よく分からない言葉が聞こえて、私は目を細めた。
「うん。だから、ライラックとツバキとカエデちゃんとジニアの四人でクエスト」
「はぁ?」
何故その中に私が当たり前のように入っているのか理解出来ない。
「俺達パーティだし普通じゃね?」
「勝手に人をパーティに入れるな」
「あれ? 皆で調査するんでしょ」
カエデが首を傾げる。
「だからこそ。いや、であれば、手分けして調査を進めるのが効率的だと」
「ライラック。今回の件、色々妙だと思うんだよね俺は。一人で動いて、まだ俺達が理解出来てない事象に直面した時……無事でいられる保証はない。急いでは事を仕損じるともいうだろう?」
少し困ったような表情で、バハリ殿がそんな言葉を溢した。
己の分からない事を探究する事が趣味みたいな男が、その感情を差し置いて人に忠告をするのも珍しい。
今回の件、彼からしても相当難儀なのだろう。
「あなたがそこまで仰るのなら、意見はない」
「決まりだね。早速だけど、今回は水没林に向かって欲しい」
「水没林? 城塞高地じゃなくて?」
ツバキが首を傾げてそう聞いた。気持ちは分かるが、話は最後まで聞け。
「ガランゴルムの目撃情報があってね。前みたいにまた縄張りを離れてるみたい。ただ、前回と違ってキュリアの目撃情報も一緒に報告されてる」
「傀異化している可能性がある、と」
「その通り」
前回──氷狼竜ルナガロンに続く王域三公の一角、
ツバキが対処したようだが、そもそもガランゴルムは臆病で大人しい性格の生物だ。
それが縄張りを離れ暴れ回り、さらにキュリアの目撃情報まで合わさるなら、バハリ殿が警戒するのも頷ける。
「四人にはこのガランゴルムの調査──まぁ、言っちゃえば討伐を頼みたい。その際に気が付いた事があれば報告して欲しいし、何より傀異化してるモンスターだ。万全の準備を持って挑んで欲しくてね」
「成程、だから僕達四人でって事だね」
「任せて下さい! 私達も力になります!」
ジニアとカエデがそう言いながら立ち上がった。私も騎士の名に恥じない働きをしなくてはいけない。
「って事だ、ライラック。今回も宜しくな」
「何を言われようが、私は騎士として全力で国にこの身を捧げるだけだ」
別行動だと思っていたが、ジニアとカエデの実力を測る事が出来れば何処まで信頼して良いのか、そして国の為にどれだけの価値がある狩人かが分かる。
ツバキの友人という事はその実力を疑う理由はないかもしれないが、一応これも騎士の務めだ。
「それじゃ、俺とフィオレーネは提督に報告とかあるから。クエストの件、宜しく頼むよ」
「おっけー、任せてくれ」
ツバキが親指を立てて軽く挨拶をする。この男はこのクエストの重要度が分かっているのだろうか。
「それじゃ、僕達も準備しようか」
「はいはい! 私、おやつのお団子頼んでくる!」
「そんじゃ、俺は水没林の特産品調べるか。持ち帰って食おうぜ」
「いいね。それじゃ僕はお昼寝してるね」
「貴様達このクエストの重要度が本当に分かっているのか!?」
私は彼等がツバキの
いや、なるほど。
本当に
◆ ◆ ◆
水没林。
その場の通り、水位が高くその地域の殆どが水没している森林地帯だ。
泥濘に足を取られやすく、身動きには注意しなければならない。
逆にこの地に生息するようなモンスターは足場の悪い環境に適応しているというのも厄介な狩場である。
総じて、人間にとって有利な環境ではない。
「ジメジメして髪の毛凄いことになってる……」
「わぁ、大変だね……」
カエデとジニアはそんな事を話しながら、竜車を降りて拠点のテントで狩猟の準備をし始めていた。
「聞きそびれていたが、この狩場での狩猟経験は?」
「あるよ、大丈夫。ライラック君は?」
「いくらかはある。問題ない」
バハリ殿にクエストを頼まれて数日。
「とはいえ、普段そんなに来ない場所だしな。地図確認しとくか。逃げ場と逸れた時の集合場所考えとこうぜ」
我々は無事に水没林に到着し、クエストに挑む所である。ツバキが戦う前から逃げようとしているのは、彼なりの緊張感らしい。
「狩場の確認も良いが、連携の事も改めて考えた方が良いだろう。三人はともかく、私は二人とは初めて組むのだから」
竜車での移動中、最低限の会話はしたつもりだ。
その人物の為人を知るのは勿論、使用する武器の間合いと、普段の戦い方。
例え同じ武器を使っていても人によって立ち回りは変わってくる。
カエデは操虫棍使い、ジニアはランス使い。
