うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ 作:珍鎮
ウマ娘たちによるお~中めっちゃアツアツ♡な熱烈歓迎を受けつつ市民センターへ入っていき、数日前と同じ会議室に着いてから気がついたことがある。
みんながドーベルたち中央ウマ娘の登場にアホほど驚くのは分かり切っていたことであり気に留めるほどではないが、どうも東校の生徒会──もっと言うと生徒会長と山田の二人がなんだか妙な態度に感じられた。
山田は真剣な顔で、会長は表情こそ明るいがどこか居心地が悪そうにしている。
おそらく俺が到着する前に何かを話していたことは分かるが、その内容については終ぞ察することが出来ないまま会議が始まった。
「えーと……ひとまず来てくれたトレセン学園のみんなには、明日以降この地図にマークされてる場所でビラを配ってほしいんだけど……お願いできるかな?」
意外だった。
とても『有名人を呼んでくれ!』と言っていたあの会長のものとは思えない発言だ。
こうしてわざわざトレセンのウマ娘を呼べたとあれば、彼女らのSNSで宣伝するなり、イベントで軽く歌って踊ってもらおうだとか、そういった提案をするだろうと個人的にはそう予想していたのだが。
無論、度が過ぎた要求であれば俺自身が待ったをかけるつもりではあった。
サイレンスを始めウマ娘のみんなは快く協力を承諾してくれたが、頼りすぎてイベントを派手にし過ぎたら担当トレーナーやトレセン学園の方から詰められた際に逃げ場が無さすぎるのだ。
最悪の場合は手を貸してくれた本人である彼女たちが責任を問われるかもしれないと考え、反論用のロジックを脳内で組み立てていたのだが──なんと会議は
「……あれっ、会長がいねえ」
「ハヅキから見て左側の、出口の先にある休憩スペース」
「おう、サンキュ」
会議が終わり、明日から配るビラの分配を室内で行っている中、俺は外に出て休憩している会長の元へ向かった。
「おつかれ、会長」
「……あぁ。秋川君か」
ベンチに座ってお茶を飲んでいる会長からは、やはりどこか気まずそうな雰囲気を感じる。
つい数日前の明朗快活なカリスマ性はどこへやら──それを問うために俺も彼の隣に腰を下ろした。
「あの……会長。ちょっと聞いていいか?」
頷いてくれたため、そのまま続ける。
「
「……そりゃあ、若者が少ない商店街でも彼女たちが街頭で配ってくれたら多少は人の目に留まるだろう」
「ならSNSなんかで告知してもらったほうが早いじゃないか。拡散力も段違いだ」
「それは……まぁ、そうなんだけどね……」
どういう心境の変化なのかが分からない。俺に提案してきたときの会長ならもっと大々的な告知を彼女たちに頼んでいるはずだ。
「ちょっとしたライブどころかウマ娘たちを表に出すようなプログラムも組まなかったし……なぁ、ぶっちゃけ何があったんだ? こっそり教えてくれよ」
同学年だからこそできるコショコショ隠し話作戦でいくと、会長は周囲を少し見渡してから、観念したように語り始めた。機密情報垂れ流し♡ 恥を知ろう!
「その……山田君と少し話をしてね。『
マジか。山田のやつ、俺と口裏を合わせてウマ娘たちが来られないような嘘スケジュールを組んだうえで、それでも俺が彼女たちを連れてこられるって信じてたのか。葉月理解度検定準一級。
「ちょいと振り返ってみてさ。すごく大事なことを忘れていたことに気がついたんだ」
「忘れてたこと……?」
「うん。本来このイベントは東校と西校の引退した三年生を応援して、憂いのないよう送り出すためのイベントだったな、って。……その、秋川君は中央と本物の”縁”を持っているだろう? それでつい、目先の盛り上げばかりに気を取られてしまって……お恥ずかしい限りだよ」
……なんかいつの間にかすげぇ反省してる。
別に『不躾な申し出』とやらを実際に口に出したわけではないし、俺への依頼も生徒会内で多数決を取った結果なのだから、そこまで申し訳なさそうにする必要もないと思うが。
たしかにあのウマ娘たちが登場した方が盛り上がるのは疑いようのない事実だ。それで人が集まるのだからと、熱心に意思表明してくれたら俺だって折れる可能性は十分あった。
言ってしまえば結局のところは高校生が自主的に開催する地域のイベントに過ぎないのだ。規模を大きくして注目度を高めたいのは当然だし、そもそも高校生なんぞ俺を含めて大半はノリと勢いで生きているようなものなのだから、ゴリ押しでウマ娘が協力する企画を組まれても抵抗できなかった可能性が高いし他のみんなもそっちに乗ろうとしたはずだ。
それでも山田の説得で思いとどまれたのなら、それは称賛に値する判断力だ。
「他校の有名人じゃなくて、ちゃんと後輩たちで先輩を送り出さないと──そう思ってビラ配りだけをお願いしたんだ。……とはいえわざわざ来てもらったワケだし、手伝ってくれるのならもう少し準備の一部を任せたいところだけど……」
会長の言いたいことは理解できた。
要するに、最初はバズらせるためにトレセン生徒を頼ろうと思ったけど、色々考えなおした結果やっぱり自分たちで頑張らないとダメだ……という結論に至ったということか。
「そもそも善意で他校の行事に来てもらった人たちに歌とか踊りを要求するの、よく考えなくてもかなり失礼な話だし……」
