坂美咲は中学の頃に比べてより派手めな見た目になっており、自分と違って高校デビューを上手く成功させたんだなと感心しつつ、彼女の前だとかつての情けない自分に逆行してしまっている事実に震えた。君付けも外れてて衝撃。
ただ失恋しただけでは、こんな弱った状態に陥ることはないだろう。恋人関係にならなかったからこそ気を許し合える友人同士になれた男女の話も聞いたことがある。
いま俺が
この赤坂美咲という少女は、一言で表すと"純粋"だ。
だからこそ二年前の俺は彼女に惚れたとも言えるし、そこが赤坂の長所だということは間違いない。
しかし、俺の場合は彼女のその長所が裏目に出た形になる。
クラスの中で『秋川が顔を真っ赤にしながら告って赤坂にフラれた』という噂が──厳密には事実だが、そういう話が広まったのだ。
赤坂にとっては何でもない日常会話における一つの話題に過ぎなかったのだろう。
おそらく友人と話す際にポロっとそれを口にし、瞬く間にその情報が拡散されていった。人の口に戸は立てられない、という言葉の意味を真に理解した瞬間だ。
あまり慎重に扱わない情報だったことを踏まえると、赤坂にとって俺という男子からの告白はそれほど
俺が告白したタイミングもなかなか悪く、もう三年生も終わろうという時期にそのイベントを発生させてしまったため、卒業式まで俺はフラれたかわいそうな男子という扱いだった。
彼女が西校だと知ったのは友人との会話が偶然耳に入ったからだ。
だから東を志望した。元々は同じ志望校だったが、心機一転という淡い願いのもと逃げるように進学先を変更したのだ。色恋沙汰に影響されて進む高校を変えるなんて、あの時の俺はどうかしていたと思う。
「なになに、秋川は誰に手紙を書くつもりなん? ラブレターみたいな古の方式?」
そんな古代人じゃねえ──だなんて食ってかかるのはやめておいて。
今はとにかく普通を装って接することに専念する。
「いや、俺もファンレターを書いて送るつもりだったんだ。この前の映画に出てたウマ娘に送りたくて……」
赤坂もファンレター目的とは言っていたが、きっと相手は今話題のイケメン俳優とかだろう。全く違う相手に感謝と感動を伝えようとして、同じ店の同じ商品に手を伸ばすとは数奇な運命もあったものだ。
「ほぇー。……あれっ、もしかして秋川、恋ダビ観た……?」
頷くと赤坂は目を輝かせた。なんだなんだ。
「えー! ウチもウチもっ! 送るのってゴールドシチーちゃん!?」
「……赤坂も?」
「そだよ! マジめっちゃ良かったよねシチーちゃん……他のキャスト人がベテランしかいない分やっぱ浮いちゃうかなーって思ったけど、なんか役にハマりまくりでむしろ一番目立ってたっていうか……!」
「お、おう」
まるでアグネスデジタルを彷彿とさせる興奮ぶりに思わず気圧された。確かに中学の頃からウマ娘のアクキーなんかはカバンに付けてたが、こんなに好きだったっけか。……いや、単に俺が知らなかっただけか。ウマ娘関連で言えば彼女のお姉さんがトゥインクル・シリーズの実況をやっている事くらいしか知らないし、それも風の噂で得た情報だ。やはり趣味趣向についてはほとんど知らないと言っていい。
──こうして話していると中学時代を思い出す。
この少女を好いていた頃の感情は、どうやら今でも鮮明に覚えていたらしかった。
赤坂のこういう底抜けな明るさが好きだったのだ。
さすがに中学時代よりかは幾分か派手な見た目になっているが、垢抜ける前の彼女もこんな調子で周囲に溶け込み、良い意味で遠慮のない距離感が特徴的で──俺が勘違いする要因でもあった。
レターセットの会計は済ませたものの、うまく別れを切り出せない俺に構わず彼女は『ちょっとコンビニ寄ろ』と言って先へ進んでいく。
首筋に冷たい風が伝う時間帯ゆえに温かい飲み物でも欲しかったのか、赤坂は二人分の缶コーヒーを買って片方を手渡してくれた。
「ほい、秋川の。120円ね」
「サンキュ。──あ、悪い。十円玉ねぇわ。150でいいか?」
