宴は中止になった。
つい先程までの明るい喧騒が嘘だったかのように、エルガドの空気は重い物となっている。
言葉の意味では喧騒は途絶えていない。むしろ、宴をしている時よりも騒がしく、忙しなく人々が動いていた。
「──古龍が……城塞高地に?」
「そうだね。クシャルダオラ……鋼龍、と言ったら名前くらいは聞いたことあるんじゃない?」
その理由が、今バハリ殿が口にした龍の名。
鋼龍──クシャルダオラ。
嵐を纏う龍と言われ、さらにその名の通り鋼の甲殻を持つ。私がエルガドに戻る前に対峙していたオオナズチと同等の危険度を誇るモンスターだ。
「なるほど。……それで、私達はその討伐に向かえばいいという事か」
傀異化していたとはいえ、先日戦った剛纏獣よりも手強い相手ではある。
しかし、ツバキ達となら乗り越えられない壁ではない。私はそう思った。
「いーや。話は最後まで聞いて欲しいなぁ、せっかちさんは良くない。とはいえ、のんびりはしていられないからね……単刀直入に言うと君達には別のモンスターの相手をしてもらいたい」
「別のモンスター?」
どういう事かと、ツバキは目を細める。
緊急で呼ばれる程の事だ。古龍である鋼龍以上の何かがあるというのだろうか。
「これはライラックやツバキは身に覚えがあるかもしれない話題なんだけどね。……ジンオウガも一緒に城塞高地に現れたんだ」
「雷狼竜だと……」
私がツバキと初めて狩りに出た時、共に討伐した竜。
しかし、かの竜の死体は調査隊が向かった先から忽然と姿を消している。
幾度かバハリ殿も調べていてくれていたようだが、そもそもその時相対した雷狼竜は傀異化していた。その命の灯火は既に潰えている筈だ。
であれば、今この話題の中であの時の雷狼竜が出て来るのはおかしい。それに、いくら危険な竜とはいえ古龍である鋼龍にも勝る案件とは思えない。
「今は鋼龍の事が第一ではないのか?」
「それがそうもいかなくてね。実は調査に協力してくれた騎士達が帰って来なかったんだ。……だから、鋼龍の発見が遅れた。そして騎士達が帰ってこなかったのは鋼龍が原因じゃない……雷狼龍の方が原因だったんだよね」
「どういう事だ」
「調査隊第一軍が戻って来ない事で発足された第二軍が見付けたのは、鋼龍と……雷狼龍に襲われた痕跡が残っていた第一軍だった。城塞高地に向かわせる調査隊だからね、エルガド側もそれなりの信用を持ってる者達を送ったつもりだった。けれど……結果はこの通り」
バハリ殿は珍しく目を伏せてそう口にする。
「俺がジンオウガをちゃんと討伐しなかったから……」
バハリの言葉を聞いて、ツバキは目を細めてそんな言葉を漏らした。
「待て、そもそも私達が相手した雷狼竜とは限らないだろう。そもそも、傀異化したモンスターがこの期間の間生きている訳がない」
「と、思うじゃない」
私の言葉をバハリがそう遮る。
「傀異化したモンスターが噛生虫の毒による死を克服し、より凶暴化して暴れ回るという現象が最近目撃され始めてきているんだ。……傀異克服。今、調査中の現象ね」
「傀異克服……」
「それじゃ……俺達が倒したと思ったジンオウガが消えたのって、そういう事なのか?」
「今の所そういう可能性もあるってだけだけどね。ただ、もしそうだった場合後で知るより今その可能性に言及しておいた方がツバキ達もやりやすいかなと思った訳」
バハリ殿は頭を掻きながらそういって、暫くしてから口を開いた。
「勿論、その点においてツバキ達に責任がある訳じゃない。ただ、エルガドはこの雷狼竜を鋼龍と同等の脅威として処理したいと考えている」
「それで……緊急という事か」
「そういう事」
察しが良くて助かる、とでも言いたげなバハリ殿。そんな彼に、カエデが「えーと……どういう事?」と首を傾げて声を漏らす。
「四人に雷狼竜と鋼龍、その二匹の同時討伐を依頼したい」
「あ! なるほど! 分かりました!」
理解しているのかしていないのか、脳天気に手を叩いて元気に返事をするカエデを見て、ツバキとジニアが苦笑いを溢していた。
これに関しては二人に同情するが、私は断るつもりはない。騎士としてどれだけ危険な仕事だろうと、この命を使ってでも成し遂げなければならないのだから。
「カエデ、お前は何も分かってない」
「問題ない。私一人でも──」
「お前も何も分かってない」
ツバキはカエデに手刀を入れた反対の手で私の頭に手刀を振り下ろす。何をすると文句を言う前に、彼とジニアはこう口を開いた。
「俺達はハンターだから、勿論頼まれたら依頼は受ける」
「けれど、流石にその二匹相手だからね。出来るだけ細かい情報とか、こっちの準備にそっちのバックアップの手立ても纏めて作戦会議をする時間を貰えないかな」
「勿論。今からその話をする所だったんだ」
