盟友クエスト【完結】   作:皇我リキ

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調査拠点エルガド

 私に友人は居ない。

 

 

 幼い頃より騎士として励み、全ての時間を学術と武術の向上に費やしてきた。

 

 友、仲間、そんな物は必要ない。

 

 

 信じられるのは自らの知恵と力だけである。

 

 我等は騎士。女王にその全てを捧げた者。故にそれ以外の物は必要ない。

 

 

 私はそう思っていた。──そう思いたかった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 王国周辺に出没した霞龍の調査。

 

 

 古龍という強大な存在への対処を任された事を私は誇りに思う。ただ──

 

 

「──メル・ゼナ、そして深淵の悪魔か。まさか私がエルガドに戻る前にどちらも討伐されていたとはな。……いや、流石はフィオレーネさんというべきか」

「おい坊主! 坊主? おーい、ライラック! 長旅ご苦労様さん。起きてるか? 到着だ」

 名前を呼ばれ、私は頭を持ち上げた。

 

 

「やっと帰ってこられたか。……エルガドに」

 視線の先。

 巨大な大穴の脇に設営された拠点が目に入る。

 

 

 

 観測拠点エルガド。

 

 城塞高地等、王国領内で発生したモンスターの異変を調査する為に設営された拠点だ。

 

 

 

「荷物を任せたい。私は姫にご挨拶を」

 そう言って、私は船が到着して直ぐ飛び降りるようにしてエルガドの地に足を付ける。

 

 しばらく見ないうちに少し人の出入りがあったようだ。しかし、見知らぬ者に興味はない。

 

 

 私はある方を探して調査拠点を歩いた。

 

 

「姫は……」

 私が仕える王国。その姫。

 

 まるでドレスのような美しく長い栗色の髪。幼くも母君の面影を感じられる飾る必要すらない凛とした顔立ち。

 長き任に就いていたとしても忘れようがない天使の歌声のような声。

 

 

 そんな、国の第一王女であらせられる()()()()姫。

 

 

 そんな彼女が、王族である筈の彼女が、私が霞龍の調査をしている間に調査拠点の人員不足を嘆き──自らこのエルガドで受付嬢として働くようになったと聞いた時、私は卒倒したのである。

 

 

 

 あの羽虫も殺さぬだろうお淑やかで可憐な姫が、私を含めこんな蛮族の集う野宿も当然の場所にいらっしゃる等と。

 

 

「──ライラック? ライラックではありませんか!」

 ふと、私の耳に天使が囁いた。

 

「姫!?」

 聞き間違える筈がないだろう。

 

 己の身分を恥ずるこの私の無駄に長い名前を一言一句抜かす事なく呼んでくださる、天使の声を。

 

 

 振り向く先、そこには最後にお会いした時と同じ空を舞う羽衣のように綺麗な栗色の毛が──

 

 

「姫ぇぇえええ!?」

 ──なかった。

 

 

「はい! ライラック! わたくしです、チッチェです! お久しぶりですね、ライラック!」

 私の元に駆け寄ってくる姫。

 

 しかし、その風貌は私の知る姫ではなかったのである。

 

 

 

 あの空を飾る虹色のカーテンよりも美しかった長い栗色の髪は、バッサリと短く整えられ──なんか知らんが眼鏡まで掛けているのだ。

 

 なんという、なんという事だろう。なんという──

 

 

 

「なんとお似合いか!! 姫!! 少し見ない内に、より美しくなってしまって。このライラック……不覚にも姫の前で大声を!!」

 ──なんという、美しい姿なのだ。

 

 

「自らを着飾る衣など不要。しかしそれさえも超えて、その勤勉な振る舞いを隠しきれぬとは!! は、しまった……また姫の前で大声を!! 無礼をお罰しください……姫」

「いえ、ライラックの声はやっぱり安心します。霞龍撃退の任に就いていたとお聞きしました。無事にライラックが戻ってきてチッチェ……わたくし、安心しました。おかえりなさいませ、ライラック」