「んー。貰いすぎるのはちょっと……あっ、じゃあウチのやつ一口あげるよ」
「冗談だろ……」
「にゃはは。相変わらずウブだな~」
冬を象徴するような曇り空。
わずかな温もりを求めて缶で手を温めながら、人気のないコンビニの外で会話を続ける。
口数の少ない俺と違い、お喋りな赤坂からは白い息がなかなか止まらない。その明るい様子は見た目こそ違えど中学の頃からあまり変わっていないように思えた。
俺は変われたと感じていたが、どうも赤坂の前だと変わる前のよわよわ葉月君のままだ。もしかしたら最初から変われてなかったまである。
「あっ、ねえ秋川。今月末って暇?」
……落ち着け。一旦冷静になって考えろ。
多分なにかの行事への参加の誘いだ。内容を聞いてから返事しよう。
「何でだ?」
「あのさ、実は西校と東で合同イベントをやんだけど、今ちょっと人を集めててね? 当日の簡単な作業だけでいいから、よかったら手伝ってくれないかなーって」
「…………もしかして赤坂、向こうで生徒会をやってるのか?」
「えっ! 何で分かったん?」
どうしてウチのこと知ってるのキモっ! と言われなかっただけよかった。見透かしたような発言は控えないと。
「そのイベント、俺もスタッフ側で参加するんだ」
「えーっ! マジ? 秋川も生徒会に入ってんの?」
「いや……なんつーか、手伝いというか……」
「ふーん……? とにかく一緒に準備できんだ、よかった! んじゃまた明日の会議でね~」
「き、気をつけてな」
「え? 何が?」
「あ……いや、帰り……」
「……アッハハ! え、なに、心配してくれたんだ。優しいね秋川」
こんなしどろもどろで受け答えするくらいなら何も言わなきゃよかった。クッソ恥ずかしい。
「まーまー、家近いしだいじょぶだよ。心配ならついてくる?」
「いや絶対いかねえ。俺も帰る」
「だよね。じゃあ明日の放課後、市民センターでぇ」
そうしてぬるっと解散した。まるで一瞬も名残惜しむ間もなく。
明日も顔を合わせるわけだし、もはや高校は別でクラスメイトですらなくなった相手なのだから、むしろ彼女は親身に接してくれた相手だ。感謝こそすれ他に思うところはない。
空が暗くなってきた。道路を走る車のライトもいやに眩しい。
……とりあえず帰ろう。
今日のところはもう何も考えたくない。
◆
二日後のバイト終わりの日。
トレーニングで休みだったマンハッタンや、即売会で出す本の締め切りが佳境を迎えて激忙し状態なドーベルは来られなかったため、俺とサイレンスの二人でアルバイトを終えた後、彼女を学園前まで見送りに来ていた。
ちなみに練習終わりで偶然居合わせたライスシャワーもそばにいる。両手に嫁。おむライスズカ。
「──え゛っ!? ……き、来てくれるのか? 合同イベント……」
そして別れ際にあのイベントのことをサイレンスに伝えたところ、マジのガチで予想外過ぎる返事をいただきひっくり返ってしまった。
「えぇ、もちろんよ。葉月くんの頼みだもの」
「ぉ、おう……マジか。そう……」
とても眩しい微笑みを湛えて承諾してもらったが、なんというか逆に困って口がつっかえてしまった。
めっちゃ断りやすいようにタイミングと内容を考え抜いて彼女に伝えたのだ。
明らかに無理がある嘘スケジュールや、さすがに立場を弁えてないと感じるほどのカスみたいな軽いノリと態度に加え、じっくり話す時間がない別れ際にサラッと伝えるというカスの三連コンボをぶちかました──のだが、ほぼ確定なはずだった未来予想をブチ壊してイベントへの参加を許諾してくれやがってしまったのが現状だ。おじさん困り果ててしまいますお……♡
「いやっ、けど、本当にいいのか? ほらレースとかトレーニングとか、メディアへの露出も多いしめちゃくちゃ忙しいだろ……? 無理しなくても……」
てんやわんやしながらも説得を試みたが、栗毛の少女はクスッと小さく笑うのみ。は? バカにしてんの? ママにしてしまうよ?
