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体験入部初日から約一週間が経ち、今は放課後である。
常日頃、放課後というのは騒々しいものだが、今日はまた、一段と騒めいていた。
先ほどの、帰りのホームルームで、一昨日行われたテストが返却されたのだ。
内容としては、一年生の学習内容を振り返るものとなっていて、定期テストよりは成績への影響は少ないものの、まるっと一年分が出題範囲となっていたため、なかなか厄介なテストだった。
暗記科目は一夜漬けでどうとでもなるとして、数学と英語に関してはもう、神に祈るばかりである。
崇める神とか具体的に決めてないけど……。
あれかなぁ、アクア……はアクシズ教徒も何より本人がアレなので、エリス様とかがいいな。よし、エリス様に祈ろう。
「狭間くん……! 見て、ボクのテスト……」
「如月さん、テストどうだった⁉︎」
「あ、ウチも気になるー!」
「ね、如月さんめっちゃ勉強できそうだもんね」
六花が俺にテストを見せようとしてくれたが、俺は、女子の波に押し流され、また教室から出ざるを得なくなってしまった。
六花の転校初日から、すでに約一週間が経ち、さすがに初日のような質問ラッシュも無くなりつつあったのも束の間。
六花は俺の、クラスの人ともある程度関わりを持った方がいい、というアドバイスに沿って、クラスメイトとも交流を持つようになり、すっかりクラスの人気者となったことで、その周りには、常に誰かが取り囲んでいるような状態になっていた。
この事に対して六花は「長太郎くんと一緒にいられる時間が減っちゃった……」と嘆いていたが、俺は、今の状況は、長い目で見れば六花にとって悪いものではないと思っていた。
他の人間とハナから全く関わらないのと、一度関わった上で誰と付き合っていくか決めていくことは、大きく違う。
食わず嫌いではなく、食ってから嫌え、ということだ。
その理屈で言えば、俺の周りは偏食な人間だらけな気もするが。
これもまたアイカツ、ということでここは一つ。
『如月さん、俺先に部活行ってるから』
俺は、例の演技で六花に告げると、部室へと向かった。
俺と六花の関係が、どのように周囲から認知されているかといえば、当初の目論見通り、「単なる部員同士」として認識されているようだ。
もっとも、六花本人はそれに対してもやはり不満そうにしていたが。
部室に行くと、部員たちが、やはり件のテストの結果を見せ合っていた。
「狭間くん、テストの結果、どうでしたか?」
そしてここにもテスト結果を気にせし者が一人。鈴木である。
「あー、まぁ、ぼちぼちだな」
そういって俺は暗記科目だけやたら点数が高く、数学と英語が極端に低い答案を机の上に出した。
「さすが狭間くんですね!」
「つっても、いつも通りだけどな。鈴木は?」
「私も、なんとかいつも通りですかね」
そういって出された結果は学年八位。
一位や二位でこそないものの、いつも通りの高い順位だ。
「今回、範囲広いし大変だったろ」
「そんなことないですよ。確かに範囲で言えば広かったですけど、でもほとんど去年の復習でしたから、それこそ、昨年一年分をざっと振り返っただけです」
ざっと振り返っただけ、と本人は言うが、それでもそれぞれの科目で一年分、一通りの問題は解いているんだろう。
相変わらず、努力に対する基準がすっ飛んでいる。
「もっはろ〜……長太郎くん、美咲ちゃん」
「もっはろーです、如月さん」
ようやくクラスメイトの拘束から解放されたのか、少しくたびれた様子の六花がやってきた。
心なしか、そのもっはろ〜にも普段より覇気がない。
「病み上がりに大変だったな」
「はは。まあ話しかけてくれるのはすっごくありがたいことだからね」
「如月さん、もう体調の方は大丈夫なんですか?」
