うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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やよちゃんこうるさいよ もっと淑やかにアクメしろな

 

 

 

 ──どうしてこうなっているんだったか。

 

「け、警告っ。我がトレセン学園の校門前で目立つようなことをしてはいけないっ!」

 

 まず場所は自宅。

 ついで時刻は深夜。

 そして膝上には従妹。

 いろいろと用事を済ませてから帰宅して数分後。

 ようやく一息つけると居間であぐらをかいたところ、久方ぶりにウチへ招き入れた愛しき妹分が上に乗ってくるや否や、少々顔を赤くしながらプンスコ怒り始めた──というのが現状であった。

 

「確かに学園の近くで待っててほしいとは言ったけどっ、生徒たちからもジロジロ見られてたし……!」

「……いや、俺はフツーに正門付近で待機してただけだろ。なにかマズかったのか?」

「うっ……と、とにかく次からは裏口でお願い! あれだと声かけづらいし──」

 

 と、なんやかんやイチャモンつけながらもくっ付いてくる小柄な少女のオレンジ色の髪を撫でつつ、やはり俺は今一度この数日間における自らの行動を振り返るのだった。

 

 どうしてこうなったんだったか。

 

 

 

 

 ウチで外泊したメジロドーベルをトレセン学園の寮へ送り届けたあの早朝から少し経って。

 やたら偉い立場の人間が集まる今度の食事会で着用するための新しいスーツを受け取りに行く、という当初の予定通りに行動し、午後は学園理事長の秘書である駿川たづなと合流した後、買い出しという名目のもとショッピングモールでデートをすることになった。猥褻秘書いま鮮烈にデビュー。

 

 そこまでは昨晩に家を出る前まで考えていた予定通りだったのだ。

 のほほんとスケジュールに従って行動しつつ、食事会の当日までに心構えを整えればいいと、そう考えていた。

 しかしそうは問屋が卸さなかった。

 俺の隣を歩く女性から漂う気品あるオーラが、それまで一般人の感性で社交界へ臨もうとしていた自分に待ったをかけたのである。

 

「──っ? ふふっ。どうかされましたか、葉月君」

 

 モール内一階の大きな広場に設置されたベンチで一休みしている最中、ジッと俺に見つめられていることに気がついた駿川さんが微笑みながら反応した。

 

「……いえ。駿川さんのような綺麗な方とモールを散策できるなんて良い休日だな、と」

「っ! も、もう……あまり年上をからかってはいけませんよ?」

「……? あ、はい。すいません」

 

 全くもってからかったつもりなどなかったが、どうやら彼女には冗談に聞こえていたらしい。

 

 ──あまりにも美人な女性であるということは当然として、他にも再認識できた部分がある。

 まず品位を感じる()()()が随所に見受けられた。

 かのトレセン理事長の秘書を務めるハイスペックキャリアウーマンなので当然と言えば当然かもしれないが、やはり無意識下でもその清廉さを失わない徹底した立ち振る舞いには思わず目を奪われた。め、目のやり場に困るんだが……SDGs。

 

 身だしなみや歩き方一つとっても文句のつけどころがない。

 そういった態度を当たり前のものとしている世界に常日頃から身を置いている女性は、どうやらこんなただの男子高校生との外出でもソレを崩さずに行動することができるらしい。

 

 見習わなければならない──いや、今すぐにでも自分を是正しなければならない。

 そう感じてしまったのだ。それはそれとしてあなた年下好きだったりしますか? 正体見たり枯れ尾花。

 

「さて、私はそろそろ事務所に戻ります。ありがとうございました、葉月君。おかげで良い気分転換になりましたよ」

「いえ、俺の……僕の方こそ勉強になりました」

「それは良かった。ではまた──」

 

 まもなく解散の雰囲気になってきたが、このまま終わってしまったら何の収穫も得られない。

 もう少しだけ食い下がる意味を込めて俺は後ろから彼女の手首をつかんで引き留めた。

 

「っ……! えと、葉月君……?」

「すみません、駿川さん。もう少しだけいいですか」

「それは……えぇ、もちろん構いませんけど……」

 

