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【転校生のいる朝】四月九日
「で、昨日例の女子には会えたのか?」
翌日。朝直登校してくるなり、如月の事について質問を投げかけて来た。
興味ない風を装って、興味深々だったらしい。
「ああ、会えたぞ」
「へえ。じゃ、俺の考察の大半は当たってたろ?」
「そうだな、大半は当たってた」
本当に、朝倉の予想の大半は当たっていた。
だが、それでもそんな朝倉の予想を裏切る要素が、いくつもあった。
彼女の白髪はウィッグではなく、地毛で、碧眼もカラコンではなく、生まれ持ったもので、そしてなにより、朝倉は、彼女が転校生であり、朝倉が今座っている、俺の右隣の席の本来の主こそが彼女であることを知らない。
HR開始五分前のチャイムが鳴と、担任の体育教師が教室に入ってくる。
「ホームルームの前で悪いが、お前ら、今日は知らせがある」
本来なら、彼が声を上げ始めるのはHRが始まる五分後だ。
このイレギュラーな事態にクラスが少しどよめいた。
「諸事情で何日か後ろ倒しにはなったが、今日からうちのクラスに転校生が入る」
その担任の言葉に、クラスのどよめきは一気に大きくなり、気づけば、ザワザワとしたハッキリしたものになっていた。
「如月、入ってこい」
担任が扉を開け、手招きをする。
そして、いよいよ如月が、真っ白な髪を靡かせながら、教室に入ってきた。
彼女の姿が露わになった瞬間、後ろから「はっ?」と朝倉の声が聞こえたのを、俺は聞き逃さなかった。
見なくてもわかる。奴は今頃、「なぜ転校生であることを黙っていた」と、俺を呪い殺さんばかりの恨めしげな視線で見ているだろう。
すると、さっきまであれほど騒がしかった教室が、ぴたりと静まりかえった。
カツ、カツ、と如月が黒板に名前を書いていく音だけが教室に響き渡る。
きっと、誰もが俺のように、その髪色に、瞳に、魅入られているのだろう。
その衝撃を、先行して、しかも独り占めにして体験できたのだと思うと、悪い気分ではなかった。
とはいえ、そこは思春期真っ盛りの高校生。静かなままで終わるはずもなく。
「すげ……」と、男子の漏れ出たような呟きや、「え、めっちゃかわいくない……?」、「やばくない?」という、女子の会話が方々から聞こえはじめ、教室は急速にに騒々しさを
取り戻していった。
「えーと、ボク如月六花っていいます。よろしくお願いします」
俺と話していた時よりも、少しぶっきらぼうにも聞こえる言い方ではあったが、それでも彼女の声は、彼らの心を大きく揺さぶったようだ。
その次の瞬間には、まるで爆発でも起きたかのような喧騒が瞬く間に教室に広がった。
おそらく、隣のクラスどころか、この三階のフロア中に響き渡っていることだろう。
そして、喧騒の中から数々の言葉が飛び交う。
「自分のことボクっていうんだ!」「どこからきたの!」「彼氏いるの⁉︎」「放課後みんなでカラオケいかない⁉︎」「おっぱいでっか!」
おい、朝っぱらからおっぱい言うな女子。
………まあ、確かに? ブレザーの上からでもはっきりと分かるほどの膨らみを彼女が持っていることは否定しないが。
そんな収集の付かなくなった状態を見かねてか、担任が前に出てくると。「お前ら、質問はあとでやれー」と強引にホームルームを再開させた。
「ああそれと、如月の席はあそこな」
そうして担任が指を指したのは当然、俺の右隣の席。
隣同士だった事にはさすがの如月も驚いたようで、目を丸くしていた。
如月は席に座ると、「やあ」とでも言うように、右手を上げた。
「狭間くん、もっはろー」
「もっはろー⁉︎」
なんだその挨拶。ひっくり返るかと思ったわ。
「うん。これボクのオリジナル挨拶。モーニングとハローでもっはろー。どう? 斬新じゃない?」
それ、「も」を「や」に差し替えただけの、既にだいぶ近い挨拶が、よりにもよって、この千葉県が舞台のラノベに登場するんですが……なんて、楽しそうに笑う如月の前で、そんな事はとても言えなかった。
(それじゃあ狭間くん、クラスでもよろしくね)
こそりと、耳元で囁かれる。
ホームルーム中だから、と気を使ったのだろうが、こちらとしてはたまったものではない。
そのあまりのいじらしさに、俺の全身はぞわりとした感覚が広がり、そのあまりの破壊力に思わず額を机に打ち付けるのだった。
◇
ホームルームが終わると、如月に質問をしようと、あるいはお近づきになろうとする人の群れが一斉に押し寄せてくる。
アニメではよく見た光景だが、現実でも如月クラスになると発生するんだな、このイベント。
