06 体験入部編
放課後、帰りのホームルームを終えた俺は、リッカを連れて部室に来ていた。
他の部員はまだ来ていないらしい。
……と、思ったが、机には鈴木のリュックがぽつんと置かれていた。
まああれだ、トイレにでもいっているのだろう。
「この後、俺は体験入部の呼び込みしなきゃならないんだが、この後しばらくここで待っててもらうことになるけど大丈夫か?」
「うん、大丈夫。本当は、長太郎くんと一緒に勧誘したいけど、ボクが着いていったら騒ぎになって勧誘どころじゃなくなっちゃうかもしれないしね」
あはは、と笑う如月。流石に、今日一日で質問責めは懲り懲りになったらしい。
すると、ポケットに入れていたスマホが振動した。
『すまん! 三年全員、若干遅れる!』
南部長が演劇部のグループLINEに投稿したメッセージだった。
「どうしたんだい?」
如月が画面を覗き込んでくる。その過程で一瞬、俺の鼻に、彼女の頭が触れると、いい匂いがした。
「うちの部長からだ。三年全員、遅れるとさ」
「そうなんだ、やっぱりこうやって連絡できると便利だよね」
そう言うと、如月は、やけにソワソワとし始めた。
「どうかしたか?」
尋ねると、如月は不意にそっぽを向き、くちびるを尖らせて言った。
「その、ボクとも交換してくれないかい?」
「交換?」
交換、交換……ポケモンか? よーし、俺はゴーリキーを出しちゃうぞー。
如月がスマホを取り出す。
「う、うん、ボクもLINE、はじめたから」
その言葉に俺は少しばかり驚く。
「今まではやってなかったのか?」
「うん。始めたばっかり。ほら」
そう言って如月が見せた友達リストは確かに空っぽだった。
「それじゃあ、今までの友達は……」と尋ねそうになるが、思いとどまる。
転校生、それも一人暮らしだというのなら、何かしら転校の事情があるのだろう。
俺が如月と初めて会話をしてから、まだ二十四時間も経っていない。少なくとも今の段階では、この話題は避けるべきだろう。
それに、俺だってLINEの友達は少ない部類だしな。
お陰で、LINEだ! きっと友達からの遊びの誘いにちがいない!と思ってLINEを開いたら、一度行ったきり、一回も行ってないカラオケ店の公式ラインだったなんてことが月に一回のペースである。
いい加減登録解除しないとなぁ。でも面倒なんだよなぁ。
ともあれ、だ。
「じゃ、俺が記念すべき一人目ってことになるのか」
「LINE、交換してくれるの?」
如月が目を輝かせて言う。
「当たり前だろ。クラスメイトだし、同じ部活だし」
それに、美少女だし……というのは当然本人には言わないが。
そうして互いに登録を終えると、友達リストに、『リッカ⭐︎』という名前が増えていた。
ユーザーアイコンはゆる〜い猫のキャラクターだ。
一方、俺のユーザネームはそのまま『狭間長太郎』。アイコンは当然アニメの推しキャラ───が作中で書いた下手くそなイラストだ。
「名前、フルネームなんだ」
「ああ、一発で誰なんだか分かって便利だろ? 苗字だけだと誰かと被るし、下の名前は呼ばれる頻度が少なすぎて誰だか分かりにくいからな」
すると、如月は何か思うところがあったのか、小さく何かを呟いていた。
「長太郎くん……!」
「如月、その呼び方……」
「うん、その……長太郎くんって、これから、呼んでもいいかな」
「ああ……いいぞ」
耳まで赤くしてそんな事を言われれば、断れるわけもなかった。
如月は、ぱあっと、表情を明るくした。
そして、「でさ……」と話を続ける。
「ボクのことも、六花って、呼んでくれないかな……?」
「それは……」
……冷静になって考えれば、世間一般に、名前で呼び合う、と言う行為は、仲睦まじい、それこそ恋人に近しい関係性の男女が行うものだ。それを……。
……いや違う。俺が気にしているのはもっと面倒な、外面についてのことだ。
昼休みに、最終的には周りに有無を言わさず六花を連れ出せたのは、俺たちがあくまで部活を通しての関係で、そこに恋愛の匂いがしなかったからだ。
そもそも、その距離感のアピールとして、あの時わざわざ『如月さん!』なんて呼び方をしたわけだしな。
……どうしたものか。こうしている間にも、六花の表情は不安げなものになっていく。
「……俺たちが名前呼びをする間柄だってしれたら、きっとまた面倒な事になるだろうな」
