うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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フルドライブ

 

 

 会話の切り出し方が分からず、まず言うべき謝罪が先に顔を出してしまった。こんにちは。

 

「なんつーか、いろいろ心配かけてごめん」

「いえいえ! 無事で何よりですし……信じてましたのでっ。……あ、もしかして秋川さんも新弾を探してこちらへ?」

「まぁ……そんなとこかな」

 

 実際は当てもなくさまよった結果ここへ行きついただけなのだが、何かきっかけが欲しかったのは事実だ。そこで出会えるなんて運命すぎ。

 アグネスデジタルと俺はガチプレイヤーではないにせよ、このカードゲームで絆を深めた仲であったわけだし、再び繋がるきっかけにこのカードたちを使わせてもらうのも悪くないかもしれない。

 

「秋川さんは何狙いですか?」

「んー……あの新しく出た汎用戦術カードが出たら嬉しいな。あのターン開始時に差し付与するやつ」

「あれですか! デジたんも欲しいです、シングル買いだとちょっと高いんですよね」

「そうなんだよな……──」

 

 喋りながらパックの引換用紙をレジまで持っていく。

 その最中、遠くからこちらを監視するように眺めている推定デジタルのファンであろう小学生くらいの少女たち複数人が視界の端に映り、思わず肩が強張った。

 これで厄介な噂やら何やらが流布されるとマズい事になりそうだが、このまま一緒にいても大丈夫なのだろうか。

 

「えっ。あと二パックしかないんですか?」

 

 よそ見をしていると隣のデジタルから少し焦った声が聞こえてきた。

 どうやら新しい弾のカードパックは相当人気であるらしく、つい数日前に発売したにも関わらず在庫がスカスカになってしまっているらしい。

 俺としては全部デジタルに譲っても問題ないのだが──なんとなく思い留まることにした。

 

「……じゃあ、デジタルさん。一人一パックずつにするか」

「あっ、はい。そうしましょうか」

 

 レジ裏から出てきた貴重な残りのパックを一人一つずつ受け取り、会計を済ませて家電量販店を出ていった。

 ……ファンの少女たちもこっそりついてきているようだが、一旦気にしないこととする。何もやましい事をしているわけではないのだから、堂々としていれば大丈夫なはずだ。

 

「秋川さん、あそこのベンチで開封しませんか?」

「あぁ」

  

 先導してくれるデジタルに言われるがままついていき、いつの間にか付近の広場のベンチに二人並んで腰を下ろしていた。

 夕方に差し掛かる時間帯という事もあってか、広場には放課後の青春に勤しむ中高生がそこかしこに見受けられる。

 彼らは彼らで自分たちの時間を楽しんでいる──はずなのだが。

 

「……? パック、さっそく開けましょっか!」

 

 どうやら俺の隣にいるこの少女は、そんな彼らが自分たちの談笑を中断してまで視線を向けてしまうほど鮮烈な存在であったようで、いつの間にか俺たちは広場で注目の的になってしまっていた。

 少々肩身の狭い思いを抱きつつ、とりあえずは手に握ったカードゲームのパックの開封に集中する。

 

「どれどれ……っと。……あー、俺は普通だったな。デジタルさんは?」

「わっ、出ちゃいましたっ。さっき言ってたカード!」

「おぉ……スゲェな。山田といいデジタルさんといい、パックの引きが強い……」

「えへへ……残り物には福がある、と言ったところでしょうか」

 

 デジタルは目的のカードを手に入れてご満悦だ。

 ショップでこのカード単体を買おうとした場合に比べて数百円浮いた形になるので、これは豪運といって差し支えない。かなり普通に羨ましい。

 

「……あっ」

「ん?」

 

 出たカードを眺めていたデジタルさんがふと顔を上げ、何か気が付いたような声を上げた。

 その視線を追ってみると、そこにあったのは今時珍しい公衆電話であった。

 外装のガラスには俺たちの姿が反射して映っており、デジタルは鏡のように映っている自分を見つめたのち、何故か視線を右往左往させた。どしたの。

 

「ま、前髪……だいじょうぶかな……?」

 

 そしてかなり小さい小声で呟いた。

 どうやら前髪に関して何かしら気にしているようだが、俺から見れば何の違和感もありはしない。ありのままで美人。

 

「あ、あのっ、ちょっとカードのスリーブだけ買ってきますね!」

「えっ……あぁ、了解。傷つけるわけにはいかないもんな」

「そうです、そうですっ。すぐ戻りますので~っ」

 

 そう言いながら家電量販店へ戻っていくデジタルを見送りつつ、彼女の心境について少しだけ逡巡した。

 あの無意識な独り言からして、今の身だしなみを整えるために店の中へ戻ったのは明白だ。

 もちろんスリーブを買ってくるのも嘘ではないのだろうが、どう見てもそれが主目的ではなかった。

 

 ──今のはどういう事なのだろうか。

 デジタルもトレセン基準で考えれば一般的な女子生徒ではある。

 その場にいる相手が誰であろうと身だしなみに意識を割くのは当然のことだろう。

 しかし、なんというか、照れと焦りが見え隠れしていたようにも見えた。

 

「……さむっ」

 

 凍える風に震えながら考える。

 デジタルと俺は友人だ。

 きっかけである山田を起点として修学旅行での出会いで互いを認識し、あのゴールドシチーの映画を観た日に俺たちの関係性は“友達の友達”から“友達”に変わった。

 

「山田の事だけ……じゃないよな」

 

 そして府中へ帰ってきた今の俺は俺自身を俯瞰して、周囲の人間の行動の理由──それに対して()()()()をしてはいけない、という事を自覚できた。

 何が言いたいかというと。

 これまで俺はデジタルの行動の全てに対して山田が起因するものだと考えていた。

 親友の恋路を応援したいあまり視野が狭くなり、結局のところ俺は山田の思い人である少女という認識ばかりで、アグネスデジタル本人を見ようとしたことがあまり無かった。

 

 彼女と山田の仲は言うまでもない。

 元々ネットでウマ娘好きの同志として知り合い、直接顔を合わせる機会が多くなった今では、まだ互いに想いを伝えてはいないにせよ()()()()()というラインはとっくに超えているはずだ。

 なら、俺は?

 

 アグネスデジタルにとって、秋川葉月という人間はどういった存在なのだろうか。

 それが分からないからこそ、先ほどの彼女の行動の真意も読み取れずにいる。

 困った。

 どうしたものか。

 

「ねぇ……もしかしてあの男の人、アグネスデジタルさんのカレシなのかな……?」

「えっ、やっぱりっ……!?」

 

 ベンチに背を預けて空を眺める中、耳にはあの少女のファンたちのひそひそ話が飛び込んでくる。

 

「いままでそーゆー話は聞かなかったけど……でも二人でいるってそんなカンケーな気が……」

「はわわ……」

 

 山田が知ったら卒倒してしまいそうな内容の誤解だが、困った事にあの盛り上がっている女子小学生たちに対して俺が言えることは何もない。

 この場で俺が口に出す否定は肯定と同義だ。

 やましいことを隠す態度にしか見えないだろう。もう既にそういうフィルターがあの少女たちにはかかってしまっている。

 とはいえ沈黙もまた肯定だ。

 まさしく八方塞がりなわけで、このままだとあらぬ噂が更に尾ひれをつけて肥大していく恐れがある。

 

 ──そしてそれが現実となった場合、きっと俺は生きていけない。

 秋川葉月は親友を利用して有名ウマ娘に取り入り、彼の恋を応援するなどと嘯くその裏で本人を裏切ってアグネスデジタルに下心を持って近づいた不逞の輩──という存在に成り下がることだろう。

 

 周囲から嫌われる、というところまではいい。

 そもそもあまり世間体など気にせず生きてきたのだ。

 もし人並みに恥じる心があったのなら、大前提として秋川の家から離れるなどという選択肢は取っていない。

 誰よりも愛していたはずの従妹(かぞく)を他の大人に任せて、一人逃げる道を選んでいたワケがない。改めて思い返すと普通にカスだな俺。

 

 他人から白い目で見られることに抵抗はないのだ。

 だが、あの親友に失望されてしまったらもう生きていけない自信がある。

 残念ながら俺はまだ一人で生きていけるだけの強い心など持ち合わせてはいない。

 

「お、お待たせしました~っ」

 

 身だしなみを整えて戻ってきたあの少女は親友の想い人だ。

 もちろん友人である以上こうして会って遊ぶこともあるだろうが、周囲に誤解をまき散らし親友を貶めることになってしまっては元も子もない。

 

 勘違いされるような場所で、勘違いされてしまうようなタイミングで、勘違いではなく確信を抱かせてしまうような態度で彼女と接する場面を見せてしまったら、それはもう俺の責任だ。俺に非がある。噂する人間がどうとかそんな話ではなくてまず俺が悪い。

 

「あの、ワゴンを見てみたらキャラクタースリーブがバチコリに安かったので、秋川さんの分も買ってきちゃいました! これ、キャロットマンっていう特撮の……」

 

 だから、この場でこのまま接するのは、きっとマズいから。

 

「あ、あぁ、ありがとう……いいな、これ。強化フォームのやつ」

「です! カッコイイですよね、フルドライブ状態。唯一アイテムを使わないパワーアップで……って、あれ、もしや秋川さんもキャロットマンを……?」

「山田に勧められて、サブスクで」

「ぬぉっ、ダーヤマさんに先を越されてしまったか……来週の回でシチーさんが再登場するので、改めて布教をと思って上映会を画策してたのですが……」

「…………な、なぁ、デジタルさん」

 

 山田の事を考えるなら俺はここから早急に立ち去るべきなワケで。

 それとなく断りを入れて、距離を置いて。

 

「っ?」

 

 二人を応援するために、この会話を断ち切って、また友達の友達くらいの距離感に戻ればきっと誤解もされないし。

 

「悪い、やっぱり今日は」

 

 

 ────言いかけて、咄嗟に喉が詰まった。

 

