私達はあまりのんびりしている訳には行かない。
毒により風の鎧の消失がいつまで続くかも分からない。
それに──
「──だって、
──私達の大切な存在の命が今、脅かされようとしているからだ。
鋼龍との交戦が続き、私達は雷狼竜が私達を誘き寄せて崩壊させた洞窟に近付いてきてしまったのである。
その洞窟の入り口だった場所は、私達から見て視界に入る位置にあった。
ツバキの救助作業に入っていたのだろうアイルー達は、鋼龍の接近を危険視して一旦作業から離れてしまっている。
私達は最低でも鋼龍をその洞窟に近付けさせてはいけない。
カエデの表情には珍しく焦りが見えていた。
否、私もきっと同じ顔をしている。冷静に言葉を選んでいるジニアですら、考えは同じだ。
しかし冷酷にも、鋼龍という存在は私達のそんな焦り等関係なく。
我々の攻撃等ダメージにもなっていないと言わんばかりに、耳を劈くような咆哮を上げた。
周りの雪が舞い上がる程の衝撃。
私達は何を攻撃しているのだろうか。本当に目の前にいるのは生き物なのだろうか。そんな事を思ってしまう程の、圧倒的な存在。
「……っ、だが!!」
それでも。
私達は引く訳にはいかない。
「ごめんモミジ、少し無茶するよ……!」
鋼龍の正面から駆けていくカエデ。龍の眼光が彼女を捉えた次の瞬間、カエデの腕に留まっていた猟虫が飛び出す。
一瞬。
マルドローンのモミジに意識を奪われた鋼龍の視界から外れるように、カエデは地面を蹴って空を翔けた。
だが、鋼龍は瞬きもしない内にソレに反応して首を持ち上げる。空から降ってくる彼女に牙を向け──その牙は空気を潰した。
鋼龍の顎がカエデを砕こうとした刹那、彼女は翔蟲の糸を飛ばしてモミジと合流。
着地と同時に操虫棍を振り回し、鋼龍の腹部を切り裂く。
鋼龍が一瞬目を細め、身体を揺らした。
「ライラック!!」
「はい!!」
隙を見せた鋼龍にフィオレーネさんと片手剣を叩き込む。ダメージは通っているのか、反撃も遅い。
そうだ、今は多少無理をしてでも攻める時。
「……まったく、流石だね」
苦笑いをこぼすかのような、そんなジニアの声が聞こえた。
だが、そんな冷静な彼が居るからこそ無茶が出来る。
私達はどうしてもここで鋼龍を止めなければならない。
ふと、視界に赤い光が舞った。
「噛生虫……?」
私達を威嚇するように首を振りながら鳴き声を上げる鋼龍。
そんな鋼龍に肉薄し、一瞬の攻防を続けるカエデの元に噛生虫が三匹程集まってくる。
元々はカエデに付いていた筈が、雷狼竜との戦闘の時に離れていった個体達が帰って来たのだろうか。
カエデは彼等に血を吸われると何故か体が良く動くと言っていた。そんな彼女の言葉の通り、カエデの動きが俊敏になっていく。
「これなら!!」
「一気に畳むぞ!!」
間違いなく流れはこちらにある筈だ。
この流れを変えられない内に──そう思った刹那。
「──風!?」
突如吹き上がった風が、
それは物理的に、私達の動きを止めた。
──鋼龍の咆哮が空気を巻き上げる。
同時に、鋼龍に肉薄していたカエデと私の身体が浮いた。
「コレ……!?」
「風の、鎧……!!」
受け身を取るように地面を転がって、鋼龍から離れる。
肉眼ですら分かる、風の流れ。
鋼龍を包み込むように流れるそれは、過剰なまでに頑丈な身体の守りを鉄壁にする程の
「毒の効果が切れたのか……! 二人共、一旦離れろ!!」
フィオレーネさんが言うよりも早く、私とカエデはみっともなくも走って鋼龍から距離を取った。
周りに積もっていた雪がゆっくりと舞い上がる。
先程までカエデの速度について行けてなかった龍の姿が嘘かのように、鋼龍は一切の隙も見せずに悠々と私達にその青い瞳を向けた。
その一挙一動の度に肌に電撃が走る。
「焦るな……」
自分に言い聞かせた。焦りは判断を鈍らせる。
古龍を相手取った事がない訳ではない。ここにいる仲間は──友人は、龍による未曾有の危機からこの国を守った事のある手練れだ。
勝てない相手ではない。ただ、ツバキの件で焦る気持ちが前に出てしまっている。
