ニジとサンジの狭間くん(編集中)   作:しぃすけ

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第1話

約一週間が経つと、仮入部の期間も終わり、新入部員が入るか否か、と怯える日々からようやく解放された。

 

 今日は心機一転改めて部員の自己紹介が行われる。

 新入部員は一年生五人に二年生から六花が一人の系六人と、平均よりも多い、まずまずな結果となった。

 

 部活が始まると、いつものように南部長が場を取り仕切りはじめる。

「じゃあ一年から自己紹介よろしく。名前と、入部の理由と、演劇部で志望するポジション。あとは趣味とかだな」

 

 壇上に五人の一年生が並ぶ。俺からみて左端には、一年生唯一の男子で、新入生歓迎公演の際のファーストペンギンこと、伊丹蒼(いたみあおい)が立っていた。

 

 端に立っていた事もあり、自己紹介はなし崩し的に伊丹から始まることになりそうだ。

 どうやら落ちつかないらしく、先ほどからそわそわと、ボリュームのある茶髪を耳にかけたりしている。その仕草はやけに色っぽく、「え? 実は女子なんじゃないの? じゃあ今年の新入部員男子なし?」なんて馬鹿なことを考えてしまうが。

 はっきりと筋の浮き出た首元と、喉仏が、彼が男子である現実を俺に突きつけてくる。

 

 ま、そもそも男子トイレで鉢合わせてるから知ってたんですけどね。

 

「伊丹葵です! 演劇部に入部したのは……その、オレ、こんな見た目だから、女っぽいとか、女々しいとか言われるんです。だけど、演劇の役なら、なりない自分になれるかなって、思ったんです。だから、オレ、男らしい役をやってみたいです。なので、自分で脚本とかも、書いてみたいなって思ってます」

 

 

 動機は、理想の自分になりたいから、か。事情は違えど、現実に嫌気が差して、演劇で理想の世界を創ろうとした誰かさんと重なった。

 伊丹が、なんだか他人とは思えなかった。

 

 色っぽいだとか、男の娘だとか、内心で舞い上がっていた己を反省する。あとで、台本の書き方なんかも教えてやることにしよう。次に俺が書く台本では、男らしい役を出してみてもいいかもしれない」

 

 他の一年生たちは、二.五次元オタクだったり、筋金入りの腐女子だったり、新歓を見て憧れた、であったり、変わった高校生活を送りたい、であったりと、まあ、例年通りと言った感じだ。

 

 

 自己紹介を終えると、いつも通り基礎練習に移る。

声を出す練習であったり、軽い筋トレ、体幹だったり、アドリブの練習だったりと、多岐にわたるのだが、中でも、前述の体感トレーニングが曲者だった。

 筋トレに比べて、体感トレーニングは、正直苦手だ。慣れないうちはそれこそ声をあげてしまいそうになるくらいにはきついわけで。 

 

 うつ伏せの状態で肘から下だけで体を支える、いわゆるプランクの最中に、六花に視線を向けると、堪えるような表情に赤らんだ顔、滲んだ汗、そして。

 

「はっ…はっ……あっ…ふっ、くっ…んっ…はやくぅ…んあっ…」

 

 息を漏らすようにして出される喘ぎ声…にしか聞こえぬ苦悶の声。

 改善をしようにも、女子部員に理由を懇切丁寧に説明する必要性がでてきてしまうという巧妙な罠が仕掛けてあるためにもうどうしようもない。ただひたすらに、耐えるしかないのだ。

 

 体幹トレーニングを終えると、次は二人一組になっての柔軟のメニューに移る。

 なお、この際、伊丹と俺、先輩の男子三人組は隅の方に追いやられる。

 

「うし、やるぞ」

 

 

 女子の向いてる方向によってはごく稀に下着が露わになっていることもあったりなかったりだ。

 

 慣れておらず、その辺りの警戒心も薄い鈴木がペアということもあり、

 六花のスカートが捲り上がり、視線は自然と太ももと太ももの間に吸い寄せられてしまう。

 まずい、

 そして見えた。ピンクと白のボーダーが。

 

 

「縞パン……だと……」

 

 驚きのあまり、手元で背中を丸めている伊丹の背中を思いきり押してまった。

 

「いたたたたたたたた! 何するんですかもう〜」

「マジですまん。ちょっと縞パンがな……」

 

しまった。つい口に出してしまった。

 

「しま…島がなんです?」

「なんでもない。忘れろ忘れろ」

 

 そういいながら、伊丹の背中をぐいぐいと押す。

 

 「ちょ、ちょっと先輩⁉︎」

 

女性陣の方からも時折悲鳴が聞こえてくる。

そんな賑やかな様子を見ていると、他の新入部員たちも、上手くやっていけそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

08 スポーツテスト 

 

 翌日の二時限目、俺はぐったりとした気分で、グラウンドに突っ立っていた。

 年に一度、この時期になると必ず訪れる忌まわしき行事、スポーツテストである。

 現在俺と朝直は、ソフトボール投げの順番待ち中だった。

 

 暇つぶしに、朝倉と、六花のことについて改めて話す。

 

「で? 以降どうだ、如月とは」

「わからん」

 

 俺は、もはや考える事が面倒になり、そう言い放つ。

 

「わからんって、お前……」

「出会い方が衝撃すぎた分、話すようになってからは……まあ、そこからも色々あったし、やっぱり俺のこと知ってそうだしで……」

 

 正直に言おう。俺は、言葉の上では彼女を

 内心では、嫌でも現実を直視してしまう心の奥底の冷え切った部分では、

 如月六花を、過去どこかで接点のあった、意味深な言動を繰り返す、痛いボクっ娘だと、そう思っていた。

 もちろん、俺に対する執着の強さは気になっていたが。

 

 だが、台本読みの際、初めて六花の演技を見て、俺はわからなくなった。

 俺の直感的なものが、「彼女は”本物”だ」と、そう感じたのだ。

 

 本物。それはつまり、模造品ではない。偽物ではないということ。

 ボクっ娘も、意味深な言動も、彼女の本心から生まれでたもの。

 

「不気味か?」

「ああ。だから余計に惚れた」

 

 俺は朝倉に、宣言するかのように、きっぱりと告げた。

 朝倉は、虚を突かれたような表情を浮かべると、

「ふっ」

と、一息だけ、確かに笑った。

 

「そんな”だから”の使い方、初めてみたわ。お前、やっぱり変わってるわ」

 

 そういって朝倉はこちらに視線を向ける。その表情は、心なしか、羨んでいるようにも見えた。

 それを言うなら、高校生というには些かおっさん臭い風貌に、おっさん臭い言動を、完全に自分のものにしているこいつだって相当に変わっていと思うが。

 

「ま、変わってる、らしいな。自分じゃ、よくわからないけど」

 

 おかげで、人がしないような苦労も、多少はしてきたという自覚はある。

 

「ああ。その言葉は、本当に変わってるやつしか言わない」

 

 朝倉は、ハンドボールをカゴから取り出すと、白線の前に足を揃える。

 

「それに、俺は、ただ諦めただけだ……よっ!」

 

 朝倉が、鬱憤を晴らすようにボールをぶん投げる。

 そのボールは、今まで投げた誰よりも、遠くまで飛んでいき、その勢いを重力に潰されるかのようにして、ぽてんと落ちた。

 

 朝倉に続いて、俺もボールを投げる。ボールは、今まで投げた誰よりも高く飛び、遠くまで……飛ぶことなく目の前に落ちてきた。

 完全にコントロールを誤った。あれだけ高く飛んだなら、そりゃ飛距離も伸びんわな……。

 

 十点満点中、二点という、非常にしょっぱい点数を、スポーツテストの評価シートに記録していると、やけに……いや、不自然なほどにワイワイと盛り上がった女子の集団がグラウンドに出てきた。

 室内での種目が終わったのだろう。

 

 その盛り上がりの何やら盛り上がっている様子。

 話している内容はここからでは聞き取れないが、集団の中心に、ピンク色の頭が見えたことから察するに、話題の原因は六花なのだろう。

 

 すると、集団がこちらにやってくる。どうやら、真っ先に六花がソフトボール投げを行うらしい。

 

 本来なら、俺たちもさっさと室内へ行かなければならないが、折角なのでお手並み拝見といこう。

 ……盛り上がりの原因も気になるしな。

 

「俺はあいつが投げるとこ見てから行くけど、お前は?」

「ああ、俺はいい。先行ってる」

 

 スポーツテストは一応、ペアで進めることになっているので、俺がいないとどうしようもないはずだが……ひょっとしてあいつなりに気を使ったのだろうか。

 いや、あいつなら一人でさっさと進めそうだな。

 

 朝倉が早々と立ち去ると、俺も、少し離れたところへ移動するため、腰を上げる。

 このままだ女子の群れに埋もれてしまうからな。

 

