うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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やぁデジタルさん元気? バストサイズ増えた?

 

 

 ……

 

 …………

 

 

「──じゃあ、そろそろ始めるか」

 

 親切な謎の美少女こと新堀さんに家まで送られ、あまりにも辛すぎる風邪を気合いで治しつつ、爆発寸前だった三大欲求もなんやかんやで無理やり解消した、その翌朝。

 この家の中には俺の声に反応する少女が四人存在していた。

 

「…………ふん」

「つ、ツッキー? この子、ほんとにあのカラスなの……?」

「なぁ秋川、腹減ったからカップラーメン食っていいか」

 

 一人は俺に夢の深層領域でポコポコにされ遂に負けを認めた宿敵こと、違法擬人化カラス、通称カラ子。

 もう一人の困惑している表情の彼女は、言わずもがな早朝から我が家へ突撃してきた通い妻ことメジロドーベルである。

 

「一応そいつは本物だよ。ですよね先生」

「そうにゃ」

「秋川ー。給湯機借りるぞ」

 

 それから三人目は猫耳付き秋川やよいの姿に変身した先生だ。お行儀よく正座している。

 もはや現実世界でもこの姿になれるだなんていよいよ何でもありになってきたな──と思いつつ。

 先生がここまでしなければならないほどカラ子が無視できない存在なのだという事にも思い至り、気を引き締める意味で俺も先生に倣って足を正座に組み替えた。なんか釣られてドーベルも正座してくれた。かわいい。

 

 あとなんかズゾゾゾゾとスゲェ顔でカップ焼きそばを貪ってるゴールドシップもいる。呼んだのは俺だがお前マジでマイペースの化身だな。

 

「理事長の頭の上にいた猫ちゃんが現実世界で擬人化してるのも十分驚きなんだけど……んんっ」

 

 なんとか困惑を飲み込んでくれたのか、咳払いを挟んで真剣な表情に切り替わった。

 

「ご、ごめんなさい、もう慣れました。あたしもしっかり適応していきます」

「すまん。サンキュな、ベル」

「全然だいじょぶっ! 今日はスズカとカフェの二人の気持ちを預かってここに来てるし、驚いてばっかりじゃダメだから。……じゃ、じゃあ始めましょう猫ちゃん先生っ」

「ん。では」

「ゲホッ! ゴフォッ!!」

「わっ、ツッキー……ゴールドシップが咽せてる……」

「大丈夫か、ほら麦茶」

「うぐぐ……か、辛すぎる……」

「何でよりによって激辛の焼きそば食ってんだよ、お前……」

 

 と、そんなこんなでヌルっと『カラ子の今後の処遇』についての話し合いが始まるのであった。

 

 

 クリスマスに消えた俺がこの街へ戻って来て、一週間と少し。

 まもなく冬休みは終わりを迎え、またいつも通りの高校生活が再開される──となると今ほど時間の余裕は取れなくなる。

 そのためカラ子の今後を決めるには今日しか時間がなく、どうしてもスケジュールのタイミングを合わせることができなかったサイレンスとマンハッタンの代わりに、こうしてドーベルが来てくれたというわけだ。

 

 そしてゴールドシップもあの日一緒に戦ってくれた山田やデジタルの代理人という形で、忙しい時間の合間を縫って話し合いに参加してくれた。

 こうなるともう今日中に結論を出すしかない。

 いろいろと後回しにしてきたすべての情報の整理を終えてからようやく、俺たちは新年を迎えることができるのだ。

 

 ──で。

 

「ん……ツッキーはカラ子ちゃんのこと、許したいんだ」

「……あぁ」

 

 俺自身が伝えたかった意見は全て彼女たちへ開示した。

 カラ子には制裁を加えるのではなく、あくまで和解する方向で話を進めたいという事。

 そして──

 

「最終的には彼女を味方として引き入れたい。……これが俺からの提案だ」

 

 元は敵であった怪異を仲間に迎え入れたい、という旨をドーベルとゴールドシップへ伝えた。

 

「……そっか」

「ほぉん……」

 

 ので、この場において議論する相手は目の前にいるこの二人だけだ。

 カラ子は『お前たちの決定に従う』の一点張りで特に意見する様子は無く、先生も最終的な判断はこちらに任せると言ってくれた。

 つまり有記念組の意見を担当するドーベルと、あの場で手を貸してくれた山田たちの総意を持ってきてくれたゴールドシップとの対談で()()()()()()二人を納得させなければ、俺の望むルートには進めないという事である。

 

 ──もちろん優しさでカラ子を許すだとか、そういった話ではない。

 彼女が物言わぬ傍若無人な怪物のままであれば封印やらお祓いやら諸々あったかもしれないが、現時点で元怪異であった少女は人並みの知能とハッキリとした人格、そして責任能力とヒトに近い倫理観を得た存在となった。

 意思の疎通が可能になったのだ。

 であれば話は変わってくる。

 

 まぁ、カラ子に対する俺の考えは以前サンデーに語った通りだが、彼女をパーティに加え入れたい理由はもっと明確なものがある。

 

「……簡単に言うと、カラ子には先生を支える役になって欲しいんだ」

「猫ちゃん先生の……助手みたいな?」

「あぁ」

 

 ドーベルの声に頷き、俺の隣で神妙な顔つきで正座している先生を一瞥する。

 

「これまで先生はたった一人でこの街の人々の夢を守って、怪異たちのことも管理してくれていた」

 

 詳しい活動内容は未だに把握しきれていないが、少なくともカラ子から『管理人』と呼ばれていた事からして、怪異たちに対して何らかの対処をしてくれていたのは明白だ。

 

 ──マジで身も蓋もない事を言うと、こっちの人手が足りなさ過ぎるので少しでも味方を増やしたい、というのが俺の思惑の真実である。

 

「けど以前祓った怪異も復活して、いよいよ先生だけじゃ手が回らなくなってきてる」

 

 去年の夏のイベントの際にお友達でいましょうルート三連発の悪夢を見せてきたあの怪異が夢の境界から現実へ逃げ出せたのも、サンデーを連れ帰るために深層領域へ赴き、夢の管理を一時的に放棄せざるを得ない状況になったからだ。

 

 ここまで来ると流石に先生の労働環境が劣悪過ぎるだろう。

 あの半永久的に沸き続ける怪異たちと夢の世界の平和を守るという仕事を一人で担うだなんて正気の沙汰ではない。

 

