うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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何度目の勘違いだ! 申してみよ!

 

 

 メジロ家の美少女たちが目白押しする珍事は看護師さんの参入で幕を閉じ、樫本先輩に付き添ってもらって退院をしてから数日が経過した。

 コスプレグッズや衣服の材料といった今後必要になる物もあらかた集め終わり、買い物に付き合ってくれた山田とファミレスで夕食を済ませて、帰ってから風呂も終えた俺はパソコンで怪異について調べているのだが──特にこれといって進展はない。

 ヒーロー面するためのコスチュームはデザインの案すら思い浮かばず、ネットの海を潜っても怪異の情報は乏しくどうでもいい怪談話ばかりがヒットする。

 ゆえに、ちょっと疲れて畳に仰向けで寝そべった。大往生。

 

「ハヅキもココア飲む?」

「あぁ、頼む」

 

 ふわふわで柔らかそうなパジャマ姿のサンデーが台所へ向かい、自分も温かい飲み物で一息つくことが確定したので一旦思考を放棄することにした。

 いまの時刻は夜の八時前。

 正直これといってやる事がない暇な時間だ。

 

「ん……目の下のクマ、治ってきたね。体調はもう大丈夫そう」

 

 サンデーが言った通り、渇き疼いていた三大欲求はこの数日でしっかり整えることができたので、身体の調子は問題ない。……あっ、ほっぺつつかないで。あなたが僕の新たなるママ!?

 つい数日前は俺もサンデーもユナイトの副作用で頭が沸騰してしまっていたようだが、不幸中の幸いというべきか、気絶からの入院というイベントが挟まったおかげで、少し冷静になる時間が生まれたため現実で道を踏み外すことは無く、すべて未遂に終わったのが現状だ。ちゃんと夢で済ませました。疑似身体測定なぞ現実で出来るワケなし。おっほ♡ ノーブラなの?

 

 ──それから入院したことは、すぐやよいにバレてしまった。

 この怪我の説明は『転んで階段から落ちた』という事にしておいたが、流石にそれでは説明のつかない脱水症状や貧血については見事に疑われてしまい、その事情を共有したやよいとは数日後に話をすることになってしまっている。

 もう何も言わずに事情を隠し通すのは難しそうだ。

 どうしても危険な目に遭わせたくない一心で黙っていたものの、もしかするとこのまま下手に隠し続けるほうが、彼女との関係性を良くない方向へ進めてしまう可能性が高いかもしれない。

 やよいに説明するための、何かそれっぽい理由を考えておかないと──

 

「……そういや、相談してくれとは言われてるんだよな」

 

 また一人で懊悩しそうになってしまったが、俺と関わってくれたいろんな相手から口々に『抱え込まないで相談するように』と釘を刺されていたことを思い出した。

 特定の誰かに、ではなくみんなからだ。

 山田を始めとして赤坂や生徒会長、バイト先の店長といった大人まで味方になってくれている。

 いまの俺はもう一人ではないのだ。誰にでも話を聞いて貰える──とはいえ。

 やよいと俺の関係性を把握していて、尚且つ怪異の事にも理解がある相手はそう多くない。

 

「……」

 

 ふと、天井を見つめた。

 もし相談するなら誰だろうと考えた。

 正しい大人の意見を持っている樫本先輩。

 怪異についての理解が人一倍あるマンハッタン。

 飾らない言葉や誰よりも高い行動力で忌憚のない意見を述べてくれるサイレンス。

 それぞれ俺に寄り添ったうえで最良の答えをくれそうな相手ではあるが──

 

「……あいつに頼んでみるか」

 

 他の誰でもなく、一番最初にやよいや秋川家の事情を相談した相手に話を聞くことに決めた。

 いつも彼女は等身大の意見をくれる。

 だから、なんというか相談がしやすい気がする。

 ……その相手がネットや雑誌でも見ない日がないほどの超が付く有名人だということを今一度思い出して、スマホをタップする指が止まりかけたが、深呼吸を挟んでもう一度画面に向き直った。

 断られてもいいんだ。

 わざわざ顔を合わせるわけでもない。

 ただメッセージ上で軽くやり取りするだけでも構わないのだ。

 気兼ねなく声をかけて、なんとなくで会話を繋げていく……そんな普通の友達なのだから。

 といっても女子にメッセージを送るので緊張しないわけでもない。それとなく自然な感じでいこう。

 そうと決まれば早く送ろう。

 ──メジロドーベルに。

 

