盟友クエスト【完結】   作:皇我リキ

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強者ツバキ

 傀異化クエスト。

 

 

 噛生虫キュリアに寄生され、生命を蝕まれた結果本来の生息域から離れたり他のモンスターとの衝突が危険だと判断されたモンスターの狩猟。

 

 

 本来ならば、放っておけばキュリアによってその命は失われる。

 

 しかし、その影響が我々人類にも及ぶとなれば放っておく事は出来ない。

 

 

 それは人々の傲慢だろうか。人類が自然に争うのは、自然にとって正しい行いなのか。その答えは私には分からない。

 

 私はただ、王国の為に──

 

 

「めっちゃ小便出たわ」

「いちいち報告するな!! というか竜車で移動中に小便なんて垂らすなこの恥知らずが!!」

 竜車に揺られながら考え事をしていると、少し外に出ていたツバキがそれはもうスッキリとした顔で私の前に座った。顔がムカつく。

 

 

「緊張感というものが無いのか貴様は」

「いや緊張し過ぎて出ちゃったんだよね。スッキリしたけど」

 ついさっき突然防具を脱いで何をするかと思っていたが、この男はどこか頭のネジが外れているに違いない。

 

 

 エルガドから城塞高地に向かう道中。

 

 丸鳥──ガーグァが引く竜車の上で、私は大きく溜息を吐いた。

 

 

 

「どのみち何処にいても危険なのは危険なんだからさ、やりたい事は出来る時にしといた方が良くね? 限界まで我慢してから出来なくなって……あー、小便しときゃ良かったなって思いながら死ぬの最悪だろ?」

「その発想も最悪だが?」

 言い分は理解出来ない訳では無い。

 

 

 道中というが、この世界はモンスターの世界である。

 

 エルガドを出てしまえば、そこは全てが我々人類にとって危険地帯だ。

 そもそもエルガドや村や里──街や国ですらこの世界に必ず安全だと言える場所も少ないだろう。

 

 

「とはいえ、もう少し緊張感を持てないのか」

「最悪ライラック居るし、小便我慢してる俺がモタモタするよりましかなって」

 言いながら、彼は今さっき()便()をする為に脱いだ防具を再び装備し始めた。

 

 

 インナー姿のツバキの身体は、その覇気のない瞳とは裏腹にそれなりに鍛えられているように見える。それに──

 

 

「その傷は?」

「ん? どれの事?」

 彼の身体は傷だらけであった。

 

 身体の傷は騎士の恥だと言う者もいる。傷は己の弱さを晒すものだと。

 

 

 しかし、私はそうは思わない。

 

 それは誰かを守る為に負った傷かもしれない。己の信念を貫く為に負った傷かもしれない。

 

 

 人は弱い。簡単に傷付き、死ぬ生き物だ。

 

 その傷を受け、尚も生きて立っている事こそを誇りに出来る騎士に私はなりたい。

 

 無論、国の為の身体をそう簡単に傷物にするつもりもないのだが。

 

 

「悪い。その腹の傷だ」

「あー、これね」

 ツバキは私の言葉を聞いて、インナーの下の大きな傷を恥ずかしげもなく私に向ける。

 

 脇腹を何かに裂かれたような大きな傷だ。完治しているようだが、命に関わるような傷だったのではないかと容易に想像が出来る。

 

 

「……マガイマガドっていってな。滅茶苦茶強くて、何回も戦ってさ。そんで、最後は相打ちみたいになって俺も死にかけたな」

「怨虎竜か」

 怨虎竜マガイマガド。確かに獰猛で強力なモンスターだ。

 

 彼の言う通りそれは間違いなく死闘だったのだろう。こんな奴だが、里を救った英雄なのは確からしい。

 

 

「少し見直したぞ」

「そう? あ、ちなみにコッチの次にデカいのは釣りしてる時にうんこしたくなってな。そんで慌てて走ろうとしたら針で引っ掻いて──」

「しょうもな!!!」

 さっきの言葉は撤回する事にした。

 

 

 

「一つ聞きたい」

「お?」

 ツバキが防具を装備し終わるのを待ってから、私はそう口を開く。

 

 私はこの男の事がよく分からない。

 なぜこうもヘラヘラとしている男が、里の英雄と呼ばれているのか。実力があるにも関わらず、雷狼竜との戦いで情けない姿を見せたのか。

 

 

「貴様の実力は認める。しかし、私には貴様から誇りもプライドも感じられない。何故だ?」

「ないよ、そんなもん」

 私の問いに、ツバキは即答した。

 

 

「は?」

「誇りとかプライドとか、そんなもん持てる程に俺は実力もない。ただ必死に、死にたくねーとか思いながら目の前のやらなきゃいけない事をやってたら気が付いたら今ここに居るってだけだ」

「だが貴様は──」

「全部一人でやったんじゃない。雷狼竜だってお前──ライラックが居なかったら難しかったかもしれないし。本当にただ必死にやってるだけなんだよな。それがなんとかここまで上手く回ってきただけでさ」

 そう言ってから、ツバキは竜車の外に目を向ける。

 

 

「里にいる俺の友達の方が滅茶苦茶強いしな。でもなんだろ、アイツらに置いてかれないように……とか、そういう結構格好悪い理由はあるんだけどさ」

「友達、か」

 彼は友人と力を合わせてここまでやってきたのだろうか。

 

 それは私には分からない筈だ。友人との友情や関係が、己の力に及ぼす影響が私に分かるわけがない。

 

 

 

