うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ 作:珍鎮
カーテンの隙間から鋭い朝焼けが差し込み、ふと目が覚めた。
ちょうど陽の光が瞼を直撃したせいもあって逃げるように身をよじり、横向きの体勢になった時点で違和感に気づく。
なんかある。
この世で人間が最も自由でいられる空間こそが布団の中であるわけだが、なにかに塞き止められて体が止まった。
よく見ると隣に敷いてあった布団には誰もいない。
というかいるはずなのにいなくなっている。
「……」
「すぅ……」
まぁ、その正体は普通に同居人の少女なのだが。艶やかな白髪も若干くしゃってしまっている。
いつもは別々の布団で寝ており、稀に寝相が悪すぎて俺の胸元まで潜りこんでくることもあるのだが問題はそこではなく、現在の自分の体調にあった。
なんだか
「おはよう、相棒」
「ん……むにゃ」
起きない。
おきて。
「もしもーし。よい朝です」
「むん……?」
ほっぺつんつんしたら目を覚ました。まるで目は開いてないが。
「よく眠れたか」
「んん……なんか……変……」
「だよな。昨晩は
「ダメではない……ただちょっと身体が熱い……」
そうなのだ。
昨夜は久しぶりに二人で夢を共有してフラストレーションの消化兼脳内の整理を行おうという流れになっていたのだが、不思議なことにただの睡眠だけで終わってしまったのが現状だ。
これは内容を覚えていないという話ではなく夢の世界での仮想シミュレーションそのものが発動しなかったということ──なのだが、なにも重大な事件というわけではない。
サンデーの手違いか、はたまた俺の眠りが浅かったのか。
やよいの手伝い。
あとは友人たちからの信頼の再獲得と、なにより先生が取り逃がしてしまった暫定ラスボスの怪異について。
そういった今後の目標が明確化してきたので一度しっかりとした作戦会議をしよう、という意味も含めての夢ダイブだったのだが、まぁ延期になってしまったものは仕方ない。
原因は分からないがちょっとしたお預けを食らっただけなのだ。また今夜にでも再シミュレートすれば問題はないだろう。
「……ところで俺の布団にいるのは何でだ」
「ふつうに寒かったから」
「まず暖房の温度を上げなさいよ」
てか起きたなら離れてね。寝床収納して朝ごはんを作りますのでね。呆けた顔もかわいいが。
「エアコン、すぐに温まらない。夜さむい」
「……それはまぁ」
だいぶ築年数が古いことに加えてエアコンそのものも型が古く、確かに年始の寒さにはいささか対応しきれていない節はある。相棒の意見はごもっともだ。
……いや待て。
そういえばお前、初めて会ったときは真夏の炎天下でロングジャケットを着ているのに汗一つかいていない的なミステリアスムーブかましてなかった?
「概念の再構築を繰り返して葉月に近い存在へ変わっていけば、寒暖差に弱くなったりもする」
なるほど俺色に染め上げちまったわけか。割と普通にごめんなさい案件。
「じゃあ責任とらないとな。はいぎゅうぎゅう」
「もう起きたからいい。はなれて」
「自分から入ってきたんでしょうが。んほぉ~体温が高くて気持ちい」
「んっ……♡」
「ちょっと待ってなにごめん」
「尻尾さわってる……」
「ごめんごめんマジごめんなさい」
そうして社会的な死とすれ違いつつ
◆
ランニングをする。
もっと詳しく言えば、朝のトレーニングとして近所を軽く走ることでスッキリする。
メジロドーベルとの対話で思いついたそれは予想よりも好感触で、相棒が俺へ近づいたように自分もウマ娘に近しい存在へ変わっていっているのだと心のどこかで確信が持てた。
走ると気持ちいい。
もちろんウマ娘でなくともそう感じることは少なくないのだろうが、それに輪をかけて爽快感が脳を支配する──走ることが本能、とはこういう事なのかもしれない。
とはいえ俺は俺。
ウマ娘ではないため公道の専用レーンは走れないことに加え、脚力や足の速さはともかくスタミナが足りないという理由から、ドーベルに教えてもらった山道を逐一休憩を挟みながら楽しんでいる。
このペースであれば登校までには間に合いそうだ。スポドリうま。もう一本あるからサンデーそれ飲み切っちゃっていいよ。