≪夜分遅くに失礼いたします≫

 

 ミスって明らかに不審なメッセージを送信すると、既読が一瞬で付いた。ベルちゃん子作りしようとは送らなくて助かった。危なかった。

 そこから三分ほど待ち時間が発生して、あぁ今は忙しいから返信できないんだなと察してスマホをテーブルに置いた瞬間、メッセージの着信音が部屋に響いた。焦らしプレイとは酔狂なメスめ。かわいい♡

 

≪どしたの≫

 

 すぐに返事を返してくれたのは嬉しいが、三分かかるほどの文量では無いように思えた。別の作業中だったのだろうか。

 

≪いま大丈夫か≫

≪うん。タイキはまだ戻って来てないし、部屋で一人だから≫

 

 タイキって誰だろうか。

 ……あぁ、同室のウマ娘か。

 思い返してみればドーベルの交友関係などほとんど知らない。

 すっかり彼女の事を分かった気になっていたようだが、まだまだメジロドーベル理解度検定三級の合格は遠いようだ。

 

≪ちょっと相談があって≫

≪相談?≫

≪たぶん少し長くなりそうなんだが≫

≪いいけど、それなら電話にしよっか?≫

 

 マジ? いまは男子との関わりが欲しい女子が多いとの事だし、部屋で喋っているところでルームメイトが帰ってきたり、来客が来ないとも限らないのにその言い草お笑い草。

 

≪トレセンで俺と電話しても大丈夫なのか≫

≪……確かに誰と通話してるのか聞かれたら大変そう≫

 

 サイレンスやマンハッタンなら気にしないのかもしれないが、人の目が気になりやすいドーベルには負担になってしまうだろう。

 

≪あ!≫

≪どうした≫

≪それなら明日さ、直接会って話そうよ。ツッキーは用事あり?≫

 

 まさかの展開。話を聞いてもらうだけのはずが、突然のデートイベントに変更となりました。お心遣いありがとう♡ 和をもってよしとなす。

 

≪用事なしだけどいいのか ほら、トレーニングとかあるだろ≫

≪明日の午後はフリーなんだ 漫画でも読んで時間を潰そうと思ってたくらいだし、アタシは大丈夫だから≫

 

 というわけでデートが確定した。

 高校生の男子同士ならこれぐらいのノリで遊びの約束が決まってもおかしくはないが、まさか最強有名ウマ娘になった今のメジロドーベルが、そんなフットワーク軽めに対応してくれるとは思っていなかった。

 もしかしたら俺のために自分がやりたい予定だったことを後回しにしてくれたのかもしれないし、ここで断るのは逆に失礼というものだ。ここは素直に甘えていこうママ。

 

≪マジでありがとうな 昼はどうする?≫

≪あ≫

≪……?≫

≪ぃ一緒に食べよッ!!!!≫

≪わかった じゃあ駅前集合で≫

≪うん! トレーニングが終わる時間はまた後で連絡するね≫

 

 そんなこんなで急遽出かける予定が決まった。

 明日は図書館で怪異について調べようと思っていたが、やめだ。ベルちゃん優先。本当にありがとう愛してる。

 

「…………はぁ」

 

 嬉しいため息がその時の俺の表情は、きっとクシャっとしただらしない笑顔になっていたのだと思う。

 

 

 

 

 ──その日は雨が降っていた。

 新しく決まったバイト先へ向かう途中に襲ってきた、今朝の予報には無い突然の大雨だった。

 カサなんて当然持っていない俺は替えの服が無いことに焦燥し、カバンで頭上を守りながら雨宿りできそうな場所を目指して走っていく。

 そこで、屋根のついた小さなバス停を発見した。

 自分が向かうバイト先とは正反対の方向へ進むバスなので、乗って出勤するのは不可能だが、まぁ通り雨など少し待てばすぐ止んでくれるに違いないと考えて、そこへ駆けこんでいく。

 寸前で、気がついた。

 どうやらバス停のベンチには先客がいたらしく、そこに座っていたのは見慣れない制服を着た他校の女子だった。

 

「っ~……! 何なの、リアリティラインがどうのって……超常的な部分はちゃんと一話で描写してるのにぃ……っ!」

 

 そして、その先客が俺の存在に気づくことはなかった。

 雨脚が強まり、蛇行した水たまりに雨粒が跳ねる音が大きくなったせいなのか、はたまた顔を真っ赤にして周囲が全く見えなくなるほど、その手に持ったスマホの画面内に書かれた文字列がよほど気に入らないのか。

