森が悲鳴を上げているかのように騒がしくなる。
小鳥達がその気配を察知して一斉に飛び去り、羽ばたく音と──悲鳴が重なった。
「──嫌だぁぁぁああああ!! 死ぬぅぅううう!!!」
「──黙って走れ馬鹿者がぁ!! 大体なんであんな事をしたんだこの間抜け!! アホ!! バカ!!」
小鳥達が出す音をかき消すように、私とツバキは悲鳴を上げながら密林の砂浜を走っている。
「バカって二回言ったな!? バカって言う方がバカなんですよライラック君!! このバカバカバカバカ!!」
「黙れと言ったのが分からないのか!? ついに言語まで忘れたようだなこの大馬鹿者がぁ!!」
「うるせ──うぉぉおおお!! エスピナスが飛んだぁぁあああ!!!」
「はぁぁぁあああああ!!!???」
今回のクエストのメインターゲットである、棘竜──エスピナスと共に。
「ツバキ!!」
「分かってますよぉ!!」
走りながら、目印を見付けて二手に分かれた私達が居た場所を巨体が踏み潰した。
その次の瞬間、地面が割れる。
棘竜が踏み抜いた地面が陥没し、人の何倍もある巨体が地面に埋まった。
カエデとジニアに作らせておいた落とし穴である。
「落とし穴作戦成功だよツー君!」
「よーし、俺はもうヘトヘトだ!! カエデとジニアとライラックに任せた!!」
「私も一緒に走っていた訳だが!?」
「あ、エスピナスもう出てくるよ」
カエデのそんな言葉に、私達は目を丸くして棘竜に視線を戻した。
赤く眼光を光らせ、鼻息荒く私達を睨むその姿からはとても強い怒りを感じる。
「この子、なんでこんなに怒ってるんだろう?」
「二人共……ただここに誘き寄せてくれたら良かっただけなんだけど、何をしてたのかな?」
棘竜からは目を逸らさず、ジニアは(私からは見えていないが)満面の笑みでそんな言葉を漏らした。
「ずっと寝てて起きないから……目の前で肉を焼いたり踊ったり罵倒しました」
「後でお仕置きね……」
今回の作戦としては、この棘竜を二人で罠に誘い込み一気に勝負を付けるないし弱らせるという話だった訳だが。
どうやら棘竜を興奮させ過ぎて罠から一瞬で抜け出してしまったらしい。
ジニアの声とシンクロするように、棘竜は咆哮を轟かせる。
「どうするのー?」
「ツー君」
「ツバキ」
「あー……はいはい。プランBで行きますわよ!! ほらほら、一狩り行こうぜ!!」
苦笑いしながら、私達は得物を構えた。
全くもってこのパーティはいつまで経っても安定しないようである。
◆ ◆ ◆
特別な事は何もない。
日が昇る少し前に起きて、任務中に確認出来て居なかった王国発の史料や依頼を眺める。朝の紅茶は欠かせない。
特別任務に支障がなければ鍛錬に勤しみ、必要な用意があれば準備に時間を使う。
王国の騎士として、国にこの身を捧げる者として、正しい振る舞いをするだけだ。
「──カムラに戻るのか」
「おう。傀異化モンスターの件も若干落ち着いてきたし、ウツシ教官が愛弟子に会いたい愛弟子に会いたいって煩くてなぁ」
カムラのウツシといえば、エルガドでも噂が流れている程の男である。以前聞いたが、そんな男の弟子というのだからツバキ達の実力にも頷ける物だ。
「ウツシ殿というのがそんな事を言うのか……」
「いやー、なんかロンディーネさん曰く集会所でゴロゴロ転がりながらジンオウガの鳴き真似して駄々こねてるらしくてな」
私が話に聞いたウツシ殿とは違うウツシ殿の可能性があるな……。
「なるほど。私の部屋に置いてある私物を忘れて行くなよ。忘れて行ったら燃やす」
「あまりにも冷たくない?」
「当たり前だろう。人の部屋を物置にするな! なんだこの荷物は! そもそもなんで私の部屋に釣竿やら釣りの餌が置いてあるんだ!!」
何故か私の部屋に出来上がったツバキの荷物置きとかした部屋の一角を指差しながら叫ぶ。どうもこの男と出会ってから声を上げることが多い。
「突然釣りしに行きたくなった時に便利じゃん?」
「人の部屋をなんだと思っているんだ貴様」
今すぐ燃やしてやろうか。
「まー、忘れると困るからちゃんと持ち帰りますけどもねー。ライラックさんや、友達と離れ離れになるというのに冷た過ぎやしませんかぁ? えぇ?」
荷物を纏め、肘をぶつけながらそういうツバキ。私はそんな彼をとりあえず殴った。
「酷い」
「酷くない」
とっとと荷物を纏めろ。
「今生の別れという訳でもあるまい」