「……ん?」
大きな木の幹に背を預けて休んでいたところ、下の坂から上がってくる人影が見えた。
あれは──耳だ。
耳が見える。遠目でも分かるほどに大きい頭上の耳、あれはウマ娘だ。
ドーベル曰くウマ娘はあまり使わないコースとのことだったが、やはりその人の少なさに目をつける者もいないわけではないらしい。
「ふう、ふぅ──えっ」
「やっ。おはよう、ライスシャワーさん」
「えぇっ、おっぉお兄さんッ!?」
マイナーなトレーニングコースで朝の日課をこなしていたウマ娘の正体は、非常に大きな両耳と右目を覆い隠すほどの長い黒髪が特徴的な少女。
ひょんなことから知り合いになったトレセンの生徒ことライスシャワーであった。
というわけで休憩のあと彼女の隣でランニングを再開した。現役ウマ娘と一緒に練習できるまたとない機会だ。
「シャワーさんはいつもここを?」
「あ、えと、たまに……かな。朝はほとんど自主練だから、その日の気分だよ」
「じゃあ別のルートだと……街の方か」
「う、うんっ。向こうのほうがトレセンに戻りやすいけど……こっちもいいね。えへへ」
隣で微笑みかけてくれるおむライスはまるでチームメイトかのごとく距離が近い。えへへじゃねえんだよかわいいよ。
あまり馴れ馴れしくなりすぎないよう、他のウマ娘からの呼称や彼女自身の一人称でもあるライスという呼び方は避けているがこれも何が正解かは分からない。フィーリングで把握していこう。
「そういえば……年末年始は俺のこと探してくれてたとか。ありがとう」
「ううん、ライス、結局何もできなかったし……」
ライスシャワー張本人はこう言っているが、実のところ彼女の功績は計り知れない。
記憶を失いショタ化し知り合いもいないという絶望的状況で、高校生の頃の写真と忘却していた名前そのものを教えてくれたのは、何を隠そう隣にいるこの少女なのだ。
ひたすら冗談抜きに彼女がいなければ詰んでいた。救いの女神まじマブい。
「心配してくれたことが嬉しかったんだ。せめてお礼は言わせて」
「……じゃあ、どういたしましてっ」
少々照れくさそうにしつつ、ニパッと笑顔で受け入れてくれた。その切り替えの早さ称賛に値する。
「でもほんと無事でよかったです。……ちなみにランニングは毎日やるの?」
「朝はそのつもり。バイトがない日は夕方もちょっとやってみようかなって」
「ッ! あ、あの、夜はここ暗くて危ないから、河川敷のコースがおすすめだよ! ライスもよく使うし……」
「ほんと? いいね、あとで詳しい順路とか教えてほしいな」
「ま、まかせてっ」
こうして二人きりで会話した事はそこまで多くなかったが、喋ってみると明るくて返しも早い普通の少女だと感じた。
いまとなっては懐かしいあの夏のイベント──へ赴く前にトレセンで出逢った時の彼女は、まるで自分が不幸の擬人化かの如く振る舞う弱気な少女だったが見違えたものだ。
あれから彼女にも彼女なりの物語があったのだろう。
俺が関わった事と言えば件のイベントを除けば東高と西校の合同イベントくらいのもので、思い返せばプライベートな付き合いはあまりなかったが、俺の知らないところでステップアップしていたようだ。伸び代に驚愕。
「えっと、それでねっ、次のレースはマックイーンさんも出走するから……」
ハキハキと話題を提供してくれるライスシャワーに相槌を打つ中、頭の隅では彼女についてまた別のことを考えていた。
以前俺がショタ化していたときに聞いた、あの言葉の意味について。
──好きな人にちょっと似てるなぁと思って、つい。
彼女は子供に戻っていた少年の顔から現在の俺の姿を連想し、反射的にそう呟いたことがあった。
あれはどういう意味だったのか。
「だいぶ戻ってきたな。街も見えてきた」
「う、うん。そうだね……」
「……そこのコンビニに寄ってから帰ろうと思うんだけど、シャワーさんは?」
「っ! あ、ライスもいくっ」
なんとなく残念そうな顔をしていたので誘ってみたら案の定だった。
二人して帰路のコンビニへ寄り道し、未だに冷えている指先などの末端を暖房で温めながら雑誌コーナーをチラ見して談笑する。
「お、野菜のレシピ本。シャワーさんは野菜とか好き?」
「うん! もりもり!」