「そっか、そうだよね。やっぱり、長太郎くんの呼び方も元に……」
如月。いや、六花の言葉を遮るように言う。
「だから部活の中だけで、ってのはどうだ?」
「……うん! ありがとう、長太郎くん」
「おう。えっと……り、六花」
呼び慣れるには、当分時間がかかりそうだ。
◇
体験入部の呼び込みのため、昨日に引き続き、ホームズの衣装を持って更衣室に向かう。
扉にかかったプレートが、しっかりと『空き』の面になっていることを確認し、俺はノブに手を伸ばした。
すると、ノブが一人でに回った。
「あ、狭間くん、お疲れ様です!」
そして、更衣室から町娘風の格好をした鈴木が出てくる。
「っっっぶねー……」
「ど、どうしたんですか狭間くん⁉︎」
未だ、自分が何をやらかしたのか理解していない鈴木。
俺は、プレートに指をさしてそれを伝えた。
「わ、表示の切り替えを忘れてました……!」
「ったく……、マジで肝が冷えたぜ……未遂で済んだからいいけどよ」
こいつにはもっと、異性に対する危機感を持ってもらいたいもんだ。
内心ぼやきながら、中に入り着替えているよ、外から楽しげな会話が聞こえてきた。
話している内容まではわからないが、どうやら鈴木と六花の会話のようだ。
二人は初対面のはず。自己紹介をしているのだろう。
更衣室を出ると、鈴木がこちらに近づいてくる。そして、後に続くように如月……もとい六花も近づいてきた。
なんだろう。「さっきの件、やっぱり一応ノックはするべきだったと思います!」と文句でも言われるのだろうか。
無駄に警戒していると……。
「おかえり、ちょ、長太郎くん。ぼ……ボク、キミが着替えおわるの、待ってたよ……」
…………なぜか鈴木が六花のようなボクっ娘口調で話しかけてきた。
「お前、その口調……」
すると、ツッコミの途中で、後からやってきた六花も口を開いた。
「狭間くん、どうかしましたか?」
…………六花も六花で、なぜか、鈴木のような敬語口調だった。 こいつら、互いの口調を入れ替えてやがる……。
「えーと、なんでこうなった?_」
すると、鈴木が答える。
「ぼ、ぼくが如月さんに『自分のこと、ボクって言うんですね』って言ったんです。そしたら」
鈴木がちらりと、六花に視線を向けた。
「ああうん、それでそれはですね、美咲ちゃんが、誰に対しても敬語って聞いたので、ちょこっと珍しい口調同士、しゃべり方を入れ替えてみたんだ。……じゃないや、入れ替えてみたんです」
おい、もう崩れてんじゃねぇか
「はい、わた……ぼくも如月さんの口調、気になって……」
「なるほど、事情はわかった……けど、もうやめたらどうだ?」
「そう? ボクはもうちょっと続けても面白いと思うけど」
元の口調に戻った六花が、可笑しそうに笑った。
「狭間さん、ど、どうでしたか?」
「どうって……?」
鈴木がおずおずとこちらを見つめる。
「如月さんの真似をして、自分のことをボクって言ってた私、似合ってましたか……?」
「えーと……」
「どう……でしたか……?」
ボクっ娘口調の是非をそんなシリアスに問われてもこまるんですが……。
「そうだなぁ、鈴木にはボクっ娘は無理だな」
「そんなぁ……」
「そんなに落ち込む事か?」
「……いえ、自分でもわかってましたから。私じゃ如月さんみたいにはなれないなって」
「え? ボクに……?」
きょとん、と六花が不思議そうな顔をした。
それもそうだ。二人は昨日顔を合わせたばかりで、会話に至っては今日が初めてなのだから。
「私昨日、如月さんを見てびっくりしたんです。世の中には、こんなにすごいオーラを持った人がいるんだ、って。地味で、なんの取り柄もない無個性な私とは全然違って」
その、鈴木の話すトーンは想いのほかシリアスで。
とてもじゃないが、「全国行けるレベルのバイオリン演奏できる奴が、何の取り柄もないわけないだろ」なんて、口を挟めるような雰囲気ではなかった。
「私も、如月さんの真似をすれば少しは変わるのかなーと思ってやってみたんですけど、やっぱり違いました」
「そりゃ違うだろ」
ぽろりと、溢れるように、俺はその言葉を口にしていた。
「長太郎くん……?」
どうしてそんな事を言うのか、とでもいうよな視線を六花が向けてくる。
「いえ、大丈夫です。わかってますから」
