幻のウマ娘~トキノミノルがたづなになるまで~   作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り

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幼少期:パーフェクトの誓い

 

 

 駿川たづな——彼女は北海道三石郡三石町にて、五人姉妹の末っ子として生まれた。

 その生まれ姿は大きく逞しいものであり、両親や親戚から将来を希望された。

 故に付けられた名は、〈パーフェクト〉。

 完璧である。

 

 通常、生まれたと同時にウマ娘には両親によって幼名がつけられ、本格化が始まると真なる名を異世界から授けられる。

 だからこそ、まだ幼い時分の彼女は〈トキノミノル〉ではなく、〈パーフェクト〉であった。

 

 しかし、パーフェクトは孤独に苛まれていた。

 

 姉妹は皆ウマ娘であったが、彼女とは歳が離れており、たまに話をする程度で仲はそれほど良くなかった。

 それゆえ、ウマ娘の母と一緒に走ってもすぐに足を止めてやめてしまうし、遊びに連れて行っても最初は笑顔でもすぐに消え、しょんぼりと耳と尻尾を下に垂らしてしまう。

 

 そのひとりぼっちで、どこか寂しそうな様子に父と母はどうしたものか、と悩んだ。

 めっきり笑顔がなくなった彼女を救いたかったのだ。

 

 う〜んう〜んと頭を捻らせるうちに、父が閃いた。

「そうだ、知り合いがもうすぐこの町に引っ越してくる。その娘もウマ娘だったはずだ。その子と友達になってもらうというのはどうだ」と。

 

 その父の妙案にうんうんと母は頷く。

「凄いわアナタ! それならあの子も寂しくないでしょうし、お知り合いの娘さんも喜ぶわ! 万事解決じゃない! 流石だわ、ダーリンっ!」

 

「ああ、愛しているよ、ハニーっ!」

 

 腕を大きく広げ、ギュッと熱い抱擁を交わす二人。

 

 熱々な二人はさて置くとして。

 何はともあれしたがって今、父と母に知り合いの家へと連れられたパーフェクトの目の前には例のウマ娘が居るのである。

 

 玄関先で父の方の知り合いに挨拶する両親の後ろに隠れて、彼女はチラリと相手の少女を見てみる。

 

 ——ふわりとしたショートボブの黒鹿毛に、帽子とタンクトップという動きやすい格好をした、とても活発そうなウマ娘だった。

 実際、堂々と大人の前でも臆さず、腕を組み仁王立ちをしていることからも、それは窺い知れる。

 パーフェクトとは同じ背丈で同い年であるはずなのに、彼女にとっては遥かにデカく年上に見えた。

 

 怖がらせてしまったかと、態度の悪い娘を相手方の父は「こら、失礼じゃないか」と叱るも、娘は拗ねたのか少し口を尖らせて「別に良いじゃん、これくらい」と反発する。

 

 対してパーフェクトの父は「いえいえ、お気になさらず」と返し、紹介しようと後ろに隠れる彼女の背中を押す。

 

「この子はパーフェクトです。ほら、あの子が今日からお前の友達だ。挨拶しなさい」

 

 父の言葉にオズオズと前に出てきた彼女は少し震える口を開いたり閉じたりしながらも、一生懸命に動かす。

 

「あの、その……よ、よろしくお願い——

 

 緊張気味に表情を固くしてお辞儀しようとするパーフェクトに、その娘は手で制した。

 

「いいよ、敬語は。たぶん同い年でしょ。とにかく、これからよろしくね」

 

 その娘っ子は僅かに頬を緩め、手を差し出す。

 意外にフレンドリーな彼女に呆気に取られたパーフェクトはアワアワと手を縦や横に彷徨わせ、やや慌ててその手を取った。

 

「うん、よろしくっ!」

 

 娘二人の相性が良いことに、父二人はホッと一つ息を吐く。

 そして、相手方の父が話しはじめる。

 

「ウチの娘はなんというか……素直すぎるというか、思ったことが口に出てしまう性格なので新しい場所で上手くやっていけるか心配していましたが、パーフェクトちゃんが友達になってくれて助かりました」

