私に友人は居ない。
「諦めろライラック。俺もカエデもツバキも、バカだからそこの所緩いんだ。一緒に飯食ったら友達くらいの感覚で居るからな」
友達。そんな言葉の意味を私はしばらく忘れていた。考える事すらなかった。
「私達は……友達、なのか」
一緒に食事をしたとか、釣りをしたとか、そんな些細な事を理由にして良いのか分からない。
騎士である私に友人なんて必要がないと思っていて、しかし何処かで友人とはどういう存在なのかという事を考えていたのだろう。
そうか、必要ではないのではなく、私は怖かったのかもしれない。
友人だと思っていた人間に《裏切られる》事が。
しかし、ツバキ達は違った。
裏切られても良い、その人物の為なら命を張れる。そんな事を思える他人が、彼らにとっての友人なのだろう。
「違うの!? ご、ごめんね! 私てっきりもう友達だと!!」
「まー、僕達世界が狭いから。王国の人からすると変なのかもねー」
「ど、どうしようジニア! 私、物凄く失礼な事言ってたかも!」
「うーん、どうだろうね。土下座した方が良いかも」
「わ、分かった!! 土下座してくる!!」
「おーいバカジニア。カエデを虐めるな」
半開きの目を二人に向けて、ツバキは苦笑いしながら私の肩を叩いた。
「まぁ、なんだ。嫌なら嫌って言えばちゃんと聞いてくれるバカだからさ。そんなに拒絶してやらないでくれよ」
「いや、私は……」
「ライラック?」
「すまない」
そう言って、私は何故か地面に正座で座っていたカエデに頭を下げる。
「ライラック君……?」
「私は、交友関係などという物は必要がないと思っている。他人はいつか自分を裏切る。……だから私は、それを恐ろしいと思ってた」
だが、彼女達は違った。
ツバキも、カエデも、そしてジニアも。
きっと、同じなのだろう。期待を裏切られても、それ以上の何かをされても、相手の事を思えるのがこの三人の考え方なのだ。
「君達は凄いな」
ただただ、己の器の小ささを思い知らされる。
「わ、私は……ただ」
「ライラック」
少し俯くカエデの肩を叩いて、ジニアが私に視線を向けた。
飄々とした普段の表情ではない。真剣に、私の目を真っ直ぐに見ている。
「別に僕達は特別じゃない。ただただありふれた、それなりの時間を共に過ごした仲間なだけだよ。君が思っている程高尚な考えをしている訳でもない。でも、君が思っているよりも単純な話だ」
「単純、か」
その単純な事を私は恐れていて、友人という関係から逃げているのだろうか。
「別に僕達の事を友達だと思わなくても良い。ただ、僕達は君の事を友達だと思ってる。……信じてる。これだけは、信じて欲しい」
「私も! 私もライラック君の事、友達だと思ってるから!!」
「私は……」
それでも、一度その関係性を感じて裏切られた時の恐怖を私は忘れられていない。
こんな私が、彼等の気持ちに応えられる筈なかった。しかし──
「まだ、私には難しい。しかし、私の事を信用してくれているという点については理解した。……私も
「小難しいなぁ。ま、今はそれで良いんじゃないかな?」
目を細めて、ジニアは両手を上げて私に背中を向けた。
カエデは首を傾げて固まっている。
好ましく思うのは本心だ。ツバキの事も、ふざけて煩い上に頭がおかしいとは思うが人柄や物事に対する考え方は芯がある。
──しかし、友人という考え方そのものが、私には少し分からない。
「仲間、ねぇ。ライラックらしい言葉ではあるよな」
「ツバキ」
「んぁ?」
勝手に納得しているツバキの目を見て、私は確認の為に口を開いた。
「もし、あの時私がカエデを守らなかったら……今、お前はどうしていた?」