 見習うべき対象が目の前にいるのならば、成長するためのヒントもまた眼前の人物から聞き出すべきだ。あっ……秘書さんおててスベスベ。

 

「聞いてもいいですか」

「はい、どうぞ」

「他意はないんですけど……駿川さんの思う、理想の男性ってどんなイメージですか」

「……理想の男性、ですか」

 

 駿川たづなという品位ある女性が考えるような、自分の隣にいても恥ずかしくない男性像とは何なのか──それが知りたいのだ。

 これから俺はトレセンの理事長である従妹の少女を支えていくことになる。

 離れていた時間が長かった分もっと近くで、より確実な助けとなる存在にならなければならない。

 

 だが俺は一度秋川家から逃げた影響で心の底まで一般人になってしまっていて、それ自体は問題ないが切り替えられる“スイッチ”は必ず必要になってくる。

 それに付随して外見等の身だしなみも公の場おいて必要以上に整えていかなければ、俺は秋川やよいの隣にいる資格がなくなってしまう。

 ウマ娘のレース界を牽引する中央トレセン学園、その代表である彼女に恥をかかせるわけにはいかないのだ。

 

「うーん……難しいですね」

「でしたら、せめて現状の俺の改善点を教えていただけませんか。今のままじゃ本当にただの高校生なんだ」

「ふむ、改善点……」

 

 顎に手を添えて数秒逡巡したお姉さんはスッと俺の顔に手を伸ばし、そのまま後ろ髪を優しく触った。なに? 発情期かな。

 

「髪が結構伸びちゃってますね。襟足やもみあげなんかも」

「なる、ほど」

「若い子のオシャレは千差万別ですが、理事長とお仕事をされる外部の方々は一筋縄ではいきません。理事長のお傍で行動するという点を踏まえたうえでの身だしなみ、という意味でなら葉月君にはまだ改善点があると思います」

 

 ある程度言葉は選んでくれているが、それでも忌憚なくハッキリ『今のままではダメだ』と言ってくれた。こんなに心強いことはない。

 

「私からはこれくらいしか言えませんが……」

「いえ、正直かなり助かりました。ありがとうございます」

「うふふ。不安なときはいつでも聞いてください。葉月君が理事長の為にがんばるなら、私も協力は惜しみませんっ」

 

 ふんすっ、とドヤ顔にも近い自信に満ちた態度は素直に年上としての貫禄を感じる。

 てか普通にめちゃくちゃ助かった。彼女の発言をヒントに自分を磨き、やよいの隣にいても恥ずかしくない程度には自分を見つめ直していこう。

 ──それはそれとして。

 

「ありがとうございます。でも、やよいの為だけ、ってわけでもなくて」

「それは……」

駿()()()()()()を安心して歩ける──そんな男になりたいんです」

「……ッ!」

 

 こんな超絶美人で優美な女性の近くにいても違和感のない男になることができれば、今後どこかで秋川家の人間として出席することになっても自信をもってやっていけるはずだ。そういった旨の発言でした。

 ところでちょっと顔が赤いけどどうしたのかしら。つがいになる覚悟が満了したということかよ。慌てなくていいよ僕だけのマイハニー♡

 

「……ま、まったく、葉月君はお姉さんをからかうのが趣味なんですか? もう……」

「そんなつもりは……」

「コホン。……とにかく、今日は楽しかったです。では打ち合わせの日もまたよろしくお願いしますね、葉月君♪」

「はい。お疲れ様です、駿川さん」

 

 軽く手を振って遂に解散した──が、俺のやるべきことは終わってはいない。

 先ほどあのケツがデカくて俺好みの美人秘書に言われた通り、学園理事長の隣を歩く為には今のままでは足りないのだ。

 

 まるで覇気のない一般男子高校生ではなく、またかつての秋川本家に従順な傀儡でもなく、新たなる自分を獲得しなければならない。

 そう、必要なのは──変身だ。

 

 というわけでまずは単純な自分磨きから始める事とし、良さげな美容院を探し回った結果、奇跡的にキャンセル分の枠が空いていた人気店へ滑り込むことができた。

 やれ素材が良すぎるだのなんだのとお決まりであろう決まり文句を受けつつ散髪してもらい、ついでに毎日やれるカジュアルな髪のセットの仕方や外見にこだわる際の諸々を親切な店員からご教授賜った。

