雷狼竜討伐の任務を完遂する。
それが、私達が今しなければならない事だ。
作戦会議は、主に雷狼竜の弱点や動きのパターンの確認と用意する武具に道具。
前提として以前戦った雷狼竜が相手という事は、以前のように雷光蟲を連れていない可能性もある。
そうなると通常の雷狼竜とは動きが大きく異なる為、注意が必要だ。勿論、通常通り雷光蟲との連携攻撃を仕掛けて来る可能性もある。
そんな話の途中で寝たカエデを引きずりながら、私達はエルガドを発った。
◆ ◆ ◆
不自然な程の静けさを感じる。
「小型モンスターどころか、環境生物も全然見当たらないね」
辺りを見渡しながら、カエデがそんな言葉を漏らした。
城塞高地に辿り着いた私達は、空気の重さを感じながら狩場を進む。
私達よりも少し先にエルガドを発ったフィオレーネさん率いる先遣隊は、もう既に鋼龍と交戦しているらしい。
その交戦位置も把握済みで、私達は雷狼竜を探す為に鋼龍の居る位置から離れるように歩いていた。
もしも雷狼竜が近くに居るならば、大型モンスター同士で縄張り争いに発展している筈である。
そうなっていないのであれば、どちらかが──おそらく雷狼竜が鋼龍を避ける為に離れた場所に居る筈だ。
「まぁ、古龍様が彷徨いてたら普通の生き物は隠れるわな」
「つまり僕達は普通の生き物じゃないって事だね」
「一緒にすんな。俺もハンターじゃなきゃ隠れてるわ」
「でもツー君はハンターだからね」
「ケッ」
ジニアから目を逸らして、ツバキは「やかましい」と悪態を吐く。
人間は何処にでも存在する環境生物と大差ない程に弱い
しかし、我々には知恵と技術という他の生き物にはない武器がある。
「皆! これ見てこれ見て!」
相変わらず噛生虫が周りを飛んでいるカエデが指差す先。そこには大きな生き物の足跡があった。ジニアが覗き込んで、その目を細める。
「ジンオウガの足跡だね。まだ新しい」
「クシャルダオラがフィオレーネさんと戦い始めたから、巻き込まれないように距離を取ってるって感じか?」
カエデが見付けたジンオウガの足跡は、鋼龍から離れるように城塞高地の奥地へと向かっていた。
「……だとしたら、妙なんだよね」
「どういう事?」
立ち上がって、辺りを見渡すジニアにカエデが聞く。
「同感だな。雷狼竜は少なくとも噛生虫の毒に蝕まれている筈だ」
「……どういう事?」
「我を忘れるくらい凶暴になってるモンスターが何かから逃げるのはおかしくないかって事」
首を横に傾け続けるカエデに、その首を真っ直ぐに伸ばしながらツバキはそう口にした。
鋼龍に傀異化の気配は見られず、調査隊を襲った雷狼竜は少なくとも傀異化していたという報告が上がっている。
怪異克服という現象がどのような物なのかは分からないが、噛生虫の毒による死を克服しその力を自らの物としているとでもいうのだろうか。
「考え過ぎかもしれないけどね。一応、頭に入れておこう。カエデはまた何か見付けたら教えてね」
ジニアはそう言って一番前を歩き始めた。
ここからはいつ雷狼竜が襲ってきてもおかしくはない。
己の得物に手を向けながら、私達は城塞高地の奥地へと向かっていく。
その先は城塞高地の中でも急激に気温が下がる、標高の高いエリアだ。
以前ツバキと氷狼竜の討伐に向かった際に見付けた雷狼竜の痕跡と、ツバキが感じた気配。
寒さに弱い筈の雷狼竜がこんな場所に居るとは思えなかったが、一つずつ雷狼竜の痕跡と過去の記録がその事実を物語っていく。
「──居る」
カエデのそんな言葉の刹那。風を切る音が背後から聞こえた。
何も見ずに前転する。
同時に振り向いたジニアが踏み込んで、私達と入れ替わるように盾を前に突き出した。
