静かな朝の時間が私は好きだ。
登り始めた太陽が照らし始める薄暗い空。
キャンバスに色を塗り重ねていくように変わっていく景色を見ながら、優雅に紅茶を淹れる。
静かな朝。
今日も騎士の務めを全うしようと、強く決意するこの時間が私は──
「お!! こんな所に居たなライラック!! うんこしたいんだけどトイレ開いてなくてさ、どっかうんこ出来る場所知らないか? うんこ!」
「うんこ!?」
──私は、飲んでいた紅茶を吹き出した。
◆ ◆ ◆
臭い。
「──ふぅ、スッキリした。助かったぜ、ライラック」
「キサマ……。朝から何のようだ。てか起きるの早いな」
観測拠点として人の集まるエルガドだが、早朝ともなるとまだ寝ている者の方が多い時間である。
そんな静かな朝に、この男──ツバキは私の部屋に押し入ってあろうことか
「畑仕事ばっかしてたからな。起きるの早いんだよ」
「キサマはハンターではなかったのか!?」
「ハンターだけど、最近やっとハンターになったばかりでまだ農家の感覚が抜けてないんだよな。てかカムラに居る内はハンターやりながら畑仕事やってたし」
ツバキは早朝だからとかは関係なく死んだ魚のような目を私に向けてそう口にする。
瞳は死んでいるが、確かに特に眠そうという顔はしていない。早起きなのは本当のようだ。
「ふん、どうでも良い。
「いや確かに
「態々言わなくて良いわ!!」
なんなんだコイツ。態々他人にうんこめっちゃ出たとから言いにくるな気持ち悪い。
「ほら、朝って暇じゃん。お前暇そうだったし、付き合ってくれよ」
「私が暇そうに見えたのならとんだ勘違いだ。私は忙しい。帰れ」
暇を持て余した小さな子供のような事を言うツバキに見下す目を向けて、私は溜息を吐きながら彼に背中を向ける。
朝は考え事に向いているのだ。
こうして紅茶を飲み、今日自らが行うべき事について考え、精神を統一する。
それが私の日課だ。優雅にゆったりと、紅茶を味わう。
「お前の部屋エロ本とかないのか」
「エロ本!?」
私は紅茶を吹いた。
「なんでまだ居る!?」
「いやエロ本探してて。暇だって言っただろ」
「帰れって言っただろ!? エロ本ってなんだ!? そんな物が部屋にあるか!!」
「お、元気なツッコミだな。見込みあるぞお前」
「なんの話だこの狼藉者!!」
私は息を切らしながら立ち上がり、ツバキの肩を掴んで部屋から追い出そうとするが、足が地面と溶接でもされているのか全く動く気配がない。
尚も死んだ魚のような顔で部屋を見渡すツバキに私は溜め息を吐いて、紅茶を入れ直す。
「何がしたいのだ、貴様は」
「いや、どうせチッチェ……姫が起きて来たら? ライラックもなんかクエスト行くだろうなって思って」
「今貴様姫の事を呼び捨てにしようとしてなかったか?」
「してません」
「そうか。……しかし、貴様の言う通り私の予定はそんな所だ。で、だから、どうしたと?」
クエストに向かうからなんだというのか。
私は王国の騎士。
この身を王国に捧げた者だ。王国の為に働くのが、私の義務である。
「いやー、なんなら俺も混ぜて欲しいなーって思って。パーティに」
この男にしては遠慮気味な態度を見せながら、ツバキは自分を指差してそう言った。
「私と共にクエストに参加したいと?」
「そう。そういう事」
「なるほど」
お互いの実力は先日の雷狼竜との戦いで知っている。
この男は態度こそ気に食わないが、腕だけは良い。私も断る理由はない。
それに、王国の為にクエストを受けて働きたいという心構え。この男にそのような心構えがあったとは、少し見直した。
「王国の為に働こうというその心構えは気に入った。良いだろう、共に王国の剣となろうではないか」