なるほど。
──ここで俺にも少しだけ分かった事がある。
やはりこの少年は生徒会長の器だ、ということだ。
過ち……という程のものでもないと思うが、それでも仲間からの意見で企画全体を見つめ直し、欲望に負けず反省できるのはリーダーとしての素質が十分備わっていると思う。思わぬ逸材だったな。
まだ俺と同じ高校生なのにここまで考えることができてるなら仕事としては上等だろう。あとはそれを支える俺たち一般生徒や生徒会メンバーがどれぐらい頑張れるかだ。えいえいむんっ。
「つまり会長も、ウマ娘だけが目的のファンの人たちが集まってもイベントの盛り上がりには直結しない……って考えたってことだよな?」
「平たく言うとそうかな……? 山田君の説得のおかげだけども……」
なら話は早い。
俺が呼んだ美少女シスターズには、彼女たち自身のスケジュールの弊害にならない程度に準備を手伝ってもらって、イベントを楽しくするための企画は当初の予定通り俺たち東と西の生徒会で詰めていくってことだろう。中央トレセン生に出演ではなく準備だけを頼むのもずいぶん贅沢な話ではあるが。
そうだ、この際一応彼に言っておきたいことがある。
「……あのさ。会長にこういう事言うと失礼かもしれんけど──ありがとうな」
「えっ。な、なにが……?」
「山田の話を真剣に受け止めてくれたのと、連れてきたウマ娘たちのことも考えてくれてて嬉しかったんだ。だからありがとう」
「…………」
なんか呆気にとられとる。そんなに変なこと言ったかな。
「……はは。秋川君に無茶を言って巻き込んだのは俺なのに、まさかお礼を言われるなんて思わなかったな」
「おう、無茶には困ったが生徒会長さまの頼みだったからな。ちゃんと遂行したぜ」
「敵わないなぁ……」
少し経ってようやく緊張が解れてくれたのか、小さく笑った会長はペットボトルを捨ててベンチから立ち上がった。釣られて俺も立ち上がり、二人で会議室へと戻っていく。
「なぁ、会長」
「うん?」
「俺にできそうな仕事なら遠慮なく振ってくれていいからな。中央のウマ娘たちほどの力はないけど、可能な範囲なら何でもやるからどんどん頼ってくれ」
「…………」
せっかくの学校行事だしなるべくがんばるよ! むんむんっ!
「……きみ、生徒会に興味ない? ちょっと面倒な審査と手続きがあるけど先生の承認がもらえれば、ウチの高校なら今からでも庶務で……」
「えっいや待って待って、何の話」
「ははっ、ウソウソ何でもないよ。そうだ、今日は帰りにファミレスでも寄らない?」
「お、おう……いいけど……」
よく分からん冗談を生徒会長にかまされつつ、部屋に戻った俺たちは当日に飾る会場の装飾作りをはじめることになったのであった。手先が器用とよく言われます♡
……
…………
「秋川ー、そっち持って」
「ほい」
装飾の中にツリーがあり、箱から出してその大きさに驚いた。うおっデカいね♡ しかし遵守建築だ。
「……イベントって十一月の末だよな? なんでクリスマスツリー?」
「去年はクリスマスにやったから……かな?」
一部以前開催した時と同じ備品を引っ張り出してきたせいか、どうも季節を先取りしすぎた物がそこそこ見受けられる。
「ダーヤマさん、秋川さーん。こんなのもありました~」
「っ? デジたんさん、どうし──ァ°っ」
備品の中にはサンタの帽子なんかもあり、かぶるとやけに似合ってるデジタルや彼女にかぶせられて衝撃のあまり石像と化した山田など、多少遊んだりしつつも飾りの準備自体は順調に進んでいる。
そちらは一旦他のみんなに任せ、俺はパソコンをいじいじしてる会計ちゃんの隣に座ってタブレットを開いた。きみもサンタ帽被ってるの? かわいいね。
──想像以上に順調だ。
上手くいきすぎて少し怖いまである。
こういうイベントって何かひと悶着あってそれを解決するためのドラマがあったりするもんだと思ってたのだが、自らを省みて企画を見直す会長を始めとして、ここにいるメンバーがみんなして優秀過ぎてまるで事件が起きるような気配がない。
下手に欲張らなければ予算も足りるし、スケジュールにも余裕があって、あとは次の会議でプログラムの順番を決めればだいたい終わりだ。
……なんか、いいな。こういうの。
いかにも普通の高校生って感じで、ワイワイしながらみんなで行事の準備をするの楽しい。中央のウマ娘がいる影響で多少浮ついてはいるものの作業は滞りなく進んでる。
文化祭の準備の時は怪異に絡まれたりトレセンの大浴場にワープしたりと、学校とは関係ない部分で大変だったから今回の平和がより身に染みる。こういうのでいいんだよな。ナタデココのようなナタデココ。
「よーし、そろそろ切り上げようか。みんなお疲れ。トレセンの皆さんもありがとうね」
ちょうどいい時間ということで作業は一旦終え、会長の指示でみんな荷物をまとめ始めた。
「あのあの! ご迷惑じゃなければサイン貰ってもいいですか!?」
「わ、わたしも……」
「オレも! オレも欲しいっす! お願いします!」
すると作業中は我慢してた生徒たちが、こぞってウマ娘たちの周りに集まってミーハーし始めた。みんなよく我慢してたね♡ 偉すぎますね♡ 月夜ばかりと思うなよ。
