盟友クエスト【完結】   作:皇我リキ

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氷狼竜ルナガロン

 妙な空気が城塞高地に漂っていた。

 

 

「ジンオウガの死体がないな」

 目を細くしてツバキがそう口にする。

 

 

「このような事になっているとは、な」

 雷狼竜の討伐から数日と経っていない。あの時も、暴れていた雷狼竜の影響で他の生き物達は姿を隠していた。

 

 しかし、今日の城塞高地はあの日の比ではない程に静まり返っている。

 

 

「確か、俺達が倒したジンオウガを調査隊が回収しにきた時に見付かったんだよな? ルナガロンは」

「その筈だ。調査隊に犠牲は出なかったが、ジンオウガの死体の回収は出来なかったらしい。それだけなら仕方がないが……腐敗した死体の痕跡すら残っていないとは」

 討伐から直ぐでなければ、モンスターの堅牢な素材も使い物にならなくなる事が多い。

 

 

 それでも、まだ討伐から数日。

 

 ジンオウガが力尽きた場所には、腐肉の一欠片すら残されていなかった。

 

 

「ルナガロンに持ってかれたか」

「可能性は高いな。国の資材に出来なかったのは惜しいが、こればかりは仕方がない」

 モンスターの命を貰い、その身体を利用する。人々の営みの一部だが、全てが上手くいく訳ではない。

 

 回収隊が討伐したモンスターの素材を回収しに行った所で、別のモンスターに襲われて全滅──なんて話は聞いても驚かない事象ではあるのだ。

 

 むしろ回収隊が無事だった所に、王国人材の優秀さを喜ぶべき所だろう。

 

 

 

「どう思う?」

「何がだ」

「傀異化してるかどうか」

「ジンオウガの死体がない事に関して関係があるかないか、か。傀異化して獰猛化しているならジンオウガの死体をどうこうしたりするのもおかしいと言いたいのか?」

「そういう事」

 確かにキュリアに寄生され、獰猛化しているなら目の前に餌があってもその場で食い散らかす事はあれど巣に持ち帰ったりはしない。

 

 

 ルナガロンは凍らせた獲物を子供に与えるという性質があるが、もしそうしているなら傀異化している可能性は低い筈だ。雷狼竜を餌にするのかどうかも怪しいが。

 

 

「まぁ、傀異化の可能性が低くなっても警戒しないといけないのには変わらないんだけどな……」

「引っかかるのはそうだ。頭に入れておこう」

「お、なんか前より素直じゃん」

「言った筈だ。貴様の実力は認めていると。人間性を認めていないのだ」

「当たり前のように人間性を否定された俺の気持ちを考えてくれませんかね」

 唖然とするツバキを無視して城塞高地を歩く。

 

 

 城塞高地には氷狼竜等の冷たい地域に生息するモンスターが好むエリアがあった。

 

 時には雪も降る標高の高いエリアで、氷狼竜が縄張りを構えるならその辺りだろう。

 

 

「そろそろ気をつけろよ」

「貴様に言われなくても分かっている」

「……待て、なんか聞こえた?」

「……そうだな」

 そのエリアに入った所で、遠吠えのような音が何処かから聞こえてきた。

 

「奴だ」

「探す手間が省けたけど、どうする?」

「先手を取りたい。私が囮になる、貴様が叩け」

「俺を囮にすると思ってた……」

「私をなんだと思っているのだ……」

「鬼」

「貴様を囮にする」

「冗談です!! 冗談!! 気を付けろよ」

 ツバキは死んだ目のままそう言うと、近くの茂みに隠れる。

 

 

 そうして私は雪が地面を白く塗るエリアの中心で武器を構えずに歩いた。

 

 氷狼竜は目も鼻も効く。

 隠れているツバキが見付からない保証はないが、無防備な私を初めに狙えばツバキが先手を取れる筈だ。

 

 

 私の使う片手剣よりも、ツバキの使う太刀の方が一撃の重みが違う。

 逆に片手剣は軽く身軽に動ける上に申し訳程度ではあるが盾を構える事も出来る武器だ。

 

 このメンバーで囮になるなら、これが最適解というだけである。

 

 

 

「……来るか。早いな」

 雪が舞い上がった。気配を感じて振り返る。

 

「──氷狼竜」

 視界に入る青い甲殻。

 

 

 雷狼竜と同じく牙竜種でありながら、雷狼竜とは違い細身の身体。

 故に身体能力での攻撃力は劣るが、厄介なのはその身軽さだ。

 

 私は飛びかかってくる氷狼竜の攻撃を交わしきれず、その鋭い爪が鎧を削る。

 

