噛生虫達が雷狼竜の元へと集まっていく。
一匹や二匹ではない。無数の噛生虫が、群がるように雷狼竜を覆い尽くしていった。
白い体毛に混じった噛生虫により、その身体が赤く発光しているようにまで見える。
傀異化。
噛生虫の毒に蝕まれ、我を忘れて暴れ回るモンスター。その現象の総称。
眼前の雷狼竜は噛生虫達に群がられ、明らかに寄生されているように見えた。
しかし、当の雷狼竜はその毒に蝕まれて苦しむどころか──奇襲を仕掛け、カエデを一瞬でも孤立させ、今こうして冷静に私達の出方を窺っている。
「これが……傀異克服か」
「雷光蟲じゃなくて噛生虫のお友達になったってか。ジンオウガ亜種もビックリな生態してんな……」
苦笑いを溢すツバキ。
私は見た事がないが、雷狼竜には蝕龍蟲という蟲と共存する獄狼竜と呼ばれる亜種が存在するらしい。
それとはまた違った事象だが、簡単に言ってしまうのならツバキの言葉は言い得て妙だった。
「噛生虫と共存しているというのか……」
「来るよ!!」
噛生虫が一斉に、私達の視界を覆い隠すように空を舞う。
死角から振り下ろされる剛腕。
それを受け止めたのは、ジニアの盾だった。
「さっきは不意打ちだったからだ。次は止め切る!!」
カエデの作った時間で立て直したジニアは、雷狼竜の連撃をその盾で全て受け止める。
そうして出来た隙に、ツバキが抜いた太刀が雷狼竜の前脚を切り裂いた。
鮮血が散る。同時に雷狼竜は身体を回転させた。隙が見えない。
大きく後ろに跳んで、私達から距離を取る雷狼竜。
そうかと思えば、着地の足をバネにして再び飛び掛かってくる。大振りの攻撃、避けるのは容易く見えた。
「キュリア!?」
ツバキの回避方向に噛生虫が一斉に飛んでくる。バランスを崩したツバキの頭上に振り下ろされる剛腕。
ツバキは翔蟲の出した糸を引っ張り、無理やりその場から離脱した。
彼が居た地面を爪が抉る。
そんな攻撃の後の隙に踏み込むカエデ。
しかし、彼女の行手を噛生虫達が阻んだ。
「ちょ、邪魔……!」
「カエデ下がれ!!」
ツバキの声と同時に後ろに飛ぶカエデ。
振り回された雷狼竜の尻尾が、キュリアごと空気を薙ぎ払う。
「こんな事が……」
まるで通常の雷狼竜が雷光蟲と共に戦うかのように、この雷狼竜は噛生虫と共に戦っているとでも言うのか。
寄生主の命を貪り、暴れさせて次の寄生主を見付ける。
それが噛生虫の在り方だとバハリ殿は言っていた。
しかし、コレでは共存していると言ってもおかしくない。
「もぅ……! 巻き添えになっても知らないから!!」
そんな雷狼竜に踏み込むカエデ。
雷狼竜の身体から飛び出した噛生虫による目眩しを意にも介さず、彼女は両腕による連撃を避けながら雷狼竜に操虫棍を叩き付ける。
噛生虫の隙間だけが頼りの視界で彼女には何が見えているのだろうか。雷狼竜の甲殻を噛生虫ごと切り飛ばすカエデ。
しかし──というよりも当たり前だが、噛生虫が邪魔でカエデはいつもの動きが出来ていないように見えた。それでも、彼女は雷狼竜を翻弄する。
「だから虫は嫌いなんだ……」
悪態を吐きながら、ツバキは視線をカエデに向け続けた。いつでも彼女の援護が出来るように、ジニアも同じようにして構える。
少々予想外の事が起きたが、私達のやらなければいけない事に変わりはない。いつも通りカエデを中心に立ち回れば、まずは間違いない筈だ。
しかし──私は一瞬違和感を感じる。
「遅いよ!!」
雷狼竜の右前脚が地面を踏み抜けば、それを避けて左前脚に刃を叩き付けるカエデ。
続いて振り回される左前脚を前転して避けて、彼女はついでのごとく右前脚に操虫棍を叩き付けた。
雷光蟲ではなく噛生虫を従えている分、電撃による近距離での範囲攻撃が飛んで来ない。
持ち前の瞬発力とそれに応える反射神経と動体視力を併せ持つカエデにとって、接近戦を仕掛け続けられるこの状況は永遠と彼女の土壌である。
ただ──
「カエデ!」
ツバキがカエデを呼んだ。
人間とモンスターではスタミナの総量が違う。いくら独壇場といえど、退き際を謝ってはならない。
その点ツバキの観察眼は優れている。まさに、最高の相棒といった所だ。
カエデが弾けるように、私達三人が雷狼竜を囲むように構える。
しかし、彼女もそれに頷こうとした矢先。カエデの視界の邪魔に徹していた噛生虫達が三つの大きな塊になって私達三人に襲いかかってきた。
「うわキモ!?」
身体の小さな噛生虫はソレ単体では我々にとってなんの脅威でもない。
しかし、それが群をなして圧倒的な質量による突進となれば話は別である。
それ以前に、カエデの退路を確保する為の隙が作れなくなったのは問題だった。
一瞬。
私達が噛生虫に意識を取られた一瞬の事。