 どちらにせよ相当な癪に障る発言をくらっているように見えるため、空いている隣のベンチに腰掛けるのは難しそうだ。

 

「……」

「ウマッター垢にまで突撃してくるなんて、どんだけ暇人──わひゃっ!?」

「えっ。あっ……」

 

 ため息をついた少女がふと見上げたその瞬間、彼女の視界に俺が突如出現したように見えたせいか、その少女は驚いてついスマホを落としてしまった。

 

「おっと……」

「ぁ……!」

 

 そのまま転がって水たまりにダイブしそうになったスマホを、俺は無意識的に咄嗟に拾い上げた。

 よく反応できたなと自分でも驚きつつ、捕まえた携帯電話に傷が無いか確認しようとして──画面が自分のほうへ向いている事に気がついた。

 

「あぁっ……」

 

 そこで少女のなんだか情けない声が聞こえたものの、急な事で体が思い通りに動かない俺は、失礼なことに彼女のスマホの画面を凝視してしまった。

 そこには『気に入らないなら読まなければいいでしょバーカバーカ』という、恐らく彼女の何らかの作品に対して粘着している相手に対しては正論でありつつも、少々稚拙と言えるような文章と共に”どぼめじろう”というアカウント名が表示されていた。

 

「……」

「……。」

 

 言い訳をすると、本当に画面を見るつもりなどこれっぽっちも無かった。

 他人のスマホの画面を見つめるなどプライバシーの侵害もいいところであり、自分でもそういう部分は弁えて行動できていると信じていたのだ。

 しかしどうやら緊急事態にはめっぽう弱かったらしく、反射的に落下しかけたスマホを拾えたのはいいものの、落とした少女と同様に俺自身も気が動転してしまっていた。

 早く返さないといけない。

 画面を見てはいけない。

 そう頭の中では理解しているのに、何故か視線がスマホの画面から離れない。体が言う事を聞かない、とはこういうことを言うのだろう。

 

「……わ、わぁーっ!」

 

 数秒間の沈黙を先に破ったのは少女のほうであった。

 バシッとスマホを奪い取り、抱きかかえるように画面を隠しながら涙目で俺を睨みつけてきた。本当に申し訳ないと思う。

 

「みっみみっ見た!!?」

「え……あっ、その、ごめん。全然そういうつもりじゃなくて……」

「……もしかして、内容は覚えてない感じ……?」

「えーと……気に入らないなら読まなければいいでしょバーカバーカって文章と、どぼめじろうって名前……?」

「ギャアアーッ!!!」

 

 とんでもない悶絶具合だ。もしかして俺は触れてはならないパンドラの箱を開けてしまったのだろうか。深く憂慮する。

 

「さっ最悪だ……一般の人にバレちゃったァ……っ!!」

 

 どうやら俺は相当見てはいけないモノを目撃してしまったようだ。もしかしてこの後にでも殺されるんじゃなかろうか。

 ──ていうかこの女子、よく見たらウマ娘だ。

 昔と制服が違うから気づくのに遅れたが、着ているのも今の中央トレセンの制服だし、なんと将来有望なエリートさんの知られざる秘密を偶然知り得てしまったらしい。国家反逆罪。

 

「あっ……雨が止んできた。あの、じゃあ俺はこれで……」

「っ!? ま、待って! 行かないで! まってまって止まってぇ!!」

「うおっ……っ!?」

 

 通り雨は予想通りすぐに止んでくれたようだが、その代わりにどうやっても予想しようのない運命(ハプニング)が俺のもとに舞い降りてきてくれやがったようだ。もう最悪ですよホント♡

 

「ちょっ、俺バイト行かなきゃだから……!」

「これ見たんだよね!? お願いだから誰にも言わないで! 言ったら──なっなんかもう激ヤバなとんでもないことするから!!」

「それお願いじゃなくて脅しじゃねえかッ!? あのっ、マジで遅刻するから放して……! くっそ、ウマ娘めちゃくちゃ力強え……っ!」

 

 今世紀最大のワガママ女が襲来。そんな性根で中央トレセン生を名乗ってたの? 驚きを通り越して呆れ果てたよ。てかちょっと背中にお乳が当たりすぎてますよ♡ 忸怩たる思いだ……。

 