定石で言えば、ジニアが先頭に立って残りのメンバーで翻弄するというのが基本か。カエデは狩人だが、まだ若い女性だ。どちらかというとサポート役だろう。
「あー、どうする。いつもの感じで良い?」
「僕は良いよ」
「私も良いよ」
「成程、最適化された立ち回りがあるのか」
流石はカムラの里を守ってきた狩人達というところか。私はそれに合わせるだけで良いのなら、楽な話だ。
「よし、じゃあそういう事で。いいか、ライラック。カエデが一人で暴れるから、俺とライラックで隙をついて攻撃。ジニアは俺とライラックのカバー」
「待て」
話が違う。
「彼女一人を前に出すのか!?」
「え、突然何……」
「貴様に紳士の心得が無い事は分かっているが、それでも女性を囮にするようなやり方は認められない」
「落ち着けライラック。囮は俺達だ」
「は?」
訳の分からない事を言い始めたツバキに私は頭を抱えた。
確かに、女性だから男性だからと性別で物事を判断するのは良くない。
しかし、男三人が揃いも揃って女性一人を前に出すのが、果たして正しい事だろうか。
「俺なんかよりカエデの方が良く動くからな……」
ツバキより腕が立つだと。
「何者なんだ君は……」
「何言ってるか分からないけど、私は考えるの苦手だから! 前で頑張るね!」
「あとコイツバカだからそもそも視界に入れて置かないと心配なの」
「な、成程……」
確かにツバキは周りが良く見えている。彼が前線を張るより、後ろから指示を出した方が立ち回りやすくなるのはなんとなく想像が出来た。
「という訳で、カエデが暴れるから俺達は隙のサポート。そんな俺達のサポートをジニアがやる。初めて組むし、安全重視な」
「うん!」
「おっけー」
カエデとジニアは迷わずにツバキの指示に賛成する。私は少しだけ遅れて頷いた。
成程、これが付き合いの長さというものか。
お互いを信頼出来ているのだろう。
「さて、そんじゃ早速──お?」
「なんだ。……キュリア」
ベースキャンプを離れ、剛纏獣の捜索に向かおうとした矢先。
空に点々と赤い
噛生虫キュリア。
剛纏獣が縄張りを離れた理由としては、その光景だけでも納得がいく。
もし剛纏獣が傀異化してしまっているのなら、このキュリア達の近くにいる筈だ。
「近いな」
「まぁ、やっこさんデカいけど視界が視界だし注意な」
泥濘に加えて鬱蒼と生い茂る草木が視界の邪魔をする狩場では、一瞬の判断ミスが命取りになる。
私は意識を集中させ、木々の隅々にまで視線を回した。
「キュリアが向かってくる……近いぞ!!」
勿論、空のキュリア達からも目は離さない。
ソレらが動く時といえば
そして、突然キュリア達が私達の元へ数匹寄ってくる光景を私は見逃さなかった。
キュリア達は、真っ直ぐに私達の頭上に向かってくる。
私達の頭上に向かってくる???
「なんだ!?」
「あ、おいでー」
私の前で、カエデがキュリアに手を差し伸べた。すると、キュリアが二匹程カエデにくっ付いてその牙を立てる。
「本当になんだ!?」
「おー、元気だね」
なんで彼女はキュリアに噛まれているのに平然としているのだ。
頭と腕に噛み付いたキュリアがそのまま蠢いている光景は見ているこちらの血の気が引いてくる。
「いつ見てもキモいな」
ツバキは平然とした顔でカエデに悪口を放っていた。なんだ「いつ見ても」とは。普段から起こり得る光景なのかコレが。
「なんだコレは……」
「カエデはね、物凄く虫に好かれてるんだよね」
「だからこうしてキュリアだろうがなんだろうが集まってくるんだよ。野良翔蟲とか勝手に助けに来るからな」
虫を呼び寄せるフェロモンでも出しているのか彼女は。
「普通に痛いけど、キュリアのおかげで身体が動きやすくなるから特に困ってないよ」
普通に痛いらしい。頭が大丈夫なのか心配になってきた。
「キュリアと共存関係になる人間がいるとは……」
「まぁ、見た目ヤバいけど本人が良いって言ってるからとりあえずこのままで良いかってなってる。流石に初見は俺もドン引きだったからお前の反応は正しいよ」
言いながら肩を叩いてくるツバキ。今だけは彼の軽口に救われた気がする。
「さて、無駄話はともかく……」
ふと、そんなツバキの瞳が
私も気持ちを入れ替える。
茂みの奥が揺れ、何かが木々を薙ぎ倒した。
「来たか──」
泥濘を平然と踏み抜き、山の如き巨体が姿を現す。
苔生した頑丈な甲殻の鎧を纏った牙獣種。
「──ガランゴルム」
──咆哮が水没林に轟いた。