 女子陣とのすれ違いざま、六花と目が合う。

 

 何か、違和感を覚えた。

 

 グラウンドの端にあるベンチに座ると、

ちょうど、六花が投球するところだった。

 

「よーしいくよー!」

 

 快活とした掛け声とともに投げられたボールは見事な放物線を描き、

朝倉よりも遥か遠くへ飛び

白線で書かれた最も大きい数字である、50mのラインを大きく越え、白線の手前に落下した。即ち、測定不能。おそらく、60メートル近いだろう。

 俺は、以前テレビのスポーツバラエティ番組で、髭を蓄えた筋骨隆々のハンマー投げ金メダリストが、高校の時は65メートルくらいでしたといい、他の選手達から驚愕されていた光景を思い出していた。

 そのたった5メートル手前ということだ。

 

「はあ……⁉︎」 

 

 俺は、女子の群れから歓声が沸き起こる中、一人目を向いて驚いていた。

 

 そして、女子達の妙な盛り上がりの原因も推測できた。立花はおそらく、他の競技でも同じように、出鱈目なほどに突出した記録を出してきたのではないか。

 

 俺は、自分のテストそっちのけで、六花が次のテスト、五十メートル走に参加するのを待った。

 

 体育係の、「位置について、よーい」の声に合わせ、如月が重心を落とす。

 如月が一瞬、眉を顰めたような、そんな気がした。

 

 数泊置いて、スタートを意味するフラッグが上がると、立花は弾丸のような速度で飛び出した。

 

 圧倒的に早い。同じタイミングで走り出した陸上部の女子を明らかに引き離している。

 

 そして、六花はその速度を維持したままコースの中程を過ぎ、違和感は杞憂だったのかと思った、その時だった。

 

「あっ」

 

 女子の中の誰かが、声を漏らした。 六花が、前のめりに倒れ出した。

 

 ヤバい……!

 そう思った瞬間、世界の流れが遅くなった。

 驚く女子達の表情を、一人一人見ていけるんじゃないかと思えるほどにの遅さだった。

 

 そして、何かに堪えるような、立花のくしゃくしゃになった顔を見ると。

 

──気づけば、俺は走り出していた。

 

 

「六花っっ……!」

 

 ゆっくりとした世界の中、俺は地面を蹴り、六花の元へと掛ける。

 

 だが、ゆっくりだからこそ、一歩。あと一歩分、俺の腕は六花には届かないことを悟ってしまった。

 

 くそっ……! 駄目か……!

 

 その時、俺の体が、ガクンと、急激にバランスを失った。

 反射的に足元を見ると、ほどけた左足の靴紐を右足で踏みつけていることに気づいた。

 そして俺は、なすすべもなく、小石で満たされた地面に顔面から滑り込むこととんなってしまった。

 六花の転倒を止めることもできず、あげく、グラウンドにヘッドスライディングとか……マジでクソだ、現実。

 

 そう思った矢先、うつ伏せになった背中に、強い衝撃が走った、

 

「「ぐえっ」」

 

 

 い、痛ぇ……それに、なんだかやけに体が重い。

 いやまて、今、俺意外に、もう一人喋らなかったか?

 

 そう思った矢先だった。

 

「う……うう……」

 

 背中のあたりから、聞き違えようがない、六花のうめき声が聞こえてくる。

 

「六花!」

 

 格好つかない形とはいえ、六花の転倒という最悪の事態を免れた安堵感と、六花の状態を確認しなければという焦燥に駆られ、体をガバっと起き上がらせる。

 

 

 

 

 

 

 

「いたたたた!いったーーー! 」

 

 半泣きで、今までに見たことのない余裕のない言動をする六花に驚き、駆け寄る。

 

「大丈夫か⁉︎」

「ぜ、全身が激痛……動けない。ボク、ちゃんと手足ついてる?」

 

 痛そうではあるが…そのコミカルな様子に気が抜けた。

 

「ああ、手足はついてる。でも、まずは保健室だ」

「うん……」

俺は、六花の腕を取ると、肩に手をかけさせる。

 

「いたたたた……!」

 

 そして、悲鳴をあげる六花。

……やりずらいことこの上ないな。

 

 ワタワタと慌てる野次馬の中から、鈴木が出てくる。

 

「狭間さん、私も手伝います」

 

「いや、俺とお前じゃ体格差がありすぎる。二人で運ぼうとするのは、かえって危険だ」

 

 鈴木は一瞬だけ俯くと、すぐに顔を上げた。

 「では、如月さん搬入のための、保健室の裏口の開放と、養護教諭の中島先生への事情の説明、それだけでもさせてください!」

 

 鈴木は真っ直ぐに俺をみて言う。今度こそ、その申し出を断る理由はどこにもなかった。

 

「ああ、頼んだ。あと、他のやつらに、授業に戻るよういってくれるか?」

「はい!」

 

 鈴木は、普段のおどおどとした挙動が嘘のように、堂々とした姿で、他の生徒へと事情を速やかに伝えると、保健室へと駆けていった。

 

 一度、周囲を見渡して人目がないのを確認する。

 

 

「六花、ちょっと失礼するぞ」

「長太郎くん?」

 

 俺は、軽くしゃがむと、六花を横から抱き上げ、いわゆるお姫様だっこの形を作った。

「わわっ! お、重いだろう? 早くボクを降ろしてくれ」

 

 あの時は逃げられてしまったが、今度は絶対に落とさないし逃がさない。

 そんな覚悟で、俺は足を踏み出した。

 

「バカ、こういう時くらい、格好つけさせてくれ」

 

目を丸くする六花。

 

「……ありがとう」

 

 小さく六花がつぶやいた。

 

「おうよ」

 

 

 途中で合流した鈴木にも授業に戻るように伝える、なんとか六花を保健室へと運び込むことができた。

 

「……また筋肉痛だな」

 

思わず独り言を呟いてしまうと、聞こえてしまっていたのか一言、

 

「……バカはどっちさ」

 

 そう、ぼそりと言われた。

 ◆

 

「あーこれは結構酷いことになってるかもね」

 

 

 養護教諭の中村が、ベッドに寝そべった六花の足首を触りながら淡々と言う。

「いててててて……!」

 やはりと言うべきか、どうやら痛すぎて足が動けないらしい。

 

「大丈夫なんですか、如月は」

「簡単に言えば、肩を痛めてるのと、両足が重度の筋肉痛ってところだね」

過ぎて手足が動かせないらしく、ベッドに寝かされるがままになっていた。

 

 六花の話を聞けば、あの場で見たハンドボール投げと、50m走意外にも、反復横跳び、立ち幅跳びで、出鱈目な記録を出していたらしい。

 

 ちなみに、俺も一応怪我人扱いである。

 ヘッドスライディングの際、思い切り鼻を打ったらしく、六花を保健室に運び終え、安堵したのも束の間、鼻から一筋の赤い滝が流れてきたと言うわけだ。

 とどのつまり、鼻血である。

 鼻血ってお前、全然かっこよくねぇな。

 

「如月さん、あなた普段運動は?」

「あんまりしてないと思います……いてて!」

 

「それでそんなすごい記録だしたら、体も痛めるわけよ。でも、脱臼とか、肉離れとかはなさそうでよかったわ」

 

 その言葉を聞いて、俺もようやく、胸を撫で下ろすことができた。

 

「それにしても、如月さん。今までにもこういうことなかった?」

「……ないと思います」

 六花は一瞬思考を巡らせたあと、それを否定した。

 

「なるほどねぇ……」

 

「これってもしかしてあれですか? 火事場の馬鹿力的な」 

 

 人間は普段、脳がリミッターをかけることで、無意識に力をセーブしているが、自分の身に危険が迫った時などの緊急時、稀にそのリミッターが解除される時があるという。そしてその際、もれなくナントカという脳内物質が分泌されることにより、一時的にだが傷みを感じなくなるそうだ。

 

 

 

 そして、その説明は、そっくりそのまま、ここまでの六花の行動に当てはまっていた。

 

「ええ、話を聞く限り、そうかも。たまに運動部の子が、部活の試合とかで、今の如月さんみたいな状態なるのは見たことあるの」

 

「如月の筋肉痛、どのくらいで治りますかね?」

「まあ若いし、安静にして、ちゃんとアイシング続けてたら、一週間あれば余裕で完治するかな」

 

 そして、あっけらかんと六花に向けて言う。

 

「3日間くらいは、痛くて動けないかもしれないけど」

 

 悪魔か。

 

「ええ〜!そんな〜!!」

 

不満げな六花を見て

「若い子は元気でいいわね〜」

とぼやきながら、中島が冷凍庫から取り出したのは氷嚢だった。

「はい、アイシングするよ〜」

「冷たいー!」

 