 

 クオリティも値段も妥協しないヘアサロンだったため決して安くはない出費だったが、貯め込んでいたバイト代の使いどころと考えればむしろいい機会だったと思える。まつ毛や眉毛、スキンケアのあれこれまで徹底されたのは流石にビビったが。

 

 で。

 

「どうだ?」

 

 あの完璧主義な店員によるセットはその日限定なので、翌日あれを参考にしつつ自分で軽く全身の身だしなみを整えてみたところ。

 

「ん……たぶん良いと思う」

 

 相棒から出たのはなんとも言い難い簡単な感想であった。しょんぼり……。

 

「たぶんすか」

「以前と多少は変わってる、というのは分かる」

「うーん……その程度か。やっぱり一朝一夕じゃどうにもならんな」

「というか、個人的に葉月を見慣れすぎちゃってる私の意見は参考にしない方がいいと思う。おそらくフラットに見れてないので」

 

 そう言われてみれば、自分でも鏡を見て何が良くなったのかを具体的には説明できない。せいぜい粗雑だった長さの髪がそれなりにまともになったくらいだ。

 だがまぁ、多少変わったとてひけらかすようなものでもないのだ。

 だらしないという印象を抱かれにくい雰囲気になれたのならそれだけで十分な収穫なのだし、自分磨きはこれくらいにして来週の集まりについて情報収集をやっていこう。

 

「あ、おーい秋川。おは──」

 

 翌日。

 タブレットからスマホに情報を転送し、食事会に出席する方々の名簿を片手に見ながら歩いて登校していると親友くんが声をかけてくれた。えへへ。

 

「おっす」

「……う、うん。おはよう」

「っ……?」

 

 なぜか挨拶を返しただけで若干動揺している不審な友人と共に校舎の中へ入っていった。なんだろう、髪に芋けんぴでもついてたのかな。

 

「……あの、秋川さ」

「あん?」

「えっと、髪切ったんだね」

「おう。しばらく放ってたからな」

 

 こんな些細な変化にも気づいてわざわざ言葉にするだなんて女の子への対応が上手そう。まぁ俺は男なので意味ないのですが。嬉しいといえば嬉しい。

 そのままどうでもいい話題に移行して教室へ入ると、黒板の文字が目に留まった。

 どうやら今日の日直は俺と隣の席の女子でやるようだ。

 

「おはよ、安心沢さん」

「あ、秋川くんおはよう。日直ウチらだね」

「朝のホームルーム終わったら課題の提出にいこう」

「りょーかいっ」

 

 いつもの日直のやり取りをしつつ席について荷物をおろし、再びスマホに視線を落とした。特に覚えておかなければならない名前がいささか多いため、今のうちに頭の中へ叩き込んでおかなければならないのだ。

 

「華麗なる一族も来んのか……」

「なに見てんの、秋川」

 

 あっ、なに山田。いまちょっと忙しいよ。

 

「来週ちょっとしたイベントがあってな。……そういやトレセンにも華麗なる一族の本家筋がいるんだっけか。……名前、なんだっけ」

「ダイイチルビーさんでしょ?」

「おぉ、たぶんその娘だ。さすが現役ウマ娘博士」

「いや知らない秋川が変だよ……普段ニュース見てないの……」

 

 なにやらニュースでも取り上げられるレベルのウマ娘らしいが顔すら出てこない。

 やはり秋川家から離れた期間が長かったことや、カラ子の呪いで半年ほど怪異とワチャワチャしていた影響がモロに出てしまっているようだ。情報収集も社交界に顔を出す者としての基本も怠っていた。猛省。

 

「はよー。……安心沢(あーちゃん)、なにボーっとしてるん」

「へっ? あ、いや、別に……」

「別になことないっしょ。秋川君と山ピーのほうめっちゃ見てたじゃん」

「それは、えっと……なんていうか……」

 

 とりあえず名簿一覧には目を通したので、あとは対象の顔と名前を一致させつつ、過去のご活躍などを調べて覚えれば一旦は大丈夫そうだ。

 これのことばかり考えていても疲れるし続きは昼休みにしておこう。いまは学校生活を送りましょうね。ダーヤマは年始に発売したウマデュエのスリーブ買った?

