城塞高地。
かつての城塞都市が自然に飲まれ、複雑な地形故に様々なモンスターが縄張りを主張し合う危険な狩場である。
「貴様、焚き火が消え掛かっているではないか。猛き炎なのに火の番も出来ないのか」
「別に焚き火と掛けた猛き炎じゃないからね? てか別に自称してる訳でもないからね?」
生気のない瞳を向けて、男は溜息混じりにそう言葉を吐いた。溜息を吐きたいのはこちらである。
「てか、なんで俺がこんな事を……」
「貴様、まだ自分の立場が理解出来て居ないと見えるな」
私が顔を覗き込むと、男は情けなく「ひぇ!?」と声を漏らした。
このような男がカムラの里では優秀なハンターであり、百竜夜行と呼ばれた未曾有の危機から里を救い、古龍を鎮め、あまつさえエルガド側から助けを求めメル・ゼナや深淵の悪魔討伐に助力をしたという。俄に信じがたい。
「貴様は姫に狼藉を働き、あまつさえ謎の妖術でエルガドの者を操っている。そうでなければ、貴様のような者が猛き炎等とまで呼ばれ、歓迎されている訳がない」
「初対面でこの言いようの方がどうかと思わない!?」
口を開けて固まる男。
名をツバキ。
辺境の里──カムラでは猛き炎と呼ばれ、信頼を勝ち得ているハンターらしい。
「そもそもな、姫だって言ってたろ。俺がカムラの里のハンターだって」
「貴様は姫を操っているのだ!」
「どうやって!? 操るって何!?」
「黙れ狼藉者!!」
「は、話が通じない……」
見た所、多少身体は鍛えているようだが何より覇気がまるで感じられない。
瞳もそうだが、力の抜けた身体はやろうと思えば何時でもその首を落とせそうな程に腑抜けているのだ。
こんな者が深淵の悪魔討伐の貢献者等と、信じろという方が難しいだろう。
「くそ……。んで、なんだっけ? えーと、アフラック? さん? アフラックさん」
「ライラックだ!! なんだその報酬金保険会社みたいな名前は!!」
「あー、そうそう。悪い悪い、名前覚えるの苦手なんだよね」
「あん? 貴様まさか姫やフィオレーネさんの名前も覚えずにふざけた名で呼んだりしてないだろうな?」
「いや、名前覚えるの苦手なのは野郎だけだからそれは大丈夫だ。俺が女性の名前を間違える訳ないだろ」
「なんだコイツ!?」
なんだこの軽い男は。
どうせコイツはアレだ、女性にモテる為だけにハンターを目指した志の低い男に違いない。
やはりこのような男がまともなハンターな訳がない。私は正しかった。
「もう良い。貴様の事は分かった。……出るぞ、役には立たないだろうが防具だけは確りと整えろ」
それも、このクエストの結果でエルガドの者に知れ渡る事だろう。私が居ない所で狼藉を働き続けた報いを受けさせるのだ。
「あー。で、ライラックさんや。ジンオウガだっけか? 狩猟対象」
「そうだ。雷狼竜とも呼ばれる、雷光虫と共存し強力な
「ツバキです。キサマではないですね」
「狩猟経験は?」
「うわぁ。んー、えーと、一応……ある」
目を逸らしながら男──ツバキはそう言う。
「……信用ならん」
この男を私はどこまで信じれば良いのか検討がつかない。故に今、私はこうしてこの男を狩場に連れ出した訳だが。
「なんでこんな事に……」
「
こうなったのは他でもない、この男が姫に狼藉を働いたからだ。
時は少し遡る。
「──私は認めんぞ!!」
長きに渡る任務を終え、エルガドに戻った私を待っていたのは決意を胸にあの美しかった長い髪を切ってまで受付嬢の仕事をこなしていた姫だった。
そんな姫と尊敬するフィオレーネさんに紹介されたこの男。
「え? 何? なんだ?」
「貴様か。カムラの里の猛き炎というのは!」
辺境の里、カムラのハンター。
「あー、一応なんかそんな風に呼ばれちゃってますねー。ツバキで良いよ、ツバキで」
「貴様を殺す!!」
「なんで突然!?」
ツバキと名乗ったその男は、あろうことかモンスターの真似と言いながらあまりにも下品な姿を姫に見せつけていたのである。
「姫になんと無礼な真似を!!」