しばらくそんな六花を眺めていると、裏口ががらりと開き、女子生徒二人組がやってきた。一人は、もう一人の方を組んだ状態で片足立ちしているところを見ると、捻挫かなにかしたのだろう。

「私、あの子立ちのこと見てくるから。じゃああとはお願いね」

 

 そう言って、中島は俺に氷嚢を渡すと、ベッドカーテンを閉めて、さっさと行ってしまった。

 

 ……やることは分かってる。要は、痛めた部分を冷やし続ければいいわけだ。

 

 ベッドに横たわる六花に再び目を向ける。

体操服のグリーンのハーフパンツから伸びる、程よく肉付いた、色白で健康的な太ももに目が吸い寄せられた。

 

 それに、力を抜いているが故なのか、足は内股になり、両手はだらんと頭のあたりに上がり、それはもう、完全に、「抱き枕カバー」のポーズだった。

 

 いかんいかん。今からやることは医療行為だ。

 

 「それじゃあ、はじめるぞ」

「うん……きて……」

 

 六花は潤んだ瞳をこちらに向け、囁くように言う。その表情はなんだか、やけに艶かしく感じた。

 

……あれ? 今からするのってアイシングだよな。ベッドで愛を育む方の愛寝具じゃないよな。

 いや、なんだよ愛寝具って。

 

 バカなこといってる場合じゃない。よーし、患部を見敵必殺(サーチアンドデストロイ)しちゃうぞー。ってバカ、そりゃヘルシングだ。

 

 六花の足に、氷嚢をあてがうと、足首からゆっくり確実に冷やしていく。

 ふくらはぎ、次にふともも。

 

「……じゃ、つぎは反対の足だな」

 

 そう言うと、六花が恥ずかしそうに言った。

「その……足の、付け根も痛めちゃったみたいで……そっちもやってくれないかな」

 

足の……付け根?

 となると、ズボンの上から冷やす他ないかと考えていると、

「脱がせば、いいんじゃないかな」

 

 そんなことを言われてしまう、

 

 確かにその方が効果的だが、いやしかし女子の衣服を脱がしたことは一度もないぞ。上手く脱がせられるのか、いやまて、そう言う問題じゅあないだろう。だが、これは医療行為で、最も効果的な方法をとるべきなのではないか。

 そこまで考え、俺がとった行動は

───下人の行方は、誰も知らない 芥川龍之介『羅生門』

 

 

 氷が溶けてぬるくなった氷嚢を、手慰みにもみしだく。

 ひとしきりアイシングが済ませた俺は、六花が横になっているベッドの端に腰掛け、用事だとかで出ていってしまった中村を待っていた。

 中村が留守の間は、誰か救護が必要な生徒が来たら呼びに来てほしいとのことだ。

 

 あれだけのことがあって流石の六花も疲れたのか、さっきから無言で天井を見つめたり、目を閉じたりを繰り返している。 

 また、俺も怪我人に無理して喋らせる趣味もないので、

 しんと静まり返った部屋の中、壁掛け時計の秒針だけが響いていた。

 

「長太郎くん」

 

 六花の一声が沈黙を破った。

 

「どうした?」

「ボクのこと、助けてくれて、ありがとう」

 

 そのかしこまった言葉に、少しだけ驚いた。

「気にすんな。まああれだ、体が勝手に動いた、的なやつだよ」

 

 六花は、ようやく調子を取り戻してきたのか、ふふ、と可愛らしく笑った。

「やっぱりキミは、ボクの王子様だ」

 

 王子様。俺にはまったく縁のない言葉だ。

 はじめて会った時、彼女が空から降ってきたあの時も、『やっと会えた。ボクの王子様』そんな言葉を言っていた。

 

「なあ、その王子様ってなんだんだ?」

 

 また、曖昧なことを言って、はぐらかされてしまうのだろう。

 そう思ったが、どうややら今回は、少し様子が違うようだった。

 

「王子様ね。ボクを助けてくれて、それで……」

 

 

「───ボクを……見つけてくれるの」

 

 六花の視線は、天井に向いているようで、どこか遠くを見ているように見えた。

 

 

 

 

「見つけるって……?」

 

 聞き返すなり、六花はいつもの明るい表情に戻る。いや、戻したというべきだろうか。

 

「ううん!なんでもない……いたたた!!」

「ちょっ! おい大丈夫か!」

 

 

 結局その後、すぐに中島が帰ってきたことで、それ以上のことは聞けずじまいのまま、俺は六花を保健室に残し、教室へと戻ることになった。

 

 

「王子様ね……」

 

 俺は生まれてこの方王族だった経験はないので、理想の男性だとか、運命の人だとか、そういった意味合いの比喩としての王子様なのだろうが。

 

 過去、やはり過去なのか……?

 ……さては前世か?

 

 

 

□□ーー『どこまで伏線把握してる?』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

●どこから落ちてきた? → 図書室のベランダじゃね?→そうらしいです

●どこに消えた? →死角じゃね?→そうらしいです

●体育館→どこ消えた?→途中退室らしいです

・『やっと逢えた、ボクの王子様』って? →電波女か、顔見知りの電波女じゃね?本人にきいてみたら →答えてくれない

・なぜか名前を知ってる → 演劇部ポスターでした

・前にどこかで会わなかったか?→内緒

 

・前も言ってたけど、王子様ってなんなんだ? →「ボクを、ボクをみつけてくれるの」

 

 

 

・距離近すぎて怖い、メンヘラビッチじゃないのか? →さすがにちゃうやろ

 

・名前呼びに変更しました

 

・隕石ふってきた

 

・髪の色がピンクなのに違和感抱かない

・リッカとラーメン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

09 王子様って? 

 

放課後、俺は朝倉に、あの後に起きた、一連の出来事を話した。

 六花が倒れたこと、そして、王子様についてのことだ。

 

「なあ、俺の前世って、どっかの国の王子様だったりすると思うか?」

 ド直球に聞いてみると、朝倉はげんなりした表情でこちらをみた。

 

「お前の前世が王子で、如月は、お前が王子だった時の前世の記憶を持ったお姫さまだとでも?」

 

 ノータイムで朝倉から紡ぎ出された設定に、思わず感心してしまう。

「おお、なんかいいなそれ」

「……なんでその一国のお姫様がボクっ娘なんだよ」

 

 それはほら、あれだろ、文化だろ。

 まあなんだ、いい趣味してるじゃねぇか。

 

「六花の言う王子様ってのは、なんなんだろな『ボクを……見つけてくれる』なんて、いってたが」

 

「本当の自分、的なやつか」

 

「なあ、俺は何を探せばいいんだろうか。」

 

「本当の自分って言うくらいだ、それはもうあれだろう。今の如月の人格は偽物で、本当の人格が」

「やめろやめろやめろ!」

 

 俺の夢を壊すようなこというな。

「……にしてもボクっ娘で二重人格か……ますます中二病電波女が極まったな」

 朝倉が肩を小さくすくめて言う。

 

 おい二重人格の話はやめる。古傷が疼く。

 俺にはもう一つの人格があり、そいつはうおおおー!!

 

 ま、誰にでも、そう安易と話せないような過去がある。そういうことに、今はしておこう。

 

 

 

【】

 

 結局、スポーツテストで全身を痛めた如月は、翌日学校を休んだ。さらにその翌日の土曜日にも、痛くて動けなーい、との泣き顔の顔文字付きのメッセージがLINEに届いた。

 

 そして、日曜日を挟んだ次の月曜日。

 帰りのホームルームが終わり、そそくさと教室を出た俺は、いつも通り視聴覚室へと向かっていた。

 常日頃、放課後というのは騒々しいものだが、今日はまた、一段と騒めいていた。

 理由は明確で、先のホームルームで、新学期の頭に行われるテストが返却されたのだ。 

 せっかくなので、俺も誰かと見せ合いっこに興じたいものだが、案の定、六花のテスト結果を見に来た女子の波に押し流されてしまった。

 クラスに転校してきたあの日の昼以来、積極的に他の生徒とも関わるようになった六花は、すっかりクラスの人気者になっていた。

 その影響か、女子の波の質も、なにがなんでも六花と話す、という目的を持った、より強固なものへと変貌したような気がする。

 おかしな話だが、なんだかこう、絶対に譲らないという意思を感じるのだ。

 

 六花は俺とテスト結果を見せ合いたがっていたが、ここで俺が残るのは、押し寄せてきた彼女らにも悪と思い、大人しく退散したのだ。

 決して、テストを見せ会えるほど仲のいい人間がいないなから、むしろ

押し流してくれてラッキーとかは思ってない。

 