鉄が削れる音。
無双の狩人はその寸前で一切の気配もなく、背後からの奇襲を
翡翠色と琥珀色の甲殻。
雪に混じるような白い毛を靡かせて、発達した前脚をジニアの盾に振り下ろしたのは紛れもなく雷狼竜──ジンオウガだった。
「……っ、重い。次は無理!!」
ジニアの悲鳴のような声と同時に、私達はその場から飛び退くように離れる。
彼の盾を抉った右脚の爪が、地面に積もった雪を巻き上げた。
巻き上がった雪が落ちてくるのと同時に振り下ろされた雷狼竜の左脚が、ジニアを小蝿でも叩くように吹き飛ばす。
白い雪を巻き上げながら、地面を転がるジニア。
受け身は取れているが、次はない。
トドメを刺そうと後ろ足に力を入れる雷狼竜。しかし、その後ろ足を操虫棍の刃が切り裂いた。
「──させない」
赤く光る眼光が、無双の狩人を睨む。
雷狼竜はその二本の角と瞳をカエデに向け、体を逸らしながら尻尾で雪を巻き上げた。
背後に回ったカエデと私達三人が孤立する。今の尻尾の動きが狙って行われた物なのかは不明だ。
しかし、事実この一瞬で二人も死に体へ追い込まれた事になる。勿論それは、カエデが
「遅いよ……!」
身体を振り向かせる動作とほぼ同時に、孤立したカエデに右脚を振り下ろす雷狼竜。
しかしカエデは、身体を捻ってそれを避けた。
続いて振り下ろされる左脚。そんな一瞬の攻撃の合間に、カエデは操虫棍を振り回しながら雷狼竜の懐に潜り込む。
刹那の内に繰り出されるボディプレス。
カエデの細い身体が前足と後ろ足の間から滑り出て、雷狼竜が起き上がるよりも早く──彼女は雷狼竜の腰を踏んで空へと舞い上がった。
この一瞬の出来事の内に何人の
カエデは体を振り向かせる雷狼竜の角に操虫棍を一度叩き付けるまでの芸当を見せてから、空中で軌道を変えて私達の前に着地する。
「賢い……?」
ただ、雷狼竜も翻弄されているだけではなかった。
カエデの着地した瞬間。
雷狼竜からすればカエデを叩き潰すチャンスではある。しかし、私とツバキがフォローに入れる位置に居ると見るや雷狼竜は追撃に出ることはなかった。
そしてあのカエデが、あの一瞬で引く事を選んでいる。
剛纏獣との戦いでは空中に飛んでからが本番とでも言うかのように、永遠と空中戦を仕掛けていたあのカエデがだ。それ程に、今の一瞬は彼女にとっても重い時間だったのだろう。
「お前……やっぱりあの時のジンオウガか」
太刀に手を伸ばしたまま、ツバキはそんな声を漏らした。その瞳は真っ直ぐに雷狼竜に向けられたまま──彼の目の奥ではあの時の雷狼竜と眼前の竜の姿が重なっている。
雷狼竜はカエデとの一瞬の攻防の後、こちらを警戒するように姿勢を低くして構えていた。
噛生虫の毒に蝕まれて凶暴化し、暴れている傀異化モンスターとは到底思えない。
しかし、ツバキも私も──この雷狼竜があの時の雷狼竜だと今確信している。
これは狩人の勘でもなんでもない。一度相対した強敵を見間違える訳がないからだ。
だがしかし、この竜は私達に奇襲を仕掛けてきた。
そもそもこの一瞬の出来事でこの雷狼竜が傀異化の鱗片が全く見られない。
「どういう──」
「どういう事……」
私の言葉に重なるように、カエデの声が漏れる。
彼女が驚いているのは私の疑問とはまるで異なる事象だった。
「いつも私の近くに来るのに……」
狩場に来た時からカエデの近くを飛んでいて、なんならカエデの血を吸っていた数匹の噛生虫達。
それが、ゆっくりと雷狼竜の元へと集まっていく。
一匹や二匹ではない。無数の噛生虫が、群がるように雷狼竜を覆い尽くしていった。
寄生されている──いや、違う。
まるで雷光蟲を纏うように、自然と、かの竜は噛生虫達を