地下洞窟へと向かうと、ツバキは表情を歪ませた。
様々な環境が交差する城塞高地という地域の中でも、この地下洞窟は非常に過酷で生きるか死ぬかの生態系が繰り広げられている。
何か見つけたのだろうか。
問い掛けようとすると、ツバキは「寒過ぎ。帰ろうぜ」と身を震わせながら歯をカチカチと鳴らしていた。
「帰れ馬鹿が」
「本当に帰ろうとは思ってませんわよ」
ツバキは目を細めてそう口を開き、ハンターが常備するホットドリンクという飲料をポーチから取り出す。
これは少量でも飲めば身体を芯から温める事が出来るアイテムだ。
一昔前までは期待できる効果の為に大きな瓶一杯を丸ごと飲まなければならなかったが、開発者の努力により必要量が小型化してからは常備しているハンターの方が多い。
「さて、追いかけますか」
「足跡が残っているな。……こっちか」
氷狼竜が残していったのであろう足跡を辿りながら、私達は逃げた竜を追う。
モンスターは狡猾な生き物だ。
この足跡すら罠かもしれない可能性を考慮しながら、ゆっくりと痕跡を追う。
「警戒任せた」
「おい、貴様……!」
ふと、ツバキは一言だけ私にそう言って駆け出した。
何やら気になる痕跡を見つけたらしい。
しかし、モンスターとの交戦が予想される場所で意識を他の事に向けるのは自殺行為である。
私にソレを任せ、もし私がモンスターの接近に気が付かなければそれだけで命取りになりかねない。
「自分の命を他人に任せるのは良い加減に──」
「これ、あのルナガロンの痕跡じゃないよな?」
細心の注意を払いつつ、屈んでいるツバキと合流すると彼は洞窟の壁を指差してそう言った。
「爪痕か」
巨大な爪で引き裂かれた跡。
それだけなら、それが氷狼竜が暴れた跡だと考える事も出来ただろう。
「ルナガロンにしてはデカ過ぎるんだよな……」
しかし、その痕跡は氷狼竜にしては不自然な形をしていた。
「爪と爪の幅を見るに、少なくとも私達が合っているルナガロンではない。もう一頭居るのか?」
「こんなデカいルナガロンが別に居たならマジで帰った方が良くないか?」
先程戦った氷狼竜が付けたとは思えない──比べ物にならないサイズの爪痕。
ツバキの言う通りなら、安全の為に一度出直すのは正しいだろう。
「状況把握はしたいが、仕方がない。こちらの消耗を考えるとソレが正しいだろう」
私達は消耗した氷狼竜を追っている事を前提に動いていた。
しかし、そうではないのなら話は別である。自らの体力を過信してはいない。
「よし、そんじゃ一旦立て直して──」
「後ろだ!!」
ツバキが振り返った瞬間。
洞窟の奥から走ってきた氷狼竜がツバキに飛びかかってきた。
「──ひぃ!?」
悲鳴を上げながら地面を蹴って跳ぶツバキ。
そのまま壁に激突した氷狼竜は、頭を振ってから私達を睨む。
「は、ハプニングもクエストの醍醐味だよなぁ……」
「冗談を吐けるなら心配はしない。立て、来るぞ」
私達は狭い洞窟に二人で並んで、氷狼竜に獲物を向けた。
襲ってきた氷狼竜は、先程私達と戦っていた個体のようである。
竜の背後にある爪痕と比べると、やはりそのサイズの違いは一目瞭然だ。
爪痕がいつ着けられた物かは分からないが、この氷狼竜とは違う何かが居るかもしれない。頭の隅にそれだけは残しておく。
「分かっているか?」
「爪痕だろ。気を付けるしかなくね? 背中向けて良さそうな相手でもないし」
ここから撤退も考えたが、狭い洞窟の中で氷狼竜に背中を向けるのは得策ではない。
どうするか。氷狼竜の動きに注意しながら思考を巡らせていると、ふと氷狼竜が何もない筈の壁際に頭を向けた。
否──何もない訳ではない。そこには先程ツバキが見付けた爪痕が残されている。
その爪痕の匂いを嗅ぎ、氷狼竜は一瞬首を下に向けた。そして、私達に頭を向けて鋭い眼光をぶつけてくる。
「仲間の匂いじゃないって事か? 今の。なんも分からん。喋ってくれ。何怒ってんだ? そんな怒るなって、な?」
