うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ 作:珍鎮
よく晴れた休日の昼。
年末から始まった騒動がとりあえず決着し、ウマ娘を含めた友人連中とも段々と普段通りの距離感に戻ってきたということで、俺は次なるミッションを消化すべく自宅で調べ物をしていた。
座椅子に腰を下ろしてパソコンを操作している──そんな折。
「カフェに嫌われた」
テーブルの向かい側で突っ伏している白髪の少女がそんなことを呟いた。
同居人が何やら世界の終わりみたいな雰囲気を醸し出しているが、こっちは普通にそれどころではないので調べ物を続けながら反応だけはしてやることにした。
「そんなこと滅多に起こらんだろ。アグネスタキオンじゃあるまいし」
ちなみに俺の調べ物とは今度の食事会で使用する新しい紳士用のスーツである。
大抵の場合は高校の制服で問題ないのだが、次週に控えている集まりはかなりお堅い雰囲気かつエグい偉めな立場の人間も参加するらしく、やよいも俺も普段以上にキッチリした身なりで臨まねばならないのだ。
スーツ代に関しては自腹ではないのでそこだけちょっと安心。
「帰省中、ずっとカフェに寄生してた」
「それ具体的には?」
聞き返すと相棒はようやく顔を上げた。
いつも通りなジト目の無表情ではあるが、見るからに覇気がない。耳も尻尾も萎れてしまっている。イタズラして叱られた犬みたい♡
「四六時中くっついて隙あらば髪の匂いを嗅いでた」
「なら嫌われるだろ」
「入浴、睡眠時、お出かけの時もくっついてただけ」
「いや鬱陶しすぎるだろ」
「三日目までは柔和に受け入れてくれてたけど、四日目からは無表情になっちゃって、終いには逆に何も言ってくれなくなっちゃった。どうして」
「ウザがられるに足る理由しかなかっただろ」
どうやら正論が効いたらしいおもしろ女は撃たれたかのようにパタリと仰向けに倒れた。あっスカートの中が見えちゃいそう。オイ身だしなみの意識が欠如しているぞッ! 乙女ならば淑やかに。
「だって……しばらく離れていてカフェ成分が枯渇していたので……」
「限度」
「むべ……」
異常カフェ愛者のことは一旦置いといて、買うべきスーツのタイプは大方決まった。
サイズ感は明日に直接店舗で確かめるとして、とりあえず申請書を先に書いてしまおう──と考えたところで指が止まった。
「……やべ、忘れてた。この家プリンターが無いんだった」
これまで本家と関わる仕事をする際に特定の衣服が必要になった場合、秋川家御用達のだいたい何でもあるショップで購入することになっていたのだが、自腹を切らずに済む代わりに面倒くさい書類を提出しなければならないのだ。
あまりにも久しぶりすぎて忘れていたが、毎度その申請書を刷っていたコピー機は実家にしかない。
まぁ原本のデータは持っているので、ささっと実家に寄るなりコンビニへ赴くなりすればいいのだが──今の俺には少しばかり問題があった。
「はぁ……足が痛すぎて出かけられねえんだよな……」
そう、数日前の全力疾走が壮絶な筋肉痛を生んでしまったのである。ふくらはぎが割れそう。
あの夜や翌日はまだ耐えられていたのだが、蓄積した疲労に足の筋肉くんたちが敗北した結果、現在の俺は自宅から一歩も外に出られない引きこもりと化している。
「なあサンデー、確か戸棚に湿布が」
「──猫になりたい」
「はい?」
そんな現状を憂いて背もたれに体重を預けていたところ、話しかけた同居人から妙なセリフが飛び出てきた。唐突すぎる。なに。
「私は無視されるのに、カフェが最近お手伝いしてる和菓子屋の裏で飼われてる猫はかなり可愛がられてる。休憩中のカフェの膝上を占領することもままあり、しかしカフェはそれを良しとして聖母のような笑みを湛えてその猫を撫でている。看過することはできない」
「すごい早口」
三日三晩くっついていてもマンハッタンは許容してくれてたのに、そこからさらに度を越したスキンシップで呆れられたのは間違いなくお前の落ち度だろとは思うが口には出さない。どうせ伝わってるし。てか他所様の飼い猫に嫉妬するの見苦しくない? 正気を保て。
「なので猫になればワンチャンあるかも。猫になりたい」
「マンハッタンさんに対して素直にごめんなさいすればいいんじゃないの……?」