「ふふっ……心配いらないわ。スケジュールはちゃんと調整しているし、今月はビックリするほど時間があるの」
「いや、でも──」
「……それに、やっと葉月くんが
イベントへの参加を頼んだこっちが慌てているおかしな状況を面白がりつつ、サイレンスは終始やわらかな態度で受け入れてくれる。うれP! うぅ、ママ! ぼくちん、ノーブラママじゃないとさみちいんだよ。
……というか、普通に頼ってくれた、ってどういう事だろうか。
「お、俺って普通に頼ったことなかったっけ……?」
「っ? ほとんど無いじゃない。いつも一人で解決しようと頑張っちゃうし、お願い事があってもすっごく真剣な表情で申し訳なさそうに頼んでくるし……」
そうかな。そうだったかも。よく覚えてくれてるね。話の続きは婚姻届けを出してからにしてくれる?
「……だから今日は嬉しかったわ。ようやく当たり前のように頼ってくれて」
当たり前のように頼ったというか、カスみたいな舐めた態度で頼めば断ってくれると思ってそうしたのだが。
ぜんぶ裏目に出ちゃったみたい♡ なんだか目尻が温かくなってきたぞ。
「そ、そうか。……あー、えと、本当にありがとうな。みんな期待してたから、サイレンスが来てくれるのはマジで助かるよ」
「そうなの? それならよかった」
頑張るわね、と微笑んだくれたサイレンスはまさに天使の使い。恋心マックスハザード・オン。
「──あっぁあの!」
そのまま二人で話していると、俺のすぐ隣にいたライスシャワーが声を上げた。びっくり。
少しばかり彼女を置いて話をし過ぎたかもしれない。どうか怒らないで……。
「……どしたの、ライスシャワーさん」
「えとっ、あのね! ……そ、そのイベント、ライスもお手伝いに行っていいかなっ!?」
「へっ……?」
突然の提案に俺は慄いてしまったが、サイレンスはその限りではないようで。
ハッとした表情の後何が嬉しかったのか、口元を緩ませておむライスのそばに寄り添った。
「……ふふっ。葉月くんはどう? ライスさんはこう言ってくれてるけど」
「そりゃ、来てくれたらもちろんありがたいが……」
「ッ……!」
チラ、とライスシャワーへ目を向けてみると、明らかに無理をして提案してくれていることが手の震えで察せてしまった。バイブレーション米。
そもそもどうして彼女はここまで必死に協力の申し出をしてくれたのだろうか。
たまたま近くで話を聞いていたから、雰囲気的にこのままスルーすると申し訳ないと思ったからか?