「もりもり……?」
「食べてます、もりもり!」
「そ、そう、いいね」
「あ……そっちは家庭菜園について書いてあるね。お兄さんもやったりするの?」
「興味はあるんだけどなかなか手が出なくてなぁ」
「ふふ、お野菜を育てるの楽しいよ! ……なんだったらこっそりトレセンの農園で体験してみたりとかどうかな」
「んん、限りなく不法侵入に近いねそれ」
──こうして会話を続けていると、不思議と相性の良さも感じる。明るい喋り方もそうだが意外にユーモアも豊富で彼女を好ましいと思う要素もかなり多い。
ただ異性として、間違いなく恋愛対象として見ているか、と問われると自信のある回答はできそうにない。
好きな人。
ライスシャワーのあの発言について、察しがついていないわけではないのだ。
あの言葉の意味を曲解してとぼけるほど自分の状況に酔ってはいない。
仮に。
もしも、たとえばの話だが、彼女に直接思いを告げられたら。
俺はそれに応えることができない、かもしれない。
ライスシャワーは俺が秋川葉月という個人を取り戻すきっかけになった大恩人だ。
樫本理子やタマモクロスと同じラインに立っている文字通りの命の恩人。
そんな大切な人に今の自分が釣り合っているのか──語るまでもない。
勝手に消えてのこのこ戻ってきた。
きっと
相応しくあろうと努力はしているが、未だ全く足りていない。
だから……というのももちろんあるのだが、それだけではない。
「あっ! もうこんな時間……!」
「ちょっと長話しすぎちゃったか。分かれ道の交差点までは一緒にいっていい?」
「もちろんだよっ」
こうして好意的に接してくれている彼女には大変申し訳ないが、いま俺が懊悩しているライスシャワーの気持ちそのものは
あの場にいたのは謎のショタこと山田ハズキ君であり、本来であれば彼女の考えが俺へ伝播する要素は皆無に等しい。
本人が喋っていない隠し事で悩むだなんてそれはもはやストーカーの域だし、必要以上に色眼鏡でライスシャワーを見てしまっている現状も大変よろしくない。
少なからず持ってくれている好意の正体が、以前助けたことによる恩義なのか年上に抱きがちな羨望なのかはたまた純真な想いなのかは分からないが問題はそこではない。
俺なのだ。
問題は自分にあるのだ。
もしこれで好意を持たれていると確信して俺から彼女に言い寄ったり、下卑た思いで告白を了承してしまったらライスシャワーを不幸にしてしまうことだろう。
そもそも彼女は“それ”を口にするかどうかすら決めていないのだ。
だから、まだ俺から特別なにかすることはない。
「それじゃお兄さん、また!」
「うん、また」
ライスシャワーの想いはライスシャワーだけのものだ。
何かの間違いでその一端を知ってしまったとしても、俺なんかが勝手に触れていいものでは決してない。
どう心の整理をつけていくのか、それは彼女自身が決めていくことだ。
「……あっ。シャワーさん、待って!」
「ふぇっ? わわっ」
手をつかみ、肩ごと抱き寄せ、引き留めた。
すると、これから彼女が歩こうとしていた位置にちょうど鳥の白いフンが落下した。
見上げてみれば電線の上にはそこそこの数の野鳥が鎮座している。これならわざわざ信号を渡って反対の道路から帰った方がいいかもしれない。
「と、鳥さんの……ごめんなさいお兄さん、ありがとう」
「気にしないで、急に掴んでごめん。でも自由な鳥さんたちにも困ったもんだ」
「えへへ、確かに」
そのまま流れで俺も一緒に信号を渡った後に、手を繋いだままだった事実に気が付いた。
「……お兄さんの手、あったかいね」
「あっ……握ったままだった。ごめん」
「う、ううん! むしろいつでもどうぞ!」
「それは大丈夫なのかな……」
とりあえずは友人として、今まで通りに。
いろいろウダウダ考えていたが何より彼女からも信頼を取り戻さなければ友達としてすら一緒にいられなくなってしまうのだ。気を付けるべきことは他に山ほどある。王への頂に近道なし。
「あ、あのっ。ライス、いつも同じ時間に走ってますので。また……」
「もちろん、また一緒に走ろう」
「っ! うんっ、それじゃ!」
そう元気に手を振りながら遠くへ走っていったライスシャワーを見送り、俺も一旦自宅へと戻っていった。