逆の立場だったら俺も同じように押しかけてたんだろうな、と苦笑いしつつ席を立つと、会長と山田が近くに来ている事に気がついた。お待たせしてます。いざ男だけでファミレスへゴー。
「片付けは大丈夫そうかい、秋川君」
「今日は三人でご飯食べて帰ろ」
「あぁ。今行く──」
と言って彼らのもとへ向かおうとした、その時だった。
「ちょ、ちょっといいですか!」
突然横から女子の声が聞こえてきて、驚く間もなく俺のすぐそばに一人の少女が駆け寄ってきた。
「……赤坂?」
「あのっ、ゴメンなんだけど今日ちょっと秋川を借りてもいいかな……!」
「へっ? ──あっ、ちょ、赤坂! 引っ張るなって!」
イベントの準備作業中は大人しかった赤坂が何故か急に現れて、山田と会長に断りを入れたうえであれよあれよという間に俺を市民センターから連れ出し、一瞬で二人きりの帰路が始まってしまった。マジで何事なんだヤバい怖い。
「…………」
「スズカさん? どうしたの……あれっ。お兄さん、どこいっちゃったんだろう」
「……こういうの、本当は良くないんだろうけど……」
「えっ? ──あ、スズカさんどこ行くの!? まってぇ……!」
◆
イベントの準備が順調な事と、俺個人が抱える問題の解決は決して直結しない。
といっても、はたから見れば”問題”などありはしないのだ。
ただ数年前にフラれた相手と再会して、俺が勝手にダメージを負っているだけの話なのだから。
心の中の葛藤にしか過ぎず、誰かへ影響を与えることはない。
……とはいえ、今回の俺の行動自体は多くの人に多かれ少なかれ影響を与えるものではあったのだろう。
俺も精神が高潔な清廉潔白な人間ではないし、中央のウマ娘が来てくれたら赤坂も多少は驚いてくれるんじゃないか、と良からぬことを考えていたことは間違いない。
もちろん困らせたかったワケではない。
ただ、彼女がほんの少しでも驚いてくれたら、ちょっとだけスッキリする──そう思っていた部分もあるという話だ。
卑劣だろうか。
傲慢だろうか。
ウマ娘の彼女たちは心からの善意で協力してくれたわけで、この場に置いてカスみたいなしょうもない考えを持っていたのは俺だけだ。武士も食わねど糸ようじ。
「ま、マジでごめんね! 無理やり連れ出しちゃって……あの、ちょっとさすがに聞きたいことが多すぎてさ……」
そしてそのカスに激しく心を乱されてしまった少女が約一名。
市民センターを後にした俺と赤坂は、自販機で缶コーヒーを買ったあと付近の公園のベンチで休憩していた。
もうすっかり陽が落ちており、見上げれば星々が見え……あっ、飛行機。
どういうワケか隣同士で座っており、いろんな意味で緊張してしまい俺の心臓は絶賛バクバクである。汗の分泌も過多。ぶんぶく茶釜。
「……?」
──というか少し先の茂みから見覚えのある耳が見えているのだが。
あの緑のメンコとデカすぎる黒い耳はおむライスズカのコンビで間違いないだろう。もしかして心配で様子を見にきたのだろうか。いったい俺が何人のメスを手籠めにしてきたとごろうじる? 対話のコツなど委細承知よ。
「ねぇ秋川」
はい。とりあえず一旦赤坂の方に集中しよう。
「その……ぶっちゃけどういう関係なの? 中央のウマ娘ちゃんたちと……」
こうして二人きりというまさに逃げ場無しな状況に追い込まれてしまったワケだが焦ることはない。
下手に難しい言い回しをして誤解されることがないように努め、必要以上のことは喋らなければいいのだ。
とはいえ奥の茂みからサイレンスたちの耳が見えている以上は俺たちの会話も筒抜けだろうから、度が過ぎたウソは控えめにしておかなければ。今宵の月のように。
「……運よく知り合えただけだよ。あの中の三人とバイト先が一緒なんだ」
「マ……? 中央のウマ娘が三人もバイトしてるとこに入れるなんて、ちょっと運命力ヤバすぎ……」
正確に言うと俺が働いてる所に彼女たちがあとからやってきたのだが、これを言うと余計にこじれそうなのでやめておこう。
「え、え、普通に一緒に働いてるだけ? なんかめっちゃ認知されてたけど、休日に遊んだりは……?」
「向こうが暇な日に誘ってくれた時ぐらいだな」
「ヤバ……そもそも誘われるんだ……」
ムッッッヒョ~♡ さすがにここまで驚かれると少しばかり優越感が出てきてしまうな。おちおちアクメもできやしない……。
赤坂の驚嘆のため息が夜空に溶け、幾ばくか無言の時間が過ぎていく。
缶コーヒーを手の中で転がしつつ、ちらりと隣を一瞥する。
どうやら『むむむ……』と唸りながら次の言葉を考えているらしかった。よく見たら隠れ美人なフェイス。しかしマゾメスだ。
俺から言いたいことはあまりないが、同じ中学を卒業した一般人が有名人たちと繋がりを持っている事がにわかには信じられない彼女のほうは、もっとたくさん聞きたい事項が多いのだろう。これはきっと失礼に当たらない形でうまく探りを入れられるような質問を考えている顔だ。
「……や、ゴメン。もう聞かないわ」
「いいのか?」
「うん。とりあえずイベント当日までよろしくね」
「お、おう」
なんだか意外とあっさり解放され、その日の密会は終わりを告げた。
まだまだ質問攻めしたそうな雰囲気だったが、なぜか彼女はグッと堪えて翌日以降普通に接してくるようになった。
普通……なのだが、どうも隙あらば俺を見つめているような気がする。……♡?