「よっし、決まりだな。いや助かったぜライラック。この前、太刀放り投げたら刃こぼれしちゃってさ。カムラに戻ってハモンのじっちゃんや里長に見られたら何言われるか分かったもんじゃないしな! クエスト報酬使ってエルガドで直しておくのが一番って訳だ!」
私が共に手を取り合おうと伸ばした手を取りながら、ツバキはそんな言葉を満面の笑みで溢す。
「は?」
「ん?」
「今なんて?」
「だから、金欲しいからなんかクエスト行こって事」
「はぁ……」
この男に期待した私が悪かった。
姫よ、愚かな私を罰して下さい。
「この話は無かったことに」
「なんで!? え!? 良いって言ったじゃん!? 頼むよライラック。里長がこっちに用があるから来るとか言ってて、早くなんとかしないと俺の身が危ないんだって!!」
「知るか!! 他を当たれ!!」
「里の友達も今こっち居ないし、フィオレーネさんにこんな事でクエスト一緒に行こうなんて言えないだろ?」
「その自覚はあったんだな……」
自分が愚かだという自覚はあるらしい。そんな理由で多忙なフィオレーネさんに声を掛けよう物なら私がその根性ごと頭を叩き割るが。
「今、俺にはお前しか頼れる奴が居ないんだ。頼むよライラック……」
初めて見るような真剣な表情で私の目を真っ直ぐに見てそういうツバキ。
理由が理由ならば、王国の為にフィオレーネさんの元で戦った
「ライラックさん……」
「なんだその目は貴様……」
「お願いします」
ついに頭まで下げ始めた。理由が理由なのであまりにも情けない。
「本当にお願いします!!」
「やめろ!!!」
ついに土下座し始めたツバキの頭を上げる。この男にはプライドという物がないのか。
「頭を下ろす行為は相手に生命共通の弱点である頭を相手に向けるという行為なのだぞ。貴様はカムラの里の猛き炎なのだろう!? もう少しプライドという物を持て!!」
「だって里長怖いもん……」
泣き始めた。ついにこの男に泣き始めた。
「……わ、分かった。分かったから頭を上げろ。国の友人にこんな事をさせていると知れたら、私の恥だ」
「別に友達にだって頭下げるだろ普通」
身体を起こしながらそんな言葉を漏らすツバキに、私は一瞬固まってしまう。
友達。
この男は今そう言った。
「……誰がいつ、貴様の友人になった」
「あれ」
「私に友人等居ない!!」
「え、ちょ、ライラック!?」
気が付いたら怒鳴っていて、私は首を横に振る。
彼は別に悪くない。
そうだ、悪いのは私だ。
「……すまない、今のは忘れてくれ」
私はそう言ってツバキに頭を下げる。頭を下げるのは、自らの弱点を相手に向けるという行為だ。
「痛!?」
すると、何故か私はチョップされる。弱点部分に、結構な勢いでチョップをされた。
「何をする貴様!?」
「頭下げんなって言ったのお前だろ。別に俺は友達だと思われてなくても、
そう言って、ツバキは朝日が照らし始めた部屋の外まで歩きこう続ける。
「俺は勝手にお前の事友達だと思ってるから」
「たかが一度一緒にクエストをクリアしただけで」
「それ以上の理由が居るか? 俺達命懸けのお仕事してきた仲じゃん」
狩場はどんなクエストでも危険が伴う物だ。
どれだけ優秀なハンターでも、何かタイミングが悪かったというだけで命を落とす事は少なくない。
彼はそれが分かっているのだろう。
故に分からないのだ。何故、こうもお気楽なのか。
「貴様は、強いのだな」
「え?」
「いや、なんでもない。姫がお仕事を開始したら、まずはクエストを見つけるぞ」
「んー、ガッテン。儲かる奴が良いな」
「たわけ」
本当に分かっているのだろうか。
人は簡単に死ぬという事を。
「あ、チッチェ……姫!! 姫!!」
「ツバキさん! ライラック! おはようございます。どうかなされましたか? ツバキさん。普段はそんな呼び方──」
「何でもないよぉ!! 何でもないよチッチェ!! あ……」
私は剣を持ち上げる。