 

「……えと、秋川さん?」

 

 誰でもなかった。

 相棒の呼びかけでもなければ、親友からの電話でもなかった。

 いままさに口から出ようとしていた言葉に待ったをかけたのは、他の誰でもない、(じぶん)の中の(だれか)だった。

 

「……ごめん、何でもない。そういえば、あそこからデジタルさんのファンの子たちがずっと見てるみたいだけど」

「えっ? ──どぅええっ! でっ、デジたんのファンの方……!?」

「ほら、そこ」

「……あっ、ほ、ほんとですね。あの子たち、この前のショッピングモールでの握手会にも来てくれた子たちだ……。ま、まさか自分が観察される側に回るとは……」

 

 修学旅行での撮影会といいウマデュエのコマーシャルへの出演といい、レースに加えメディアへの露出もそこそこ多いにもかかわらずこうして自分のイベントに訪れた相手の顔を覚えているとあれば、街中で見つけたらつい追ってしまうほどの熱狂的な固定ファンが増えても不思議な事ではない。

 

「ど、どうしましょう……? 今は秋川さんもいらっしゃいますし……」

「いつもならどうしてるの」

「えぇと、写真とか撮って、握手しながらお礼など……」

「ならそれでいいんじゃないか。俺がいるからって対応を変えるのも変な話だと思うしさ」

「……わ、分かりました! いつも通りにやってきますっ」

 

 ふんすっ、と気合を入れ直したデジタルは小走りでファン集団の方へ向かっていった。

 当の本人たちは遠巻きに見ていた有名人がわざわざ自分の方へ走って来て動揺し慄いている。

 焚きつけておいてなんだが、走ってファン対応しに行くのは流石にちょっと気合いが入りすぎているかもしれない。もっと肩の力抜いてね美人さん。

 

「はわっ、でででじっ、でじっ、でっ」

「前も握手会にいらっしゃってくださいましたよね。こんな拙い推しですが、これからも見守ってもらえると……」

「あっ、は、はい! いえあのっ、見守るというか……プライベート覗いちゃってごめんなさいっ!」

「ほぇ……?」

 

 小学生女児たちへのファン対応を皮切りにデジタルの周囲で少し人だかりが発生している──が、肝心の彼女はどこ吹く風といった毅然な態度で接している。

 

「ぬっふふ、ご心配なく。デジたんは見られて困るような推し活はしませんとも。心に鉄則、触れず・求めず・遮らず……影となりて推しを推す! あ、そちらの方もお写真撮ります? はいどうぞ!」

 

 どうやら鉄則に自分は含まれていないらしく、握手も写真撮影ももはやデジタル側からノリノリだ。

 普段は推す側の立場だからなのかファン対応にも理解が深く、次々にファンたちを満足させてちぎっては投げちぎっては投げの無双ファンサの末──最後に残ったのはあの女子小学生たちの内の一人であった。

 

「す、すみませんでした、遠くからジロジロ見ちゃって……」

「いえいえ! もし次にデジたんを見かけたらその時は遠慮なく話しかけてくださってオッケーですから!」

「はっ、はい、ありがとうございますっ。……あ、えと……」

 

 少女がチラリと一瞬視線をこちらへ寄こした。

 変わらずベンチに座ってデジタルを待つ俺を見て、少女はどう思うのか。

 

「っ? あぁ、あそこにいらっしゃるのはデジたんのお友だちの方ですよ」

「お、お友だち……?」

 

 そこでアグネスデジタルは何も誤魔化さず、ただ真実だけを少女に伝えた。

 

「カードで遊んだり、ウマ娘ちゃんが出てる映画を観に行ったり……そういうお友達です」

「そ、そうなんですか。仲良し……」

「はいっ、仲良しです。ですから、デジたんはお友だちと一緒に遊んでただけなので、そんなに謝らなくてもだいじょぶです! これからもいつでも声をかけてくださいね。ファンの方の応援、マジものすっごくパワーになるのでっ」

 

 そう笑顔で言いながらデジタルは両手で握手をし、ファンの少女は少し赤面しつつも嬉しそうな表情で何度も頷いた。

 

「あのっ、応援してます! レースも応援してます! がんばってくださいっ!」

「えへへっ。はい!」

 

 最後の少女への対応を間近で見ていた他のファンたちも声援の声を上げ、ベンチや街路樹があるだけの平凡な街の広場はなにやら小規模なゲリライベントのようになってしまったが、それをあまり意に介さず彼ら彼女らへ手を振ったデジタルは小走りでこちらへ戻ってきた。そう急がず。転んでしまいますよお嬢さん。

 

「ただいま戻りましたー……っ!」

「おつかれ、デジタルさん」

「いえいえ! あたしは楽しいだけでしたからっ。……あの、でもすいません。こういう人目の付く場所でご一緒したら、巻き込んでしまって迷惑ですよね……もしかしたら妙な噂とかも」

「いや」

 

 俺は少し遠くにいるファンの人々を一瞥しつつ、一拍置いて続けた。

 

「噂に関しては大丈夫だよ、きっと」

「そ、そうですかね……? それならいいのですが……」

 

 あそこで余韻に浸っている彼らを見て、思う。

 この少女はただひたすら真摯にファンたちと接してくれた。

 そこにウソは一つもなく、トゥインクル・シリーズの上位を走るウマ娘に相応しい誠実な対応をこなしてくれた。俺も推したくなるほど、推しにやってもらったら嬉しいファンサだった。ひたすらに絶頂♡

 

 そんな行動が咄嗟にできる彼女の言葉だったからこそ、俗っぽい噂の雰囲気をかき消して、もっと純粋にアグネスデジタルを応援したくなる空気があのファンたちを包んでくれたのだ。

 逆に開き直って隠さない、というとんでもパワープレイだが、いかにもデジタルらしい誠実な戦い方だった。ヒーローすぎる。六年生じゃん。

 

 とにかくこの場を切り抜けることはできたわけなので、一旦離れよう。

 

「あっ、そういえばまだスリーブを渡してないじゃんあたしっ」

「後で大丈夫だよ。とりあえず……」

 

 このひどい寒さを噯にも出さずファンサしきったデジタルを労う事から始めようか。

 

「この場に留まるのもなんだし、あんまり人がいない場所へ移動しようか」

「あっはい。そうですね、人がいない場所へ」

 

 とはいえ明確な目的地が決まっているわけでもない。

 どこかの店内は視線を集めるだろうし、やはり公園などがいいか。

 いや、このままダラダラと場所を探すべきではない。ファン対応で些か時間を取られてしまっているのだ。

 

「…………ひ、人がいない場所……」

 

 なにやら両手をスリスリと合わせて落ち着かない様子のデジたんかわいい。

 ──そうだな、そうしよう。

 そろそろ遅い時間ではあるが、なにも門限ギリギリまで付き合ってもらおうとは考えていないので安心してほしい。

 早めに解散、というよりトレセンの暖かい寮へ送り届ける道中に少し寄り道をするだけだ。いまそう決めた。ルートはトレセン方面。目的地へのナビを開始します。

 

「おっ」 

 

 そして少々歩いた先で、住宅街特有の小さな公園を発見した。

 もう暗くなってしまった遊び場を、少々心もとない白の街灯が照らしてくれている。

 ここからなら裏道を通れば大通りまですぐだしトレセンも遠くはない。

 

「あそこで座ろうか。カード、まだスリーブに入れてないもんな」

「へっ? あ、はい! そうですね!」

 

 なにやら考え事をしていたのかブツブツと呟いていたデジタルも我に返り、二人で冷たくなったベンチに腰を下ろした。足が凍えそう♡

 

「ふ、ふぃ。ようやく落ち着けましたねぇ」

「あぁ。人通りも少ないし、ここなら大丈夫そうだ」

 

 さっそくデジタルは開封済みのカードパックに戻していたレアカードを取り出し、用意したスリーブにそれを入れようとして……うまく入らない。

 

「あ、あれぇっ」

「デジタルさん、あまりにも手が震えすぎてるな……」

「なははー……流石に年始の寒さは堪えますね……」

 

 季節は一月の中旬。

 真冬といって差し支えないこの時期に屋外にいれば嫌でも手はかじかんでいく。

 

「……待って。スリーブ、俺が入れるよ」

「えっ? でも……」

「カードを折っちゃったり、入れ方ミスると勿体ないしさ」

「うっ、一理あり……では、お願いしますぅ」

 

 さっきから指先まで常時バイブレーションしっぱなしで、どう見ても繊細な作業ができる状態の手ではない。どうやら腕に巻いていたらしい腕時計も今は冷たそうだ。

 

「その代わり、はいこれ」

「ホッカイロですか」

「ずっとポケットの中で握ってたから温かいよ」

「ほわァ……ほんとですね、ガチぬくぬく……」

「それあげる」

「い、いいんです? うへへ、では遠慮なく。ありがとうございますっ」

 

 あっ、きっと山田を堕とした眩しい笑顔。余裕で恋に落ちる威力をしている。

 

「はい、カード」

「どうも!」

 

 渡した物を丁寧に財布へしまったデジタルは、改めて両手でホッカイロを転がして暖をとり始めた。

 そんなに寒いなら早く帰った方がいいのではないか──つい出ようとしたその言葉は、彼女の楽しそうな表情を見た瞬間に引っ込んでしまった。

 

「そういえば秋川さん、キャロットマンはどこまで履修済みで?」

「戦隊の方だけ最新話まで。栄養戦士は総集編しか観てなくてさ」

「なんと! 実は栄養戦士の方でおススメしたい回があるのですが──」

 

 そして話し始めて、気づく。

 わずかに赤みを帯びた鼻尖。

 隙間なく閉じられた両足、震える肩、縮こまる身体。

 

「でですね、その回の放送の評判が良かったからなのか以降現役ウマ娘ちゃんのゲスト出演が増えるようになって……」

「へぇ、キャロットマンのゲスト法則ってその辺りからだったんだ」

「そうなんです! あの無音演出とラモーヌさんの表情の演技が凄すぎてトレンド一位になるくらいバズり散らかしまして! 圧巻!」

 

