天之河を天之川と表記して気付かないのは致命的すぎました…。誤字報告ありがとうございました。
橋が崩れる音とベヒモスの断末魔の如き叫び声が洞窟内に響き渡る中、彩人がハジメを抱え、奈落へ落ちていく。
「いやぁ!彩人くん!ハジメちゃん!」
その光景を見た香織が二人の所へ行こうとする。
「ダメよ、香織!」
飛び出す前に雫が香織を押さえつける。しかし香織は暴れて拘束から逃れようとする。
「嫌よ!離して!彩人くん!ハジメちゃーん!」
「香織……」
雫も香織の気持ちは痛いほど分かる。自分も二人を助けに行きたい気持ちがあるが、犠牲者を増やす訳にはいかない。しかしかける言葉が分からず、雫は自身の無力さを恨んだ。
「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲と轟はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」
天之河が香織を案じて言葉をかけるがそれは火に油を注ぐだけだった。
「無理って何?!二人は死んでない!きっと助けを求めてる!」
底の見えぬ奈落の底へ落ちた以上、助かる見込みはほぼ無いだろう。しかし今の香織はそれを受け入れられる状態ではなかった。
香織の変貌に周りはオロオロするばかりだった。
やむを得ずメルド団長が香織を止めようとした時。
「「天の伊吹―――満ち満ちて、癒しと安らぎを与えよ―――恵睡」」
二つの詠唱の声が重なる。
「彩人…く、ん…………」
次の瞬間、淡い光が香織を包み込み、香織は意識を失う。眠りの魔法だ。押さえていた雫と天之河は倒れそうになる香織を支えた。
「む…中村と谷口か。済まないな」
「…いいえ、お気になさらず」
「これ以上、カオリンの苦しそうな姿を見たくなかっただけです」
毅然とした振る舞いをしていても二人の杖を持つ手が震えているのを雫は見逃さなかった。
「ありがとう、二人共。あのままだったら香織は二人の後を追っていただろう」
天之河は眠ったままの香織を雫に預けながら二人に礼を言う。
「…礼を言う暇があるんですか?」
「…え?」
恵里の冷たい声が天之河に刺さる。
恵里の反応に天之河が困惑していると香織をおんぶした雫が答える。
「今は時間がないの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまう前に、何より香織が壊れる前に止める必要があった。……ほら、あんたが道を切り開くのよ。ハジメちゃんも言っていたでしょう…」
雫の言葉で奮起する天之河。
「そうだ、早くここを出よう」
クラスメイト達は精神的にも身体的にも疲弊しきっていた。目の前で二人も死んだのだから。蹲って恐怖に打ちひしがれる者や「もう、いや!」と叫ぶ者も居た。
だからこそ、リーダーが必要なのだ。
「皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」
天之河の一声でゆっくりだが腰を上げるクラスメイト達。
今なお数を増やすトラウムソルジャーを無視し、天之河と騎士団の鼓舞で長い階段を登り、フェアスコープで罠を回避して何とか20層まで戻る事に成功。
「帰ってきたの?」
「戻ったのか!」
「帰れた……帰れたよぉ……」
クラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。
しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。
メルド団長が心を鬼にして撤退を急がせる中、
「まさか本当にやるとはな……」
「止めた方が良かったかな……」
「いや、アイツの言葉に従おう」
「う、うん……」
清水と辻の二人は彩人から聞いた通り、彼らを攻撃した犯人を見つめながら彩人との会話を思い出していた。
――――――――――――――
『…頼みがある』
『な、なんだよ急に』
『実はな………』
彩人は自身が狙われていることを話し、その犯人も告げた。
『…はっ?いやいくらなんでもアイツだからって人殺しを?しかもさっき助けられたのに?』
『する。この後俺はベヒモスを止めに行くんだが、俺とハジメがベヒモスから離れるときに魔法による一斉攻撃を行う。そのどさくさに紛れて事故に見せかけようって魂胆だろうな』
『…そこまで分かってんなら止めればいいじゃないか』