「だから必要なんだ。ある程度の事情を把握している仲間が、最低でもあと一人は先生のそばに欲しい」

 

 一拍置いて、続ける。こちらの意見は先に全て出してしまおう。

 

「カラ子は強い。ユナイトした俺たちと張り合えるくらいだし、レースが出来ない先生を支える上では実力も申し分ない。まだ怪異寄りの思考ではあるが……こうして身柄を俺たちに預ける潔さも持ってる。人間に等しい人格も備えた今なら、こっちの世界のことを学んでもらう事も出来ると思うんだ。

 そうして正式にカラ子を迎え入れて、戦力を増強した状態で奴らとの闘いに備えたい」

 

 これまでバトってきた敵を味方に引き入れる際に使う説得の材料がフワフワした理由では仲間たちを納得させることはできない。

 だからこそなるべく合理的に聞こえるよう努めながら話しているのだが──

 

「……うん。ツッキーの言いたいことは大体わかったよ」

「まぁそうだな。一応理に適っちゃいる」

 

 そう言う二人は未だ真剣な面持ちのまま。

 何というか、理解はしてくれたが納得しているかは微妙なラインの表情だ。

 とはいえ、俺から言いたいことは言い切った。

 次は彼女たちの弁論を静かに聞き入れるターンだ。

 

「……っ」

 

 正座したまま、口を噤んだ。

 ──覚悟はしている。

 あの日助けてくれたゴールドシップたちではなく、敵であった存在の肩を持っているという自覚はある。

 裏表のない善意で助けてくれた相手が、そんな状況でどう思うかなど考えるまでもない。

 だが逃げてはならない。

 この意見を口にした責任を負えるのは、俺を置いて他にはいないのだから。

 

「……ま、いいんじゃねーの?」

 

 そうして断頭台に立つ囚人の気持ちで構えていたところ、耳に飛んできたのは全く予想外の反応であった。

 

「……えっ?」

 

 ので、つい素っ頓狂な声が漏れた。

 

「ドーベルはどうなんだよ」

「あたしたちも……うん。猫ちゃん先生の為にカラ子ちゃんを仲間にして、戦いに備えるってことだよね。なら、それでいいと思う」

「えっ、ちょ……」

 

 ドーベルもゴールドシップもあっさり受け入れる──だなんて展開になるとは微塵も考えていなかった。

 理解が追いつかない。

 

「そうなるとカラ子ちゃんには一般常識を教える役が必要だよね……」

「アタシがやろーか。人外の教育くらいお安いご用だぜ」

「す、ストップ。そこは流石にあたしがやるから」

「何でだよ」

「えーと……お屋敷の設備を使ったりとかいろいろ都合がいいし……」

「おめーアタシじゃ不安って顔が隠しきれてねーぞ。ったく、心配しなくても一人前のタコ焼き職人に育ててやっから任しときな」

「いや焼かせる必要ないからタコ焼き……っ!」

「…………あ、あの、二人とも。ちょっと待ってくれないか」

 

 そろそろ耐えきれず完全に俺そっちのけで話し合いを始めた美少女二人の間に割って入った。

 

「んだよ」

「どしたのツッキー」

「いや、どうもこうも……い、いいのか? カラ子の件……」

 

 おずおずと言えば向こうは不思議そうに互いを見つめ合うのみ。一体どうなってる。

 

「オメーがそうしたいって言ったんだろが」

「それはそうだが……あまりにもすんなり受け入れてくれたもんだから、つい……」

 

 つい最近までカラ子は敵だった。

 それは覆しようのない事実だ。

 中山競場に襲来し、それを守ろうとした山田たちにも当然攻撃してきた。

 ゴールドシップなんてクロスカウンターで相打ちになるほどの激戦を繰り広げた相手だ。

 人格の変化を間近で目撃した俺はともかく、そんな敵だった存在を許してあまつさえ味方として受け入れるだなんて普通では考えられない。

 だというのに目の前でそのイレギュラーが発生してしまっていて、俺は恥ずかしながら動揺が隠せないでいる。

 

 すると、そんな様子を見かねたのかドーベルが仕方なさそうに小さく笑いながら口を開いた。

 

「……スズカとカフェはね、ツッキーの決めた方を支持したいって言ってたの。誰よりも危険な目に遭ったのは最後まで残ってたツッキーだから、戦った相手のことを理解した上で答えを出すだろうからって」

 

 その言葉に頷いたゴールドシップも続く。

 

「ダーヤマとデジタルもそんな感じだったんだよ」

「うん、それで二対四だからツッキーの案でいいかなって思ったの」

「な、なるほど……」

 

 そんな二人の説明で納得──しかけたところで一つ、引っ掛かる部分があった。

 

「……二対、四……」

 

 そんなつい復唱してしまった俺の言葉を聞いて、ドーベルは少しだけ俯き、ゴールドシップはバツが悪そうに後頭部をかいた。いったい何だろうか。

 二対四。

 会話の流れからして恐らく、今回の件に関する多数決の比率であることは間違いないだろう。

 その場合における“二対四”の内訳がどうなっているのかを、俺は一瞬で判断することができなかった。

 ドーベルはサイレンスとマンハッタンの意見を。

 ゴールドシップは山田とデジタルの主張を預かってここに来ている。

 

 ──そして先ほどこの二人は俺の提案に対して肯定的な態度を示してくれた。

 サイレンスたちや山田たちも俺の意見を尊重してくれる姿勢でいてくれていると語ってくれた。

 なので、分からない。

 六対ゼロ、ではないのだろうか。

 

「……あー、秋川葉月。そんな深く考えないでくれ」

 

 そうして思わず思考に意識を傾けすぎて黙ってしまった俺を呼び戻したのは、ゴールドシップの声であった。

 

「今の二対四の“二”ってのはアタシとドーベルの事だ。事前の話し合いの段階じゃ反対意見を持ってたんだが、ドーベルたちと合わせて多数決の結果を出して、それを共有してからこの家に来たんだよ」

 

 それに続くようにドーベルも顔を上げ、口を開く。

 

「だ……だからツッキーの決めた方向でいいって言ったの。多数決の時点でツッキーの意見を尊重するって決まってたから……」

「あくまで()()()()()をすんなら、アタシら二人はカラスを外に出すことも仲間に加え入れんのも反対だ──ってだけの事だ。けど由緒正しき多数決の結果はオメーの意思の尊重だったわけだし、もう気にしなくていい」

 