 

「なんか秋川くん……雰囲気が違くない?」

「ほう、まぁイメチェンくらい誰でも──……ほう。なるほど、ほう」

 

 ダーヤマ君そんなに暇なら今日の帰りにカードショップ寄ってから帰るか、買い食いもいいね。……オッチャホイ? そんな愉快な名前の料理なんてあるわけねぇだろ。正気を保て。

 

「どう。ほうほう言ってるけど」

「んー……あーちゃんの言いたいことは分かる。なんつーか……シンプルにイケメンかも」

「めっちゃストレートに言う」

「いやさ、いつものほんわかした感じじゃなくて、なんか全体的にキリっとしてて……」

 

 あっホームルーム始まるよ。席に戻りな親友君。……だからオッチャホイなんて聞いたことないよあるわけないよ落ち着いてよ。……あ、なに、創作料理とかじゃなくてマジなの。スゴその名前。

 なにやら全校集会だの少々のイベントがあるようだが全体的に見ればいつも通りの日常だ。高校の中でくらいはダラダラと過ごすことにしよう。

 

「本日はワタシ秋川が数学の課題を回収します。教卓へ(つど)え!」

「はーい」

「秋川~、オレの席まで回収しに来て~」

「購買のポテトで手を打つ」

「ぐっ……仕方あるまい」

「いや田辺くん自分で持ってきなよ。絶対もったいないよそれ」

「山ピーがそう言うなら……」

「おい山田ァ余計なこと言ってんじゃねえぞ! 俺のポテトを……ッ!!」

「ポテトに対する執着がすごい」

 

 ひと悶着ありつつもノートは全回収できた。量が多いので重さはともかくバランスが悪い。カッコつけたかったのだがやはり一人では無理か。

 

「秋川くんっ、ウチも手伝うから……」

「ありがと安心沢さん。じゃあいこっか」

「うん。……そういえば秋川くん、さっきオッチャホイの話とかしてた?」

「え、なに、安心沢さんも知ってんの。マジで謎の料理なんだけど」

「ふふっ、トレセンの近くのお店でも食べられるの。あとで教えてあげるね」

 

 あーちゃんさんを始めとして、いつの間にかクラスメイト達との距離も縮まり今では普通に接することができている。これも文化祭あたりでウマ娘の知り合いたちによるひと悶着があったが故に起きた相乗効果だ。結果的にプラスへ働いてくれて本当に良かった。

 

 やよいを傍で支えるというのは、なにも本家にいた頃のような人間に戻るというわけではない。

 こうして一般人として培った経験なども加味したうえで社交界を立ち回る──それが今の秋川葉月にできる()()()()()()としての最善だ。もし何もかもイヤになったらやよい連れて逃亡します。

 

「なぁ、今日の秋川……」

「そうなんだよ。なんか……な」

 

 そのまま昼休みときて五限目は全校集会で体育館へ移動。

 年始の寒さに震えながら移動する生徒たちが多い中で、暑がりゆえに上着を必要としない山田のデカいブレザーを羽織っている俺はぬくぬく且つ無敵であった。

 

「ふへへ、やっぱ山田の上着でけーな。温かいけど萌え袖になっちゃう」

「ブレザーを二重に着てるのこの学校で秋川だけだよ……」

「道理でちょっと目立つわけか」

 

 やたら先ほどから他クラスや上級生・下級生たちから少なくない視線を感じるのだ。まぁダブルブレザーという目立つ行動をしてる自覚はある。が、寒すぎるのでコレばかりはしょうがない。

 

「──わっ!」

 

 ちょうど体育館に到着したあたりで女子生徒の一人が足を滑らせて転びかけた。

 

「おっと」

 

 ので、さっと支えて助けた。

 間に合って良かったがそこまで焦りはなかった。これくらいの反応であればユナイトせずとも十分対処できるまでには成長できたようだ。

 