なんやかんやであんな純真な美少女後輩を持てて嬉しくないわけではない。というか帰って鏡を見たら分かりやすくニヤついた表情になっていてキモかった。
まぁ、とにかく頑張っていこう。
それにこうして学外の友人と出会える機会が増えるのなら、早起きはつらいが朝のランニングもなかなかいいものかもしれない。
◆
ライスシャワーから勧められた河川敷のコースとやらに行き先を変更してみたが、こちらはこちらで違った良さがあると感じた。
いささか人通りは多いものの、山道と違って斜面が少ないためあまり体力を消費せずにランニングを楽しめるコースだ。朝に軽く走る程度ならこちらの方がいいかもしれない。
それに──
「あら、トレセンのジャージ。……あの後ろ姿はゴールドシップですわね」
「追いつこうか?」
「いえ、
こうしてまた
二人並んで軽い雑談を交えながら走っていると普通にデートでもしているのではないかと錯覚しそうになるが側から見れば普通にデートだ。うほ〜ワクワクしてきたぜ。深く憂慮する。
通行人も有馬の三傑に次いで有名なかのメジロマックイーンを目の当たりにして驚いていたし、そんな存在の隣を走れるだなんて優越感が増幅し過ぎてしまう。こう見えて感性は普通の男子高校生なのだ。うっお横顔がシンプルに美人……目元がキリッとしてていいね。写生していい? 大写生大会を開催したい。
「……あ、あの、秋川さん」
「どしたの」
「その、私の顔に何かついて……?」
「え? ──あっ、ごめん。かなり見つめちゃってた」
「い、いえ……」
ポッと仄かに頬を赤らめて視線を逸らしてしまった。あまりにも可愛すぎてガン見してしまっていたようだ。猛省。
ムラムラしている──そんな真実も彼女を見つめてしまった理由に含まれているのだが、無論そんなことを口に出せるわけもない。
なんと相棒による夢の操作がまたしても失敗してしまったのだ。
彼女いわく『夢の世界に不具合が発生している』との事で、管理人である先生が調整してくれているそのメンテナンス期間中はログインができないらしい。
ラスボス候補である去年の夏に暴れたあの怪異の影響で、暴走している野良怪異が多少出現しており、放課後などに彼らを祓っている影響でユナイトの反動が地味に蓄積されつつある。
しかしそれを発散できないためムラムラし始めているのだが──まぁまだ平気なレベルだ。
メジロマックイーンの高貴な後頭部を吸引したい気持ちを押し殺して普通の男子高校生を演じよう。
「そういえば次のレース、ライスシャワーさんも出るんだっけ」
「ええ。これまで互いに高め合ってきたライバルですし……ふふ、楽しみですわ」
爽やかにも好戦的にも見える小さな笑みはマックイーンがストイックなアスリートでもあるという事実を思い出させる。
正直なところ彼女たちのライバル関係についてはあまり詳しくないのでどちらか片方を応援するのは難しいが、レース自体はかなり楽しみだ。
「野球……」
「っ!」
レース以外に何か話題がないか脳内を模索していたところ、そう言えば以前遊園地を貸切して話し合いをした時に趣味を質問したところ"野球観戦"と彼女が口にしていたことを思い出した。
「球団とかあんまり詳しくないんだけど……昔はタケーズとか応援してたな」
「っ!!」
「マックイーンさんは?」
「私もですっ!!! ……ぁっ」
思ったより食いついてくれてビビった。お嬢様にしては珍しく野球が好きらしい。
「も、申し訳ございません。はしたないところを……」
「……? そんな事ないよ、野球面白いよね」
「っ……!」
とは言ってもあまり知識はないので表面をなぞる程度の話題しか提供できない。やよいがボーッと眺めていたテレビの情報くらいのものだが太刀打ちできるだろうか。
「あ、あの……応援している選手など、いらっしゃったり……」
おずおずと伺ってくるマックイーンは興味半分、不安半分といった様子だ。下手なことを口にしたら失望されそうな雰囲気だが……といっても知らないものは知らないのだ。俺にできる話をしよう。
「んー……ユタカ、とか」
「っ!!!!!!」
なんか耳と尻尾がデカく跳ねた。無言なのにリアクションがやかましいぜ。愛いやつ。
「………………秋川さん。今月末の土曜日は、ご予定などございますでしょうか」