 どこか気まずそうな雰囲気のドーベルと、まるで彼女を庇うかのように補足を入れ続けるゴールドシップ。

 あぁ、なるほど理解はした。

 言葉の意味は確かに理解できた。

 

「まぁ、事前の話し合いの段階じゃまさかカラスを仲間にするだなんて言いだすとは誰も考えてなかったけどな。アタシらが決めてたのは大雑把にどう動くかって事だけだったから……とはいえ、結論は出た」

「うん。とりあえずこれからの話をしないと先に進まないよね。それで、カラ子ちゃんの勉強の件は──」

「ま、待ってくれ」

 

 サクサクと話し合いを進めようとする二人を再び遮ってしまった。

 とてもこのまま流せる内容ではなかったから。

 

「……ちょっと、まってくれ」

 

 みんなが多数決で事前に総意を出しスムーズに話し合いを進めようとしてくれていたこと、それ自体には感謝している。

 それほど真剣にこの場へ臨んでくれているという事だ。文句などあるわけがない。

 だが、少しだけ待ってほしい。

 

 サイレンス、マンハッタン、デジタル、山田の意見は分かった。語ってくれたから、理解できた。

 しかし目の前にいるこの二人が詳しくどう考えていたのか。

 それがまだ分かっていない。

 ()()()()()()()()()()()──それを未だ聞いていない。

 

「なんで、二人は」

「反対したのか、ってか」

「……あぁ。……すまない」

 

 二人のその気持ちを糾弾したいわけではなかった。

 ただ、ひたすらに知りたかった。

 それだけだった。

 

「…………ぁっ」

 

 だが、きっとその時点で俺は間違っていた。

 あえて掘り返さず飲み込むべきだった。

 ドーベルに居心地の悪そうな顔をさせ。

 ゴールドシップに剣呑な雰囲気のまま喋ってもらっている時点で。

 もう俺は、ただの最低で甲斐性のないカスのような男に成り下がっていたのだ。

 

「ツッキーには……もう危険な事をして欲しくない。そう思って、スズカたちと話したときは『もし怪異たちとの戦いを円滑に進めるための内容』だったら、反対したいって言ったの。呪いが消えたことはメッセージで教えてくれてたから、もう襲われる理由もないし……危ない環境からは逃げちゃえばいいって、そう思ったから……」

 

 ドーベルは自信なさげな弱々しい声音でそう語った。

 そうして思い出したのは、かつての彼女の言葉。

 

 戦う運命なんて否定していこう。

 よく分からない怪物たちと闘う覚悟なんて、コミックの中だけで十分。

 いまは闘うしかないかもしれないが、悪い怪異と一生付き合ってく義理なんて一つも無い──そうハッキリと言ってくれた。

 

 ただの男子高校生でいる事をこの少女は肯定してくれたのだ。

 忘れたわけではなかったが、どこか頭の隅にソレを追いやってしまっていた。

 この府中へ戻り、自分自身を俯瞰し、状況や過去を整理しておきながら、それでも俺はよくわからんオカルト生命体たちとの諍いを当たり前にしてしまった。

 俺は口だけの男だ。

 また、行動で示すことができなかった。

 

「……まぁアタシもドーベルと似たようなもんだ。大して変わらん」

「ゴールドシップ……」

「だぁーもう、あんま辛気臭い顔してんなよ。激辛焼きそば食わせんぞ」

 

 学園内でずぶ濡れになって気絶していた俺を秘密裏に看病する、だなんて最悪のファーストコンタクトだったにもかかわらず、今は緩衝材になってくれていたメジロマックイーンの事情とは別にただ身を案じてくれている。

 あの合同イベントやクリスマスの事件でも、彼女は『しゃーねーな』と言いながら手を貸してくれた。

 情に厚く、ぶっきらぼうな面もあるが心優しい──そんな少女に俺は今、どんな思いを抱かせてしまっているのだろうか。

 どんな心労を、どれほどの迷惑を、俺は。

 

「ま、オメー自身ただ無茶してるってわけでもねーし、今回はこの結論で特段問題ないだろ」

「そうそう、猫ちゃん先生を助けなきゃいけないのは急務だしね。……というか、それよりツッキー」

「な、何だ?」

 

 カラ子ちゃんのことは一旦置いといて、と一言挟んでからドーベルが続ける。

 

「ツッキーはまず()()()()休むこと!」

「えっ……」

 

 彼女の言葉が一瞬で理解せず狼狽えると、間髪入れずゴールドシップも口を開けた。

 

「おめークリスマスから今日に至るまでまともな休息をとったタイミングあったか?」

「それは……」

 

 たぶん最も安心できた山田との唐揚げドカ食いハッピーデーですら、翌日にTSしてウマ娘に変身したりメジロマックイーンとの話し合いがあったりで、結局普通に休んだ日はほとんど無かったように思う。他の日も話し合いやら冒険やら風邪やらで休息とは程遠かった。

 

「怪異もカラ子もその他諸々も、一旦全部アタシらに任せとけ。なにも今日までただ指を咥えて見てたワケじゃないんだからよ」

「いや、でもだな……」

「もうっ、ここばっかりは反論しないで。ほんの少し休んだくらいじゃダメなくらいツッキーは大変な目に遭ってるんだよ? マジ物理的に」

 

 それは確かに否定できない。

 肉体が縮んだり変身したり普通に病み上がりだったりで、俺自身は平気だと思っていても身体が物理的に悲鳴を上げている可能性は十二分にあるのだ。

 とはいえ、物騒な事柄の全てをみんなに任せて休むというのは、なんだか。

 そんな納得しきれない心情が顔に出てしまっていたのか、ゴールドシップはため息を吐いてから立ち上がった。

 

「おめーが倒れて困る連中のが多いだろ。言っとくが休んで欲しいって部分に関しちゃ六対ゼロの総意だ。いいか、言ったからな?」

「は、はい」

「ん。じゃあほれ、行くぞカラス娘」

「うわァっ。わ、脇に抱えるな脇にっ!」

 

 真剣な、ともすれば威圧感すら感じる顔で俺に釘を刺したゴールドシップが、カラ子を文字通り脇に抱えて家を出ていくと、程なくしてドーベルも身支度を整えて玄関へ向かっていく。

 その背中に呼び止めるように声をかけた。

 

「ドーベル。……その、悪い」

「んーん、気にしないで。むしろこれまでツッキーに任せきりだったんだし、あたしたちの腕の見せ所って感じ! 野良怪異もカラ子ちゃんの事も任せといてっ」

「……あぁ。助かる」

 