おかげで俺は、人波に押し流されるようにして廊下に追い出される羽目となった。
そして、そんな俺にわざわざ近づいてくるやつが一人。
「転校生とか聞いてないぞ。なんだあの設定爆盛りモンスターは」
当然、朝倉だった。見るからに不貞腐れた表情をしている。
おそらく、如月の存在感が自身の想像以上だったのだろう。
そんな朝倉に、俺は賞賛の言葉を伝える。
「おめでとう。朝倉の予想の大半は当たっていたよ。ウィッグもカラコンも付けてなくて、その上転校生、ってのを除けば」
「その大半にじゃない部分が問題なんだっつの。こんなんで当たったうちに入るか」
「じゃ、ラーメンは朝倉の奢りってことで」
「わかったよ……」
実は昨日、俺は朝倉と、とある簡単な賭けをしていた。
掛けの内容は、『白髪の彼女は、朝倉の考察通り、ただの中二病電波女子なのか否か』という内容だ。
結果的には、前述の通り、朝倉の予想の大半は当たっていたのだが、外した部分が大きすぎた結果、朝倉は珍しく、あっさりと自分から負けを認めたのだった。
ちなみに賭ける物は久城高校から徒歩十分のところにうあるラーメン屋、『にくちゃ〜しゅ〜』の脂こってり豚骨ラーメンの奢り。
高校生の我々にとって、八六〇円は結構な大金である。
「……ったく、あんな凄みのある奴に出てられたら、負けを認めるしかないだろうが。一杯でも十杯でも好きにしろ」
「十杯は死ぬわ。一杯で十分」
店名に『にくちゃ〜しゅ〜』なんて名前つける店だぞ? そんなの不健康たっぷり早死にマシマシ一直線だっつの。
「ま、ラーメンは次の学校が半日で終わる日にでもいくとして、だ。あいつ……如月だっけか、昨日登校してなかったろ。いつ捕まえたんだ?」
捕まえたって……。んなポケモンじゃねーんだから。
「昨日、午後から登校してきたらしいぞ。部活紹介見て、うちの部に入ってくれるそうだ」
「ふーん、なるほどねぇ、クラスでも放課後でもべったりってわけだ」
「おい、妙な言い方すんな」
朝倉は「精々他の男子に嫉妬で殺されないようにな」と、あながち洒落にならないセリフを吐きながら、自販機の方へと歩いていった。
確かに。あれだけ目立つんだ。クラスでは適切な距離を取る必要があるだろう。
「これは、あとで如月と相談だな」
「ボクがどうかしたの?」
後ろから声を掛けられ反射的に振り向くと、目の前には如月の顔があった。
「うおっ……いつのまに」
「いやあ、質問責めにされて身動き取れなくなっちゃってたんだけど、狭間くんとお話したいなって、お手洗い行くふりして抜け出して来ちゃった」
「大変だな。俺も押し流されて教室から追い出されたし」
「そういえば廊下で、あの眼鏡掛けた男子と話してたよね」
「ああ、朝倉のことか」
「ああ、彼、朝倉くんって言うんだ。何話してたんだい? ひょっとして、ボクの話だったり?」
「ええーと……」
まさか馬鹿正直に、如月をダシに掛けをしてました。なんて言えるわけがない。
「ああ。それと、今度またラーメン食べにいこうぜ、って話だな」
「ラーメンかあ、いいね。今度よかったらボクも連れて行ってくれない?」
「ああ、じゃあ次行く時如月も一緒に行くって朝倉に……」
朝倉に伝えておくよ、と言い切る前に、如月が言った。
「ううん、二人で行こうよそれともボクじゃだめ……かな?」
……やっぱり、その上目遣いはずるいと思う。
まあ、そもそも如月の要望を断る気など、毛頭なかったが。
「いや、一緒に行く事自体は全然いいんだけど、いつも行ってる店、ニンニクとか油とか、かなりこってり系だから、匂いとか気にならないか? もしアレなら、他の店でも……」
そう言うと、如月は「なんだ、そんなことか」と拍子抜けしたかのように言うと、両手を後ろに組んで、数歩遠かった。
「狭間くん、知ってる?」
そして、如月はその場でくるりと回ってみせた。
それに合わさり、スカートがふわりと膨らんだ。
「女の子は、いつだっていい匂いなんだから」
花のような香りが、俺の鼻腔をくすぐった。
その香りはシャンプーか、柔軟剤か、それこそ如月自身の何かフェロモン的な香りなのか。
俺には判別することができなかった。
その言葉は、あまりにめちゃくちゃで、正直に言えば、理屈もへったくれもないと思ったが、そんなわけがあるか、と言わせない魅力を感じた。
「それじゃあ、今度、学校が半日で終わる日にでも行こうか」
「ホント? いいの?」
「断る理由がないからな」
こうして、如月とラーメンを食べにいく約束を取り付けた俺は、戻ってきた朝直に告げた。
「朝倉。ラーメンは当分先だ」