 

 この鎧がなければ肉を裂かれていた。

 

 腕力では雷狼竜に劣っていようが、そもそもモンスターの力は人間のそれを遥かに上回っている。

 十二分にある力とスピード。動きの速いモンスターの厄介な所だ。

 

 

「今だ!!」

「分かってますとも!!」

 しかし、我々人間には知恵という武器がある。作戦を立て、己に出来る事を熟せば強大な相手であろうと屈する事はない。

 

 

 鋭い牙を光らせ、その眼光を私に向ける氷狼竜。

 

 四肢を下ろし飛び上がろうとした竜の背後へ、ツバキは小さな鳥のような静かな動きで回り込んだ。

 

 

 氷狼竜が気が付き、首を傾げた時にはもう遅い。

 

 

 ツバキの一太刀が、氷狼竜の後脚を斬り裂く。鮮血が雪を赤く染め、氷狼竜は短い悲鳴を上げて地面を一回転がった。

 

 

 

「浅かったな……」

「いや、充分だ」

「以外と甘いのね」

「黙って集中しろ」

 氷狼竜は突然敵が増えた事に警戒しているのか、姿勢を比較して私達を睨む。

 

 後ろ脚に一撃を入れられたのは大きい。

 これで少しでも機動力を下げられれば、狩猟が少しは楽になる筈だ。

 

 

「来る……!!」

 氷狼竜が地面を蹴る。

 

 私とツバキはそれを左右に避けた。見た目よりもツバキの一撃が効いているのか、思っていたよりも動きが遅い。

 

 

「仕掛けるぞ!」

「言われなくてもやりますよっと!!」

 氷狼竜を左右から挟み、お互いの得物を振る。

 

 

 こうしてモンスターの意識を分散出来れば、一方的に攻撃を与える事も可能だ。

 

 一人でモンスターと戦うのと、二人以上で戦うのでは単純に足し算になるとはいえない。それこそが、狩人がパーティを組む所以でもある。

 

 

 私はあまり他人とパーティを組まない。

 自分から声を掛けず、常に独りの私をこの男のように誘ってくる者も少なかった。

 

 だから、この感覚は久しぶりである。

 

 

 

「ライラック!!」

 氷狼竜の反対側からそんな声が聞こえ、私は咄嗟に盾を構えた。

 

 ツバキに視線を向けていたと思っていた氷狼竜が突然前脚の爪を反対側に振り回す。

 

 私はそれをなんとか盾で受け止めた。大きな衝撃が全身に響く。

 

 

「ナイスガード……!」

 逆に私を睨む氷狼竜の首元に太刀を叩き付けるツバキ。

 

 鮮血が飛び散った。氷狼竜は悲鳴を上げながら飛び上がり、ツバキを睨む。

 その間に後ろに回り込み、私は氷狼竜の脇腹に片手剣を叩き付けた。

 

 

「横がガラ空きだ」

 まだ若い個体なのだろう。複数を相手取るのに慣れていないのか、意識が分散しやすい。

 

 まだ油断は出来ないが、暫くはこの立ち回りを続けても良い筈だ。

 

 

「悪いが、騎士の誇りに掛けてその命……貰い受ける」

 懸念材料が無いわけではない。

 

 この氷狼竜が傀異化しているのかどうか。

 雷狼竜の件といい油断出来る状態ではないだろう。

 

 

「ブレス!!」

 氷狼竜が飛び退いた瞬間、ツバキがそう言いながら太刀を背負った。

 

 雪の上を滑りながら私達を睨み、大きく口を開く氷狼竜。

 その白い吐息が、刹那のうちに極寒の冷気に変わる。

 

 

「ならば……!!」

「ライラック!?」

 回避行動を取ろうとするツバキの横で、私は剣を持ったまま直進した。進む先で、氷狼竜が首を持ち上げる。

 

 放たれた冷気が私の直ぐ脇を凍らせた。しかし、何が来るか分かっていれば避けるのは容易い。

 

 

「っとぉ!? 滅茶苦茶身軽だな……!」

 予備動作を見てブレスを見抜いたのは、姫やフィオレーネさんが認める力だろう。

 

 しかし、私も騎士だ。この男だけに手柄を取られてヘラヘラしていられるようなプライドは持ち合わせていない。

 

 

「──せぁっ!!」

 ブレスを吐いている時は身動きを取る事は難しい。さらに白い冷気によって出来た視覚から、私の剣が氷狼竜の左眼を斬り裂く。

 

 激痛に叫ぶ氷狼竜の腹部にもう一撃、二撃。

 

