幻のウマ娘~トキノミノルがたづなになるまで~ 作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り
なるべく史実に沿って真面目に書いていきます。
おかしい。どう考えても、おかしい。
俺は強く疑った。
——『駿川たづな』はウマ娘ではないかと。
彼女は非常に優秀な理事長秘書だ。
毎日朝早くに起き、校門前で挨拶。理事長の書類仕事を補佐。芝コースに不備がないかをチェック。学園内のトラブルも迅速に対処。迷える新人トレーナーを導き、担当のウマ娘と引き合わせることまで。
ありとあらゆる仕事を素早く、完璧にこなす。
が、そんな彼女には不可解な点が幾つもあった。
まず、彼女は緑のスーツを着こなしているのだが、そのスーツに合わせてキャビンアテンダントのような、丸型の帽子を常に被っている。
夏だろうが冬だろうが、暑さ寒さに拘らずだ。
俺は彼女が帽子を外した姿を一度も見たことがない。
頑なに外そうとしないのだ。まるで、頭頂部にある何かを隠したいかのように。
次に、彼女はあまりにも足が速い。
100メートル走のタイムが10秒台だとか、そんな程度ではない。並のウマ娘よりも遥かに速いのだ。
以前、俺はその光景を目の当たりしたことがある。
いつかの夜、とあるウマ娘が門限を破り、そろりそろりと学園の外に向かおうとしていた所、見張りのたづなに見つかった。
そのことに気づいたウマ娘は必死に足を動かし逃げる。
これではヒトであろう、たづなには捕まえるのは不可能と思われた。
が、呆気なくもウマ娘は彼女のお縄についたのである。
俺はこの目にその捕まえるまでの瞬間を焼き付けた。
その走る様はウマ娘を彷彿とさせる——いや、それ以上の走りだった。
他にも色々とあるが、主たるものはこれだけだ。
だが、俺は確信した。
——やはり『駿川たづな』はウマ娘に違いない、と。
そうして俺はそのことを問い詰めるべく、彼女を他人が寄り付かない場所に誘い出したのである。
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ここはトレセン学園地下の一室。
窓一つなく、明かりといえばチカチカと光るオンボロの電球のみ。
外とは隔絶されたこの場所で、俺とたづなの二人は机を挟み、向かい合う形で座っていた。
——以上のことから、俺は貴方をウマ娘だと断じています」
「私が単に帽子好きで、ヒトとしては足が速いだけ、という可能性は考慮していただけたでしょうか?」
「その可能性も勿論考えましたが……」
俺は懐からやけに古びたボロボロな2枚の写真を取り出し、尚もとぼける彼女の目の前に置いた。
「この写真に写っているウマ娘。異様なほどたづなさんに似ていると思いませんか?」
「っ! どうして、トレーナーさんがそれをっ……!?」
先程まで冷静に返答をしていた彼女はそれらを見た途端、目を見張り驚く。
その写真には昔のたづな——レースを駆け抜けた後、泥に塗れながらも朗らかな笑みを浮かべる彼女が写っていた。
帽子をとった勝負服の、ウマ耳と尻尾を喜ばしげに揺らした姿で。
言い逃れのできない決定的な証拠だった。
「仕方ありませんね……」
もはや弁明の余地なしと見たのか、たづなは頭の帽子に手をかけ、そして——
——その大きな『ウマ耳』を露わにした。
やはり彼女はウマ娘だったのだ。
「その……トレーナーさんは私をどうするのでしょうか?」
不安げに眉尻を下げ、そう問うたづな。
そんなもの決まっている。俺が彼女に望むのは、たった一つのこと。
「俺の担当ウマ娘になってください」
「!?」
あの夜からー-いやもっと前から、俺はずっと彼女の走りに魅了されていた。
彼女は俺がトレーナーを志すきっかけをくれたウマ娘だったのだ。
たづなを問い詰めたのもそのためである。
俺はもう一度言った。
「俺が必ず貴方をレースで輝かせて見せます! だから、どうかっ!」
が、彼女はすぐさま首を横に振った。
「それはできません」
「っ! 何故ですか! トゥインクルシリーズは無理でも、ドリームトロフィーなら出走可能なはずです! 貴方もウマ娘でしょう! また走りたくはないのですか!?」
必死だった。
あの時に見たレースを再びこの両の目に焼き付けたい。
彼女のトレーナになり、その栄光あるレースに携われるのなら、その後死んだって良い。
たづなー-いや、トキノミノル。貴方だってレースには出走したいはずなんだ。
なのになんで……。
「なぜ、ですか……」
自身に問われたことを反芻。
トキは俺から視線を外してどこか遠くを、遥か遠くを見つめる。
おそらく、その先には駆け抜けてきた過去があるのだろう。
二人の間に沈黙の時が流れていく。
それからしばらくして、彼女は久方ぶりに口を開いた。
その瞳に確かな意志を宿らせて。
「……トレーナーさんに納得してもらうには随分と長い話をしないといけませんが、よろしいでしょうか?」
「構いません。そうでなければ、俺は止まりませんからね」
「わかりました……では」
彼女はゆっくりと語り始めた。
「あれは、まだ私がトキノミノルではなくパーフェクトと呼ばれていた時のことー-
この瞬間蘇るのだ、人々から忘れ去られた『幻』の物語が。