「交戦しているのだから当たり前だろう……」
狭い洞窟で間合いを取りながら、氷狼竜は洞窟の出口へと回り込んだ。
どうやら退路がどちらなのか分かっているらしい。
「洞窟の中なら大きな動きは出来ない」
「それはこっちも同じだけどな……」
背中の太刀に手を向けながら冷や汗を流すツバキ。
片手剣はともかく、人の背丈よりも長い刀身を持つ太刀は狭い場所では扱いにくいだろう。
ここは私が前に出た方が良さそうだ。
「前にでる。隙を見極めろ」
「頼む」
返事を聞いて、踏み込む。
氷狼竜は待っていたと言わんばかりに壁を蹴って私の側面に回り込んだ。どうやらこれがこの個体の本来の戦い方らしい。
「動きが違う」
咄嗟に盾を構え、振り回された爪を弾く。
しかし、衝撃を受け止めきれずに私の背中は洞窟の壁に叩きつけられた。
「狭い……!!」
追撃。
左側にはツバキ。ならば、隙を作る為に右側に交わす──そう考えて地面を蹴ろうとした瞬間、身の丈程の太刀が氷狼竜の右腕を斬り裂く。
「させるか!!」
「な……馬鹿!!」
呆れた大振りだ。必死な表情。
氷狼竜はソレで怯んで動きを止める。確かに隙ではあったが、ここは壁際だ。
「あ」
ツバキの太刀は氷狼竜の次に洞窟の壁を叩く。鈍い音が響いて、竜の鋭い眼光がツバキに向けられた。
「ツバキ……!!」
無意識に手を伸ばす。
私を助けようとしたのか、無理な体勢で太刀を振るった彼は隙だらけだ。
氷狼竜はその一瞬を見逃さず、鋭い爪を振り上げる。
「おっと……」
「させん……!!」
身体を持ち上げる氷狼竜の脇から、片手剣を叩き付けた。
氷狼竜はそんな私の攻撃を避けるように飛び退いて距離を取る。
「隙を見極めろと言った筈だ!!」
「ライラックが狙われたから隙だろ!?」
「その後に貴様が隙を作ってどうする!?」
「その隙はライラックが埋めてくれるし、別に?」
能天気な顔でそんな言葉を漏らすツバキ。
何故だ。何故この男は、他人をこうも信用出来る。
「とりあえずこのままやるからな!」
そう言ってツバキが視線を向ける先で、氷狼竜は後ろ脚で立ち上がり──己に氷の鎧を纏わせ、鋭い爪を持つ両腕を広げた。
氷狼竜も本気なのだろう。無駄話をしている余裕はない。
「……っ、合わせる」
そうなれば、ツバキのやり方に合わせるしかなかった。
私がしくじれば、彼が死ぬ可能性もある。
そんな──他人に命を任せるような闘い方を、私は知らない。
「んじゃ、カバー任せた!!」
言いながら、ツバキは太刀を低めに構えて走った。
狭い洞窟で間合いを測るのは難しい。
氷狼竜の懐に入り込むようにしてツバキが太刀を振り上げると、氷狼竜は太刀の間合いから離れるように飛び退く。
振り上げられる鋭い爪。
しかし、氷狼竜の飛び退いた先は私の剣が届く範囲だ。
「やはり多対一は苦手なようだな……!」
右足に剣を叩き付ける。
悲鳴を上げる氷狼竜。次いで、切り返したツバキの太刀が氷狼竜の頭に叩き付けられた。
絶叫が洞窟に響く。
頭部から流血し、それが充血なのかどうかも分からない程に赤く光る氷狼竜の瞳。
怒りに震える身体と、吐き出す吐息に混じる冷気。
本気で命の危機を感じ、生きる為に戦う事を選んだ生き物は強い。
「来るぞ!!」
「分かってる!!」
二人で飛び退いた。
地面が抉られる。
背後を取った私が剣を振ろうとすると、氷狼竜は身体を回転させて爪で辺りを薙ぎ払った。
前転してそれを交わし、剣を振り上げる。
しかし、氷狼竜はそれに反応して横に飛んだ。
さらに壁を蹴り、反転してその牙を私に向ける。
「どんな動きしてんだ!!」
間に入ってきたツバキの太刀が、氷狼竜の前脚を切り裂いた。
それもお構いなしに私に突進してくる氷狼竜。
盾を構え、なんとか牙を弾き、爪を受け止める。
氷狼竜の背後からツバキが太刀を振り下ろした。悲鳴が聞こえ、再び氷狼竜は後ろに跳ぶ。
狭い洞窟の中。
追い込んでから距離を取れば、その視界に獲物が二つ映る事を氷狼竜は理解し始めていた。