それともさっきなんかは『あっ、バイクのお兄さん! えへへっ』と言いながらとててっと嬉しそうに駆け寄ってきたくらいだし、もしかして俺のことを愛しているのか。
後者はあり得ない妄想として、動機はともかくライスシャワーが参加してくれること自体は素直に嬉しい流れだ。彼女もまた世間一般に名前が通じてるような有名つよつよウマ娘であり、参加してくれるとなれば集客力のアップも段違いになる。コラボ商品のおにぎり買ったことあります。
──だが、もし大幅なリスケをして参加しようとしているなら止めなければならない。なあなあで彼女の立場が危うくなってしまうような最悪の事態だけは避けたいのだ。
「……その、大丈夫か?」
「なっななななにがっ!?」
「すげぇ汗かいてるし……」
「汗っ!? かいたことないけどっ!」
「……本当にスケジュールは平気なのか? トレーニングとか」
「トレーニングなんてしたことないけどっ!!」
……これ以上の説得はおそらく無意味だ。素直に厚意を受け取っておこう。
「えーと……ありがとな、シャワーさん。きみが来てくれるならイベントもきっと大盛り上がりだ。よろしく頼むよ」
「──っ! う、うんっ! ライス、がんばるねっ!」
パァっと顔が明るくなるコシヒカリ。あまりに邪気が無さすぎる。天衣無縫。
「よくがんばったわね、ライスさん」
「え、えへへ……」
がんばってもらうのはこれからなのだが……あ、いや、明らかに奥手っぽいライスシャワーが勇気を出して参加の意思を見せてくれたことに対してのコメントか。そこは確かに感動したし小一時間ほど撫でて褒めてあげたいところだ。ムインギューーーー♡
「ブルボンさんのおかげだよ。自信をつけるための特訓に付き合ってくれて……」
「もしかして『不幸』って三回言ったら自爆する、って宣言してたアレ?」
「あ、あはは……そんなところかな……」
なにやら二人でコショコショと話してる内容が気になるものの、とにかく当初の本来の目的は達成された。
サイレンスたちが大変にならないよう下手な小細工を弄したわけだが、結局彼女たちがイベントに来てくれるのならそれが一番良いルートなのだ。これ以上は抵抗せず素直に甘えておこう。山田含め生徒会のみんなもきっと喜んでくれるはずだ。祭りのように。
「あ、ちなみに二人とも。今のスケジュールは企画段階のものだから、参加してくれるってなったら今後の会議でもう少し時間に余裕がある予定になると思うから、決まったらまた連絡するよ」
本当にウソのスケジュールのままではまともなパフォーマンスなんてとても不可能だ。実際は提示したモノの三倍は時間に余裕があるから安心してほしい。
「えぇ、宜しくね葉月くん」
「……あの、会議ってライスたちも参加していいのかな……?」
「一緒に聞いてくれるならその方が助かるが……時間、いいのか。来週の月曜だけど……」
「もっもちろん! スズカさんと一緒にいくねっ!」
「他のみんなにもそう伝えてくれるかしら」
「お、おう。……じゃあ、また来週よろしくな」
あまりにもとんとん拍子で事が進んでしまうことに若干気圧されつつも、善意でイベントへの手伝いを承諾してくれた女神二人に手を振って、その日は一旦撤退した。
◆
「うおおぉぉ先輩のすっげぇ気持ちよかったっす! ありがとうございますっ!!」
「そ、そう……ウオッカちゃん、あんま大声でそういう事言わないでね……」
あの天使二人と協力を結び付けたその翌日。
バイトは休みだったが店のちょっとした買い出しがあり、マンハッタンが行くとのことで俺がバイクで彼女の送迎を買って出たのが数十分前の出来事で。
マンハッタンを店の付近で下ろすと同時に、偶然にも喫茶店に入ろうとしていたウオッカちゃんと出くわしたのが数分前。
その可愛い後輩から直々に『マジでなんでもします! だからバイクの後ろに乗せてくださいッ!』とコンプライアンスが疑われそうな条件付きでお願いをされてしまい、別に何もしなくていいと前置きしたうえで彼女を後ろに乗せ、付近を軽く一周してから喫茶店の付近に戻ってきたのが現在の状況だ。
「あっ、カフェ先輩すんません。俺の荷物を見といてくれてありがとうございました」
「いえ……。それで、ウオッカさん。葉月さんのバイクの乗り心地は……いかがでしたか……」
「そりゃもう最高だったっすよ! っかぁー、俺も早くバイク乗りてぇ……っ!」
ちょっとした買い出しだけが目的で今日は店の手伝いがないマンハッタンはまだしも、喫茶店へ寄るために来たであろうウオッカがいつまでも店内へ入らず、俺のバイクを眺めながらマンハッタンと談笑しているのがよく分からない。なんだろうこの状況。あんまりバイクをベタベタ触るようなら薬指のサイズを脅して聞かなければならないが──しっかりと間近で見ているだけだ。どうやら他人のバイクの扱い自体はよく分かっているらしい。
「……そういえば、葉月さん」
この状況で俺に話が振られることあるんだ。基本の挨拶はキスからがマナーだぞ! 脳に叩き込んでおけ?