「言わない! 誰にも言わないから!」

「そんなの証明できないじゃんっ!」

「じゃあ監視していいから! 連絡先とバイトしてる店を教えるから! とりあえず痛ぇから一旦離せべらぼうめ! 控えおろう」

「えっ、ぁっ……は、はい。……あの、ごめんなさい……」

 

 

 ──あぁ、そういえばアイツとの初対面って、こんな感じだったっけか。

 

 なにか惹かれるようなことは何もしなかった。

 足を怪我したところに颯爽と現れて助けたわけでもなければ、酷い炎天下の中で汗を拭いながら必死に探し物を手伝ったわけでもなく。

 転びそうなところを支えたわけじゃないし、遅刻しそうなところをバイクで助けたなんて事もない。

 ただ雨の日に偶然鉢合わせて、俺はスマホの画面を盗み見て、彼女は無茶苦茶な理論で俺を引き留めるという、連鎖した互いの落ち度で“縁”が生まれた奇妙な関係だった。

 カッコつけた挙動なんて一つも見せられなかった。

 まだ何も持っていない、何者でもないただの男子高校生にしか過ぎなかった秋川葉月と初めて縁ができたウマ娘──それがメジロドーベルだったのだ。

 

「……んんっ」

 

 目を覚ますと、俺は自室の布団の上だった。

 置き時計の短針は正午より少し前を示しており、カーテンの隙間からは眩しい光が暗い部屋の中へ差し込んできている。

 もうそろそろ起きて準備しないと約束には間に合わない。そう思いつつも、頭の中はまだ覚醒しきっていない。

 

「……まさか夢に出てくるとは」

 

 どうやら夢──というよりピンポイントな過去の記憶を想起していたようだ。

 かなりの精度で再現されていたのは、夢の管理人やスケべお化けモドキと夢の世界で関わった経験があるからかもしれない。

 本当にあの夢の通りだ。

 メジロドーベルとは全くもって理不尽な、ひどい偶然が重なりあった不思議な出会い方をした。

 

「むぁっ……あれ、子供に戻ったぽよぽよカフェは……?」

「どんな夢みてたんだよ……ほら、もう顔洗って出かけるぞ」

 

 マンハッタンの夢を見ながら俺の毛布を奪い取るなどマゾメスすぎるだろ。猛省せよ。

 ──改めて考えてみると不思議な軌跡だ。

 あんな出会い方をしたにもかかわらず、今日俺はあの少女と二人きりで会う約束を取り付けている。

 連絡先を交換して間もない頃は、俺は中学でフラれたように相変わらず女子相手のコミュニケーションがてんでダメで、向こうはそもそも男とまともに会話するのが無理で目も合わせてくれない状況が長引いていたというのに──我ながら目を見張る成長だ。

 

 サイレンスやマンハッタンとの関わりを経て、自ら縁を手繰り寄せる勇気を手に入れた後に起きたあのロッカー閉じ込められ事件の前までは、俺たちの間には特にこれといって特筆するようなイベントは何もなかった。

 今は有名ウマ娘が目当ての客で連日大盛況なあの喫茶店が、まだ知る人ぞ知る隠れた名店だった頃の話だ。

 他の客が来ない時間帯にドーベルがやって来て、カウンターで暇を持て余した俺が彼女の漫画を読んで、感想やどうでもいい話題で数十分くらい間を保たせてそれで終わり。

 ただの短くて小さなやり取りを一日、二日、一週間と続けていって──

 

『新しいの、最初の十ページできたから読んでみてよ』

 

 あの日『彼氏が欲しい──中央トレーニングセンター学園のどこかで、誰かがそう言った』というモノローグから始まるラブコメ漫画を読ませてもらった。

 そうだ。

 あの時からだ。

 

『……今のトレセン自体がそんな感じなの。皆はまず男の人の知り合いを作るところから四苦八苦してるみたい。おかげでネタには困らないけどね』

 

 彼女からその話を聞いたからこそ、デカ乳ウマ娘とのチャンスを感じた俺は応急手当の医療品を携えて、よくトレセン生がトレーニングで通ると言われている河川敷へ向かい──転んで土手から落ちた栗毛の少女と出逢いを果たす事が出来たのだ。

 ドーベルこそが、ウマ娘と俺を縁で繋いでくれた最大の起点。

 

「──あっ! ツッキー!」

 