「ぶん殴る、かな。嘘、冗談。……多分お前の事だから何かしら考えがあったり状況が悪くなる可能性があったとか……だと思うんじゃねーかな。俺もカエデもジニアも、お前の事は信じてる。何かあった時に、信じた相手じゃなくて自分の責任だって思えるくらいにはな」
そう言って、ツバキは私とカエデを見比べる。
「カエデも、あの時は咄嗟にライラックを頼った。それに応えてくれたんだから、それ以上何も言う事はないだろ。……困ったら誰かに頼るくらい、友達とかそういうの以前の問題だしな」
「……そうか」
頼られたというなら、応えられる限り応えるのが人としての自分の在り方ではあった。
国からの任務。
それは、己が身を捧げると誓った王国に頼られているという事。
相手が古龍であろうが未知の何かであろうが、全力で取り組むのは当たり前の事だろう。
それと、同じなのかもしれない。
「……分かった。ツバキ、私もお前達を信じている」
「今更小っ恥ずかしい事言うわね。どっかに頭打ったのか?」
「今貴様の頭に私の頭をぶつけてやろう」
「ごめんて!! 狩場ですよここ!! 辞めなさい!!」
「おー、仲良しだね!」
まだ私には少し難しい。
ただ、それでも、もしかしたら、彼等と共に行動すれば、分かるのかもしれない。友人という関係が。
「……まったく。準備出来たら出発するよ。遠足じゃないんだからね」
「団子食いながら言ってんの説得力ないんだよ」
立ち上がって歩き出そうとするジニアの頭にツバキがチョップを入れた。
「これは狩りの前の準備だからね」
「言い方が狡いわ」
「私も食べるー! ジニア、私にも頂戴」
「またライラックに怒られるぞお前ら!!」
「ふふっ」
ふと、自然に声が漏れる。
そんな私を見ていたのかそうでないのか。
三人も、笑って私の顔を見ていた。
「食べるかい?」
「ライラック君も食べよ!」
「いやー、あのね。怒らないで欲しいの。コイツら本当にバカだけど、やる時はちゃんとやる子達だから。ね?」
そうだな、彼等とならきっと──
「あぁ、では一つ貰おうか。いや、ツバキは要らないようだから二つ貰おう」
「裏切ったなライラック!!!」
──きっと、友人になれるのかもしれない。
◆ ◆ ◆
休息を終えた私達は剛纏獣を追う為、水没林の奥に足を進める。
一瞬狩場でふざけてしまったが、行動に移ればツバキも二人も、狩人として勤めを果たす為に動ける者達だ。
緊急を要する討伐でもない、焦らないくらいが丁度良いのだろう。
「足跡がデカくて助かるわ」
剛纏獣の足跡は水没林の泥濘に堂々と残されていた。
「踏まれたら死ぬなぁ……」
ツバキはその足跡を自分で踏みながら苦笑いを溢す。
「怪力もそうだが、図体の巨大さそのものにも気を付けなければいけないモンスターだ。その分、図体が弱点にもなり得るが」
「さっきみたいに撹乱出来れば大丈夫だよね!」
「上手く行けば、な」
慎重になるのも無理はない。
「何かあったらツバキがなんとかしてくれるもん!」
「そうだね、我等がツバキングが居るし大丈夫だよ」
「お前らのその自信は何処から溢れてくるの?」
しかし、不安だけを募らせても仕方がないのも事実だ。その点、ツバキはこの二人に支えられてきたのだろう。
「そうだな、貴様の事は頼りにしている」
「くそ、ライラックまで悪ノリに入ってきたら誰がツッコミを入れるんだよ!! 俺か!!」
「その大声も、相手を呼ぶ為の作戦だったという事に今はしておこう。……来るぞ」
大地が揺れた。
勿論ツバキの声に反応したという可能性もあるだろうが、もとより剛纏獣の痕跡を追い掛けて来たのだからこの結果は必然だろう。
その剛腕で薙ぎ払われた樹木が泥濘に突き刺さり、泥水が視界一杯に広がった。
その奥から、木々を薙ぎ倒して巨体が迫ってくる。
「剛纏獣……」
──二度目の衝突が幕を開けた。