「もっはろ〜……長太郎くん」

 部室でだらけていると、ようやく女子の群れから解放されたのか、少しくたびれた様子の六花がやってきた。

 心なしか、そのもっはろ〜にも覇気がない。    

 

「そうだ、六花はどうだったんだ、テストの結果」

 

 というのも、俺がそそくさと教室を出た後、教室のほうから、やけに驚いたような声が聞こえてきたのだ。

 

「それなんだけどさ、ちょっと、自分でも驚いちゃったんだけど、」

 

そう言って六花は、リュックからクリアファイルを取り出し、答案を机の上に並べていく。

国語、数学、英語、理科、社会。

 その全てに、1と、0と、もう一つ0が書かれていた。

 

「すっげ……」

 

 つまるところ、すべて正真正銘。非の打ちどころのない百点満点。

 

 スポーツテストの時といい、やりすぎなくらいの好成績。文武両道、どころの騒ぎではない。文武両道、才色兼備なんて言葉でも足りないだろう。

 八面六臂、泣きどころのない弁慶。天が贔屓して、二物どころか、四物くらい与えたのではないだろうか。

 

「長太郎くんはどうだった?」

 驚いている最中だというにも関わらず、如月はこちらに、なにやら期待の目を向けてくる。

 やめろ、期待が重い。

 

「……いや、言っておくが俺は、普通だぞ」

 

 総合的で言えば、学年平均ほぼど真ん中。

 それなりに国語の点数が高くて、致命的に数学の点数が低いことを除けば、特に面白みもない答案を俺も机に並べた。

 

 

 

「お、国語の点数はさすがだね! あと数学は……」

 

 平均点を三回り以上も下回った数学の点数を見て六花は一瞬目を丸くすると、

「なるほど、それもそっか」

と、何かを悟ったような表情を浮かべた。

 

「長太郎くんは、クラスで目立つようなこと、避けるもんね」

 

「……と、いうと……?」

 

 六花の言葉があまりにもピンと来ず、受けながすような返答になってしまう。

 

「うっかり高得点取っちゃうと、さっきのボクみたいに、騒ぎになっちゃうから、そうならないように、数学の点数を下げて、平均点に近くなるように調整したんだよね」

 

はー、なるほど。

……だよね、じゃないんだが。なんだそのでっち上げにもほどがある説は。

 考察するならもっとマシな案はだせないのか。

 

だが、六花の

「どう? ボク間違ってないよね」

とでも言うような、眉目秀麗な顔立ちから繰り出されるドヤ顔を見ていると

「や、ただ数学苦手なだけっす」

とは、言い出しにくい。

 

「……まぁ、そんなところだ」

 

ああ、またつまらぬ設定を持ってしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は基礎練習の前に、春大会の話するから、一旦前の方の席に集まってくれ」

 

 部活が開始時間になると、南部長が全体に向けて告げた。

 演劇部に年に二度の大会。ついにその準備を始める時期がやってきた。

 

 俺は、自分を鼓舞するようにふっと、強く息を吐くと、最前列に座った。

 そして、俺に続くように、六花は、俺の右の隣に腰を降ろした。

 

全員が前方に集まると、部長が説明を始めた。

 

「体験入部の時にも説明があったかと思うが、春大会は、地区の高校の演劇部が集まってそれぞれ一時間の劇を行う発表会だ」

 

 

 毎年参加する高校は約五から八校。なぜこんなにもバラつくのかと言えば、基本的には、満足に劇が作れるだけの部員が集まらず出場できなかったり、台本やスケジュールの都合で、劇が完成しなかったりのどちらかが理由だ。

 まあ、隣駅の高校が去年出場しなかった理由は、唯一の男子が部内で二股をしていたことがが発覚して、部活が崩壊したからのようだが。

 

「秋にある大会と違って、選ばれたら県大会へ進出……みたいなのはない。だからまあ、新入部員の顔見せと、自由な劇を試せる場だと思ってくれればいい」

 

 部長はここまで話すと

「さて、ここからが本題だ」

 と話を切りだした。

 

「春大会には当然、一時間の台本が必要になるわけだが、現状、台本書きたいと思ってるやつはいるか?」

 

 一時間の台本。それは文字数にして、約二万文字。小説と違い、地の文はほとんどなく、そのほぼ全てがセリフ。

 そしてその上、うちの部活の人数で、男女比率で、技術で、限られた練習時間で、完成させられるか。そんな現実的なリソースまで考えなければならない果てしない作業。

 

 

 

 完遂するには、相応の覚悟が必要な、そんな作業。

 だが俺は、部長の問いかけに被せるように手を上げる。

 周りを見ると、他に手を挙げている部員はいなかった。

 

 六花は

「へぇ……」

 と呟いてはいるものの、あくまで、話を聞いているだけという様子で、台本を書くことに対して興味があるようではなさそうだった。

 

 一方、新歓の台本を担当した樋口先輩は、眉間に皺を寄せて、ばつの悪そうな表情を浮かべていた。

 

「現状は狭間だけか。樋口はどうだ?」

「私は……受験勉強の方に力入れようと思ってる。正直書きたいけど、こればっかりはしょうがないかな」

 

 部長が問いかけると、樋口先輩はいつものように、口元を緩ませながら柔らかい声色で答えた。

 

 うちの部は、三年生は引退の時期を、六月半ばの春大会までか、夏休み開けの文化祭までかでかのどちらかを選ぶことができる。

 樋口先輩は前者。春大会に関しても、参加するとはいえ、台本の執筆に充てる時間を受験勉強に充てたいと考えるのは自然な事だろう。

 

「そうか。一年はまだ台本についてわからないこともほとんどだろうから、この後、台本の書き方について多少詳しく説明する。その後一晩考えて、台本書いてみたいやつは、明日また改めて教えてくれ。それと、1台本について聞きたいことがあれば、狭間に聞くといい」

 

 そういって、南部長は話を終わらせた。

 

「狭間先輩」

 

 後ろから声を掛けてきたのは伊丹後輩だった。流れからして、おそらく台本のに関しての話だろう。

 

「なんか聞きたいことでもあるか?」

「その、台本のことなんですけど……」

 聞くと、伊丹はためらいがちに切り出す。

 

「俺、台本書けますかね……」

 

 

 伊丹が台本をかけるのかどうか、それを判断するには、あまりにも俺は伊丹のことを知らなすぎる。だからまずは伊丹の熱意がどれほどのものかどうか、その一旦を垣間見るための質問をした。

 

「なんか、書きたいものでもあるのか?」

「はい」

 

 伊丹は、俺が言い終える前に、きっぱりと言い切った。

 それが、さっき、部長の問いかけに対してノータイムで手を挙げた、俺自身と被って見えた。

 

「伊丹後輩。俺はな、二次元の妄想を三次元で舞台化させるために、入部したんだ」

 

 俺の、唐突な自分語りが予想外だったのだろう。伊丹はきょとんとした表情をしている。

 

「ま、要するにだ、どんなに不純な動機でも、入りたての状態で断言できるほど書きたいもんがありゃ書けると、俺は思う」

 

 もちろん、確証はない。あくまで、それだけのモチベーションがあれば、書き切れる可能性が高い、という話だ。

 だが俺は、伊丹が入部理由に掲げるほど書きたい話とは、どんなものなのか。伊丹葵という人間の描く、理想の自分とはどんなものなのか。

 それが気になってしかたなかった。

 

「添削ならいくらでもやってやるし、ウチの部員を活かせる書き方だって、明らかに締め切りに間に合わなさそうな時に、騙し騙しなんとか完成させる方法だって教えてやるよ」

 

 だから、後押しをするのだ。先輩風を吹かすとも言う。

 伊丹が、目をきらきらとさせている。

 

「今回の、春大会の台本作りで、狭間先輩から、色々学ばせていただいて、参考にさせていただきます」

 

 

「文化祭に向けて、自分でも書いてみようと思います」

 

 

「ああ、いいと思うぜ。ま俺も初めて書いたのは文化祭だったしな。三十分の台本で、大会の半分の時間だから、処女作のお披露目にはうってつけだと思うぞ」

 

「しょっ……!」

 

 何気なく言うと、伊丹が恥ずかしそうに顔を俯かせた。

 

 極端に下ネタがダメなタイプだろうか。せっかく男子が入部して、実は南部長のおっぱいがでかい話とかもしてやろうと思ったのだが、やめたほうがよさそうだ。

 

 

 

 席を立つと、すぐに六花が話しかけてくる。

 おそらく、伊丹との話が終わるのを待っていたのだろう。

 

「書く内容は決まっているのかい?」

「ああ……いや、まだほとんど決まってないな」

「そっか。ボク、長太郎くんの作る劇に出たいな」

「ああ。六花なら、出れると思うぞ」

「ありがと。そのためにも、発生方法とか滑舌とか、色々勉強しなきゃだね」

 