カエデにはまだ余力がある。
肉弾で彼女を翻弄出来る生物はそうそう存在しない。
「──待て、カエデ!! 逃げろ!!!」
──ただ、私達は思い込んでいた。
「え、光……っ!?」
ツバキの怒号を聞いてなりふり構わず地面を転がるカエデ。
次の瞬間、雷狼竜を
「帯電……雷光蟲だと!?」
噛生虫を振り払った私の視界に映ったのは、その名の通りに雷を身にまとい、雷光蟲を従える無双の狩人の姿。
私達は思い込んでいたのだろう。
噛生虫と共存するようになり、雷光蟲との関係は断たれていると。
もし雷狼竜の近くにいたのがカエデではなかったら、今その人間は死んでいた。
「立てカエデ!!」
カエデの前に走るツバキ。同時に雷光蟲の塊が、強い電気を纏いながら二人の元に雷狼竜から放たれる。
無理矢理体を起こしたカエデを抱いて、地面を転がるツバキ。
その頭上を雷光蟲達が通り過ぎると同時に、雷狼竜は地面を蹴ってその剛腕でツバキ達を踏み潰そうと振り下ろした。
「させない!!」
ソレを受け止めるジニア。
更にカウンターで槍を放つ彼と、同時に背後に回り込んで片手剣を振り下ろそうとする私。
されども、私達の刃は届く前に噛生虫達にズラされる。
これまでの経験から来る、自らの得物の最も効率の良い攻撃。それを邪魔されて、雷狼竜に大した損傷を与えられない。
「友達想いなお仲間な事で……!!」
嫌味を吐きながら、ツバキが太刀に手を伸ばした。ジニアと切り替わるように懐に入る彼は、雷狼竜が身体を回転させると同時に翔蟲の糸を引っ張り空へと舞い上がる。
「悪いがこっちも仲良しでなぁ!!」
振り下ろされる太刀。やはり噛生虫がツバキの邪魔をしに飛びつき、雷狼竜は空中に居て死に体のツバキに視線を向けた。
「なんか増えたけどまだ四対三だよ!!」
次の瞬間、カエデの操虫棍がよそ見をした雷狼竜の顎を切り裂く。
私達に対して雷狼竜と雷光蟲と噛生虫の事を言っているのかもしれないが、数だけで言うなら相手は無数なのでその計算はおかしい。
しかし、ついに悲鳴を上げる雷狼竜。
その連携に、私とジニアも続いた。しかし、雷狼竜は帯電した電気を辺りに放出して私達を引き剥がす。
「面倒くせぇ……!」
苦笑いしながらも、ツバキの視線は左右に素早く動いていた。
雷狼竜だけではない。
雷光蟲に噛生虫の動向。同じ狩場では今別働隊が鋼龍と対峙している。それら全てを見据えるように、普段は死んだ魚のような彼の瞳が強く私を見た。
それで意思を伝えたつもりだと言うように、噛生虫の合間を縫ってツバキは雷狼竜に肉薄する。
かの竜が得意とするのは基本的には肉弾戦だ。
雷狼竜と呼ばれるが、その実電撃は雷光蟲がいなければままならない。
しかし雷光蟲、さらには噛生虫まで使役し遠距離への攻撃と肉弾戦での負け筋を得た正に無双の名に相応しい存在。
弱点があるとするなら──
「オラこっちだ!!」
大きな声をあげて、ツバキが左から回り込む。雷狼竜を守るようにツバキに群がる噛生虫。
対して雷狼竜は私達への警戒を怠らない。
ツバキの事は噛生虫に任せ、目下一番危険だと判断しているだろうカエデに視線を向けていた。
隙を見つけ、私がツバキとは反対側から回り込む。
カエデの事は無視出来ないだろう。であれば、雷狼竜が行う行動は一つ。ならば避けるのは容易い。
放電。
雄叫びと共に放たれた蓄電された電気。雷光蟲が溜めたその力は恐ろしいが、そう広範囲に広がる攻撃でも連発出来る攻撃でもない。
カエデへの警戒はそのまま、放電により引き剥がした私へその剛腕を振り下ろす雷狼竜。
「よそ見さんだぜソレは!!」
次の瞬間、雷狼竜は悲鳴と共に背中から血飛沫を上げた。
ツバキの太刀が雷狼竜の甲殻ごと肉を切り飛ばす。
雷狼竜はツバキが噛生虫に纏わりつかれてまともに動けないと判断していたのだろう。
当の噛生虫は翔蟲の出した何本もの糸が網のように広がり捕まっている訳だが。
「相変わらずよく分からん事をする……」
「それがツー君だからね」
何をするかと思えば、というよりは何かするのだろうと思っていた。であれば放電さえ使わせれば間違いないと。
──弱点があるとするなら、雷狼竜と噛生虫には意思の疎通がないという事である。
雷光蟲の雷狼竜の関係は、種として確立された物だ。
雷光蟲達は雷狼竜の指示に従い目標へ攻撃する事すらある。
しかし、噛生虫を使役しているとは言ってもこの個体は単に噛生虫の毒を克服し利用しているに過ぎない。
噛生虫もまた、この強い個体にあやかる為に雷狼竜を守るように動いているだけだ。
意思の疎通。
それが雷狼竜にはない私達の強力な武器である。
私達は、その武器を最大限活かさなければならないようだ。