どう対応したものか悩んだが彼女から何か言ってこないなら一旦思考の外側に置いておこうという結論に至り、とりあえずは目前に迫ったイベントに集中することとした。
「…………」
「ツッキー、ちょっといい? 配る用のビラが昨日は意外と早く無くなっちゃったから、もう少し印刷したいんだけど……」
「そこにある共用のパソコンから印刷ボタン押してくれ。データは左上のファイルの中な」
「……あわわ、さっきまで晴れてたのにライスが出ようとしたせいで雨が降ってきちゃった……買い出しに行けない……うぅ。やっぱりライスは──」
「あ、シャワーさん、折り畳み傘持ってきてるからこれ使って」
「いいの……? でもライス、帰りに物を濡らしちゃうかも……」
「わ、分かった、一緒に行こう。俺もいれば多分大丈夫だから」
「っ! あっ、ありがとうお兄さん! ……えへへ」
「……おーいマックちゃん? なにボーっとしてんだ」
「ライスさん……ふふ、なかなか強かな手腕ですわね……!」
「うおっ。なんか燃えてやがる……」
……
「ん? どした山田」
「えと……うちの演劇部と映画研究部が発表の順番でちょっと揉めてるらしいんだけど、今日は会長がいなくて……」
「あー、じゃあ俺が話つけてくるわ」
「僕も行くよ!」
「いや生徒会も出し物あるんだろ? 向こうは俺一人で大丈夫だから、お前はそっち進めといてくれよ」
「で、でも……」
「どうかご安心を、山田さん。秋川さんには
「えぇっ!?」
「……マックイーンさんが来てくれるなら即時解決だな……」
……
「なんか西校の吹奏楽部がこのお店で打ち上げをしたいって言ってるらしいんだけど、秋川君はどう思う?」
「前日だってのにずいぶんと急だな……てか会長、ここちょっと高くないか? そんなに大きい店でもないし……明日の夕方からでも打ち上げできるような店ならいくつか見つけといたから、電話で直接向こうと相談しよう。なんとか別んとこで納得してもらわないと」
「そうだね。向こうの生徒会に番号を聞いてくるよ」
「せんぱーい! 入り口の飾り付け終わりました!」
「ん、ありがとうウオッカちゃん。中で椅子を並べてくから外の人たちを呼んできてくれるか」
「了解っす!」
「…………」
──そして何やかんやあってイベント当日。
特に何事もなく当初のプログラム通りに進んでいき、結局最後まで事件などは起こることもなく無事に合同イベントは終了した。
来場者数も上々で、あくまでウマ娘が登壇するようなイベントではないと理解して観に来ている人たちが大半だったこともあってか、俺目線では普通に盛り上がっていたように思える。
がんばる後輩たちを見にきた先輩たちの中には感動して泣いてる人とかもいたし、最後に協力してくれたスタッフみんなで終わりの挨拶をする際にサプライズでこっそりサイレンスたちも加わり、最後にもう一度盛り上げてから閉幕した今回のイベントは『大成功』と言っても間違いないだろう。
いまは絶賛打ち上げの真っただ中だ。
いわゆる注文制の食べ放題の店でおこなっており、企画がしっかり成功したこともあってか少々ハメを外している生徒も見受けられるが大きな問題はない。
……問題があるとすれば、やはり俺個人の範囲内に限っての話だ。
いったん店の外に出て、星が煌めく夜空を眺めながら俺は赤坂と二人で話をしている。ガツガツ飯食ってたら急に呼び出されたのだ。手短にお願いしますね。
「はぁー……何というか、見る目が無かったのはウチの方だったか」
「……なんの話だ?」
ため息を吐きつつもどこかスッキリしたように小さく笑う赤坂の横で、俺は極めて冷静な態度を保てていた。ふぅっふぅっ♡
この数週間のおかげで多少は彼女に対して発生する極度の緊張というものが発生しづらくなったのだ。
それは時間や慣れのおかげでもあるが、なによりウマ娘の少女たちが近くにいることで
「……ねえ秋川。中学の修学旅行んときにみんなで恋バナしたの覚えてる?」
「ん……あぁ、サッカー部の連中に先導されて俺たち男子が女子の部屋にこっそり忍び込んだアレか」
「そーそー。あとで先生にめっちゃ叱られてさー」
確かに印象深い思い出ではある。
しかし、どうして今それを持ち出してきたのだろうか。
「……あの時さ、ウチが『夢を叶えるまで恋人は作らないかなー』って言って場を白けさせたじゃん?」
それもよく覚えている。普段はバランスの良い空気だけを吸っている赤坂が唯一雰囲気を外した場面だ。
「でも卒業前の時期に秋川が告白してきてさ、マジでビックリしたよね」
「……あの時は周りが見えてなかった。すまん」
「にゃはは、謝ることじゃないって。……ウチらも中学生だったんだし、ほんとに謝るような事じゃないよ。むしろ謝るべきなのはあの時クラスの子に教えちゃったウチのほう」
「……そうか。まあ確かにあの時期はキツかったな」
「ご、ごめん……あの、マジ今更だけどお詫びとか……」
「ははっ、それこそ今更だろ。……俺にも非があったんだし、気にしなくていい」