 駅付近の銅像の近くで手を振りながら、ニット帽と変な星型のサングラスで雑な変装をしている少女の下へ歩いていく。

 最初から運命力なんてものは欠片も持っていなかった。

 一度秋川の名前から目を背けて、逃げて一人になって、秋川葉月というどこにでもいるようなただの男子高校生になった。

 そんな俺が“ツッキー”になって、いま多くの人々と縁を繋げることができているのは、他でもない──親愛なる、はじまりの君が、ちょっとばかり力強めに無理やり引き留めてくれたからだ。

 

「お疲れ、ベル。待たせちゃったか」

「全然。だっていま予定してた集合時間の十五分前だもん」

「……今は集合の十五分前、だよな?」

「え? うん。……──あっ! いやっ、別に緊張して三十分前から来てたとかじゃないからね!? ほんとっ、偶然早く来れただけっていうか……!」

 

 どうしてそこで狼狽してしまうのだよ。あまりにも可愛すぎて怒りを鎮めるのに幾星霜を要しましたよ。

 

「と、とりあえずお昼ご飯いこっ」

「……そうだな」

 

 こうして巡り合った運命に感謝♡しつつ──もう少しこの少女に敬意を払った態度で接しようと心の片隅で思った、そんなある日の昼であった。

 

 

 

 

 ──と、自分の中で勝手にいい感じに心の整理をつけていたものの、肝心のドーベルは同じではなかったらしい。

 

「マックイーンから連絡貰った時はほんっとに心配したんだからね……」

「いや大袈裟だって」

「大袈裟なもんですか! アンタ意識を失って救急車まで呼ばれた自覚ある!?」

「……それは、まぁ……はい。ごめんなさい……」

「えっ、あ、謝ることじゃないけどさ……」

 

 昼食を済ませた後、軽く話しながら歩いているといつの間にか着いていた小さな公園。

 そこでブランコに乗りながら相談をして、気がついた時には俺が無茶をし過ぎている、という話題へと移っていた。足開けっぶっとい足開けっ。そうそう。

 もう陽が落ちかけている。

 辺りはオレンジ色に染まっており、季節が冬という事もあってか宵闇はすぐそこまで迫りつつあった。

 そんな短い夕方の時間を人気のない小さな公園で過ごしている。

 いかにも青春を感じるシチュエーションではあるが会話の内容は普通じゃない。こんなはずじゃなかったんだ。ぼ、ボクチンはただ大好きな恋人とデートを……。

 

「……ごめん。こんなの、ツッキーが一番理解してることだよね……」

「い、いや、それこそベルが謝ることじゃないだろ。別に怪異が悪いってだけの話で……」

 

 焦って訂正しようとすると、ドーベルはブランコを漕ぐのをやめて地に足をついた。

 

「……アタシも一緒に闘いたい。怪異とレースをしたのも結局一回きりだし、ツッキーの負担を少しでも減らしたいんだ」

 

 気持ちは嬉しいが個人的にはドーベルが危険な目に遭うほうが避けたい事態だ。……という思考が彼女にとっては嫌なのだろうが。ていうか君おっぱいデカいね。

 

「ベルがそう言ってくれるだけで大分助かってるんだぜ。もうアイツらとの事は運命として受け入れてるし──」

「それっ!」

 

 ビシッと指をさされた。なに? 恋人役の指名?

 

「そういうとこから否定していこうよ。よく分かんない怪物たちと闘う覚悟なんて……コミックの中だけで十分だよ。いまは闘うしかないかもだけど……悪い怪異と一生付き合ってく義理なんて無いじゃん」

「それは……まぁ、そうだな」

 

 当面の目標はあのカラスの討伐だ。

 俺をしつこく狙い続けている怪異はアイツだけだし、他の怪異たちに力を分け与えているのもあのカラスとなれば、やつを祓えば俺のヒーローごっこは一旦幕を閉じるはず。

 

「とりあえずカラスを倒すまでは一旦この状況を続けないとなんだよ。他に手があるわけでもないしさ」

「……じゃあ、他のことでアタシにもできる何か、ない?」

 

 生チョコ。

 もちろん無いわけではない。

 現に一度サイレンスやマンハッタンと協力して怪異を一体やっつけてくれた実績がある。戦力としては申し分ないと言っていい。

 怪異を感知できるサンデーがいる分俺の対処が圧倒的に早くなってしまっている、というだけの話なのだ。

 

「怪異と闘うことだけじゃなくてもいいの! せめて、ツッキーの負担を少しでも減らせたらなって……」

 

 何と献身的なお嫁さん♡ 種付け許可って理解でいい? 答えよ!