『いや、止めたら余計に拗れる。ヤツはそういう人間なんだ。ま、恐らくちょっとどつく程度の感覚でやるんだろうな』
『…(ゾワッ)、事情はわかった。それで頼みって……』
『万が一俺が本当にやられたら香織を支えて欲しい。依存気味だからな……彼女』
『…それならお前が側に居てやれよ』
『それが一番なんだろうが……ヤツはかなり追い詰められてる。グランツ鉱石の事があったろ?』
『…確かに』
――――――――――――――
そう、まだもしもだったから良かった。しかし現実は残酷だった。彩人が言った人物が、炎属性の魔法でハジメを狙った。直接彩人を狙った訳ではないが、彩人は凄まじいスピードで移動が出来る。ハジメを庇わせて道連れにしたのだ。
『想像以上の外道だ…』
『トシくん……怖いよ』
恋敵を消す為に他人を巻き込む必要性はあるのか。清水達はそいつを警戒しながら迷宮を歩くのだった。
ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。
そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角にある目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め微動だにしない。もし、クラスメイトが彼のこの姿を見れば激しく落ち込んでいるように見えただろう。
だが実際は……
「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツが悪いんだ。雑魚のくせに……ちょ、調子に乗るから……て、天罰だ。……俺は間違ってない……白崎のためだ……あんな雑魚に……もうかかわらなくていい……俺は間違ってない……ヒ、ヒヒ」
暗い笑みと濁った瞳で自己弁護しているだけだった。
そう、あの時、軌道を逸れてまるで誘導されるようにハジメを襲い、彩人を傷付けた火球は、この檜山が放ったものだったのだ。
階段への脱出と彩人達の救出。それらを天秤にかけた時、彩人達を笑顔で見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。今なら殺っても気づかれないぞ? と。
そして、檜山は悪魔に魂を売り渡した。
バレないように絶妙なタイミングを狙って誘導性を持たせた火球をハジメに向け、それを庇った彩人に命中した。流星の如く魔法が乱れ飛ぶあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠もないし分かるはずがない。
そう自分に言い聞かせながら暗い笑を浮かべる檜山。
その後ろから声が聞こえた。
「ふぅ……ん、やっぱり君……いや、お前だったんだな」
「ヒッ……だ、誰だ!!」
檜山が振り替えるとそこにいたのは見知ったクラスメイトの一人だった。しかし檜山にとっては最も会いたくない人物だった。
「あ……あぁ………なんで、お前が………」
「そんな事は関係ない。ねぇ、どんな気分?散々ohanasiしたのにまだ懲りてないんだぁ……そっかそっかぁ………この人殺し」
「ち、違………お、俺は………」
「何が違うって?」
その人物に両手で顔を押さえられる檜山。ブラックホールのような暗黒空間のようなハイライトを喪った瞳がこの上ない殺意を突き刺してくる。
「あ、あぁ………………」
「ねぇ、質問に答えなよ。何が違うのかな?」
「………ご、めん……なさ………」
恐怖のあまり檜山は謝罪の言葉を述べる。涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃである。
「何で僕に謝るの?謝るなら彼…とハジメちゃんに、でしょ?」
「ア…………」
「お前にとっては恋敵でも僕にとって彼は生きる理由なんだ。彼の為なら命だって惜しくはなかった。でも死んだら彼が悲しむ。…それなのにお前は僕から彼を奪った。それだけじゃない。彼が黙ってるのを良いことに好き勝手してたよな?」
「…………」
「…気絶しちゃったか。まぁ彼がそう簡単に死んだりしないよね。ハジメちゃんが少し羨ましいけど…。まぁ、戻ってきたらいっぱい甘えちゃおうっと」
するとその人物は気絶した檜山を放置して自分の部屋へ帰っていった。
「ここここ、怖っ!怖いよ、な、何なのさあの子!彩人くん、あんな危険な子とよく今まで居られたなぁ……」
それを目撃してしまったフューが戦慄していた。
最後のは誰でしょう?(白目)