盟友クエスト【完結】   作:皇我リキ

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黄金ダンゴ

 ルナガロンの討伐から数日が経った。

 

 ジンオウガ、ルナガロン。

 二匹のモンスターが短期間の内に現れた城塞高地だが、今は安定しているという報告が耳に入る。

 

 

 しかし、私は騎士だ。

 状況に関係なく、成すべきとされた事を成すだけの存在である。

 

 

 仕事がないのなら、己の身体を鍛えるのが我々騎士の責務だ。

 

 

「しかし、静かなのはいい事だな」

 朝の紅茶を嗜みながら、今日のトレーニングメニューを考える。

 

 身体を休めるのも騎士としての務めだ。

 そして紅茶を飲み切ったら、休めた身体を国の為に使う。今日は有意義な一日になるに違いない。

 

 

 そう思って、最後の一杯を口にしようとしたその時──

 

 

「おいライラック!! 金貸してくれ!! 釣り行こうぜ!!」

「は???」

 ──私の紅茶は机の上の書類を汚すのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ツバキを部屋から摘み出し、机を拭く。

 

 

「ごめんて!! 突然声掛けて驚かせてごめんて!! 許して!! ねぇ!! ライラックちゃん!!」

「誰がライラックちゃんだやかましい!!」

 家の前で叫ばれるのも面倒だ。最早存在そのものが面倒と言える。

 

 私は彼──ツバキを部屋に招いて掃除をさせた。当たり前である。人の有意義な時間を潰したのだから。

 

 

「許して」

「許さん」

「良いのか? 大声で泣き叫ぶぞ? この年頃の野郎の情けない鳴き声をエルガド中に響き渡らせる。凄いぞ、あまりにも醜いからな?」

「なんの脅しだ!? 辞めろ馬鹿者が!!」

「じゃあ許して」

「命と引き換えに許そう。その罪を償うが良い」

「待った待った待った!! 本当に待った!!」

 朝からやかましい。

 

 

「……それで、要件はなんだ」

「あ、話は聞いてくれるんだな」

 そうしないと何も終わらないという事くらいはもう分かっているからだ。

 

 

 このツバキという男は、確かにハンターとしての腕は確かである。

 その考え方や感覚はまだ納得出来ないが、この国にとって有益な存在である事は確かだ。

 

「だから、金貸して欲しいんだよね。釣り行こうぜ」

 しかし、それはそれとしてこの男の、こういう人としてどうにかしている所が私は気に食わない。

 

 

「どうしてそうなった。この前のクエストで報酬をもらった筈だろう」

「飲み食いに使い過ぎて今日の食事代がないんだよ……」

「のたれ死ね戯けが!!」

 私はツバキを部屋から摘み出し、紅茶を入れる。外でツバキが泣き叫び始めた。

 

 

「もう許してくれ」

「流石に謝られると俺も申し訳なくなるけど、とりあえず話を聞いて欲しい」

「はぁ……」

 もう一度ツバキを部屋に招き入れる。

 

 一応、彼の分も紅茶を入れた。

 

 

「別にずっとこんな感じでその日暮らしをしてる訳じゃないのよ。俺もね、貯金する時とかはちゃんと貯金するの。ただなんか突然武器が壊れたり、必要な道具が出て来たり、逃げるのに邪魔だから防具を狩場に捨ててきたりしてお金が飛んで行っちゃうだけなの」

「最後のは狩人としてどうなのだ?」

「んで、この前一緒にルナガロンと戦ったじゃん?」

 数日前。

 

 彼は私の部屋に来て、金がないから一緒にクエストに行こうと持ちかけてきたのである。

 確か太刀の修繕費用がないとか言っていた筈だ。

 

 

「その金で太刀を治しても暫く遊んで暮らせる計算だった訳よ」

「言い方が最悪だがこれ以上ツッコミを入れると話が進まなくなる。続きを話せ」

「ただ、ルナガロンと戦ってる時にさらに太刀痛めちゃってさ。加工屋に持っていったら予定の倍くらいお金取られちゃってな」

 頭を掻きながらそう漏らしたツバキは、さらにこう続ける。

 