「えっ? いや、今のところは……」
マックイーンの目の色が変わった。何事。
「よろしければ──いえ、後日改めてご連絡させていただきますわ」
「う、うん。よろしく」
「……ふふ。良いですわよね……ユタカ……」
どうやらディスコミュニケーションではなかったようだが、その代わり怪しく微笑むマックちゃんが完成してしまった。もしかするとパンドラの箱をつついてしまったのかもしれない。
◆
ランニングを通して朝のウマ娘たちとコミュニケーションを重ねる日々はなんとも充実しており、気がつけば週末を迎えていた。
バチクソ偉い人間が参加するド緊張お食事会も既に明後日まで迫ってきているため、翌日は準備に丸一日を要することもあり普通の高校生として過ごせるのは一旦今夜が最後だ。
ということで、まだ年末年始の礼ができていない少女と連絡を取ることにした。
既に暗闇が支配している夜空の下、トレセン付近のコンビニでバイクを駐車して暫し待つ。
「あっ、せんぱーい! お待たせしました~ッ!」
すると遠くから手を振りながらこちらへ駆けてくる少女が一人。
ライスシャワーと同様にメジロ家の屋敷で年末年始を過ごし、その間行方不明になっていた俺を探してくれていた後輩の一人──ウオッカだ。
「はぁっ、はぁ。ふぃー……」
「お疲れ様、ウオッカちゃん。まだ時間じゃなかったしそんな急がなくても大丈夫だったけど」
「い、いえいえっ、せっかくお誘い頂いたのに時間ギリギリとかヤバいっすから。申し訳ないっす、ライブパフォーマンスの補習が長引いちまって……」
「俺もさっき着いたとこだから平気。……さて、防寒はしっかりしてきたかな」
「もちっす!!」
ウオッカはやたら着込んだ状態だがそれには訳がある。
「冬の夜に乗るバイクはとんでもない寒さだからね。……もう一回聞くけど、本当にこんなんでいいの?」
「うっす! てか寧ろまた乗せていただけて感激っすよ! バイクなんて実家まで帰んねえと触れる機会ないし……マジでありがとうございますっ」
かなりの熱量で礼を伝えてくる後輩に若干気圧されつつも、気を取り直してさっそくバイクへ跨った。
このツーリングは簡単に言えばウオッカへの感謝の気持ちだ。
他にもいろいろな提案をしたものの彼女からの要望は『バイクに搭乗させてほしい』の一点張りであり、放課後に近所を少し走るくらいならトレセンの門限にも影響しないということで現在に至るというわけだ。
「あっ……ウオッカちゃん、ちょっとこっちきて」
「はい?」
手招きするとひょこひょこと手元まで来てくれた。従順でかわいい。
「ちょっと危ないから上着のファスナー、閉めよっか」
「えっ……あ、すいませんっ! うっかり……」
風の影響を考慮しての言葉だったがコレ以外は問題ない。しっかり制服のスカートからズボンに履き替えてきているし、ローファーではなく脱げづらいランニングシューズなのもポイント高い。
「じゃあはい、ヘルメット」
「あざっす! よ、よーし……」
「しっかり掴まってね」
「はいっ!」
バイク好きも伊達ではないのかシートへの乗り方やステップへの脚のかけ方もスムーズで、やや遠慮を感じるがニーグリップもしっかりしている。勉強した動き、というよりは慣れを感じる動作だ。
「いい感じ。前も思ったけどもしかしてウオッカちゃんって結構二人乗りしてる?」
「実家で親父がよく乗せてくれて。でもトレセンに入ってからは全然だったんで……マジで嬉しいっす! へへっ」
あっギュッてしないで密着感ハンパね~♡ ぐ……っ堪えろ俺……! 雨垂れは石をも穿つ。
「……出発しよっか」
「ういっす!」
というわけで好感度と体温が高めな後輩女子を後ろに乗せたタンデムが開始されたわけだが、やはり蓄積されたムラムラは俺の理性を分かりやすく削っており、普通の先輩として振る舞えるのも時間の問題な気がしてきている。
サンデーの夢操作は相変わらず不発に終わり、先生曰く夢の世界のメンテナンスは終わったがラスボス怪異の影響で俺と相棒だけログインができない状況は変わっていないとのことだった。
ゆえに
連日深夜にあまり強くない怪異がそこそこ出現しており、対処自体は簡単だがユナイトの反動は蓄積されていく一方なのだ。