 

「ええ、ウチもです……今後、あの子達が健やかに育つように俺達は見守りましょう……」

 

「そうですね……こんな光景が見られるのも私にとっては今だけかも知れませんから……」

 

 今も駆けっこしようと燥ぎ回る娘達に、彼らは目元を緩めるのであった。

 

 

   ♦

 

 彼女らは二人で多くの時を過ごした。

 

 春には桜咲く道を駆け回り、歌ったり踊ったりして遊戯。

 夏には二人一緒に山を駆け抜け、その頂上にて満点の星空を満喫。

 秋には食欲が増してガツガツと飯を腹に掻き込み、すくすくと二人は成長。

 冬には歌って踊って、互いに良い点と悪い点を見極め指摘し合い、将来に向けて自己流の稽古に精励。

 

 そうして季節を跨ぎ小学校の放課後に遊ぶ日々が続くが、時たま相手が来ずにパーフェクトが一人でという時もあった。

 けれど、二人はほぼ毎日と言っていいほど時を同じくした。

 

 そうしているうちに、二人は友達から〈親友〉になっていったのである。

 

 ——沈みつつある日が世界をオレンジ色に彩る暮れ時。

 

 広々とした公園で駆け回り、あちこち泥だらけになった彼女らは互いの手をがっしりと握り合い、誓った。

 

「パーフェクト、トレセン学園に入学してレースで競うことになっても、誰にも、もちろんアンタにも負けないからねっ!」

 

「それはこっちのセリフだよ! 私はトレセン学園に入ったら沢山トレーニングして、レースで勝ち続けるウマ娘になるんだ! だから、絶対に勝ちは譲ってあげないっ!」

 

 お互いの意志を確かめ合い、二人の口から自然にフフと笑いが溢れていく。

 

「ふふ、アタシのライバルは、そうでこなくっちゃっ!」

 

「そっちこそ! なんて生意気な〜!」

 

 やがて眩しい夕日はじゃれ合う二人の影を飲み込み、溶かしていくのであった。

 

 

 ♦

 

 

 ——その翌日。

 

 親友はパーフェクトの前に現れなかった。

 

 以前からたまに親友はその姿を見せない時があり、パーフェクトは今日もそんな日であると思った。

 親友と遊べないことに、パーフェクトは多少の寂しさがあったが、あまり気にせずその日は一人で走ることにした。

 

 どんよりと暗い雲が空の所々にあってなんだか嫌だな、と彼女は思った。

 

 ——さらにその翌日。

 

 またしても親友は来なかった。

 

 何か胸の内からジワジワと染み出す嫌なざわめきがパーフェクトを襲うも、いやいやきっと明日には来るはずだ待とう、と首を振る。

 

 その日は、空一面が曇り異様なほど暗かった。

 

 ——また翌日。

 

 打ち付けるような雨の中、パーフェクトは肌に張り付く服の感触を感じながら辺りを何度も見回すが、全て徒労に終わる。

 

 親友はついに姿を見せなかった。

 

 

 パーフェクトは初めて出会った時の記憶を頼りにして親友の家を探し回った。

 濡れて滑る地面で転び泥まみれになっても、途中何度も迷っても必死で。

 

 そして、ようやく見つけた。

 いつも遊んでいる公園からいくつかの角を曲がり、やや坂を登った先に親友の家があったのだ。

 

 パーフェクトがその家に近づくと、そこには何やら作業着の姿で荷物を運ぶ親友の姿があった。

 彼女はその荷物を近くの倉庫に運び込み、額に張り付いた汗を袖でぬぐってフゥと一息つく。

 

 パーフェクトは久しぶりに会えた彼女に喜色の混じった声で呼んだ。

 

「久しぶり! 一昨日から居なかったのは、お家の手伝いをしてたからなんだねっ!」

 

「パーフェクト……!」

 

 パーフェクトの姿を視認した親友は目を見張り、すぐにその表情を曇らせた。

 

「……悪いけど、今日は帰って。見ての通り遊んでられないから……」

 