「そんで、不貞腐れて数日間ヤケになってたら気が付いたら財布から金が消えてて……。冷静に考えたら俺が全部悪いなコレ。いや、ごめん帰るわ」

「いや、待て」

 話の途中で目を細め、背中を向けるツバキの肩を私は掴んだ。

 

 

「え……ライラックさん?」

「太刀の修繕費に関しては私にも非がある。エルガド内でのたれ死なれても迷惑だ。一度図々しい態度を取りながら引き下がるのも気に食わない。死んだ魚のような目も気に入らん」

「さてはお前俺の事嫌いだな!?」

「嫌いだが?」

「泣くぞ!?」

「しかし、私は騎士だ。そして貴様は客人であり……貸しもある」

 認めたくないが、彼には何度か助けられている。その貸しをいつまでも貸しにしておくのは、私の騎士としてのプライドが許さなかった。

 

 

「良いだろう。貴様を助けてやる。光栄に思え」

「ははー! ライラック様ー!」

 ツバキは跪いて頭を下げる。この男にはプライドはないらしい。

 

「痛い!? 何すんのよ!!」

「それで、どんなクエストに行くのだ?」

 私はツバキを蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 同日。

 

 静かな空気の流れる城塞高地。

 

 

 そのベースキャンプで、私達は座り込んでいる。

 

 

 

「──私は何故、今……釣りをしている?」

「──言ったじゃん。釣り行こうぜって」

 揺れる水面。

 

 釣竿は揺れない。

 

 

「クエストは!?」

「だから、ないんだって。平和なのは良い事だろ」

 死んだ魚のような目で、魚影の映る水面を見ながらツバキはそう言った。

 

 

 ルナガロン討伐後、城塞高地の生態系は比較的に安定する時期に入ったのだろう。大型モンスターが現れたという情報も入っていないらしい。

 

 

「城塞高地が平和だろうが、他にも助けを待つ人や国の発展の為に必要な素材を集めるクエストがあるだろう。この場所だけが我々の仕事場ではないのだぞ」

「そんな気を張ってばかりいてもしょうがないだろ。偶にはこうやってのんびりするのも大事って事」

 そのまま惚けた面で水面に視線を落とすツバキ。

 

 静かな空間で、水面が魚の跳ねる音を立てた。

 

 

「おっしゃ、大物──じゃないな。はじけいわしかよ。焼いて食うか」

「呑気な奴だ……」

「暇も潰せるし、良い魚釣れば金になる。さらに釣りたての上手い魚が食える。一石三鳥だろ?」

 釣ったばかりの魚を焼きながらそう言って、ツバキはそのまま焼いた魚を片手に釣竿をもう一度振る。

 

 

 静かな時間が流れた。

 

 

 黙ると死ぬのかと思っていたツバキという男だが、黙る時は黙るらしい。

 

 ただ、水面に視線を落としてその時が来るのを待つ。

 

 

 

 悪くない時間だと、少しだけ思ってしまった。

 

 

 

「心を落ち着かせるのも、騎士の務めか」

「おっしゃ二匹目!!」

「良く釣れるな」

「お!! 三匹目!!」

「なに……」

「四匹目ぇ!! 今日は絶好調だぜ!! あれぇ??? ライラック君はー??? まだ一匹も釣れてないのかなー???」

 釣り針に刺さって身体を跳ねさせるはじけいわしを手に取り、形容し難い表情で私の目を見るツバキ。

 

 

 何が黙る時は黙る、のか。

 静かな時間だと、悪くない時間だと、私は何を愚かな事を考えていたのだろう。

 

 

「黙れ釣られて死んだ魚の目をしている馬鹿が!! 今、私は大物を狙っているのだ!! 静かにしていろ!! 今すぐ貴様の釣った雑魚とは比べ物にならない大物を釣り上げてくれる!!」

「はじけいわしちゃんの事雑魚とか言うなよ雑魚とか!!」

「貴様が雑魚だと言っているのだ死んだ魚の目!!」

「俺の目がそんなに嫌いか!?」

 このツバキという男に遅れを取っているという事実が私は許せない。

 

 立ち上がり、私は一度釣竿を振り上げた。

 そしてアイテムポーチから取り出した()を釣り針に仕掛ける。

 

 

「お前!? それは!?」

「そらそらそら!! もう四匹釣れたぞ!! どうだ!!」

 大量に釣れたはじけいわしをツバキに見せ付け、私は愉悦に浸った。

 