鈴木が心配そうに六花に尋ねる。
「うん。一日休んだらもうばっちりだよ」
「そうですか、よかったです……」
鈴木がほっと胸を撫で下ろす。
そう。振り返りテストがあった翌日、つまり昨日、六花は学校を休んでいた。どうやら発熱があったらしい。
本人曰く、「テストで頭使ったからかな」なんて言っていたが、まさか高校二年生にもなって、本当に知恵熱が出たなんてことはあるまい。
きっと転校に一人暮らしと、環境が大きく変わった事で体調を崩したのだろう。
「それで、六花はどうだったんだ、テストの結果」
「そうだ。そのことなんだけど、ちょっと見て欲しいんだ」
その「ちょっと見て欲しいんだ」という言い方に、俺は少し引っかかった。
点が高くとも、低くとも、こんな言い方にはなるまい。
だとすれば、考えられるのは、何かしらのイレギュラーがあったということだ。採点に間違いがあった、とかだろうか。
だが、そんな俺の予想は全くもって外れていた。
「自分でも驚いちゃったんだけど」と言って、六花は答案を机の上に並べていく。
国語、数学、英語、理科、社会。
全ての答案の点数の欄には、すべて同じ数字が書かれていた。
1と、0と0。
つまるところ、オール百点満だった。
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れる。
「全部百点……ですか⁉︎ す、すごすぎます……。如月さん、すっごく勉強がお得意なんですね……!」
当然、鈴木も驚き、そして、他ならぬ如月自身も驚いていた。
「う、うん……正直自分でもびっくりなんだけど……、何て言うのかな。問題を見たら答えが頭に浮かんできたって感じで。それを続けてたら満点になってたんだよね」
六花のその声色からは、点数を自慢すると言うよりかは、本当に驚いているようだった。
「それすごいですね! 天才って感じです!」
「そ、そうかな? うん、でも満点なんだから、謙遜とかは他の人に失礼だよね」
答えが頭に浮かんできたって、どんな天才キャラだ。
だが、天才数学者なんかは、数式を見た瞬間にその答えがわかる、なんて話も聞く。
きっと、常人には考えられない速度で頭が回転しているのだろう。
仮に、六花の言う、問題を見たら頭に浮かんできた、が、同じような理屈で成立していたのだとしたら、頭を使いすぎたあまり、発熱してしまったというのもありあえる話なのかもしれない。
「だな。学年一位、誇っていいと思うぞ」
「ふふ、ありがと」
それにしても如月六花。すでにキャラ属性てんこ盛りなのに、そこに天才キャラまで追加するつもりか?
如月の点数にひとしきり驚いたところで、南部長がこちらにやってきた。
「そろそろ部活始めるぞー……。テスト結果でやけに盛り上がってたみたいだが、何かあったのか?」
「はいこれ如月のテスト」
俺は如月の答案を部長の目の前に見せつけた。
「ひゃっ!」
「百点⁉︎」と言おうとしたのだろうが、驚きすぎて半端な声が上がった。
いきなり背中に氷入れられた時の悲鳴みたいだった。
その後部長は、何事もなかったかのように、いつも通り部活を始めだした。流石だ。
体験入部の期間も終わって、今年の部員が確定したので、改めて簡単に自己紹介をする、とのことだ。
今年の新入部員は一年生四人に二年生から六花が一人の系六人。
例年と比較しても平均的な、まずまずな結果となった。
三年、二年と自己紹介が終わると、今回の主役である一年生がステージの上に横並びになる。
俺からみて左端には、一年生唯一の男子、伊丹後輩こと、伊丹蒼が立っていた。
どうやら、自己紹介は彼からになるらしい。
伊丹は、落ちつかないらしく、先ほどからそわそわと、男子にしては長い横髪を耳にかけた。
その仕草はやけに色っぽく。
え? 実は女子なんじゃないの? じゃあ今年の新入部員男子なし?