 楽しく会話してくれているのは確かだが、やはり少女の身体は常に寒さを訴えている。一緒にいてくれるのは嬉しいものの体調が心配だ。

 実はそこまで問題がないとしても、アスリートとしての彼女の立場を考えるなら不調の原因になり得る状況はさすがに無視できない。

 もし、このまま話をし続けるのであれば──

 

「あ、デジタルさんちょい待ち」

「どしました?」

「ジッとしててくれるか」

「……? は、はい」

 

 デジタルが言われるがまま待機モードに移行してくれたので、以前店長から頂いたマフラーを自分の首から外し、ささっと彼女に巻きつけた。

 

「ほい、防寒具」

「ぇっ、あ……もふもふ……」

「勇者デジタルにこの伝説の装備を授けよう」

「ハハー、ありがたき幸せぇ」

 

 濃いブラウン基調のシャギーマフラーなので少々男っぽいアイテムだが、どうせトレセンの寮に着くまでの間巻いておくだけだし問題ないだろう。

 

「……ぁ、あの、いいんですか?」

「デジタルさんマジで寒そうだったし」

 

 きっと山田ならこうする。

 というか去年の冬に彼から実際こうされた事がある。なので俺もやる。それだけの話である。

 

「…………えへへ」

 

 あ~ちょっと照れてますねこれは俺の見解だと。世界を救った……。

 

「……あ、ごめん。俺いまキモかった」

「そんな事ないですよ? ……ま、まぁ誰にでもやっていい事ではありませんが! お相手を勘違いさせてしまうので……うん……」

 

 どういう勘違いを抱かせてしまうのかは分からないが、無論相手を選ばずにこんな事をやるわけではない。

 ここにいたのがデジタルだから。

 友達だからやったのだ。

 

 

 ──やっぱり今日は解散しよう、というあの時言いかけた拒絶の言葉を押し留めたのは()()()()()()()()()()()としての俺だった。

 

 彼女は親友の想い人だ。

 これまで同志として共に過ごしてきた時間を考慮するなら、デジタルから見ても彼は"ただの友達"ではないはずだ。

 とはいえ、二人はまだ踏み越えるべき線の向こう側には入っていない。

 二人はまだ友達だ。

 だからこそ応援している。

 親友の恋路を支えるのは至極当然のことだから。

 その思いに嘘はない。

 

 だが。

 それとは別に俺とアグネスデジタルは友達だ。

 きっかけこそ山田だったが、ショッピングモールで再会したあの日に俺と彼女は友達になれた。

 だからこそ山田を理由にしてデジタルを拒むようなマネはしたくなかった。

 以前のように身勝手な憶測で彼女の言葉を遮るべきではないと考え、あの時踏みとどまったのだ。

 

 デジタルは俺の推しがゴールドシチーであることを覚えてくれていた。

 そこから他の面白そうな作品に繋げて、それを俺と共有しようとしてくれた。

 カードゲームのパックを買って見せ合い、最近観ている番組の話題で盛り上がり、軽い冗談を言い合えるただの友達として接してくれているのだ。

 

 その繋いでくれた縁を『親友の好きな人だから』と会話を断ち切るほどの壁を作ってしまったら、それはデジタルにとっても山田にとっても不誠実な態度だ。

 

 あまりにも強い拒絶を示して彼女を傷つけた場合、仮にそれが理由で俺に対して持ってくれていた分の関心の全てが山田に向いたとして、その傷ついた状態のデジタルと、傷つけられた状態の彼女と接する俺の親友は、果たして幸せなのだろうか。

 

 ──いや、もっとシンプルな理由がある。

 

 山田の恋は応援したい。

 デジタルとも、気の置けない友達として一緒にいたい。

 

 本当にただそれだけの話なのだ。

 

「送ってくれてありがとうございましたっ! とりあえず伝説の装備はこのまま貰っちゃいますね」

「ごめん授けておいてなんだけど返してくれる?」

 

 ただの一人の男子高校生として、ただの一人の友達と接する──それがデジタルの立場を考えると些か難しいことであるのは百も承知だ。

 それでもそうしたい。だからそうする。

 

 アグネスデジタルを『親友の想い人』という色眼鏡で見ることをやめ、ただ一人のアグネスデジタルという少女と友達として交流していく。

 俺を友達だと呼んでくれた存在だからこそ、礼儀として。

 友達を、友達として。はい問題ここまでで何回友達というワードを使ったでしょうか。

 

「秋川さん、しゃがんでどうぞ」

「はい」

「マフラー巻き巻き」

「顔面に巻かないで……」

 

 無論、ありもしない噂が立ちそうな行動は控えるつもりだ。

 なにも大勢の前で二人きりで会ったりはしないし、親友の恋は親友の恋で応援する。手助けこそすれ邪魔はしない。

 これからはそのように動いていこう。よしそのロジックでいこう。

 

「……あの、秋川さん。今週の日曜日ってヒマです?」

「ヒマです」

「お……良かったら、キャロットマンとかを後ろで流しながらウマデュエルレーサーのデッキ調整なんかやりませんか? 公認大会の参加賞がなかなか豪華で……」

「それは構わないけど、どこでやろっか」

「あたしの実家が近いのでそこでどうでしょ。ダーヤマさんも呼んで三人で!」

 

 女子の家にお呼ばれしちゃった。親友と一緒でなければ危なかった。

 

「いいね。そうと決まれば山田にメッセージ送っちゃうか」

「送信しましたっ!」

「早すぎ」

 

 行動の速さに面食らいつつ、スマホの画面を覗き見てみる。

 

『ぇあのデジたんさんのご実家でデッキ調整ですか!!?!?、!』

『はい!!!来れますか!!!!!!!!!』

『もももちろんです!、!!!!!』

 

 なんだろうこの熱量。若さが爆発しすぎている。

 

『あの……秋川も呼びませんか?』

「との事です」

「なんかややこしいしこれから俺を呼ぶていで進めてくれるか」

「了解ですっ」

 

 と、そんなこんなで週末の予定は組まれていった。トントン拍子で何よりだ。これぞ高校生のスピード感。

 

「とりあえずひと段落ですね。ではでは秋川さん、また!」

「ああ、お休み」

 

 こちらに手を振りながら寮内へ戻っていくデジタルを見送り、彼女の姿が見えなくなったあたりで踵を返した。

 

 

 なにも後悔はない。

 山田の邪魔にはならないように気を付けつつ、他人から誤解を招かないよう人の目が少ない場所を選んで、これからも三人で遊んでいけばいい。

 それでいい、と心に区切りをつけたのだ。

 遊びたい相手と接することに対していちいち懊悩していたら疲れてしまう。

 俺は高校生だ。

 もう少し場当たり的に生きたって罰は当たらないハズだ。

 それにもしもこの先に耐え難い苦労があるのだとしても、それはそれで構わないのだ。

 この道を選んだ責任だけは忘れずに、これからも彼らの隣を歩かせてもらおう。

 

 あのショッピングモールの時のような、勇気を出して遊びへ誘おうとしてくれた相手の言葉を封じ込めてまで、自分の都合だけを通そうとする男には──二度となりたくないのだ。

 

「……ん、電話?」

 

 さて志を新たにマイホームへ帰還しようと歩を進めた直後、ポケットの中が振動した。

 取り出したスマホの画面には馴染み深い文字列が表示されている。

 

「もしもし、ゴールドシップ?」

 

 久方ぶりに連絡を寄こしてくれたのは、一週間前の作戦会議で俺よりも漢らしい態度を示してくれていた姉貴肌の少女であった。

 

『おー。いまトレセンの近くにいるんだって?』

 

 いや何で知ってんだ。シンプルに怖い。

 

「ん……まぁ。ストーカーだったりするの」

『誰がオメーなんかに付きまとうか、この性癖エグ太郎が』

 

 ひどい言われよう。デカパイが好きなだけなのに……。

 

『さっきデジタルに連絡したら教えてくれたンだよ。偶然だったが丁度いい、ちょっとそのままそこにいてくれっか。渡したい物がある』

「お、おう」

 

 少し離れているとはいえ女子寮の近くで人待ちをするのは世間体的に大丈夫なのだろうか。

 

「早めで頼む。さみぃ」

『すぐ温めてやっから待っとけ』

 

 なんかそこはかとなくエッチな響きのセリフを残して電話を切りやがった。変な期待させんなスケベ人妻がよ。どきどき……。

 とりあえず付近の防護柵に軽く腰掛け、ポッケに両手を突っ込み待機することとした。格好つけてるとかではなく冗談抜きで寒すぎるので外に手など出していられない。デジたんからホッカイロ奪い返してこようかな。

 

「……あぁ、そろそろ門限か」

 

 デジタルは時間帯的には早めに送り届けたはずだったが、寮の正門付近でワチャワチャしすぎていたせいか既に遅い時間に差し掛かっていたらしく、帰寮してくるウマ娘が散見された。

 ランニング帰りや単に出かけていただけだったりと、放課後何をしていたのかはその服装で判断できる。……本家の頃のキモい分析癖が出ちゃった。反省。

 なるべくジロジロ見ないようにしよう。どうでもいいこと考えよ。

 

「あぁ。もちろん写真は送らないよ、オル。せっかくの勝負服だ、戻ってきてから見るといい。実戦の芝の上でね」

 

 どうでもいいが多少は考えるべき事、と言えば夕飯だ。

 どうしようね晩ご飯、そもそも冷蔵庫が常軌を逸した枯渇具合なんだよな。もはや空気を冷やしてるだけの置物と化してる。

 

「それと──ん……」

 

 アキカワです! 寒さで沈んだ気分をグレートジャーニーに引き上げてくれる外食に赴きたい今日この頃ですが、この一週間無駄に家具をアップデートしまくった結果、サイフの中身がうどんチェーン店の五十円引きクーポンだけになってしまったので、泣きわめくか帰るか以外に選択肢がありません。ハイテクを求めすぎるあまり逆に生活水準をダウングレードしてしまっていたようですな。アキカワでした。