 更に三匹。

 一瞬の内に私はツバキの倍ほどの魚を釣り上げる。

 

 

「釣りフィーバエは狡いだろ!!」

「賢いと言え。勝負は戦略と腕が物を言う。それはどんな戦いにおいても同じだ! 貴様はモンスターが火を吐いて来たら自分が出来ないから狡いと言うのか!?」

「ヤケになってもっともらしい事を言うなよ!!」

 結果が全てだ。

 

 

 

「そとそも煽ってきたのは貴様だ」

 少し落ち着いて、私は溜め息を吐く。

 

 この馬鹿に乗せられると自分を保てないで困るのだ。

 

 

「で、貴様は何故餌を使わない」

「虫……苦手なんです」

「なるほど。あまりにもダサいな」

「酷い」

 カムラの里の猛き炎が、虫が苦手──等という話があるとは驚きである。

 

 あの里は翔蟲を使った狩猟術に長けている里だった筈だ。

 

 

 

「カムラの人間は蟲と友好な関係性である、と聞いていたが?」

「個人差ってあるでしょ」

「そもそも貴様は翔蟲を使っていたろう」

「我慢して使ってます。あんまり顔見たくないです」

「どれだけ苦手なんだ……」

 これでコレが翔蟲を自在に操り、里の英雄となった猛き炎という呼ばれ方をしているのだから、やはり噂というのは尾鰭が付くものなのだろう。

 

 

 

「しかし、致命的だろう。虫を苦手として狩りに出るのは」

「一応それなりに克服してるんだけどな。……ヤツカダキっているだろ? アレ見た時は気絶しそうになったけど」

「アレは厳密には虫ではないが……。カムラの里のハンターがそれなのはどうなのだ」

 私が目を細めてそう口にすると、ツバキは苦笑いしながら頭を掻いた。

 

 それでも、彼は正真正銘カムラの里の猛き炎なのだろう。その腕だけは確かだ。

 

 

 

「まー、里には俺以外に凄いハンターなんて沢山いるしな。カエデっていう幼馴染が居るんだけど、ソイツは操虫棍使って翔蟲もバンバン使って、ずっと空飛んでたライゼクスと空中戦して一人で倒しちまう化け物なんだけど」

「どっちがモンスターなんだ」

 なんだそのハンターは。本当に人間なのか。

 

 

「だろ。……俺はただ虫が苦手な平凡なハンターだけど、里には凄い奴が沢山居るからな」

「しかし、貴様は確かに猛き炎だ」

「ん? ドユコト」

「なんでもない。操虫棍……そうか、カムラか。やはり少し懐かしいな」

「なんかカムラに行ってた事あるんだっけ」

「本当に少しの間だがな」

 あの時──

 

 

「本当に、少しだ」

 ──あの時。カムラの里で出会ったあの男も、操虫棍を使って狩りをする特訓をしていたのを思い出す。

 

 カエデ──という名ではなかった。彼ではないのだろう。

 

 

 

 彼は今頃、何をしているのだろうか。

 

 

 

 

「──さて、そろそろ本気出すか」

「今更何を……」

「そもそも俺の目的は金儲けだ。こんなチビ魚を食べる為じゃねぇ!! くらえ、黄金団子!!」

 言いながら、ツバキは餌の練り込まれたダンゴを釣り針に掛ける。

 

 

「勝負は釣った魚を売ってより金になった奴の勝ちだ!!」

「狡いぞ貴様!!」

「賢いと言え!!」

「貴様には負けん!!」

「やってみろオラ!!」

 私にも馬鹿が移ったのか。

 

 

 柄にもなく真剣になり、声を上げてしまった。

 

 

 こんな腑抜けた姿、騎士として他の仲間に見られる訳にはいかないな。

 仲間は勿論、姫様やフィオレーネさんには到底見せられる姿ではない。これが愚行である事は承知の上である。

 

 考えられる限りで見付かれば最悪なのはやはりバハリか。バハリなんかに見付かった日には、仲間達全員に言い回されて私の人生は──

 

 

 

「やーやー、珍しいなライラック。こんな所で釣りに興じてるなんて。どういう風の吹き回しだい?」

 ──私の人生は終わりを迎えた。

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