「悪い。鈴木の事、責めるつもりは全くないんだ。悪い。ただ……本当は言うつもりもなかったんだけど、やっぱ不思議に思ってな」
「不思議、ですか……?」
「ああ。バイオリンで全国行って、そろばんやってピアノやって剣道やって書道やって。勉強もめちゃめちゃ努力して学年一桁だろ? しかもそれで、敬語口調の黒髪ロング美少女って。これで個性的じゃないわけないだろ」
「び、美少女……ですか……?」
やべ、口が滑った。
……やっぱり、生身の人間に美少女なんて言葉を使うべきじゃないな。
「今のは忘れてくれ」
「はっ、はい……!」
「まあ、あれだ。派手か地味か。それだけで優劣がつくんなら、世の中みんな、カラフルな髪色になってなきゃおかしいだろ? だから、鈴木は今のまんまでなんら問題はないと俺は思う。まあ、そういう話だ」
「そ、その……すみません、気を使わせてしまって……その、ありがとう……ございます」
「お、おう」
すると、くすくすと六花が笑う。
「そっか、二人は仲良しなんだね」
「そうかぁ?」
「そ、そうでしょうか⁉︎」
「うん。ボク、ちょっと嫉妬しちゃうな」
そう言って、六花は、鈴木の腕を抱きしめた。
「長太郎くん、美咲ちゃんは渡さないからね?」
……そっちかーい。
六花のそんな立ち振る舞いを見て、俺は密かに如月六花メンヘラ説が浮上させるのであった。
◇
昨日と同じように、鈴木とともに、昇降口の付近で呼び込みを終える。
「如月さん、すっごくいい子でした!」
「そうか。仲良くなれそうでなによりだ」
鈴木の交友関係について、同じクラスになったことはないため、詳しいところは知らないが。件のゆっちゃんだのさなみーだの、中の良い友人はちゃんといるようだが、それでも、友達がやたらと多いタイプではなかったはずだ。
それが、俺が着替えているものの数分の間にあそこまで打ち解けるとは。
如月六花と鈴木美咲。口調も雰囲気も真逆のような二人だが、よほど相性がいいのだろう。
「もう一年生も降りてこなさそうですし、そろそろ教室に戻りましょうか」
「だな。その前に自販機寄っていいか?」
俺は昇降口に設置された自販機で、いつも通り、ケミカルな色をしたメロンソーダを買った。
そして、取り出すことなく、飲み物もう一本分の硬貨を投入した。
「あれ? もう一本買うんですか?」
「まあな」
そういって俺は、今までに一度も押したことのない、ミルクティーのボタンを押した。
「ほい」
取り出したそれを、鈴木へ向ける。
「ええと……?」
「昨日今日、慣れない役者で頑張ってくれたからな。まあ、お礼の気持ちってやつだ。鈴木、このミルクティー好きじゃなかったか?」
「……はい。で、でも悪いですよ! 私、そんな大したことしていないです!」
「俺が人に物を奢るなんて中々ないぞ? お前はそんな貴重な機会を台無しにするつもりか?」
「え、えと……! そうですよね! で、では、いただきます……」
結局、鈴木はおずおずとミルクティーを受け取った。
考えてもみろ百二十円もあれば、古本屋でひと昔前のラノベが買えるし、アーケードゲームいだってプレイできる。コンビニでコーヒーを買って、読書のお供にするのもオススメだ。
……結局飲み物に回帰してんじゃねぇか。
「でも狭間くん、私の誕生日の時に、図書カード、プレゼントしてくれましたよね」
「ああ、そうだったな」
「あれも……その、ある種の奢りではないでしょうか……?」
「渡したときにも言ったが、もともと雑誌の懸賞で当たったやつだ。だからあれは奢りじゃない」
いつだか、アニメ雑誌の懸賞で当たった代物だったのだが、なんとなく使うタイミングを逃し続け、かといってプレ値が着く気配もなく持て余していたところに、鈴木の誕生日と聞いて、渡したのだった。
「そういや、あれ使ったか? つっても大した金額でもないけど」
「いえ、買ってません」
「ん? そうか」
「はい。机の引き出しにしまってあります。その……勿体なくて……」
「ああ、その気持ち分かる。なんか図書カードって、使うのに抵抗あるんだよな……」
「はい、せっかく頂いたのに、すみません……」
(狭間くんの言う勿体ないとは、ちょっと違うかも、ですけど)
「悪い、聞き取れなかった」
心なしか、最近こうして聞き返す機会が増えた気がしてならない。