 

「……いや何でもないよ。そうだ、戻ってきてからの事だが──」

 

 あっ、誰か通り過ぎたな。無言で虚空を見つめ続ける怪物になっていたので直前まで気が付かなかった。お帰りなさいませ。

 

「もう~、待ってよ早いよ置いてかないでよシャカールぅ~」

「早く帰ろうっつってランニングを途中で切り上げたのはどこのお姫様だっけか」

「うぅ……──うん?」

 

 やはり続々と帰ってくるウマ娘たち。

 トレーニング帰りであろう彼女たちはホカホカなのだろうが、ジッと地蔵になっている俺の身体は冷たくなる一方だ。

 

「そら、さっさと……ん、おい、ファイン?」

 

 寒さもさることながら、流石に暇なのでスマホでも取り出そうとしたところ、足元に影が見えた。

 

「ねぇねぇ」

「……? うおっ」

 

 そして声をかけられ、何の気になしに顔を上げると予想以上に近い位置に少女の顔があり、思わず慄き肩ごと後ろに引いてしまった。

 ウマ娘だ。

 トレセンなのでそりゃそう。

 ウマデュエルレーサーで見たことのある顔だが、最近出たばかりなのと俺自身が使っていないテーマのカードなので名前までは憶えていない。

 

「キミ……学園の人?」

「いや、人待ちをしてるだけで……」

「ふーん……?」

 

 ジロジロと品定めするように視姦してきやがる推定変態ウマ娘。逆だったら捕まってるところだ、退きなさいプリンセス。俺は王だぞ。

 

「……あっ、思い出した! 前に正門の前でバイクに乗ってた──わわっ」

 

 どうやら以前俺を見たことがあるらしい事を呟いた瞬間、後ろから別のウマ娘に手を引かれた。

 

「ウチの同輩が迷惑かけたな。オラ、締め出される前に帰んぞ」

「えぇー、まだ名前聞いてな……わっ、時間ヤバ。ごめんなさい、またどこかで! ごきげんようっ」

「うわっちょ、いきなり走り出すな!」

 

 と、そんなこんなで少女たちもまた寮の中へと転がり込んでいった。嵐のような女だったがしかしどこか気品もあるときた。面白いでゲスね。

 

「急ごうマチタンッ! 急ご急ご急ごうっ! ギリギリだよギリギリ!」

「ふ、ふひぃ、先に行ってもいいよターボ……。私は歩いて帰るよう……あれ、もういない」

 

 ふと腕時計を確認してみれば、確かに歩いても間に合う時間ではあるが、いま正門の付近にいない生徒が滑り込めるかどうかは微妙なラインだ。ゴルシちゃん大丈夫かしら。

 

「あぇ……?」

「……んっ?」

 

 現在時刻を確認し終えて顔を上げると、青い髪のミニマムっ娘に置いていかれたウマ娘と視線がぶつかった。なんか凄いふわふわしてるあの子。

 

「職員の人……じゃなさそう。誰だろ。……むん」

 

 ジッと見られているがやはりここにいると不審に見えるのだろうか。むん。

 

「あわっ。急がなきゃ~」

 

 少女はすぐに視線を外して寮の中へ戻っていった。なんだか謎のシンパシーを感じる少女だったが、俺が待っているのは芦毛のデカパイだ。アイツいつになったら来るの。

 こちらへ走ってくる足音は聞こえるが──また別のウマ娘だ。電話しながら走ってる。

 

「だぁからっ、ダチが舐められてたんだよ! 走らないわけにはいかねェだろ!? ……~っ、わかってくれよ相棒っ! トレーニングがどうでもいいワケじゃないんだって!」

 

 電話口で口論しながら寮へ駆け込んだ謎ウマ娘を一瞥し、再度時計を見るともう間もなく門限を迎える時刻になっていた。ちょっとマジで心配なんだが本当に帰ってくるのかあいつ。

 ……あっ、正門が閉められた。

 

「お……? おぉ、ゴールドシップ……」

「ハァッ、はあっ! あっクソ間に合わなかったか……!」

「惜しかったな。……ところでサンタの格好をしてることに関しては聞いていいのか」

「聞くな……」

 

 そこそこ気になるが掘り下げない方がいいらしく、ここまで全速力で駆けてきた少女の息が整うまでとりあえず待つことに。

 

「ふぅ……ふぅ。っはぁー……あぁ゛、まいった今夜は宿無しか……」

「トレセンって厳しいよな。もう目の前だったのに容赦なく閉まるし」

「くっ。職員に根回しをしておけばっ」

 

 まぁ厳格な校風であるこの学園でそんな真似が出来るはずもなく、どうやら他に門限破りの仲間がいなかったらしいたった一人の遅刻少女は、ガックリと大きく肩を落とした。

 

「しゃーねぇなあ……ネカフェで一晩明かすかな」

「そんな緩い店、この辺にあったか? 未成年だと駅近くにある店舗は全滅だぞ」

「マジ? 商店街の外れのとこはどうだ」

「あそこは先月あたりに潰れてた」

「ゲェーっ……マジかよ。──じゃあ野宿だな」

「切り替えが早すぎる」

 

 こんな息も凍るような寒空の下で野宿などできるはずがない。

 市街地のどこであろうと焚き火は論外だし、コンビニなどで暖を取ろうとしても、大前提として彼女は夜中にほっつき歩いていたら警察に声をかけられる年齢だ。

 

「さーて行くか」

「……ゴールドシップ」

「あん?」

 

 サンタらしい白い布袋を携えて踵を返した彼女を呼び止めたのは、そんな倫理的な理由もあったが。

 なにより身内として、この凍てつく夜を体一つで越えようとしている無茶な友達を放っておくことができなかったのだ。

 

「トレセンの生徒が補導されたらいろいろマズいだろ。俺ん家に来いよ」

「は? ……本気で言ってんのか?」

「あいにくウチに来たウマ娘たちはみんな何事もなく翌日に学園へ送り届けてる。そこら辺は信用してくれていい」

「いやそもそも何だよウチに泊めたウマ娘たちって。複数人の女子生徒を自宅に連れ込んだことがある節操なしですって宣言してんのと同じじゃねーのか」

 

 事実だけを羅列した場合なにも間違っていないので否定のしようがない。詰んどる。

 

「……ハァ。ま、提案は素直にありがたい。正直あてもなかったしな。わりーが世話んなってもいいか、秋川?」

「それはもちろんだがいいの。お前が言うところの節操なしの家だけど」

「オメーの相棒がいるんだろ? それなら別に」

「あー……いや、いない」

「えっ」

 

 ウソはいけないので事実だけ述べます。聞け、思ったより身持ちが固くてこちらとしても安心できる女よ。……というかこれぐらいが普通なんだよなたぶん。

 

「アイツはマンハッタンさんのところへ帰省させてるんだ。正真正銘いまは一人暮らしです」

「……むむ」

「別にどっちでもいいぞ、ゴールドシップが決めることだしな。とりあえず寒すぎるから俺はもう帰ろうと思う」

「だぁーっ、まてまて行くよ! 文句言ってわるかった! ワガママ言ってすみませんでした、どうかこの宿無しを泊めてくださいお願いします!」

 

 やはりこの寒さには耐えられないようで、折れたゴールドシップは帰路に就く俺の後ろをついてくる事となった。よーし帰ったら宿泊代としてスケベな要求しちゃお。

 

「というかウマ娘だろおまえ。俺が変なことしようとしたところでボコボコに反撃できるじゃないか」

「そういう問題じゃねえし。てか相棒との同化の影響で生身の身体能力も多少は上がってんだろ? なら普段から闘い慣れてるオメーのが強いじゃねえか。残念ながらアタシは普通の女子高生なんだ」

「……年始にサンタのコスプレして夜間を闊歩する女が普通の女子高生?」

「うっせーなホールケーキ顔にぶつけんぞ」

 

 なんやかんや言いつつ肩が触れ合うくらいには近くまで寄って隣を歩いているあたり、多少は信用してくれているのだろう。だがその信頼の態度が男を勘違いさせる! 誘い受けの達人とお見受けいたす。

 

「……あっ。ゴールドシップ」

「んだ」

「たしか俺に渡すものがあるんだろ? というかそう言われたからトレセン前で待ってたんだが」

「ヤベ、そうだった。あぶねぇ忘れるところだったぜ……っと、ホイこれ」

「……ノート?」

 

 ゴルシちゃんが手渡してくれたそれは、普通に学生が使うような何の変哲もない学習ノートであった。

 

「そいつは日記だよ。カラ子のな」

 

 言われてもう一度手元に視線を落とすと、よく見れば小さく拙い文字で『カラ子』と書かれている。

 

「人間の世界を勉強するうえであいつ自身がどう変化していくのか──それを観察するためにつけさせてんだ」

「なるほど……ん、日誌を預かったなら、カラ子は今どこで何してるんだ?」

「一時的に夢の世界で休憩中だ。学び続けるのも疲れるからな。不思議パワーの制御は猫ちゃん先生がやってるから心配しなくてもいいらしいぞ」

 

 ゴールドシップと並んで歩きながら、ひとつ白い息を吐いた。

 その冷えた空気に差した温かい一拍は確かな喜びから出たものだった。

 

「……いろいろありがとうな、ゴールドシップ」

「アタシはそこまで手伝えてねえよ。感謝するならこの数日間ずっと面倒を見てくれてたドーベルやマックイーンだ」

「それでもだよ。あの話し合いの日から……いや、学園内で俺を拾ってくれたあの時から、ずっと助かってる。……本当にありがとう」

 

 流れに身を任せてこれまでの感謝を一気に伝えてみたわけだが、反応はいかに。

 とにかくお礼を言わなければという気持ちになったせいで口に出してしまったが、いささかストレートすぎた。キモかったかも俺。

 

「……マジでむずがゆいからやめとけよ、秋川」

「照れてんのか」

「だまっとけ! この巨乳(デカ)狂いめ!」

 

 わずかに赤面してくれているあたり、どうやら感謝の念は無事に届いたようだ。一安心。

 というかいつの間に俺の性癖を看破していたのだろうか。普通に恥ずかしい。

 

「お、往来でそういうことは言わない方がいいぞ」

「否定はしないのかよ……」

 

 どう答えても言い訳にしかならないだろこのタイミングだと。

 そもそもデカ乳好きを把握してるということは、ゴールドシップは自身が性的な目で見られている事実にも気がついているという事になる。

 それなのにこんな肩が触れ合う距離感で接しているのは一体どういう風の吹き回しなんだ。冗談抜きで誘い受けの麒麟児?