 ふんすっ、と自信満々に胸を張る少女は頼もしく、また自身への情けなさも相まってかけるべき言葉が見つからず曖昧な返事になってしまう。

 

「とりあえず後ツッキーに言っておくことは……あっ、そうだ、それからしばらくはフツーに生活すること、ね。学校へ行って授業を受けて、友達と遊んだり家でゴロゴロしたり。もし偶然怪異を見つけてもあたし達に連絡を入れるだけにして、極力すぐにその場を離れる……ってな風に。いい?」

「わかった。余計なことはせず休むことに専念するよ」

「ならよしっ。じゃ、何かあったら連絡してね。行こ、猫ちゃん先生!」

「行くにゃ」

 

 ポンッと猫の姿に戻った先生を抱きかかえゴールドシップを追って走り去っていくドーベル。

 その背中に何か声をかけることは終ぞ叶わず、彼女たちを見送った俺が一人、玄関の外に取り残された。

 

 ドーベルもゴールドシップも俺を休ませる為にあそこまで本気で取り組んでくれているというのに、肝心の俺は彼女たちに何もしてやれてない。

 今回の厚意は素直に受け入れるとしても、まさかそれだけで終わるだなんてそうは問屋が卸さない。

 

「……なんだろうな」

 

 とはいえ考えが纏まっているわけでもなく、意味のない呟きが溢れるのみだ。

 俺はあの心優しい少女たちに一体何を返すことができるのだろうか。

 ふと、冷たく乾燥した風が頬を撫でた。

 

「…………──」

 

 ため息、というほどでもない小さな空気が口から漏れ出て、湯気のように白く立ちのぼって霧散した。

 季節が一月の中旬という事もあり外はひどく冷え込んでいる。

 寒いので、自分でも驚くほどあっさり踵を返して家の中へ戻っていった。

 

「……一人だな」

 

 居間の座布団に腰を下ろし、まもなく仰向けに寝転がって呟いた。

 ついに、今度こそ一人きりの状況が生まれた。

 ウマ娘の少女たちは俺に頼らないという選択をしたため連絡が飛んでくることもなく。

 呪いが消えて怪異に襲われなくなり、俺自身が安全になったことで、サンデーにも久方ぶりにマンハッタンカフェのもとへ帰ってもらっている。

 なので本当に、久しぶりに一人きり。

 

「あ゛ぁー…………」

 

 意味をなさない声が出て、天井を見つめていた目も自然と閉じた。

 なにもやる気が起きない。

 ずっと求めていた安全な日常が手に入ったというのに、やりたい事も思いつかない。

 なので──

 

「……うん、これぞ俺だけの空間って感じだな」

 

 とりあえず押し入れの中で眠っていたデカ乳ウマ娘の水着ピンナップを壁に貼り付けるなどして、半年前までの自室の雰囲気を取り戻す作業から始めるのであった。うぉ……でっか……。

 

 

 

 

 学校生活において特筆すべきことはあまり無い。

 冬休み明けとは言ってもクラスメイトたちに何か変化があったわけでもなく、普通の高校二年生による平凡な年明けの雰囲気だ。

 変わった、と断言できるのは俺の一部だけ白くなってしまった前髪くらいのものである。

 

「え、なに秋川。前髪だけブリーチしたん?」

 

 休み時間、それなりに仲のいい前の席の男子こと田辺に予想通り質問されたことで、そういえば昨晩黒染めして脱色した部分を隠そうと考えていたことを思い出した。

 髪を染めるという行為に経験がなさ過ぎたせいか、あまりにも面倒に感じてしまって何も対策を施さないまま登校してしまったのだ。

 まぁ、別にもういいか。

 元から多種多様な髪色をしているウマ娘たちの学園が付近にある影響なのか、幸いウチの高校は髪に関する校則も緩い。一応担任には話を通しておこう。

 

「いや、なんか勝手に脱色した」

「ウケる。そんなことあんだ」

「たぶんストレスかな」

「マジ? マンガでしか見たことねーよ、ストレスで急激に白髪になるの」

 

 それはそう。俺もそう。

 

「あ、てか有観た? マジやばかったくね?」

「現地行ったぜ俺」

「うわっ、いいなぁ。あん時ちょうどオレじいちゃん家行っててさ」

 

 いま話している彼に限ったことではないが、やはり冬休み中はみんな家族や友達と温かな時間を過ごしていたらしい。なんで俺ショタになって大雨の中を彷徨ってたんだろう。悲しくなってきた。

 

「秋川~」

 

 トイレに行ってたらしい山田が戻ってきた。

 

「どした山田」

「山ピー帰ってきたか」

「あ、田辺君も。お昼並ぶのヤだし今のうちに食券買いに行かない?」

「おー……そうすっか」

 

 山田のいつものルーティンに付き添い、三人で教室を出ていく。

 この高校は三限目の休み時間あたりから券売機が稼働し始めるのだが、意外とみんな知らないようで昼休みになってから並ぶのが常になっている。

 そこで山田のような昼食を優雅に過ごしたいらしい意識高めな生徒だけが、この時間にこぞって券売機へ赴くのだ。

 

「山ピーって有は現地行ったん?」

「もちろん! 会場の熱は凄かったし、サイレンススズカのアドリブとかそれはもう見事にハートをぶち抜いていったよね……」

 

 俺の隣で田辺と話している山田は、程よく嘘を交えつつクリスマス当日の事を語っている。

 実際は彼も俺を手伝った結果気絶していたため、現地で上位三人のライブを拝めることはできなかったわけだが、俺と唐揚げを食った日にサブスクで有の配信を見た際には衝撃でひっくり返っていたので、ライブの感想に関しては嘘は言っていない。

 

「……ん、あれ会長か?」

「よく見たらウチのクラスの安心沢さんとかもいるね」

「意外に列出来てるし昼休みに並ぶのと大差ねぇなコレ……」

 

 ──と、そんなこんなで学校ではドラマのない平坦な日々が続いていく。

 

 山田と俺で秘密を共有しているといっても、別に隠れて作戦会議をするわけでもないため、本当に何も起きやしない。

 とはいえ、本来はこれが正しい形なのだ。

 この友人たちと起伏の少ないただの日常を過ごすことがどれ程尊いものなのかを、今の俺は知っている。失くしてはいけない大切な時間だ。

 だから今は、これでいいはずだ。

 もう少し意識してただの男子高校生に戻ろう。

 