少しずつ形勢が逆転し始める。
「若いって良いなぁ!! 吸収が早くて!!」
大声でそう漏らしながら、ツバキは太刀を大きく振って氷狼竜の右側に回り込んだ。
しかし、向かう先は壁際。
刀身の長い太刀を振り回すのは難しい。
走りながら、ツバキは私に視線を向けたかと思えば氷狼竜の左側に迎えと言わんばかりに目配せしてくる。
氷狼竜の背後に回り込めということか。
この男はその為に自ら追い込まれる場所に向かう選択肢を取り、私に余裕を持たせるつもりだ。
それで私が失敗したら、自分が危ういというのに。
「こっちだ狼男!! 今宵は満月でもないんだから大人しくしてな!!」
言葉の意味は分からないだろうが、その大声で氷狼竜の意識は完全にツバキに向く。
氷狼竜の脇を通り、背後を取ろうと地面を蹴った。
一瞬、脇を通ろうとした私に氷狼竜がその爪を振り回す。
前転して交わした。同時に、ツバキが大振りの太刀を氷狼竜に叩きつけて私から意識を逸らす。
太刀が壁を叩いた。
隙を晒したツバキに、氷狼竜が両手を振り上げる。
しかし、それで完全に氷狼竜の意識は私から外れた。地面を蹴る。
「残念だが、俺の──」
「貰った!!」
「──俺達の勝ちだ」
洞窟の壁を蹴り、身体を持ち上げた氷狼竜のうなじに狙いを定め──跳躍と重力を一緒にそこに叩き付けた。
背後からの、無意識からの、一撃。
鮮血が飛び散り、瞳孔を開いて息を漏らす。揺れる瞳に私の顔が映っていた。
ゆっくりと、倒れる。
吐息の音だけが洞窟に木霊した。
「悪いな」
そう言って、ツバキが太刀を振り上げる。
私達を睨む氷狼竜の表情を見て、彼は少し目を瞑ってから刀身を振り下ろした。
静かになる。
「……よし、クエストクリアだな」
「貴様は早死にする」
「え、なんで突然そんな予言みたいな事言い始めるの!?」
氷狼竜に手を合わせて、素材を剥ぎ取ろうとするツバキ。
私がふと漏らした言葉に、彼は嫌そうな表情で振り向いた。
「貴様は自ら以外の存在に寛容過ぎる。そのような生き方をしていれば、いつか足元を掬われてもおかしくはない」
「言葉が難し過ぎて何言ってるか分かんないんだけど」
「……何故貴様は私をそうも信じられる」
目を点にして固まっているツバキに、私はため息を吐いてそう漏らす。
自分以外の人間は、自分とは違う思想を持ち自分とは違う才能や身体能力を持っている──文字通り自分とは全く違う存在だ。
自分が出来ると思っている事を相手は出来ないかもしれない。やってくれると思った事をやってくれないかもしれない。
そうして他人に裏切られた時、他人を信じて行動していた者は置いて行かれてしまう。
「裏切られたら、どうするつもりなのだ」
「裏切られたら……か。その時はその時じゃね?」
「は?」
真顔で帰ってきた言葉に、今度は私が目を丸くした。
そうして固まった私に、ツバキはこう続ける。
「信じて疑ってないって……そういう訳じゃないんだよな。別にお前じゃなくて里の仲間だって、立てた作戦通りに行かないこともあるし失敗する事もある」
「割を食うのは貴様ではないのか」
「だから、そうなったらそうなったら……というかなぁ。別に、そうなってもソイツを信じて自分がやった事なら納得出来る──いや、違うな」
自分で言った事を一度否定して、ツバキは再び私に背中を向けて剥ぎ取りを再開した。
「相手が失敗して自分が割を食っても
「割を食っても良い……相手」
私が失敗して自分が割を食っても、
そうでなければ、あのような行動はしない。
「それに、俺は弱いからそんな自分でたいそうな事出来ないからよ。そんな訳で、これからも頼りにしてますよライラック先生〜」
腑抜けた顔で私の肩を叩くツバキ。
この男は私を本当に信用しているらしい。
「……これからも、か」
それが、仲間というものなのか。
友達というものなのか。
私にはまだ、少し分からない。
復活です──と、言いたいところですが今後不定期更新になります。よろしくお願いします。