「そういや冷静に考えたらチッチェは姫だったな!! よくよく考えたら俺ヤバい事してた!?」
「よくよく考えなくてもヤバい!! なんだ貴様!! なんなんだ貴様!! 今すぐその首を刎ねてやる。こちらへ来い!!」
「ら、ライラック! 落ち着いて下さいライラック!!」
姫が私の腰を揺すりながら慌てたような声を漏らした。
そうだ落ち着かなければならない。騎士たる者、どんな時も冷静であれ。
私は一度深呼吸をする。
「……貴様を殺す。首を差し出せ」
「何も変わってねーよ!! チッチェが落ち着けって言ってるだろ!!」
「貴様今姫を呼び捨てにしたかぁぁぁああああ!!!!」
私は憤慨し──その後の事は少し覚えていない。
気が付くと、姫とフィオレーネさんが私にこのツバキという男を紹介してくれていた。何故か私は縛られてるが、理由が分からない。
この男、カムラの里の猛き炎──ツバキ。
なんでもカムラの里を襲う未曾有の危機──百竜夜行を退け、その根源たる古龍を討ち、里の安寧を守った男だという。
「この男が?」
「一応そういう事になってます。勿論、俺だけの力な訳がないけどな」
飄々とした態度でそう口にする男。
「こんな覇気も感じられず吊り上げて死んだ魚のような目をした男が!?」
「言い過ぎじゃない!?」
私には信じられなかった。
この男が一つの里を救い、さらにこのエルガド──ましてや王国の危機である深淵の悪魔の討伐にすら助力したのだと。
「ツバキさんは凄いハンターさんなんですよ!」
「いやー!! それほどでも!? あるけどね!? ハッハッハッハッ!!!」
姫に褒められて謙遜もせず鼻の下を伸ばすこのような男を、私が信じられる訳がない。
「姫、何かの間違いではないのですか?」
「……ライラック、無礼です。ツバキさんは、本当に私達の──王国の恩人なんですよ」
訝しげな表情で。
姫は私にその表情を向け、そんな言葉を漏らす。私は心臓に杭を打たれたのかと思い、血反吐を吐いた。
「ライラック!?」
「──ゴフッ、ご……ご無礼をお許し下さい姫。しかし、私は! 私には! その男が信じられません!」
「ならば、試してみてはどうだろう」
隣で話を聞いていたフィオレーネさんが私にそう語り掛ける。
「……試す、とは?」
「このツバキは正真正銘、優秀なハンターだ。それは私が一番知っていると言っても過言ではない」
少し自慢げにそう語るフィオレーネさん。何故そうも自分の事のように自慢げなのか、私には分からない。
「ツバキと共にクエストに赴き、その実力を見て貰えばお前もツバキを認める筈だ」
「ちょ、待ってくれフィオレーネさん。俺この人と狩りに行くの!? 途中で殺されない!?」
「その話乗った!!」
「俺が乗ってないが!?」
「カムラの里の猛き炎よ!! 私と共にクエストを受けてもらう!! 姫、クエストを!!」
──そうして私は、この男と共に城塞高地へと赴いたのだ。
「──確かなんだっけ、元々縄張りでもない場所でジンオウガが暴れてるって話だよな?」
「クエストの内容か。……確かそのような事が書かれていた。それがどうした? 我々は狩猟しろと言われた事をするだけだ。やれと言われればやる、それが騎士の務め」
「……そりゃ、確かに。いやだけど、俺は騎士じゃなくてハンターさんなんでね。一応頭に入れとかにゃならんのよ」
そう言いながら、男は欠伸をしながら立ち上がる。なんと緊張感のない。
「錯乱してるってなると……やっぱアレの可能性も高いよな。ライラック、エルガドを暫く離れてたって聞いたけどキュリアや傀異化の事は?」
「知っている。吸血性の謎の赤い虫、そしてその生物が保有する毒で獰猛化したモンスターの事だろう」
噛生虫キュリア。深淵の悪魔がこの世に解き放った厄災。
本来は生物のエネルギーを吸い取り、それを主である深淵の悪魔に還元するという存在だった筈のそれは──深淵の悪魔討伐と同時に主人を亡くしこの世界から消えるものだと思われていた。
しかし、彼等は生きようともがいたのだろう。