「大丈夫?」

「えっ、はっ、ひゃい」

 

 あまりに突然のことで動揺している女子生徒はリボンの色からして下級生だったらしい。

 ここの体育館の第二校舎からの入り口付近は足元が滑りやすくなっており、それを知っている俺たち二年以降の上級生たちはしっかり足を踏み込んだりゆっくり歩いたりするのだが、普段体育館へ訪れる機会の少ない生徒はこうして足をすくわれてしまう機会がそこそこあるのだ。もうマットとか敷いた方がいいだろこれ。

 

「おぉー、さすが伝説の男」

「山田くんうるさいよ」

「てか拍手が起こっちゃってんじゃん」

「恥ずかしすぎる……」

 

 あえて目立たせないために助けた女子は早々に人混みの方へ返したが、一部始終を見ていた付近の生徒たちからはからかい交じりに称賛を受けてしまった。はずかしい。ダブルブレザーの秋川とか変な異名ついたら死んじゃう。

 

「はっ、は、マジ心臓が爆発するかとおもったァ……!」

「つるちゃんだいじょぶ? 助けてくれた先輩すごかったね」

「死ぬほど美男子だった……」

「すごいのそこじゃないと思うけど……」

 

 あまり身体能力をひけらかすような真似はしたくないのだが、人を助けるためであれば多少は致し方ない。

 そんなことより放課後のなんとかホイだ。俺は今日新たなる概念を知る──。

 

「ん……やよいか」

 

 ようやく下校の時間を迎えた直後、スマホがメッセージを着信した。

 

「今後のスケジュールについて相談……ね。あっ、山田」

「うん?」

「悪いんだが急用ができた。ドンジャラホイはまた今度でいいか。すまん」

「予定ができたのは分かったけどそんな名前の料理はないよ?」

 

 てなわけで急ぎ高校から出発し、まっすぐトレセン学園まで小走りで向かっていった。

 要するにやよいを迎えに行くのである。

 そのまま俺の家でスケジュールの調整を行った後、ウチに宿泊させて翌日バイクで事務所まで送り届ける、といった流れだ。

 

「ふぅ。……三十分くらい待ちか」

 

 到着した校門前で壁にもたれ掛かりスマホを取り出した。件の理事長先生はもう少しだけ遅れて登場するらしいのでそれまで時間つぶしをしよう。

 ちなみに裏口付近は工事中でクソうるさかったのでこちらで待つことにした次第だ。そも敷地の外だしここでも問題はないだろう。

 まぁとりあえずゲームでも……あれ、電話の着信。

 

 スマホに表示された名前は──ラスボス兼秋川やよいの母親こと叔母であった。

 わぁ。きゃあ。

 まずい。

 

(おちついて)

 

 はい……。

 そうだ、何も恐れることなどない。もう一年前の俺とは違うのだ。

 冷静に焦らず会話をすればいいだけの話である。

 それに戦々恐々とした顔も無しだ。他人から見ても落ち着いてただ電話しているようにしか思えない態度で、毅然と立ち向かっていこう。……ただ集中するために視線は斜め下で。視界に他の情報を入れている余裕はない。

 

「──はい、葉月です。お疲れ様でございます、奥様。……失礼しました、叔母さん」

 

 いきなりミスったわ。先が思いやられますよホント♡

 

「ゃばっ!?☆ ジョーダン! なんかエグめのイケメンおる……!」

「なんなの、大袈裟な……お、おぉ」

「制服きてっけどどっかの俳優? モデル? ガチ知らんけど見覚えある気はする!」

「たしかに見たことはあるような……シチーは知ってる?」

「ん……全然知らない。てかパーマーさん待ってるし早くいこ」

 

 ラスボスからの連絡の内容は今年一年の俺の行動目的とやよいに関することであった。

 おおかた予想通りの内容だったため詰まることなく答えられたがやはりラスボス、それだけでは終わらない。

 年末年始に俺は一度行方不明になっており、それを知らないわけがない叔母からそれとなく探りを入れられたのだ。

 

「ポッケちゃ~ん。今日のトレーニングが終わったら一緒にオッチャホイを──あれ、どうしたの?」

「いや……あいつ、前にもここら辺で見たこと……まぁいいか。行こうぜダンツ」

 