 突き放すような言葉と、いつもの元気溌剌な彼女らしくない様子にパーフェクトは何かあったのだと察する。

 

「ねえ、もしかしてお父さんかお母さんと何かあったの……?」

 

「っ! アンタには関係ないでしょ……」

 

 親友は明らかに動揺し、目を逸らした。

 そのおかしい様子を確認し、やはりと確信に至ったパーフェクトは止まらなかった。

 

「関係ある! だって親友だよ! 心配で放っておけない!」

 

 その勢いに押されて親友はとうとう観念し、ポツポツと話し始める。

 ただ、その口は酷く重かった。

 

「……アタシはトレセン学園には入らない。それに、レースにも二度と走らない」

 

 パーフェクトは一瞬思考が止まった。

 

(今、なんて言ったの……? 走ら、ない……?)

 

 その言葉を受け止められず、グルグルと頭の中で回し続ける。

 

「そんな、なんで……」

 

「……親父が〈癌〉なんだ。それで倒れて病院に……ウチが元々やっていた家業はこれからアタシが継ぐ。もう走ってる暇なんてないんだ。それにレースなんか興味も無くなったしな」

 

「嘘だっ! 誰よりもレースで勝ちたいって気持ちが強いのにそんなわけ——

 

「だから、もう走らないっつってんだろ!」

 

 親友の怒声が響いた。

 彼女はギリリッと歯を食いしばり続けた。

 

「いい加減にしろよっ! アタシは今どう見ても仕事してるだろうが! 邪魔すんなっ! いつまでもガキのお遊びしやがってっ! そんなに走りたいなら一人で走ってろ!」

 

 激昂した親友にパーフェクトは……。

 

「……なら、どうしてそんなに泣いているの?」

 

 親友の悲しさに満ちた表情を見て、今までの言葉は本心ではないと気づく。

 

「っ! ……な、泣いてなんか……!」

 

 強がる度に親友は次第と目に涙を溜め、零れ落ちていく。

 袖でゴシゴシと拭っても、溢れ出して止まらない。

 

「なんでアタシ、泣いてんだよ……! 泣かないって、もう走らないって決めたじゃないのかよっ! くそっ!」

 

「本当は走りたいんだよね……レースで競い合いたいんでしょ?」

 

「ああ、そうだよ! アタシがなんでこんな目に合わなきゃいけないんだよっ! 本当はバカみたいに走って遊んで、トレセン学園に入学してレースに出て活躍して、速い奴と競ってー-パーフェクトと一緒に走りたかった……! それなのにいきなり親父が倒れて、家業を継がなきゃ潰れちまうって……親父は好きにしなさいって言うけど、ウマ娘の母さんは強いウマ娘でも勝率が半々程度のレースなんか現実的でなくて人気のないものはやめて家業を継げって言うんだっ! アタシは……アタシはもうレースには出られないっ!」

 

 魂からの叫びだった。

 親友は走りたくて走りたくて堪らないのだ。しかし、彼女の根にある良いところが今は家族に対して向けられており、それが願望を妨げているのだ。

 もはやこのまま迷いが生じたままレースに出たとしても、彼女は決して勝てないだろう。牙を抜かれてしまった虎は二度と狩りはできないように。

 

 二人ともそれを理解していた。だからこそ、パーフェクトは瞳に意志の光を宿し言った。

 

「なら私があなたの分まで勝つよ」

 

 と。

 

「! パーフェクト、お前それって……」

 

「強いウマ娘の勝率が半々だっていうなら、私は絶対に勝てるウマ娘になるよ。そうすれば、あなたと私はレースで一緒だから」

 

 さらに親友の頬を涙が次々と伝っていくが、構わず彼女は威勢よく笑った。

 

 徐々に暗く淀んだ雲は消え、日の光が差していく。

 

「言ったな、言質とったからな! 絶対に勝てよ、パーフェクト! 負けたらタダじゃおかないからなっ!」

 

「うん、約束するよ」

 

 やがて晴れ上がった空のもと、二人のウマ娘は再び誓い合った。

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