「スズカさんとライスさんから聞きました。なんでも今月末のイベントでのスタッフを募集してるとか……」
「えっ? あ、いやそれは……」
スタッフの募集ではなく直接の指名だったのだが、あの二人にはそう捉えられてしまっていたのだろうか。特別扱いではなく普通のスタッフとして全国規模での有名人が来ちゃったら裏方のみんなが緊張で爆発してしまうぞ。
「私も……参加してよろしいでしょうか……」
「あっ、それなら俺も手伝いたいっす! 今日のバイクもっすけど、あのときスマホを届けてくれたお礼をさせてくださいっ!」
「……………………マジで?」
二人とも『スケジュールは問題ない』の一点張りで、ご厚意と強すぎる善意に負けて結局彼女たちもイベントへ来てくれる事態に陥ってしまった。どこにでもあるような普通の高校同士の合同イベントなのに、なんか中央トレセン学園のスーパーエースと期待の星が既に四人も参加してしまってるんだが。成果がデカすぎて生徒会のみんなを逆に困らせてしまう可能性が出てきたな。紹介します♡ 俺の自慢の嫁たちです♡
◆
「……ドーベル? つまりあなたは参加しない、という事でよろしいですの?」
『まってまってまって! 絶対参加するからっ! あのっ、マックイーンちょっと電話をツッ──秋川と代わって!』
「はぁ。……申し訳ありません秋川さん。ドーベルが代わって、だそうです」
「分かった。ありがとう、メジロマックイーンさん」
「ふふっ、どうかマックイーンとだけお呼びくださ──ぁっ。……て、手が当たって……っ♡」
そのまま芦毛の少女からスマホを受け取り、電話の向こうにいる大忙しの作家先生との通話を開始した。
事の発端は昨日の夜にやよいがウチに来たことから始まった。
……といっても忘れ物を届けに来ただけだ。彼女がウチに置いていった扇子を、校舎裏でコッソリ渡してすぐ帰る筈だったのだが、トレーニング終わりのジャージ姿のメジロマックイーンと出くわし──現在に至るというわけだ。
どうやらメジロマックイーンもおむライスから話を聞いたらしい。あの女は口が軽いのだろうか。そんなにお手伝いできることが嬉しいの……? ますます淫靡に磨きがかかってるな。我が社の未来も明るいぞ。
「もしもし」
『秋川……? いまスピーカーじゃないよね……?』
「あぁ、大丈夫だ」
情けない声を出しおって厚顔無恥な女だ。愛を伝えたい。心づくしのおもてなし。
『よ、よかった……あの、ツッキー。アタシ無理してるとかじゃなくて、本当にもう少しで作業が全部終わりそうなの。デジたんもいろいろ手伝ってくれてるしね。……だから、アタシも参加するって方向で話を進めてくれないかな……?』
「……了解した。ありがとな、冗談抜きにマジで助かる」
『そ、そう? ……気を遣ってくれるのは嬉しいけど、できればもう少しこっちを頼ってよね。今はさすがにちょっと立て込んでるけど、アタシ……いつもアンタのこと助けられるように準備してるんだから』
何その淫猥極まる発言。恋人化契約締結していく。そのように考えております。
「……ありがとな。今のセリフちょっとキュンとしたわ」
『ッ!? ぁ、あぅっ……もっ、もう切るからっ!』
そう言ってブツリと通話が途切れた。ムラムラしてるくせに♡ あとでたっぷり愛し合おうな。
もうスケジュール云々について聞くのは諦めたが──改めて謎が残った。
どうしてみんなこんなに優しいのだろうか。性格が良い以前にちょっと慈愛の心が育ちすぎてない? 感動したよ俺の理念が末端まで行き届いてる証拠だな。