「……というわけでマンハッタンカフェのフィギュアを取るよ!」

「いやもう千五百円は使ってるぞ。そろそろやめないか」

 

 男子高校生なら帰りにゲーセンにも寄るだろう。

 そこでクレーンゲームに挑戦するのも当然のことではあるが、些か友人の往生際が悪くて心配になってきた。あんま無茶すんじゃーねよ。ぐぎゅっ♡

 

「山田お前、ぶっちゃけクレーンあんま上手くないんだしさ。普通にショップで未開封品を買えば……」

「達成感ッ!!」

「……確かに達成感はショップじゃ買えないけども」

 

 あまりにも熱中しすぎている男を後ろから見守っていると、飽きもあってか周囲の状況が目に入ってくる。

 

「まってヒシアマ姐さん! もうちょっと、あと少しだからぁ!」

「ビコー……もうやめな。お小遣い無くなって困るのはビコーだろう?」

 

 少し離れたクレーンの台でも小柄なショートカットのウマ娘がデッッ……健康的な雰囲気の褐色肌のウマ娘に諭されており、やはりどこも似たような事は起きるものなんだなと感じる。

 というかあんなに目立つトレセンの制服のウマ娘がいるのに気づかないなんて、集中しすぎだろ山ピー。

 

「取れたァあああッ!!」

「うるせえな」

「あげないよ?」

「そもそもねだってない」

 

 どうやら俺の友人は本懐を遂げることができたようだが、小柄なトレセン生の少女の方は連れの説得もあってか夢半ばで諦め去って行ってしまったらしい。

 なんとなく彼女がいったい何をそんなムキになって取ろうとしていたのかが気になり台の近くへ寄ってみると、そこにはどこか見覚えのある造形のキャラクターフィギュアがセットされていた。

 

「こいつは確か……栄養戦隊キャロットマン、だっけ?」

 

 記憶が正しければ、以前山田が顔を隠すためにくれた特撮ヒーローのお面がこんなオレンジ色で頭に葉が生えてる感じのデザインだったはずだ。

 

「ちょっと違うかな。これは去年の二月までやってた栄養()()キャロットマンの方の強化フォームのフィギュアだね」

「なんか違うのか?」

「結構違うよ! こっちはフルドライブ状態って言って──」

 

 やれ腰元のデザインだの配色だのと語られても、素人目にはほんの少ししか違いが分からない。

 前に勧められた番組ではあるが、時間の関係でまだ履修できていないのだ。マジで何が違うのコレ。

 

「栄養戦士は二年近く続いてたんだけど、放送スケジュール変更でいろいろあって去年から戦隊シリーズと合流して新番組として放送してるんだ」

「えーと……栄養戦士キャロットマンが終わって、栄養戦隊キャロットマンが始まったってことか?」

「そんな感じ」

 

 タイトルが一文字しか変わってないが、そういうものなんだろうか。他のシリーズとの合流とかもよく分からない。

 

「まぁまぁ、秋川って今週は暇なんでしょ? 観てみれば分かるよ」

「観るって……二年も続いた作品なんだろ。流石に話数が多すぎないか」

「いや、戦士のほうは特別総集編があるからそれだけで大丈夫。気になれば本編を観るって感じで……どちらかと言えば現行の栄養戦隊を観てほしいかな。有名ウマ娘のゲスト回も多いし、大筋も簡単で──」

 

 フィギュアの時と同じくまた早口で解説が始まってしまった。そろそろ帰りたくなってきたかも。

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 あれから数日後。

 俺は高鳴る胸の鼓動を抑えながら、極力ポーカーフェイスを保って登校した。

 

「山田ァッ!!」

 

 そして休み時間、俺は山田の席まで赴き彼の机を台パンした。

 

「わっ。な、なに、秋川……」

 

 困惑する彼の前で、俺は最新話まで視聴済みになっているサブスクの画面を映したスマホを机に置き、大きく息を吸ってから改めて山田と向き合った。

 

「……栄養戦隊キャロットマン…………面白かった……」

「えっ? ……あ、そ、そう。それは良かった」

 

 山田の机に突っ伏して静かに感情を吐き出していく。

 こんなに映像作品で感動したのは、彼とデジタルと三人であのゴールドシチーが出演している映画を鑑賞した時以来だ。

 もちろん感動のベクトルはまるで異なるが──とにかく面白かった。

 

「マジでバチコリに面白かった……」

「あはは……秋川、前も思ったけど映像作品に対するリアクションがいちいちデカいよね……」

「アレを教えてくれてありがとうッ!」

「ど、どうも……」

 

 まぁ流石に自分でものめり込みすぎてしまっている自覚はあるが、これにもしっかりとした理由がある。

 もちろん栄養戦隊キャロットマンという作品の完成度が高かったという部分が大半だが、それに加えてもう一つ、これまで俺があぁいったヒーロー番組を視聴してこなかった過去が、今回の衝撃に大きく関わっていると考えている。

 

 幼少期の秋川本家では朝食時のニュース番組以外ではテレビを見る機会がなく、また特撮ヒーローがやっている土日は基本的に朝から座学だったため、普通の少年少女が通るであろうスーパーヒーローや変身ヒロインに夢中になるタイミングを完全に逃してしまっていたのだ。

 

 それ故に耐性がなかった。

 王道、という熱さに対する耐性が。

 所詮は子供向け番組だろうと安易に身構えていたら、想像以上のクオリティをぶつけられて怯んでしまった結果が現在の俺だ。ほっほ♡ 子供向けと侮っている年齢層をまとめて狩りつくそうというワケですか♡ 舐めやがって。しかしその完成度誉高い。

 

 まずい、恐らくこれから俺は()()()()()()()()()()を数十分は続けてしまうかもしれない。だが誰にも止められない。

 

「偉大な姉から受け継いだキャロットマンというヒーローの重圧に耐えながら一人孤独に戦う主人公と、新たな強敵の出現でこれまで共に戦ってきた仲間たちを全て失った少女、その二人が戦場で偶然出会い“戦隊”になった瞬間に入る主題歌……もう一話からガッツリ心掴まれた……」

「す、すごい熱量……てかサブスクで最新話まで追いついたんだ……」

 

 もう見始めたら止まらなかった。無論ウマ娘のゲストたちもいいキャラをしていたしゴールドシチーなんかもピッタリの配役だったが、それ以上に物語そのものが俺好み過ぎた。

 