明らかにイヤホンのつけすぎなんだろうが、通学中に流すアニソンと、就寝時に聞く音声作品は俺のライフラインだからこればっかりは……。
これはもうあれだな、往年の難聴系主人公として開き直るしかないだろう。
◇
部室に戻ると、かなり賑やかなことになっていた。
来てくれた新入生の人数も、ざっと数えて十数人はいるだろう。
今は各種裏方の説明や、台本読みの体験など、複数のグループに
別れて各部員が担当していた。
そしてやはりと言うべきか、そこには、先日の伊丹後輩の姿もあった。
目があったので、手を軽くあげて挨拶しておく。
「おかえり、長太郎くん! 実咲ちゃん!」
六花がパタパタとかけてくる。かわいい。
「おう、ただいま」
「ただいまです」
「そうだ、美咲ちゃん。部長さんが音響設備の説明手伝って欲しいって言ってた」
「わかりました、ちょっと手伝ってきます!」
六花が既に、部に馴染み始めていることに少し驚いた。
「部長とはもう話したのか?」
「うん、部長さんだけじゃなくて、一応全員と話したと思う。二年生は美咲ちゃんと長太郎くんと、女の子のアイドルが大好きな玉元さんと、BL? が好きな利根さん。三年は、南部長、副部長の佐竹先輩に、脚本家の田口先輩、あと、男子の深山先輩。これで全員だよね」
「ああ。あってる。それにしても、よく覚えてるな……俺、記憶力はそこそこだけど、覚えるのに時間かかるんだよな……」
そこが、フィクションに出てくるような能力と違って、不便なといころだ。
とはいえ、暗記科目でそこそこ無双できるのは、非常に大きいメリットだが。
「六花は裏方の説明とか、台本読みとか参加しなくていいのか?」
現に今も六花は、新入生がそれぞれ、説明や、台本読みの体験をしている中、こうして俺と話していた。
「んー、まあね。ボクは役者をやらせてもらうつもりだから裏方の説明はとりあえず聞かなくても大丈夫そうだし、それに、台本読みでも、二年生なのに初心者のボクが混ざってたら、一年生たちにも悪いかなって」
とはいえ、このまま六花一人手持ち無沙汰にしておくというのも忍びない。
「さて、どうすっかな……」
他の部員は全員、新入生への対応で、手は空いていないようだった。
したがって、手が空いているのは俺一人。
「六花、台本読みでも体験してみるか? その、俺と二人で……ってことにはなるが」
そう言って俺は、中央最前列の机の上に置かれたダンボールの中を除く。
中には、過去に部が使用、制作した台本が、封筒に入れる形で納まっていた。
主要の役が四人〜六人ほどの台本が大多数だが、中には、二人で読むのに向いている台本もいくつかあったはずだ。
「うん、いいね。演劇部っぽい」
物珍しそうに六花は箱の中を覗き込んだ。
「あ、これ……」
そう言って六花が取り出した台本には、『作 狭間長太郎』と書かれていた。
「『空から降ってきた、ボクっ娘美少女に惚れられている件』……? これ、長太郎くんが書いたの?」
「………………ああ」
俺が新歓向けに一晩で書いてきて、没をもらった台本である。
まさかこいつも、本当に空から降ってきたボクっ娘美少女に拾い上げられるとは思っていなかっただろう。
…………気まずい。
当然、この台本のヒロイン、春乃のモデルは六花ではなく、単に俺の趣味と性癖を全開にして書いたキャラクターなのだが。奇跡的に二人の特徴が重なってしまっていたことで、お姉ちゃんもののエロ漫画を実姉に見られたかのような気まずさを、俺は一方的に感じていた。
そんな俺の内心も知らず…………いや、知らなくて当然ではあるが。
六花は、パラパラと台本の中を見た。
「これ全部長太郎くんが書いたのか、すごいね」
「ま、その台本に関しちゃ、日の目を浴びることなく没にされたんだけどな」
ったく、やれやれだ。
俺が自重気味にそう言うと、如月は少し寂しそうな表情を浮かべた。
「そっか、じゃあこの台本、もう上演されることはないんだよね……」
「……まぁな」
「長太郎くん、ボク、これ読みたい」
「いいが……内容的に、完全に恋愛メインだ、その、大丈夫か?」
「うん、好きだから、大丈夫だよ」
一瞬、俺に対して言われたのかと思い、どきりとした。
「じゃ、読むか。この台本なら、二人で読むのにも向いてるしな。六花が春乃役、俺が翔太郎役で問題ないな?」