「うふふっ……私もイベントでの作業、誠心誠意努めさせていただきますわね」
社長に向かってその柔らかい笑みはなんだ? 明らかに恋心が隠れている。マナー違反だぞ。
と、そんなこんなで結局ここにデジタルとゴールドシップが加わって総勢八人もの中央のウマ娘がイベントの設営に協力してくれることになってしまった。ウマ娘戦隊秋川すきすきシスターズ結成不可避だよ。業務成果にご期待ください。
◆
そして二回目の合同イベント会議の当日。
委員会などいろいろあって少し遅れた俺は市民センターの近くで、歩道者側が青に変わるまでがクソ長い信号で待機をくらっていた。普通の手袋と間違えてバイク用のグローブを持ってくるし、寒いから今はこれを身に付けるしかないしで今日はなんだか厄日だ。
それからもう一人誰かがきた。あれは──
「あー! 秋川っ!」
「……赤坂。お前もギリギリか」
「ふひー、走るの疲れた。いやはや先輩たちの長話に付き合わされちゃってさぁ。同級生と違って断りづらいし……」
とても明るく人当たりの良い彼女のことだ、上級生などの目上の相手にもよく好かれているのだろう。
そのまま二人で信号待ちすることになった。
腕時計を確認したが急げば会議開始の三分くらい前までには間に合うはずだ。
……問題があるとすれば、隣にこの少女がいることだろうか。俺はともかく、彼女は妙な勘違いはされたくないに決まっている。
「ねね。……なんかこのまま入っていったら会長たちに勘違いされちゃいそうじゃない?」
「……すまん」
やはりそうだった。俺の読みは結構当たるのだ。ちょっと寝込もう。
「あっはは、別にイヤってわけじゃないけどさ。なんつーか、やっぱお互いちょっと困っちゃうよね~」
く、くるしい。いっそ開き直ってもう一回告白してガチめに困惑させてやろうかな。ちょっと静粛にお願いしますね。
「……青になったぞ。急ごう」
信号が切り替わったため、仲間たちの温もりを求めて一目散に駆けだした。
山田……東校の生徒会のみんな、たすけて……。
「──あっ! 皆さん、秋川さんがいらっしゃいましたわ! ほらゴールドシップ、逆立ちで寝てないで起きなさい!」
「いでっ! んだよマックイーン……もっと優しく起こしてくれよ」
「あわわっ……お、お兄さ~ん、ライスたちどこのお部屋にいけばいいか分からなくて……」
「えっ、マジか先輩ってば、徒歩なのにバイク用のグローブ付けてる……愛がスゲェ……っ!」
「…………葉月くんの隣にいる女の子、誰かしら。デジタルさん、知ってる?」
「ひゃわっ耳が近いこの場のウマ娘ちゃん濃度が高すぎるぅ……! ──ぁっ、えと、あたしも分からないです……秋川さんのお知り合いでしょうか……」
「お友だちがまるで気に留めていないあたり……初対面では……なさそうですが……」
「……ツッキー、トレセン以外にも他校に女の子の知り合いがいるんだ……?」
──たどり着いた市民センターの前では、見慣れた少女たちが集まってワイワイしていた。
姦しいだなんてとんでもない。ちょっとかわいい女の子が集まりすぎ。おだいりさーまとおだいりさま~♡ 桃尻幕府のつまようじ♡ モーニン林の膝太鼓~♡ きょーうはたのP……。
「…………? ……??? …………??????」
そして俺の隣でそのアベンジャーズたちのアッセンブルを目の当たりにした普通の少女は、さらに彼女たちがどうでもいい存在であるはずの俺の名前を呼んでいることで完全に思考が停止してしまったのか、口を開けたまま足を止めて固まってしまうのであった。さすがにちょっと申し訳なくなってきた。