「したけどくっ付きはしばらく禁止された。しかし猫になればなんとか」
「極論すぎるだろ……おちつけよ」
むぐぐ、と不服そうなサンデーちゃん。マンハッタンカフェ成分を摂取しすぎてデトックスどころか中毒症状が出ているとみられる。カフェインの取りすぎには注意せよ。
「…………にゃあ」
そして遂に少女は両手と両ひざで四足歩行を始めるばかりか、意味不明な鳴き声まで上げ始めてしまった。世界の終わり。
「うなーん」
「マジでただのウマ娘だぞ今のおまえ」
「むむ……ごろごろ、すりすり」
「頬ずりしないで。電話するから離れて」
完全にこわれてしまった相棒のことは後で対処するとして、まず必要な報連相をするべくテーブルの上のスマホを手に取った。
「……もしもし、葉月です。……えぇ、ありがとうございます。お疲れ様です、駿川さん」
通話相手はトレセンの現理事長である秋川やよいの秘書である駿川たづなお姉さんだ。
やよいが理事長を継ぐことになった際、秋川家から一時的に離れることにした俺と、唯一コンタクトを取ってくれていたトレセン側の人間が彼女である。
初めて出会ったのが中学の終わり頃で、知り合って数ヵ月も立たないうちにやよいと俺が離れ離れになってしまったため、付き合いこそ長くはないが俺にとっては数年間ずっと愛する従妹を支えてくれていた頼れる大人の女性だ。最近夜の生活はどうなんですか? マッサージ派遣サービス秋川のご利用お待ちしております♡
「にゃうわう」
本物の猫みたいに体の上に乗るな。自分の大きさを考えてくだされ。そんな身勝手な奉仕ではカスタマーは満足せんぞ。
「はい、打ち合わせですよね。明日はショップでスーツを受け取ったら午後は空いてるので、そのまま事務所に……えっ? ショッピングモール……ですか」
ちょっとした予定の変更があるようだが、いつも忙しいキャリアウーマンがわざわざ合間を縫って時間を作ってくれているのだ。なるべく合わせつつ負担のない打ち合わせを心掛けよう。
「にゃーん」
「むぐっ。……へっ? あ、いえ、猫が。えーと……その、友人から一時的に預かってまして。はは……」
オイ俺の顔を抱きしめないでそんな猫が顔の上に乗ってくるみたいなノリで。お腹から感じる体温あったかすぎ。あぁ~気持ちえ~湯治と同等のヒーリング効果があるよ。いい加減にしろ。
「そうですね、お昼はモールで……はい、また明日お願いします。失礼します──おい」
「ふるる」
なんとか早めに通話を切り上げ、話してる最中ずっとちょっかいを出してきやがっていた猫をとっ捕まえようと手を伸ばすと、トコトコと部屋の隅まで逃げていった。カスハラはやめてくださいませんか? 消費者庁案件。
「構おうとすると逃げるところとかそんな精密に猫を再現しなくていいんだよ」
「なに。構いたかったの」
「叱りたかったんだよ」
「猫に人の道理は通じない」
この野郎……もういいや無視しよ。
「はぁ……コンビニ行くか。いてて……」
筋肉痛キャンペーン実施中の両足をなんとか立たせ、軽く身支度を始める。印刷ついでに食料品の買い物も済ませてしまおう。
「にゃ。でかけるの」
「買い出しも兼ねてな」
「足、まだ痛むでしょ。ユナイトすれば多少は分散されるから、私のこと使って」
「ユナイトってそういうもんだっけ……?」
「身体の強度を上げられるから意味はある。──んっ」
というわけで彼女の伸ばした手をつかんだ瞬間サンデーの体が俺の中へ溶け込み、そこはかとなく足の痛みが緩和された気がした。これなら近所に出向く程度であれば問題なさそうだ。概念の再構築で最適化された今のユナイトなら、激しい運動をしなければ反動も来ない。
さっそく店長のマフラーを巻いて外へ出て行った──が、寒すぎる。やっぱ帰ろうかな。
(生身での
まぁ、確かにこれまで走るときは常にユナイトによる肉体強化がされていた状態での疾走だったので、ヒトの体のままアレをやれば反動がデカいのも納得だ。
(たぶん必要なのはトレーニング。普段の足とレースの脚を意識して使い分けるスイッチと、なにより基礎的な体作り。それこそトレセンの子たちみたいな、習慣的な走り込みなど)
なるほど納得。じゃあ筋肉痛が引いたら一緒に走るか。
(っ! ……うん)
なに今の。デレの音?