「ツバキ、か」
今も彼は洞窟の中で生きている筈だ。
場合によっては雷狼竜と今この時もあの狭い洞窟で相対している可能性もある。
友を信じ、危険を犯してまで私達を鋼龍の元に向かわせてくれた。
カエデとジニアという彼にとってかけがえのない存在を私に任せ、背中を押してくれた。
初めて会ったその日から、実力だけは認めた初の任務の時も、友と認めた今もずっと。
彼の突拍子もない行動が、芯のある言葉が、私をここまで連れて来たのだろう。
──そんな彼なら、この状況をどうするか。
誰かを信じ、友を信じ、信じ合い、前を向ける彼ならどうするか。
「──カエデ、頼みがある」
「ライラッ君……?」
「何か分からないけど作戦会議だね! フィオレーネさん!」
「時間を稼ぐぞ。ジニア、援護しろ!!」
私がカエデに話し掛けると同時に、ジニアとフィオレーネさんが前に出た。
依然、鋼龍は完全に復活した風の鎧を纏い堂々と私達を見下ろしている。
その鼻先を折ってやろうではないか。
そんな挑戦的な態度は、誰に影響されたのか。言うまでもない。
「頼んだぞ」
「分かった! タイミングは任せて! そういうの得意!」
カエデに要件を伝え、私は走った。
「二人共、後は任せて!!」
カエデが跳ぶ。
合わせて、鋼龍も舞い上がった。
風の鎧がカエデの身体を揺らす。しかし彼女は、その風すらも利用して、まるで踊るように鋼龍の攻撃を避けながら得物を振り回した。
風で舞う鮮血。
振り回された腕を足場に飛び上がり、印弾の発射による反動で位置を調整し、身体を捻って次の攻撃を交わす。
まるで翼が生えているかのように、彼女は
しかし、鋼龍はそれを易々と許す程に生半可な生き物ではない。
カエデが手練れである事を理解しているのか、悠々とではなく──まるで暴れるように翼を羽ばたかせ、尻尾や脚をカエデに向ける。
避けて、イナシて、最早人間業ではない動きで鋼龍と対峙するカエデ。全神経を集中させた数秒間。
いくらカエデでも、それを永遠に続けるのは不可能だ。
だから、この数秒間で──
「──ツバキ!! 聞こえているか!!」
──だから、この数秒間で私は私がするべき事をする。
カエデが稼いだ時間で、私は無防備にも鋼龍に背中を向けて走った。
カエデがしくじれば、彼女自身も私も命の危険がある。だが、私は彼女を信じた。友だから。
「返事は出来なくてもいい。聞け!! 今からこの瓦礫を鋼龍に吹き飛ばさせる!! 瓦礫から離れていろ!!」
返事はない。
だが、ツバキは必ず生きている。
彼は信じろと言ったんだ。だから、私は彼を──友を信じる。
「カエデ!!」
「──っ、うん!!」
着地する。まるで竜のように、空を飛んでいた彼女が数刻ぶりに見せた隙。完全な隙。
鋼龍は身体を捻り、彼女を屠らんと周りの空気を身体の中に集めた。
「そうだ……」
「こっちだよ!!」
放たれたのは空気。
圧縮された、地面すら抉る質量の塊が、雪を巻き上げながら真っ直ぐにカエデへと──その直線上にいる私と、その背後にある洞窟の瓦礫へと放たれる。
「カエデ!!」
カエデを抱き抱えながら跳ぶフィオレーネさん。その後隙を潰す為に盾を構えるジニア。
標的を捉える事が出来なかった空気の塊が、真っ直ぐに向かってきた。
私の真隣で、瓦礫が粉砕する。
「どうだ……?」
雪が舞い上がって、視界が白く潰れた。
鋼龍は何を感じ取ったのか、ブレスの後姿勢を低くして構えている。
「ツバキ……」
カエデの声が漏れて──
「……バカな」
──私は唖然とした。
雷鳴が走る。
「ジンオウガ……!!」
舞い上がった雪と瓦礫の影から姿を現したのは、雷を守った剛腕。そして──
「──まさかこうなるとは思わなかったが……。ヒーローは、遅れてやってくるってな!!」
──そして雷狼竜の背中に乗り、かの竜を翔蟲の糸で引っ張る
「そこそこ良いタイミングで助けに来たぜ!!」
「馬鹿者が。私達が貴様を助けたのだ!!」
本当に、考えられない程に馬鹿げた事をしてくる奴である。