 指折り数えながら、「あれとこれと……」と練習内容を反復する六花を眺めていると、

 南部長が近づいてくる。

 

「横から悪い。狭間、今の話だが、書く内容が決まったら一旦私に教えてくれるか? このまま書き進めて大丈夫かどうか、確認させてほしい」 

 

そして「新歓の時があれだったしな」と付け足した。

 

「その事で、ちょっといいですか?」

 

 俺はそういいながら、音響照明室に入る。

 

「如月に、聞かせたくないことか?」

 

 部長が、後ろ手でドアを締めながら言う。

 

「まあ、今のところはそうですね」

 

「台本の内容、六花には、決まってないっていいましたし、具体的な内容が決めてないってのは本当なんですけど、今回、一番書きたいものだけは、決まってるんです」

 それは、体験入部初日に初めて彼女の演技を見たときから、いや、もっと言えば、彼女に運命的な出会いをした時から、決めていたことかもしれない。

 

「如月六花がヒロインとして一番輝ける台本。俺は、それを書きます」

 

 部長の目の奥が、きらりと光ったような気がした。

 

「部長は、俺が入部した理由、覚えてますよね」

「ああ。『僕の考えた最強の妄想』を舞台化するためだったな」

「そのヒロインに、六花はこの上ない逸材です。それに部長も、六花が主役として舞台に立ってるところ、みたくないですか?」

 

 部長は愉快そうに上を向いて笑う。

 

「三年生にとっては最後の大会だというのに、よくもまあ目の前で堂々と言えたな。お前にひゃ、先輩を立てる気はないのか」

 

「でも部長、そういうの、あんまり好きじゃないでしょう? 文句があるなら、主役ヒロインの役を勝ち取って、今度こそ俺の理想のヒロインになってみますか?」

 

「無理だ無理だ。お前の書くヒロイン痛すぎるし」

「なっ⁉︎」

 

 さらりと衝撃的なことを言う部長。

 

「それに、私を納得させることができても、他の部員はどうかな」

「わかってますよ。無理を押し通すなら、配役が出来レースでも納得できるくらい、面白いものをかけって、そういうんでしょう?」

「なんだ、わかってるじゃないか。それと、今回ボクっ娘は禁止だ。」

「……いいでしょう。ヒロインが痛いっていうなら、それでも納得できるようなもの作って、文句言うやつ全員吹っ飛ばしてやりますよ」

 

 俺は、どこぞの非公認戦隊を思い出しながら言った。

 

「『痛さは強さ』、ですから」

 

 

【執筆開始】

 

 南部長に台本を書くと宣言したその日から俺は、六花をメインヒロインに仕立て上げるための、企画作りをはじめた。

 

 今回、真っ先に考えるべきことは、「どうすれば六花の魅力を最大限引き出せるのか」ということだ。

 

 思いつく限り、六花の特徴的な要素を挙げていく。

 桃色の髪に、瞳、整った顔立ち。そして、事故とは言え、空から降ってくるだけの数奇な運命力に、過去の仄めかし、特徴的な口調に、転校生。

 

……属性過多すぎるだろなんかもうこのままかけばいいんじゃねぇかな。

 人当たりのいい完璧美少女だが、ミステリアスで、何か秘密を隠しているような、そんな少女。

 

 

 というのが、俺の見た、如月六花という少女だ。

 

 これを、活かすとなると……。

 学園ラブコメでは、少し陳腐だ。

 それに、俺が今送ってる生活そのままになってしまいそうだ。

 あれ? ボクっ娘美少女とのきゃっきゃうふふな日常、もう叶ってるのでは? と気づいた。

 そのため、もう少し、スケールの大きな話にしてもいいのではないかと思ったものの、なかなか思いつかない。

 

 やはり、本人をもっとよく知るべきだと思い、

 翌日、俺はまず、六花の観察からはじめることにした。

 

 部室で、遠巻きにじっと六花を見つめていると目が合ってしまう。

 

「どうしたんだい?」

 

 問いかけられ、俺は、どう答えたものか、と思案してしまう。

 今回、六花を主人公にするために、台本を書いている、と言うのは、六花には伏せている。

  したがって、観察していると言うことも、六花には伝えていないかった。

 観察されていると思ってしまうことで、得られる結果が変わってしまう可能性もあるしな。

 

 ちなみに、六花を観察していて気づいたことだが、六花の癖として、両手を後ろに組む、人と話している最中に小首を傾げるような仕草をする、というものがある。

 

「いや、台本、どうしたもんかなと思って」

 

 嘘は言っていない。事実、台本に関わる悩みだ。

 

「ひょっとして、これが噂に聞く、スランプってやつかい?」

 

 聞きなれない単語なせいで、真っ先にドクタースランプという響きが頭をよぎる。

 鳥山明先生漫画は、やはりギャグシーンにこそ真髄があると俺は思う。

 

 

 話が逸れた。スランプな、スランプ。

CCさくらとかレイアースとか、コードギアスとか……ってばかそりゃCLAMPだ。

 

 

「まだそこまで深刻じゃない。頭を抱えながら台本書くのも、割と毎回のことだからな」

「へえ、そうなのか。長太郎くんのことだから、てっきりズバッと思いついてすぐにでも書き上げるのかと思っていたよ」

 

 六花は意外そうに言う。

 なんだその漫画に出てくる天才漫画家みたいな大雑把なディテールは……。

 

「俺はそんな天才じゃねーよ。締切の前日だってのに、オチが決まってなかったことだってあった」

 

 

「あそうは言っても、最後には面白いものが出来上がるんでしょ? ほら、体験入部の初日に長太郎君と二人で読んだ台本みたいに。あれ、ボクすっごく好きなんだよね。運命の人と結ばれる、みたいな」

 

 ぽう、とどこか遠くでも見るように、如月は言う。

 

「ねえ、長太郎くんはさ、ボクの運命の人?」

 

 俺の瞳を覗き込むように六花は問いかけてくる。 

 六花の意味深な言動については、最近、少しなりを潜めていたように感じていたが、やはり勘違いだったようだ。

「……だったら、面白いな、とは思ってる」

 

 あまりにもクサいセリフだ。自分で言っていて恥ずかしくなってきたので

「ま、そんなんは後から振り返った時にわかるんもんだろう」

と、そう付け足す。

 

「そっか」

とだけ呟いて、微笑んでいた。

 こう言う時、彼女は質問の理由も、俺の返答を聞いて、どう思ったのかも、なかなか話してくれないのだ。

 

 

 

 

「ね、やっぱり台本書いてて切羽詰まった時ってアイデアが空から降ってきたりするのかい?」

「ああ、あるな、そう言う時」

 

もっとも、無から降ってきた、なんてことはなく、

 実際のところは日頃からマンガアニメラノベドラマ映画エトセトラを鑑賞する中で貯めてきたアイデアのピースが、書いている台本に足りていない部分を補うようにして、ぴったりとはまっているのだろうが。

 

「詰まった時は大抵、その場で考えこんでてもどうしようもない時だ。そうなったら気分転換に外に出て、大抵は映画見に行ったりするな。ちょうど、次の日曜も辺り、行こうと思ってる

ところだ」

 

「へぇ!」

 六花が目を輝かせた。

 

「ねえそれ、ボクも一緒に行っていいかな!」

 

 

 次の日曜の朝。俺は自室のクローゼットの前で腕を組み仁王立ちしていた。

「何着てきゃいいんだ……?」

 

 一緒に映画を見に行きたい、なんて六花の申し出を、俺が断るはずもなく。今日はこのあと久城駅で六花と合流して、ららぽー……こほん、大型ショッピングモールで映画を見る予定だ。

 男女二人で映画。……これ、つまるところ、デートでは?