六花が春乃のセリフを読むところを、俺は見てみたいと、素直にそう思った。
「ふふ、翔太郎って、長太郎くんに名前そっくりだね」
まあ、うん。つい名前寄せちゃったからな……。
「ま、若気の至りってやつだよ」
「ふふ、何それ」
「気にすんな」
「翔太郎くん、下駄箱に入れた手紙、ちゃんと読んでくれたんだ」
「……え?」
「ほら、次は長太郎くんのセリフだよ?」
───六花が、台本のセリフを読んでいるのだと気づくのに、俺は時間を要した。
それほどまでに自然な演技だったのだ。
その事実に気づいた途端、全身に、ぞわりと鳥肌が立った。
確かに、初めて会った時から思っていたが、六花の声は耳に残る。
いわゆるアニメ声とまではいかないものの。甘さと可愛らしさを多分に含んだ、まるでお砂糖とスパイスと素敵な何かでできているかのような声をしている。
だが、いかに芝居に向いた声だったとしても、全くはじめての演技だというなら、
多少なりとも棒読みだったり、力が篭りすぎていたりと、どこか緊張感が伝わってくるはずなのだ。
だが、俺は今彼女のセリフを、聞き流しそうになった。
彼女の演技からは、そうした違和感が一切感じとれなかったのだ。
六花が、演技において、紛れもない才能の持ち主だと言うことは、明白だった。
「はは……すげぇな、六花は」
乾いた笑いが思わず溢れる。
ほとんど成り行きだったとはいえ、我ながら、とんでもない部員を招き入れたものだ。
「そうかな? ふふ、でもありがとう」
俺も、負けじと台本を読み進めていく。
『そりゃ、差出人の名前こそなかったが、お前の字だったからな。それでも屋上に呼び出しってのはちょっと驚いたが。お前が四月に転校してきてからもうすぐ一年か。……初めて出会った時のこと、覚えてるか?』
「もちろん。忘れるわけないよ。趣味のスカイダイビング中に、そこの二〇メートルある大木にパラシュートが引っかかって、屋上に真っ逆さまに落ちたところを翔太郎くんが受け止めてくれたんだもんね。……あの時から、ボクは君から目が離せなくなってたんだ」
「……翔太郎くん。ボクはね、ずっと前から……」
あの時、部長ともあろう人が、言うのを躊躇ったセリフ。
それほど特別な意味をもつセリフ。
告白のセリフというのは、芝居だと分かっていても、中々に気恥ずかしい物だ。
だが、そんなセリフを、六花はためらいもなく言った。
「───キミのことが、大好きなんだ」
彼女のまっすぐな瞳に捉えられ、俺が自分が磔にされているような錯覚を覚えた。
彼女が何を考えているか、何を思っているか。どうしてそんなにも揺らがないのか。
それはわからなかった。
ふと、俺は、六花に聞きそびれていた事があったことを思い出した。
「なあ六花」
「なんだい?」
「一昨日のこと……六花が、ベランダから落ちてきた時のこと、聞いてもいいか?」
「うん、いいよ」
「何から話そうかな」と、そう言って、六花は語り出す。
「一昨日の、入学式があった日さ、ボク───学校の見学にきてたんだよね。先生が、入学式の後ならゆっくり学校を見て周れるだろうって」
「……それでか、転校生なのに、入学式の学校にいたのは」
「うん。それで、図書室のベランダに出たら…………気づいた時には君に抱き止められてた」
「覚えてないのか?」
「───うん。覚えてない」
六花が微笑む。だが、その笑顔は、少し無理をしているようにも見えた。
「でもあの時の事、一つだけ覚えてることがるんだ」
「覚えてること?」
六花は語る。
「うん。キミを見た時にさ、ズキンって、『頭痛がしたんだ。』」
ゾクリとした。
そうだ……。俺にもあの時、頭痛が起きていた。
そして、ようやく頭痛が収まり、顔を上げたところで彼女が落ちてきたのだ。
全くの同じタイミングで二人に起きた頭痛。
ただの偶然、なのだろうか。それとも……。
いや、偶然に決まっている。この現実ににオカルトも、超常現象もあるはずがない。
あるはずがないのだ。
けれど、可愛らしく小首を傾げる、一昨日空から降ってきた青い瞳を見ていると、やっぱり考えてしまうのだ。ひょっとして、なんて。
「長太郎くん? どうしたの?」
「ああいや、なんでもない」
一つ確かに言えることがあるとすれば。
俺が、彼女の魅力の虜になりつつある、ということだろう。
ここのところ、心臓の煩い時期が続くな。