 無論俺の負担を減らす事なんてドーベルにかかれば造作もないことだ。普段から褒めたり撫でてくれたりするだけで軽く世界を救える。泊まり込みでお世話なんてしてくれた日には宇宙創世も夢ではない。

 とはいえ冷静に考えたら結婚しない限りそんなことを頼めるはずもなく。

 せめてドーベルが俺を手伝えていると実感できる何かがあればいいのだが──

 

(一個ある。ベルちゃんに手伝ってもらう方法)

 

 ほんとかサンデー! それは一体。

 

(デュアルっていって、簡単に言うと私とのユナイトの負担を、ハヅキとベルちゃんの二人で分散することで減らすことができる。上手くいけばこの前みたいに疲弊で昏倒したり鼻血が出たりすることはなくなるかも)

 

 えめっちゃ良い事尽くめじゃん。

 ドーベルも積極的な意思表明をしてくれたことだしベストタイミングだ。それでいこう。

 で、具体的にはどうすればいいんだ。

 

(ハヅキとベルちゃんの間にパスを繋げればいい。……でもちょっと時間をかけて複雑な工程を挟むことになるから、ここじゃなくて家でやった方がいい)

 

 了解した。善は急げというし早速やっていこう。イけ! イけ!

 

「ベル。ちょっといいか」

「うん?」

「実は俺の負担を減らす方法があるんだ」

「えっ!」

 

 その嬉しそうな顔は学園では見せるなよ? チョロいマゾ女だと周囲にバレるからな。好きだよ。

 

()()()()()()()()()()、俺の家まで来てほしいんだが……」

「あ、うん、分かった!」

 

 二つ返事で快く了承してくれたドーベルを連れ、暗くなり始めた公園を後にする。

 まさか今日ドーベルを家にあげることになるとは思っていなかったが思わぬ収穫だった。まぁもう結婚してると思うけどな。これで平気な顔して家に上がったら同意したものとみなす。

 

「……あれっ」

「どうした?」

「う、ううん、何でもない」

 

 ひょこひょこと俺の後ろをついて来るドーベル。もういっそ熱く手を握って隣を歩いてしまえばよいのに。ウェディングロード。

 

「こっ、ここじゃできない、負担を減らす方法って…………ぁ。……も、もしかしてツッキー……?」

 

 小声でぼそぼそ呟いているがどうしたのかな。その囁き声は俺の耳元でのみ発揮しなさい。将来の夢はバイノーラルマイクです!

 

「えっあっ……まままさかっ、()()()()……ッ!? どどっどうしよう──!」

 

 ちなみに全部聞こえてるけど違うと思う。……解呪の儀式がほぼ疑似交尾なのを考えるとこっちもヤバい可能性は十分にあるな。迂闊に『安心しろ』とか言えねえ……。

 少し経って家には着いたが──

 

「つ、ツッキー。ちょっと電話しなきゃだから、先に入ってもらってていい?」

 

 頷いて一足先に家の中へ入ると、間もなくドーベルの小さな声が聞こえてきた。音のソノリティ。

 

「もしもし、トレーナー? えと、いろいろあって今日は門限までには帰れないかもで……う、うん、寮に連絡、よろしくお願いします……」

 

 冬だから陽が落ちるのが早いだけで、周囲は暗いものの早めに済ませれば寮の門限には十分間に合うと思うのだが──分からんか。解呪の儀式も一時間はかかるし、こういうのはすぐ終わるとは限らない。

 

「……ふ、ふぅー。……う、うん、よし。だいじょぶ、平気っ。……アタシだって夏のイベントの時、ツッキーの手に尻尾を絡めちゃったりしたし……こっちにも責任はあるよね。それに力になるって言ったばっかりだし。ツッキーも……男の子、だしっ。……よ、よーし! いくぞ、逃げないぞ、がんばるんだぞ、アタシ……っ!」

 

 …………この際もういっそ逆に押し倒して俺のものにするか。ここはひとつ婚姻で手を打たない?

 ていうか今気がついたけどユナイトの負担を分散するってことは、多少弱まるとはいえ身体的な疲弊とは別に俺と同じ()()()()()()()もドーベルにも伝播するということでは? やっぱり心と体を通わせる煩悩は最高だ……これが絆……ッ!

 

 


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