やよいとの大切なイベントを控えている都合上、絶対に身体を壊すわけにはいかないということで生身では戦わず毎回ユナイトをして確実な方法を取っているのだが──なにが正解だったかはわからない。もう結構ムラムラしますし。オーホホホ♡オーホオーホ♡
「……っと、着いた」
「おぉ……めっちゃいい眺めっすね!」
バイクを走らせ数十分後、俺たちは街が一望できる高台に到着しそのベンチで一休みすることにした。
ウオッカを先に座らせたのち付近の自販機で温かい缶コーヒーを購入し、さりげなく彼女の隣へ腰を下ろした。
「はい、コーヒーでよかった?」
「うわわっ、ありがとうございます! お金お金……」
「いいよ気にしないで。ツーリングに付き合ってくれたお礼」
「そ、そっすか……? じ、じゃあいただきますっ」
そう言ってゴクゴクと勢いよく缶をあおぐウオッカは、礼儀というか運動部などにおける先輩後輩の上下関係をかなり意識してる節がある。俺としてはもう少しフランクに接してほしいが簡単に抜けるものでもないのだろう。
それに部活に所属しておらず下級生と交流する機会が少ない俺からすると“先輩”呼びはかなり気持ち良いので、意外と今のままでもいいかもしれない。
「……先輩」
「うん?」
一息ついたウオッカは一拍挟んだのち、白い息を立ち昇らせながら語り掛けてきた。
「マジでいろいろありがとうございます。今日のことだけじゃなくて……マーチャンに関してとか、本当にいろいろ。感謝してもしきれないっす」
アストンマーチャンの件についてはほぼ偶然助けることができただけで、以降は俺も解決に向けて何もできていないので感謝されていいかは微妙なラインだ。
「……アストンさんはどんな感じ?」
「今のところは大丈夫です。俺かスカーレットがそばにいれば影も薄くならないし、最近は担当トレーナーさんもアイツを見失わなくなってるから平気かと。……それもあの夜にマーチャンを見つけてくれた先輩のおかげっす」
「俺は大したことはしてないよ」
コレに関しては俺なんぞきっかけに過ぎず、あの他人に認識されない不思議現象に巻き込まれているアストンマーチャンを支えることができているのは本人の尽力と、なによりウオッカとダイワスカーレットが友達として手を差し伸べているからに他ならない。
アストンは言うなれば俺で、ウオッカは山田なのだ。
たとえ現実的にありえない現象であろうと、自己を顧みず寄り添ってくれる──アストンにとってそんな頼もしい存在になっていることを、目の前の少女はもう少し自覚した方がいい。
「トレーナーさんはもちろん、ウオッカちゃんやダイワさんがいてこそでしょ。……まぁ、困ったらその時は頼って。後輩の為なら一肌も二肌も脱いじゃうので」
「……ッ!!」
そう冗談めかして言いながら缶を傾けると、もう中身が入っていないことに気がついた。
なので近くのごみ箱に投げ入れ、何をするでもなくフリーになった手をベンチに置くと──即座にその手を握られた。
「えっ。……ウオッカちゃん?」
「……ッケェっす」
なんつった。
「マジ……カッケェっす!! 先輩マジで先輩っす!!」
「ちょっと何言っているかわかんないけどありがとう」
まるで感激したように俺の手を両手で包み、上目遣いでカッコよさなるものを連呼するウオッカは、憧れの人に偶然出会えたかのような目の輝きを放っている。かなり眩しい。ていうかおててやわらか心すこやか。
あまり近寄られると普通に性欲が刺激されるのだがこの少女は気づいているのだろうか。それも織り込み済みで俺を煽っているのなら達人の域だ……この領域に辿り着くとは相当なムッツリスケベ。太公望。
──感謝もそこそこに雑談へシフトしたものの、相も変わらずウオッカは近い。具体的に説明すると肩と腕がぴったり密着した状態で俺のスマホを閲覧している。ついでにフローラルな香りもひとつまみ。この誘いマゾが……どこまでも俺を苛立たせる。
「昔はデカいのばっか憧れてたんすけど……これいいっすね」
「ハンターカブとかここら辺も乗りやすいよ」
「おぉ……でも中古ですらかなりの値段……! 俺の五百円貯金で対抗できるかな……?」
「今のうちから貯めとけば希望はあるよ。こっちとか去年よりも下がってるし」