 

「あの……ちなみにどこで気づいたのか、とか教えてくれたり……」

「夢でアタシらにバニー衣装を着せやがった時。あとさっきからも」

「マジで」

 

 ロケットおっぱいをこんな1ヤードくらいの距離で見れるなんて♡ ボイルシャルルの法則。

 

「……そんなに見てた?」

「そんなに見てた」

 

 どうやら夢の世界での手違いで協力者の少女たちに変態コスプレをさせてしまったあの時、無意識に彼女たちの胸部に視線が吸い込まれてしまっていたようだ。

 つまりあの場にいた女子全員に性癖を把握されている可能性が高いということらしい。もう死ぬしかないかも。

 

「わかったじゃあ人質として俺のスマホを預かってくれ。寝るときは両手両足を縛った状態で押し入れに放り込んでくれていい。それから」

「いや待て落ち着け、落ち着け。別にそんな警戒してねーって。てか泊めてもらう立場でそんなことできるか」

「いいのか……? ならよかった。誤解も解けたみたいだし今日は一緒に寝よう。大丈夫なにもしないから」

「態度の急変がスゴい」

 

 寝てる姿とかスケッチしたい。スケッチしていい? 大写生大会を行いたい。

 

「メシは何がいい? ゴールドシップさん可愛いからオジさん何でもおごってあげちゃう」

「やっぱ野宿でいい気がしてきたな……」

 

 なんやかんやありつつも、最終的には()()()()()くらいの感覚で宿泊してくれることになり、こちらとしても安心できる形で話は落ち着いた。これにて一件コンプリートだ。

 

 こうして彼女と落ち着いて話をする機会は、思い返してみればそこまで無かったように思う。

 ゴールドシップの優先順位は第一にメジロマックイーンがあり、どちらかと言えばあの少女を俺から引き離す方向でこれまで俺と関わっていたから。

 だが今現在、クリスマスでの一件やマックイーンとの事情の共有を経たおかげなのか、俺は隣にいて直に彼女の態度の軟化を感じている。

 

 そうしてようやく気がついたのだ。

 サイレンスたちのように二人きりで接する機会こそなかったものの、どうやらゴールドシップとはいつの間にか一緒にいて緊張しない程度には“慣れ”が生まれていたらしい、という事実に。

 

 そういった当たり前のように一緒にいられる関係性の相手を、世間一般では友人と呼称する。

 決して楽ではない道のりだったが、その紆余曲折を経たからこそ、ようやっと俺はゴールドシップと友達になることができたのだろう。

 

「そうだ、ゴールドシップ。帰ったら──」

 

 なので学生らしく泊まりの夜に何かしら遊んでから夜を明かそうと、自宅にあるゲームの中から何がいいか質問しようとした、その時だった。

 

「んっ。……秋川、ちょい待ち」

 

 突然、彼女の左腕に巻かれていた腕時計から、スマホのアラームのような甲高い電子音が鳴り響いた。

 彼女がそれの文字盤を軽く叩いてからスマホを取り出すと、画面にマップアプリでとある場所が表示され、内容を理解したらしいゴールドシップは顔つきが神妙なものに切り替わった。

 

「この住所……あのプラネタリウムの近くか」

「……? なぁ、それって」

 

 そしてたまらず質問した俺に対して、彼女はニカッと勝気な笑顔を向け、スマホをポケットにしまい込んだ。

 

「まあまあ、()()()()()()()

 

 ──その彼女の言葉を聞いた途端、夢から覚めたような感覚に襲われた。

 つい無意識に、足が止まる。

 

「……い、いや、流石に気にするだろ。なにそれ」

 

 目の前の少女が突然、張り付いた笑顔で自分との間に見えない壁を作った。

 それに慄きつつなんとか喉の奥から質問を絞り出した──が、既にゴールドシップは踵を返しており、その視界の中に俺は映っていなかった。

 須臾にしてサンタ衣装を脱ぎ去り、その下に着ていたらしい学生服を露わにした彼女は、背を向けたまま明るい声音で返答する。

 

「オメーんとこの猫ちゃん先生と協力して作った怪異センサー、みたいなもんだな。……つってもショボいのが二、三匹程度現れてるだけみたいだからあんま心配すんな」

「ちょっ……俺もいくよ。位置情報をこっちにもくれ」

 

 食い下がるように呼び止めてはみたものの、ローファーから運動用のシューズに履き替えたゴールドシップは、やはりこちらを振り返ることはなく。

 

「これぐらいアタシらだけでも対処できるさ。幸い今の街に出る怪異たちは実体化していてこっちも視認できるしな。秋川は先に帰って暖房でもつけといてくれると助かる」

「あ、オイ待てって!」

 

 そして、走り出してしまった。

 

「だから俺も──うおっ」

 

 それでも追い縋ろうとしたその瞬間、ゴールドシップがサンタの衣装一式を詰め込んだプレゼント袋を後ろに投げ、それを受け止めようとした俺は強制的に足が止まった。

 

「ソイツも持ち帰っといてくれ! てかアタシのこと追いかけてきちゃダメだからな! ドーベルに“フツーに生活するように”って言われてんだろ!」

 

 そう言い残して、少女は長い芦毛の髪を揺らして闇夜の街へ走り去っていくのであった。

 

 

 ……

 

 ………

 

 

 その場に一人残された俺は、布袋を携えて忠告通りに帰り道を辿ることにした。

 後ろ髪を引かれる思いのまま、鉛のように重い足をなんとか前に動かして。

 つい先ほどまで四肢の末端を凍えさせていた寒風も気にならなくなるほどに感覚も視界も狭まっており、もはや前どころか足元しか見えていない──そんな状態で薄暗い住宅街を進んでいる。

 

「……冷静に考えると、行っても邪魔になるだけか」

 

 いまの俺は一人の男子高校生だ。摩訶不思議な経歴を持つあの相棒もそばにはいない。

 なので普通、と言っても差し支えはない。

 物理的な身体能力こそ多少は向上しているが、そもそもが強靭な肉体であるウマ娘と違い、あまりに常軌を逸した運動をしてしまうと体そのものが耐えられない可能性がある。

 ()()()()()()()()()足は自宅へと向かってくれた。

 

「……いや、でも……」

 

 そしてまた立ち止まる。

 十数分前からコレの繰り返しだ。

 

「はぁ……」

 

 俯き、ため息。

 口から立ち上った白い息を追うように顔をあげる。

 とっくに陽の落ちた空はいつの間にか厚い雲に包まれてしまっていたらしく、沈んだ気分を晴らしてくれるような煌めく星空は、そこにはなかった。

 

 あの家電量販店でアグネスデジタルと出会う直前まで胸中で渦巻いていた違和感。

 彼女と別れ、ゴールドシップを見送るまで忘れていた──今この瞬間になって思い出した、確かな違和感。

 

 その正体に気づきかけたその時、少し遠くの前方に人影を確認した。

 ボロいアパートの一階玄関、自宅の前。

 遠目でも分かる恰幅のいいフォルム。

 いままさにインターホンを鳴らそうと指を伸ばしていたその人物は、横目に俺の存在に気づいたらしくこちらを振り返った。

 

「──あっ、秋川!」

「……山田?」

 

 そこにいたのは、今日何度も脳内で登場しては消えていった我が親友君であった。

 会えたのは嬉しいが場所と時間帯があまり普通ではない。

 それを少々怪訝に思いつつ近くまで赴くと、彼は分かりやすくホッと胸をなでおろした。

 

「なんだ、よかった……帰ってる途中だったんだね」

「っ……? 何言ってんだ、おまえ?」

「あー……その、ごめん気にしないで。たぶん僕がちょっとキモかっただけだから」

「いや何だよそれ。普通に説明してくれよ」

 

 本当に何も察することができない。

 自宅まで帰ってきたらなにやら焦燥している友人がいて、俺を見た途端に勝手に納得して安心しやがった。意味が分からない。

 思わず一歩踏み込んで詰め寄ると、山田は気まずそうに視線を横に逃がした。

 

「えーと……」

 

 後頭部をかいて誤魔化しているが、それでは分からない。

 

「マジでなに?」

「そ、その……うぅ、これ言うの恥ず……」

 

 どうやら本当に気恥ずかしさを感じているようで、ほんの少しまごついて時間稼ぎをし、遂には観念したように一つため息を吐いた。

 

「はぁ。……まぁ、何というか……()()()()()()

 

 目を合わせないようにしつつ、彼は胸ポケットからスマホを取り出す。

 そこに表示されたメッセージアプリのトークルームには俺の名前があった。

 山田からメッセージがいくつか送信されており、それらすべてに既読が付いていない。

 送信された時刻はちょうどトレセン前でゴールドシップと落ち合ったタイミングだ。どうやら会話に夢中で気づけていなかったらしい。

 

「ほら、今週末にデジたんさんとデッキ調整会やるでしょ。そのことで相談したかったんだけど……全然既読つかなかったから、直接家に来ちゃった」

「……???」

 

 友人が語った不意の来訪の理由に思わず首を傾げてしまった。

 デジタルとの遊びに関して相談がしたい、という部分は理解できた。

 憧れの人の実家に足を運ぶことになるのだから緊張するのは当然のことだ。

 問題はその後のセリフである。

 