「ライラック……」
「それに……全く寂しくないとまでは言ってないだろう。文くらいよこせ。私も時間があれば出そう」
「……おう。毎日出すわ」
「普通に気持ち悪いから辞めろ」
「そんなぁ」
本気でしょぼくれているようにすら見えるツバキを部屋から蹴り出す。どうやらこのバカは姫や提督に話す前に私のところに来たらしい。
狩人としては英雄だが、騎士にはしておけない男だ。
「明日出るからよー! 見送り来いよー!」
「分かった分かった。早く提督の所へ行け」
手でツバキを払って、部屋に戻る。
「……急だったな」
どこか、このままずっとツバキ達四人との任務が続く物だと思っていた。
しかし当たり前だがそんな事はありえない。
私は騎士であり、彼等はカムラのハンターである。立場が違う中でこのような繋がりが出来たのはカムラとエルガドの関係性故だった。
「寂しくなる、か」
振り向けば、いつもそこにはツバキ達が居た気がする。
ジニアと一緒に勝手に私の部屋に集まってボードゲームをしていたり、そこに突然カエデが混ざっていたり。
騒がしく、慌ただしい日々が当たり前になっていた。
ツバキと出会う前の自分なら、考えられなかった事だろう。
他人を信じられない、友を作れなかった私の部屋から賑やかな声が漏れていた。
何も迷う事はない。彼等は私の──
◆ ◆ ◆
三人は姫やフィオレーネさんに見送られている。
エルガドを何度も救った英雄だ。
当たり前の処遇だろう。
「あ、ライラッ君!」
カエデが私に気が付いて、手を振った。
話によれば、カムラの里周辺のモンスターが異常な行動をし始めているらしい。
それでツバキ達が呼び戻されたという事なのだろう。昨日この男は何も説明しなかったが。
「もー、来てくれないのかと思ったよ」
「私は暇じゃないからな」
抱き着いてこようとしてくるジニアを払いながら、私はまず姫にお辞儀をした。
姫はそんな私に太陽のような笑顔を返してくれる。なんと美しい事か。やはり私の生は彼女の愛する国を守る為に存在するのだ。
「ライラック、元気でな」
ツバキが手を伸ばす。
私は──その手を取った。
「また会おう。ツバキ達の力を、私達は頼りにしている」
「それはこっちもよ」
強く握り返した手を離して。
ツバキ達は、船に乗り込む。
「あ! ライラック、なんならカムラにも来てくれよな!」
動き出した船の上から、ツバキは手を振ってくれた。私も、控えめに手を振る。
「暇があったらな」
騎士として、しばらくはそんな事はありえないだろうが。いつかそんな日が来る事もあるかもしれない。
何の用もなく、ただ友に会う為にこの身を使う時が──
「あ! それは良いですね!」
唐突に、突然姫がそんな事を言った。
「姫……?」
「ライラック! 我らが盟友カムラの里のピンチです。チッチェは……私は! あなたに盟友としてカムラの里に赴き、問題の解決に勤しむ事を命じます!」
「は……?」
何を──
「そうと決まればライラック!」
「そうだな。カムラの事は任せたぞ、ライラック」
「ちょ……待って下さい。話が読めませ──」
──突然私の身体に巻き付く糸。これは、フィオレーネさんの翔蟲か。
次の瞬間、私の身体は空に浮かび──ツバキ達が乗っている船の上に転がった。
「……ライラックさん?」
「……ひ、姫ーーー!! そんな!! 私は国の為にーーー!!」
「国の為! よろしくお願いしますよー! ライラックー!」
姫にそう言われたら仕方がない。
「……うむ、仕方がない。いや、そんな事があるか!?」
「荷物は後日送りますー!」
そういう訳ではなくて。
視界からぐんぐんと離れていくエルガド。私は立ち尽くし、座り込んだ。
「……まぁ、なんだ。その、ね?」
「……笑え」
「ぶはははははは!!!」
私はツバキを殴る。
「流石に理不尽じゃない!? ほら、手貸してやるから立てよ」
「……ツバキ」
「ん?」
「ジニア、カエデ」
「どうしたんだい?」
「何?」
振り向くと、そこには
「まだ暫く、世話になる。我が盟友よ」
「おう」
私はのその手を取って、立ち上がる。
──彼等は私の盟友だ。
これにて完結です。
特に長ったらしい事をここで書く気はありませんが、数日内に活動報告を更新するのでその時にこの作品についても少し触れようかなと思います。
ひとまずは最後までお付き合いありがとうございました。