振り向いた。
「……は?」
そこには瓦礫しかない。
私の身体を押した男の姿が、そこにはない。
「ツバキ!! おい!! 貴様!! そんな……そんなバカな事が──」
「誰がバカだってぇ!?」
ふざけるなよコイツ。
「……貴様な」
「あー? なんてー? 聞こえませんよー!」
どうやら無事らしい。
しかし、洞窟は崩れてしまい声が遠い。
彼が無事なのは良いが、今は無事なだけである。
「カエデとジニアは生きてるかー!?」
「カエデ、僕達は平気って伝えてあげて」
「私達は大丈夫だよー! ツバキはー!?」
「頭打って滅茶苦茶痛いー!」
「大丈夫だって!」
「カエデの耳は節穴なのかな」
二人も特に大きな怪我はない。問題はツバキだが、これだけ大声を出せるなら命に関わる怪我はしていない筈だ。
しかし、問題がないわけではない。
「今助けに行く! 壁から離れて待っていろ!!」
ツバキは雷狼竜と一緒に洞窟に閉じ込められたままである。雷狼竜の安否はともかく、ツバキを放っておくわけにはいかない。
「いや! お前ら……先にクシャルダオラの所行ってくれ!!」
「……は? 何を言って──」
「流石にこれ以上フィオレーネさんを待たせるのはまずい!!」
それは珍しく──否、いつものツバキの正論だった。
彼もいつも周りをしっかり見ている。
私は今、目の前の
「ツバキ……」
「俺の事はなんかこう!! 後で助けに来てくれれば良いから!! とりあえず、ある意味で俺達の目的は達成したしな!!」
そもそもの私達の目的は、雷狼竜を
ツバキと共にではあるが、雷狼竜が洞窟に閉じ込められているこの状況は、ある意味で目的を達成したと同じである。
しかし──
「……貴様、分かっているのか」
「ライラック。ツー君は正しいよ」
「お前はツバキが心配ではな──」
振り返ると、ジニアの表情は歪んでいた。
当たり前だろう。
私よりも、彼やカエデの方がツバキとの付き合いは遥かに長い。私よりも彼の事を心配をしている筈だ。
でも、だからこそだろうか。
「ツー君を信じてあげてほしいな」
「ツバキなら大丈夫! 私達は、信じて言う通りにしよ!」
これが固く結ばれた友人としての絆なのだろう。
「……ツバキ!!」
「なんだー!?」
「私は友を亡くしたことがある!!」
そもそも、亡くした事にすら気が付いていなかった。
それで逆恨みをし、亡くしてしまった友人を知らずに恨み続け、友人という関係を勝手に毛嫌いしていたのが私という男である。
「死なねーよバーカ!!」
「信じるぞ……!!」
洞窟に背中を向け、私は歩き出した。
洞窟の中で雷狼竜がどうなっているかすら私には分からない。ツバキの状況すらも。
それでも、私は
それはお前に会ったからだ、ツバキ。
もしもそこで死んでみろ。私は……絶対にお前を許さない。
「行こうか、ライラック」
「時間は掛けられない。……行くぞ」
私達三人は洞窟を後にし、鋼龍の元へと向かった。
◆ ◆ ◆
「──よう、ジンオウガ。お互いお友達が居なくなっちまったな。……どーするよ? ん?」
◆ ◆ ◆
鋼龍──クシャルダオラ。
その名の通り、鋼の甲殻で身を守っている強靭な肉体を持つ古龍種のモンスター。
しかし、かの龍の特筆すべき点は他にある。
「──そう易々と近付けさせてはくれないか。負傷者を下がらせろ! 一時撤退を!」
フィオレーネさん率いる部隊は鋼龍の力に攻めあぐねていた。
私達が合流する頃には兵の半分が疲弊し、フィオレーネさんが部隊の後退を指示していた直後である。
「──そうか、ツバキが」
フォオレーネさんは残っている物資を確認しながら、私達からの報告を聞いた。
「であれば、私達もこのような場所で遅れを取っている訳にはいかないな……と、言いたいところだが」
物資を取り出しながら、彼女は少しの間頭を抱える。
鋼龍との戦いは想像を絶する消耗を部隊に与えていたらしい。
死人こそ出てはいないものの、騎士はその殆どがまともに動けない状態だ。