「めちゃくちゃ丁寧な王道って感じでした」

「栄養戦隊になってからはそうなんだよね。メイン脚本も一昨年のガンバレンの人だし」

「ん……ガンバレンってのは観てないが、栄養戦隊になってからってどういう事だ? 栄養戦士の方も総集編だけしか観てないが面白かったぞ」

「総集編はメインストーリー部分しかやってないんだ。元々キャロットマンって市民を鼓舞するために負け越したり物理的に戦えない相手を言葉で説得して解決したりとか、ヒーロー物としては結構人を選ぶ作品でさ。その独特な作風が好きなファンも割と居たから、シリーズ作品では無かったけど戦隊に組み込まれた時はそこそこ物議を醸したんだよ」

「へぇー。え、じゃあさ──」

 

 などと、いつもなら左から右へ流れて行きそうな山田の早口解説も今は興味深い。

 こんな身にならない雑談をしたのも随分と久しぶりだ。最近ずっと深く考えて喋る機会が多すぎたせいか、その反動でどうでもいい質問や感想も次々と口から出て行ってしまう。

 キャロットマンに興味を抱いたきっかけはゴールドシチーだったが、今はヒーロー作品そのものに対して関心が尽きない。栄養戦士の方もちゃんと観てみようかしら。

 

 

 ……

 

 …………

 

 

「秋川君、お疲れ様。あとはやっておくから上がって大丈夫だよ」

「あ、はいっす」

 

 バイト先の店長の声が後ろから聞こえてきて、必要以上にピカピカに磨き過ぎているテーブルを拭く手がようやく止まった。

 

「はは、それにしても店内がいつにも増して綺麗だなぁ」

「すみません、なんかアレもこれもって気になっちゃったら止まらなくて……」

「やる気満々だね、助かるよ。……年末年始はいろいろ大変だったそうだけど、体調は大丈夫かい?」

「ええ、もう元気が有り余って絶好調っすよ」

「そっか。よかった……」

 

 ショタ化の影響で様々な面で生活に支障をきたした俺ではあったが、この喫茶店に関しては元から年末年始は営業しない事もあってダメージは少なめだった。

 国民的アイドルであるサイレンスたちがアルバイトを始めてから爆発的な集客を起こしはしたものの、年始からしばらくの期間は彼女たちが店にいないことを事前に告知してあったおかげか、有名人目当ての客が来ることもなく今日のところは至って平和だった。

 なんというか、いかにも高校生のアルバイトと言った感じの優しい忙しさだ。毎日これがいい。

 

「君が元気になってくれたおかげか、カフェも普段通りになってくれたし……」

「あっ……申し訳ないです。マンハッタンさんにはかなりの心配をかけてしまって……」

「秋川君が謝ることではないよ。ごめんね」

 

 店長の反応を見るに俺の体についてはボカしてくれていたようだが、肝心のマンハッタンカフェ本人が俺のいない間ずっと責任感から落ち込んでしまっていたので、全てを隠し通せるわけではない。むしろフォローを入れてくれて非常に助かった。こなれ感かなりリスペクト。

 

「俺ほんとマジで全快したんでもう大丈夫です。ご心配おかけしました」

「ううん、問題ないならそれでいいんだ。掘り返しちゃってごめん。──さて、閉店作業もひと段落ついたし、遅くなる前に上がろっか」

「あ、はい」

 

 そのまま諸々の準備を終えて外に出ると、ここ数日間よりも更に冷え込んだ風に吹かれて思わず怯んだ。普通に寒過ぎる。かちんこちん。

 

「うぉ……」

「……」

「寒すぎ……」

「ッ……!」

 

 なんか反射的に身震いをして体を縮こませていたところ、柔和な雰囲気だった店長が一転して真剣な表情に切り替わった。どうしたのだろうか。

 

「秋川君、ちょっと待っててくれるかな」

「……? は、はい」

 

 急ぎ足で店内へ戻っていくイケおじ。閉店作業はしっかり終えたはずだったが、もしかすると電源を切り忘れた機械などがあったのかもしれない。深く反省……。

 ほんの数分そのまま待機していると、まもなく店長が戻ってきた──が、何か手に持っている。

 

「お待たせ」

「店長、そのマフラー……?」

「病み上がりだとこの寒さは特に辛いと思って。よかったら使って」

「わわっ……」

 

 そのまま流れで俺の首に柔らかい感触の布をクルクル巻いてくれた。もふもふ。

 ブラウン基調の大人っぽいシャギーマフラーだ。首や頬に当たる感触からしてかなり良い素材だと感じる。

 風邪が完治してからすでに数日経過しているので、厳密には病み上がりではないのだが──いや、そんなことより。

 

「わ、悪いです店長。それにこれ、結構良い物なんじゃ……」

「そんなことないよ、全然安物さ。……あ、一応クリーニングには出したけど匂いがキツかったらごめん。無理に使わなくても大丈夫だから」

「あ、いえっ、それは全然マジで平気です。寧ろいい匂いです」

 

 これに関しては本当で、ほんの少しの珈琲の香りがほのかな安心感を生んでいる。独特だが嫌ではない。

 

「私はもう使わないものだから、よかったら貰ってくれるかい」

「……いいんですか?」

「もちろん。カフェの事を抜きにしても、君には元気でいてもらいたいんだ」

「店長……」

 

 あえて言葉を選ばずに言うのであれば、今俺は店長に攻略されかけてしまったといっていい。

 父性、大人の余裕、器の広さといい完全に魅せられてしまった。これが俺の目指すべき大人像……ダンディ♡

 今だけは店長ではなく、ウチの常連さんのように彼をマスターと呼びたくなってきた。なんか恥ずかしいので呼ばないが。

 

「えへへ……ありがとうございます店長、大切に使わせてもらいますね」

「……どういたしまして」

 

 はわ、頭を撫でられてしまった。前回に続き二回目。この男いい加減にした方がいい。むり、かてない。

 

「帰り道には気をつけてね」

「はい、お疲れ様です。また来週からもお願いします!」

 

 温かい笑みで見送ってくれているイケオジに手を振りながら徒歩でバイト先を後にし帰路に就く。

 アルバイト先の店長という立場を鑑みると些か親身に接してくれ過ぎていると感じるが、これも彼と多く接する機会をくれたマンハッタンカフェのおかげだろうか。

 

「……ん?」

 

 大人の男のカッコよさを目の当たりにして数分、学ぶべき箇所を思い返しながら夜の住宅街を歩いていると、俺の横に黒い乗用車が停車した。

 そちらを向くのと同じタイミングで車の助手席の窓が開き、そこでようやく運転者が誰であったのかを把握した。

 