 デートの定義については諸説あるが、その中に、『男女が日時を決めて会う事』と言うものがあった。

 

 男女であっても、友達同士であれば、デートという表現がさすがにしっくりこないものの、俺と彼女の関係性は、友達かと問われれば、きっと違うもののような気がする。

 

 だとすれば、やはり、俺が今から行うことは、デートである。

 そして、デートと言えば、おしゃれである。

 

 だが、俺はおしゃれとは程遠い人生を歩んできてしまったため、所持している服は

ある程度の機能性が確保されていて、よほど目立ちするような服装でなければ、

確保されていれば、あとはなんでもいいというスタンスだ。

 

 現に今も、クローゼット中は、本棚に並べられてたラノベや漫画、フィギュアガンプラ、指抜きグローブ、オリジナルの妖刀『ムラマサ・戯』など、スペースのほとんどをオタクグッズが占有している。 

 俺にとって、クローゼットと言う言葉は玩具箱やショーケースと同義なのだ。

 そしてクローゼットのすみに申し訳程度に積み上げられた引き出し式の収納ケース。

 

「……ま、考えるだけ無駄か」

 

 相手は通りすがれば誰もが振り向くあの六花。

 俺は所詮ん、もとより、特徴がなさすぎて、デメリットがないことがメリットなくらいの顔面偏差値だ。

 ジェケットでビシッと決めたところでどうにかなるレベルじゃない。月とすっぽんは天と地の差で生兵法だ。

 

 結局、グレーのロングTシャツに黒いスラックスという、休日にハードオフに出かける時と全く変わらない、不審者スレスレの格好で家を出た。

 

最寄り駅で電車に乗り、久城駅に着く。

 

 六花とは、改札ないのベンチで待ち合わせることになっているが、

 彼女はいったいどんな私服をしているのだろうか。

 きっと、彼女ならどんな服だって似合っているだろう。

 個人的には、ボクっ娘だからこそロングスカートのようなかわいらしい服装が……いや、だからこそ、パンツスタイルの方が似合うという可能性も……

 

 

 

 そんな事を考えながら電車を降り階段を登ると、一際目立つピンク色が目に入る。

 

「あ、長太郎くん、もっはろ〜!」

 

 いつも通りの挨拶。そして、服装に関しても、いつも通りのブレザーにスカート。とどのつまり、制服だった。

 

 デートの際、まずは相手の服を褒めるのが鉄則という話はよく聞くが、制服の場合はどうすればいいのだろうか。

 

 とはいえ、触れないことも不自然だと思ったので、声をかける。

「相変わらず、六花は制服が似合うな」 

「ありがでも、ごめんね、着ていけそうな服がこれしかなくって」

 

 六花なら何を着てきても似合うだろうが、本人的には譲れないところなのだろう。

 

 「気にせんでいい。俺も迷ったあげく、結局こんなんだしな」

 

 そういって俺は、両手を横に広げ、六花にユニクロフル装備を見せつける。

 

「せっかくなら今日、六花の服も見るか? 荷物持ちならいくらでもやるぞ」

 

「ええ〜? 悪いよぉ、でもせっかくだから、お言葉に甘えちゃおっかな

 

 六花がくすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべるのを、俺は、目に焼き付けるように、見ていた。

 

 ◆

 ショッピングモールに着くと、予定通り映画館へと向かう。

 映画館のフロアに足を踏み入れると、キャラメルポップコーンとホコリの匂いが混ざったような、独特の空気が体を包む。

 

 六花は、あまり映画館にはこないのか、物珍しそうにあたりをきょろきょろ見回している。

「おー、映画館って感じだね」

「なんだその感想。ま、正直その気持ちはわかるが」

 

 

 ホコリの匂い、なんて表現をしたものの、俺は結構、この映画館独特に雰囲気が好きだ。

 特に、この雲の切れ間から差し込んだ月光のような、絶妙な照明な加減なんか、特にいい。

 

 俺は受付横のタッチパネル端末に、アルファベットを入力していき、予約しておいたチケットを発券した。

 

 観るのは、前々から気になっていた、ハリウッド大作SF映画だ。

 同じ監督の過去の作品を何本か見た事があるが、どれも斬新な設定と、映像の迫力が凄まじい作品となっていたので、今回も楽しみだ。

 

 ちょうど今も、ソファ傍のモニターから、その予告が流れていた。   

「長太郎くんのおすすめだけあって、面白そうだね」

「ああ。きっとすごいぞ」

 

 上映まで、まだ十分ばかり時間があるので、ソファーに腰掛ける。

 モニターには、有名俳優を起用した日本製の恋愛映画の予告が流れていた。

 高校生の女の子が、男子二人から行為を寄せられる、という、よくある三角関係ものらしかった。

 うわぁ……三角関係とかすげえめんどくさそう……。

 普段から三角関係のラブコメとか読んではいるけど。マクロスとかすげぇ好きだけど。

 

 いざこうして実写映像として見せつけられると、浪漫よりも「面倒くさそう」という感想のほうがさきに出てきてしまってだめだ。

 

 予告だけあって、場面は次々に移り変わり。

 主人公の女の子が、目つきの悪いギャルっぽいい女子になにやらやっかみを受けているシーンが映る。

 

 おお怖い。嫉妬とかいう現実特有のクソイベを見せつけられ、内臓の具合が悪くなってくのを感じる。

 いや、これに関して言えばフィクションだけどね?

 

  もし俺がイケメン二人に惚れられてしまったら、何かあった時のために、常に録音機器を持ち歩けるようにしよう。

 なんとなしに、じっとしていられる気分ではなくなってきたので、席を立つ。久しぶりにポップコーンでも買うか。

 

 「ポップコーン買ってくるけど、六花はなんか頼むか?」

 「いいね、ボクも一緒に行くよ」

 

 レジには、タイミングよく人はほとんどならんでおらず、すぐにカウンターの前までたどり着いた。

 ま、いつも通り塩味のポップコーンとコーラでいいだろ。定番最強だ。

 店員に頼もうとすると、六花がこちらをみながら、カウンターにへばりついたメニューを指さした。

 

「ね、これにしようよ」

 

そのすらりとした指を目で追っていくと、その先には

『ペアセット』の文字があった。 

 

「ちょっと安くなるみたいだし、これにしようよ!」

 

「ああ、別にいいぞ」

 

 ペアセットを注文し、財布からちょうど半分の金額をトレーにおいたところで、デートには男性が奢る、という文化があったなと思いだす。

 少し格好つけてみようと、六花の分の金額も出そうとすると、その前にぴったりの金額を出されてしまった。

 

 ま、別にいいか。冷静に考えてみたら、ポップコーンのペアセット奢ったところで、なにか変わるわけでもあるまい。

 

 映画が始まると、大迫力の映像とその洗練された導入に、気づけば俺の意識はスクリーンに飲み込まれていた。

 

 序盤の山場を声た主人公たちが、今後について話し合っていた。

 ハラハラが続きっぱなしだった展開もひと段落し、肩を撫で下ろすと、随分とのどが乾いていたことに気づく。

 視線をスクリーンに貼り付けたままコーラをすすり、そのままポップコーンに手を伸ばす。

 すると、手がこつん、と何かに当たった。

 渋々スクリーンから目を離すと、すぐそばに、いたずらっぽい笑みを浮かべた六花の顔があった。

 

「(長太郎くん、すっごく集中してたね。ボクも集中してみてみよっと)」

 

 ぽそり、と耳元で囁かれる。

 六花はすぐにスクリーンに視線を戻してしまったが、俺は、今度は六花の横顔から、目が話せなくなっていた。

 このまま見つめ続けて、視線が合ったら気まずいと思ったものの、よほど集中しているのか、こちらの方を観る素振りはなかった。

 暗闇のなか、スクリーンの明点に合わせて色付く瞳は、どんな監督こだわりの映像美よりも、美しく見えた。

 心臓が、さっきからやけにうるさい。

 

 

 そのまま、ろくに、スクリーンもみないまま、スタッフロールが流れはじめた。

 

 

 「んん〜」と伸びをする六花を横目に、俺は、ふと思った。

 六花は、俺が集中して映画を見ていた事を知っていた。

 六花のその後の発言から推測すると、ひょっとすると、六花はあの瞬間まで、俺のことを、見ていたのではないか。

 彼女の横顔に、釘付けにされた俺と同じように

 

 

 途端に、ドクリと心臓が脈打つ。

 今までも、六花に意味深な言動と共に迫られては、そのたびに脈拍に異常をきたしてた。

 だが、今に関しては、決定的に、今までとなにかが違う気がした。

 

 それを知覚すると同時に、俺はまた映画館が好きになれた気がした。

 美少女の横顔見放題な上、熱くなった表情を隠してくれるのだから。

 

 

(長太郎はこの時、六花と同じ立場にたって、六花のすきという感情は本気であることを理解、してしまったのだ。)

 

 

 エンドロールが流れ切ると、二時間ぶりに、劇場に明かりが灯る。

 六花は「くぅ〜」と伸びをした。

 

「あ〜、面白かった〜。長太郎くんの言った通りだったね。それで、脚本の参考にはなりそう?」

 

 正直、途中から……いや、かなり序盤から、彼女の横顔ばかりに目が行ってしまったおかげで、肝心の映画の内容に関して言えば、大雑把にしか把握できていなかった。

 

 

 

「ああ。何か閃くようなことはなかったけど。少なくとも、モチベーションに関しちゃ、この上ないくらいあがってるよ。今すぐにでも書き始めたいくらいだ」

 

「どんな話にするかも決まってないのに?」

 

 そうしてまた、彼女は、面白い物でも見たかのように、くすりと笑う。

 本当に、どうやったら彼女に見合うだけの物語が作れるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 フードコートで昼食を済ませると、第二の目的である、六花の服選びを始めることにした。