「風のブレスはやはり厄介だ。近付けないのはともかく、とにかく範囲が広い。纏まっていれば、巻き込まれる」
鋼龍──クシャルダオラは、鋼の甲殻以外にもう一つ強力な武器を持っている。
「噂に聞く風翔の力ですか」
それは風を操るという、自然を超越したような能力だ。
古龍とは太古より存在する壮大な力を持つモンスターである。
討伐記録がないわけではないが、その殆どが人間の手に余る存在だ。全くもって未知とされている存在も少なくはない。
それこそ私がエルガドに戻る前、フィオレーネさんと共にツバキ達が討伐した冥淵龍──ガイアデルムは文献にも殆ど記載がない未知の存在だったと聞いている。
しかし、鋼龍はまだ文献にも多く記載があり撃退や討伐の記録が数こそ限られていれど存在するモンスターだ。
神でも悪魔でも幻でもない。そこに存在する生物である以上、弱点があり、その命を奪う事も出来る。
「──弱点は毒だという話は?」
「バハリが言っていた件だな。勿論為そうと毒投げクナイを用意したんだが、全て近付く前に風の鎧で弾き飛ばされてしまってな」
文献によれば鋼龍は風を操り、それを鎧として纏い一切の敵を寄せ付けないとされていた。
しかし、風を操るとされる器官が毒に弱く。一時的にではあるが毒の効果が続く内は風の鎧を剥がせると言われているらしい。
「風の鎧を消す為に毒を打ち込みたいのに、それが風の鎧に弾かれるんじゃ話が繋がらないね」
ジニアは顎に手を置きながら、何故かカエデに視線を送った。
「あぁ。しかし、正直私達の役割は足止め程度の物と割り切っていたが……ツバキの状況を聞くとそうも言っていられない」
フィオレーネさんは立ち上がり、騎士達を集めようとする。
私達が加わった所で状況が一変するという訳ではないが、ここからが鋼龍との戦いの本番という所で騎士隊の消耗は想定よりも看過出来ない物となっていた。
「フィオレーネさん。僕に考えがあるんだけど」
そんなフィオレーネさんをジニアが引き止める。
「聞かせて欲しい」
「カエデ達に命を掛けてもらいます。接近して、無理矢理にでも毒のクナイを叩き込む」
合理的な判断ではあった。
風の鎧は物理的な物ではない。
強風を受けながらでも、前に進みその懐に入り込む事は出来る。そうすれば、風の鎧も関係なく毒を鋼龍に打ち込む事も可能だ。
しかし、相手はただそこに存在している風ではない。
風を操る龍である。強風で思うように動かない身体で攻撃を交わしながらその龍の懐に潜り込み、毒のクナイを振るわなければならない。
危険な行動だ。
「ジニア、君はツバキが居ないからといって適当な作戦を立てる男でない事は私も良く知っている。なんなら、君はツバキよりも聡明だ。……何をそんなに焦っている?」
「フィオレーネさん。僕はただの臆病者なんですよ」
彼は真剣に口を開く。
「手段を選んでいる暇はない。一刻も早くツー君を助けに行きたいんです。……勿論、ツー君には怒られるかもしれない。僕は自分に出来ない事を大切な友達にさせる最低な男です」
「……分かった。だがその決死隊、カエデだけではなく私も参加する」
「いえ、僕はそもそもカエデ一人とは言ってません。カエデ達と言いましたから」
そう言って、フィオレーネさんの言葉を遮ったジニアは私に視線を向けた。
「……ライラック。君にも頼みたいんだ」
「分かった」
もしかしたら、ツバキに会う前であれば私はこの頼みを断っていたかもしれない。
馬鹿馬鹿しい作戦だろう。
仕える相手でもない、他人の為に命を賭けるなんて行為。
私は騎士だ。
主人に命じられる事をするのみ。
しかしこれは命令でもなんでもない。
そんな事に命を賭ける事をなんとも思わなくなったのは──
──相手が失敗して自分が割を食っても良いと思える相手。……それが仲間とか、友達って言うんだって俺は思ってるからさ──
──きっと彼との出会いが理由なのだろう。