「──お、親父?」

「葉月。……アルバイト、お疲れ様。乗っていきなさい」

 

 その正体とは、現在海外でのウマ娘のレース関係の仕事に奔走しているはずの、実の父親その人であった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 そうして久方ぶりに()()へと帰ってきた。

 だいたい両親は海外にいて俺も別の格安アパートに住んでいるため、何かと空きがちになってしまう家だが、定期的なハウスクリーニングや一応管理してくれている秋川家の関係者などがいるおかげか、中はかなり片付いていた。

 平均的な二階建ての一軒家だ。本家のクソデカ豪邸日本家屋に比べれば、一般的な住居と言って差し支えない。

 

「風呂が広かった……やっぱ湯船で足が伸ばせるのは実家ならではだな……」

 

 入浴を済ませサッパリした状態で居間へ戻ると、既に食事が用意されていた。どうやら親父が全部作ってくれたらしい。

 和食が中心でやたら量が多い。お父さん気合い入ってますね。

 

「ありがとう、親父。飲み物は俺が出すから先に座っててくれ」

「う、うむ」

 

 コップを用意しつつ冷蔵庫を開けると、普通のペットボトルのお茶に加えて小瓶の日本酒が入っていた。

 いまここに入っている物はすべて親父が今日買ってきた物なので、これもそうなのだろうが正直意外だ。父はあまり酒をたしなむタイプではなかったから。

 

「おっ、日本酒飲むの?」

「あぁ……取ってくれるか」

「ほい」

「ありがとう」

 

 コップとお猪口を用意し、ヌルっと食事が開始した。テレビをつけていることもあってか、久しぶりの二人きりの食卓だが不思議と緊張はしなかった。

 

「進級前には帰るって約束、守ってくれたんだな」

「それもあるが……心配だったんだ。本当に体調は大丈夫なのか?」

「平気だって。今日もバリバリ働いてきたぜ」

「そ、そうか」

 

 この年末年始の諸々は樫本先輩を通して両親にも伝わっている。

 無論細かい事情は伏せてあるが、俺が数日間行方不明になった事自体は公の情報だ。

 

「そういや、母さんは?」

「……警察から葉月の行方不明の話を聞いたとき、驚いて足を踏み外して転んでしまってな。幸い大した怪我ではなかったんだが、捻挫している状態で渡航させるのも大変だから向こうに残ってもらったよ」

「だ、大丈夫なのか」

「本当に軽い捻挫だから。葉月が無事なことも知ってはいるが……今夜にでも、できれば電話してやってくれ」

「あぁ、分かった」

 

 昔の親父や他の秋川家関係者のように厳しかったわけではないが、どこか一歩距離を置いて接していたあの母親が、まさか俺の行方不明の情報でそこまで動揺していただなんて驚きだ。……もしかしてそれが普通なのだろうか。

 

「この煮つけ美味いな。親父が料理上手なの知らなかったよ」

「………………葉月………すまない゛」

「酔いすぎ」

 

 顔を真っ赤にしてひたすら静かに謝罪する父はどう見ても素面ではない。

 おそらく俺との対話で緊張をほぐすために酒を用意したのだろうが、そもそもアルコールに弱すぎて既にかなり回ってしまっているようだ。

 

「アンタ酒に弱すぎるだろ……」

「うぐぐ」

 

 そんなこんなで父を介抱しつつ後片付けをし、ソファにてブランケットを羽織って眠っている彼の隣でボーっとテレビを見ていたら、いつの間にか深夜に差し掛かっていた。

 スマホを取り出し、廊下に出てから目的の人物へ電話をかける。

 するとすぐに応答があった。瞬足のアキレス。

 

「もしもし、母さん?」

『もっ、もしもし……葉月……』

 

 親父だけでなく母親にも心配をかけたことは紛れもない事実だ。過去のことは一旦置いといて、今の話をしよう。

 わざわざ両親の方から歩み寄ってくれたのだ。俺からも何かしらアクションを起こさねば。

 

「──てなわけで、体の方は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

『そ、そう、よかった。……ごめんなさい、こんな時に帰れなくて』

「んー……じゃあ、今度タイミングが合った時にでも帰って来てくれないか。話したいこと、結構あるんだ」

『っ! え、えぇっ、必ずっ』

 

 食事中の親父との会話の中で、もしかしたら両親は俺に遠慮して帰ってこないのではないかという仮説が頭の中で密かに出来上がっていたのだ。

 これまで辿ってきた道筋が世間一般で言うところの普通の家族とは少々異なるものだったため、俺もどうすればいいのか分からなかったが今は違う。

 変わろうという決心はだいぶ前からしていたのだ。

 これからは自分なりのやり方で()()の家族を目指していこう。

 

「それじゃあお休み。また電話するから」

『あっ、葉月……』

「うん?」

『その……体に気を付けてね。お野菜の定期便、毎月届くように頼んでおくから』

「えっ」

 

 母親からの突然の提案に面食らった。

 バランスのいい食事を特別心掛けているわけではないが、以前のドカ食い暴走時以外ではそこそこ普通のメシを食っているのだ。

 ワガママで一人暮らしをしている立場である以上、野菜だけとはいえ食費まで助けてもらうのはいかがなものだろうか。

 

「別に大丈夫だよ母さん。メシは自分で何とかできてるからさ」

『で、でも、お手軽で美味しいものって沢山あるでしょう……? ジャンクフードの誘惑ってスゴいと思うし……お野菜も……』

「それは──」

 

 言いかけた瞬間にハッとし、口を噤んだ。

 こういった形で母親から世話を焼かれるのが初めてだったせいか、他人に助けてもらう時と同様に遠慮したほうがいいと考えてしまったのだが、そこを咄嗟に踏みとどまった。

 

 ここは甘えてしまってもいいだろう、別に。

 相手は親だ。

 世間一般で言うところの家族であれば、普通は子供が最も頼るべき対象だ。

 あの責任感が強いマンハッタンカフェでさえ、体調の優れない俺を送り届けるときは父親である店長を頼っていた。感謝こそすれ、そこに遠慮はなかった。

 だから……まぁ、倣ってみてもいいだろう。

 頼らないことだけが正しいとは限らないのだ。おいしい野菜を食いまくろうぜ。

 