 二度までならず三度でも。

 

 私の無駄に長い名前をお呼びになってくれたチッチェ姫。

 

 

 喜びのあまり頭を掻きむしってしまいそうになったが、ここは姫の御前である。余計な行動は慎まなければならない。

 

 

「……はい。王国の騎士ライラック。力及ばず、討伐とまではなりませんでしたが、かの霞龍──オオナズチを王国の領地から撃退する任を完遂致した事をここに報告します」

「改まらなくても良いんですよ、ライラック! 今の私は受付嬢、あなた達の報告を聞くのが仕事なのです」

「姫、無理を言わないで頂きたい。この身は王国に捧げた身であります。故、姫は何をなされていても私にとって姫なのです。その姿、姿勢、ご立派です」

 私がそう言うと、姫は少し驚いた顔を見せた。

 

 

 この歳にして既に気高く人望も厚い姫だが、彼女はまだ幼い。

 そんな姫をこのような場所で働かせる事になる等、自らの力不足を歯痒く感じる。

 

 

 

「そ、そんな事よりライラック! 霞龍、とても手強い相手だと聞きました。大丈夫だったのですか?」

「この通り、怪我一つありません。先程も申し上げましたが、この身は王国の物。王国以外に捧げるつもりはありません。……しかし、かの龍は曲者故、多くの時間このエルガドを留守にしました。その点、力不足を感じております」

 私は姫に頭を下げ、己の不出来を詫びた。

 

 

 霞龍オオナズチ。

 

 その名の通り、奴は霞のような存在である。その能力で姿を消し、決して人前に姿を現さない。

 

 かの龍を探すだけでもどれだけの月日を無駄にした事か。モンスターの力は未だに末恐ろしく感じる事が多い。

 

 

 

「いえ、長きの任務お疲れでしょう。しばらくゆっくり休んで下さい!」

「そうはいきません。このライラック、その身が動く限り王国に仕えるのが使命──」

「その使命を果たすのに休息が必要だと、姫は仰っているのだぞ」

 背後からそんな声が聞こえ、私は振り返った。

 

 

「ガレアス提督……!」

 声の主はこのエルガドを指揮するガレアス提督。彼は顎の髭を触っていた手を下ろし、私にこう続ける。

 

「貴殿の活躍で霞龍への対処を最小限の人数でこなす事が出来た。王国騎士の中でもフィオレーネに次ぐとまで言われる貴殿の実力に、私も感謝しているのだ」

「ありがたきお言葉。しかし、私等フィオレーネさんには遠く及びません。彼女はあのメル・ゼナや深淵の悪魔すら打ち破ってしまったと聞きます」

 これは謙遜でもなんでない。

 

 

 王国に仕える騎士として、フィオレーネさんは憧れの対象だ。

 

 王国を幾度となく危機に陥れたメル・ゼナ。そして語り継がれていた悪夢とも言える、全ての元凶まで倒してしまったとなれば──古龍一匹を撃退しただけの自分とは格も違う。

 

 

 

「アレはフィオレーネだけの手柄ではない」

「いえ、同じ事。彼女が王国騎士をうまく纏め、危機を脱したのでしょう。私には分かります」

「フィオレーネやバハリ、提督もそうですが……カムラの里の猛き炎! 彼の力無くしては、わたくし達はこの危機を脱せなかったかもしれません!」

「猛き炎?」

 姫から聞き慣れぬ言葉が聞こえ、私は首を傾げた。

 

 

 カムラの里。辺境の里だが、私にとっては懐かしい名前でもある。

 

 

「カムラよりハンターの力を借りたのだ。奴の腕はフィオレーネにも匹敵する」

「そんな者が?」

 しかし、カムラの里にそのような者が居ただろうか。少なくとも、私の記憶にはない。なくなってしまった。

 

 

「丁度良い。今、茶屋で宴会をしている筈だ」

「その、猛き炎とやらがですか?」

 辺境の里の者がこのエルガドで宴会に参加しているとは、余程フィオレーネさんの指揮で功績を挙げたのだろう。

 