──あぁ、そういえば。
中学生の頃の俺は初めての恋に感情が揺さぶられ過ぎて、赤坂に対して『自分だけはワンチャンあるんじゃないか』と自意識過剰な思い込みを抱いて告白したんだった。
無論、届くはずはない。
中学生の発言とはいえ、前もって恋人は作らないと宣言していた相手に玉砕する覚悟も持たずに好意を伝えたのだ。フラれて然るべきだし、覚悟していなかった分メンタルがボコボコになるのも当然だろう。
マジで本当に俺の考えが浅かっただけだ。
トラウマではあるが、これをトラウマだと語るのは流石に自分勝手が過ぎる。だからこそコレは心の中に押し込めておかなければならない過去なのだ。
「でも、ごめんだけどあの時は正直秋川のこと……見る目無いなって思ってたよ。あぁいう時期に『恋人は作らない』って宣言してるような、ぜんぜん可愛げのない女に告白してきたんだもん」
ぐうの音も出ない♡ あまりにも秋川葉月が愚かすぎて……もう何も言うまい。
「でも、今回のでそれは違ったなって」
「……そうなのか?」
「うん。確かに中央のウマ娘ちゃんたちと縁を繋いでるのはマジめっちゃありえん凄かったけど……それだけじゃなくて、いろんな人に指示を出したり、自分から率先して問題の対処に取り掛かってたり……なんか中学ん頃の秋川からは想像できないくらいカッコよかった」
…………真正面からカッコいいって言われた経験がなさすぎてどんな返事をしたらいいか分からん。
俺としては普通にイベントの準備に取り掛かっていたつもりだったが、どうやらその姿が赤坂からの俺への評価を変えてくれていたようだ。
「だから、見る目が無かったのはウチのほう、って話」
「……いや、あの時の判断は間違いじゃないだろ。赤坂の言う通り中学の頃はただの勘違い野郎だったわけだし……変われたのは高校生になってからだよ」
もし、あのとき赤坂が告白にOKを出してくれていたら、きっと俺はもっと勘違いを増幅させた真のクソ男になってしまっていた事だろう。
皮肉でも何でもなく、厳然たる事実として彼女があの時俺からの告白を断ってくれたからこそ、ほんの少しは誇れる今の自分に変われたのだ。
世界が自分の思い通りにならない事を知って、その先でもっと思い通りにならない存在である
だから俺がカッコいいんじゃない。
先輩に意思を伝えず、やよいから離れ、人間関係と責務から逃げ続けていたカスの俺に、成長という名の変化を与えてくれたあのカッコいいウマ娘の少女たちのおかげで今があるのだ。
「ふぅん……そっか。あの子たちが理由で、きっかけなんだね」
はい。九分九厘。
「……そういや、赤坂の夢って……?」
「言ったことなかったっけ、レースのアナウンサーになりたいって。ウマ娘ちゃんたちが大好きだから、いつかお姉ちゃんみたいにトゥインクル・シリーズでの実況ができたらなって思ってるんだ。まだまだ未熟もいいとこですが……」
にへへと自信なさげな笑顔!? それがパパに対する態度なのか?
いまのトゥインクル・シリーズで多くの実況を務めているアナウンサーが、確か赤坂美聡という名前だったはずだ。
姉に追い付きたい、とはなるほどいい目標だ。中学の頃から目標を定めて、色恋沙汰も絶ってきた覚悟は相当なものだろう。面白い女……♡ 年末だね。
「そうだ、秋川は?」
「えっ?」
「ほら、将来の夢とかあんの?」
「……夢、か」
──ふと、彼女の言葉で我に返った。
現在の状況……俺は何も追いかけていない。何者にもなろうとしていない。
そうだ。赤坂と違って俺は明確な夢というものを持っていないのだ。
思えば幼い頃から場当たり的で、応急用の医療品やもしもの時の備えくらいは用意していたが、しっかりと未来を見据えた事は一度も無かった。
やよいと俺を取り巻く環境がイヤで本家から逃げて。
何も分からず何も選ばないまま樫本先輩と離れ離れになって。
いまだって自分の呪いを解くためや、迷惑を撒き散らす怪異たちを野放しにしないために
これからの卒業後のこと、支えてくれている少女たちとの未来のこと、いつか呪いを解呪して──相棒との別れの日を迎えた後のこと。
こうして赤坂に未来の選択を問われるまで、それらのことを深く考えた事がほとんどなかった。
「……わかんね」
今はまだ何も選べない。焦るな! 急いては事を仕損じる。
「そんなに器用な人間じゃないから……やる事が多いと目先のことで手一杯なんだ」
「……そっか。見つかるといいね、秋川だけの夢」
「まぁ、そうだな。いつかはちゃんと見つけるよ。ありがとな、赤坂」
浅からぬ関係を築いたウマ娘たち全員を侍らせて王になるという低俗な夢はあるのだが……そういう事ではないのだろう。これはどちらかといえば妄想の類だ。
「…………ちなみになんだけど、いま絶賛女の子たちに認知されまくってる秋川くんはウチのどんなとこが好きだったの?」
「っ゛お……」
マジの不意打ちすぎる質問で変な声が出るところだった。てか出た。