なんてことをつい考えてしまう。
しかし、はっきりと筋の浮き出た首元と、張り出た喉仏が、伊丹が男子であると主張していた。
ま、そもそも、既に何度か男子トイレで鉢合わせてるので、疑いようもないのだが。
そうこう言う間に、伊丹が自己紹介を始める。
その目には、緊張の中に、強い意志のようなものを感じた。
「一年、伊丹葵です。 演劇部に入部したのは……その、オレ、小柄だし、声も高いし、こんな見た目だから、女っぽいとか、女々しいとか言われるんです」
なるほど。伊丹にとって、それはコンプレックスのようだった。
ほとんどの男子にとっては、例え「かわいい」と褒められたところで、素直に受け入れられるものではないだろう。
その投げ掛けられる言葉に、攻撃の意図が含まれているなら尚更だ。
伊丹は力強く話し続ける。
「でも、前に親に連れて行ってもらった見た劇をみて。もしかしたら、舞台の上でなら、なりたい自分になれるかもしれないと思ったんです。だから、俺の入部理由は、理想の自分になりたいからです」
「そのためなら、台本も、自分で書くつもりです! これから、よろしくお願いします!」
その熱弁に、気づけば俺は、誰よりも先に拍手をしていた。
自分勝手、大いに結構じゃないか。
その生まれ持った運命に抗おうとする姿勢に、俺は好感を抱いていた。
動機は、理想の自分になりたいから、か。事情は違えど、現実に嫌気が差して、演劇で理想の世界を創ろうとした誰かさんと重なった。
伊丹が、なんだか他人とは思えなかった。
色っぽいだとか、実は女の子なんじゃないの? とな、内心で舞い上がっていた己を反省する。
あとで、台本の書き方なんかも教えてやることにしよう。次に俺が書く台本では、男らしい役を出してみてもいいかもしれない。
他の一年生たちは、二.五次元オタクだったり、筋金入りの腐女子だったり、新歓を見て憧れた、であったり、変わった高校生活を送りたい、であったりと、まあ、例年通りと言った感じだ。
こうして、久城高校演劇部は、改めて三学年合わせて十三人のそれなりの大所帯に戻ったのだった。
◇
自己紹介が終わると、いつも通りの基礎練習が始まった。
その内容は、発声、滑舌練習をはじめとして、軽い筋トレ、体幹、柔軟、即興劇によるアドリブの練習だったりと多岐に渡る。
そして、この中で俺が、あえて苦手な練習メニューを挙げるとすれば、体幹だった。
筋肉を動かし続ける筋トレと違い、体感はその逆。動かないことで筋力を鍛えるトレーニングであ?。
当然、筋トレよりも忍耐力が求められ、慣れないうちはそれこそ声をあげてしまいそうになるくらいにはきついわけで……。
現在は、うつ伏せの状態で肘から下だけで体を支える、いわゆるプランクの最中なのだが、六花に視線を向けると、そこには健全で不健全な光景が映っていた。
耐えるような表情に赤らんだ顔、滲んだ汗、そして。
「はっ…はっ……あっ…ふっ、くっ…んっ…はやくぅ…んあっ…」
息を漏らすようにして出される喘ぎ声……にしか聞こえぬ苦悶の声。
これなのだ、俺が何よりこのトレーニングを恐る理由は。
そのトレーニングの特徴ゆえに、慣れないうちは、自然とセンシティブな声がもれてしまうのだ。
そして、俺が女子部員のそんな声に対して、不純な印象を抱いていることがバレれば最後。俺は磔にされ、火炙りにされるだろう。
解決法は一つ。黙って耐えることだ。
これが、俺が体幹を苦手とする理由である。
そして、俺が二番目に恐れている練習メニュー。それが柔軟である。
女子たちはいつものように二人人組をつくって開いたところに尻餅をつくようにして座る中、我々男子三人は隅のほうに追いやられていた。
「うし、やるぞ」
女子の向いてる方向によってはごく稀に下着が露わになっていることもあったりなかったりだ。
慣れておらず、その辺りの警戒心も薄い鈴木がペアということもあり、
六花のスカートが捲り上がり、視線は自然と太ももと太ももの間に吸い寄せられてしまう。
まずい、
そして見えた。ピンクと白のボーダーが。
「縞パン……だと……」
驚きのあまり、手元で背中を丸めている伊丹の背中を思いきり押してまった。
「いたたたたたたたた! 何するんですかもう〜」
「マジですまん。ちょっと縞パンがな……」
しまった。つい口に出してしまった。
「しま…島がなんです?」
「なんでもない。忘れろ忘れろ」
そういいながら、伊丹の背中をぐいぐいと押す。
「ちょ、ちょっと先輩⁉︎」
女性陣の方からも時折悲鳴が聞こえてくる。
そんな賑やかな様子を見ていると、他の新入部員たちも、上手くやっていけそうだ。