 なんとか誤魔化しはしたが、何か隠し事をしているという点に関しては見抜かれてしまったと思われる。一筋縄ではいかない相手なので今後も気を引き締めて対応しなければ、と思わず心の中で襟を正した。

 通話を終え、ようやく面を上げると練習やら放課後の外出やらで校門から出ていくトレセン生たちからジロジロと横目で一瞥もらっていることに気がついた。

 

 『カッコいい』だの『話しかけようか』だの『いや絶対あれ彼女持ちでしょ』だのと、男子高校生の抱く夢幻としか思えないようなセリフが聞こえるがコレは幻聴だろうか。

 それとも傍目に整った外見だと多少なりとも認識されているのか。

 もしそうであれば、次の食事会でも身だしなみでどうこう言われる心配が減るという事なのでそこは素直に安堵できる。

 やよいにはまず迷惑をかけない、というのが当面の目標なのだ。まずは一歩前進と言ったところか。

 

「陳謝ッ! 秘書補佐、遅れてしまい申し訳な──」

 

 こちらへ駆けてくる小さな理事長先生を遠目に発見した。待ちくたびれましたよ奥さん。これは誠意のベロチューで労ってもらわねばだな。

 

「理事長。お待ちしておりました」

「っ……!」

「……?」

 

 俺の近くへ寄る直前で立ち止まる足。

 そして妙にざわついている俺の周囲。

 とにかくトレセンでもあまり知らない女子生徒たちが俺を遠巻きに眺めてコソコソ喋っている様は異様で、やよいの目にもこの状況は同じように見えているのかもしれない。俺自身は一切何もしていないが。

 

「……ひ、秘書補佐! 車を回すのでこの先のコンビニ付近で待っていてくれたまえッ!」

「はい……? は、はぁ……承知いたしました」

 

 なんか予定と違うな。一緒に歩いて帰るんじゃなかったの。

 

 

 

 

 というわけで、家に帰るや否やプリプリ怒ってる従妹を膝上にのせている現状に繋がるワケである。いやなんで怒られてんだ俺。やっぱり悪いこと何もしてないだろ俺。

 

「むぅ……葉月、自覚ある?」

「なんのだよ」

「だっ、だから……その……やたら凛々しくなってるってこと!」

「それって怒られるようなことなの……?」

 

 あまりにも理不尽すぎて笑ってしまうところだった。

 ただ失礼の無いように自分を見つめ直しただけなのになぜこんな言われなければならないのだ。そういうお前だって美少女すぎてギルティだぞ。ロリコンの変な男が寄り付かないかお兄ちゃんいつも心配……。

 

「まぁ落ち着けよ。俺のことは一旦おいといてスケジュールの調整をしようぜ」

「それはもちろんやるけど……その、一つ聞いてもいい?」

「どうぞ」

 

 ようやく膝の上から降りてスケジュール手帳を開いたやよいだったが、まだ引っかかっていることがあるのかチラチラと様子を見ながら質問してきた。

 

「ウチの生徒に限った話じゃないけど……もし、女の子に声をかけられたりしたら、葉月はどうするの?」

 

 なんじゃそりゃ。てかどうするってなんだ。愛しいやつ。

 

「話しかけてきた用件によるだろ」

「そ、そういうことじゃなくて! ……なんか露骨に狙ってる子とか、そういう感じの」

「……仮に俺がモテた場合の話をしてる?」

「ん゛……ま、まぁ、そうとも言えるけど……」

 

 これは要するに俺がスーパーモテモテイケメンスパダリ最強男とかいうこの世に存在しえない奇跡の領域へ仮に至ったとして、その場合において興味本位で声をかけてきた女子と対話するときにどういった対応をするのか、という話か。

 なぜそんな仮定の話をするのか甚だ疑問だが……いや、実を言えば多少自覚もあるが、真面目に考えたところで意味のある仮定ではないように思う。

 

 ──本当は今日一日の周囲の会話はほとんど耳に届いていた。

 