「大切な物を守りたい。友人というのは、確かに力の源として強い物なのだろうな」

「お前は友達居ないのか? 居なそうだけど」

「一言多いと言いたいが、確かに私には友人は居ない。王国の為に戦う、私はそれで充分だ」

「ま、でも俺はもうライラックと友達だけどな」

「勝手に他人の友人を名乗るな」

 この男はこういう人間なのだろう。

 

 周りを惹きつけ、焚き付ける力があるのかもしれない。猛き炎、か。

 

 

「しかし、貴様は何故ハンターになったのだ。貴様が戦う理由は分かったが、ハンターをやる理由が分からない」

 逃げ腰で死にたくないと思いながら戦うような男は、そもそもハンターになろうとは思わない筈だ。

 

 それでもハンターをやっているのなら、何か理由があるのだろう。

 

 

 家の事情か、または友人という大切な物を守る為か。

 

 

 

「んー、モテたかったから?」

「なんでそうもお前は私の期待を裏切る事に長けているんだ!?」

 平然とした顔でそう漏らすツバキに私は唖然とするしか出来なかった。

 

 

 人がハンターを目指すにはそれなりの理由がある。

 

 大切な誰かの為、自らの力を知らしめる為、生活の為、金や地位名声の為。

 

 

 しかし、モテたいからハンターになったなんて言葉は初めて聞いた言葉だった。絶句しか出来ない。

 

 

 

「褒めるなよ」

「褒めてない!!」

 大きな溜息を吐いて、私は目を閉じる。

 

 この男はそういう男なのだ。私には理解出来ない、別の世界の住人なのだろう。

 

 

 それでも彼がここにいるというのは事実だ。頭で理解出来なくても否定する事は出来ない。

 

 何よりフィオレーネさんや姫が認めた相手なのである。腕だけは確かだと、自分でもそう認めた相手だ。

 

 

「貴様は私の知らないタイプの人間のようだ」

「言い方が大袈裟じゃない?」

「カムラの里」

 私がそう口にすると、ツバキは死んだ魚の目のまま私の次の言葉を待つ。

 

 

 彼の故郷の名前が私の口から出たのに驚いたらしい。

 

 

「幼い頃、私はカムラに滞在した事がある。それなりに、長い期間だ」

「マジか。全然記憶にないな」

「それもそうだろう。本当に幼い頃だ。私も殆ど記憶にはない」

「まぁ、だろうな。デカい街でもないし、もしかしたら俺達会ってたかもしれないけど」

「……可能性はある。勿論、私はお前のような死んだ魚のような目をした奴を見た記憶はない」

「小さい頃からこんな見た目なの嫌だろ。子供の頃はもう少しイキイキしてたでしょ多分。いや、そもそも別に死んだ魚みたいな目してないでしょうがよ。え? してるの?」

 死んだ魚のような目をゆらし、ツバキは若干ショックを受けたのか後退った。

 

 

「そうだ、死んだ魚の目をしている」

「滅茶苦茶酷い事いうじゃん」

 事実である。

 

 

「そんな目をした奴の記憶はないが、少なくない期間滞在した中で一人だけ私の記憶に残る……友──いや、男がいた」

「へぇ。どんな人?」

「それでもあまり覚えている訳ではないが、普通の男だったという事は覚えている」

「普通ってなんだ普通って」

「他に言いようもない。普通の、同年代の小さな子供だ」

 私は記憶の彼方にあるその顔を思い出そうと目を閉じた。

 

 

 ふと、その顔と目の前のツバキの顔が重なる。しかし、やはりどうも似つかない。

 

 

 

「……まぁ、貴様ではないだろうな」

「俺かもしれないでしょ!?」

「貴様のような死んだ魚のような目はしていなかった事だけは確かだ」

「死んだ魚の目で判断するなよ」

「貴様の目はあまりにも死んでいる」

「凄い暴言だからねそれ。あとツバキです。そろそろ名前で呼んでください」

「貴様で充分だ」

 私がそういうと、ツバキは半目になって口を尖らせた。その目が死んでいるというのである。

 

 

「……そんで、誰なんだよ。その、ライラックが里であった奴って」

「……分からない。大人ではなかった」

「ほーん」

「今となっては、どうでも良い話だ。相手も私の事なんて覚えてないだろう」

「友達だったのか?」

 ツバキのそんな言葉に、私は目を細めた。

 

 

 

 彼は、私の友人だったのだろうか。否──

 

 

「……違う」

 彼は私の友人ではない。そうでなければ、私は彼を恨んでしまうだろう。

 

 友ならば、約束は守る筈だ。

 

 だから、彼は私の友人ではない。

 

 

「……そっか。違うのか」

「……そうだ。違う」

 そうでなければならない。()が友との約束を果たさない人間だと思いたくない。

 

 遥か彼方の記憶が、私にそう言い聞かせる。

 

 

 

 

「──お、見えてきたぜ。ライラック」

 少しすると、私達は城塞高地のベースキャンプに辿り着いた。

 

 

「目標は」

「氷狼竜ルナガロンだろ。分かってるよ。それなりに戦った相手だ。ライラックは?」

「王域三公。我等騎士にとっては因縁の種だ。なにも問題はない」

 竜車を降りて、ベースキャンプを使う準備をする。

 

 荷物を下ろして武器の手入れを終わらせ、フクズクを飛ばし狩場の環境をある程度頭に叩き込んだ。

 

 

「狩場には氷狼竜しかいないようだな」

「縄張り争いに巻き込まれる事はないけど、アレはアレで有利になったりするから惜しいんだよなぁ」

「ないものはない。やる事をやる。それだけだ」

「へいへい。そんじゃま、一狩り行きますか」

 私は騎士の任を全うする。

 

 

 

 それだけだ。

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