「では、わたくしが()()()さんをご紹介してきます! ライラック、こちらです!」

 姫もその者を大層に気に入られているようだ。

 

 

 王国や姫の役に立つ人間ならば、騎士でなくても顔は拝んでおいて損はないだろう。

 それに()()()()()()()の人間だ。多少懐かしい話も出来るかもしれない。

 

 

 

「姫、お待ちを」

「こちらです、ライラック!」

 早歩きの姫を追いかけ、私は船着場から茶屋へと向かう。

 

 宴会が開かれていると言われていた通り、大穴を一望できるエルガドの脇に設置された茶屋は妙に賑やかだった。

 

 

 

「フィオレーネ!」

「姫?」

 宴会の席に座っていたフィオレーネさんを姫が呼ぶ。

 

 凛とした佇まいで振り返る彼女は、私の顔を見て少しだけ目を丸くした。

 

 

「ライラック……無事に任を終えたという事か」

「はい。力及ばず、時間と力を使い撃退がやっとでしたが」

 あのメル・ゼナを討伐してしまったらしいフィオレーネさんの前では謙遜すら歯痒い。

 

 しかし、フィオレーネさんは見た事もない柔らかな表情でその癖のある髪を揺らして「無事ならば良かった」と私を手招きする。

 

 

「丁度良い、紹介しよう。丁度彼の出番なんだ」

「彼? あぁ……件の」

 私はフィオレーネさんの隣に座ると、何やら催しをしている舞台に視線を向けた。

 

 どうやら順番に一発芸を披露しているらしい。あまり興味はないが、件の猛き炎という奴が何をするのかは気になる。

 

 

 

「はーい、どうも。ツバキングでーす。一発芸します」

 よく分からん掛け声と同時に現れる一人の男。

 

 その風貌は英雄というにも見窄らしく、猛きという言葉が似合う目をしている訳ではなかった。

 

 どちらかといえば凡骨。

 覇気も見られない、死んだ魚のような目をした冴えない男。

 

 

 このような者が猛き炎と呼ばれ、フィオレーネさんと同等の腕を持つ等とは俄かに信じがたいだろう。

 

 否、姫や提督の言葉に疑いを持った訳ではない。あくまで見た目の話だ。見た目で人を判断するのは愚人である。

 

 

 故にこの男が何を見せてくれるのか、多少期待が持てた。

 

 

 

「えー、ビシュテンゴのモノマネをします」

「は?」

 次いで発せられる謎の台詞。

 

 同時に、男はその覇気のない瞳を持ち上げ、何処から取り出したか分からない柿を無造作に口に運び下品な笑い方をしながら「ウキキー」と獣の鳴き声のような声を漏らす。

 

 

 

「ウッキキー!」

 下品極まりない。

 

 あまつさえ姫の前でこのような狼藉を働く等と、今ここで首を刎ねられ、里に赴き末代までその罪を償う覚悟だけはあるようだ。

 

 

「貴様──」

「ふふ」

 私が剣を取ろうとした時、隣で天使が笑う幻聴が聞こえる。

 

 馬鹿な、と首を向けた。

 そこには、まるで幼子の時のような自然体で笑う姫の姿がある。

 

 

「ひ、姫……。ふぃ、フィオレーネさんこれは──」

 首を反対に向けた。すると、フィオレーネさんも見た事もないような笑みを見せている。

 

 

「呪いか妖術の類か!?」

「何を言っているんだ、落ち着けライラック。そう、今珍妙な事をしているのが()()()。カムラの里の()()()

 そう言いながら、フィオレーネさんはその()()()を見て微笑んだ。

 

 

「私の大切な友人──いや、盟友だ」

「そんな事あります?」

 許される訳がない。

 

 

 友だと、盟友だと。アレが。

 

 

 

 そんな事が許される訳がない。

 

 

 

「わ、私は……」

「ライラック?」

「……私は認めんぞぉぉおおお!?」

 許す訳にはいかない。

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