 

 取り付いた羽虫を払うように身体を回してみせる氷狼竜の尻尾や前脚を避けながら、私は騎士の剣で氷狼竜の甲殻を削り飛ばした。

 

 

「すんご……。って、見てるだけじゃまた怒られるわな」

 視界の端で、ツバキが太刀を構える。

 

 視線が合うと、私は無言で頷いて氷狼竜の背後に回った。私を追うように氷狼竜が身体を向ければ、ツバキは氷狼竜の死角に入る事が出来る。

 

 

「気焔万丈……!!」

 大きな薙ぎ払い。

 

 氷狼竜の尻尾の甲殻が砕けた。

 

 

 今更悲鳴を上げるような事はないが、氷狼竜は血走った瞳をツバキに向ける。

 

 

 

「怖!!」

「若いな、氷狼竜」

 そうなれば、やはり反対側にいる私への警戒が留守だ。

 

 私は片手剣を大きく振り上げるが、氷狼竜が脚を捻ったのを確認して咄嗟に盾を構える。

 

 

 刹那の瞬間。

 氷狼竜はその身体を大きく回転させ、尾とその身体そのもので辺りを薙ぎ払った。

 

 盾で攻撃を受け流すが、その衝撃に耐えられずに地面を転がる。ツバキはなんとか避けられたようだが、姿勢を崩していた。

 

 

 となれば、狙われるのは──

 

 

「──そうはさせん!!」

 ──ツバキだろう。二対一を嫌い、大きく動いてでも片方を確実に仕留めるつもりだ。

 

 その後の背後からの反撃には脆くなるが、状況を打破出来る良い手ではある。

 

 

 しかし私も見くびっていた訳ではない。

 

 

「やっべ!?」

「目を瞑れ!!」

「え、マジ!?」

 ツバキに牙向ける氷狼竜。その目の前、ツバキと氷狼竜の間に私はポーチから取り出した()()()を投げ付けた。

 

 

 閃光玉は光蟲と呼ばれる、強烈な光を出す虫を使ったアイテムである。

 地面に叩き付けられたソレは、氷狼竜とツバキの間で瞳を焼くような閃光を放った。

 

 

「ぎゃぁぁぁああああ!!!!」

 と、ツバキが絶叫する。何故だ。

 

 閃光に目を焼かれ、ツバキよりも軽い悲鳴を上げた氷狼竜はその場でのたうち回る。

 

 

 私はその間にツバキの手を取って氷狼竜から距離を取った。

 

 

「目を瞑れと言っただろう!」

「いや瞑った瞑った。瞑ってもヤバいもんはヤバいの! お前も知ってるでしょ!?」

 光虫の放つ閃光はモンスターの瞳すら焼く程の光である。()()()のは承知の上だ。

 

 しかし、だからこそこうしてモンスターの動きを止める事が出来る強力な道具でもある。

 

 

「──っぅ、とはいえ助かったぜ。今のはヤバかった。ありがとな、ライラック」

「当たり前の事をした、それだけだ。感謝される理由はない」

「またまたぁ」

 気色悪い顔で私に膝をぶつけてくるツバキ。そんな彼を無視して視線を向けた先で、氷狼竜は視界を焼かれた影響かその場で暴れ回っていた。

 

 

 闇雲な動きほど読めないものはない。今は手を出すのは危険か。

 

 そんな事を思っていると、氷狼竜は首を横に振り私達を睨む。

 

 戦闘再開かと思われた直後、氷狼竜は地面を強く蹴って私達から逃げ出すように近くにある地下洞窟の入り口へと駆け出した。

 

 

「逃げたのか」

「追い掛けるか? ちょっと負担掛けたし、こっちが休憩しても良いかもしれないけどな」

「いや、手負いのモンスターを放っておくのは危険だ。そのまま仕留める」

「大丈夫か?」

「問題ない」

「なら、お前を信じる」

 ツバキはそう言って、洞窟の入り口まで歩く。

 

 

「信じる、か」

 実力は本物だ。

 

「難しい言葉だな……」

 しかし、その言葉の本質を捉えるなら、私は彼の事を信じられていない。そして──

 

 

「──私が貴様の期待を裏切らないと、どうして決めつけられるのか」

 ──彼が本当に私を信じているのか。本当の事は、誰も分からないのだろう。




いつも応援ありがとうございます。

誠に勝手ではありますが、体調不良につき来週以降の更新は延期させて頂きます。二週間、または三週間後には更新出来ると思いますので、申し訳ありませんが次回の更新はしばらくお待ち下さいませ。
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