「……メッセージに気づかなかったのは悪かった。でも、それだけでわざわざウチまで来たのか?」

「そ、そうなんだよね……事実だけ見るとそうなんだよ。ホントに僕どうかしてたかも……」

「マジでちょっと怖い」

「言わないで……わかってるよう……」

 

 既読がつかないから家まで足を運ぶだなんて、交際中の男女でもなかなか発生しない異常イベントだ。

 本当にどうしてしまったのだろうか、彼は。

 

「……いや、ほら、秋川って少し前までは結構危険なオカルトファンタジーに巻き込まれてたじゃない。それこそ年末年始はガチの行方不明になってたし。ここ最近はそういうの無かったけど……今は相棒がそばにいないって話、学校で聞いてたからちょっと心配でさ」

 

 でも杞憂だったね、と付け加えた山田はここに長居するつもりもないらしく、学校指定のカバンを肩にかけた。

 

「ほんと、バイト帰りに近くを通りかかったんでついでくらいの感覚で見に来ただけだから、あんま気にしないで。それじゃ」

 

 そう捲し立ててその場から去ろうとする山田。

 

 

「────まってくれ!」

 

 

 そんな彼を、俺はつい呼び止めてしまった。

 

「えっ?」

「……ちょい待ち、山田。ステイ」

「あ、はい」

 

 振り返って足を止めた少年をそのままに、俺は一度目を閉じて記憶を想起した。

 先ほどの、彼の言葉を。

 

 ──普通に心配。

 

 目の前の友人はそう語った。

 バイト帰りに偶然近くを通りかかったからとはいえ、メッセージに既読をつけなかった俺の身を案じて、こうして様子を見に来てくれた。

 

 ちょっと心配。

 その言葉に嘘はなかったのだろう。

 本当にちょっと、普通に少しだけ、なんとなく心配だったから顔を見に来た。

 彼の表情や態度からしてそれは明らかだった。

 そう、部活やらなにやらで軽い怪我をして、絆創膏や湿布をつけて教室に登校してきたクラスメイトに『なにその怪我、だいじょうぶ?』ととりあえず声をかけるような──友人として当たり前に発生する、ただの心配だ。

 

 ()()()()()、普通の。

 

 

「…………あぁ、なるほど」

 

 

 深く、一言。

 そこでようやく腑に落ちた気がした。

 ずっと心の中で渦巻いていた違和感の正体に。

 

 俺は──ゴールドシップを追いかけるべきだったのだ。

 

「山田ァッ!」

「えっ、あ、はい!」

「ちょっと手伝ってほしいことがあります」

「は、はあ……。それはいいけど、テンションの落差どうなってんのキミ……」

「来てくれ」

「わわっ」

 

 とりあえず山田を連れて一旦家の中へあがり、居間のちゃぶ台にあるノートパソコンを開いた。

 そこから情報の拡散が早いSNSであるウマッターを起動させ、その前に山田を座らせた。

 

「……??? な、なに? なんなの」

「なぁ山田。何ヵ月か前にウマ男の正体──俺の秘密がバレそうになった時、おまえ何でもサポートするって言ってくれたよな」

 

 ウマ娘の知り合いたちが快く協力を引き受けてくれたあの合同イベントの打ち上げの際、ついに怪異が一般人にも視認できる状態に進化して街で暴れ、それを往来で鎮めた影響で“ウマ娘のような走力”を持つ男子高校生がいるとネットで話題になった時期のことだ。

 あの時、山田は身バレに怯える俺に対して様々な提案をしてくれた。

 

「あー……確かにオペレーターになる的な宣言はしたけど。……なんで急に?」

「いろいろ端折って説明すると、カラ子とは別のヤベーやつが出現して、そいつの影響でまたオカルトファンタジーな展開が発生してる」

「……つまり?」

「ついさっき怪異が出て、そいつをゴールドシップが追いかけてる」

 

 そう口に出した瞬間、山田はその太い体型からは想像できない速度で音もなくひっくり返った。大丈夫?

 

「──それを早く言えよ! てかそれ最初に説明してよ一番大事な部分じゃんッ!」

「すまん」

「家の前で話してる場合じゃなかった……あっ、で、ごめん。とりあえず僕どうしたらいい? 役に立てるの?」

「切り替えが早くて助かる。簡潔に伝えるが、とどのつまりオペレーターになってほしいんだ」

 

 言いながら動きやすい服装に着替え、そそくさと玄関へ向かい運動靴に履き替える。

 

「怪異との戦いはレースだ。バトル漫画みてぇにその場でドンパチするわけじゃないし、見失ったらそれで終わっちまう」

「……オペレートするって、つまりウマッターでゴールドシップさんか怪異の位置情報を割り出して、都度キミに共有するってこと?」

「あぁ、どっちも街中じゃ出しちゃいけない速度で走ってるだろうから、それを見て驚いた人の投稿はそこそこ多いはずだ。ワイヤレスイヤホンをつけて走るから通話も繋いだままで頼む」

「お、おっけ!」

 

 山田の頼もしい返事を背に自宅を飛び出し、まずは彼女が呟いていた付近のプラネタリウムがある場所へ向かって駆け出していった。

 まずは親友の手を借りた。

 巻き込んだことへの罪悪感は拭いきれないが、それでもかつて自分を頼ってほしいと言ってくれた彼の言葉を信じて、ひたすらに夜の街を疾走していく。

 あの少女に──伝えるべきことを伝えるために。

 

『秋川っ、スマホのGPSの起動忘れてない!? ナビゲートできないよ!』

「うぉっやべ」

 

 

 

 

 しばらくフツーに生活してほしい。

 

 ひたむきに自分の身を案じてくれる他校の女子にそう言われてから、なるべく“普通”を心掛けた高校生活に従事していた。

 いつも通り学校に通って、アルバイトをして、クラスメイトと遊んで、家に帰ってダラダラと過ごす──それが普通だと思っていたから。

 

 だが、それでは俺の心は誤魔化されてくれなかった。

 本来自分自身すらも望んでいたはずの日常へ戻ったはずなのに、脳裏に付きまとう違和感が遂にこの足を動かしてしまった。

 

 そうだ、伝えねばならないのだ。

 親友のおかげで導き出すことができたこの答えを、彼女たちに。

 

『ゲェっ!?』

「どした」

『で、デジたんさんも怪異を追いかけてるっぽい!』

「……わざわざ寮を抜け出したか。そういえばデジタルさんもゴールドシップが巻いてたやつと似てる腕時計をつけてたな」

 

 たしかホッカイロを手渡したときに見えた気がする。

 なにやら近未来的なデザインだったので微かに印象に残っていた。

 

『それってさっき言ってた怪異センサーってやつ? それも今日まで知らなかったし、僕たち置いてかれてるね……』

「そうだな。正確には置いていって()()()()()んだが」

 

 それが彼女たちの優しさだと理解したうえで、それでも俺たちは取り残されない為にこうして追いかけている。

 このままではダメなのだ。

 たとえ気遣いを無下にしてしまう結果になったとしても、いま走り出さなければきっと縁が断ち切られてしまうから。

 

『プラネタリウム付近にはもういないかも。最新だと黒い影は僕たちの高校の近くで目撃情報が集中してる』

「なら東高に直行か」

『いや、そこから直線で向かっても追いつけないんじゃないかな。いた場所を辿るより通過点を先回りしないと、秋川の足の方が先に限界きちゃうよ』

「それは……確かにそうだな」

 

 ユナイトによる身体強化がない以上、多少速く走れるようになったとて肉体そのものは過剰な運動には耐えられない。

 

「あと走れてせいぜい五分だ。先回りする場所はミスれない」

『ちょっと待ってね。……秋川の現在地からだと、向かうなら南の方向にある河川敷あたりかな』

「トレセンの生徒が走り込みでよく通ってるあそこか」

 

 個人的にはサイレンススズカと初めて出会った場所という印象が強いので、道のつくりはよく覚えている。

 あそこは直線距離が非常に長い道なので、追いかけられながら障害物を避け続けることに煩わしさを感じた怪異であれば選んでもおかしくないルートだ。

 

『とはいえ、賭けなことに変わりはないし……どうしようか?』

「行こうぜ。お前の計算と俺のカンを信じるよ」

『わかった。接敵するとしたらあと二、三分後だから急いで!』

 

 弾かれたように駆けだした。

 もはや真冬の寒さなど微塵も感じないほど全身が温まっており、最初は鈍かった足も次第に軽くなってきている。

 この状態であれば、一瞬程度ならウマ娘にも追いつける加速を発動できるはずだ。隣を走るなら今しかない。

 

「おっ、見えてきた」

 

 そして山田の完璧な計算によるナビゲートも炸裂した。

 

「すげっ、ホントに遠くからアイツら走ってきてる。流石ダーヤマ、完全にイスの人じゃんか」

『言ってる場合じゃないでしょ! そこで合流に間に合わなかったらもうチャンス無いよ!』

「分かってるって。──本気(マジ)で走る」

 

 その宣言と共に体勢を変えた。

 ウマ娘特有の前傾姿勢だ。

 彼女たちにとっては空気抵抗を減らす理にかなったフォームだが、普通の人間である俺には骨格やパワーの違いでかなりキツい体勢になる。

 だが、その普通の人間に発揮できない速度を出すのであればコレしかない。

 今の俺ならそれが一瞬とはいえ可能なのだ。

 やれるなら、やるしかない。

 このままアスファルト上で転倒でもした日には見るも無残な肉塊になること間違いなしだが、この機を逃せば次はない。

 だから走る。

 だから走れ。

 全速力(フルドライブ)で。

 

「うッ、ぉ──」

 

 烈風を纏い、ヒトを超えんとする肉体の悲鳴を力に換える。

 痛い。

 確かに痛いが、気持ちいい。

 激痛が走るたびに限界を超える音がする。

 痛気持ちいい。

 マジで気持ちいい。

 マゾになりそう。

 あーなんか人間を辞めそうなパワーが登ってきた須走口から入山していま9合目くらい。

 

「──秋川ッ!?」

「どぅえええっ、なんで秋川さんがッ!!」

 

 ちょっと静粛にねそこの道行く姉ちゃん姉ちゃん。

 俺いま人生で一番男の子してるから黙って見てて。近くば寄って目にも見よ。

 

「フッぅ──」

 

 前方には彼女たちがいた。

 隣を走り、それを追い越した。

 どれだけ本気で駆け抜けても合流には間に合わなかったが、土壇場で男の意地がただの男子高校生を秋川葉月に戻してくれた。

 おかげで、超えられた。

 今この一瞬だけ、ヒトの身でウマ娘を抜き去ってみせた。

 その先にある悪意を祓うために。

 手を伸ばした。

 暗く深い闇に。

 

「はっ、はっ、」

 

 ──いけ!