(そうだよ)
おい照れろよ反撃すんな。今回ばかりは気ままな猫に敗北……。
──などと脳内で話し合っているうちにコンビニに到着し、やること済ませてスーパーでの買い物も終わらせた、その帰路でとある人物を発見した。
「……ノーザンテーストの目撃情報はこのあたりか」
厚手のコートに加えてニット帽、顎まで下げたマスクにふちが大きめなメガネなど一見すると知らない人物だが──その顔には見覚えがあった。
以前風邪を引きながらも外に出かけて、危うく死にかけていた時に手を貸してくれた心優しい女子高生。
たしか、名前は──
「彼の写真だけはアップされていなかったが、証言があったのはこの周辺……あとはあの河川敷か。何か手がかりが見つかればいいのだが……」
「……
「むっ?」
なんとか記憶の奥からその名前を引っ張り出して声をかけると、彼女はすぐに振り向いてくれた。
やはり間違いない。
彼女は道端で見知らぬ俺を助けてくれたあの親切な美少女こと、新堀さんだ。
「あなたは……あっ、少し前にお会いしましたね、秋川さん」
「ご無沙汰してます。その節は大変お世話になりました」
「いえ、あの時は当然のことをしたまでですから。……というか、よく私が分かりましたね?」
「目元で分かりましたよ。なにせ助けていただいた恩人ですし」
「そ、そうですか」
あの時は冗談抜きで命を助けてもらったので、いつか礼をと考えていたのだが、連絡するタイミングを悩んでいるうちに直接対面してしまうとは運命だ。ちょうどいい。ワシの女になってもらおう。
「新堀さんは、ここで何を?」
「えぇと……ただの散歩です。たまには何も考えず歩くのもいいかと思って」
「なるほど」
先ほどの小声からしてノーザンテースト──つまり夜な夜なウマ娘並みの速さで走る謎の男こと、この俺の正体を探っているとみて間違いないが、どうやらまだバレてはいないらしい。一般人には全力で隠し通さねば。秘密を知った場合は婚姻届けを提出してもらうのでそのつもりでね。
マジで好感度が高い人物なので面倒には巻き込みたくない。
「……あっ、そうだ新堀さん。この後、少しだけお時間ありますか?」
「っ? ええ、まぁ」
「ぜひこの前のお礼をさせてください。甘い物は大丈夫ですかね」
「はい、苦手はありませんが……」
そこで区切り、一瞬だけ彼女は逡巡するように目をそらした。
「……ふむ。調査はまた今度として、ここは素直にご厚意に与ろうか。もしトレセン生徒会長という事実も露呈しているなら、話をしなければならないし……」
おそらく考えすぎで心の声が口から洩れてしまっているが詮索しない。恩人だもの。
「秋川さん、ありがとうございます。お会いしたのもアレきりでしたから、私もあなたとお話ししたかった」
「ホントですか。じゃあ、あそこの喫茶店にでも。チーズケーキが美味しいんですよ」
「ふふ……それは楽しみだ」
というわけで、なんか変装してるっぽいやたら美人な女子高生と喫茶店でヌッポリしっとりお話しすることとなったのであった。
てか流れでバイト先の喫茶店に案内してしまったな。──あっ、普通にバイト中のベルちゃんがいる。俺が入店した瞬間からワタワタし始めててかわいい~♡ 生意気な女だ。路傍に咲く花のように美しい。