なんかちょっといい感じに青春めいた綺麗な会話をしていた直後なので、格好悪いところはなるべく見せたくないのだが。というかいきなり変な質問をしないでほしい。舐めた態度とってると恋人にしてしまうよ? 生徒会役員がこのようなマゾメスでは……未来は……。
「な、何だどうした。いまさら俺の情報なんか聞いても益にはならんだろ」
「……まぁ、一度はフッた女だもんね。流石にこれで詰めるのは手のひら返し過ぎるか。ごめんごめん」
たりめーだ脅かし女。俺から情報を引き抜きたきゃ俺のこと好き好き♡になってから出直してきてね。一見さんお断り。
「じゃあさ、もしウチがトゥインクル・シリーズの実況に就けて、秋川が自分の夢を見つけられたら……その時はまた友達から始めてもいい?」
「いや……別に今も友達ではあるだろ」
「……ハッ。確かに!」
思慮が浅いよプリティーガール。放課後にみっちり教育をしてやらねば……♡
「んじゃ、これからも友達としてよろしくね。もし
「……あぁ。そん時はよろしく頼むわ」
「にひひ。じゃあ先に戻ってんね~」
やはり明るくそう言った赤坂は、一足先に店の中へと戻っていった。
その足取りは軽く、数週間前の困惑や憂いはきれいサッパリ無くなっているように見えた。
まさかもう二度と近づけないほど亀裂が生じたと思っていた相手と、改めて友人関係に戻れるとは思っていなかった。
いつの間にか、俺をサポートしてくれる仲間がたくさん増えている気がする。
頼りになる親友の山田に、今後は何かと助けになってくれそうな生徒会長、それから貴重な女子側の意見を考えてくれる赤坂。
あの攻撃力が高すぎる美少女たちと今後も渡り合っていくうえではなんとも頼りになるパーティーメンバーたちではないか。俺だけでは道を踏み外していつか間違えたルートへ進んでしまうかもしれないが、今回の合同イベントを経て得た仲間たちがいてくれるなら意外となんとかなりそうな気がする。あいつらまじマブくね? 声かけてみようかな。
「……なんだかんだで楽しかったな、合同イベント」
冷えた夜風に当たりながら呟いた。
何者かに脅かされることもなく、俺の過去以外は特別な事情も絡んでこない、極めて平和なイベントだった。
いつの日か思い描いていた理想の青春そのものだ。
幼い頃に読んだラブコメ漫画のような、本当にただただ楽しい学生生活──
「がぁ」
…………自分でも少しフラグっぽいなと感じる思考をしていたわけだが、まさかこんな狙い澄ましたようなタイミングで
カラスだ。
店の外のベンチで座っている俺の前に、カラスが一羽現れてガァと鳴いた。茶臼の中からボワッと インダス文明登場。
「うおっ。な、なんだ……? めっちゃカラスが……」
そのままいつも通りケンカをふっかけてきて特殊フィールドにでも行くのかと身構えていたがどうやら違ったらしく、眼前に現れたカラスの周囲にもう一羽、また一羽と次々に別のカラスたちが集まってきている。
そしてざっと五十は集結したんじゃないかというところで、鳥公共はバサバサと飛びながら中央のカラスにくっ付いていって──気がつくと
「……ウマ娘?」
大量のカラスが合体しまくった結果現れたのは、まるでウマ娘のような耳と尻尾を携えた、長い黒髪の少女であった。
いったいどこから見繕ってきたのか色が真っ黒に染まった中央トレセンの制服を身に纏っており、先ほどの異様な合体シーンを目撃してない人が見れば、元がカラスだとは思えないほどにしっかりとウマ娘の風貌をしている。
──何だそりゃ。
いや、怪異なら何をしてもおかしくないと思ってはいたが、それでもまさか安易に擬人化して美少女形態に変身するとは思わないだろ。
それなりにバトってきた付き合いがあるからこそ、常にカラスの姿でちょっかいをかけてきた害鳥野郎がウマ娘のような姿に変わったことが、こう、なかなかに受け入れ難い。いまさら攻撃しづらいフォルムに変身すんな。頭きた絶対アクメさせてやる。
「がぁ。……あっ。ぅ、んん」
自らの喉を触りながら、声を出して調整するカラス。
少し経って準備が整ったのか、黒い長髪の少女は無表情のまま口を開けた。
「れーす」
「……は?」
呟いた少女が手を前に差し出すと、俺の手に握られていたスマホが吸い込まれるように彼女の手に渡ってしまった。
「おわっ俺のスマホ……っ!」
「きょうは、じゅんびうんどう」
「なに言って──あっ、どこ行くんだ!?」
意味不明なことを呟いた元カラスの少女は俺のスマホを握りしめ、そのまま夜の街の方へ駆けだしてしまった。
「待てコラッ! 俺のスマホ返せ!」
あまりにも突然の出来事で何が何だかわからないが、とにかく彼女に持っていかれてしまった携帯電話を取り戻すため、瞬時にサンデーとユナイトしてあのトリ娘を追いかけ始めた。
カラスは今までのような飛行ではなく実際に地に足を付けて走っており、対象が捉えやすい分追いかけること自体は容易だ。
──なのだが。
(ハヅキ……これ、ちょっとマズいかも)
(なにがだっ!?)