 イケっ!

 逝けッ!!

 イケイケイケっ!!

 激しくイけッ!

 そこはかとなくイけッ!!

 壮絶にイけッ!!!

 白目剥け!!

 アクメアクメアクメアクメ──ッ!!!!!

 おっほ。

 

「────アぁッ゛!!!」

 

 この手が人型の怪異の肩をつかみ、爆風が如き叫びと共に黒いナニカは霧散して。

 

「あっ──はブっボぁガば!!! お゛っ」

 

 そのまま足がそれて河川敷の土手を下っていき、まるで減速が間に合わずデカい川に勢いよく飛び込んでしまったのであった。

 あっ全身が完全にクラッシュしてしまいました♡ もう立ち直れません♡ 青天の霹靂。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 

「えっキシ!!」

 

 くしゃみ。

 

「ずび……」

 

 ちょっと寒すぎ。

 

「山田……暖房の温度あげて……」

「これ以上高くしたら暑すぎて僕が倒れそうなんだけど」

「へくちっ」

「かわいいくしゃみだけどソレくしゃみとして機能してるの?」

 

 なんだかんだ文句を言いつつも室温を上げてくれる山田。感謝。

 そして家の奥からデジタル登場。

 

「あ、秋川さーん。お風呂が沸きましたっ」

「うぅ゛……ありがとう、ちょっとだけ待っててくれ……」

 

 そう言って三人の客人を居間に残し、俺は究極に冷え切った体を温かい湯船にダイブして癒しながら、しばし硬直するのであった。

 

 

 ──今夜出現した怪異との対戦は河川敷で決着した。

 

 あれ以外にいた残りの二体はゴールドシップとアグネスデジタルがそれぞれ祓ったようで、対応も迅速だったことから街への被害は皆無であった。

 また、怪異も彼女らも凄まじい速度での追いかけっこをしていたため、ウマッターに投稿された写真の数々はそのどれもがブレており、時間帯が夜だったこともあってか写りが悪く、二人の正体を決定づけるような証拠は少ない範囲で収まっている。

 ただ目撃者の数はそこそこなので、噂の波及は止められないだろう。そこの対応も今後考えていかなければ。

 

 ……などと考えつつ、まずはひと段落という事で湯船につかりリラックスした。

 何よりも最悪の事態を回避できたことをまずは喜ぶべきだ。

 ゴールドシップもデジタルも疲労こそあれど怪我は無かった。そこは素直に嬉しく思っていい。

 問題はこの風呂を出た後の会話イベントだが──不思議と不安はなかった。

 

 もう自宅前での山田とのアレのおかげで腹は決まっているのだ。

 言いたいことを言えばいい。

 そんな気持ちで浴槽を脱し、着替えを済ませたホカホカの体でリビングへと戻っていった。

 そこでは丸いちゃぶ台を囲む三人の姿があった。

 山田、デジタル、ゴールドシップ。

 唯一空いている正面の位置に腰を下ろし、改めて顔を上げた。

 

「わるい、待たせた」

 

 そう言うとまず反応したのはゴールドシップであった。

 

「……相棒もいねーのに無茶しすぎだ」

 

 少々の呆れた顔。だが足は正座だ。

 なんならデジタルも山田も正座をしていたので、何となく俺も足を組み替えて正座した。なにこの絵面。

 

「それは、すまん。今めっちゃ足痛いわ」

「なら正座しなくてもいいって」

「お、おう。……三人も足、崩してほしいんだが。緊張しちゃう」

「……はぁー。わったよ」

 

 どうやら受け入れてくれたらしく、女の子っぽく足を閉じて座ったデジタル以外は全員があぐらになった。乙女ゴールドシップさんはそれでいいの。もう少しスカートが短かったら危うくパンツ見えそう。

 

「……で、秋川。オメーの言い分はどういう内容になる?」

 

 相変わらず今回の会談の中心はゴールドシップが担ってくれるようだ。

 なにか言いたそうにしているデジタルとは対照的に、山田は緊張した面持ちで口を噤んでいる。

 

「あの怪異を祓ってくれたことに関しては感謝してる。加勢してくれて助かったよ」

 

 だけど、と一拍挟んでから彼女は続ける。

 

「追いかけてきちゃダメだ、ってアタシは確かに言ったはずだよな」

「ああ」

「……ドーベルからもしばらくフツーに生活するように、釘を刺されてたろ」

「そうだな。言われたときはその場にゴールドシップもいた」

「なら、何でだ?」

 

 前提条件は彼女が述べたとおりだ。

 つまり俺は約束を破った形になる。

 要するにカスだ。

 しかし、毅然とした態度を崩すことはしない。

 ここでヘラヘラしながら誤魔化してしまったら、それこそこの場で縁が途絶する。

 だからはっきりと伝える。

 たとえカスになってでも彼女たちを追いかける理由が俺にはあったのだ。

 

「オメーが義理堅い奴だってことは分かってた。だからこそ約束を違えないと信じてた。周囲がどれだけ心配してんのか、自分でしっかり理解できてると思ってた。……今でもそう思ってるよ」

 

 努めて冷静に喋っている──が、だんだんと声音に感情が乗ってきている。

 いつも妙に愉快で変わった言動からおちゃらけが目立つ少女と同一人物だとは思えないほど、その目は鋭くまっすぐ俺を捉えていた。

 

「だから聞きたい。どうして追いかけてきた? ……アタシたち、そんなに信用ねえか」

 

 ゆえに。

 俺も彼女を強く見つめた。

 なんとなくで動いたわけではないのだ。

 

「信じてるさ」

 

 そこに嘘はない。

 

「一旦全部任せてくれって言ってくれて、事実全部何とかしてくれてた。ゴールドシップたちのおかげで俺はただの日常を過ごすことができた」

 

 平凡で、平坦で、なによりも平和な日々だった。

 

「まずは、ありがとう。おかげで安らかな時間を過ごすことができた」

「……だったらそれでいいだろ。そのままじゃダメなのか。それが普通の生活なんだから、離れてた分それを享受したって誰も文句なんて言わねえだろ」

 

 彼女たちが与えてくれたその時間に不満があったわけではない。

 ──ただ、違った。

 

「ごめん。違うんだよ、ゴールドシップ」

「……?」

 

 そうではなかった。

 あの日常に問題があったわけではなく、ただただ違ったのだ。

 

「俺にとって、その普通の生活ってやつは、少し違ったんだ」

 

 ハッキリ言ってしまえば我が儘だ。

 だが、他のなによりもソレが俺を形作るものだった。

 

「ゴールドシップ。デジタルさん。きみたちウマ娘の()()()()──それが俺にとっての普通なんだ」

 

 その言葉に二人は目を見開いた。改めて見てもやっぱり美人さん♡ 顔面も精神も造形が美術品のようだ……。

 

「信用してる。そのうえで心配になった」

「……それ、本当にアタシらのこと信じてんのかよ?」

「もちろんだ。二人の強さは疑ってない。でも友達として普通に心配だったんだ。だから走り出してしまった」

 

 めちゃくちゃな事を言っている自覚はある。

 だがそれ以上に彼女たちが心配だったのだ。

 

「……なぁ秋川。一緒に戦う仲間なら、多少無茶でも信じて待つもんじゃねーのか? 背中を預ける的な意味でも、強さを信じてんならなおさらだろ」

「そうだけど……そうじゃないんだ」

「おいお前な」

「──だって」

 

 共に戦場に立つ仲間ならそうかもしれない。きっとそれは間違ってない。

 だがそうじゃない。

 

「だって……俺たち、()()だろ」

 

 たしかに戦ってはいる。

 本来であれば無関係なはずのオカルトファンタジーに片足どころかほぼ全身つっこんでる。

 けど俺たちはその少年漫画の敵みたいな悪意と対抗するために一緒にいるわけじゃない。

 

「そんな、戦うために集まった仲間とか、そういう感じじゃないはずだろ。友達だから一緒にいたいんだ。友達だから……心配なんだ」

「……仲間じゃなくて友達、ってか」

 

 ゴールドシップは後頭部をかいて難しそうな表情をしている。

 俺から言いたいことは今ので全てだが、当然それだけで納得してくれるはずもないだろう。ここからはアドリブ勝負だ。

 

「……そうだとしても、この場でソレが通るのはダーヤマとデジタルだけだろ。アタシは元々マックイーンを守るために手を貸したんだ」

 

 これもしかして友達ではない宣言なのかしら。泣きそう。

 

「じゃあ、合同イベントの手伝いに来てくれたのも、マックイーンさんの為に?」

「それは……いやまぁ、流れで」

「あの夜、俺を追いかけてくれたのも?」

「……打ち上げをほったらかして出て行ったし、普通に心配だったからな」

「それだって。今回の俺も、その普通に心配ってやつだったんだよ」

「っ……ぐ。……あー、確かにあの時オメーを信じてんなら打ち上げ会場の店で待っとくべきだったかもな。けどな、あの時アタシは『追いかけてくるな』だなんてオメーには言われてねぇんだよ」