 あまり聞こえないフリ、気づいていないフリを続けていたがまるで丸聞こえだった。

 みんなして俺をからかっているのか、それともガチなのか、真相はともかくとして俺の些細なはずの変化にほとんどの人間が気づいていたのは事実だった。

 

 もういっそ開き直ったほうがいいのか。

 自分の容姿は整っていると。

 だが下手に認めてしまえばきっとそれは驕りになるだろう。

 モデルや役者のように自分の姿形の良し悪しを自覚しなければ仕事にならない職業についているならまだしも、あくまで俺が目指したのは理事長の隣にいて恥ずかしくない男への()()だ。

 

 自覚と勘違いを混同してはいけない。

 あくまで意識的に整えれば多少は整って見える程度なのかもしれない。現にこれまでの高校生活で容姿を理由に声をかけられたことは一度もない。

 驕らず、冷静に、俯瞰したうえで自分自身を評価する──秋川家の人間であればそれぐらいできて然るべきだ。

 

 だから、仮にもやたら注目されたらしい今日の俺の姿は、言葉そのままの意味で“変身”だったのだ。

 

 毎朝あんな面倒なセットなぞやる気も起きないし、他人から少なからず好意的に見てもらえるこの姿は、それこそ秋川の人間として活動する場合にのみ発動することとしよう。

 ということで。

 

「明日からはあんまり声かけられたりしないと思うから、そんな心配はしなくていいぞ」

「……仮に、それでもそういう話を持ち掛けられたら……どうするの」

「今は……そうだな、ちゃんと断るよ」

「──ッ!」

 

 モテるというのは雄であればいつだって求めてやまないものだが、努力と工夫の結果ソレが俺の身に起きたとしても()()無理だ。

 誰に異性の話を持ち掛けられても、それ以上にやるべきことがある。

 

 ウマ娘の知り合いたちや先輩を始めとした大人組、やよいや山田など親しい周囲の人間たちから今一度“信頼”を取り戻す──それが現在の俺のやるべきことなのだ。

 あの日、俺は相棒と二人だけで全てを背負ってこの街から消えた。

 その結果として助かった人々はいたが、多くの心労を友人らに与えてしまったのもまた事実だ。

 

 『アタシのことも連れていって』と、あのドーベルにすらそう言わせてしまった。

 この街から決していなくならない、という信用が今の俺には微塵もないのだ。何かあれば消えてしまう、そんな危うい存在として認識されてしまってる。

 

 だからまずは周囲から信用と信頼を取り戻す。

 その為には磨いた容姿を武器にして遊んでいる暇など欠片もないのです。まぁ王になるためにはそういった経験も必要なんですがね。カッコいいって言われて割と素直に嬉しさと恥ずかしさがありました。えへへ。和を以て貴しとなす。

 

「てかやよいこそ昔は許婚になりかけた男の子がそれなりにいたろ。もし再会したらどうするんだよ」

「えっ? それは……まぁ、適切な距離感をもって接するかな。今は理事長だし……」

「回答が大人すぎる」

「こ、交際はもちろんしないよっ。そういうのまだ早いと思うし……てか葉月がいるし……」

 

 恋人云々に関しては俺まったく関係ないだろ。なりたいのかしら。うわ~愛情がべっとり付いちゃってる。猛獣。

 

「……とりあえず安心した。……なんかごめんね、面倒くさい感じの質問とかしちゃって……」

「おう。まるで彼女気取りだったな」

「か、かの……」

 

 どうして赤くなっているの? 期待しているの? ここまでの破廉恥を熟成された背景はいったいなんだ? アナリティクスが必要だ。これからの展開を期待してイってんじゃねーよ。可愛いよ。

 

「てか早くスケジュールの調整を終わらせてメシ食おうぜ。風呂も入りたいし」

「ッ! い、一緒に入るってこと……!?」

「一言も言ってねぇよ」

「た、タオルは付けさせてね……」

「聞いてね、話を」

 

 いささか暴走気味な従妹をなだめつつ、その日は予定を決めたのちお泊まり会をしたのであった。しかし布団の中に潜ってくる女には参ったね。やよちゃん腰ほっそ……♡ 八重歯がかわいい。

 

 

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