 リッカは特にこの店に行きたい、という要望のはないようで、現在は、ひとまずぶらぶらとモール内を歩くことにした。

 

「なんか、どういう系の服が欲しい、とかそういうのはないのか?」

 

 六花は「うーん」と顎に手をあてる。

 

「かわいいやつ! かな」

 

 「大分ざっくりしてんな……。こう……ほら……かわいいにもジャンルとかあるだろ、なんかこう……ナチュラル? とあほら、地雷系……? とか。そういうのはないのか?」

 自分の中の絞りカスのようなファッション知識を捻り出す。

 

「うーん、正直、自分がどんな服が好きかとか、あんまり分かんないんだよね」

「そうなのか?」

 六花は、照れ臭そうに、後頭部を撫でながら言う。

 

「うん。だから今日もこうやって制服なわけでして……面目ない」

「じゃ、致し方ないが、店員に頼むか。六花なら大抵の服は似合うだろうし、気に入った服選んで行けばいいだろ」

「それと、長太郎くんが気に入った服もね」

 

 六花はウインクすると、服屋へと小走りで向かった。

 

 そこから、目に止まった服屋で、試着とキープを繰り返した。

 なまじ、どんな服も似合ってしまうので、あとはもうお財布との戦いだな、これは。

 そして、気づけば俺たちはモール内をほとんど一巡していた。

 

「いやあ、ごめんね、ボクの買い物に付き合ってもらっちゃって」

「別にいいぞ。退屈してないし。多分、あそこが最後になるかな」

 

 驚いたのは、これだけ自分には関係のない買い物に付き合って、足回りこそ疲労を感じはじめているものの、飽きが襲ってきていない、ということだ。

 

  

 ジーンズだったり、ビッグシルエットのシャツだったり、ファッショングラスだったりと、今風でカジュアルっぽいファッションを取り扱っている店だ。

 

 店に入ると、グリーンのメッシュが入った明るい茶髪を、後ろでフレンチクルーラーみたいな複雑なお団子に結った店員が出迎える。

 左肩だけが露出した、左右非対称な服を、違和感なく着こなしているあたり、さすがは店員。

 

「いらっしゃいま……かっっっわい…! モデルかなんかやってます⁉︎」

「やってない……ですけど」

「と、とりあえず試着だけでもいいんでウチの服着てくれませんか⁉︎ 安くするんで、何ならポスターのモデルになってくれたらタダにするので……!」

 

なんだこの押しが強いどころか推しを前にした反応の店員は⁉︎

 名札を見ると、店長と肩書きが書かれていた。なるほど、通りで個人的な趣味で安くしよう、なんて言い出せるわけだ。

 

 

「え、えーと……モデルはちょっと……、試着はいいですけど」

「わかりました! じゃあとりあえず、これとこれと……」

 

 そういって、売り場からコーデ一式を素早く揃えると、六花に押し付けるようにして渡した。

 

「とりあえずこれに着替えてもらっちゃっていいですか? その間に他のコーデもいくつか揃えておくので!」 

 

「は……はい」

 

 六花があれよあれよとフィッティングルームへと押し込まれてしまたので、仕方なく、フィッティングルームの前で、着替えを待っていると、さらに二、三セット分の衣服を見繕ってきた話しかけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「」

コート、オーバーオール、ワンピース、ふんわりとしてスカート(フレアスカートというらしい)、時にはベレー帽やメガネを合わせたりしながらいろいろな姿を見ることができたのは嬉しい誤算だった。

 本当に、どれも似合っていた。試着にどれだけ時間がかかっても。いつもの飽き性は鳴りを潜め、楽しいとすら感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、いきなりすみません。職業柄、この子がウチの服きたらどんな感じになるのかなーって、気になっちゃうんですよね。とくに制服だったりスーツみたいな、本人のセンスで選んでない格好見ると、いてもたってもいられなくなっちゃうんですよ。」

 

 口では申し訳なさそうにいってはいるものの、その話し方からは、あまり悪びれているようすは伺えない。どちらかと言えば、ワクワクしているように見える。

 本人の言葉通り、単純に、六花がどんな姿になるのかが気になって仕方がないのだろう。

 初めは胡散臭いとも思ったが、ここまで動機が明確なら、多少は信用してもいいだろう。

 

「制服デートならそれに水を刺すのもなー、とも思ったんですけど、彼氏さん私服だったで違うなって思って声かけちゃいました。いやー、彼女さんホッッントにかわいいですね、どうやって捕まえたんです?」

「……やっぱり側から見ると、カップルに見えるもんなんですね」

 

 こうして、学校外で全くの赤の他人から、六花がかわいいだとか、カップルと間違われるだとか、客観的なを言われる感覚は、嬉しい反面。

 そうでないのなら、今の俺と六花の関係はなんなのだろうか、と考えてしまう。

 

 

 案の定、俺たちがカップルではないと知った店長は、意外そうな表情をしていた。

 

「えっ? 違うんですか? ウソ、あの距離感で⁉︎」

「やっぱ、距離感近い……ですかね」

 

 初対面の人間に聞くべきではない、と思いつつも。一度気になり始めると、どうにも落ち着かない。

 

「ぶっちゃけいいます。絶対彼女あなたに気があるんで、彼女の気が変わる前にとっとと付き合っちゃいましょう」

「随分、ぶっちゃけますね」

「まあ、振り向いてくれないから愛想尽かしてやった、みたいな話、いっぱい聞いてきましたからね」

 

 店員は、釘をさすかのように言った。

「あと、男側からの、他の男にとられたって愚痴も」

「なるほど。参考にさせてもらいますよ」

 

フィッティングルームのカーテンが開くと、そこには初めて見る、制服姿ではない六花がいた。

 その服装は、半袖の白Tシャツにデニムのオーバーオールという、シンプルな構成だったが、そのシンプルさが、なにより、六花自身の魅力を引き出しているように感じた。

 そしてなによりも、ド直球で好みだった。

 

「どう? 長太郎くん。似合ってる?」

「めっちゃかわいい……」

 

口元に手を当てて、にやけそうになるのを抑えながらも、つい、本音が漏れてしまう。

 

「そ、そう? あ、ありがと、じゃあ、かっちゃおう、かな〜」

 

 六花は、目を合わせてくれなかったが、その頬は火がついたようんい、赤く染まっていた。

 

 

 六花はその後も、店員の勧めで試着を行い、今度は、自分が気に入ったからと、追加で二組ほど洋服を購入するそうだ。

 

 「お待たせ、長太郎くん」

 

 会計を終えた六花は、制服姿ではなく、先ほどのオーバーオール姿のままだった。

 

「店員のお姉さんが、折角だからこのまま着て行けば? って、タグ切ってくれたんだ」

「なるほどな。そりゃちょうどよかった」

 

そう言って俺は、手元の袋から、黒のシンプルなデザインのキャップを取り出すと、そのまま六花に被せた。

 

「長太郎くん、これは?」

「まあ、あれだ……一応、プレゼントだ。」

 

 六花が何度めかの試着中、目について、買っておいたのだ。

 俺から店員に、似合うかどうか、確認したところ、お墨付きももらっている。

 

「これなら、趣味じゃなくても、服と違ってどっかで使う機会もあるだろうしな」

「ううん、使うよ。今から被ってく。だって、長太郎くんが選んでくれたんじゃないか」

 

「そ、そうか、それならよかった」

 

 その言葉を聞いて、ほっと肩を撫で下ろすことができた。

 

「ほい、両手塞がってると不便だろ。荷物持つよ」

 

  両手に紙袋を抱えた六花に手を出す。

 

「じゃ、お願いしちゃおっかな」

「はいよ。話が早くて助かるよ」

「へへ、ありがうとう、長太郎くん」

 

 

 

 帰るには少し早かったので、現在はゲームセンターの一角に来ていた。

 ショッピングモールのゲームセンターなだけあって、クレーンゲームやメダルゲームの割合が多いが、それでも、そこそこの種類のアーケードゲームが揃っていた。

 お、SAOとFGOのアーケードもある。

 

「わー!」

「そんなに珍しいか?」

「うん、どれもやったことないかな」

「じゃ、適当に遊んでまわるか」

 

 

 レースゲーム、リズムゲーム、ガンシューティングなど、めぼしいジャンルのものを片っ端からやっていく。

 特に音ゲーに関しては、中学時代の経験が活き、ブランクこそあったものの、今でもそれなりのスコアを出すことができた。

 っておい、そこは六花と一緒に遊べよ。……まあ、もとはと言えば、彼女が俺のプレイを見たいと言い出したのが、ことの発端ではあるのだが。

 

 ちなみに、クレーンゲームにも挑戦したが、現実はクソなのでやはり取れなかった。こればっかりは一生上手くなる気がしない。

 