バハリの返事を聞いたから、二人は私とカエデに振り向いて目を細める。
「お前は何も分かってないのに分かったっていうのをやめなさい」
「わー! ツバキ辞めて! 頭の中が潰れてなくなっちゃう!」
「元から入ってないでしょうが!!」
「ラッ君、水臭い事言うの禁止だよ。僕達友達なんだから」
カエデの頭に両の拳をねじ込ませるツバキの隣で、ジニアは私にそう語りかけた。
そうだったな。
「ふん……着いてきてくれると信じていたからの発言だ」
「素直じゃないなぁ。……いやぁ、素直か」
不敵に笑うジニアの腹に手刀を入れる。普通に受け止められ、
「それじゃ、先にエルガドからのバックアップの件から話そうか。流石に四人に傀異克服モンスターと古龍の相手を完全な同時にさせようなんて思っちゃいない。まず、四人には出来るだけ雷狼竜から討伐に当たって欲しい」
「その間、私と王国の騎士で鋼龍の足止めを行う」
バハリ殿に言葉を続けるフィオレーネさん。その背後には、彼女が選んだのだろう優秀な騎士が三人控えている。
「倒してしまっても良いのだろう……と、言いたいが。私も弁えているつもりだ。ツバキ達が戻ってくるまでに少しでも鋼龍の体力を削るという算段で動こうと思う」
「倒せちゃうに越した事はないけどね。相手は古龍だ。出来る事なら慎重に行きたい。幸い、ツバキ達もライラックもいる訳だし。雷狼竜を出来るだけ早く討伐して、フィオレーネの鋼龍討伐隊に合流して欲しい。……勿論、狩場では何が起きるか分からないからね。万全を期して、こんな感じの作戦で行こうと思う。ガレアス提督も今色んな準備をしてくれてるしね。どうかな?」
バハリ殿の説明を聞いて、ツバキとジニアは無言で頷いた。私も短く返事をして、準備の為に振り向く。
「私はどうしたら良いのかな」
振り向くと、何も分かっていなそうなカエデがいた。静かな雰囲気が崩れる。
「カエデ様はいつも通りやってくれれば良いの。俺がサポートするから、後よろしく。ほら行くぞ」
「うーん、よく分からないけどとりあえずツバキの言う通りにすればなんとかなるよね!」
そんな能天気な彼女にツバキとジニアは苦笑いを溢しながら、自然と私の家に足を向けた。
今から作戦会議なのだから当然と言えば当然か。
「それじゃ、こっちはこっちで準備を進めるから。そっちも準備が出来たら声かけに来てねー」
どこか安心したようなバハリの声にツバキ達は片手を上げながら歩いていく。
「──しかし、あーは言ってくれたけど責任は感じるんだよなぁ」
歩きながら、ツバキは背中を丸くしてそんな言葉を漏らした。
「ツー君が戦ったジンオウガって決まった訳じゃないでしょ?」
「いや、多分アイツなんだよ」
「なんで分かるの?」
「狩人の勘」
カエデの質問に、死んだ魚の目のままそう返すツバキ。
ふざけているようだが、その目元は真剣に何処か遠くを見ているようにも見える。
「なるほど……」
「なっとくしちゃうんだね。……まぁ、ツー君がそう言う時は割とそうだし。けれど、それでも責任を感じる事はないと思うけどな」
「あーしたら良かった……こうしたら良かった、なんてのは結果論にしか過ぎないってのは分かってんだけど。俺があの時なーって、結局思っちゃう訳よ」
「それを言うならば私も同罪だ。貴様だけが思い悩む事でもない」
もしもツバキの言う通り、現在城塞高地に出没している雷狼竜があの時と同じ個体だとしたら──エルガドの被害は私達二人の責任とも言える問題だ。
しかし、それこそツバキの言う通り、結果論にしか過ぎない。雷狼竜をあの時、必要以上に傷み付けるのは狩人のやる事でもないだろう。
「なれば、責任を取って返せば良い。その機会が来ただけだ」
「それもそうか。んじゃ、一緒に責任取ってもらおうか……盟友」
「断る理由はない」
そう返事をして、私は自らの住居の扉を開いた。
雷狼竜討伐の任務を完遂する。
それが、私達が今しなければならない事だ。
あけましておめでとうございます。書き上げてはいたのですが更新を忘れていました、すみません。
この作品も大詰め。最終章になります。
実はプロット段階ではジンオウガとクシャルダオラではなく、アマツマガツチを登場させる予定でした(今年は辰年ぃ!だしね)。プロット段階では原作サンブレイクに登場していなかったので面白い事出来そうだなーなんて考えたいたら、なんと原作のDLCでアマツ出してもらえるというね。
嬉しかったけどそうなると書きたかったことが全被りする上に原作のストーリーも考えると書けなくなってしまったので急遽プロット変更。ラスボスはクシャルダオラとなりました。ジンオウガの影もありますので、その辺りもお楽しみに。新作発売までには完結させようと思います。