「待て待て待て!! ハンターの武器は人に向けてはいけませんでしょ!?」
「ふん!!」
「ビャァァァ!?」
「すまない、羽虫がいたのだ。……所で、いま姫に何か言っていたか?」
叩き付けた剣をしまいながら私がそう聞くと、ツバキは腰を抜かしたまま首をブンブンと横に振った。
「姫、クエストを」
泣き喚いているツバキの事は無視して、私は姫から今出ているクエストの一覧を見せて頂く。
私は王国の為、国が必要としたクエストをクリア出来ればそれで良い。報酬など二の次だ。
しかし、国はより難易度の高いクエストにはより高い報酬を振り分けている。
難易度の高いクエストはそれだけ国からも重要視されているという事だ。
ツバキがどうこうという訳ではなく、最初から私の選択肢は決まっている。
「傀異化している可能性がある氷狼竜の討伐、か」
「なんだ? 良いクエストあったか」
「クエストに良いも悪いもない」
「それは確かに。でも、なんか目に止まったんだろ?」
覗き込んでくるツバキに「近い。邪魔だ」と漏らしながら、私はとあるクエストの依頼者を指差した。
「氷狼竜、ルナガロンの討伐だ。以前雷狼竜を討伐したポイントで暴れ回っているらしい」
「気になるな」
「そうだろう」
雷狼竜がキュリアという寄生生物に寄生され、命を蝕まれ暴れていた事を思い出す。
あの辺りにキュリアがまだ残ったいたのなら、このクエストの氷狼竜がキュリアに寄生されていてもおかしくはない。
「キュリア関連は今のエルガドでの最重要調査対象と聞いた。前回の雷狼竜もそうだが、私も早くこの傀異化という現象に向き合える騎士にならなければならない」
あの時、もしツバキが居なかったら私は無事ではなかった。
己の無知は罪である。私は積極的に傀異化モンスターの討伐を行うべきだと考えた。
「大丈夫なんですか? ライラック」
「無論です。それにこの男もいる。態度は最悪ですが、姫の仰る通り腕は確かです」
「あまりにも一言余計じゃない?」
「黙れ。移動中に傀異化の資料が読みたい。貴様も資料を集めるのを手伝え。それが、クエスト同行の条件だ」
「ひぇ……」
「準備を済ませたらここに集合だ。良いな?」
「へいへい」
明らかにそういう
「それでは姫。私はこれで」
「はい! 気を付けて……!」
姫に挨拶をして、私は目的の場所へと向かう。
あまり気が乗らない相手だが、彼以上に言葉を信頼出来る者もいない。
「バハリ殿」
「いやー、ライラックじゃない。元気そうで何よりだ。なんだかうかない顔をしてるな。俺には分かる。そうだな、当ててみよう。キミは今朝の日課を充分に満喫出来なかった! そうだろう! 顔にそう──」
「要件は一つです。傀異化についての資料を」
名前を呼んだ。ただそれだけの事できいてもない事をペラペラと話し出す癖のある髪型の竜人族の男。
この男はバハリ。
エルガドで調査を主導する研究員である。見ての通り変人だが、所謂天才で国からの信頼も厚い。
悪い男ではないが、少々面倒くさい。その一言に尽きる男だった。
「キミも釣れないな。フィオレーネがカムラに行くってんで、長話と洒落込みたかったのに彼女もせっかちに用件だけ伝えて行ってしまった。何かそんなに焦るような事が今あるとは思えないのにね?」
「面倒くなっちゃったんでしょうね」
「ん?」
「いや、なんでもないです。バハリ殿、要件は今の一言です」
「おっけー。ちょいと待っててね。そうだそうだ、ライラックは久し振りのエルガドだもんね。なら、ツバキには会った?」
資料を整理しながら、聞いてもないのに話し始めるバハリ殿。
私は短く「はい」とだけ答える。
「そうか、なるほど。一緒にクエストに行く訳だ」
「何も言ってない」
「仲良くなれると良いね。ほらこれ、傀異化の資料」
本当にこの男は、いつも余計なのだ。