 

「あ」

 

 そして、六花はついに、”ソレ”の存在に気づいてしまった。

「プリクラ……!」

 

 そう。ゲームセンターを我が物でのし歩くオタクにとっての、唯一と言っても過言ではない天敵、プリクラである。

 うわぁ、あそこだけキラキラしらオーラ放ってるよ……俺を音ゲー村に返してくれ……。

 

 そんな俺の嘆きをよそに、六花はやはり目を輝かせていた。

 

「一緒に撮らないかい? その……一度やってみたくて」

「よしやろう。何回だって撮ってやるぞ」

 

 前言撤回。六花がやりたいと言うのならば、やってやるしかない。

 何とでもなるはずだ! やってみせろよ狭間長太郎

 

 

 やたら高い金額を投入し、プリクラのブース内に入ると、甲高いアナウンスによる指示がはじまる。

 なにやら、コースが選べるらしい。

「カップル向けだって。これでいいよね? だって、デート、だもんね」

「……おう」

 

 撮るもなにも、変身ポーズとジョジョ立ち以外で俺が取れるポーズなんかないぞ、と思っていると

 

『ピースして!』と、筐体から指示が流れる。

 

 

 

 なるほど、ポーズの指定をしてくれるのか。

 

「じゃ、ここは大人しく従っときますか」

「うん、そうだね」

 

 すると、何枚目かで、戸惑う指示がきた。

 

『手を繋いで!』

「はい」

 

 ……まあ、これくらいなら、普通か

 

 

『ハグして!』

 

 こっ、こいつ……! 指示出すだけだからって適当な指示しやがって……!

 こっちはカップルコースを選んだだけでカップルじゃないんだそ! 察しろ!お前さては人間エアプだな!

 

「はい、長太郎くん」

 

 

 

『キスして!』

 

 安っぽい煽り方さすがにイラッとしてくる。

「なあ六花これは流石に……」

 

 別のポーズにしよう、そう伝えようとしたその時。

 頬に、柔らかくて、少ししっとりとした感触が生じた。

 

「……へ?」

 

 カシャっというシャッターの音で現実に無理やり引き戻される。

 

「……六花、いまの……って……」

 横を見れば、目と鼻の先に、六花の丹精な顔と、それから大きな瞳があった。

 

「指示には従う、だよね?」

 

 くすりと笑う、その姿に、さらに心臓がドクンと跳ねたのがわかった。

 

 今までのこと、映画館のこと、そして、今、この瞬間。

 ここまでされれば、流石の俺でも確信を持って言える。

 

 如月六花は、おそらく…………いや、こういう曖昧な言い方はもうやめよう。

 六花は間違いなく、俺のことを、好いてくれている。

 

「長太郎くんからも…するかい?」

 

 六花が上目遣いで言う。これ以上この甘ったるい空気を吸っていたら、どうにかなってしまいそうだった。

 

 足早にブースをでた俺は、筐体脇のモニターで、撮ったプリクラに落書きをしたはずなのだが、その時の記憶は漠然としていて、気づけば、排出されたプリクラを手に持っていた。

 

 そして、その一番下の写真には、鳩が豆鉄砲をくらったような、間抜けな顔を晒す俺と、そんな俺の頬に、しっかりと口付けをする六花の写真が収まっていた。

 

「さすがにこの写真は、みんなには見せられないね」

「……だな」

 

 

 

 思ったよりもゲームセンターに長居をしたこともあり、外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 海岸沿いなこともあって、もうすぐ五月だというのに体を撫でつけるかのような冷えた風が吹いていた。

 

 「長太郎くんの台本づくりのためってつもりだったのに、なんだか、すっかり楽しんじゃったなぁ」

 「だな」

 

 バス停までの道のりを、横並びになりながら六花と話す。

「今日は何が一番楽しかった?」

 

 なんて、今日を振り返る他愛もない会話をしながら、俺の頭のなかは、色々な思いがひしめきあっていた。

 

 あの時の、店員の言葉が頭をよぎる。

 俺は今、如月六花という、美少女に、好意を向けられて、こうして二人きりで出かけている。 他の男子どもじゃあ一生かかっても見れないような六花の表情を数多く見てきた。

 

 だからこそ、思う。

今の、俺たちの関係は、いったい何なのだろう、と。

 

 

 

 

 どれだけ好意を向けられても、今の、どっちつかずな状態では、俺は、どう対応すればいいかわからない。だから、俺は。

 

気がつくと六花の手を握っていた。

 

「長太郎くん?」

 

 ぶわりと、全身が粟立ち、身体中から嫌な汗が滲み出る。

 よせ、今ならまだ間に合う。引き返すことができると、紛れもない、俺自身が訴えかけてくる。 やめろ、時期をあらためろ、拒絶されたら?、どうせ裏切られる、偽物だ、最後に選ばれるのはお前じゃない。

 

 まるで走馬灯のように、過去の記憶を引き合いに、ブレーキをかけようとする。

 何かに、背を押されたような感覚がした。

 そろそろ、先へ進んで見ても、思い切ってしまってもいいんじゃないかと、訴えかけてきたのだ。

 

 

「六花」

 

「好きだ」

 

 ついに、俺は止まらなかった。

 たった三文字。だからこそ、誤魔化せない、取り繕えない言葉。

 人間の関係を、最もたやすく、大きく変えてしまう、奇跡のような、呪いのようなことば。

 そんな言葉を俺は唱えた。 

 

 

 六花はぱあっと、顔をほころばせると、ゆっくりと瞼をとじた。

 

「ごめん」

 

 その言葉を咀嚼し、飲み込むのに、幾ばくかの時間を要した。

 

 

 

「…………そう、か」

 

「……ごめんね」

 

 六花は、無理やりに笑顔を作ったが、目元からはじかれた水滴が、月明かりに照らされて、光り、そして消えた。

 

 それは、告白を断るにしては、あまりに 切なげな表情で、

 まるで、俺が六花の告白を断ったんじゃないかと、錯覚を覚えるほどだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(付き合うと、物語が完結してしまう。中二病ノートには付き合っていない設定になっていたから)

 

やけに鮮明な満月だった。

 

日も暮れそうな中、静寂。光が目に沁みる。

 

 

 

 

「そうだ、俺。買い忘れたものあったわ」

 

いっそ笑えるくらいにバレバレな嘘。

 

どうでもいいから、早くここを立ち去りたいというのが、本音だった。

 

俺は、その場から離れた。彼女が何かを喋りかけていた様な気もするが、それすら聞き入れられなかった。 

 

 

自転車の帰り道。人っ子一人いない田んぼ通りに出ると、俺は吠えた。それはもう、好き放題に

 

うおおおおおお!バカか!バカか俺は!なんであんなことをしてしまったんだ!!

うおおおおおお!失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した!

どうすんの!?これからどうすんの!?六花をモデルに台本書くとか言ってたけもうまともに書けなくなっちゃったじゃん!バカなの死ぬの!?

 

一通り叫び終えると、冷静になった頭で再び思考を巡らす。

 

「うわー死にてー」

 

なんかもう、色々とダメだった。

明日学校行きたくない。どうしよう。

 

 

正直に言おう。己の慢心さを懺悔しよう。

 

断られるはずがないと、そう思っていた。

 

だってそうだろう。

 

あんな出会い方をして、過去の俺を知っているような、素振りをみせたり、俺に気をかけたりしてくれていた。

 

他の男子と親しくしている場面も、みたことがない。

 

 

こんな状況で、だれが振られるだなんて思うものか。

きっと、百人中百人が、いけると思うはずだ。

 

彼女が最後にみせた、あの表情。

彼女はどう言う想いだったのか。

無理矢理に作ったのが、丸わかりな、今までに見たことのない表情だった。

 

理由を、聞くべきだろうか。

 

あの時、咄嗟にそのばから離れてしまったのが悔やまれるが、後悔先に立たずだ。

 

 

 あれだけ近くに見えて彼女は、いまではどこか、遠い存在の様で。

 どこか、あの時の月を想起させた。

 

 

改めて、如月六花はミステリアスだ。

あの髪色、口調。そして、言動。どれをとっても、浮いているが、それゆえに、

違和感がない。

手が届きそうで、蜃気楼のように、触れられない。

まるで手を伸ばしたら天高く登っていってしまいそうな、雲の上の存在。

そんなあり方。

 

「かぐや姫……」

 

 

 怪我の功名。骨折り損のギリギリ儲け。

探していた、『どこまで六花をモデルにするのか』『そもそもどんな物語にするのか』。その二つの問の答えが、なんだか見えてきたような気がした。

 

 

 

 

翌朝。どうにか死に体を引きずりながら久城駅で電車を降りる。

 

 

 

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