幻のウマ娘~トキノミノルがたづなになるまで~ 作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り
——トレセン学園。
それは、ウマ娘達が来たるレースに向けて競い切磋琢磨し合う場所である。
中央と地方の二種に分かれており、全国から強豪ウマ娘達が集まってくる中央のトレセン学園に比べれば一歩劣るものの、やはり走ることを専門に学ぶ学校であるため、地方であってもその生徒のレベルは平均的なウマ娘とは一線を画す。
桜舞い散る季節。
パーフェクトは地元近くの地方トレセン学園に入学して早々、最初の試練に立ち向かわなくてはいけなかった。
「これから選抜レースを始める。全てのウマ娘はスタート位置に着くように」
「「「はいっ!」」」
50……いや、60は居るだろうか。
芝が申し訳程度にコースの中央付近に生えたグラウンド。前日に降りしきった雨が乾ききらずグチョグチョと不安定な地面。
そこで、それほど大勢のウマ娘が縦横キレイに並び一斉に返事をしたのは、目の前のたった一人だけのトレーナーに対してである。
その大勢のウマ娘の中の一人であるパーフェクトは拳を固く握りしめ、静かに闘志を燃やしていた。
(やっぱりライバルが多い。この中から選ばれるのは一人だけ……絶対に負けられない)
夕暮れまではまだ猶予がある放課後の時刻。
ここ地方トレセン学園の芝コースでは、数少ないトレーナーを巡って今選抜レースが開催されていた。
ウマ娘を教え導くトレーナーは極めて希少だ。
それは試験が難しいからという理由だけではない。単純にウマ娘のレースに人々が興味を示していなかったのだ。
当時、ウマ娘レースに活況がなく、人々の関心は専ら経済、政治、次々と便利になる生活器具に集まっており、苦労ばかりが嵩み薄給のトレーナーなぞ志を持つ者か相当な物好きかでない限りならなかった。
そのうえ、トレーナーと担当契約を結んでいないウマ娘はレースに出走できないという厳格なルールが存在する。
それらこそがトレーナー不足によってレースを駆けるウマ娘達が少なくなり、さらにレースは盛り上がらず再び人々の関心が無くなっていく、この負のスパイラルの様相を呈す原因である。
では、その極少ないトレーナーと担当契約を結ぶにはどうすれば良いか。
そこで選抜レースなのだ。
他ウマ娘を蹴落とし、自分だけがレースへの挑戦権を得る。
パーフェクトがウマ娘として生きるこの時代はそういった過酷な時代であった。
トレーナーの指示に従い、ウマ娘は第一コーナーと第二コーナーの中間に位置するスタート地点に移動、並んだ。
トレーナーは頃合いかと思い、再び口を開く。
「よし、皆着いたな。さっきも話した通り、去年と同じく今年の選抜レースでは中距離2000メートルを走ってもらう。そこでスピードだけではなく総合的な能力を見させてもらう」
泥が付いた跡や所々に擦り切れた傷が目立つジャージを着たウマ娘が彼の言葉に一層、表情を強ばらせた。
トゥインクル・シリーズに出走できるのは中等部から高等部までの6年間。
引退したウマ娘の代替として選抜レースは毎年行われ、受かればチーム入り。受からなかったウマ娘は来年に回される。
そして、それでもチャンスをものにできなかったウマ娘は学園を去らなければならない。
おそらく、そのウマ娘にとって今回がラストチャンスなのだろう。
その表情からは、何が何でも勝つんだという意志を感じさせた。
トレーナーは天高く手を掲げ、それを振り下ろす。
「それでは、スタートっ!」
その合図にウマ娘達が加速するため地を蹴ろうとした、その瞬間——地面が爆ぜる音と共に泥が激しく後方へと吹き飛ばされる。
「おおっ、なんだなんだ!?」
すました顔を浮かべていたトレーナーも目を剥き、音がした方向に視線をやり、ようやく何が起こったのかを理解した。
スタート地点にぽっかり空いた穴。
先頭を独占する一つの影。
スタートと同時にロケットの如く、集団の中から先頭に突き抜けたウマ娘がいたのだ。
トレーナーがその先頭を走るウマ娘をよく見てみれば、それは——パーフェクトだった。
驚愕と混乱に染まり、必死に足を動かす他ウマ娘たちを置き去りに、グングンと加速する彼女。
雨に濡れた重バ場もなんのその、足の重みなぞないかのように、その瞳の先にゴールのみを映し、ひたすら駆ける。
他ウマ娘が1000メートル地点を抜けたところで、パーフェクトは既に1500メートル。
絶望的だった。
もはや追い抜かすことは不可能であったし、絶望的に彼女らは実力がかけ離れていた。
それほどまでに、パーフェクトは圧倒的であったのだ。
そのままパーフェクトは一切スピードを緩めることなく、ゴールを通過。
逃げによる、15バ身もの大差での勝利となった。
パーフェクトの走りに圧倒され、ポカンとしていたトレーナーは我に帰り、彼女に声を掛けるべく駆け寄った。
「いや、お前……凄いな」
「これで、チームに入ってレースに出られるんですよね?」
「あ、ああ……今日からウチのチームでレースに出られるぞ」
こうして見事、パーフェクトはレースへの挑戦権を得たのである。
♦︎
「いち、にっ、さん……」
パーフェクトは選抜レースを終えた後、一人グラウンドに残り、体の隅々まで疲労を残さないよう各種のストレッチを行なっていた。
親友との約束を果たすため、そのすべてに余念がない。
「よっし、ストレッチ終わりっと。暗くなってきたし、そろそろ寮に帰ろうかな」
グラウンド内に建てられた時計の針が寮の門限が近いことを示し、先程まであった日の光も境界線に沈んでいる。
彼女はグラウンドを後にして寮に着くと、寮から大きなキャリーケースを引くウマ娘が一人出てきたことに気づいた。
そのウマ娘もパーフェクトに気づいたようだ。
「アンタ……!」
彼女はパーフェクトを見て、一瞬鋭く睨みつけるが、すぐに下唇を噛んで背を向け、学園の門へと足を向ける。
「ちょっ、どこに行くんですか!?」
「……見てわからない? このアタシはこの学園に居る意味を無くしたから、地元に帰るの」
「そんな、別に卒業してからでも——」
「っ、強いアンタなんかに……! アタシの、頑張っても頑張ってもレースを駆けられないウマ娘の気持ちなんかわかりっこない!」
彼女は、そのまま学園を去った。
その言葉がパーフェクトに深く——楔のように深く打ち付けられたのであった。