『……ごめんなさい。やっぱりいらないかしら、お野菜……』

「──いや、ごめん。定期便の件はやっぱりお願いしてもいいかな」

『ッ! お野菜……食べてくれるの……』

「うん、思い返してみれば偏った食事ばっかりしてたかもしれないし、助かるよ」

『お野菜……っ!』

 

 なんか口癖みたいになってます母上。

 お野菜に関して助かるという部分は嘘ではない。そも唐揚げをドカ食いして気絶したのがつい最近とあらば、食生活は完璧です、だなんて口が裂けても言えるわけがない。

 

『それじゃあ頼んでおくわね、お野菜』

「ありがとう、しっかり食べるよ。……それじゃ」

『ええ……おやすみなさい、葉月』

 

 そんなこんなで思わぬプレゼントが確約されたものの、割といい雰囲気で久方ぶりの母親とのコミュニケーションは幕を下ろした。

 

「ふぅ……」

 

 スマホを耳元から下ろし、廊下の壁に背を預けた。

 

「……もっと早めに連絡しとくんだったな」

 

 後悔、というほどでもないが。

 二人は俺のことをちゃんと心配してくれていた。

 これまで互いに連絡を入れる機会が少なかった俺たちだが、今回の事を鑑みると変に意地を張っていたのは俺の方だったのだろう。

 きっと明日からはもっと自然に接していける──なんとなくそう思いながら、俺は親父の眠るリビングへ戻っていくのだった。

 

 

 

 

 そんな日常が続いて一週間が経過し、今日は放課後に一人で街をほっつき歩いていた。

 

 店長から賜った防寒具を首に巻き、ブレザーのポケットにしまい込んだホッカイロを握っていても、依然として体は寒さを訴えるばかりだ。

 しかし冬の洗礼に震える肉体とは裏腹に、頭の中は終わらない思考によって熱が保たれていた。

 

 この七日間は()()()()()()そこそこ楽しく実りのある日々だった。

 周囲の大人たちとの距離が縮まり、学友とも仲が深まる普通の高校生活を送ることが叶い、精神的にも肉体的にもこの上なくベストな休息期間だった。

 まさしく求めていた平和そのものだ。

 これまでの多忙すぎる毎日を過ごした末に渇望したソレをようやく手に入れ、実際望んだとおりの結果となった。

 そして俺は──

 

「…………なにすっかな」

 

 退屈(ヒマ)していた。

 日常とはそういうものなのかもしれない。毎日が刺激に溢れた人間などそう多くはないのだろう。

 普通とはこういうものだ。

 そう思って生きることは何も間違ってはいない。

 なの、だが。

 

「あ……ウマデュエのCM……」

 

 地上波の流れるテレビが立ち並んだ家電ゾーンを通り抜け、まっすぐホビーコーナーへ足を運ぶ。

 

「……残ってんな、これ」

 

 久しぶりにカードゲームのパックが気になって家電量販店へ立ち寄ったわけだが、商品棚を観察しても退屈が裏返ることはなかった。他の店では売り切れていた新弾のパックが残っているものの、なんとなく買う気が起きない。

 

 何かが足りない。

 そんな思いが脳の片隅で延々燻っている。

 なんとなく、このままでいいのかと考えてしまう。

 なんとなく、心のどこかで焦りがチラつく。

 なんとなく、なんか、なんというか──落ち着かないのだ。

 

『帝王の矜持、レースを以てお見せしよう』

 

 ボーっと立ち尽くしていると、商品棚の上に設置された小型モニターでもウマデュエルレーサーのコマーシャルが流れていることに気が付いた。

 いつかの夜に会話したあのトレセン学園生徒会長を名乗っていた少女や、有で活躍した三人に加え、合同イベントで手を貸してくれたライスシャワーやウオッカたちなど見知った少女たちの新カードが続々と登場していく。

 

「おぉ……あ、知らんウマ娘……」

 

 画面に映るのが一瞬過ぎて名前が読めなかったが、なんとかモーションだのジャンなんとかだのと俺がリサーチしきれていない選手もカード化されていっているらしく、そこでふと思い出したことがあった。

 

「そういえば……誰とも会ってないな」

 

 カラ子の件を話し合ったあの日以降ずっと()()()の知り合いとは誰一人として顔を合わせておらず、連絡すら取り合っていない事実に気が付いたのだ。

 決して悪いことではない──が、俺と彼女たちは()()()()()がなければメッセージの一つも送らないほど距離の離れた関係性だっただろうか。

 

 このコマーシャル。

 人気雑誌の表紙や特集。

 街頭に点在する映画のポスターや大きな看板。

 

 あの少女たちがどんな存在であるかを表すとしたら、やはり有名人の一言に尽きる。

 それはそうだ。

 はたから見れば一つ壁を隔てた向こう側の存在だ。

 

 だが、繋いだ縁をそんなことで諦めるべきではないのだと、そう自覚できたのもつい最近の出来事だ。

 ドーベルから告げられた“しばらくフツーに生活すること”という言葉を意識して、目の前の事だけに集中しこの一週間を過ごしてきたわけだが、俺は何か忘れていないだろうか。

 ()()()()とは一体いつまでなのだろうか。

 

「ややっ?」

 

 戸棚のモニターを眺めながらグルグルと懊悩していたそんな時、後ろからどこか聞き覚えのある声が耳に届いた。

 

「──デジタルさん?」

「秋川さんっ。奇遇ですねぇ」

 

 振り返った瞬間目を引いたのはサーモンピンク色のツーサイドアップと頭部のデカいリボン。

 それらはやはり一般人からしても目立つものであるらしく、目の前の少女を認識すると同時に遠くの物陰からこちらの様子を伺う彼女のファンたちの存在も気が付くことができた。

 

 アグネスデジタル。

 こんな何の変哲もないトレカコーナーで再会した相手は、見てわかる通り一般人からも一目置かれている実力派のウマ娘であった。相変わらず生意気なほど美人。

 

「えへへっ、今年になってからお会いしたのは初めてですね!」

「あ、あぁ」

 

 パァっと花が咲いたような笑顔でこちらへ駆け寄ってくれたデジタルは、以前までと変わらない態度で会話を切り出してくれた。好感度八十パーセント。緊張感をもって注視していく。

 

 クリスマスから新年を迎えて今日に至るまで、彼女に連絡したのはこちらへ帰ってきてショタ化が解除された日に一本電話を入れたのみで、実際会って話すのは一ヵ月ぶりくらいだ。あっ髪からフローラルな香り♡

 

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