(あの怪異、実体を得てる。私たちとの闘いの経験値で自己変化するだけの力を身に着けたみたい。あの姿は完全に
誰にでも見える……つまり怪異ではなくぱっと見た限りではウマ娘にしか見えない少女が、絶対に街中では出しちゃいけないような速度で駆け抜けているということで──ようやく気がついた。
一番の問題はそれを
「わっ!? な、なにあれ!?」
「どこかのウマ娘……? ──えっ。なんか男の子が追いかけてる……!?」
人が大勢いる夜の街を駆け抜ける中、道行く人々が次々に俺たちを目撃し、衝撃を受けていく。
ウマ娘に変身したカラスはまだいい。見た目は完全にウマ娘だから、あの自動車にも迫る速度で走っていても危険で珍しくはあるが、別にあっても不思議ではない光景なのだ。
だが俺は違う。
俺は男だ。
いま、一目で東校の男子だとすぐに分かる男子用のブレザーの制服を着て走ってしまっている。
街中を駆け抜けるウマ娘を、明らかに男子だと分かる人物がほとんど同じ速度で追いかけている。
その状況をこの世界の常識に照らし合わせた場合、それは全くもって『ありえない』話なのだ。
ヒトはウマ娘に追いつけない。
ただただ当たり前に存在するこの世の真理だ。
ウマ娘は、その娘という名の通り女性しかいない。男のウマ娘は存在しない。
まず大前提としてウマ娘はいわゆる『超人的』な、ヒトの身ではどんなに鍛えようと発揮することができない神秘に満ちた身体能力を有している。
つまりこの世界の男は絶対に、何があってもウマ娘には追い縋れないのだ。
──それを今、この身をもって覆している。
男がウマ娘を追いかけることが出来てしまっている、という光景をコレでもかというほど大勢に見せつけているのだ。
(ハヅキ、向こうは特殊な空間を展開する気がまるでない。もう自分に有利なフィールドを作らなくても勝てるって考えてるんだと思う)
そんなことは分かっている。怪異はレースで戦う時は、基本的に自分で天候を弄ったり障害物を発生させたりすることが可能な特殊フィールドを展開してきていた。
それは不幸中の幸いというもので、誰の目にも認識できない異空間で戦っていたからこそ、俺はこれまで常軌を逸した身体能力を発揮しようと誰にも噂される事がなかったのだ。
だが、その状況が覆ってしまっている。
特殊フィールドを必要としなくなった怪異が現れた事によって、俺はサンデーとユナイトしたスーパー葉月君状態のフィジカルを往来で披露させられてしまっているのだ。このままではマズい。
「っ!? ばかッ、コースくらい考えろッ!」
ついに道路ではなく建物の上や電柱の上を飛び回りながら追いかけなければならなくなった。スパイダーマンの如く。
もういっそスマホを諦めたいところではあるが、あんな現代科学の粋を集めた最強万能機器を渡してしまったら何を学習されるか分かったものではない。
強くなった怪異はあの夏のイベントの時のように、バトル漫画の悪役も斯くやと言ったような大迷惑ファンタジー攻撃を繰り出せるようになってしまうのだ。こっちの手に負えなくなる前に、パワーアップされる可能性は万に一つも残してはならない。
「──なっ!?」
「どうしたの、ルドルフ」
「げ、幻覚か……? いやっ、しっ、シービー! あそこを見るんだっ!」
「急に何さ。もしかして流れ星でも──えっ」
やばい、やばい。
厳密には俺もカラスもウマ娘ではないため、パフォーマンスが普通のウマ娘たちすら凌駕してしまっているのだ。通行人から見て目立ちすぎてしまっている。
カラスはよく分からん怪異パワーにこれまでの経験が蓄積されていて、俺とサンデーのユナイトはそもそも『俺』が『サンデー』の身体能力をそのまま行使するのではなく、俺と彼女の能力をかけ算した場合の運動性能を発揮しているのだ。走るだけでなく跳躍で建物や電柱を飛び回るのも不可能ではない。
もはやチートと言ってしまっても──いや、使いすぎると俺の肉体がぶっ壊れてサンデーが深い眠りに沈んでしまうリスクがあるあたり、バグ技と表現した方が正確かもしれない。
この世界のバグに対してこちらもバグで対処しているのだ。はたから見て“異常”に映るのは一周回って当然だろう。
だからマズい。高速で動いてるし夜だから俺の顔もハッキリとは見えないだろうが、早急にこの状況を終わらせないと後々大変なことになる。
「……ね、姉様。……あの、あれ」
「アルダン? 何をそんな呆けた顔で──……っ? ……???」
「私たち……疲れているのでしょうか」
「……ふふっ、きっとそうね。今日はもう帰りましょ」
やばい、やばい。
「タマ」
「いーやもう一切どこも寄らんで。ええかオグリ、買い食いにも限度っちゅーもんが──」
「タマ。知らなかったのだが……男子にもウマ娘がいるのか」
「は、はぁ……? おるわけないやろ……急に何言うとん……」
やばい、マジでやばい。
あまりにも目撃され過ぎている。ここから情報が発信されて撮影でもされたらいよいよ大変だ。
「いい加減にしろテメっ……!」
どこかの建物の屋上でようやく追いつき、彼女を無理やり押し倒してスマホをぶん取った。間近で見ると確かな美人・フェイスだが惑わされはしない。
そこから瞬時に後方へ跳んで距離を取る。少女の姿をした怪異はゆっくり起き上がると、わかりやすく眉を顰めてため息を吐いた。