まさに唯一と言っていいバイクについて話せる相手ということもあって慎重に話を進めたいが密着度がヤバすぎてそれどころではない。
現状コレを夢で発散できないことが確定しているのも辛いポイントだ。シンプルにキレそう。
「あっ、このスポーツタイプのやつ先輩が乗ってるやつっすよね!」
唐突にこちらを向いて興奮するウオッカ。おおっ熱い息がかかって♡ カルノーサイクル。
「ウオッカちゃんは乗りたいやつ決まった?」
「い、いえ、どれもイカしてて……でも、やっぱ最初は排気量が低いやつからいこうかなって。初心者ですし乗り方もまだ全然……」
「じゃあ、乗ってみる?」
「──へっ?」
そんな俺の提案に呆気にとられた少女を立ち上がらせ、バイクの近くまで連れていく。
「エンジンはかけられないけど跨るだけならセーフだし。どうぞ」
「い、いいんすか……ッ!」
テンションが見るからに上がっていくウオッカは恐る恐る近づいていき、俺にしっかりと支えられながらゆっくりと座席に跨った。まだちょっと足が浮いちゃっててキュート♡ 気絶しろ。
「うおっ、すっげ、意外とハンドルでか……」
まさにマシンに初めて触る思春期の少年を彷彿とさせる興奮具合で、後ろに乗った時とは違ってあまりに動きが固すぎる。これはレクチャーしてやらねばだな。支えてるけど倒れないよう気をつけ召されよ。
「握り方は……こう」
「ひゃっ」
後ろから手を添えていろいろとレクチャーしていく──これセクハラっぽくない? しかし日本は助け合いが文化じゃからな。ニッポン秘境旅。
「ぁ、あう……」
「ウオッカちゃん?」
なるべく危ない部分は触れないように教えているつもりだったがウオッカ本人があまりに赤くなりすぎている。どうやら相手から手を握られることに関しては耐性がないらしいが、流石にこの緊張度合いは次元が違う。例えるなら恋バナで鼻血を出すレベルだ。
──俺も性欲が顔を出した。こんにちは。
ちょっとしたいたずら心半分、ライダーとしての心得を伝授する先輩としての思いも半分で体が動く。
ウオッカの手の甲に手を重ね、耳元に口を近づけた。
「……転んだら危険だよ。ちゃんと足を伸ばして、地面に接地させて」
「はふっ……は、はい」
囁くように忠告すると彼女の肩が僅かに跳ねた。男の耐性弱めな心の奥をグリュっと。ボンバー。
「ハンドルは腕が突っ張る握り方をしちゃだめ。……はい、小指と薬指を……そうそう、そんな感じ」
「は、はゎ……」
なんか頭から湯気が出そうな勢いで真っ赤になっててウケる。直前に自分から触れて煽った挙句いざ相手から触れられたら緊張しつつされるがままで猥褻な誘い受けを醸しながらご登場とは……ずいぶんなマゾメスぶりを見せつけてくるじゃあねーか。たくさんベイビー作りしましょうね♡ 乞うご期待。
「っと、よし。基本の体勢はこんなもんかな」
「えっ……」
「クラッチとかの勉強はまた今度にしよっか。トレセンの門限がそろそろだし、送るよ」
「あ、えっ、えと……う、うっす。ありがとうございます……」
なんで露骨に残念そうなの? バイクとボディタッチのどちらを名残惜しんでおられるの? イクんじゃない我慢しろ甘えんな。新世代の風雲児。
「じゃあ後ろに乗って」
「……ぎゅっ」
「コ°ッ」
おい恋人みたいな密着体勢は体力の消耗が激しいからやめとけとアレほど……この野郎! 淫靡な女だモラルの欠如した女だ。しかしそこが魅力の一つでもあるのだけどもな。
「せ、先輩……?」
「出発します」
「ぁ、はいっす。お願いします……!」
と、そんなこんなで後輩美少女の無自覚誘惑に四苦八苦しつつ彼女を寮まで送り届け、悶々とした気持ちを発散できぬまま布団に突っ込んで瞼を閉じるのであった。眠れなさ過ぎるのでわらべ唄を歌っていい? オイルでぬるぬるエロ相撲、さあ結婚同衾子作りじゃ、決して逃がさん 逃がさんぞ。オーホオーホホ♡ おー
(うるさい)
うるせぇ! またさりげなく布団の中に入ってきやがって貴様を抱き枕にしてやろうか? ふざけるのも大概にしろよ全身ムチムチ抱き心地最良モンスターがよ。生まれてきてくれてありがとうな。いつか来たる伝説の一夜に向けて胸の高鳴りが止まりません♡ ヒンズースクワット。