「でも、マックイーンさんの為って理由ならそれこそ残るべきだったろ? 他のやつが襲ってくる可能性もないわけじゃなかったし──」

「う、うるせーな、約束破ったことを棚に上げてんぞ。だいたいあの時こそ何も言わずに出てったお前が──」

 

 ……と、なにやら本筋から逸れそうになりながら話が白熱し始めたあたりで。

 

「「あ、あのっ」」

 

 デジタルと山田がほぼ同時に、俺たち二人の間に割って入ってきた。

 

「……えっ、あ、ごめんなさい、デジたんさんからどうぞ……」

「い、いえ、ダーヤマさんから仰るべきで」

「色んなとこで蚊帳の外だった僕から言うのも……その、たぶん言いたいことは一緒だと思うんで、デジたんさんからお願いします」

「そ、そうですか? ……ふ、ふむ。では……」

 

 お互いにワタワタしつつも譲り合いには決着がつき、コホンと咳払いを一つ挟んだのちにデジタルが口を開けた。

 

「えぇっとですね……」

 

 俺とゴールドシップを交互に一瞥し、苦笑いといった表情を浮かべながら彼女は言う。

 

「どっちも互いに心配で、ついつい体が動いちゃった……という話で、終わりにはできませんか?」

 

 アグネスデジタルは自らを緩衝材として、緊張しながらもこの議論に決着をつけようと、一足先に結論から提示してくれた。

 ──目から鱗、というほどでもないが。

 ゴールドシップと俺はデジタルのソレを受けたのち、数瞬言葉に詰まり、お互いに目を合わせ──緊張感が抜けてしまった。

 

「……らしいぜ、ゴールドシップ」

「…………~っ、だぁ、過去の自分が恨めしい……」

 

 毒気が抜かれたようにため息が出た。

 それは結論を先出ししてくれた少女に対してではなく、感情論を変に理屈っぽく語ってた自分に対しての呆れから出たものであった。

 

「わったよ、もうそれでいい。……アタシよりデジタルとダーヤマのが大人だったか」

 

 そして遂に折れて納得を挟んだゴールドシップは──小さく笑った。

 

「はぁ。……もっとハードボイルドにいきたかったんだがな。心配でつい体が動いた、ってんならアタシもそうだ。あの時ばかりはマックちゃんを理由にはできねーわ」

 

 合同イベントの打ち上げの夜も今回の俺も、理屈を超えてただ心配で足を走らせてしまった。

 ゴールドシップがそれをどう思っているのかは分からないが、少なくとも俺自身はその行いを肯定したくなってしまった。

 だからこそ変に取り繕うことはせず、ありのままを彼女たちへ伝えたのだ。

 そしてアグネスデジタルはそれを先に受け取ってくれた。

 暴論に等しい俺の意見を、納得できる形に変換してくれたのだ。その器用さ高潔さ称賛に値する。美しい僕の勇者……。

 

「デジタルさん、ありがとう。……ゴールドシップ、約束を破った件に関しては全面的に俺が悪い。すまなかった」

「いーってもう。アタシもちょっと神経質になりすぎてたかもだし、走り出しちまったオメーの気持ちを理解しようとしてなかった。……すまん」

 

 ケンカ、というほどではないがヒートアップした議論の後には、冷静になった者のみが残された。

 俺自身も改めて認識したのだ。

 自分の日常には、彼女たちが必要不可欠なのだと。

 

 ──思えば、ここにいる者たちはみんな有記念を守ったメンバーだ。

 縁を繋いだ相手は数多くいるが、その中でもここにいる三人は自分の中でひときわ大きな存在になっていると、今一度実感している。

 本当に大切な友達として。

 

「……三人とも、有の時はホントにありがとう。あと、あの後無茶やらかして勝手に消えてごめん」

 

 もう一度、自らの行動を思い返してみた。

 そうして気づいたのは、あのレースは何よりも彼ら彼女らの力があったからこそ守れたのだという事実。

 相棒だけじゃない。

 眼前の三人も俺にとっては必要不可欠な存在だ。

 たとえ怪異が現れなくなっても、それでも一緒にいられるはずの友達だ。

 だからこそ失わないために、もう一度この縁を手繰り寄せるのだ。

 

「これからは……闘うときはみんな一緒に。……って感じで、どうすか」

 

 けど流石にちょっと恥ずかしくなってきたので中途半端に濁すと、いの一番に山田が小さく笑った。

 

「ふふっ。秋川、なんで最後のほう自信ないの」

「い、いや、改めて言うと割と無茶苦茶なこと言ってる気がして……」

「そんなことありませんよっ!」

 

 そこにデジタルが挟まってくれて。

 

「いいじゃないですか、みんな一緒で。ウイニングライブだって一人だけじゃ踊れませんし!」

「……お互いに気ぃ使いすぎてたのかもな。アタシが言うのもなんだが、もっとラフにいこうぜ、秋川」

 

 遂にはゴールドシップも同じノリになってくれた。

 これでこの場にいる全員が納得してくれた……と考えてもいいのだろうか。

 なんとか丸く収まりそうな雰囲気にはなってくれたものの、具体的にこれからどうするのかは決めていない。

 

「──おうっ」

 

 けど、まぁ、いいか。

 高校生なんて本来はノリと勢いで生きる生命体なんだし。

 これまで考えすぎて身動きが鈍ってた分、これからはもっとただの青春を謳歌する気持ちで走っていこう。

 あの夢の境界から脱出した強い怪異についても、なんかこう、流れで何とかしよう。

 まずは俺の、秋川葉月の“普通”を過ごすことから始めようではないか。オッケーグーグル、ゴルシちゃんの弱点を教えて。

 

「……えーと、それでデジたんさんとゴールドシップさんは、今夜はどうするんですか」

「あん? ……あー、そういやそうか。どうするデジタル」

「トレセンの寮って抜け出すことはできても、戻るのはかなり難しいですからね。今夜は帰れないかも……」

 

 その話は確かそこの芦毛さんと決めましたよ。

 

「いいだろ、このまま俺ん家泊まれば。ゴルシちゃんとは元々そういう話だったし」

「そういやそうだったな」

 

 言うと山田がひっくり返った。ついでにデジタルも。きみたち仲いいね。

 

「秋川っ!? それどういう流れで!?」

「まぁ……ノリで」

「ひええぇ」

「むむむ……ではデジたんも泊まらせていただいて宜しいでしょうか。宿無しなので」

「おう、お好きにどうぞ」

「でっでででデジたんさんまで!!」

 

 さっきからやかましいよ親友くん。もう夜なんだから静粛にね。

 

「てかお前も泊まれよ。今週末の予定だったデッキ調整、今夜もやろうぜ」

「そうです! せっかくのお泊り会、有効活用しなくては損ですよ! あたしのデッキはありませんが、なんかいろいろやりましょ!」

「うっう、ウソでしょ、こんな軽いノリで女子とお泊りしていいわけが……」

「フッ軽でいきましょうフッ軽で!」

「はわわ……」

 

 うだうだ言いつつもアグネスデジタルの説得で折れそうになっている山田くんかわいい。俺もゴルシちゃんもいるんだから大丈夫だし落ち着いて。

 とりあえずこのまま勢いでプレイマットとカードを広げそうなあの二人は一旦置いといて、ゴールドシップと共に夕飯の準備に取り掛かることにした。

 

「この際だしゴルシちゃんもウマデュエルレーサー始めるか?」

「あん? 舐めんなよ、アタシは既に町内の公式大会に何度も赴いてる猛者だぜ」

「マジで。なんのデッキ使ってんだ」

「カードは持ってねぇ。見る専です」

「珍しいタイプのプレイヤーだ……てかプレイヤーか……?」

 

 ここ最近ずっと静かだったあの日々が嘘のように、我が家が次第にワチャワチャし始めてきた。複数人の友人を招くとこうなるんだ。世界ふしぎ発見。

 

「……アタシ、柄にもなく意地を張りすぎてたかもしれねえ。友達だから助けたい……きっとそれだけでよかったんだ」

 

 野菜炒めの入ったフライパンをめちゃくちゃ高速で回しながら、ゴールドシップが微笑みを浮かべた。

 あの話し合いの時のシリアスな表情とは打って変わった、年相応の朗らかな笑顔だ。おっこのヌクモリティ相当すきすき症状が進行していると見られる。3サイズ完全把握。

 

「……戦うために集まったわけじゃないが、闘うときは一緒に──か。へへっ……戦隊、だなっ」

 

 それはちょっとよく分かんないけど……。

 とにかくここ最近ずっと感じていた違和感の究明、ないし不安の払拭はなんとか叶った。

 行方不明の影響でお流れになった年末年始の秋川本家とのあれこれや、まだ残っている敵の対策など課題は山積みだが、この仲間たちと少しずつ一つずつ消化していこう。

 

 この街へ帰ってきたあの夜、サイレンススズカと約束した通り──彼女たちの隣を走りながら。

 

「みんな風呂から上がったらメシにしようか。山田も入るだろ?」

「う、うん。僕は最後でいいから……」

「そういやデジタル、ちゃんと着替え持ってきてるか?」

「ハッ! そういえばあたし手荷物ゼロ……っ」

「かく言うアタシも自分の分のジャージしかないな。しゃーねぇ、デジタルはゴルシちゃんのこれ使いんしゃい。秋川、オメーの服くれ」

「ごごごごごゴールドシップさんっ!!?」

「ちょっ山田、マジでうるさいから」

「え、えーと、デジたんが秋川さんのお洋服でも」

「ヒャエっ!?」

「いやアタシが」

「あばばばばば……」

「衝撃の連続で山田が泡吹いちゃった……」

「デジたんが!」

「ゴルシちゃんがっ!」

「あのっ、てか二人とも俺じゃなくてサンデーの服を使ってくれませんかね!」

 

 まったく愉快な仲間しかおりません♡ 相対的に自分がまともに思えてきました♡ くやしい。俺だって頼まれればプラズマくらい放てるのに……っ!

 

 

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