「……また、まけた」
テメェなんぞ一生かかっても俺たちに勝てるわけないだろと言い返す間もなく。
くやしそうな表情の少女は再び数十羽のカラスに分離し、そのまま夜空の向こうへと飛び去っていった。
「イったか……」
ひとまず今回のレースは終わったようだが──困ったことになった。
あいつが人型になったこともそうだが、今回のような中途半端な勝利では怪異の心を粉砕することはできない。
いつかどこかで思いっきり大差をつけて負かさなくてはいけないのに、やつはもう特殊フィールドを必要としていない。
つまり現実世界のどこかの場所で実際にレースをしなければならないということなのだ。下手すると超人的な身体能力を発揮している場面を、顔と共にハッキリと目撃されかねない。今日のように夜ではなく昼にやったりしたら顔が鮮明すぎてもっと最悪だ。
「……はっ、ぁ」
──なにより深い駆け引きが発生してしまう人型との戦いは、単純に俺たちの消費が激しい。
屋上の床に膝をつき、まもなく俺はうつ伏せにぶっ倒れた。キッツウゥゥーーーイ♡ 色即是空。
今回は早めに捕まえたから鼻血と極度の疲労感で済んでいるが、ゴリ押しだけでは通用しない本格的なレースをするとなると、いよいよ現役ウマ娘たちのように特訓をする必要が出てくるかもしれない。
「……もしもし、マンハッタンさん? いま、呪いの原因のカラスと闘ったんだが……少し事情が変わって……」
カラスから取り返したスマホを使い、朦朧とする意識の中で事情を共有している嫁に電話を入れた。
とはいえそう長くは保たないようで。
「いま、位置情報を送るから……申し訳ないんだが、むかえ、に……」
電話口の向こうから聞こえる焦った声も次第に遠のいていき、体力が底を尽きた俺とサンデーは分離してその場で意識を手放してしまうのであった。
……
…………
「ん……っ」
早く目覚めなければならないという意思が無理やり身体を起こしたのか、深い眠りに入る事なく俺は覚醒した。腕時計を見ればまだ五分程度しか経過していないことが分かる。
それから、コンクリートの床に倒れ伏した割にはどうしてか妙に柔らかい後頭部の感触に違和感を抱き、首を横に動かすとサンデーが隣で寝ていることを把握すると同時に『ひゃんっ』と可愛らしい声が上から聞こえてきた。い、いったい……?
「オイいきなり頭動かすなって、くすぐってーだろ。起きたんなら先に言えよ」
「…………ゴールドシップ、さん?」
「呼び捨てでいいって前にも言ったろ、秋川葉月」
そこで状況を理解した。
いる場所は変わらずどこかの建物の屋上だが、施錠されていたであろう屋上へのドアがぶっ壊れており、俺は芦毛の少女に膝枕をされているらしかった。顔のすぐそばに制服越しの乳がある。ロング乳・ロングライフ。
「はぁ……そろそろ本格的にマックイーンを説得する必要が出てきたな」
「……何で、俺の場所が……?」
「そりゃお前が走って店から離れてくのを見て追いかけてたからに決まってんだろ。流石に信号機とか建物の上とかは飛び回れねーから苦労したんだぞ? ってか、それよりお前な」
ぺし、と額を優しく叩かれた。恋しちゃいそう。後はめくるめく種付けの時間となっております♡
「いつの間にあんなヤバいやつに目ぇつけられてたんだ? お前の周りだけ世界観が違いすぎない?」
「……これまで大したことなかった輩がパワーアップしたんだ。追いかけないともっと大変なことになってた」
「つってもウマッターでとんでもないことになってんぞ。明るさとか距離の関係で顔はハッキリ映ってはねえけど、写真でどこの高校の制服かは特定されてるし……あれ、おい?」
眠すぎて話の半分も脳に入ってこねぇよデカ乳女。ムッチリリモンチリリ。
えっ、待ってこのゴールドシップとかいう女、よく見たら乳がありえんデカさを誇っていませんか? すげぇ乳……E、いやFはあるな……。
そう、全力ではないが今までと違ってそれなりにしっかりとしたレースを、ユナイト状態で決行してしまったのだ。三大欲求が三点バースト・リミットブレイクするのもやむなしと言うか。今すぐ乳を揉みしだいてやってもいいくらいなのだが。0.1秒で退けたら勘弁してやろう。
夢にまで見たデカ乳が目の前にある。
ずっと欲していた憧れがすぐ触れられる位置にある。
だというのに意識が保てない。志半ばで天下布武に届かない。本能寺。除夜の鐘もかくやといったところ♡
「おっぱい──」
「……ッ? いま聞き捨てならないセリフが聞こえた気がするんだが……あっ、おい寝るなって! おっぱいって何だ! 何が言いたかったんだおい! 起きろおっぱい野郎!」
「あっ、葉月さんがいました……っ! ゴールドシップさんが診てくれていたようで──」
「アタシのおっぱいが何だって!? いやアタシじゃないのかおっぱいは!? この土壇場で口にしたという事は複数の意味合いが含まれる特殊な暗号という事か!? ダ・ヴィンチ・コード的な!?」
「…………」
「おっぱいってなんだ秋川葉月ッ! もう一度言え! 何かもう一つヒントさえあればアタシなら解明できる! 何でおっぱいという単語を声に出したんだ!? 秋川葉月ッ! おっぱいとはッ!? 応答しろォーッ!!」
「………………スズカさんたちはそこで少し待っていてください。一旦私が状況を把握してきます……」