他の生物に寄生し、離れては寄生し、それを繰り返す内に進化を果たした。宿主を失っても果てず、次の宿主を探す力を得たのである。
そうして王国周辺でキュリアは爆発的に生息域を拡大していった。その対処もまた、エルガドの使命とも言えるだろう。
「ジンオウガが、キュリアに寄生されていると?」
「可能性は高いだろ」
「だからどうしたというのだ。我々はそのジンオウガを狩猟する、それだけだろう?」
「お、おぅ。それは……そうな」
「なんだ? 気を付けろとでも言いたいのか?」
「気を付けるのは当たり前として、お互いに分かってる事があるなら共有しておきたかっただけだ。一応、仲間なんだしな」
「ふん……」
仲間等ではない。
「行くぞ」
ただ、同じ仕事を受けた他人だ。
──鋭い爪が地面を裂く。
私はそれを盾で受け流し、竜の懐に滑り込みながら剣を振り上げた。
血飛沫と共に悲鳴が溢れる。
雷狼竜ジンオウガ。
強靭な前足と、雷光虫との共存で手に入れた雷の力が特徴的な牙竜種のモンスターだ。
派手な色の体毛に血液の色が混じる。
交戦開始から数刻。未だに雷狼竜は電気を纏う本気の攻撃はしてきていないが、肉弾戦だけでも厄介な相手だ。
しかし、私は王国の騎士である。同伴の男も一応は腕の立つ狩人らしい。
特に狩猟に問題はない──と、思いたかった。
「──うわ!? あぶねぇ!! 死ぬかと思った!!」
男──ツバキが、自分の得物を放り投げながら地面に転がる。
数瞬前まで男が居た場所を踏み潰し、唸るジンオウガ。
「真面目にやれ!!」
「全然真面目にやってるわ!!」
モンスターの前で武器を捨てる馬鹿がいようとは。そしてあろうことか、ジンオウガは再び男を狙い身体を捻った。
「ひぇぇ!?」
「逃げたぁ!?」
叩き付けられる雷狼竜の尻尾。しかし、男は情けなく涙を垂れ流しながら武器も構えずに全力で逃走する。
身のこなしは良いかもしれないが、あまりにも情けがない。騎士の誇りも英雄の志も感じられない。
「馬鹿!! 戦略的撤退だ!!」
「とっとと武器を拾えたわけが!!」
「折れてないな、よし。次この太刀折ったら皆に何言われるか分かったもんじゃないからな……」
カムラの里の宝刀とも呼ばれる太刀を拾いながらそんな言葉を漏らし、男はソレを構えた。
聞き間違いでなければ、今この男は里の宝刀を折ったとか言わなかっただろうか。聞かなかった事にした方が良いのだろうか。
唖然としていると、雷狼竜が吼える。
城塞高地に響く竜の雄叫び。相手も引く気はないのだろうが、騎士として国の危機に対してこちらも引く気はない。
「……やっぱ、なんかおかしいな」
太刀を構えながら、男がそんな言葉を漏らした。
「何がおかしい。お前の態度か」
「いやそうじゃなくてな」
目を細め、少し真面目な表情で男はこう続ける。
「……雷光虫が居ない」
「だからどうした?」
確かに、交戦開始から数刻。雷狼竜はその名を疑いたくなる程、肉弾戦のみで戦っていた。
「なんか怖いだろ、いつも一緒に居る奴が居ないのってさ」
「どうでも良い。共存と使役は違うだろう」
しかし共存関係と言えど、所詮は別の生き物である。私と王国、キュリアと深淵の悪魔のように、主従関係という訳ではない。
「居ないなら居ないだけだ。見放され、共存たり得なかっただけの事」
「そんな寂しい事言うなよ……」
雷光虫か雷狼竜かどちらかに問題が有れば、その関係は破綻するのだ。何もおかしな事ではない。
それがもしおかしな事だとしても、今から屠る相手と雷光虫の関係性なんてどうでも良い。
「……いや」
ふと、雷狼竜が天に向かって吼える。
同時にかの竜に集まっていく光。雷光虫が居ないと言っていたが、どうやらそもそもソレが勘違いだったらしい。
「来るぞ、下がれ」
「雷光虫……いや──」
雷狼竜は雷光虫を呼び、自らが帯電する事でその力を増すモンスターだ。この時の放電に巻き込まれないように、私は一歩引く。
「──いや違うライラック!! そいつら雷光虫じゃない!! 下手に離れるな!!」
「──何?」
刹那。